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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


断ち切り線
●序
 一度終り、再び始まる。終りの無い、永遠がまた始まる。

 ゴーストネットの掲示板に、新たな一つのスレッドが出来ていた。地下鉄の駅にいるという、霊の噂である。
「題名:文出(ふみで)駅の霊 名前:飛鳥
 今日は、初めまして。一週間前、地下鉄の文出駅で霊を見ちゃいました!それも、やってきた地下鉄電車が来ると同時に飛び込んじゃう霊に。一瞬だったので、見間違いかもしれませんが……。スーツの男の人みたいでした。それだけなら、ただの霊体験で済ませたんですけど。昨日、その駅で電車を待っていた時、私も飛び込まないといけない気分が突然したんです。丁度友達がいて、止めてくれたんですけど……。怖かったです」
 それに対し、わずか一時間もしない内に返信が行われていた。
「題名:Re:文出駅の霊 名前:光平
 俺も見たし、それ体験した。その霊が呼んでるんじゃねーかって言われたんだけど、俺はその時に何故だか知らないけど『終わらせないと』って思ったんだ。呼んでるとかじゃねーと思う」
 その他の返信も、似たようなものだった。中年の男性の霊が文出駅で飛び込み自殺を繰り返しており、それを見たら一週間ほど後に自分も飛び込み自殺をしなくてはならないような気分になるのだという。幸い、未だその所為での死亡者は出ていないとの事。
 スレッドの最後に、返信があった。最初の投稿者、飛鳥のものだった。
「題名:解決できませんか? 名前:飛鳥
 その霊を何とかすれば、解決できるような気がしてなりません。何とか解決はできないでしょうか?明日の午後五時、文出駅前で待ってます。前に霊を見たのは、午後五時半の電車でしたから」

●一歩
 まだいる、まだいるのだ。終わらないと、にやりと笑う。まだ捕らわれているのだと、確信する。

「あら、まあ」
 小さく、篠宮・夜宵(しのみや やよい)は黒髪の奥にある黒い目を丸くさせながら呟いた。自宅で、ぼんやりとネットを楽しんでいた、正にその時の出来事だった。ゴーストネットという不思議なサイトにある、不思議な掲示板を見ていた。ただ、それだけであった。何の変哲も無い、何処にでもありそうな怪談話。それでもそのスレッドが夜宵の目を惹き付けたのは事実である。
「……そうね、目に留まってしまったんですもの」
 夜宵は小さく呟き、それから苦笑した。もう関わってしまったのと同じ事だ、と。
「私にできる事ならば、助けて差し上げたいですからね」
 誰に言うでもなく、夜宵はそう言って小さく笑う。
「まずは……そうね。目撃者の方に連絡を取ってみようかしら」
(いつ御覧になったのか、という情報があれば……それでまた違ってきますし)
 夜宵はそう考え、掲示板のスレッドに書き込みを付け加える。どの時期に幽霊を見たか、という内容だ。一時間してから再び覗きに行くと、それに対するレスがずらり、と並んでいた。夜宵はその一つ一つを丁寧に見ていき、一番古いものを検出する。それは丁度一年前位のものだった。後は曖昧か、ちょっと違った例のものがあるだけだった。
「一年前……ですね」
 何かを決意するかのように呟き、夜宵は立ち上がる。時期さえわかれば、後はひたすら探すだけだ。その幽霊の正体である『該当者』を。
「ああ、そうそう」
 夜宵は立ち上がったままパソコンをもう一度チェックする。古いものではなく、今度はこの一週間以内に目撃した情報を得るために。それに該当したのは三人、皆同じ午後五時半の電車だったという。
「それが死亡時刻かもしれませんね」
 夜宵は再び小さく呟き、今度こそ図書館に向かうのであった。

