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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


トロピカル・ハワイ

【オープニング】
 あやかし町商店街主催の女装コンテストで優勝は逃したものの、優勝・準優勝者それぞれの旅行辞退によってハワイ旅行に行けることになった、草間と零だったが――。
 旅行券やらパンフレットやらを確認していた草間は、思わず眉をひそめた。それらは、5人分用意されていたのだ。添付の説明書をよく読めば、5人までを一家族としてハワイ旅行にご招待とある。
(ま、零と2人だけでも問題はないか)
草間は、そう胸に呟く。
 だが、それを目にした零が言い出した。
「兄さん、あと3人、誰かを誘ってはどうですか? 私、大勢一緒に行く人がいた方が楽しいです」
「そりゃまあ、そうかもしれないが……」
言いかけて、草間もふと考える。以前、友人と2人で海外旅行に行った時には、人数が少ないからと、たしか新婚カップルばかりの団体ツアーと一緒に行動させられて、うんざりした覚えがある。男2人でそれも悲しかったが、零と2人でそんなツアーに放り込まれたりした日には、更に空しい気がする。
「そうだな。大勢の方が、楽しいよな」
うなずいて、彼はさっそく頭の中の電話帳を繰りながら、受話器を取った。果たして、明後日出発というこの旅行に、参加できる者がいるだろうかと考えながら。

【1日目 ハワイ到着・ビーチ】
■1
 護堂霜月は、案内された部屋を見回し、なかなか悪くないとうなずいた。
 その部屋はツインだったが、全体的にゆったりと作られており、シックな雰囲気だった。
「いい部屋じゃないか」
同室になった草間が、溜息をつくように言いながら、室内を見回す。
 霜月の元に草間から、ハワイ旅行に一緒に行かないかと電話があったのは、夕方、彼が帰宅してすぐのことだった。むろん、二つ返事で了解した。パスポートも持っている。問題なのは武器だった。元暗殺者の彼は、普段から大量の武器を携帯している。が、持ち歩いているだけのものは、置いて行くことにした。体内に埋め込んであるものも、はずせるものははずし、そうでないものは、強化樹脂で固めてとりあえず金属探知機に反応しないようにした。
 そして、日本から飛行機に乗ること約8時間。彼らは、ハワイの中心地ホノルルにあるヒルトン・ハワイアン・ビレッジに到着していた。ここは、六つのタワーからなる宿泊施設とレストランや店舗、娯楽施設のそろった巨大リゾートホテルである。彼らの部屋は、その中のレインボータワーにあった。建物の側面に、巨大な虹のペイントがほどこされた、旅行会社のPR写真などでお馴染みの建物だ。ホテルによっては喫煙の予約をしないといけない所もあるようだが、ここはそういう必要もなく、愛煙家の草間にとっては、ありがたい場所でもあっただろう。もっとも、飛行機内は禁煙だったので、到着した時には、かなりぐったりしていたが。
 ちなみに、同行者は草間と零、それに女装コンテストで一緒だったシュライン・エマと海原みそのの2人だった。彼らは、部屋に荷物を置いたら、さっそくビーチへ泳ぎに行く予定にしていた。霜月もさっそく衣類を脱ぎ始める。真言宗僧侶である彼だが、さすがに今日は、生成り色のゆったりした半袖シャツに、ズボンというなりだ。頭はすっかり剃り上げてしまっているが、小柄で色白な彼は、体の線がはっきりしない服装だと、男女の区別がつきにくい。とはいえ、服を脱いでしまえば、男性であることは一目瞭然だ。だが。
 なんとなくおちつかない様子で、そちらをちらちらと見やりながら着替えていた草間が、脱いだ衣類をハンガーに掛け、バスタオルなどの荷物の入ったビーチバック片手に、褌(ふんどし)姿で出て行こうとしてる霜月を、慌てたように止めた。
