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星の夜にろまんを探して
●オープニング
「またー!?」
ゴーストネットOFF。
馴染みのインターネットカフェで、高らかに響く管理人の声。
雫は、自らのサイトを覗き込み、額に手をやる。
掲示板の最新の書き込みの中、こんな文字が躍っていた。
『ふふ、ゴーストネットの諸君、元気にしているかい? 今日も元気にろまんをしているかね。
さて、来る7月7日、世間では「七夕」と呼ばれているらしいこの日。
お台場に飾られる巨大な七夕ツリー。この元に集まる健全、不健全なカップル達。
私の力でさらにろまんをかきたててあげよう。・・・よかったら、君達も来ないかね?
●ロマンとはなんだ
『……ロマンとはなんだ……? 弔爾よ』
小脇にし、肩にもたせた刀が語る。
ゆりかもめに乗り、お台場海浜公園前駅へと降り立った忌引・弔爾(きびき・ちょうじ)はひどく面倒くさそうな声と表情で呟くように答えた。
「フランス語だ……」
『舶来の言葉か……それはわからないな……』
ため息のように呟き、嘆く日本刀。その名を「弔丸」という。弔爾は苦笑する。
駅から降りずとも、若者達でお台場は既に賑わっている。
新しい町だけに、それほど悪い噂もあまり聞かないせいだろうか。小学生達だけで連れ合って遊びにきたようなグループもあちこちで見かける。
「しかし……いやなくらいにアベックだらけだな……」
苦虫を噛み潰したような表情で弔爾は呟き、軽く肩を落とした。
「なんだって……七夕の夜にツレがこんな莫迦刀と来たもんだ……最悪だ」
『……悪かったな』
けして申し訳なさそうに、とは聞こえない憮然とした声が耳にはねかえる。
ひと思いに折ってやろうかとも思ったが、……実行には移さないであげておいてやった。
なんて自分は優しいんだろう、とひとりごちる弔爾である。
●七夕ダンスパーティー
お台場は既にたくさんの人で賑わっていた。
新都市空間として開発されたその街は、すべてのものがエンターテイメントを意識して作られている。
デザイナーの個性が生かされた建築物の中には、ショッピングセンター、屋内型テーマパーク、映画館、海の見渡す公園、浜辺など、あらゆる遊び場が詰まっている。
その一角で行われた今年の夏のイベントが「七夕」だった。
観覧車とライブホールの間の広場に据え付けられた大きな笹に、カラフルな短冊が下がる。
笹は一本だけでなく、横一列に一斉に並べられていた。
その七夕の飾りつけをされた広場に向かうと、華やかな音楽が聞こえてきていた。
「……七夕とはまた不釣合いな……これはワルツか?」
『ふむ……舞踏曲か』
妖刀が応じる。
「ああ……確か……ん、あれは……」
弔爾は広場を見下ろす場所に行くと、さすがにわが目を疑った。
七夕の笹が立ち並ぶその下には、何故か美しいドレスに礼服、金髪や銀髪の鬘を被った若者達が、ひたすらにダンスを踊っていたのである。
男女ペアとなり、その手を取り合い、くるくると回りながら踊っていくさまは、まるでそこだけ世界がかわったようでもある。
「なんだ……これは」
我が目を疑い、手首でこすってみたが、やはり夢ではない。
さながら18世紀社交界といったところだろうか。
『あれか?』
弔丸がその舞踏会の中央にいる二人に気がついた。
それはその広場の中でも、一番幼そうな二人だった。小学生だろうか。
少女の方は銀色の縦ロールのかつらをつけ、少年の方はシルクハットに黒のタキシード、さらに黒いマントまでつけている。
「……あれ、なのか」
弔爾は自分の頭に手をやった。
確かに言われてみると、そこからだけ妖気を感じもする。
あの舞踏会は早速、騒霊の仕業らしい。
「……自分から騒ぐのが好きな霊と聞いてはいたが、早速暴れているとはな……」
『どうする? 弔爾』
いつもなら真っ先に「いくぞ、弔爾」となる弔丸だが、今回はどうも動きづらいらしい。舶来の文化に慣れていないのだろうか。
とはいえ、暴れているといっても、なんとなく操られている皆は楽しそうな様子にも見えた。
「少し様子を見るか……」
苦い表情のままで、弔爾は呟いた。その視線の先に、同じ依頼の協力者らしい綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの)を見つけ、弔爾は彼に声をかけた。
