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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トロピカル・ハワイ

【オープニング】
 あやかし町商店街主催の女装コンテストで優勝は逃したものの、優勝・準優勝者それぞれの旅行辞退によってハワイ旅行に行けることになった、草間と零だったが――。
 旅行券やらパンフレットやらを確認していた草間は、思わず眉をひそめた。それらは、5人分用意されていたのだ。添付の説明書をよく読めば、5人までを一家族としてハワイ旅行にご招待とある。
(ま、零と2人だけでも問題はないか)
草間は、そう胸に呟く。
 だが、それを目にした零が言い出した。
「兄さん、あと3人、誰かを誘ってはどうですか? 私、大勢一緒に行く人がいた方が楽しいです」
「そりゃまあ、そうかもしれないが……」
言いかけて、草間もふと考える。以前、友人と2人で海外旅行に行った時には、人数が少ないからと、たしか新婚カップルばかりの団体ツアーと一緒に行動させられて、うんざりした覚えがある。男2人でそれも悲しかったが、零と2人でそんなツアーに放り込まれたりした日には、更に空しい気がする。
「そうだな。大勢の方が、楽しいよな」
うなずいて、彼はさっそく頭の中の電話帳を繰りながら、受話器を取った。果たして、明後日出発というこの旅行に、参加できる者がいるだろうかと考えながら。

【1日目 ハワイ到着・ビーチ】
■1
 シュライン・エマは、案内された部屋を見回し、なかなか悪くないわねと胸にうなずいた。
 その部屋はツインだったが、全体的にゆったりと作られており、シックな雰囲気だった。
「素敵なお部屋ですね」
同室になった零が、溜息をつくように言いながら室内を見回す。
 シュラインの元に草間から、ハワイ旅行に一緒に行かないかと電話があったのは、夕方、彼女が草間興信所へ久しぶりに顔を出そうと、出かける用意をしていた時だった。零からハワイ旅行に行けることになったと昼間電話があった時には、誘ってもらえるとは思っていなかったのだが、むろん、二つ返事で了解した。パスポートは仕事柄すでに取得済みだったし、この梅雨時期に、日本を離れてからりとした気候のハワイへ行けるのはうれしい。しかも、ハワイはアメリカ領ではあるが、観光程度ならば充分日本語が通じる土地だ。通訳代わりをやらされて、疲れ果てることもない。多少、本業である翻訳の仕事が残っていたが、それはパソコンさえあれば充分できることなので、日差しの強い時間帯に、ホテルにこもって仕上げてしまおうとも考えていた。
 そして、日本から飛行機に乗ること約8時間。彼女たちは、ハワイの中心地ホノルルにあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジに到着していた。ここは、六つのタワーからなる宿泊施設とレストランや店舗、娯楽施設のそろった巨大リゾートホテルである。彼女たちの部屋は、その中のレインボータワーにあった。建物の側面に、巨大な虹のペイントがほどこされた、旅行会社のPR写真などでお馴染みの建物だ。ホテルによっては喫煙の予約をしないといけない所もあるようだが、ここはそういう必要もなく、愛煙家の草間にとっては、ありがたい場所でもあっただろう。もっとも、飛行機内は禁煙だったので、到着した時には、かなりぐったりしていたが。
 ちなみに、同行者は草間と零、それに女装コンテストで一緒だった護堂霜月と海原みそのの2人だった。彼女たちは、部屋に荷物を置いたら、さっそくビーチへ泳ぎに行く予定にしていた。シュラインも零も水着に着替える。
 シュラインの水着は、ビキニタイプのもので、とりはずしできるパレオがついていた。白地に半分は淡い青の青海波の柄が入っている。すらりと長身で、均整の取れたプロポーションの彼女にはよく似合っていた。長い髪は後ろで一つに束ね、水着の上に白いパーカーをはおり、白いサンダルを履く。もちろん、日焼け止めを塗るのも忘れない。