「おい、まさか、そのかっこうで泳ぐつもりか?」
「そうですが……いけませんかな?」
きょとんと問い返す霜月に、草間は片手でこめかみを押さえる。
「いけないに決まってるだろう。泳ぐ時にはな、水着を着るもんなんだよ」
「みずぎ、ですと?」
霜月は、きょとんとしたまましばらく考えていたが、ふいにポンと手を打った。
「おお、そういえば、よくてれびのこまーしゃるなどで、履いているのを見かけますな。いや、これは……拙僧としたことが、うかつでしたな」
「うかつなんてもんじゃないだろ……」
草間は、疲れたように呟くと、脱ぎかけていた服のボタンを止め直し、言った。
「わかった。俺が一緒に行ってやるから、ホテルの中の店で水着を買おう」
「それは、かたじけない。拙僧は、そうしたことにはとんと疎いゆえ、草間殿に見立てていただければ幸いかと」
素直にうなずく霜月に、草間は溜息をついた。
「そうと決まったら、服着ろよ」
「おお、そうでしたな。重ね重ね、面目ない」
霜月は、慌てて脱いだ衣服を再びまとう。
 そうして2人が集合場所である1階ロビーへ降りて行くと、すでに女性3人は姿を見せていた。むろん、3人とも水着姿だ。女性たちの中で一番年上のシュラインは、パレオのついたビキニの上にパーカーを羽織っていた。長い髪は後ろで一つに束ねている。みそのもビキニだ。黒バラの飾りのついたそれの上にパーカーを羽織った彼女は、ビーチバックの他に浮き輪とビート板を手にしている。全身、持ち物にいたるまで黒づくめだった。一方、零は白地に大きなひまわりの柄のセパレーツの水着とパーカーというなりだった。
「悪い、シュライン。俺と霜月は、水着買いに行って来るから、先にビーチへ行っててくれないか」
 草間が、シュラインに近づくなり、言った。彼女は、軽く眉をひそめたが、すぐにうなずいた。
「しかたないわね。じゃ、先に行ってるから」
そして、零とみそのを促して、ロビーを出て行く。それを見送り、霜月は草間と共にホテル内の水着ショップへと向かった。

■2
 水着ショップの中は、当然ながら水着で一杯で、霜月はどれにしようか迷った。もともと馴染みがないのだ。そう簡単に決められるわけがない。草間はビキニパンツがいいと言う。今時の流行りだし、イケてる男は、ビキニで当然、なのだそうだ。
 実はそんなのは大嘘なのだが――草間は、ほんのちょっとからかうつもりで言っただけだったのだ。が、よくわかっていない霜月は、すっかり間に受けてしまった。おまけに、この店の店員がまたおそろしくセールストークに長けた男だった。白人のくせに、流暢な日本語、それも大阪弁を話すのだ。それでもって、「いや〜、兄さん、よう似合おうてはるわ〜。彼女も惚れ直しまっせ」だの「ハワイへ来たら、日本男児はこれぐらいのもの着なあきまへん」だのと誉めそやされるうちに、気がつくと、霜月だけでなく、草間まで水着を買うはめに陥っていた。しかも、どちらもかなり派手だ。
 霜月が買ったのは、白地に浮世絵らしき柄が入ったビキニパンツだった。歌舞伎の石川五右衛門を思わせる男が、隈取も鮮やかな顔で恐ろしげな決めのポーズを取っており、背景には波がしぶいている。一緒に買わされたパーカーもまるで揃いのように、背中に浮世絵風の波しぶきが描かれ、そこに大きく「白波五人男」のロゴが踊っている。
 一方草間の方は、白地に大きなひまわりの柄のビキニパンツと、背中に大きくひまわりのプリントと「夏一番!」のロゴが踊るパーカーを買ってしまった。妹は白地にひまわりの水着だった、などと霜月がぽろりと漏らしたもので、店員がそれに便乗したのだ。が、草間は当然、そんなものを着るつもりなどないようだった。
 部屋に戻って、霜月はさっさと新しい水着とパーカーに着替える。実際に身に着けると、ますますその柄の派手さ加減が際立った。が、当人はまったく頓着していない。すっかりビーチに出る支度を終えて、草間が着替えていないのに気づき、怪訝な顔になる。