 図書館の新聞コーナーに、よく見た顔ぶれが集まっていた。黒髪に青い目のシュライン・エマ(しゅらいん えま)は思わず苦笑する。
「皆、あの掲示板を見たのね」
「見たのもあるし……俺は元々ここにいたから」
 茶髪に緑の目の守崎・啓斗(もりさき けいと)が弁明するかのように言った。ちらり、と隣に座っている夜宵を見ながら。
「あら、何ですか?守崎さん」
「何でキミがいるんだ?」
「いてはいけないような言い方ですわね」
「これはお嬢様の遊びじゃない。危険かもしれないんだ」
 啓斗の言葉に小さくむっとし、夜宵は口を開く。
「失礼ですわね。私は別に遊び半分でここにいるわけではありませんわ」
「まあまあ。二人が仲良いのは分かったから静かになさい」
 シュラインはそう言いながら二人を嗜めたが、それがかえって二人を落ち着かなくさせてしまう。
「そんな事ありません!」
「そんな事は無い!」
「……ここが何処か分かってるわよね?二人とも」
 シュラインがそう言うと、啓斗と夜宵はほんのりと頬を赤く染め、互いに顔を見合わせてから黙った。
「まずは幽霊の正体を突き止めないとね」
 シュラインが言うと夜宵が「こほん」と一つ咳をしてから口を開く。
「私、掲示板で聞いてみましたの。いつ見たことがあるか、と。すると、一番古いもので一年前がありましたわ。丁度、一年前くらいが」
「一年前……じゃあ、それくらいを探して見ましょうか」
 二人の会話を聞き、啓斗はほっとする。膨大な新聞の量を見て、半分うんざりしていたのだ。三人でやれば、能率は上がる。
「じゃあ、ちゃっちゃと調べましょう」
 シュラインがうでまくりをする。夜宵と啓斗はそれにこっくりと頷き、新聞の山に取り掛かるのだった。

●二歩
 まだ、終わってはいないのだ。終わっても良かったのに、どうしても終わってはいない。もう充分だろう、といくら言っても聞いてはもらえないのだろう。

 新聞の山から、一つの記事をシュラインは見つけた。丁度一年前のものだ。皮肉な事に、日付まできっちり同じなのだ。
「これじゃないかしら?」
 シュラインが夜宵と啓斗に指し示す。そこにあるのは、『文出駅で男性転落。自殺か』という見出しがつけられていた。転落したのは、飛田・浩一郎(ひだ こういちろう)45歳、会社員だった。特に遺書や私生活などでの問題も見つからなかった為、事故ではないかと見られているとあった。
「この人みたいですわね。……何より、飛鳥さんの掲示した時間の電車と同じですし」
 夜宵がちらりと時計を見ながら言った。
「そうだな。この人で間違いないだろう」
 啓斗も頷く。
「じゃあ、この方のご家族にちょっとお話を聞いてみるわ」
 シュラインはそう言って、すっと立ち上がる。
「私も一緒に行って良いですか?」
 シュラインに倣い、夜宵もすっと立つ。シュラインは微笑み、頷いた。
「俺は、先に駅の方に行ってみる。……遅れないようにな」
「分かってますわ。……お気をつけて」
 夜宵が言うと、啓斗は一瞬きょとんとしてから小さく笑う。
「それはこっちの台詞だ」
 シュラインは苦笑し、夜宵を促した。時間は刻々と迫っていた。少なくとも、待ち合わせには遅れないようにしなくては。

 新聞社に問い合わせ、何とか飛田の電話番号を教えて貰う。すんなりと行ってしまう事に、夜宵は感心する。
「よく、電話番号を教えて貰えましたわね」
「私、翻訳のお仕事しているから、出版業界にはコネがあるのよ」
 シュラインに言われ、夜宵は納得する。シュラインは教えられた電話番号を間違えぬように押していく。
「ああ、もしもし。私、草間興信所の調査員をしています、シュライン・エマと申しますが……。突然すいません。少し、お聞きしたいのですが」
 相手は、あまり快く思ってはいない。当然だ。まだ一年しか経っていないのだから。それでも、何とか話をしてくれる。
「……あの人は、そんな人じゃなかったんです。家庭にも何の問題は無かったと思いますし……会社でも、特に。言動がおかしかった事もなかったですし」
「つまり、自殺はありえないと?」
 シュラインが尋ねると、相手は沈黙した。恐らく、黙って頷いているのだろう。
「確かに、新聞にもそのようにかいてありましたものね」
 夜宵は納得する。本当に、何も彼が自殺したくなるような理由はなかったのだ。
「ああ……そう言えば」
 ふと、飛田夫人が呟いた。何かしらの情報だ。シュラインと夜宵は耳を澄ます。
「あの人、不思議な事を言っていたんですよ。『終わらせてあげたいな』って」
「終わらせる、ですか?」
「ええ。何?って聞いたら、あの人寂しそうに笑いながら『寂しいからって、何をしてもいいわけじゃない』って言ったのを覚えてます。私は何となく不思議に思ってました」
「寂しいから……」
「今思えば、あの人は何かを見たのかもしれませんね。誰かの、寂しさを一緒に分かち合おうと……」
 声は嗚咽に変わった。シュラインは礼を何度も良い、ゆっくりと携帯の電源ボタンを押した。
「夜宵ちゃん、聞こえた?」
 シュラインの問いに、ただ夜宵は頷いた。眉間に皺を寄せ、沈痛そうな面持ちで。
「飛田さんは、何か見たんでしょうね」
「そうね……彼はそれを止めたかったのね」
 まだこれは予想でしかなく、確固とした真実とはいえない。それでも、この予想は酷く外れているわけでは無さそうだと二人は考える。夜宵はちらりと時計に目をやる。
「シュラインさん、行きましょう。もうすぐですから」
「そうね……遅刻したら、啓斗君に言われちゃうしね」
「わ、私はそんな」
……つもりでは。そんな言葉を飲み込み、夜宵はシュラインと共に歩き始める。シュラインはそんな夜宵の様子に小さく笑い、文出駅へと急ぐのだった。

