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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


腕に覚えは

■オープニング■

「――…じゃ、どーぞ、宜しくお願いしますよ」
 にっこりと微笑み興信所のあるじに言い放ったのは不思議な雰囲気の人物。
 ここには最早把握出来ない程の数、人が押し寄せて来るが、それでもこの人物に限っては、ここに来たのは初めてと思われる。
 まず男だか女だかいまいち判別付かない。…取り敢えず男物のスーツを着ているのだから男と思った方がいいのかもしれないが、それにしては体型が華奢な気もする。声も低い事は低いが、アルトともテノールとも判別付かないくらいの微妙な低さだ。どちらとも思える程度。ついでに年齢もいまいち不詳。一見、十代そこらにも見えそうな気がするが、言動の端々を確り見ていると草間より年上そうにも思えてくる。
「こちらさんに繋ぎが取れてれば、ま、大抵どうにかなるからねぇ。…草間興信所、民間じゃかなり信用あるし」
 縁無しの眼鏡を掛けたその人物は、安心したのか出された珈琲に口を付けつつソファで和んでいる。
 一方、草間はデスクに差し出されている名刺を見て、素朴な疑問を抱いていた。

 ――『画廊経営・真咲誠名 - Shinzaki Mana』

 真咲、と言えば三ヶ月程前から良く来るようになった某バーテンダーの名字とまるっきり同じである。
 …こんな名字、そうそうあるか?
 まず、同じ『しんざき』と来れば神崎やら真崎(とは言え『崎』の部分は「ア」だったり「嵜」だったりするが)と来るのが比較的一般的な気がする。
 けれど草間の見るところ、この人物と件のバーテンダーは血縁とは思えない。
 依頼とは直接関係ないが、気になる。
 思い切って草間は口を開いた。
「あの、つかぬ事を伺いますが…」
 と。

 こんこん

 ドアを叩く音。
 続いてがちゃりとドアが開けられた。
「お久しぶりです。草間さん」
 そこに居たのは当のバーテンダー・真咲御言(みこと)。
 真咲誠名と書かれた名刺を草間に渡した依頼人は、そのバーテンダーを見るなりにやりと笑った。
「…へぇ、やっぱりお前がよくここに来るって話は本当だったのか、“白梟”」
 白梟、と妙な呼び方をされるなり無言のまますぅと目を細める御言。普段の穏やかさとは程遠い、厳しい目付きで誠名を見据える。
 それを受け、誠名は瞼を閉じ、眼鏡を少しだけ下にずらした。
 ゆっくりと瞼を開く。
 と。
 眼鏡のレンズからずらされたその部分だけ、瞳の色がすぅと変わっていたのは気のせいか。
「…俺だよ俺」
 御言の厳しさとは対象的に、悪戯っぽい口調で草間の依頼人は話し掛けてくる。
 と、唐突に御言の警戒が解かれた。
「………………誠名、さん?」
「当たり」
「…知り合いか?」
「一応ね。義理の兄弟みたいなもんかな」
「…こんなところに何しに来たんです? …じゃない、その姿どうしたんですか」
「ま、細かい事は追々話すわ。今は気にすんな。何しに来た、ってのはな、ここは興信所だろ? 依頼だよ。人手が欲しくてね。――怪奇現象の始末に付き合って欲しい、ってな。ちょうどいい、お前も来いや」
「怪奇現象って貴方ね。今更…」
「実は今な、本業の裏の裏で怪奇系始末屋やってんの。ただ俺は単独行動が基本なんでね。それなりの頭数必要そうな場合は人様の手を借りるしか無い訳よ。で、たった今こちらに『向いた人材が欲しい』って依頼したところさ。で、事件の方は雨でも配管の破裂でも何でもないのに廃屋が突然水浸しになって、動物の死体でも大量にあるんじゃないかって疑いたくなるくらい異様に生臭くなる――って話なんだが、現象の起こる場所がやたら点在しててちょっと引っ掛かってる。どこかが源、って言うより、各所で同時発生って感じか? こりゃひとりじゃマズいかもな、って思ってね。今はまだ臭いって以外に大した被害はないが、近い内に洒落にならねえ何かが起きるかも知れねえしな」
「…だからってそこでなんでこの興信所に来るんですか」
「…ここは裏じゃ結構有名だぜ? 『そっち方面』で腕に覚えのある連中の溜まり場だ、ってな」