お台場の近くに住むという大学生、ウィン・ルクセンブルクも、そこにやってきた時、その形良い眉を寄せて、こう呟くしかなかった。
「……なんなのこれ?」
よく見ると、その広場の中央には、銀色の髪の幼い少女と、黒マントをはおった金髪の少年が、空に浮かんでダンスをしていた。
それはそれで二人ともお人形のようで可愛らしく絵になっている。
けれど。
さらにけったいなものまで、ウィンはその美しい瞳で見つけてしまうのだ。
それを狙うように、観覧車の陰から覗き込んでいる、つばの広い皮帽子をつけ、胸元を少し広げたシャツを着ているどこかで見た青年……。
「……あれって……うちの大学の桐生教授じゃ……」
多少とはいえない冷や汗を感じつつ、半ば呆れたような視線をそこに向けつつ眺めていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこにはスーツを着た優しげな顔立ちの青年が微笑んでいた。
「ゴーストネットからいらした方ですよね?」
青年は、綾和泉・匡乃と名乗った。
「……ええ」
ウィンは頷いた。
「あちらでもう一人の方とお話してました。……あれは……栗君に間違いないようです」
「あちら……?」
匡乃に指差された方向をウィンも振り向く。
茶髪に赤いバンダナを巻き、小脇に日本刀を抱えた、いかにも『やんちゃ』そうな身なりの青年が、オープンカフェテラスに置かれた可愛らしいパラソルの下で、シェイクをすすっている。
忌引・弔爾という名の青年であると匡乃は説明してくれた。
「そう……」
「それと、あそこにいらっしゃる方も」
匡乃はさらに、観覧車の柱から様子を見ている桐生教授を指差した。
「……あ、ああ、そうなのね」
知り合いなのよ、ということがなんだか言い出せないウィンである。
広場では舞踏会が続いている。
「ああ……なんてろまんなんだ」
呻くようにまろん伯爵は呟いた。
「もしかして……あなたが……まろん伯爵?」
みあおは不思議に思いながらたずねた。まろん伯爵は青い瞳を優しく瞬かせて、「そうです、ミス・みあお」と答えた。
「……お気に召しませんでしたか?」
「そんなこと……」
みあおは微笑んだ。
これは確かに舞踏会だ。姉達が貸してくれた物語の中の淑女と同じ……。
空に浮かび、まろん伯爵のダンスの相手を勤めている少女の名は、海原・みあお。
仲の良い姉達に「ろまんってなぁに」とたずねたら、貸してもらえたのは「はーれくいんろまんす」の文庫本1冊と、古めかしい社交界の貴族風衣装を一着。
小学校の低学年にしか見えないその身にドレスを纏い、ひょこひょことお台場の広場に着いたところで、まろん伯爵に声をかけられたというわけだ。
導かれるままにダンスを踊りながら、みあおの胸のうちには、姉から渡されたはーれくいんろまんすの物語が頭に浮かんできてしまう。
社交界にデビューしたばかりの少女は、そこで出会った金髪の貴公子にひとめぼれしてしまう。そしてまた、貴公子も彼女のことを愛してしまう。
二人は誰よりも美しくその広間でダンスを舞った。けれど悲しいかな、その貴公子は彼女の兄の親友を殺してしまったという嫌疑にかけられ、兄の憎しみの対象となっていたのだった。
兄に追い詰められ、父にも母にも禁じられた愛の行方はどこに。
愛の逃避行を誓った二人は、広いお屋敷と豪華な暮らしを捨てて、手に手をとり、嵐の夜の脱出をはかったのだった……。
「……ミス・みあお。何をお考えですか?」
まろんが微笑む。
「……なんでも……ない」
そういいながらも、どこか思い浮かんで仕方のない、ロマン溢れるはーれくいんろまんすのあの本の内容。
赤くなったみあおを、包みこむようにまろんはやさしく抱き寄せた。
「あなたを……攫って逃げたい……」
「えっ」
言うなり、みあおの体はふわりと宙に舞い上がっていた。
まろんの腕に抱かれ、ふわふわと飛んでいるのだ。
「みあおも……飛べるよ?」
みあおは微笑んだ。そして力をこめるようにぎゅっと瞼を閉じる。
すると、光に包まれたみあおの背中に、白い翼が現れた。
「おお……まるで天使のようだ……なんて美しい」
目を細めるまろん。みあおは誉められたようで嬉しくて、えへっ、とにっこり微笑んだ。
空の上で、音楽にあわせて二人は楽しくステップを踏む。地上の若者達も、すべてを忘れたかのように熱心に踊っている。
それはとても楽しくて、まるで大きなメリーゴーランドのようだった……。
●ヘンリー・ジョーンズ登場!!