 一方、零の方は出発前にシュラインが一緒に行って見立てたセパレーツの水着に着替えていた。白地に大きなひまわりの柄のあるもので、彼女の愛らしさを引き立てている。こちらも、その上からパーカーを羽織っていた。
 2人は着替えが終わると、バスタオルや貴重品の入ったバックを手に部屋を出て、1階のロビーへと向かった。そこで草間たちと待ち合わせなのだ。シュラインがフロントに貴重品を預けているところに、みそのがやって来た。彼女は、13歳という年齢にしては豊満で大人びた体を、黒のビキニと同じく黒いパーカーに包んでいた。ビキニには小さな黒バラの飾りがついており、長い髪は束ねてポニーテールにしている。腕には黒い浮き輪とビート板を下げていた。
「……もしかして、泳げないの?」
シュラインは、たしか彼女は深海の奥底に封印された神に仕える巫女で、人魚だと聞いたはずだが、と思いながら、首をかしげて問う。
「はい。恥ずかしながら……。でも、このとおり、ちゃんと溺れないように用意して参りましたから。それに、万が一溺れても流れを操れば、ちゃんと皆様の所には帰れますので」
彼女は笑顔でうなずき、貴重品をフロントに預けた。
 そこへ、霜月と草間がそろってやって来た。だが、2人とも水着姿ではない。到着した時のままのかっこうだ。
 霜月は、20歳ぐらいだろうか。小柄で色白の真言宗の僧侶である。さすがに、今日は袈裟姿ではなかった。生成り色のゆったりとした半袖シャツに、ズボンというなりだ。頭はすっかり剃り上げてしまっているが、目元が涼しく、整った顔立ちなので、体の線の出ない服装だと、男女の区別がつかなかった。
「悪い、シュライン。俺と霜月は、水着買いに行って来るから、先にビーチへ行っててくれないか」
傍に来るなり、草間がシュラインに言った。
 彼女は、軽く眉をひそめる。たしか、草間は水着の用意もしていたはずだから、買わなくてはならないのは、霜月の方か。
「しかたないわね。じゃ、先に行ってるから」
うなずいて言うと、彼女は零とみそのに先に行こうと声をかけ、ロビーを出た。

■2
 ビーチは、ホテルのすぐ傍にある。
 外に出た途端、カッと強い日差しが照りつけた。しかし、風は乾いて心地良く、日本のような湿気を含んでいない。おそらく、こうした空気が多くの日本人をハワイに引き寄せる理由だろう。
 ビーチには大勢の観光客がいた。白人もいれば、黒人も、黄色人種もいる。男も女も老人も子供もいて、皆、思い思いに砂浜で遊んだり、泳いだり体を焼いたり、日影で休んだりしていた。
 シュラインは、あまり肌を焼きたくなかったので、レンタルのビーチパラソルとリクライニングチェアを借り、その下でみそのや零の荷物の番をしながら、ゆったりと寝そべった。
 みそのと零は、それぞれ浜の近くの浅いところで遊んでいる。零は、海外に出るのも海を見るのも、そしてもちろん泳ぐのも初めてのはずだ。草間が用意したのだろう浮き輪に体を入れて、波に浮かんでいるだけだが、それが初めての彼女にとっては面白いのか、すっかりはしゃいでいる。
 それを見やって、シュラインは、なんとなく自分が海で遊ぶ子供の守り番をする母親のような気がして、小さく苦笑した。いくらなんでも、みそのと零が子供では、年齢が合わない。シュラインはまだ26だ。
(妹ってとこよね)
苦笑しつつ、胸に呟く。
 そこへ、やっと草間と霜月が姿を現した。が、霜月の姿にシュラインは思わず目を剥く。彼は、なんとも派手な水着とパーカーを身に着けていたのだ。
 水着はビキニパンツで、白地になぜか浮世絵らしき柄が入っている。歌舞伎の石川五右衛門を思わせる男が、隈取も鮮やかな顔で恐ろしげな決めのポーズを取っており、背景には波がしぶいている。パーカーの方も、背中に浮世絵風の波しぶきが描かれ、そこに墨字風の文字が大きく「白波五人男」と踊っていた。
「草間殿に水着と、ついでにぱーかーも見立てていただいたのだが、どうかな?」
霜月は、彼女の目の前で、ゆっくり回ってみせて問う。
「え……ええ……」
どう答えようかと言葉に詰まる彼女の傍で、草間が何か必死の様子で目配せして来る。どうやらここは、嘘でも似合うと言っておいた方がよさそうだ。
「その……とっても、よく似合ってるわ……」
「おお、やはりそうですかな。ところで、零殿とみその殿はどうされた?」