●三歩
 終わらないなら、終わらせれば良い。終わらせられないのなら、止めれば良い。そうして生まれた、いつしか生まれた感情。

 五時、文出駅正面に7人の人間が集合していた。
「あの、私が書き込みした『飛鳥』なんですけど」
 まず声を発したのは、セーラー服の女子高生だった。一見大人しそうな印象を受ける。
「ハンドルネームでは失礼ですよね。私、留木・祥子(とめぎ しょうこ)と言います」
 ぺこり、と祥子は頭を下げた。
「ボクは藤崎・飛鳥(ふじさき あすか)だよ。飛鳥さんと同じ、飛鳥!……と、もうその名前でなくていいんだねっ。ややこしいからどうしようかと思ってたんだ」
 茶色の髪の奥にある黒の目をキラキラとさせながら、へへ、と飛鳥は笑った。つられて、祥子も笑う。
「私はシュライン・エマよ」
 シュラインがそう言って微笑んだ。
「俺は守崎・啓斗……」
 啓斗はそう言ってぺこりと頭を下げた。
「あら、守崎さん。ちゃんとご挨拶しなくてはいけないんじゃないです?」
 啓斗の隣から、夜宵がそう言って小さく笑った。
「ちゃんとしたじゃないか……」
「シュラインさんのように、にっこりと笑って挨拶するのが基本ですわ」
 そう言ってから、夜宵はにっこりと上品に微笑んでから皆を見回す。
「篠宮・夜宵です」
「俺は真名神・慶悟だ」
 慶悟がそう言って煙草を口にくわえた。
「真名神さん、ここは禁煙だよ?」
 黒髪に黒の目をした武田・一馬(たけだ かずま)がそう言うと、慶悟は火をつけかけた手を止めた。未練たらたらのまま煙草をしまい、溜息をつく。
「遅れました。俺は武田・一馬。よろしくな」
 一応皆の挨拶が終わり、祥子は皆に向き合う。
「もうすぐ五時半なんですけど……」
「そうそう。私と夜宵ちゃんでサラリーマンの霊の正体を掴んだんだけど」
「シュラ姉、俺も」
 啓斗が口を挟むと、シュラインは苦笑してから付け加える。
「そう、それと啓斗君もね。飛田・浩一郎って言う人みたいなの」
「しかも、その人には自殺する理由など何処にも無かったみたいですわ。事故じゃないのかって言われているみたいですけど」
 夜宵がシュラインの後を続けた。それに対し、慶悟と啓斗が頷いた。
「真名神さんによると、その人の前にも霊の噂があったらしい……」
 啓斗はそう言ってちらりと慶悟を見る。
「……何でも、少女の霊が目撃されていたらしい。あくまで、噂だが」
「それ、本当の話だよっ!」
 飛鳥が力強く言った。一馬と顔を見合わせながら。
「駅員さんが言ってたから、間違いないと思う」
 一馬が言うと、皆が考え込む。
「それにね、飛田さんの霊が目撃されるようになってから、飛び込み事故がふえたんだって」
 飛鳥が言うと、慶悟が手を口元にあて、呟く。
「……俺の聞いた話と合致しているな」
「……もしかしたら」
 シュラインが呟くと、皆が一斉にそちらに注目する。
「飛田さんの奥さんが、飛田さんが不思議な事を言っていたって教えてくれたの。『寂しいから何をしてもいいわけじゃない』って言っていたって」
――寂しいから何をしてもいいわけじゃない。
 その言葉が、皆の中に蠢いた。何故か、胸がざわついてくるかのような言葉だった。
「魔の五時半……」
 ぽつり、と一馬が呟いた。皆がはっとしたかのように一馬を見る。
「駅員さん達が言っていたんだ。魔の五時半発って」
 沈黙が流れた。飛鳥だけが、「そう言えば、そう言ってたね」と呟いた。
「ともかく、行きましょう。全てはホームに答えがある筈だから」
 シュラインが言うと、皆が頷いた。
「今度こそ、私は終わらせたい……」
 ぽつり、と祥子が呟いた。誰にも聞こえないほどの呟きであった。

