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<PCシナリオノベル(シングル)>


謎のメモ(必ず戻る)
●放り出す事情
「……む?」
 その時、武神一樹はドアの下部にメモが挟まれていることに気付いた。草間興信所を訪れ、ドアを叩いた直後のことだ。
 中から返事がなかったので、鍵はかかっているのかどうか確かめようとした時に、そのメモを見付けたのである。
 一樹は少し身を屈め、挟まれていたメモをドアから引き抜いた。別にそのメモが怪しいと思った訳ではない。本当にただ何気なく引き抜いてみただけだ。だが、メモに目をやった瞬間、一樹は眉をひそめていた。
「この字は……」
 メモには見覚えのある筆跡で、次のようなことが書かれていた。『このメモを最初に読んだ者へ 途中になっている仕事を片付けておいてくれ。心配するな、必ず戻る。 草間』と。そう、それは草間武彦の筆跡だったのだ。
 一樹はメモから顔を上げると、ドアノブを回してみた。ドアには鍵がかかっていた。
「誰も居ない、か」
 ドアノブから手を離した一樹は、再びメモに視線を戻した。
 草間が忽然と姿を消した――そんな話が、事務所に出入りする者たちの間に広まっていた。草間が姿を消してから、ほんの数日の間にだ。一樹がここに居るのも、その話を耳にしたからである。
「草間が帰ってこないと聞いて出向いてみれば……」
 ふう、と一樹が溜息を吐いた。
(まさか仕事がやりかけとはな)
 やや呆れ顔になる一樹。しかし同時に、疑念も浮かんでいた。
(だが、妙な話だ)
 一樹は草間の仕事に対する態度を知っていたが、草間が受けた仕事を途中で放り出す人間だとは思えなかったのだ。
「……いい加減なように見えて、仕事には誇りを持ってる奴のことだ。よほどの事情があったのか……」
 思案する一樹。仕事を途中で放り出さなければならない事情――考えつくことは2つほどある。
 まず、草間に身の危険が迫っていて、一時的に身を隠さなくてはならなくなったという場合。まあ生命に関わることだから、仕事を途中で放り出すのもやむを得ない話だろう。
 それから、何らかの事件に草間が巻き込まれてしまったという場合。例えば、もし拉致監禁されてしまったのなら、否応無しに仕事は途中で放り出すことになってしまう。何故なら、身動きが取れないのだから。
 いずれにせよ、詳しい話を聞いてみないと判断は出来ない。その、やりかけの仕事の内容を含めて。
「ちょうどいい所に戻ってきたな」
 ふと階段下に目をやった一樹がつぶやいた。階段下には、今帰ってきたばかりの草間零の姿があった。

●宙ぶらりんの仕事
「途中になっているお仕事ですか?」
 零が一樹に茶を出しながら尋ねた。
「ああ、そうだ。ここにもそう書いてある」
 一樹は零にメモを手渡すと、湯飲みに手を伸ばした。
「……草間さんの文字ですね」
 やはりメモの文字は草間の物で間違いないようだ。草間に近い者が言っているのだから、確かなはずだ。
「連絡は?」
 茶を一口飲んでから、一樹が言った。すると、零はゆっくりと頭を振った。
「今まで全く何も」
「なら、これが初めてか」
「はい。さっきも探していたんですけど……やっぱり見付かりませんでした」
 うつむく零の姿からは、草間のことを心配している様子がひしひしと伝わってきていた。
「……あっ、途中になっているお仕事のことでしたよね」
 はっと顔を上げ、一樹の最初の質問を思い出す零。そしてくるりと一樹に背を向けて、近くの棚へ歩いていった。
「確かこの……」
 と言い、おもむろに零は棚からファイルを1冊取り出した。
「これです、間違いないです」
 零は表紙を確認すると、ファイルを抱えて一樹のそばに戻ってきた。
「それは?」
「これ、草間さんが居なくなる前の日に、受けていたお仕事のファイルなんです」
 すっとファイルを差し出す零。一樹は受け取るとすぐにファイルを開き、パラパラと捲り始めた。
「これだな」
 一樹は書類に書かれていた日付を確認して言った。零が言う通り、草間が消えた日の前日になっている。
 書類には草間の文字で依頼内容が記され、クリップで写真が1枚留められている。短髪黒髪で気の強そうな少女の写真だ。
「ふむ……家出人捜索だったのか」
 依頼内容に目を通しながら、一樹がつぶやいた。家出した少女の名前は高輪泉、17歳だった。依頼内容によると、両親と進路のことで喧嘩して家を飛び出してしまったのだという。
「もう1週間以上になりますよね」
 ぼそっとつぶやく零。捜索の依頼を受けてから1週間以上、泉が家出をした日から数えるとさらに時間は経っていることだろう。
「それだけあれば、どこにでも行ける」
 と言い、書類を読み進める一樹。すると書類の下の方に、走り書きでやや読みにくいのだが、何やら書かれていた。
「何々……渋谷で目撃情報あり、とあるな」
 仕事を受けたその日に草間が調べたのか、書類にはそのような情報が書かれていた。ただ1週間以上経過しているので、今も泉が渋谷に居るかどうかは分からないけれども。
 書類を読んでいた一樹は、視線に気付いて顔を上げた。零がじっと一樹のことを見つめていたのだ。その顔には『手伝ってもらえませんか?』と書かれているように思えた。
(このまま放置したのでは、たちまち零が困ることになる)
 途中になっている仕事をそのままにしておくと、依頼人が怒鳴り込んでくる可能性もあるだろう。零がそれに上手く対応出来るのか、怪しいものである。
 それに今回の場合は、依頼内容が依頼内容だ。放っておけばそれだけ解決も困難となってゆくことは、容易に想像がついた。
(畑違いは承知だがここは一肌脱ぐとするか)
 メモを見付けたことが運命だったのだろう。一樹はそう決めると、零にこの仕事を手伝う旨を告げた。

