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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


その名は『S』と定義づける

「異能狩り……か」
 草間 武彦はいくらかの書類を机に広げていく。
 被害者、場所、時間どれも普通の警察から見れば共通点のない筈の物は、ここでは容易に一本の糸に繋ぐ事ができた。
 全員、純粋な人ではないのである。
 この町には、人以外の存在も数多く暮らしている。彼もしくは彼女らは、まれに問題を起こす物もいるが……大半は大人しく暮らしいてるのだ。
 だから人に交ざっても気付かないし、人よりもっと上手くやれている場合もある。
 つまり、犠牲者にはなんの罪もないのだ。
「ああ、刑務所から出て来やがったんだ。後から知り合いに聞かされた」
 苦々しく呻く彼の名は盛岬りょう(さかさきりょう)。一昔前に異能事件に関わり、その主犯ナハト・S・ワーシュネーを自らを犠牲にして法の裁きにかけさせた人間だ。
「まあ、なんだ。盛岬が一番恨みを買っているだろうからな注意だけはしといてくれ、行動も挑発めいている」
「……そしたら、今度は決着でもなんでも付けてやるよ」
 もう二度と哀しき犠牲者を出さないためにも。

【路地裏】

 誰かに狙われている、そう感じたのは学校の帰り道。
「どうしたの、みなもちゃん」
「なんでもないよ」
 慌てて取り繕いはしたが、全身に寒気すら感じる。
 狙っているのは自分だけのようだろう、それなら一緒にいる友人も巻き込んでしまいかねない。
 そう判断した海原みなもはここで一人になる事を決意してクラスメートに手を振る。
「やっぱり今日は帰るね」
「具合悪いの?」
「大丈夫だよ、じゃあまた明日ね」
 ろくに言葉を交わせなかった事は心苦しいが、それ以上にまとわりつくような視線は酷く気分が悪かった。
「…………誰?」
 やけに喉が渇く、それでも尋ねると後ろから足音が聞響いてくる。
 鈍い背中まで伸ばした金の髪を背中でひとまとめにした、神父の格好をした男。
 手にしていた聖書のページから顔を上げ、みなもの姿を捉える。
「ーーーっ!?」
 右目があるはずの部分には何かにえぐり取られたような傷痕だけで、真っ暗な穴が開いていた。
 それ以上に恐ろしく感じたのは、残った左目が普通ではないからである。
 心の底まで脅かすような、そんな瞳。
「誰?」
 もう一度、繰り返す。
「知る必要は、無い」
 踏み出した一歩に気圧され、後ずさる。
「祈る必要もなければ、悔い改める必要もない……なぜなら」
 水があれば対処できるのに、視線を外し探そうとするが……壁際に追い詰められ、狂気の瞳で見下ろされ視線がそらせない。
「これは、罰なのだから」
 高々と振り上げられたナイフがみなもに突き立てられようとしたその瞬間。
「なに!?」
 眼前で止まったナイフには、うっすらとだが無数の細い糸のような物が絡みついているのが見えた。
「感心しませんね、脅えた女性に危害を加えようとするなんて」
 僅かに腕を動かしただけで、ナイフは腕から抜けて遠くへと飛んでく。
「くっ」
 視線が移った隙に、腕の間からすり抜け糸を繰る彼、九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)のほうへと駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
 僅かに声が震えるのが解ったが、それでもホッとしたおかげで大分気分は楽になった。
「それは良かった。すぐに何とかしますから、少し下がっていてください」
「……はい」
 今は何も出来ない、だから下がりながら水のある場所を探す。
 そうすればきっとサポートぐらいは出来るはずだ。
「さあ、何が目的です?」
「邪魔をするな」
 会話にならない、神父の姿をした男が踏み出そうとした途端に息をのみ右目を押さえる。
「ーーーーーーっ!」
 一体何が……その理由が解らない間に、男が突然笑い始めた。
「はっ、ははははは!!! 奴か……」
「奴?」
 桐伯が眉をひそめるが、緊張は解かない。
「いいぜぇぇ、今回は引いてやるよ!」
「待ちなさい!」
 いつの間にか周囲に張り巡らされていた糸が急速に狭まり男の体を締め付けるが、手にした聖書が勝手に開きページがめくれていく。
 嫌な、予感。
「みなもさん、逃げてください!」
 下がりかけた足下に、何かが当たった。
 ホースだ、つまりそれの元を探せば蛇口がある筈なのだ。
「あった!」
 植木で作られた塀の向こうにある蛇口。
 薄くなった垣根に手を突っ込んで、勢い良くコックをひねった。
「お願い……」
 流し出された水が勢い良く流出し、二人と神父の間を阻む壁となる。