●踏止
 諦めないで。絶対に、諦めないで。絶対に、君は一人じゃないから。

 文出駅のホームには、駅員が目を光らせて待っている客を見ていた。逆に、客の方もなるべく白線の内側に寄っている。ただの噂ならば、こんなに警戒はしない。噂以上の何かが存在しているから、こんなにも警戒しているのだ。
「……大丈夫?」
 シュラインが尋ねる。祥子の顔が、心なしか青くなっていたからだ。祥子は「大丈夫です」と言って力なく笑う。
「……俺は、何かしらのメッセージ性があると思うんだけど」
 突如、一馬は呟いた。
「ここを電車が通過することに問題があるのかと思ったんだけど、そんな感じじゃないし。だとすると、メッセージ性があると思うんだ」
「メッセージ性、ですか」
 夜宵が反芻すると、一馬は頷く。
「なにかをやめさせたくてメッセージとして飛び込みを繰り返しているとか」
「……やめさせる、か」
 ぽつり、と啓斗が呟いた。何となく、啓斗も顔色が悪い。
「啓斗、大丈夫か?……一応、符を持っておくか?」
 慶悟が魔避けの符を啓斗に渡す。五時半が近付いてくるにつれ、霊の気配が強まってきているのであろう。霊媒体質な為、啓斗にとっては霊の気配を感じる事が辛い。だが、魔を避けるということは同時に本来持っているはずの見る力も避けてしまうのではないか、と啓斗は不安に思う。それを見越したように慶悟は笑う。
「大丈夫だ。……一種の結界のようなものだから」
「持っておいた方がいいですわ。……本当に、顔色が優れませんから」
 夜宵が心配そうに啓斗を見た。啓斗は「ああ」と言い、素直にそれに従った。
「もうすぐだよ、五時半」
 飛鳥が言うと、皆の顔に緊張が走った。その時だった。ホームの先端に、一人のサラリーマンが立っているのを見つけたのは。
「あれ……!」
 飛鳥が一番に見つけ、慌てて駆け寄ろうとする。ホームの先端までは、結構な距離があった。既に電車はくるとの連絡があった。
「『投げ縄の幽霊』……!」
 一馬は走りながら叫ぶ。途端、一馬の傍から縄が生じる。ぼろぼろだが、ちゃんと投げ輪の形になっている。一馬は力いっぱいそれを投げつける。ホーム先端にいる、サラリーマンに向かって。縄はちゃんとサラリーマンを縛ったが、それでも彼は線路に向かって身を投げようとしている。
「縛止……!」
 慶悟が走りながら相手を縛る呪を唱える。縄の影響もあり、何とかサラリーマンはその場に踏みとどまる。電車が入ってきた。駅員は相変わらず目を光らせているままだ。だが、結局は何事も無く、電車はホームを過ぎていった。7人と、サラリーマンを残して。
「あなたが、飛田さん?」
 飛鳥が尋ねると、縛られたままのサラリーマンは驚いて振り向いた。
「電車は通り過ぎたわ。……もう、飛び込む必要なんて無いんじゃないかしら?」
 シュラインが言うと、サラリーマン……飛田は溜息をついた。
「……私が飛び込まねばならなかった。私で、終わらせる為に」
「それは、女の子の霊と関係があるのか?」
 啓斗が尋ねると、飛田は驚いたように皆を見た。
