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<東京怪談・PCゲームノベル>


殺虫衝動『孵化』


■序■

 かさこそ。
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804:  :03/04/11 01:23
  おいおまえら、漏れムシを見たましたよ。
805:匿名:03/04/11 01:26
  おちけつ。日本語が崩壊してるぞ。
  どこで見たって?
806:匿名:03/04/11 01:30
  どうした?
807:匿名:03/04/11 01:38
  おーい
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 かさこそ
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13:  :03/4/13 0:06
  ムシ見た
14:  :03/4/13 0:08
  マジで
15:匿名:03/4/13 0:09
  詳細キボンヌ
16:  :03/4/13 0:13
  13来ないな。ムシにあぼーんされたか。
17:匿名:03/4/13 0:15
  >>16
冗談にゃきついぞ
  やめれ
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かさこそ……


■自然使役者■

投稿人:らる 03/7/7 22:06

 みほろけさみっていう画家さんご存知ですか?
 すごく綺麗で、不思議な絵を描く方なんです。
 でも、絵は販売してないとか……
 私は文京区ギャラリーで見たんですけど、
 他にこの方の絵を見られるところってありませんか?
 教えて下さい。


 御母衣今朝美の噂はそれだけに留まらなかった。山奥で隠者のような暮らしを送っているためにその姿を見たものはほとんどいないと噂されるも、彼にメイクをしてもらったという者まで現れた。とある女優のメイクを一度だけ担当したという噂も流れた。いつの間にか彼の話題は、絵に関することからメイクアーティストに関することへと移り変わり、今朝美はネットにおいてはすっかり化粧師として認知されてしまっていた。
 これは今朝美にとって不本意なことであった。彼は、自分は画家だと主張し続けている。美しい者に化粧を施すのも、真っ白な美しいキャンバスに色を置いていくのと同じ――つまり、化粧も絵画だと言うのだ。彼は持っている神秘性にしては、意外と気軽に人前に現れた。現れるたびに、自分は画家だと言い続けている。それでも何故か世間は彼を化粧師にしたがった。
 やれやれ。
 彼は今日も自分は画家であることを主張するため、アトリエが在る山を下り、森を出て、大都会にやってきた。
「……今日も死んでいる」
 汚れた空気を吸い込んで、今朝美は目を伏せた。
 東京の空気は、今日も死んでいるのである。これからもずっと、生きることはないのかもしれない。


 白王社ビルの月刊アトラス編集部にて、今朝美は歓迎された。今朝美は自ずから取材を受けるために森を出たのだ。そのことに対して記者たちは負い目を感じているようだったが、当の今朝美はまったく気にも留めていなかった。今朝美は都会を毛嫌いしているわけではなかったからである。死んだ空と風に触れるのは、不快というよりも辛いことであった。外見以上に長く生きている彼は、辛さを乗り越える術を知っている――少なくとも、現代の人間よりは。
 今朝美がほんの少しだけ気分を害したのは、案の定「化粧師」と認識されていたことに気がついたときぐらいだった。彼はいつものように自分は画家だと主張し、絵を売らない理由や、自分が自然を描き続けることについて気がねなく話した。記者たちは興味深そうに――或いは、今朝美の神秘性に魅せられたかのように、熱心に話に聞き入っていた。今朝美は、記者のその態度で満足だった。化粧師と思われていたという事実は、些細な問題にすぎない。
 しかしその有意義な時間を、応接間の隣から聞こえてくる三下の悲鳴が終わらせてしまった。


■消えた十数人目■

 今朝美は何事かと興味を持って、ひょいと応接間から顔を出した。
 あたふたと三下が編集部を出ていった。
「まったく、どうしてすぐに動かないのかしらね!」
 編集長・碇麗香が、ぶつくさと愚痴をこぼしながら腕を組んだ。
 怒りと苛立ちを手懐けたかのような、そのクールな美貌。そして白い肌。
「……これは、いい」
 今朝美は呟き、半ばふらふらと麗香のデスクに近づいた。
 麗香は今朝美がここに来ていたことを知っていたようだし、今朝美が何者であるかも心得ていたが、さすがに驚いていた。
 ずいっ、と今朝美が詰寄ったからだ。
「あの、是非、そのお顔に色をささせては頂けませんか」
「……?!?」
 今朝美にとって、麗香の顔は真白いキャンバスだったのである。

 しかしながら、今朝美の申し出は断られた。
「私は今ちょっと、それどころじゃないの。他の女性記者じゃ駄目?」
 麗香の尤もな言い分に、今朝美は力強く頷いた。
「貴方のお顔が良いのです」
「……それは、困ったわ」
「何か今、問題が?」
「ええ。そこのデスクの御国くんなんだけれど」
 麗香は、誰も座っていないデスクを指した。
「昨日から連絡がつかないの。最近担当してた事件が事件だから、ちょっと心配なのよ。三下くんにも探させてるんだけど、ま、三下くんだから……」
 どうやら、他に回せる人材がないらしい。
 ふむ、と今朝美は納得した。
 ふわりと御国将のデスクに近づき、パソコンの電源を入れる。和服の青年が取ると、違和感のある行動ではあった。麗香も、幾人かの記者の目も、今朝美に釘付けになっていた。そんな視線も何処吹く風で、今朝美は将のネットでの足跡を辿る。
 霊的なものが絡んでいれば、自分も捜索を手伝える。今朝美は、そう踏んだのだ。
 しかし、どこまでも将の足跡は灰色で、彼が愛する色を見出すことはかなわなかった。