「草間殿は、泳がないのですかな? せっかく、新しい水着を買われたというのに」
「え……ああ……。まだ、来たばっかりだしな。今日はやめとくよ」
草間は、もごもごと言って、ビーチへ行こうと霜月を促した。彼は、首をかしげながらも、うなずいて部屋を出る。
 ビーチは、ホテルのすぐ傍にある。
 外に出た途端、カッと強い日差しが照りつけた。しかし、風は乾いて心地良く、日本のような湿気を含んでいない。ビーチには大勢の観光客がいた。白人もいれば、黒人も、黄色人種もいる。男も女も老人も子供もいて、皆、思い思いに砂浜で遊んだり、泳いだり体を焼いたり、日影で休んだりしていた。
 霜月と草間は、レンタルのビーチパラソルとリクライニングチェアを借りてきて、砂浜の一画に陣取っているシュラインをすぐに見つけた。歩み寄る2人に、シュラインがふり返った。そして、目を剥く。だが、彼女が何に驚いているのか理解していない霜月は、彼女の目の前でゆっくり回ってみせて問う。
「草間殿に水着と、ついでにぱーかーも見立てていただいたのだが、どうかな?」
「え……ええ……」
シュラインは、答えに詰まったようだが、草間の必死の目配せに、つっかえながら無難な答えを口にした。
「その……とっても、よく似合ってるわ……」
「おお、やはりそうですかな。ところで、零殿とみその殿はどうされた?」
満足してうなずくと、霜月はあたりを見回す。シュラインも言葉に詰まりつつ、視線を海の方へと巡らせた。
 2人は、ビーチに来てからは、ずっと浮き輪をして泳ぐというより、海に浮かびながら遊んでいたのだった。が、今は海から上がって金髪の少女たちに混じってビーチバレーをやって遊んでいた。霜月は、すぐにそれに気づく。
「びーちばれーですか。拙僧も仲間に入れていただこう」
小さくうなずいて呟くと、彼は自分の荷物を、みそのたちの荷物の傍に置き、そちらへ向かって歩き出した。
 霜月が声をかけると、ビーチバレーは一旦、中断された。どうやら、少し休憩しようということにでもなったらしい。みそのと零は別々のコートにいたが、零たちの方が、みそのたちの方のコートへ集まって来た。2人とも、霜月の姿に目を丸くしている。が、少なくともみそのの方は、その派手さに驚いているわけではないようだ。
「まあ、護堂様、素敵な水着ですわね。とてもお似合いですわ」
彼女は、見るなり小さく手を打って叫んだのだ。
「おお、そうですかな。草間殿に見立てていただいたのですが」
霜月は微笑んで返す。
「そうですの。草間様も、なかなか良いセンスをしてらっしゃるのですね」
 にっこり微笑むみそのの傍から、金髪の背の高い少女が誰かと片言の日本語で問うて来る。霜月を紹介した後、みそのは、ふいに思いついたようにその少女に訊いた。
「――そうですわ、霜月様もお仲間に入れてさしあげてはいけません? ミッキー様」
ミッキーと呼ばれた少女は、仲間たちをふり返り、英語で何か話す。
 そこへまた、何人か今度は男ばかりの集団が、仲間に入れてくれとやって来る。白人もいれば、日本人らしい者もいた。どうやら彼らは、少女ばかりのこの集団に、どうやって声をかけようか、さっきから遠巻きにしていたようだ。そこへ霜月が声をかけたので、慌てて自分たちも行動に出たのだろう。
 結局、霜月を含めて、全員が仲間に加えてもらえることになった。
「いっそのこと、兄さんとシュラインさんも呼びましょうか」
零が、荷物の傍で何か話している草間とシュラインの方を見やって言う。
「why? 誰?」
「あちらに、もう2人、わたくしたちの同行者がおりますの」
ミッキーに問われて、みそのがシュラインたちの方を示して答えた。
「コウナッタラ、人数ハ多イ方ガ楽シイネ。呼ンダライイヨ」
ミッキーが、笑いながらうなずく。
 そこで、零が片手を拡声器代わりにして、手を振りながら叫んだ。
「兄さん!」