しかし。
ダンスタイムは長くは続かなかったのだった。
それはある男がその光景を眺めていたからによる。
ロマンの言葉に「冒険」を思い浮かべ、「冒険」の言葉に自らの職業を重ねあわせ、「インディ先生」と呟いてしまう誰かであった。
そう、そして幾人かの人々が熱心に監視の視線を送っていた大学教授という名誉ある肩書きを持つ、『立派な大人』桐生・アンリである。
「……あれが、まろんか……。驚いたな、少年の姿をしてるとは」
観覧車の陰からその様子を見て取り、教授はひたすら眉間に皺を寄せた。
何故か彼はつばの広い皮帽子をかぶり、胸をはだけたシャツをつけ、ヴィンテージのジーンズをはき、手には鞭を持っている。
空に舞い踊るまろん伯爵と、銀髪の可愛いお姫様。
「……あれは、まろんの手に落ちた姫か? かわいそうに……今、助けてやるからなっ」
まろんと少女が踊りながら近づいてきたその瞬間。
彼の鞭は観覧車の柱の一本に絡みついた。
それを掴み、高々と教授は、二人の下に飛び掛っていく。
「うおーっ!!!!!!!」
「なにっ!!」
そんな接近の仕方、さすがに思いつかない。
まろんは目を見開いた。その腕の中から天使の羽を生やした少女は攫われていく。否、救われていく。
「な、なんだ、お前はっっ!!」
「私の名は……」
教授はまろんを見つめた。不敵にその視線が光っている。
「インディ……いや、ヘンリーだ」
「ヘンリー・ジョーンズかっっ!」
いや。そこまで言ってない。
けれど、まろんは断言して、そう来るなら、っと黒のステッキを振り上げた。
「ふふふ。確かに、冒険活劇もろまんの一つ。君は間違っていないね。ただし、ミス・みあおは返してもらうっっ」
「それは出来ない相談だなっっ」
「これでもかいっ?」
まろんはステッキを振るった。
近くのベンチでデザートを食べていたカップルや女性達のその皿が、次々と「猿の頭」に変化する。
「きゃーーーーーっっ!!」
「いやーぁぁぁっっ」
飛び交う悲鳴。
「ふふふ」
悪の笑みに酔いしれるまろん。
「な、なんてことを!! おのれっっ!」
教授は鞭をほどくと、まろんに向けて振付けた。ひらりひらりと身じろぎだけで避けて、得意げな敵である。
しかし。
「……これはひどいと思いますね」
彼の背後方向左下に、憤りを露わとした人物が三人いたのである。
それは確か『かき氷』であった。
シェイクを飲み干した弔爾と、匡乃が見つけていたシロップの種類が豊富なかき氷を販売してる店で、留守番をしていたウィンの分まで買ってきてくれたのだ。
休日のお台場は人が多く、並ばなくてはならず、戻ってきたのは教授がまろんに飛び掛ったすぐ後くらいの話である。
「……まあ見物していましょう」
和やかな匡乃。
「そうねぇ……」
ウィンはタイミングを計るしかなかった。やってみたい策があるのだが、今は機会を逸している。それにあんなに子供だなんて。
「これ以上騒ぎになったら、飛び出すからな」
不機嫌そうに弔爾がぼやく。
「まあまあ」
微笑んだ匡乃は、手に入れたばかりのかき氷に手のひらを向けた。
「これ頂いてからにしましょう」
「……まあ、いいが……」
「とけちゃうわね……確かに」
三人がそれぞれその美味しそうなシロップのかかった氷にスプーンを指した……その時。
ぼんっ。
小さな破裂音と共に、それはゴリラの頭部へと変化したのである。
美味しそうなかき氷が……毛むくじゃらな黒い物体に。しかも、その上部は二つに切られ、中からは赤黒い何かがぷるんと光って揺れていた。
「うわっ」
「きゃっ!」
「なんじゃぁっ」
三人の怒りにも一斉に火がついた瞬間であった。
「栗くん……覚悟なさいっ!!」
叫んで、匡乃はその猿の頭をまろん目掛けて投げつけた。
ぱこん。
いい音が鳴る。
まろんは後頭部を抱えて、空中に座り込んだ。
「……たたたっっ」
「今だっっ!」
鞭も飛ぶ。
今度はびしりと当たった。
ぎゃん、と犬っころのように叫んで後ろに転がるまろん。