■事実溜まっている人々→結局そのまま調査員■

「さて…ところで探偵さんよ。このお嬢さんは何者だ?」
 こほん、とわざとらしく咳払いをしつつ誠名はちょこんと隣に腰を下ろしている少女をそれとなく示す。
 誠名に示された、その年頃にしては豊満過ぎるボディの彼女は――床にずりそうな程の長い長い黒髪を持ち、貝殻のブラに海星のパンツ、その上に黒いサリーをゆったりと巻き付けただけの恰好で珈琲を啜っていた。
 それから…依頼交渉の都合上敢えて無視してはいたが、誠名のその視界の隅で何やら大量の――十杯程の蛸が彼女から零に手渡されていた。
 曰く、良い蛸が採れたから土産だ、とか何とか言っていたような…。
 彼女がここに来たのは、依頼をしている最中の事。そのせいか、彼女もそれに気付き、あまり邪魔にならないよう、こちらに対して話し込むような事はなかったのだが…。
 はっきり言って誠名はこの彼女が凄く気になっていた。
 ………………場違いと言うか常識外れと言うか不思議少女と言うか…。
「…ああ、気にしないで下さい。うちの…調査員をして下さる事もある…客人です…」
 今にも溜め息を吐きそうな顔で、ぐったりと草間。
 その様子を気にもせず、ある意味犯罪的な恰好の彼女は穏やかに微笑んだ。
 …表情と恰好の落差に調子が狂う。
「海原(うなばら)みそのと申します。依頼人様のお話を伺っておりますと…何かわたくしとも因縁があるようなないような。…わたくしも、依頼人様の仰っていた『向いた人材』に含まれるかも知れません。受けさせて頂いて宜しいでしょうか」
「…そりゃ構いませんが…もうちょっと厚着の方が場に向いているだろう事は言って置きますよ」
 敢えて何も言及せず、誠名は肩を竦めてそう言った。
 取り敢えず一番気になっていたみそのの事を確認してから、誠名は改めて室内を見渡す。
 現時点でそこに居る、依頼人とみその以外の、家人ではない客らしい存在は他に五人――と一匹。
「ところで…こちらのお嬢さんが調査員をして下さる事もある客人、って事は、今ここに居る他の御客様も似たようなもんだ、と考えても宜しいんですかね?」
 少し考えてから、誠名は誰にともなく話し掛ける。
 と。
「恐らく、そうでしょうね。私は草間君の為でしたら何でもしますが――所内をお見受けしますに、皆、似たようなものと思えますね。ああ、申し遅れました。私はケーナズ・ルクセンブルク。ドイツの製薬会社の日本法人研究員をしている者です」
 にこ、と誠名に向け微笑みを見せる紳士。その姿は金色の長髪に青い瞳、仕立ての良いスーツを着込んだ、何処となく貴族的な雰囲気を持つ美丈夫。
「…ドイツの方で?」
「ええ。一応日本に住んではいますがね。
 それより依頼の件、私もお手伝い致しますよ。草間君に貸しが作れるなら願ったりです」
 言って、艶やかな微笑みを草間に向ける。それはまるで愛しい相手にでも向けるような――。
 肝心の草間の方はと言えば、心底嫌そうにケーナズから目を背けている。
「…少しは、場を考えろ」
 ――今はここの常連だけじゃなく、初めて来た依頼人が居るだろうが。
 低い声で吐かれた科白に、ケーナズは意外そうに目を瞬かせた。
「へぇ」
「…何だ」
「場を考えれば、構わない、と。そう言う事ですね? 草間君」
「………………そんな事は言っていない」
「これは良い事を聞きました♪ 嬉しいですよ、凄く。ええ」
 くすくすと心底嬉しそうに笑うケーナズ。
 …結局、苦虫を噛み潰したような草間の否定も聞いちゃいない。
 と。
「あの、良ければわたくしもお手伝いをしますけど」
 可憐な声が申し出た。
 その主は着物の和風美少女。何故か丁寧に布で包まれた刀剣らしい棒状の物を携えている。
 清楚な風体に似合わぬ物騒なそれに、ちら、と目をやってから誠名は、にこっ、と笑う。
「どーも。真咲誠名です」
「わたくしは天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)と申します。実家が神社で、時折巫女をしています。本日は――所用で近くに来た帰りにこちらに寄りまして」
 刀に気を留められたのに気付いてか、所用、と言ったその時に撫子は刀をほんの少し持ち上げて見せる。
「巫女さんか。じゃ、その刀の用途は神事とかそっち関係ね。納得」
 こくり、と頷く誠名。
 改めて一同を見渡した。
「じゃあ結局、この場に居る皆様に頼むって事で――良いんですかね?」
 その声に特には誰も、反対しない。