 ムシを見た、

 その書きこみを最後にして、将は消えている。
「……蟲?」
 今朝美は袖から筆を取り出した。まだ穂先もほぐされていない新品だ。
 すう、と流れるような動作だった。今朝美はパソコンの画面の少し手前で、絵筆を駆り、円を描いた。絵筆の先が、たちまちどす黒いものに変わった。

 ああ今日も残業だこのパソコン処理遅いなムシだまた信号赤だよ朝から晩までまたネットかああ海行きたいなああの店品揃えが悪くなった編集長もまた厳しいもんだ三下よりはまともな扱いしてくれるけどムシだくそフリーズしたムシだまずいラーメン食っちまったうわ戦艦『あかつき』の壁紙だけないじゃないかムシだヤバい服に接着剤ついたムシだムシだムシだ!

「これは……!」
 今朝美は美しい顔をしかめると、絵筆についた黒い『色』を拭い取った。
 彼が捕らえたのは、精霊の色ではなかった。人間の負の感情そのものだった。いま採った色を紙に載せたとき、どんなことが起きたのか――今朝美は戦慄を押し殺す。
「何かわかったの?」
 麗香がいつの間にかそばに来ていた。
 今朝美は頷く。だが、答えはまだ言わないでおいた。
「御国さんがいつも通る道や、行かれる場所をご存知ありませんか」
「知っているけれど……きっともう警察も三下くんも捜索済みよ?」
「今居るかどうかは問題ではありません。一度でも行ったかどうか、それだけで充分です」
 麗香は不思議そうに首を傾げた。
 今朝美はそっと、静かに微笑む。
「御国さんが見つかれば、余裕が出来るのでしたね?」
「ええ、まあ、そうね」
「ではそのとき、貴方のお顔をお借りしたい」
 う、と麗香が珍しく言葉に詰まった。


■精霊の導き■

 今朝美は夕刻の東京に繰り出した。
 夕陽の色すらくすんでいる。だがこんな色でも、都民が安らぎを覚えているのは確かだろう。今朝美は絵筆を西の空に向け、すうと円を描いた。くすんだ橙が、穂先に載った。
 将が毎日辿る道をそぞろ歩き、今朝美は時折、絵筆に色を載せていった。
 この東京の中でも、力強い彩りは在るのだ。
 軒先の紫陽花の色を採り、今朝美は袖から水彩紙を取り出した。彼の筆はさらさらと動き、たちまち活き活きとした紫陽花を描き出す。
 そして――紙から、少しばかり汚れた衣を纏う紫陽花の精が現れた。
「黒い『蟲』を抱えた男性を見かけませんでしたか? 40代で、眼鏡をかけた――少し、眠そうな目の」
『そう……とうとう、そこまで……。お探しですか?』
「ええ」
『お急ぎくださいませ。「蟲」に潰されてしまいます』
 紫陽花は港の方角を指すと、空気に溶けて消えてしまった。
「港前公園……」
 今朝美は、足早に歩き出した。
 日がまさに沈もうとしていた。

 かさこそ、

 今朝美は知らなかったが、精霊たちが警告をしてくれた。
 最近、東京では失踪や殺人が相次いでいると。御国将も、その渦中に飲み込まれかけているのだとも。人間たちが色のくすみに、囚われて始めているのだと。
 多くの人間は、自然の色と反発して生きていくことを選んだ。支配できないものだと悟ったからだ。人間はそういう生物だ。人間の色しか知ろうとしないのだ。
 今朝美はそれを咎めるつもりはない。だが今朝美はそういった人間と違っていた。色とともに生きることを選んだのだ。どちらを生かしたり、殺したりすることもない道を歩んでいる。だから、人間たちの道の選び方がひどく哀しく思えるのだった。
 ――御国さんだけでも、私が今救うことで、それに気がついてくださるのならば。

 今朝美が公園に入ったときには、すでに日が沈んで、空は藍色に変わり始めていた。
「御国さん! いらっしゃるのでしょう?」
 彼は静まりかえった周囲に、そう声をかけた。