弔爾が刀を構えて待っている。
「まったくだっ。この悪ガキ……おとなしくしやがれっっ!成仏させてやるっっ。弔丸、いくぞっ」
霊刀がすらりと抜かれ、その美しい刀身がネオンの光に反射して七色に輝く。
「う……うわぁっ……っっ!!」
さすがに恐怖を感じたのか、まろんはあわてて空に浮かび上がった。観覧車に沿って高く高く飛び上がっていく。
とはいえ、頭にはこぶができ、さらには鞭で打たれた場所は服も破け、赤くはれ上がっている。手負いを抱え、そのスピードは緩慢といってもいい。
「許せるかっ、待てっっ」
ちゃーちゃらっちゃー、ちゃっちゃらー♪ ちゃちゃらっちゃーちゃっちゃっらー♪
ナゼだろう、どこかで聞いたようなBGMがかかり始める。これはひと昔前にはやった冒険活劇有名映画シリーズのテーマ曲。
それに果て、と思う前に、匡乃、弔爾、教授の三人は観覧車を見上げて飛び出していた。
鞭をうまく使い、するすると飛び上がっていく教授。
人間を越えた運動神経で、ずんずん上っていく弔爾。
知性派を装う匡乃は、とりあえず下から見上げつつ、指先を口元にあて、なにやらぼそぼそと呟く。
指先に集めた力を、空を飛ぶまろん目掛けて投げつけた。
「邪悪なる者、その動きを縛せよ!」
「な、何っっ!!」
まろんはそれをステッキではね返す。そして、半分涙顔で、「大人が固まっていじめるなんてフェアじゃないやいっ」と叫んだ。
「じゃあおとなしく成仏しろっ」
弔爾が叫ぶ。あと一息で邪悪色情霊の足を掴める……といったところ。その時。
「えーいっっ!!」
まろんはステッキをさらに振り回した。
刹那、猛烈な暑さが足元から迫ってくる。三人はその足元を見て、顔色を変えた。
そこはマグマの海と変化していた。先ほどまで舞踏会と化していたその場所が今はマグマの海になったのである。
「な、なんだこれはっ!!」
弔爾が叫んだ。「冗談じゃないぜ」
「あーっはっはっは。お兄ちゃん達、落ちたら死んじゃうから気をつけてねっっ。そろそろ……帰ろう。もう疲れちゃった」
「させるかぁっっ」
その足をつかんだのは教授だった。
「ヘンリー・ジョーンズっっ!! 何時の間に」
「悪いが……逃がすわけにはいかないな……」
不敵な笑みを浮かべる教授。
「もう一発……いきますかっ」
時々吹き上げるマグマの熱さに仕方なく観覧車に乗り込んだ匡乃も、その窓から顔を出し、呪縛の技を上空に放る。
「え、えぇぇぃっっ!!」
なんとか避けようとステッキを振り回すまろん。けれど、だめ押しのように反対側の足も、弔爾によって捕まえられていた。
「観念しろぉぉぉっ」
「うわぁっ!!」
匡乃の放った呪縛に絡まり身動きとれないまろん。弔爾はその側に立ち、弔丸を抱えてにやりと笑った。
「そろそろ……観念時のようだな……」
「ううううっっっ」
マグマの赤に照らされながらも美しく輝くパレットタウンの観覧車。その頂が近づいている。
『……邪悪な気を感じるな……弔爾』
弔丸が唸るように言う。日本色情霊連合に属するもの。それは計り知れない煩悩の世界に生きる霊。身なりに騙されてはならないのだ。
「そうだろうとも……。この七夕の夜に表れたが幸い……ふふふ」
動けないまろんに暑苦しいほど顔をよせ、弔爾はどこか意地悪に笑う。
そして、すっと、刀身を下げ、静かに呟いた。
「……今宵は七夕……牽牛に織姫は一年振りだが……我等、当に此処で逢ったが百年目か……。巷間を騒がせる不埒な輩……今宵、天の川の霧と散れいっっ!!」
煌く光の余韻を残し、刀身は弧を描く。
けれど。
「……それも、ろまーん♪時代劇風味だねぇ〜」
ほわぁん、と惚れ惚れとした表情を見せ、まろんは空に浮かんでいた。
「むむっっ!!」
「あいつは人のろまんで力をつけるのかっっ!?」
教授が叫ぶ。間違ってないのかもしれない。
「ふふ。それじゃそろそろ帰るねっ。本当に疲れてきちゃったから……」
まろんはにこやかに微笑み、観覧車よりも高い場所から海の方角へと下っていく。