■■■

 そして当然のように取り出された地図には二十ヶ所程にマークが付けられていた。
 曰く、発生地点。
 場所は…取り敢えずはランダムに見える。
「で、まずわかりやすい共通点と言えるのは、どの場所も人が居なくなって最低五年は経ってる廃屋って事ですね。建物の種類はまぁ色々。普通の一戸建て住宅もあれば、テナントの入らなくなった店もある。いかにもな洋館もあるし…倉庫みたいなものまである。無論、大抵の場所は、水道は引いてある。…使われなくなって久しい場所ばかりだがね。ま、水道管はあっても、水は止めてあるところの方が多いが。…洩れてくる可能性は否定できないがね」
「…大抵の場所、と言う事は、水道が引いてないところもあるんですか」
 撫子が問う。
「ええ。倉庫とかは。…ですが、水道が無い場所は――すぐ側に沼や溝がありますんで、水が全く関係無いとも言い切れない。っつっても、その沼や溝が水質基準ブッ千切ってる程汚い訳でも無い。俺が見た限り、むしろ綺麗な方だったね。と、言う訳で『生臭い』理由が即そっちには行かないのさ」
 と。
「な〜ぉ」
 猫の鳴き声がした。
 興信所内、客用ソファの片隅でふぁあああ、と長閑に欠伸などしつつ、うーん、と思い切り伸びをしていた『彼女』の声。
 お昼寝をしていた灰色短毛種の雌猫――藤田(ふじた)エリゴネである。
 実は彼女は先程から依頼話を情報収集がてら聞いていた。
 ちなみに彼女は草間に渡された誠名の名刺を見、誠名の『画廊経営』と言う肩書きに興味が湧いている。
 幼少時に芸術の盛んなフランスで過ごした彼女としては、この件で顔を繋いで時々絵画見学などさせてもらいたいと言う思惑が。
 皆がそんなエリゴネを、ちら、と見てから地図に意識を戻そうとすると、今度は燃え立つような赤い髪と瞳の男、それで普通に外を歩いていて大丈夫なのかやや疑問だが、当然のように2メートルを超える長刀を携えた彼――五降臨時雨(ごこうりん・しぐれ)がぼそりと呟いた。
「…エリゴネ…水道管が詰まってるんじゃないかって…言ってる。…何か 腐るような物」
「な〜♪」
 動物の話がわかるらしい時雨の科白に、肯定するようにエリゴネ。
 皆は顔を見合わせた。
「…つまり『彼女』もお手伝いして下さるって事かな?」
「みゃ」
 はい、とでも言うタイミングでエリゴネ。
 誠名は小さく頷いた。
「ありがと。でもね…普通に詰まってる、ってのは多分無い。ま、配管工の真似事してみた訳じゃないんではっきりは言えないが。…時間で直るんだよ。そしてまた、起こる」
 苦笑しながら、誠名。
「…だったら、取り敢えず『水』に『廃屋』――どの場所も、少なくともこの条件だけは同じ、と考えて良いのかしら」
 ふむ、と頷きながら、中性的な顔立ちに、銀縁眼鏡を掛けた理知的な青い瞳の女性――綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや)が指先で地図をなぞる。
 そして誠名に問うた。
「場の形成と言う事も有り得ますよね?」
「ん。まァそれはまず思うよな。適当な配置とは思うが…物凄く大雑把に見ればこの三つの点を囲む形で円形になってはいるし」
 誠名は指先で地図上にぐるりと円を描く。一応、発生地点をなぞるような形で――とは言っても厳密にはかなり歪な円形になる。むしろ、角の多い星のよう、と思った方がしっくり来そうな勢いだ。
 今の説では囲まれている中心、と見た三点も、繋いで三角形と見るには――一辺の長さがそれぞれ違い過ぎる。
「…今、時間で直って、また起こると言いましたね? 具体的にはどのような頻度や、間隔で起きているのでしょう? …その辺りに意味がある事もあります」
 横から静かに告げたのは撫子同様、和服の似合う落ち着いた雰囲気の…但しこちらは男性。
 年の頃は撫子と然程変わらないようだが、この彼――葉車静雷(はぐるま・せいらい)は印象が――どうにも年長のように感じられる。
「ま、だいたい各所で約四時間置きが基本だな。同時じゃない。どの地点もバラバラだ。逆にわざと外してるんじゃないかってくらい発生時間が見事に一致しない。…ま、四時間置きと言ってもな、ちょうど、何処からとも無く溢れて来る水が止まって…異様な臭いが何とか薄らいだかな、ってくらいにまたその現象が起こり始めるもんだから…つまりひっきりなし、っちゃあその通りでもある訳だ。近くに住んでる身にすりゃ堪らないわな。…取り敢えず洗濯物外に干す気にはなれねえだろうよ」
「…近くには普通の民家もある、と」
「この地図見てわかる通り、普通の地方都市だよ。賑やかなトコ抜けりゃすぐ田園風景が広がるようなね。…そう考えりゃそこらに廃屋がやたら点在してるってェのもまずおかしいんだな。この現象が起きてるのは別にバブルの影響で解体まで手が回らない、ってレベルのデカい建物に限らない。…取り敢えずさっき言った通りの建物が殆どだよ。…実は小さいところじゃ、農家の畑の脇の農機具収納しとくような掘っ建て小屋まで含まれてるが」
「…それでは…建物の種類はあまり共通点にはなりそうもありませんね」
 考えるよう小首を傾げ、撫子。
 誠名は、ふ、と疲れたように笑う。
「まぁ、そうだ」
 その声を聞いて静雷が顔を上げる。
「ならば…発生地点に、過去何か無かったかは調べましたか?」
 誠名を見て静雷。
「わたくしもそれは気になります。その土地に何か伝えられていないか――」
 撫子も続け、誠名を見る。
 誠名はこれ見よがしに肩を竦めた。
「一応、調べたよ。取り敢えず伝承の類はさっぱりだ。ちょっとした事故や事件みたいな話も…特にこの件と関りそうなものは俺の調べた限り出て来なかった。信用できないなら調べ直してもらっても構わない。何度も何人もでやった方がデータはより多く集まるだろうし? それらを検討すれば正確さも増す」
「信用できないとは言いませんよ。…ですが検討するべきデータは多い方が良い、と言うのは賛成ですね。俺も俺で調べてみる事にしましょう」
 あっさり頷くと、静雷は今度はじっ、と誠名を見据えた。
「ただひとつ…聞かせて欲しい事があります。
 ――貴方自身に、何か心当たりは?」
「と、言うと?」
「何も無ければ、『近い内に洒落にならない事態が起きるかも』などと言いはしないんじゃないですか?」
 静雷の科白に、誠名は悪戯っぽく笑った。
「勘だよ」
「…答えになっていません。依頼をした以上、貴方にも話す義務があると思いますが?」
「そう言われてもね。間違いなく勘でしかないんだよ。…なァ、御言?」
 誠名は突然、自らと同姓のバーテンダーに振る。
 が。
「…どうしてそこで俺に振るんです。面倒なところばかり俺に説明させようとしないで下さい。依頼人は貴方でしょう」
 御言の対応はにべもない。――ただ、何故かこちらも心当たりがありそうな顔なのは気のせいか。
「け、つれないねえ。まァ仕方無いか――昔取った杵柄って奴ですよ」
 科白の後半から、静雷に告げる。
「昔ね、似たような事件に出くわした事があった、ってそれだけの話ですよ。廃屋に水浸し、源のはっきりしない生臭い何か。いくつも点在しているその場で――暫くの間は御近所の苦情だけで済んでたんだが…その内、人が消えだした」
「え?」
「その時も、その場には古い伝承も関連性を考えられる事件も事故も無かった。困って当時の施政者が――伝手を辿ってIO2に打診した訳さ」
「…IO2だと?」
 思わず口を挟むケーナズ。
 裏ではフリーの諜報員をしている彼にとっては、耳にした事のある――名前。
 国家ですら容易に手が出せないくらいの、秘密主義も良いところな巨大組織、として。
「元捜査官です」
 そんな彼にひらひらと手を振りつつ、あっさりと誠名。
「ではひょっとして…」
 誠名の科白を受け、御言を見るケーナズ。
 御言は諦めたように溜め息を吐いた。
「…御察しの通りです」
「ま、何にしろ、つゥ訳で、御恐れながらと解決に乗り出した訳なんだよ。ちなみにそん時の頭は『白梟』――つまりこいつ、御言な。歳は一応俺の方が上で兄貴になるんだけど、こいつの方が出来良かったから立場は上。…だからやっぱりこの件は御言の方が詳しいと思うんだけどなー」
 ちら、と思わせぶりに誠名は御言を見る。
「…そこまで俺に押しつけたいですか…。わかりました。仕方ありません。その時の事を話しましょう」
 はぁ、と心底嫌そうに溜め息を吐きつつ御言は改めて、話し出した。

