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噂を追って【４】
●オープニング【０】
「んっ……んん〜。ふう……平穏だよねぇ」
６月も終わりに近付いたある日の放課後。『情報研究会』部室に居た会長の鏡綾女は、思いっきり背伸びをした後でそう言った。
綾女が言うように、この２、３カ月の冬美原は特に大きな事件も起こらず平穏そのものだった。少なくとも、表面的には。
「平穏でいいと思うけどなあ」
綾女の言葉を聞いた副会長の和泉純が苦笑いを浮かべた。
「……危ないことに綾女さんが関わらないで済むし」
「ん、何か言ったぁ？」
どうやら純の後のつぶやきは、綾女の耳には届いていなかったようである。
「でもね」
綾女は表情を引き締めて、皆の方に向き直った。
「事件が起こってないからって、調べることがなくなった訳じゃないんだよね。でしょ？」
確かにそれはそうだ。冬美原に謎はまだまだ山積みになっているのだから。
「ということでぇ……」
綾女がにんまりと微笑んだ。あ、何か嫌な予感。
「調べてきてね☆」
ああ、やっぱり。はいはい、調べてきましょうとも――。
●『漫画でよく分かる』シリーズ【１】
冬美原図書館――日曜日の午前中、利用者は老若男女いずれかに偏ることもなく均等に姿を見ることが出来た。
孫に絵本を読んであげる老人、黙々と話題の小説の最新刊に目を通すＯＬ風の女性、ノートと参考書を広げて勉強している高校生……と様々な者たちが居る中、大量の書物を机の上に積んでいる少女の姿があった。
（麗安寺には絶対に秘密が……）
などと思いつつ、少女――志神みかねは熱心に本を読んでいた。ちなみにそのタイトルは『漫画でよく分かる忍者入門』であった。
はてさて、みかねはどうしてこのような本を読んでいるのだろうか。
「……忍者入門？」
その時、みかねの真正面から女性の声が聞こえてきた。
「えっ？」
本から顔を上げるみかね。そこには小さく手を振る女性――シュライン・エマが立っていた。
「あ、シュラインさん」
「何だか変わった本読んでるのね。くノ一にでもなるつもり？」
そう言って、山積みになった書物に目をやるシュライン。あったのは冬美原の歴史やらに関係する物が大半であった。
「あ……あはははは」
みかねはシュラインの質問には答えずに、まるで誤魔化すように笑ってみせた。
「……そういうシュラインさんは、今日はどうされたんですか？」
「んー、ちょっと調べ物……かしら？ そうたいしたことでもないんだけど」
少し思案してから答えるシュライン。が、何を調べているのかには触れていなかった。
「邪魔しちゃったわね。じゃ、またね」
シュラインはそう言い残して、足早にみかねから離れていった。
そのシュラインの態度に、若干首を傾げるみかね。だがすぐに本の世界へと戻っていった。
●傾向と対策【２Ｂ】
みかねから離れたシュラインは、つかつかとカウンターの方へ歩いていった。
「すみません」
カウンターの中に居た、司書らしき女性に女性に話しかけるシュライン。
「はい、貸し出しですか？」
「いいえ、違います。古地図……冬美原の昔の地図が置いてあるのは、どの辺りになります？」
「地図ですか。それでしたら２階の方になりますけれど」
手で２階を示す女性に対し、こくこくと相槌を打つシュライン。昔の地図を探しているとは、いったい何を調べようとしているのだろうか？
「どうもすみません。あっ、そういえばー……」
シュラインが、ふと思い出した素振りを見せた。
「他に何か？」
「ラジオのパーソナリティされてる、あの鏡巴さんが最近図書館に通われているって聞いたんですけど」
「……それがどうかされましたか？」
女性が一瞬警戒するような視線をシュラインに向けた。シュラインが慌てて手を振った。
「違います、違いますっ。この前、ラジオで話してたのを聞いたんです。だから、どんな本を読んでいるのかなって思って」
「あら、ラジオで。そうですか……」
穏やかな表情に戻る女性。シュラインが胸を撫で下ろした。