 刹那。
 何も見えなくなるほどの閃光に目を閉じるが……次に目蓋を開いた時には、男の姿は影も形もなくなっていた。
「行っちゃいましたね」
「そうですね」
 力を失った水が、パシャリと音を立てて地面へと落ちる。
 そして…………。
「ちくしょう、逃げられた!」
 吐き捨てるような口調。
 場違いなそれに対しての反論。
「怖かったんですよ」
「失礼ですが、こちらも大変だったんです」
 何があったのかは解らないが……駆け込んできたのは盛岬りょうで、それをフォローするように冷静に頭を下げた青年はミラー・Fだった。
「それは、申し訳ありませんでした」



 それから草間探偵事務所へと場所を移動した後、そこにもう一人光月羽澄(こうづき・はずみ)も加わってから話をする事になった。
「大丈夫、みなもちゃん?」
「はい、九尾さんに危ない所を助けていただきましたから」
「たまたま通りかかったからよかったのですが、危ない所でしたね」
 確かに、あの場に桐伯が通らなかったらと思うと……ゾッとする。
「そろそろ説明をしていただいてよろしいですか、サカサキさん?」
「あたしもどうして襲われたのか知りたいです」
「そうね、まだ解ってない事も多すぎるし」
 自然と視線がりょうに集まり、説明されるのを待つ。
「そうだな、まずは……いま異能狩りと言って、人以外の特殊な能力を持った者が次々と狩られてる事件が起きてるんだ。その犯人がさっきあった奴だな」
「……話したら止めてくれませんでしょうか?」
「出来ると思うか?」
 流石に首を左右に振る。
 一度でも姿を見たからこそ解る、話は通じていなかった。
 会話をしようと思ったら、きっと苦労するに違いない。
「どうしていままで捕まらなかったんですか?」
「一度は捕まったけどな、刑務所から出てきて……早速あれだ。9年前から全然変わってない」
 苛ただし気な口調。
「先ほどから思っていたのですが、知り合いのようですね」
 桐伯の言葉に、思い出したようにりょうが付け加える。
「言ってなかったな、あいつ……ナハト・S・ワーシュネー、通称『S』は昔にも似たような事件を起こしてるんだ」
「それがこの書類ですか?」
 ミラーが出した資料をりょうが受け取る。
「ああ、その時狙ってたのは俺の恋人だったんだ」
 あっさりした口調からは信じられないような内容だった、狙われたと言う事は………きっとその人はもう。
「りょう……」
 羽澄が眉をひそめるが構わずりょうが続けた。
「調べて貰う時に羽澄には話したから知ってるだろうけど、もう一回話しとく。聞いてない人のほうが多いからな『S』の事を知って……それからどうするかを決めてほしい」
 全員がうなずいたのを確認してから、古くなって変色した小さなメモを指でトンと叩く。
「大体想像は付いてるだろうけど、彼女は『S』に殺されてる。だから………俺があいつを捕まえたいのは私怨だ」
 うつむいて、手にしたメモを強く握りしめる。
「『S』は……9年前と無全然変わって無いどころか、挑発めいて事件を起こしてる!」
 数秒黙り込むが、それでもどうにか深呼吸をしてから話を元に戻そうとする。
 今すぐにかける言葉も見つからなかったし、落ち着くまでまった方がいいと思ったのだ。
「わるい、ええと……」
「一つよろしいですか?」
 桐伯の言葉に、りょうが顔を上げる。
「『S』は、どうして人を殺したにもかかわらずそんな短い時間出ててこれたんです?」
「ああ、それは……彼女が人じゃないからだ」
「そんな……」
 みなもの言葉に、慌ててりょうが付け加える。
「法律じゃ死体がない殺人事件は認められないんだ。それに人の世界に来たばかりで戸籍もなかったからな。」
「警察ではどうにもならなかったのよね……本当に厄介、法律って」
 理由は解ったが、気になったのはりょうのほうだ。
「あの……」
「どうし……? 言い方が悪かったか? 気を悪くさせたら済まなかった」
「いえ、そうじゃなくて……」
 言おうかどうしようか迷ったが、言いかけて止める事も出来ない。
「なんだか盛岬さんはとても無理をしているように感じられます」
 それは、誰もが感じていた事でもあったのだろう。
「そうですね、今のあなたは誰が見たって動揺してる事ぐらいは解ります」
「気持ちは解るけど……私もそう思う」
 核心を付いていただろう指摘にりょうが眉を寄せるが、大きく溜息を付く。
「………こっちは必死だってのに、だいたい俺一人の感情に構ってる時間なんか無いだろ?」
「いいえ。その心理状態では『S』に遭遇した場合動揺して危険が及ぶ確率が高くなります」
 冷静すぎるミラーに、りょうがハッキリと解るぐらい肩を落とす。
「人がせっかく真面目に話をしてるのに……」
「あっ……ごめんなさい」
「それは無理なような気がするわ」
「らしくない事をすると疲れますよ」
「もう少し肩の力を抜かないと、全力を出す事は不可能なのでは?」
 三人からはまさに総突っ込み。
「人をなんだと思ってるんだ……?」
 その疑問は、あえて放置された事だけは言っておく。