満足そうにうなずいて、霜月はあたりを見回す。シュラインも言葉に詰まりつつ、先程からみそのと零のいたあたりへ視線を巡らせた。
 2人は、今度は海から上がって金髪の少女たちに混じってビーチバレーをやって遊んでいた。霜月もすぐにそれに気づいたのだろう。
「びーちばれーですか。拙僧も仲間に入れていただこう」
小さくうなずいて呟くと、彼は自分の手荷物を、みそのたちの荷物の傍に置くと、そちらへ向かった。
 その背を見送り、シュラインは小さく吐息をついて、草間を見やる。今気づいたが、彼は着替えてはいるものの、水着ではなかった。空港で買ったアロハシャツとハーフパンツ、ビーチサンダルというなりだ。
「霜月さんのあれ、どうしたの?」
そっちも気になったが、まず霜月のことを尋ねる。
「ああ……うん」
草間が言いにくそうに話すところによれば、霜月はなんと褌(ふんどし)で、泳ごうとしていたのだという。それで慌てて水着を買いに出たのだが、草間がからかうつもりでビキニパンツを勧めたところが、店の店員がそれに便乗して、セットで安くするからと、ご丁寧に水着と同じ趣向のパーカーまで買わされてしまったのだという。だけでなく、草間自身まで派手なビキニパンツを買わされてしまった。
「バカねえ。ハワイの店の店員や店主からすれば、日本人ってこれ以上ない上客なのよ。日本語だって、もしかしたら日本人よりうまいぐらいだし、こっちから餌をまくようなことしたら、セールストークに乗せられて、断りきれなくなるに決まってるじゃない」
シュラインは、話を聞くなり呆れて言った。
「それはまあ……」
草間が、ばつが悪そうに何か言いかけた。
 その時、向こうの方で零の呼ぶ声が聞こえた。2人がふり返ると、零がこちらへ大きく手を振っている。
「兄さん! シュラインさんも。一緒にビーチバレーやりませんかー?」
零が、手のひらを拡声器代わりにして呼ぶ声が聞こえた。人数は、先程見たのより増えている。白人だけでなく、日本人らしい者の姿もちらほら見えた。少年というよりも、青年と見える者もいる。
 草間が、尋ねるようにシュラインを見た。
「私はいいわ。肌を焼きたくないの。武彦さんは行ってあげたら? あの男の子たち、もしかしたら、ビーチバレーより、ナンパが目当てかもよ?」
答えるシュラインに、草間の顔がかすかに引きつる。彼は、零の方へ手を振り返すと、そちらへ向かって走り出した。
 それを見送り、シュラインは苦笑した。

■3
 夕方になって日が陰ると、あたりには更に涼しい風が立ち始めた。
 ビーチにいる人の数は、かなり少なくなっていた。日本人らしい子供たちが、花火をやっているのが見える。また、腕を組んで浜辺を散歩するカップルの姿も見え始めた。
 シュラインも、浜辺を散歩しようと立ち上がる。ビーチバレーをやっていた人々の群れも解散したらしい。が、何人かが花火を始め、零とみそのがそれに加わっていた。草間と霜月は興味がないのか、シュラインのいる方へやって来たので、散歩に誘ってみた。霜月は荷物の番をしていると言って辞退したが、草間はうなずいた。シュラインは、横に並ぶ草間と共に歩き出す。
 水平線に、オレンジ色の巨大な太陽が沈んで行こうとしていた。あたりには、波の打ち寄せる音と、かすかな人声が満ち、乾いた風が優しく髪を揺らす。シュラインは、ゆったりとくつろいで、満ち足りた心地にひたりながら、砂浜をゆっくりと歩いた。彼女も草間も、ただ黙っていた。だが、互いの存在感が、とても強く感じられる。新婚のカップルが、なぜハネムーンの場所として、このハワイを選ぶのか、わかるような気が、シュラインにはした。もっとも――。
(ハネムーンか……。そういう名目で私がここに来るのは、まだまだ先になりそうだけど……)
彼女は呟いて、胸に一つ深い溜息を落とす。思わず彼女はちらりと隣を歩く男を見やった。自分がどうして、あの事務所にしょっちゅう顔を出すのか、この男はわかっているのだろうか、とふと思う。
(積極的にアプローチしない私も、いけないのかもしれないけど……)
再度呟き、胸に吐息を落とした。
 自分は、怖いのかもしれない、と思う。今の草間との関係を壊すのが。