「その通りですよ。鏡さん、冬美原についての本をよく読まれていたと思います。確か、何度か貸し出しもしたはずだと」
「へえ……冬美原についての」
女性の言葉を繰り返すシュライン。そして女性に礼を言い、２階へと歩き出した。
（真名神くんから聞いたあの話と、何か関係あるのかしら）
シュラインの頭の中に、以前の財宝探しの時に真名神慶悟から聞いた話が蘇ってきた。
（考えてみれば、あの財宝って）
結局、あの時に見付かったのはアルミの食器。今となっては何の価値もない物である。しかし、その当時では貴重な物であったことは事実だ。
（……城の地下牢に貴重な食器って、そこにそれだけ高貴な人間が閉じ込められてたって考え方出来ないかしら……）
ふとシュラインの中に、そんな考えが浮かんできた――が。
「なんて、これはさすがにこじつけか」
苦笑してシュラインは頭を掻いた。
●あの人とあの人の関係【５Ｆ】
図書館での調べ物を終え、昼食も済ませたシュラインは、冬美原情報大学を訪れていた。
「んー……あてが外れたかも」
腕を組み、難しい顔をしてシュラインは学生の姿がろくに見当たらないキャンパスを歩いていた。日曜日だから、当然の光景ではあるのだが。
（南西部にはお寺はなかったなんてねえ）
シュラインは冬美原図書館、それと冬美原情報大学の図書館の両方で、冬美原の古い地図を調べてみた。しかしそのいずれにも、南西部に寺院があった形跡は見当たらなかったのである。
（神社は元々四方にあったっていうし、だったらお寺も元々対称にあったのかとも思ったんだけど……違うみたいね）
まあ調べてみて存在しないようだと分かったから別にいいのだが、疑問がない訳ではない。
（南西の方角って、確か裏鬼門だったと思うんだけど。どうして空けているのかしら）
たまたまなのか、意図的なのか……それを知るよしはない。もっとも別の見方をすれば、麗安寺の位置こそたまたまだという考え方もあるのだろうけれど。それはさすがに違うだろう。
ともあれ調べ物が一段落したシュラインは、気持ちを切り替えてネットワークＲＰＧの研究棟に向けて歩き出した。坂上史朗教授に会い、可能ならテストプレイをさせてもらおうと考えていたのである。
ところが――坂上の研究室の前まで来たはいいが、何度扉を叩いても返事がないのである。
「……居ないのかしら」
さすがに日曜日、休みということも十分にありえた。
「念のため、特別研究室に回ってみましょ」
シュラインは特別研究室の方を訪れてみることにした。そちらで研究中だから、今研究室に居ないという可能性もあるのだから。
そして特別研究室の前までやってきたシュライン。特別研究室の中から、コンピュータが稼働しているらしき物音を感じていた。
（何だ。こっちで研究してたのね）
シュラインは特別研究室の扉を叩いた。中から返事が……返ってこない。首を傾げるシュライン。
「聞こえなかったのかしら？ もう１度」
今度は強めに叩いてみるシュライン。けれども結果は一緒。返事はなかった。
「変ねえ……」
扉の前で思案するシュライン。その時、学生らしき青年がその場を通りがかった。
「坂上先生なら帰りましたよ」
「は？」
ついシュラインは、間の抜けた返事を返してしまった。
「あの、だって、コンピュータが……」
「僕はゼミ生じゃないからよく知りませんけど、何か計算させてるんじゃないですか？ 結果が出るまで時間がかかるからって、稼働させたまま帰ることはよくありますし。それに、坂上先生がはっきりと行く所があるって言ってましたから」
「どこっ？」
「麗安寺ですよ」
さらっと答える青年。シュラインが眉をひそめた。
「麗安寺？ ……何でまた」
「あれ、ご存知ないんですか？ 麗安寺の和尚さん、坂上先生とこの元ゼミ生だったんですよ」
「！！」
シュラインが驚きの表情を見せた。
「それ、本当なのっ？」
「こんなこと嘘吐いてどうするんですか。学部じゃ、結構有名な話ですよ」
「……そういう繋がりがあったのね……」
シュラインがぼそっとつぶやいた。何となくもやもやとしてた部分が、露になったような感じであった。
「じゃ、僕これで」