観覧車の上で教授と弔爾が叫んでいるのは気にしない。
が。
ヴィーナスフォートの屋根の上。
美しい水色のドレスをつけた艶やかな美人が、金色の長い髪を風に任せながら、まろんをじっと見つめているのである。
「……なに」
色情霊たるもの見逃すわけにはいかない風景だ。
ナゼにあんな屋根の上に、美しい人が。
彼女はどこか憂いを浮かべたような表情で、まろんの姿が近づいてくると、細い白い腕を彼に向けて伸ばした。
「……あなたがまろん伯爵……ね」
「いかにも……そうですが」
まろんは吸い寄せられるようにして近づいていく。
「……私を……攫って……」
悲しそうに、哀愁たっぷりに、女性は呟いた。
「攫って……?」
「ええ……お願い」
「……」
まろんはごくりと唾を飲み込んだ。
「……攫ってといわれて……」
その長い睫からきらめく光が辺りにこぼれる。
「攫わなければ、まろん伯爵の名前がすたりますっっ!!! というわけで、いっただきまーーーーーーーすっっっ!!!」
まろんの腕がその細いウエストを片腕に抱いた。
サイズは短いが力のある腕である。
「ふふ……」
その腕の中で女性は小さく笑った。ウィン・ルクセンブルク。彼女もまたゴーストネットからよこされた刺客の一人であった。
ただ攫われるなんて……ポパ●のオリーブじゃあるまいし……と心の中で舌打ちしながらも、作戦がうまくいったことに悦も感じる。
「……さあ姫……、どこに行こうか」
まろんの甘い声。
これであと見かけが+10才くらいあればいいカップルだったのだが……。
「そうねぇ……」
まろんの腕にお姫様だっこされつつ、ウィンは形よい顎に人差し指を置く。
「あそこ」
指差した先は、お台場テ●ビの本社ビル。
ライトアップされた銀色の近代的な建物である。
「……了解ですとも」
まろんは大人びた声で微笑んだ。
●大移動
「……まろん、どこに行くのかなぁ……」
教授の車に飛び乗った四人は、空をふわふわ飛んでいくまろんの後を追っていた。
お台場の道は入り組んでいて、直線の距離の建物にたどり着くのが時に面倒であったりする。
さらに相手は空を行く。道のない場所を行くのだから、なかなか面倒である。
みあおは後ろの席の窓から、まろんの背中を眺め、小さく吐息をついた。
さっきまでは私の王子さまだったのに、今は違う人を攫っている。……おとこのひとってそんなものなんだろうか。
何故かちょっぴりいらいらしてるみあおである。
「多分、あそこだろう……宝物の隠し場所にはぴったりだ……」
怪しげな笑みを浮かべながら、教授がお台場テレビ本社ビルを指差した。
「……宝物って」
匡乃が引きつった苦笑を浮かべる。
それにしてもあれだけ騒ぎを起しておきながら、まろんがその場所を去り新たなろまんに興味を示した途端に魔法は解け、元に戻る。
舞踏会も迫るマグマも猿の頭も消えた。
匡乃は観覧車を一回りしてから、自分が投げたカキ氷のむざんな最後を見つけてしまった。
「……この減点はきついですからね……」
「どうした?」
肩に手をやり自分を抱いた匡乃に隣の席の弔爾が尋ねる。「なんでもありません」と匡乃は息をついた。
やがて教授の読みどおり、敵はウィンを連れ、お台場テレビへと到着した。
建物の中央に近い場所にある円形の展望台。
「姫、着きましたよ」
「ええ……」
ウィンはまろんの隣に腰掛け、円形の展望台の上から、お台場の海と美しい星空を眺めた。
「……なんて綺麗なの」
「ロマンを感じる星空だね……」
うっとりと目を細めるまろん。
「ねぇ、まろん伯爵……?」
ウィンは艶っぽい視線でまろんを見下ろした。少年の姿のまろんの唇は、薄桃色で健康的な色をしている。
「どうしました?」
見つめ返すまろん。大人の女性の美しい色香。この香水の香り……。酔いしれておぼれてしまいそうだ。
「……目を閉じて……」
「えっ」
耳まで赤くなりつつ、言われたままに瞼を閉じるまろん。ふいにウィンの顔がまろんの唇に重なる。
「!!!!!」
ぼぉぉぉぉん!!