 とりあえず仕切直しをして、りょうが話を元に戻す。
「それでだな、あー……」
 さっきと変わらない口調だが、大分落ち着いているようには見えるからもう平気だろう。
「どうやって『S』を捕まえたのですか?」
 ミラーの問いに、それが本題だというようにはっきりと顔を上げた。
「そう、それだ」
 バサリと握りつぶしかけていたメモをテーブルの上に広げる。
「知り合いとかの手も借りて必死に追っかけたんだ、もちろん復讐するつもりでな」
「じゃあ、あの傷は……」
「傷? ああ、目か……まだ残ってたんだな」
「あの場にあなたが来る直前に『S』は目を押さえていました」
「確か、サカサキさんも目が痛んだようでしたが」
「やはり関係があるんですね」
 桐伯の指摘に、りょうはニッと笑う。
「関係は大ありだろうな、奴の目を盗ってやった時に俺も目を怪我して……それが何の因果か、治して貰った時にあいつの目が入ってんだ」
「……それは、大変ですね」
「その状況で移植が成功する話など聞いた事かありません」
 ミラーの言葉はもっともだ。
 一度切り離された目をもう一度繋ぎ治す、しかも他人の目を入れるなんて聞いた事がない。
「それがな、知り合いにパーツさえあればなんでも『復元』出来るやつがいて……馬鹿げてるよな」
 溜息を付くりょうに、羽澄と桐伯が続ける。
「彼の事ね……」
「それでお互いが解るなんて、因果な事ですね」
「まあ、今みたいな時は便利だけどな」
 あくまでも軽い口調で続けるが、その時はもうさっきのような追い詰められた様子は感じられなかった。
「話を元に戻すけど。返り討ちにあって俺のほうが重症だったからな、それで傷害やらなにやら色んな罪状をくっつけて刑務所に入れられたんだ」
 メモには当時あっただろう事件が、小さな三面記事にコピーされている。
 殺人未遂に家宅侵入。
 器物破損に窃盗罪。
 更には公務執行妨害まで付いている。
 確かにつけれる罪状はなんでも付けたという感じだ。
「まあ出所後は全員知っての通りだな」
 一通り話してから、手元にあったコーヒーをグッと煽ってから全員を見渡す。
 つまり、どうするかを待っているのだろう。
 マグカップを手に取り、少し冷めた紅茶を一口。
 答えはもう決まっていた。
「次に何処で動くかを考えましょうか?」
「お手伝い致します」
 資料を調べ始める羽澄をミラーがサポートする。
「こっちから探すのはどうでしょう。どこか行動の拠点にしている場所とかあるかも知れませんし、食事もしてるはずだと思います」
「そうね! それも当たってみるわ」
「こちらからおびき出すという手もありますよ、せっかくここに盛岬さんがいる事ですし」
 めまぐるしい勢いで進めていく話に、りょうが黙り込む。
 ちなみに桐伯の言葉でが原因ではないようなのであしからず。
「どうしたんですか?」
「いや……行動的だなあと思っただけだ」
 頭を押さえるりょうに全員が顔を見合わせる。
 私怨だなんだと言っていた事から一人でも追いかける気だったのかも知れないが、『S』の事を知ってしまった以上今さらだろう。
 誰だって、犯罪を許せない気持ちは同じだ。
「行動的って言うけど、どうするつもりだったの」
「………は、走る?」
 何も考えていない事がハッキリと解る言葉だ。
「論外ですね」
「サカサキさん、一人では捜索範囲が広すぎるので不可能では無いかと思います」
「あのっ、でも大丈夫ですよ。みんなで探せばすぐに見つかります」
 みなもになぐさめられ、なんだか更に落ち込んだような気がするりょうはさておき『S』をどうやって探すかを話し合う事になった。
「おびき出すって言うのはいい手よね」
「サカサキさんは『S』が近くにいれば解るようですし」
「要するにおとりになれって事か……」
「他に誰か協力者とかがいる可能性はないのでしょうか?」
 あれだけの回数を重ねているのだから、そう考えてもおかしくはない。
 そう考えたのだ。
「それは平気だと思いますよ」
 桐伯の口調は自信はありそうではあったが、まだその理由が解らない。
「それは何故ですか?」
「私がみなもさんを助けた時に、他に誰かがいたら出てきていてもおかしくない筈ですからね」
「それもそうね……じゃありょうを囮に立てる事で決定するけど、見張りの私たちがいるだろう事は絶対にばれると思うから、何か決め手が必要よね」
「……決定?」
 ぼそと呟くりょうに間髪入れずに桐伯がニコリと微笑む。
「今さらなんですか?」
「…………なんでもない」
 それはさておき、まだ何かが足りない気がするのは確かだ。
 だから、考えたのだ。
 自分に出来る事はやろうと。
「あのっ、あたしにもお手伝いさせてください!」
「え?」
 みなもの言葉に驚きの声を上げる。
「あたしも一緒にいればきっと狙う確率は上がると思うんです、だから………」
「そんな危険な事させる訳にいくかよ」
 りょうが止める気持ちは解らないではない、だが……他に犠牲が出るなんて耐えられない。
「お願いします、足手まといにはなりませんから」
「そうじゃなくて……」
「あたしが今できる事をしたいんです」
 真剣なみなもの言葉に、りょうが黙り込む。
「そうね、お願いしてもいい? みなもちゃん」
「羽澄ッ!?」
 動揺するりょうをどう説得しようかと思ったが……。
「そんなに心配なら盛岬さんが全力で守ればいいんじゃないですか?」
「………なっ!!?」
「サカサキさん、俺も命令さえいただければ全力でサポート致します」
 単純に多数決で言うならこの作戦は可決だろうが、全員の意見が一致してないと危険だ。
「大丈夫です、あたし頑張りますから」
 追い打ちとしか言いようのないみなものひと言に、りょうが頷いたのは直ぐ後の事である。