 表向きはアルバイトだが、草間の事務所の仕事を手伝ってくれる人々の中には、彼女を実質、草間の家族の1人とみなしている者もいた。たしかに、事務所の奥向きのことは、彼女が仕切っている形ではある。そして、そうやって周囲からも草間からも認められて、彼の傍にいるのは心地が良かった。だからこそ、それを壊したくはない。
 自分の気持ちをはっきりと告げれば、どんなふうになるにしろ、草間との関係の形は変わる。良い方に変わるとは限らない。草間に、冷たく拒絶されるかもしれない。あるいは、もっと悪く、告げた気持ちを無視されることになるかもしれない。どちらにせよ、そうなれば、二度と事務所に顔は出せなくなるだろう。そして、彼女のタバコの煙と超常現象に包まれた幸せな日常は、消え失せるのだ。
 歩き続けるうちに、太陽は完全に水平線に没し、風が強くなって来た。湿気を含まないハワイの風は、時に日本の湿気に慣れた体には冷たくさえ感じる。思わず身を震わせる彼女の肩に、ふいに暖かいものが触れて、彼女は驚いて顔を上げた。草間が、幾分照れたように彼女を見下ろしていた。
「いや……その、寒そうだったから……」
彼女の肩に回された腕は、優しかったが、ややおちつきがない。
 それに気づいてシュラインは苦笑し、言った。
「そろそろ、戻りましょうか」
「ああ」
草間も笑ってうなずいた。
 荷物を置いた場所に戻ってみると、すでに零とみそのも花火を終えて、そこにいた。全員がそろって、そろそろホテルへ戻ろうということになり、借り物のビーチパラソルとリクライニングチェアをたたむ。草間と霜月がそれらを一つづつ持ち、返しに行ってくれることになったので、シュラインはビーチに来た時と同じく、零とみそのを連れて、ホテルへと向かった。

【2日目・3日目 観光】
 翌日と翌々日の2日間は、観光をした。
 彼女たちがあやかし町商店街振興組合からもらった旅行は、終日フリーで、自分たちで好きにプランが組めるものだ。添乗員や通訳が必要ならば、指定された電話番号に連絡して、派遣してもらうこともできる。また、ツアーに即日参加申し込みすることもできた。
 昨夜、食事しながら話し合った結果、草間と零だけでなく、みそのや霜月もハワイは初めてということで、比較的ポピュラーな場所を回る観光ツアーに参加し、最後の1日をショッピングに当てることになった。もっとも、霜月はスキューバダイビングがしたいということで、最後の日の午前中をそれに当てていた。なので、ショッピングは午後からということになった。霜月が申し込んだのは、免許がなくても参加できる初心者の体験コースだった。それならと、草間も一緒に行くことになっている。
 ともあれ、彼女たち5人は、2日目をホノルル市内観光に、3日目をマウイ島観光に当てた。
 観光は、楽しいものだった。
 ホノルル市内観光では、イオラニ宮殿とその周辺を回り、ドール・キャナリー・スクエアで昼食と短時間のショッピングを楽しんだ後、ホノルル美術館で絵画の鑑賞をした。夜は、マジックを交えたポリネシアンショーを見ながらの食事である。この食事も、ツアーに含まれたものだ。
 観光はほとんどがバスだったが、彼女たち一行は、他のツアー客からかなり注目を浴びていた。理由は、男女の区別のつかない霜月の風体と、みそのの服装のせいだった。彼女は、毎日装いを変えていたのだが、2日目は黒いメイド服、3日目は同じく黒いナース服と、1人異彩を放っていたのである。もちろん、当人は周囲から注目されてもおかまいなしだ。更に、妹たちに持たされたとかでカメラを持参しており、行く先々で盛大にシャッター音を響かせている。むろん、シュラインたちもその写真にはおさまった。イオラニ宮殿のカメハメハ大王像前では、わざわざツアーの同行者に頼んで、5人全員の集合写真を撮ってもらったりもした。
 マウイ島では、飛行機といいバスといい、運転の荒っぽさには閉口したが、それでもハレアカラ火山やラハイナの「バニアンの大樹」には目を見張った。カハナパリでは、かつて砂糖きびを運んでいた列車を、そのまま走らせているのだという砂糖きび列車に乗った。そう長いコースではないのだが、ごくラフな服装の従業員らしき男性が、車内でウクレレを弾きながら、歌を披露してくれた。