■■■

 曰く。
 今回と似たような現象が暫く続いた後、神隠しが続発したと言う事件である。
 忽然と人が消える。
 多くて同時にふたり。
 それが起きたのは違う地域ではあるが、誠名が言う通り、その前兆は殆ど同じ。地形的な条件も似ていると言えば似ていたらしい。けれど決定的な原因ははっきりせず、消えた人たちも見付からず、結局、IO2であっても、為す術はなかった。
 ところが。
 やがて、何事も無かったように勝手に事件は終息した。
 何処からとも無く水が溢れて来、それに伴い生臭い腐臭が充満すると言うその現象も――神隠しの方もぱったりと無くなった。
 ――ただ、その時点で消えてしまっていた人間はひとりも戻らないまま。
 これはIO2にとってはむしろ事後の『揉み消し』の方に手間が掛かったような事件だったと言える。
「…つまり…今回のこれに関してはただ勘、と言う訳ではなく…気懸かりなのにはちゃんと根拠がある事はあるんですよ。こんな良く似た前例を知っていればね。…ねえ、誠名さん?」
 じろり、と非難がましく誠名を見つつ御言。
 一方の誠名はぺろりと舌を出していた。
「ま、そう言う訳だ。で、今回は…今の時点ならもし万が一『それ』と同じ事件だったとしても、まだ未然に防げる可能性があるかな、ってな。で、最近こちらの業界じゃ有名な草間興信所サマに助力を頼みに来た訳で。単純にひとりってのは自信が無かったってだけの話さ。念には念を、だ」
「…それって話が随分遠回りになってないかしら?」
 初めからそれを言っていたなら、話はもっと簡単に伝わったのでは、と汐耶は思う。
 だが誠名は悪びれず微笑んだ。
「先入観は危ないよ。だから葉車の兄さんに突付かれるまではこれを言う気はなかった――どれだけ似ていても、まるっきり同じ性質の事件だとは誰も言ってない。そこまでの確信は持てない」
 確信を得られるだけのはっきりした情報は――ないのだから。
「その通りですね。参考程度に留めて置いた方が安全でしょう――少なくとも今のところは」
 眼鏡を指で押し上げながら、ケーナズ。
「な〜ぉ」
 その科白に同意するように、いつの間に彼に抱き上げられていたのか――時雨の腕の中からエリゴネの鳴き声が響いた。


■現場確認〜水の効能/ケーナズ・ルクセンブルク&五降臨時雨&藤田エリゴネ■

 数日後。
 そこで再び、再度皆で集めた情報を検討した後、一同は誠名に連れられ地図の場所である地方都市に来ていた。
 駅を下りたそこで、取り敢えず手分けして調べて回ってみよう、と言う事になり、改めて地図を確認。
 ケーナズ、時雨、エリゴネが、誠名曰く一番大きな洋館らしい現場のひとつを、みその、静雷、御言が、潰れたコンビニを中心に小さい場所ばかりだが、比較的発生現場が密集しているところを一通り、汐耶に撫子に誠名が、沼近くの廃倉庫の現場中心に、と、能力バランスを考えて、当面この三手に分かれて動く事になった。
 初めに向かう予定の現場を中心に、六、七ヶ所の現場を回る事になっている。

 洋館。
 言われた通りの水浸し振りと生臭さにケーナズは顔を顰めた。
 想像以上である。
「…こんなところが他にも幾つか、あると」
「凄い…臭い」
 嫌そうに、時雨。
「…みゅ」
 それだけで疲れたように、時雨の腕の中でへたるエリゴネ。…人間と比べ臭いに敏感な猫の身ではこの臭いは…相当きついだろう。
「ま、依頼を受けてしまった以上仕方無いでしょう。では…さて、まずはエリゴネ君の話から検証してみましょうか」
「み」
 ケーナズに答えるよう、決意を込めて一声鳴くと、エリゴネは時雨の腕の中から下り立ち、とことこと器用に水を避けて駆けて行く。臭いの元と思しき水回りに向かう。追うケーナズと時雨。何かあった時の用心に三人(ひとりは猫だが)ずつに分けられた。取り敢えずエリゴネは霊視が出来るらしいので、今は彼女が道先案内を務めるべきだろう。
 時雨はエリゴネとの通訳と念の為の戦闘向きな人材として。ケーナズは冷静に調査が出来る人材――として後を追う。
「なぁ〜ぉ」
 少し離れた場所で、ふたりを呼ぶようなエリゴネの鳴き声が響いた。

■■■

「…明らかに漏れ出していますね」
 風呂、トイレ、洗面所。
 水回りと言えるそれらは大抵近くに置いてある。
「調べたところに寄れば、この建物はもう何年も前に水道は止められている筈なんですが」
 じわじわと、床の上を水が流れている状態だ。剥がれかかった壁紙やタイルの縁が浸食されボロボロになっている。
「…水、来てる」
「みゃ」
 時雨を見上げ、エリゴネ。
 それを受け、時雨はケーナズを見た。
「妙な霊気はあるけど…よくわからないって、エリゴネ…元栓、見てくるって」
「気を付けて下さいね」
「な〜」
 返事をするように鳴くと、エリゴネはたーっと駆けて行く。
 暫くして、戻ってきた。
「…元栓、使い物に、なってない? がたがた?」
「みゃ」
「うん。下水に 降りてみよう? わかった」
 エリゴネと顔を合わせつつ、時雨。
 その様子を見てケーナズは確認した。
「キミの霊視では、上には特に何もないようなんですね」
「みゃ」
「では、行ってみましょうか…取り敢えず五降臨君、その刀引っ掛けないように、気を付けて」
「…うん 気を付ける」