 かさこそ、

 おぞましい音がしている。
「御国さん! 貴方の『色』をお見せ下さい!」
 そして、『黒』が現れた。


■黒檀■

 それは影よりも黒い蟲だった。『黒』そのものだ。今朝美がアトラス編集部で拾った黒と全く同じ色を持っていた。ムカデやヤスデのものの数を遥かに上回る脚が、てんでばらばらに蠢いて、かさこそと音を立てていた。
「……俺を……探しにきたのか」
 絞り出すような声が、物影から聞こえてきた。
「御国さんですね」
「ああ……まあ……そうだ。くそっ……頭が、痛いんだ……!」
 蟲が今朝美の姿をその複眼にとらえて、大口を開けた。この世の虫のあぎとではなかった。口の中にはびっしりと牙が植わっていた。卵塊を思わせる整然さだった。吐き気をもよおすほどの統一性だ。自然には存在しない歪みだった。蟲は虫と呼ぶにはあまりにも巨大だった。蟲にそのつもりが無くとも、放っておけば確実に誰か殺すし、そのうち己の本体そのものを押し潰す。紫陽花の精が語った通りになるのだ。
「こいつ……何だって言うんだ! どんどん大きくなってる。最初は……普通のムカデと変わらなかったのに!」
「この『蟲』はあなたの負の心です」
 今朝美の静かな声が、将の錯乱しかけた言葉に重なった。
「あなたが普段、抑えつけ続けていた衝動ですよ。何かがきっかけになって、実体化したのでしょう――抑えこむのは逆効果です」
 将は何も答えなかった。
 身に覚えでもあったのか。
 しかし蟲の悪意は変わらなかった。将には、この蟲を手懐ける力がない。
 きしゃあ、と蟲が牙を剥いた。ぞろぞろと動き、今朝美に敵意を向け、鎌首をもたげる。

 今朝美は袖から絵筆を取り出した。
 くすんだ橙が穂先に載っている。今朝美は、もっとずっと美しい橙を知っている。だが東京の民には、この橙でも充分であるはずだ。
 将が、沈む東京の夕陽を見て、うつくしいと思うことがあるならば!

 黒は全ての色を飲み込むはずであった。
 だが「黒」は、色ではない。今朝美はそれを知っている。黒は、ただの影なのだ。
 飛びかかってきた影の顔を、今朝美の筆はすうと撫ぜた。橙の、影よりははるかにずっとうつくしい光の『色』が――載った。
 蟲は空中でもんどりうつと、つめたいアスファルトに倒れ込み、うじゃうじゃと脚を動かして悶え苦しんだ。橙に抵抗しようとしていた。
 今朝美は橙の乗っていた筆を捨て、袖口から別の絵筆を取り出す。
 それには、彼が森を出る時に乗せてきた、純粋な緑があった。東京の緑が死んでいることは知っていた。もし東京で急に緑の絵を描きたくなったときのために、彼は緑を用意してあったのだ。
 これを絵に使うことが出来なかったのは、正直口惜しく感じるのだが――
 今朝美は、蟲の甲殻に、スッと緑の線を引いた。

 蟲は断末魔じみた悲鳴を上げた。
 と同時に、蟲はするすると縮み、ざぶりと畳の中に潜るような動きを見せ、かさこそと音を立てながら、あるべきところに帰った。
 今朝美は筆をしまい、逃げる影を追った。
 コンテナの後ろで、くたびれた格好の中年がうずくまっていた。影はそのとき、男の下に戻った。
「……」
「御国さんですね」
「……驚いたな……頭痛が……治った」
 のろのろと男は顔を上げた。やつれてはいたが、表情は安らいでいた。
 だが今朝美がもう一度将の影に目を落としたとき――将も、照明も動いてはいないのに――その影は不自然に揺らめいたのだった。


■キャンバスの約束■

「……」
「きき、きれいですよー、編集長!」
「黙って頂戴!」
 応接間から出てきた麗香を、編集部の記者は笑顔や拍手や賞賛で迎えた。麗香は確かに美人だ。しかし自然の『色』によって巧みなメイクを施され、彼女のクールな美貌はどこか柔らかなものに変わっていた。三下などは頬を赤らめてぱちぱちと拍手をしたほどだ。
 無論麗香はこういった扱いが好きではないようで(或いは慣れていないのかもしれない)、せっかくの穏やかな顔を怒りと恥じらいで歪めてしまった。
「やはり、載せがいがありました」
 遅れて応接間から出てきた今朝美は、ひとり納得し、強く頷く。
「……別人に見えるぞ」
 将がどこか呆れたような声を出す。
 今朝美はそんな彼の影を見つめ、微笑んで、余った絵筆を将に渡した。使い切らなかった色が載っている。今朝美が住む森と山が持つ、白や碧や藍だった。
「どうぞ、お持ちになって下さい。影を手懐けるために」
「いいのか?」
「ええ。色が無くなることはありませんから」
 彼は満足していた。
 どこか落ち着かない様子でデスクに座る麗香――今日の作品を、飽かず眺めていた。
 どうも麗香は、あの『色』に安らぎを感じる余裕はまだ無いようであったが。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)         ■
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【1667/御母衣・今朝美/男/999/本業:画家 副業:化粧師】

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■         ライター通信                  ■
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 モロクっちです。大変お待たせいたしました。
 『殺虫衝動・孵化』をお届けいたします。御母衣様、はじめまして! この度はご参加有難うございました。
 御母衣様の不思議な魅力が描き出せていられたら幸いです。お陰様で将も怪我をせずに復帰できました。
 それでは、第2話『影の擬態』にもご参加頂けると嬉しいです。
 ご縁があればまたお会い致しましょう!