 2日間の観光の中で、シュラインはここが一番気に入った。外の風景も美しい上に、列車の雰囲気がなんとも懐かしさを誘う。本物のやしの実に入ったやしの実ジュースも風情があって、悪くない。
 ホテルのあるオアフ島へと帰り着き、空港からホテルへ向かうバスに乗り込むころには、シュラインの体を、心地よい疲れが包んでいた。バスの揺れに身を任せながら、彼女は、夕食後は同じホテル内のカリア・タワー2階にあるスパに行ってみようかと考える。
(それとも、武彦さんを誘って、バーにでも行ってみようかしら)
ふと胸に呟く。どちらも、魅力的な考えだ。
(まあいいわ。食事しながら、ゆっくり考えましょ)
彼女はそう決めて、すでに闇に包まれている外の景色に目をやった。

【4日目 ショッピング】
 ハワイ最後の日は、午後から全員で、ホテルから徒歩で行ける距離にある、アラモアナ・ショッピングセンターへと繰り出した。
 午前中は、シュラインはゆっくりと眠りをむさぼり、食事した後、少し仕事をした。結局、持って来た仕事に彼女が手をつけたのは、この日だけだった。それでも短時間で全部仕上がったのは、やはりこの乾いた気候のせいだろうか。昨夜は結局、スパの方へ行き、全身これ以上ないというぐらいリラックスさせてもらった。おかげで、ショッピングセンター内を巡る足もずいぶんと軽い。むろん、零とみそのもはしゃいでいる。この2人は、何を見ても楽しくてしかたがない様子だ。ちなみに、この日のみそのは、黒いゴスロリだった。
 一方、男性2人は、なんとなくぐったりしているように見える。
「どうしたの? スキューバダイビングって、そんなに大変だった?」
シュラインはそっと草間に訊いてみた。
「いや……。スキューバ自体は、けっこう楽しかったんだがな……いろいろあったんだよ……」
草間は、そう言うだけで、はっきり何があったか語ろうとしない。霜月にも尋ねたが、こちらは力なく笑うだけだ。シュラインは、首を捻ったものの、それ以上問うのも何かかわいそうな気がして、やめておく。
 ショッピングセンターは、2階建てで、日用雑貨からブランド品、アクセサリーなどありとあらゆる品物を扱う店が並んでいる。
 零とみそののりクエストで、いくつかファンシーグッズを扱う店に入り、そこでそれぞれ土産の品やら自分自身のものやらを購入し、それから、草間のリクエストで酒を扱う店に入った。日本では高額な洋酒もここでは手ごろな値段だ。ただし、日本に持ち込む際に免税対象になるのは3本だけだ。草間と霜月は、ずらりと並んだ洋酒の棚の前で、その3本を選ぶのに余念がない。時間がかかりそうだと踏んで、シュラインは零とみそのを連れて、隣の贈答品の店に入った。時間つぶしのつもりだったのに、彼女は結局ここでも二つほど買い物をしてしまった。
 やがて日も落ちるころ、5人は再びホテル目指して歩き出した。
 ホテルの部屋に戻って、シュラインは今日の戦利品を自分のベッドの上に広げる。ファンシーグッズの店で買ったポストカードと小物入れ、Tシャツに、魔よけだという石に巨大な顔を刻んだペンダント。贈答品の店で買ったリキュールグラスの3個セット、そして銀色のライター。これで全てだ。
 ポストカードとTシャツは友人たちへの土産だった。土産物は他に、マウイ島でも買っている。小物入れとTシャツ、魔よけのペンダントは自分のために買ったものだ。特に、小物入れは蓋に女性の横顔が描かれているのだが、それが貝殻で作られていると知って、気に入った。リキュールグラスは、草間興信所用だった。足を茎に、カップ部分をチューリップの花に見立てた可愛らしいもので、淡くピンクがかっている。
「わあ、可愛いですね、これ」
零もそのグラスが目についたのか、小さく声を上げた。
「でしょ? 事務所用よ。ちょうど三つあるし」
「でもこれ、お酒用のグラスですよね?」
零は小さく首をかしげて問う。彼女は飲酒できる年齢ではない。
「ほんとはね。でも、ゼリーやムースを作る時に使っても、可愛いと思わない?」
シュラインが言うと、零は顔を輝かせた。
「そうですね。私、大事にします!」
「ありがと」
シュラインは、笑い返してうなずいた。
 と、零が小さく首をかしげる。その視線が、銀色のライターに注がれていた。