■■■

 下水。
 生臭さは増していた。
 けれど。
 別に何かが居る訳でも無い。
「みゃあ…あ」
 困ったように鳴くエリゴネ。
「臭いが濃過ぎて と言うか…範囲が広過ぎて…ここから先がよくわからない って。一応、向こうのような気がするけど、やっぱりよくわからないって」
 彼女の言葉を伝える時雨。
 エリゴネに示された通り時雨の指した方向は、南東。
 ケーナズは鼻を押さえつつ地図を見た。
 この方向は…どちらかと言うと依頼人たちが向かった倉庫の方になる。
 ケーナズはエリゴネに問うた。
「臭いが濃いと言うのは同感ですが…先程までより…ここは、『妙な霊気』とやらは強いのでしょうか?」
「にゃ…」
「多分強い、って言ってる」
「そうですか…では…原因のようなものは…今調べていた洋館ではなく別の場所な可能性が高いのかもしれませんね」
 そう返すと、取り敢えず上に戻りましょうか、と今度はケーナズが促した。

 地上に戻るなり。
 見計らったようにすぐにケーナズの携帯電話が鳴り出した。
 即座に通話に出る。
「はい、ケーナズ…何ですって、死体?」
「…みゃ」
 問い返すケーナズの声に、訝しげにエリゴネも鳴く。
 時雨もすぅと目を細め、訝しそうな顔をした。
 大して時を置かずに通話を切ると、ケーナズは時雨とエリゴネを改めて見返す。
「依頼人の班の向かった倉庫に行く。やはりどうやら、そこが源らしい」
 予め渡されていた地図を広げ場所を確かめつつ、ケーナズはそう告げた。


■神殺し■

 ケーナズ&時雨&エリゴネに、みその&静雷&御言の二班は程無く倉庫に到着する。
 曰く、迎えに行ってやってくれ、と汐耶と撫子に頼み、誠名はひとりで源らしい場所に残っているらしい。
「…どうしても自分はここに居る、貴女たちに何かあったら草間さんに申し訳が立たないから、わたくしと綾和泉様はせめてふたりで行動してくれ、と強く仰るので…。もしもの為に…『妖斬鋼糸』で誠名様を護る結界は張らせて頂いたのですけれど」
 不安そうに撫子が言う。
「だから早く、来て下さい」
 汐耶が、皆を急かした。

 地下。
「…来たか」
 神鉄製の鋼の糸――撫子の『妖斬鋼糸』を張り巡らされた一角のその中心から。
 ぽつりと呟く誠名の声。
 撫子と汐耶…そしてみその以外の面子は、絶句した。
 凄絶な腐臭漂う巨大な水溜りを見て。
「…まさか」
 思わずと言ったように声を上げる御言。
「そのまさかだよ。『白梟』――紛う事なき、『あの時の悪夢』さ。この『月天使』が保証する」
 撫子の張った結界の中に悠然と佇んだまま、誠名は腐ったサンダルの残骸を御言の足許に投げる。
 御言の記憶にもそのサンダルの形と、バンドの模様は鮮明に残っていた。
「――!」
「…趣味が悪ィねとからかったあの時の、サンダルさ。『件の事件』の時、最後に消えたあの子のね」
「…同じ事件と言う訳ですか」
「ああそうだ。どうやら当時は今程『育って』なかった――『まとまっていなかった』から気が付けなかったんだろうな。専門家が居ても」
 言って、誠名は水溜りを見据えたまま動かない。
 表情は誰にも見えない。
 と。
「…これは…『神』ですか」
 ぽつりと呟く、みその。
 先に誠名から聞いていた汐耶と撫子に御言以外はぎょっとしたように彼女を見た。
「まだ幼い…ですが。この波動は…」
「御明察。なりたて…と言うか、なりかかってるところだな。恐らく。…だから目を離す気にはなれなかった」
 誠名は相変わらずこちらを向かない。
「…とは言え、『潮を止めておく』のはそろそろ限界だがね」
 その言葉に御言が声を荒げた。
「誠名さん貴方って人は…!」
「だって俺が来た時『正にその時』だったんだもんよ。後発の特殊クラスが…やりやすいように現場を整えておくのは捜査官の基本だっただろ。今の場合は…草間興信所の方々のやりやすいように留めておくのが俺の役目だ」
「…『潮を止めておく』とは何です」
「時間を止める――と言うより対象のバイオリズムに干渉し、一時中断させておく事です…潮の満ち引きを――延いては月の満ち欠けさえも、僅かであれば操れる、誠名さんの能力――コードネーム『月天使』の由来」
 苦々しく御言が説明する。
「強力な能力ですが、その分代償は大きいんですよ――やればやるだけ、自身のバイオリズムが狂うんですから」
 一定してバイオリズムが狂えば、身体のバランスが悪くなる。病気もしやすくなる。一時的な疲労では済まない。慢性的に身体が弱る。――ならば生命力が減って行くも同然。
「まァ、そう言うこったな…てェ事で、そろそろ俺は限界だから宜しく頼みますよ。皆さん」
 誠名が言った直後。
 水溜りに向かう彼の正面。
 池と言った方が良いようなその水溜り、真ん中辺りから――ズザザアアアと凄い音を立てながら――、
 他の何物でもない、紛う事無き『水』の塊が――意志持つ昇竜の如く躍り上がった。