「あの子を、知っているのですか?」
「いや、俺達はまだ見ていないんだ。飛田さんには見えるとか?」
 一馬が縄を解きながら言うと、飛田は小さく微笑む。
「いいえ。今は見えません……ですが」
 飛田は言葉を濁す。
「私がこうして踏出せなかったから、あの子はきっと次の人を探すでしょう」
「どういう事だ?」
 慶悟は胸ポケットから出しかけた符をしまいながら口を開いた。念の為身代わりの形代、妄執を祓う正気鎮心符を用いて会話しようかと考えていたのだが、どうやら飛田にはそういう気配は感じられない。どうやら必要は無さそうだ。
「私は、女の子が手招きしているのを見たんです。そして……飛び込みました。そうしたら、目の前にあの女の子がいました。寂しそうな顔をして。私はその子と一緒にいたんです」
「成仏したくは無かったんですか?」
 夜宵が尋ねると、飛田は苦笑する。
「その子は、私が飛び込む前にはずっと飛び込みを誘っているようでして。どうやら、寂しいからみたいなんですけどね」
 話が逸れる。皆の顔に不思議そうな色が浮かんだが、飛田は構わず続ける。
「私が飛び込むと、それから少しの間、その子には会えるようでして。その子はその時、必ず言うんですよ。『あなたが来ないなら、他の人を呼ぶから』って」
「それで、飛び込んでいたのね」
 シュラインが言うと、飛田は頷く。
「私は止めたかった。ずっとずっと、止めたいと思ってたんです。あの子の寂しさを、続く飛び込みを……」
 慶悟は「そうか」と小さく呟いた。皆がそちらに注目する。
「あんたの思いが、あんたを見た人に移ったんだ。あんたの感情が、そのまま」
 慶悟の言葉に、一馬は「ああ」と納得する。
「だから、怪我だけで済んだんだ。飛田さんは、別に命を捨てたいわけじゃなくて、ただ止めたいだけなんだから」
「でも、それなら何故一週間ですの?その場で飛び込んでもいい筈じゃないです?」
 夜宵が言うと、飛鳥が「多分」と呟く。
「多分ね、ぼんやりと飛田さんの思いが胸に残ってたんだと思う。それが一週間のうちに溜まっていったんじゃないかな?」
 ちらり、と祥子を見る。祥子は苦笑しながら口を開く。
「そうですね、そんな感じです。毎日この駅を使っていて、少しずつこの方の姿を見たときのことを思っていて……」
 不意にぽっと浮かぶ記憶。それが、丁度一週間くらいなものなのであろう。
「後は俺達で何とかする。あんたは先に輪廻に加わるがいい」
 慶悟はそう言って印を結んだ。飛田は一瞬不思議そうな顔をし、それから小さく笑った。「頼みますね」と優しく微笑みながら。
「……なにを、するの?」
 不意に聞こえた声に、皆が振り返った。そこにいたのは、少女。
「……寂しいからって、何をしてもいいわけじゃないのよ?」
 シュラインが微笑んだ。少女は不愉快そうに、皆を見つめる。警戒をする、皆に向かって少女は笑った。無邪気とは言いがたい、邪悪めいた笑みで。
「だって、さみしいんだもん」

●踏出
 さみしいから、なにをしても、いいわけじゃ、ないんだよ……?