声が聞こえたのか、2人はふり返る。草間が水着でないことに気づいたのか、小さく首をかしげたものの、零は更に叫ぶ。
「兄さん! シュラインさんも。一緒にビーチバレーやりませんかー?」
ほどなく、草間が手を振り返すのが見えた。そのまま、みそのたちのいる所へと走って来る。
「シュライン殿は、どうされた?」
霜月は問うた。
「肌を焼きたくないから、いいってさ」
答えて、草間はまるでかばうように零の肩に腕を回す。
 それを見やって、霜月は小さく目をしばたたいた。草間が、他人の目前で零に対してこうした態度を取ることは少ない。が、周囲の少年たちの存在に気づいて、すぐに霜月は納得した。草間は、零へのナンパを心配しているのだ。
(これは、気の利かぬことをしましたな。拙僧が守ってあげればよかったものを。いや、これからでも遅くはなかろう。草間殿と協力して、零殿をお守りすることとしよう)
霜月は、そう胸に呟いた。
 やがて、英語と日本語、それにフランス語やドイツ語らしいものが飛び交い、最初の倍にふくれ上がった人数は、再度二分され、改めてゲームが始まった。

■3
 夕方になって日が陰ると、あたりには更に涼しい風が立ち始めた。
 ビーチにいる人の数は、かなり少なくなっていた。日本人らしい子供たちが、花火をやっているのが見える。また、腕を組んで浜辺を散歩するカップルの姿も見え始めた。
 さんざん賑わったビーチバレーの集団も、いつの間にか自然に解散となった。その場に残ったのは、ミッキーと赤毛の少女、それに後から加わった日本人と白人の少年の2人だけだった。彼らは、少年たちが花火を持って来たので、それをやり始める。みそのと零も、誘われてそれに加わっていたが、霜月と草間は、そこを離れてシュラインの所へ戻って行った。どうやら、ナンパの心配もなさそうだと感じたせいだ。
 シュラインの所に戻ると、彼女は浜辺の散歩に2人を誘った。が、霜月は荷物の番をしていると言って辞退した。貴重品はないものの、誰もいなくなるわけにもいかないだろうと思ったのも本当だ。が、2人のために気を利かせたというのが、実情だった。
 2人が散歩に出て行くと、霜月は先程までシュラインが寝そべっていたリクライニングチェアに身を横たえる。そこからでも、水平線に沈んで行く巨大なオレンジ色の太陽の姿を眺めることができた。あたりには、波の打ち寄せる音と、かすかな人声が満ち、乾いた風が優しく吹き抜けて行く。
(たまには海外というのも、悪くはないものですな……。こうしていると、何やら心が凪いで、煩悩が洗われて行くような気さえします)
胸に呟き、彼は目を閉じた。暗殺者として研ぎ澄まされた感覚が、自然の中の不思議なリズムのようなものを捕らえ、それにゆるやかに自分の肉体を合わせて行く。それは、たとえば読経をしている時のような、一種不思議な感覚だった。
 どれぐらいそうして、その感覚に心と体を委ねていたのだろうか。近づいて来た気配に、ふと意識を向ける。敵ではないと、すぐに察した。深く深呼吸して、目を開く。傍にいたのは、みそのと零だった。
ほどなく、シュラインと草間も戻って来た。
 全員がそろって、そろそろホテルへ戻ろうということになり、借り物のビーチパラソルとリクライニングチェアをたたむ。草間がビーチパラソルを持ったので、霜月はリクライニングチェアの方を持った。シュラインたちと別れて、2人はそれを、レンタル業者に返しに行くことになったのだ。

【2日目・3日目 観光】
 翌日と翌々日の2日間は、観光をした。
 彼らがあやかし町商店街振興組合からもらった旅行は、終日フリーで、自分たちで好きにプランが組めるものだ。添乗員や通訳が必要ならば、指定された電話番号に連絡して、派遣してもらうこともできる。また、ツアーに即日参加申し込みすることもできた。