■■■

 刹那。
 間髪入れずに青色の双眸がぎらりと煌いた。次いで金糸の如き長い髪がゆらりと浮く――ケーナズ。
 びくりびくりと、『水』の動きが奇妙な形に停止した。完全にでは無く、何かに拘束され暴れているような。
「…『神』と言うなら知らないが――『水』と言うならPKは効く筈です」
 PK――サイコキネシス。物質に働きかけ、移動させたり変形させる超能力の一種。
「ぐ…」
 けれどそれでも押さえ切れるものでは無く。
 常に、全開の状態で能力を使っていなければ、とても持たない程。
 と。
 横からふたつ強力なサポートが入った。
「申し訳無いわね…反応が遅くて」
 ぽつりと言ったのは汐耶。
「『神』が封印できるかどうかはわからないけど…限界を試すチャンスとも言えそうよね」
 保持している封印能力を、『水の龍』に向け放ったのだ。『神』として動く為のその思念、力、それらを『抑える』――『封じる』と言う意志で。
「…申し訳ありませんルクセンブルク様おひとりにお任せしてしまって。このような御方であるならば、わたくしが一番適した相手でしょうに」
 汐耶とほぼ同時に手を出したのはみその。
 昇竜の如き動きの逆、元居た場所に戻るよう、試みる。
 結果的に、この『神』は三人に押さえ込まれる形になった。
 が。
 一度びくん、と変な胎動を起こしたかと思うと、弾けるように、一同の元に降って来た。
 ――時には。
 既に撫子の手から幾筋もの煌きが張り巡らされていた。――『妖斬鋼糸』による結界。その上に『水』がバラバラと落ちる。――入っては来ない。隙間を探すように流れ――やがて、水滴同士が融合し、またも大きくなって行く。『妖斬鋼糸』の結界の表面を伝う。
 撫子は結界が破られる事を見越し、霊符数枚と実家の御神刀でもある神魔を断つ霊刀『神斬』を構え、『神』の動きをじっと見据える。

 ぴちゃん。

 滴が落ちてきた。
『神』の一部か、ただの水か。
 判別する暇も惜しみ、駄目元ですかさず静雷が滴を指差す。
「――在るべき場所に帰りなさい。澱む水の精よ」
 と、その滴は意志でも持ったように、つぅと流れ、水溜りに滑り落ちる。
 静雷が使役できる精霊が宿る以上、今の滴はただの水。『神』の一部では無い。
 だが今の一滴で終わるとは到底思えない。
 次が。

 ぴちゃん。

 落ちてきた。
 エリゴネの背に――届くかどうかと言うところで。
 時雨の妖長刀『血桜』がその隙間に入り込み、滴を受ける。
 いつの間にか抜き身になっていたその刀で受けるなり、じゅ、とその滴は熱されたように蒸発した。
 ついでに異様な焦げ痕が、その蒸発したところに出来ている――刀を浸食して行こうとする、焦げ痕。
 …今度は、『神』の方の水だ。
 もしこれがエリゴネの上に落ちてしまっていたら?
 想像するなり、時雨の身体に血化粧が浮かび上がっていた。
「ボクが、やる」
 言った瞬間時雨の姿は消えていた――否、次に姿が見えた時には。
 撫子の張った『妖斬鋼糸』の結界の外で、『神』の水に『血桜』を突き刺していた。
『神』の身体から派手に煙――否、湯気が立ち昇っている。異様な高温による水分蒸発。
 それを見て撫子が声を張り上げた。…あの様子では、まだ理性が残っている。聞く耳はある!
「五降臨様! どうぞこの刀をお使い下さいませ!」
「…撫子?」
「真の意味で『神殺し』が出来るのは限られた霊刀のみです! それ以外では倒したとしてもいずれまた復活してしまいます! ですから!」
 その中のひとつであるこの『神斬』を。
「わかった 投げて」
「…どうぞしかと受け取って下さいませ!」
 言って撫子は――躊躇わず抜き身の『神斬』を時雨に向かって、投擲した。
 時雨は当然のようにそれを取ると、『血桜』とその『神斬』を両手に持ち直す。
 刹那。
「奥義『魔神舞』…!」
 時雨の声だけが、響いた。
 ほぼ同時に変則的ながら二刀流で、一動作の内に数十回斬り、燃やし、衝撃波で飛ばし、真空波を当てると言う離れ業の奥義を繰り出したのだ。
 その姿、他の面子には残像すら見えていない――早過ぎて見えないのだ。ただ、『神』の方が溶け、蒸発し、崩れ始めている。『血桜』の持つ凄まじい炎の力と『神斬』の名の通りの神を断つ力が功を奏しているのだろうか。

 ――『神』の水は元に戻らない。

「………………霊気が?」
 やがて怪訝そうに、みその。
 相反する印象――それは彼女自らの使える『神』と似た由来の、けれど決定的に違う存在であったから――を彼女に抱かせる奇妙な霊気が、薄らいで来ている。
「…これで、終わるか?」
 この場にある精霊たちのざわめきを聞きながら、静雷。
「多分ね。どーも、キレた五降臨さんは鬼神並だよ。あの姿」
 皓く輝く銀の瞳を今更隠そうともせず、誠名は疲れたように小さく笑った。
「あの時点で抑えておいた甲斐があった。本格的に『神』として覚醒してたら…多分あれでも、駄目だったろうからね」
 言いながら、誠名の身体はぐらりと傾ぐ。
 それを柔らかく支えたのはケーナズだった。
「…だからって…あまり無理をなさらないで下さいね。依頼人さん。
 草間興信所の、信用にも関りますから」