「シュラインさん、タバコ吸うんですか?」
「違うけど……武彦さんにどうかな、と思ってね」
問われてその視線を追い、シュラインは少しだけ困ったように答える。自分でも、買う時に少し迷ったのだ。だが、シンプルなデザインと隅の方に小さくハワイ語で彫られた「あなたがいつもマナを感じていられますように」という言葉に、惹きつけられるものを感じた。「マナ」とはハワイ独特の言葉で、超自然のエネルギーのことをいう。
 零は、彼女の言葉に少しだけ目を見張り、すぐにうなずいた。
「いいと思います。きっと、兄さんも喜びます」
「ありがと」
シュラインは、もう一度零に笑いかけて言った。

【帰国】
 翌日。シュラインたち5人は、再び8時間かけて飛行機で日本へと帰国した。
 途中で日付変更線を越えるので、彼らが日本に到着した時には、旅行に出発して6日目の午後ということになる。
 タラップを降りた途端に襲って来たムッとする熱気に、一瞬シュラインは圧倒されそうになった。改めて日本がどれだけ湿気の高い国かを思い知らされるようだ。暑さにくらくらする頭はすでに、後にして来たハワイでの日々を懐かしんでいる。
 ハワイ最後の夜の夕食は、ホテル内の海の見えるレストランで取った。心地良い風と、柔らかな音楽、おいしい料理、そういうもの全てが溶け合って、楽しくくつろいだ時間を作り出していた。実際、ハワイはどこへ行っても料理がおいしかった。殊に魚料理は食材が新鮮で、絶品だ。
 一瞬、白昼夢に陥りかけて、彼女は慌てて自分を現実に引き戻す。
「何やら、日本の湿気が一段と厳しいもののように感じますな」
霜月が、汗一つかいていない涼しい顔で言った。
「そんな涼しげな顔で言われても、実感ないぞ」
草間がすかさず突っ込む。みそのと零は、話題に加わるだけの元気もないのか、ぐったりした様子で黙っている。シュラインは、草間の言葉に内心でうなずきを返しながら、小さく一つ吐息をついた。これからまた、自分たちは日本で、暑い夏を乗り越えて行くのだ。
 同じようにハワイから帰って来た乗客の群れと共に税関を抜け、旅行会社の迎えの車の待つ出入り口へと向かう。さすがに商店街が出した優勝商品だけあって、空港との往復も車でしてもらえるのだ。
 そうしながらシュラインは、ふと思い出したように草間をふり返った。
「武彦さん、これ、あげるわ」
バックの脇ポケットから取り出した剥き出しのままのライターを、無造作に草間の方へと投げる。それは、彼に渡すつもりでいて、飛行機の中でも渡せずじまいだったあの刻印入りのライターだ。
 草間は慌ててそれを受け取る。そして、しげしげと見やった。はたして刻まれたハワイ語を読み取れたのかどうか。だが。
「ありがたくもらっとく」
照れたような笑顔で言って、彼はそれを服のポケットに収めた。
 シュラインは、それを見やって笑い返す。ただの臆病者でもいい。今はやはり、こんなふうな関係でいられるのが、自分は嬉しいのだ。彼女は、そう胸に呟いて、足を早めた――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々、草間興信所でバイト】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】
【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、ハワイが舞台ということで、ネットで調べてから&観光ガイド本を見ながらの
執筆でしたが、もしかしたら、事実と食い違っている部分もあるかもしれません。
そうした部分を発見されましても、フィクションということで、
笑って見逃してやっていただければ幸いです。
また、本作を読んで、少しでも涼を感じていただければ、うれしいです。

●シュライン・エマさま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
今回は、せっかくのハワイということで、草間との関係を中心に書かせていただきました。
楽しんでいただければ、幸いです。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。