●渋谷の裏で
 渋谷――多くの若者が行き交い賑わう街だ。渋谷といえばセンター街やハチ公像などが有名だが、渋谷駅からしばらく歩くとNHK放送センターがあったりもする。さて、渋谷に居る若者のうち、どのくらいの者がそのことを知っているのだろうか。閑話休題。
 そんな渋谷の街だが、街の賑わいの隙間を縫うように裏の空間があった。裏の空間――妖かしが住まう空間のことだ。見えない者にはまるで見えない空間である。
 その裏の空間を、一樹は訪れていた。手には上質の酒を詰めた瓢箪と、肴となる乾物などを携えて。
「ひょっひょっひょ……ご無沙汰でしたな、武神殿」
 一樹の前には、杖を手にした小柄な老人が座っていた。一見普通の人間のようにも見えるが、よく見れば前髪に隠れて第3の目があることが分かるだろう。老人は渋谷近辺に住まう妖かしの1人で、一樹の知り合いだった。
「今日は何のご用ですかな」
「人を1人……探してもらいたい」
 一樹は老人に近付くと、その前に酒と肴を置いた。
「ひょっひょっひょ、武神殿の頼みでは、断りは出来んですな。して、どのような者で?」
「この少女だが」
 老人に泉の写真を手渡す一樹。
「鬘やカラーコンタクトなどで変装している可能性もある」
 一樹はそう付け加えることを忘れなかった。泉の両親も探して見付けられなかったようなので、その可能性があると考えたのだ。
「ほうほう、わしがもちっと若ければちょっかいを出したくなる娘子ですな。ひょっひょ……武神殿、そう睨むこともありますまい、ほんの冗談ですじゃ。さて、探すだけですかの?」
「見付かったら、まずは報告してほしい。御嶽神社にて待っている」
「ひょっひょっひょ、分かりましたじゃ。他の者どもにも伝えておきますかの……見付けても、変なちょっかい出さぬよう」
 ニイ……と老人は笑ってみせた。

●結果報告
 渋谷駅から見て北東方面、宮益坂の途中に御嶽神社という名の神社がある。この御嶽神社の狛犬は、何故か狼なのである。また、敷地内には大黒様や御不動様まで祀られているため、風変わりな神社であると言えるだろう。
 その御嶽神社の境内に、一樹と零の姿があった。辺りは夕方から夜へと変わろうとしていた。
「本当に見付かるんですか?」
 心配なのか、零が一樹に尋ねた。すると一樹はきっぱりと言い切った。
「泉が渋谷近辺に居れば、確実に見付かる」
 泉の捜索を頼んだ妖かしたちは、長年この地に住まっているのだ。渋谷の地を知り尽くした妖かしたちが、たかが17年生きただけの普通の少女に出し抜かれるはずがなかった。
 その一樹の言葉を裏付けるように、少ししてあの老人が御嶽神社に姿を現した。
「ひょっひょっひょ……武神殿、お待たせしましたの」
 老人は一樹に話しかけると、零の顔をちらりと見た。
「ほうほう、しばらく会わぬうちに女子の趣味がお変わりになられましたのか。ひょっひょ……武神殿、そう睨むこともありますまい、ほんの冗談ですじゃ」
 どうやらこの老人、余計な一言を挟まねば気が済まぬ性質のようである。
「……それで見付かったのか」
「見付かりましたじゃ。今、仲間が術を用いて、娘子に同じ場所をぐるぐると回らせておりますじゃ。武神殿の仰った通り、髪の色が変わっておりましたの」
 老人はそう報告し、預かっていた泉の写真を一樹に返した。
「して、どうされますかの。武神殿」
 この後の泉の処遇を尋ねる老人。一樹は少し思案してから、老人にこう告げた。
「……東京の夜の怖さを教えるべきか」
「ひょっひょっひょ、なるほど。ならば、あの娘子にたっぷりと教えて差し上げましょうかの。教育的指導のサービスですじゃ」
 ニイ……と笑う老人。そして、すぐに思い出したように付け加えた。
「もちろん傷を付けたりはしませんからの。ひょっひょ……さじ加減は心得てますじゃ」
「明日の朝には帰してやってくれ」
「ひょっひょっひょ、それだけやれば十分ですじゃ」
 一樹の言葉に答えると、老人はひょこひょこと御嶽神社を後にしていった。
「あの、今の会話は……?」
 一樹と老人の会話を呆気に取られて聞いていた零が、一樹に尋ねた。
「言葉通りだ。妖かしたちに、泉に東京の夜の怖さを教えるよう頼んでおいた」
 恐らくは、これから妖かしたちが術を用いて、泉に様々な恐怖を味わわせるのだろう。両親がどれだけ心配していたかを考えれば、まだ手緩いのかもしれないけれども。
「後で親御さんに、明朝には家に戻るだろうと伝えておいてほしい」
「あ……はい、分かりました」
 零はこくんと頷くと、何気なく辺りを見回した。そして――はっとして零が叫んだ。
「草間さん!」
「何……っ!」
 零の声に反応し、一樹も零の見ている方角に顔を向けた。ビルの陰に、一瞬だが草間の横顔が見えたような気がした。
 駆け出す零。一樹もその後を追った。だが、2人が草間らしき者の姿を見た場所に着いた時、辺りには誰の人影も気配も見当たらなかった。
「草間さん……どこ行っちゃったんですか……」
 哀し気につぶやく零。途中になっていた仕事は解決したけれども、草間の行方は未だ知れなかった……。

【了】