■■■

 暫し…と言うよりかなり後。
 この大量の死体の処理の為、公安――延いてはIO2を仄めかし匿名で警察に連絡を入れた依頼人はまだ動こうとしなかった。適当に暇潰してくれて――何なら先に帰ってもらっても良いよ、と草間興信所の面子に伝え、自分はと言うと手持ち無沙汰げに倉庫の側の死角にぼーっと佇んでいる。
 曰く、最後の後始末だそうだ。
 念には念を入れての、確認。本当に事件はこれで解決で良いか、現象は本当に止まったか――。
 その為に、現象が続いていたなら次に起こる時間まで、ここで待っている気らしい。
 ちなみに、帰って良いよと言われた草間興信所の面子も、ひとりも帰っていない。
「とは言え…今だけじゃなく、再発しないか一週間くらいは様子を見た方が良いとは思うがな」
「わかりました。…これ以後は、精霊や…土着の付喪神に頼みましょう。依頼を受けた以上、後の始末もきちんと付けるべきですからね」
「ボク…この辺りの 動物たちに…頼んでみても、いい」
 静雷と時雨が各々提案する。
「ありがと。できれば…両方頼むよ。監視する目は数が多い方が確実だからね。――さて」
 誠名は改めて自分の腕時計を見、時間を確かめる。
 この場の『水浸し』が停止してから…間もなく四時間経過する。
 アナログ時計の秒針が揺れる。カチ、カチ、と微かな音を立てて、停止してはブレ、再び、次へ。
 カチリ
 ――四時間、ちょうど。
 誠名はまだ時計を見つめたまま。
 カチ カチ カチ
 そしてまた、数分。
 カチ カチ
 何事も、起こらない。――何処からか水の溢れて来る音も気配も無い。
 今までどうしても湿り気がはけなかった空気も漸く乾き、生臭い腐臭も本格的に薄らいで来た。風が強くなれば、完全に飛ばされて無くなってしまうだろう程に。
 誠名の腕時計はそろそろ四時間経過したその時間から、更に十五分程経っている。
「そろそろ、大丈夫と見て――構わんかな?」
 そこまで経って漸く、誠名はほっ、と安堵の溜め息を吐いた。


■数日後の草間興信所にて■

 何故か。
 …入り浸っている誠名の姿があった。
 ついでに先日の事件時の面子も、偶然か知らないが集っている。
「う〜ん。久し振りだねぇ。御言の珈琲♪」
 ずず、と幸せそうに御言が勝手に淹れたらしいキリマンジャロを啜りつつ、誠名はエリゴネを膝の上に乗せた状態で寛ぎまくっていた。
 その様子を暫く見てから草間は口を開く。
「…で」
「はい?」
「依頼は…終わりましたよね。報酬も支払って頂いた」
「何か問題でもありましたか?」
「…いえ」
「…草間さんは何故誠名さんが用もないのに今ここでこうやって寛いでいるのか疑問なんだと思いますけど」
 横から御言。
「良いじゃねえか。お前もそんな、兄貴に対して邪険にするなよ」
「…いえ、貴方までここの常連組になりそうで怖いんですよ」
「あー、そう言や、手伝って下さった皆さんも常連って――ああ、こんな感じで居座って始まってる訳なんだ」
 無言。
 誰も誠名の科白に何も返さない。
 …それは何より雄弁な回答。

■■■

「あの…実はずっと気になっていたんですけれど…元IO2の捜査官…と言う以前に…御二方は御兄弟、なのですか?」
 撫子がふと、問う。
「ん。ああ、血縁は無いけどね。十七年前に死んだ養父が孤児拾うの趣味みたいな人だったから義理の兄弟みたいな連中はやたら居るのよ。っつっても恐らく死んだ事になってる俺と御言除けばIO2内に居るだけだろうけどな。外にゃ居ねえ」
「…ちょっと待ってくれ給え。今、自分たちは死んだ事になっていると…仰ってはいませんでしたか」
 訝しそうにケーナズ。
 ああ、と誠名は苦笑した。
「まぁな。御言は『振り』だけの確信犯だが俺は実際に一度死んでる」
「…え?」
 ぎょっとしたような顔で一同は誠名を見る。
 そんな中、我関せず、と言った表情で珈琲をちょっと飲むと、御言は淡々と口を開いた。
「…昔の誠名さんは…そうですね、ちょうどルクセンブルクさんのような、長身で、鍛えられた体型をしていたと思います。少なくとも見た目からして間違いなく男でしたよ。無論、顔も全然違います」
「その通り。…どうやら何かの拍子でね。俺が一度死んだ時、魂が死にたての別人の身体に入っちゃったみたいなんですよ。これが。…で、その身体が今のこの身体。どうも戸籍調べたらろくに学校にも通えなかったような病弱な十六歳の女の子。初めてそれに気付いたときゃさすがにちょっと焦ったが…まァ、どうしようもないししょうがないからこのまま何となく生きてる訳で。無論この身体でIO2にゃ戻れない。後が怖くてね」
「…それで何故わかった?」
 この彼が、真咲誠名と言う男だと。
 静雷は御言に問う。
「瞳です。誠名さんはちょっと特殊な目を持ってまして。普段は眼鏡で隠してある上に黒に見せている、けれど眼鏡を外した時にだけ見える本当の瞳は、皓く光る銀色の『邪眼』と」
「邪眼…なんですか? あの銀色の瞳…」
 ――邪眼、または邪視――『ただ見るだけでそのものに災いを与える能力』を持つ目、視線の事。
 悪意ある者や魔女、インドでは王や高位聖職者、逆にエチオピアでは身分の低い者、中近東に至れば誰もが持つと言う、世界各地にある、伝説の。
 御言は頷いた。
「人工物を隔てるなり、精神干渉があまり効かない相手だったら…『普通に見る限り』は無効なのであまり害はありませんが。先日誠名さんが使いました『バイオリズムへの干渉』以外にも、一般的に言う邪眼の能力もあるんです」
「その為の眼鏡だよ。度は入ってない。裸眼で不用意にヒト睨んだら害を為しちまう事もあるから」
 言って誠名は掛けていた眼鏡を指先で、そ、と鼻の上に押し上げる。
「『俺の身体』にあったんじゃなく『俺自身』が持ってたものみたいでね。この身体でも表れやがった」
 苦笑する。
「おかげでこれを見せるだけで俺の素性は一発さ――さて皆さん、『幽霊』は怖いかな?」
 にや、と笑いつつ、誠名。
「…怖くは…無いと思いますけど。深刻な害を為さなければ別に構わないんじゃないかとも思いますし。霊障…とか無いのなら。死にたて、と言う事は…その身体、取り敢えずは亡くなっていたものなんですよね?」
 …生きている間に取り憑いて乗っ取ったりした訳じゃないんなら、別に。
 うーん、と考えつつ、汐耶。
「同感ですわ。…一見、理から外れていたとしても…誠名様御自身にどうにもならないと言うのなら、それもまた何か…人には逆らえない大いなるものの御意志でしょうからね」
 頷く撫子。
「道理で『器』と『中身』の波長が違ってらっしゃいますのね。殿方にも御婦人にも感じられる…年齢も良くわからない理由はそのせいですか。御言様のお兄様と仰るのでしたら、誠名様の方が年上でしたのでしょう?」
 ぽん、と納得したように両手を合わせつつ、みその。
 …御言の兄となれば中身の方は少なくとも三十二歳以上で、一方身体は今は十六歳、と随分落差がある事になる。年齢不詳も道理だ。
「ボク…も邪眼みたいなの、持ってるし 血化粧が浮かび上がる時、とか、目、見たら麻痺する」
 たどたどしくも言い出す、時雨。
 …自分もある意味、似たようなものだし、と言いたいらしい。
「愚問ですよ。真咲誠名」
 苦笑しつつ、静雷。
「そう。ここに居る面子にそれは、ね」
 同様に、ケーナズ。
「な〜ぉ」
 同意するようにエリゴネまで声を上げた。
「幽霊程度ごろごろしてますからね。この辺り。並以上の術者や異能者も――普通に居ます」
「…ま、幽霊だからと言って今更驚いたり怖がったりする輩は居ないに等しいな。慣れってもんは怖いよ」
 御言と草間。
「じゃ、改めて――ここの常連さんになっても良いですか♪ いやな、ここって何だか居心地良いんだよね〜」
 言いながら誠名はエリゴネをぎゅー、と抱き締める。
 …て言うか、猫好きですか貴方。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1481■ケーナズ・ルクセンブルク(けーなず・るくせんぶるく)■
 男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/司書