爆発音がした。
お台場テレビ前広場にすべりこんだ車から教授が飛び出す。
展望台の上から、青いドレスを纏った金髪の女性が落ちてくる。猛烈な勢いで駆け抜け、教授は彼女を地上の手前でキャッチした。
「うがぁっっ」
衝撃で全身の骨がきしんだ。
けれどウィンをコンクリートに触れることなく守り通した。
「……ヘンリー……教授」
驚いたように教授を見つめるウィン。
全身に行き渡る痛みと痺れをごまかしながら、ひきつった顔で教授はウインクを向けてみせた。
「何があったんだ!!」
弔爾が駆けつけてきて問う。ウィンは首を横に振った。
「私は……何も……ただ……」
「ただ?」
足元に近づいたみあおが見上げる。
「キスをしてみただけよ」
「……」
最後に近づいた匡乃はただ苦笑を浮かべただけだった。
「……それで爆発したっていうのか……」
弔爾は苦笑しながら頭をかいて見上げた。お台場テレビ本社ビルの展望台の上は、爆発の威力で壁がいくつか破壊されているようだ。
「成仏したってことでしょう」
匡乃が目を細める。
「いや……まだだな……そんなことで滅びる奴じゃない……」
妙に自信たっぷりに教授が告げた。
そしてそれは間違っていなかった。
ぷすぷすと音をたてながら、建物の裏から飛び出してきた黒焦げのまろん伯爵は、五人を見下ろし、ぱくぱくと口を動かした。
「き……貴様ら全員ぐるだったんだなあぁっっ!!」
「……えっ……」
泣きじゃくる子供のような鼻水と涙の入り混じった顔で、まろん伯爵は叫ぶと空に舞い上がった。
そして展望台の近くまで浮かぶと、その裏に潜り込み、両手で精一杯の力を放出する。
メリメリメリメリと金属の折れる音が響き……次の瞬間。
円形の展望台がそのまま五人目掛けて落ちてきたのだ。
「に、逃げろっっ」
みあおの手をとり、走り出す弔爾。
ウィンと教授も共に駆け出す。匡乃も仕方なく駆け出した。
轟音を響かせ、五人の後を円形は確実に追い始めた。まるでレーダーがついてるかのように。
教授の愛車を踏み潰し、海に逃げていく五人の後をいつまでもいつまでも……。
その悲鳴と怒声を遠くに聞きながら、お台場テレビの通路の屋根の上で、まろんはファーストキスを奪われた切なさをくすんと鼻を鳴らし悲しんでいた。
おわり。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0845 忌引・弔爾(きびき・ちょうじ) 男性 25 無職
1439 桐生・アンリ(きりゅう・−) 男性 42 大学教授
1537 綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの) 男性 27 予備校講師
1588 ウィン・ルクセンブルク 女性 25 万年大学生
1415 海原・みあお(うなばら・−) 女性 13 小学生
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、鈴猫です。お待たせいたしました。
星の夜にろまんを探して まろん伯爵のシリーズの第二話になります。
ちょっと騒々しいお話になりました。書いててとても楽しかったのですが、いささか突っ走りすぎたかな……とも。
皆様のろまん、叶えられたかなぁと不安でもあります。
いかがだったでしょうか?
忌引・弔爾様
またお会いできて嬉しいです。いつもごひいきにしていただいて本当にありがとうございます。
弔爾さんと弔丸さんの掛け合い、毎回プレイングを拝見するたびの楽しみになっています。
もうちょっと弔丸さんの出番を増やしてあげたかったのですが……ごめんなさい。
それではまた他の依頼でお会いできることを祈って。PCさまのご活躍、これからもかげながら応援しています。
ご参加いただき、本当にありがとうございました。
by 鈴猫
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