 皆、自分達が不思議な空間に誘われた事に気付いた。ここが文出駅のホームである事は間違いなかったが、何より誰もいないというのが特徴だった。これだけ騒いでいて、誰もこないと言うのはおかしい。
「結界だ」
 ぽつり、と慶悟が呟いた。少女に向かい、毅然と構える。
「輪廻の環に加わらず、留まり惑うは何ゆえか。騙らず語れ、さすれば拓く道もあろうというものだ!」
「むずかしいことは、わからない」
 シュラインは少女をじっと見、よく響く声で言う。
「どうしてそんな事をするの?一体、何があったの?」
「さみしいから。おわらないから」
 啓斗は不思議そうに少女を見つめる。
「時は終わる。終わらせて変えていくんだ。そして新しく始めなきゃいけない。お前も……俺も」
「あたらしくなんて、ならなくていい」
 一馬は少女に向かい、寂しそうに見つめる。
「いつかは、新しくならないといけないんじゃないかな?」
「そんなこと、ない」
 飛鳥はぽつりと「そんなのおかしいよ」と呟く。
「どうしてそんなに断言できるの?キミ、新しくなるのが怖いんじゃないの?」
「こわい……?」
 夜宵はそっと闇を発生させる。癒しとよき眠りを与える、暖かな闇。
「……もう、お眠りなさい。あなたが寂しくないように」
「ねむくないもん……こわくないもん……」
「お願いだから……もう一つの闇は使わせないで下さい」
 懇願のようだった。皆がそれを察して少女と夜宵を見比べた。少女は頭を大きく振った。
「あのおじさん、もういないもん」
「……飛田さんはいないけど、寂しくなくなるわ」
 シュラインが言う。優しい声で、少女に問い掛ける。
「おわりなんて、ないもん」
「そんな事は無い。全ての事に、終りは来る」
 啓斗が淡々と言う。ぎゅっと、慶悟から貰った符を握り締めながら。
「あたらしくなんて、ならないもん」
「新しくなりたいと思えば、いつだってそれは叶えられる筈だよ」
 一馬が確信を持って言った。妙にそれは、確信めいていた。
「こわくなんてないもん」
「怖くたっていいじゃん。怖いことは、絶対に恥ずかしい事じゃないし」
 飛鳥が問い掛けるように言う。少女の顔に、変化が起こる。
「さみしい……」
「寂しくなんてなくさせてあげますわ」
 夜宵は闇を抱きながら微笑んだ。少女の目は、夜宵の生み出した闇をじっと見つめている。
「輪廻の輪に還れば、寂しくも怖くもない。……だから、もう還れ」
 慶悟が言うと、少女はふっと表情を和らげた。夜宵は少女を闇で包み、慶悟が成仏できるように道をしめしてやった。途端、辺りの空気が元に返った。まばらながらも人が行き交う、ホームに。
「やっと、終わらせられたんですね」
 ぽつりと祥子が呟いた。その言葉で、皆は気付く。本当に終わらせたかったのは、何なのかを。恐らくそれは飛田の思いではなく、あの少女の感情。寂しさや、恐怖や、辛さといった負の感情なのだ。
「終わったんだ」
 啓斗は握り締めていた手をそっと開けながら呟いた。ぐしゃり、と符は皺だらけになってしまっていた。それでも、終わったのは確かだった。
「無事終わったね。これでボクも安心して記事にできうよ」
 飛鳥がにこにこと笑いながら言った。
「記事だと?」
 慶悟が聞き返すと、飛鳥は妙に胸を貼って答える。
「だってボク、学校の諜報部員だもん。さあ、これからが大変だな!」
 うーん、と伸びをする飛鳥に、シュラインと一馬が一瞬顔を引きつらせる。
「原稿……」
「講義……」
 どうやら、大変なのは飛鳥だけではないようだ。夜宵はくすくすと笑いながらその様子を見守る。
「終りは、そんなに恐ろしい事ではないですのに」
 小さく夜宵は呟いた。それを聞いていた祥子が微笑みながら頷いた。
「本当に、そうですね」
 文出駅では、もう飛び込み事故は起きないだろう。それは、すでに終りを迎えたのだから。

<全てを断ち切り・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生 】
【 1005 / 篠宮・夜宵 / 女 / 17 / 高校生 】
【 1559 / 武田・一馬 / 男 / 20 / 大学生 】
【 1668 / 藤崎・飛鳥 / 女 / 16 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 本当にお待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「断ち切り線」へのご参加、本当に有難うございました。如何だったでしょうか?
 今回のポイントは、サラリーマンの霊を見たら飛び込みたくなる・一週間後に行動・終わらせないとという思い、の三点でした。結構皆さんプレイングの中で触れてらしていて、嬉しかったです。
 篠宮・夜宵さん、初めまして。参加して頂き、本当に有難うございました。上品な感じの、それでも感情豊なイメージで書かせて頂きました。情報収集の仕方が上手いなぁ、と密かに感心したりしてました。
 今回も個別の文章となっております。お暇な時にでも読み比べて下さると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時まで。