 昨夜、食事しながら話し合った結果、霜月だけでなく、草間と零、みそのもハワイは初めてということで、比較的ポピュラーな場所を回る観光ツアーに参加し、最後の1日をショッピングに当てることになった。もっとも、霜月はスキューバダイビングがしたかったので、最後の日の午前中をそれに当てていた。なので、ショッピングは午後からということになった。霜月が申し込んだのは、免許がなくても参加できる初心者の体験コースだった。それならと、草間も一緒に行くことになっている。
 ともあれ、彼ら5人は、2日目をホノルル市内観光に、3日目をマウイ島観光に当てた。
 観光は、楽しいものだった。
 ホノルル市内観光では、イオラニ宮殿とその周辺を回り、ドール・キャナリー・スクエアで昼食と短時間のショッピングを楽しんだ後、ホノルル美術館で絵画の鑑賞をした。夜は、マジックを交えたポリネシアンショーを見ながらの食事である。この食事も、ツアーに含まれたものだ。
 観光はほとんどがバスだったが、彼ら一行は、他のツアー客からかなり注目を浴びていた。理由は、男女の区別のつかない霜月の風体と、みそのの服装のせいだった。彼女は、毎日装いを変えていたのだが、2日目は黒いメイド服、3日目は同じく黒いナース服と、1人異彩を放っていたのである。もちろん、当人は周囲から注目されてもおかまいなしだ。更に、妹たちに持たされたというカメラで、しっかり写真も撮っていた。むろん、霜月たちもフィルムに収まることを忘れない。イオラニ宮殿のカメハメハ大王像前では、わざわざツアーの同行者に頼んで、5人全員の集合写真を撮ってもらったりもした。
 マウイ島では、飛行機といいバスといい、運転の荒っぽさには閉口したが、それでもハレアカラ火山やラハイナの「バニアンの大樹」には目を見張った。2日間の観光の中で、霜月はこの二つが一番気に入った。最初の日のビーチでの出来事と同じく、不思議な自然との一体感を感じたがためだ。
 カハナパリでは、かつて砂糖きびを運んでいた列車を、そのまま走らせているのだという砂糖きび列車に乗った。そう長いコースではないのだが、ごくラフな服装の従業員らしき男性が、車内でウクレレを弾きながら、歌を披露してくれた。
 オアフ島へと帰り着き、空港からホテルへ向かうバスに乗り込むころには、霜月は心地よい疲れを感じていた。バスの揺れに身を任せながら彼は、夕食後は、ホテルのバーへでも行ってみようかと考える。それも、誰かと共に談笑しながら飲むのではなく、1人で思索に耽りながら飲みたい気分だった。
(たまには、そういうのも悪くはありますまい)
胸に呟き、彼は、すでに闇に包まれている外の景色に目をやった。

【4日目 スキューバダイビング&ショッピング】
■1
 ハワイ最後の日の午前中、霜月は草間と共にスキューバダイビングを体験した。場所は、ホテルのあるオアフ島南東部のハナウマ・ベイだ。ホテルからは、車で1時間と少しの所にある。申込者はマイクロバスで送迎してもらえるようになっていた。その往復も含めて、だいたい半日のコースだ。朝の7時に出発して、ホテルに戻って来たのは11時半ぐらいだった。
 免許を持っていない初心者の体験コースということで、スーツのつけ方から潜り方、潜る時の諸注意まで、懇切丁寧に教えてくれる。申込者には、2人から3人に1人の割合で、専任のインストラクターがついた。
 霜月と草間についたインストラクターは、大柄な黒髪のハワイアンで、愛想が良くて親切だった。教え方も丁寧で、上手だった。それはいいのだが、ゲイなのかバイなのか、霜月に何かとアプローチして来る。ただ口説くだけでなく、やたらと体に触りたがる。霜月は、何度そのインストラクターを張り飛ばしたい衝動に駆られたことか。が、彼自身、自分が本気でやれば、ふいをつかれた相手がどうなるかぐらいは自覚があったので、必死で堪えた。