 ■1388■海原・みその(うなばら・みその)■
 女/13歳/深淵の巫女

 ■0328■天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)■
 女/18歳/大学生(巫女)

 ■1564■五降臨・時雨(ごこうりん・しぐれ)■
 男/25歳/殺し屋

 ■1493■藤田・エリゴネ(ふじた・えりごね)■
 女/73歳/無職

 ■1683■葉車・静雷(はぐるま・せいらい)■
 男/19歳/古書店店長(兼大学院生)

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■依頼人・『月天使』■真咲・誠名(しんざき・まな)■
 男(?)/33歳/画廊経営(表)・武器調達屋(裏)・怪奇系始末屋(裏の裏)

 ■巻き込まれその一・『白梟』■真咲・御言(しんざき・みこと)■
 男/32歳/バー『暁闇』のバーテンダー兼用心棒

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、深海残月です。
 五降臨様、藤田様、葉車様、初めまして。
 ルクセンブルク様にも初めまして。いつぞやは…お知り合いのゴスロリファッションなお嬢様、それと大学教授や魔女っ子のお嬢様にもお世話になりました(以前は不覚にも気付きませんでした/汗)
 そして綾和泉様、海原様、天薙様にはいつもお世話になっております。

 …実は今作、凄まじく難産でして。いったい何回全部書き直したろう…(遠い目)
 今回の自主没最多の理由として「ちょっと待てレベルな長編化」&「趣味に走ったマイナー路線になり過ぎ(ライター主観)」の兆しがセーブ利かない程出てきてしまいまして…。
 …ちなみに自主没の方では依頼人は敵に回ってたり、(動いたり話したり出来ませんって意味で)死んでたりと異様にシリアスハードな路線に傾いてました。
 この自主採用時点でもちょっぴりハードなのに(泣)
 確か窓口文章提示時点ではホラーかスプラッタって歌ってなかったですか自分(滅)
 しかもタイトルからこの結果を連想するのって果てしなく難しい気が…(すーみーまーせーんー)

 それと…すみません。
 ちょっと紛らわしかったですね。…ここんとこ「東京怪談」内で何やら「クトゥルフ」流行ってる(?)ところにこの依頼は不用意だったかもと窓口開けてから思ってました。
 違います。クトゥルフじゃないです。少なくともそのつもりで書いてません(汗)
 …ああ微妙に詐欺っぽい気もしてきた(慌)
 今後窓口公開にはなるべく気を付けます。
 深海残月には恐らくクトゥルフは無理ですので。…この神話、書き継げません。
「あちら側」の専門用語?は頭を探れば多少出てきますが(某メガ○ン系ゲームの影響が主な知識に過ぎず…)、肝心の内容がいまいちわかっておりませんので。…そもそも物自体を読んだ事すら無い…(汗)

 …相変わらずもっと言い訳やら何やら書きたい事はあるんですが(だから書かなくて良いから/汗)
 御意見御感想苦情等はテラコンメールでどーぞお願い致します…返信はしますんで…。

 楽しんで頂ければ、御満足頂ければ幸いなのですが…。
 気に入って頂けましたなら、今後とも宜しくお願い致します。

 深海残月 拝