すたすたと去ってゆく青年。シュラインはしばしその場にたたずんでいたが、やがて特別研究室の前から離れていった。
（それにしても）
特別研究室の方を振り返るシュライン。
（いったい何の計算をしているのかしら）
特別研究室からは、まだコンピュータの稼働音が聞こえていた――。
●アサギテレビニュース【１１Ａ】
その夜のアサギテレビニュースにて。
「本日午後３時２１分頃に発生した地震についてのニュースです。冬美原では震度４を記録しましたが、周辺都市では揺れの観測はありませんでした。これは昨年の７月に発生した地震と同様の現象で、現在専門家による分析が行われております」
それから地震のニュースは被害報告に移り、数名の怪我人は出たものの、火災などは発生しなかったということであった。
「では次のニュースです。本日午後９時頃、冬美原駅前で麻薬を販売していた男が逮捕されました。男は新種の麻薬を売り捌こうと……」
【噂を追って【４】 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ（しゅらいん・えま）
／ 女 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
【 ０２４９ ／ 志神・みかね（しがみ・みかね）
／ 女 ／ １５ ／ 学生 】
【 ０３２８ ／ 天薙・撫子（あまなぎ・なでしこ）
／ 女 ／ １８ ／ 大学生（巫女） 】
【 ０３７６ ／ 巳主神・冴那（みすがみ・さえな）
／ 女 ／ 妙齢？ ／ ペットショップオーナー 】
【 ０３８９ ／ 真名神・慶悟（まながみ・けいご）
／ 男 ／ ２０ ／ 陰陽師 】
【 ０４４２ ／ 美貴神・マリヱ（みきがみ・まりゑ）
／ 女 ／ ２３ ／ モデル 】
【 ０４６１ ／ 宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師） 】
【 ０５６８ ／ 守崎・北斗（もりさき・ほくと）
／ 男 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０５７６ ／ 南宮寺・天音（なんぐうじ・あまね）
／ 女 ／ １６ ／ ギャンブラー（高校生） 】
【 １２７０ ／ 御崎・光夜（みさき・こうや）
／ 男 ／ １２ ／ 小学生（陰陽師） 】
【 １５９３ ／ 榊船・亜真知（さかきぶね・あまち）
／ 女 ／ 中学生？ ／ 超高位次元生命体：アマチ・・・神さま！？ 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全３３場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、今回皆様のお手元に届くのが大変遅れてしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした。
・さて、ちょっと特殊な依頼である『噂を追って』シリーズも第４回です。今回のお話で、冬美原で隠れていたいくつかの謎が解決に向かっていたり、表に出てきていたりします。一応、高原が念頭に置いていた展開もいくつかあったんですが、どうやらそれらを外れてまた違った展開に向かった模様です。これがやはりプレイングの妙と言うのでしょうか。
・今回のお話で、冬美原はまたターニングポイントを迎えました。この先冬美原は、どのように転がってゆくのでしょう。その流れを決めるのは、もちろんプレイングです。
・ちなみに今回、流れが変わってきたために情報封鎖はかけません。
・シュライン・エマさん、５５度目のご参加ありがとうございます。他の方の文章をお読みになられると分かることなんですが……何だか鋭い突っ込みしてますね。ええ、その認識で間違っていません。あとは、あの２人の関係……でしょうかね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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