 草間も、どちらかといえば、彼が怒りのあまり相手に怪我を負わせることの方を心配しているのだろう。気が気でない様子で、何かと2人の間に割って入ろうとする。ところが、インストラクターの男は、それを違う方向へと勘違いした。草間が霜月のステディで、だから邪魔をしているのだというふうに。おかげで、草間の方は指導と称して他の者より深い場所へ潜らされたり、1人だけ置いてきぼりにされかけたりして、さんざんだった。そうやって引き離された間に、霜月の方も、しつこいアプローチを受ける。おかげで2人とも、帰りのマイクロバスの中ではぐったりと疲れ切っていた。
 もちろん、それを除けば初めての海底散歩はなかなか楽しかった。海底といっても、そう深い場所ではないが、青く澄んだ水の中を、色とりどりの魚たちが群れをなして泳ぐさまは、まるで夢のように美しい。その光景を見た時には、霜月もこのコースに参加してよかったと心底思ったものだった。

■2
 午後からは、全員でホテルから徒歩で行ける距離にある、アラモアナ・ショッピングセンターへと繰り出した。シュラインとみその、零の3人は、午前中をしっかり満喫したのか、ショッピングセンター内を巡る足取りも軽い。が、霜月たちの方は、午前中の運動……というよりも、インストラクターにふり回されたのが尾を引いて、まだぐったりとしている。
「どうしたの? スキューバダイビングって、そんなに大変だった?」
それに気づいたらしいシュラインが、低い声で草間に問うているのが霜月にも聞こえた。
「いや……。スキューバ自体は、けっこう楽しかったんだがな……いろいろあったんだよ……」
草間は、そう言葉を濁す。が、彼女はそれでは納得しなかった。今度は霜月の方にどうしたのかと訊いて来る。が、彼も話したくなかったので、とりあえず笑ってかぶりをふった。シュラインは首を捻っていたが、何かあったと悟ったのか、それ以上訊いて来ようとはしなかった。
 ショッピングセンターは、2階建てで、日用雑貨からブランド品、アクセサリーなどありとあらゆる品物を扱う店が並んでいる。
 零とみそののりクエストで、いくつかファンシーグッズを扱う店に入り、そこでそれぞれ土産の品やら自分自身のものやらを購入し、それから、草間のリクエストで酒を扱う店に入った。日本では高額な洋酒もここでは手ごろな値段だ。ただし、日本に持ち込む際に免税対象になるのは3本だけだ。草間と霜月は、ずらりと並んだ洋酒の棚の前で、その3本を選ぶのに余念がない。時間がかかりそうだと踏んでか、シュラインとみその、零の3人は隣の贈答品の店へと移動した。もっとも、草間と霜月が買い物を終えて隣の店に移動した時、シュラインとみそのは、しっかり新しい荷物を増やしていたので、それはそれなりに楽しかったようだ。
 やがて日も落ちるころ、5人は再びホテル目指して歩き出した。
 部屋に戻って、霜月は土産物をホテルの店で買った持ち手つきのビニールバッグにまとめた。とはいえ、女性たちに較べれば、増えた荷物は少ない方だろう。観光した場所でも、少しは買っていたが、ほとんどが絵葉書などのかさばらないものばかりだ。ちなみに、今日買ったのは、ハイビスカス・ティーと男性用のオード・トワレ、それに洋酒3本だけだ。そのうち、ハイビスカス・ティーとオード・トワレは、なんとなく眺めていたら、店員に勧められ、気づいたら買うことになっていた品だった。
 それを見やって、草間が笑う。
「らしいっちゃらしいが、妙な取り合わせのもの買ったんだな」
「そう言う草間殿も、あまり拙僧のことを笑えないのではありませんかな?」
霜月はしかし、肩をすくめて問い返す。
 草間が自分のベッドの上に広げているものの中には、どう考えても彼には必要のなさそうな、レースのハンカチだの可愛いティースプーンだのが混じっている。極めつけは、小さな陶器のユニコーンがついたオルゴールだった。草間も、すぐにそれらに気づいたのだろう。慌てて言う。
「こ、これはだな。シュラインと、零にやる分だ。シュラインには、いつもいろいろ世話になってるからな。零にだって、たまにはプレゼントぐらいしてもいいだろう?」
「別に、悪いとは言いませんが……零殿はともかく、シュライン殿は指輪とかの方が喜ばれるのではないですかな?」
霜月としては、エンゲージリングを意図して言ったのだが、草間には通じなかったようだ。
「やっぱ、シュラインには、アクセサリーの方がよかったかな……」
眉間にしわを寄せて、悩んでいる。
(シュライン殿も、前途多難ですな……)
霜月は低い吐息をついて、小さくかぶりをふった。

【帰国】
 翌日。霜月たち5人は、再び8時間かけて飛行機で日本へと帰国した。
 途中で日付変更線を越えるので、彼らが日本に到着した時には、旅行に出発して6日目の午後ということになる。
 タラップを降りた途端に襲って来たムッとする熱気に、一瞬霜月は圧倒されそうになった。改めて日本がどれだけ湿気の高い国かを思い知らされるようだ。暑さにくらくらする頭はすでに、後にして来たハワイでの日々を懐かしんでいる。殊に、日が翳ってからの風の心地よさや、自然との一体感は彼にとっては得がたい体験だった。
 一瞬、白昼夢に陥りかけて、彼は慌てて自分を現実に引き戻そうと口を開いた。
「何やら、日本の湿気が一段と厳しいもののように感じますな」
だが、その面には汗一つかいていない。
「そんな涼しげな顔で言われても、実感ないぞ」
草間がすかさず突っ込む。みそのと零は、話題に加わるだけの元気もないのか、ぐったりした様子で黙っている。シュラインが、小さく吐息をつくのが聞こえた。霜月も、胸に一つ吐息を落とす。これからまた、自分たちは日本で、暑い夏を乗り越えて行くのだ。
 同じようにハワイから帰って来た乗客の群れと共に税関を抜け、旅行会社の迎えの車の待つ出入り口へと向かう。さすがに商店街が出した優勝商品だけあって、空港との往復も車でしてもらえるのだ。みそのと零は、並んで草間たちの前を行く。草間とシュラインが肩を並べ、霜月は草間の後ろを歩いていた。
 シュラインが、ふと思い出したように草間をふり返った。
「武彦さん、これ、あげるわ」
バックの脇ポケットから取り出した剥き出しのままのライターを、無造作に草間の方へと投げる。彼は慌ててそれを受け取り、しげしげと見やった。
「ありがたくもらっとく」
照れたような笑顔で言って、彼はそれを服のポケットに収めた。
 霜月は、知らないふりを決め込んで、草間の後ろを歩きながら、微笑ましい2人のやりとりに、思わず顔をほころばせる。
(これで、草間殿がシュライン殿に渡すものがえんげーじりんぐならば、それこそ上出来というものですが……ま、何事も、時期が来るまでじっくりと醸すのが常道。今は、このような日常こそが、彼らにも我々にも、ほどよく、心地よいのかもしれませんな)
胸に呟き、彼は、2人に追いつくために、少しだけ足を早めた――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々、草間興信所でバイト】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、ハワイが舞台ということで、ネットで調べてから&観光ガイド本を見ながらの
執筆でしたが、もしかしたら、事実と食い違っている部分もあるかもしれません。
そうした部分を発見されましても、フィクションということで、
笑って見逃してやっていただければ幸いです。
また、本作を読んで、少しでも涼を感じていただければ、うれしいです。

●護堂霜月さま
2回目の参加、ありがとうございます。
なかなか楽しいプレイングでしたので、更に発展させてみましたが、
いかがだったでしょうか?
途中、やや趣味に走ってしまっておりますが、海外では男性もナンパされる可能性は
大有りということで、寛大な気持ちで読んでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。