 多少強引な手だが次に『S』が現れる地点を予測して、みなもとりょうの二人で先回りをする事になったのだ。場所は駅前のロータリーやタクシー乗り場で開けていて人通りも多い場所。
 みなもの姿を目撃させた後にりょうが挑発して、予定の場所までおびき寄せる。
「大丈夫か?」
 タバコを取りだし、勝手に火のついたそれをくわえる。これは別にちょっと一服とかではなく、彼の持つ超能力を高めるためなのだそうだ。
「はい、行ってきます」
 りょうに手を振り、人混みに混ざってファーストフードやコーヒーショップが連なる方へと歩き始めた。
 予想された『S』の手順ではターゲットに強烈な殺気を感じさせて、自宅に駆け込ませたりみなものようにその場から離れさせる事を目的としているから、ここでは襲われない筈なのである。
 それにりょうも側にいるのだから……。
「ーーーーっ!?」
 全身に、痛いほどの殺気を感じ目眩すら感じる。
 居る、近くにいる。
 『S』だ。
 後はりょうが予定通りに『S』を見つけだして、二人しておびき出せばいい。
 そこでなら被害は最小限に抑えられるし、みなもの力も発揮できる。
 だが、相手もそれは予測の範疇だったらしい。
「うそっ……」
 みをかき分け、みなものほうに向かって一直線に『S』が歩いてくる。
 恐怖を感じ後ずさりながら、手にしたペットボトルへと手を伸ばす。
「はやくっ!」
 だが、手が震え蓋が開かない。
 その間にも『S』はみなもの前で立ち止まり、聖書を取り出す。
「あの男と組んだ事を悔やむがいい」
 直感だけで理解する。
 『S』は……異能者を憎んでるだけじゃない、きっとりょうを傷つけるために行動しているのだ。
 何て身勝手な逆恨み。
「あたしは、絶対に負けません!」
 叫ぶのと『S』に何かがのし掛かるのは同時だった。
「無事か、みなも!?」
「……はい」
 モーター音を響かせた大型バイクがためらうことなく『S』にのし掛かっている。
 そんな事を考える状況じゃない事は確かだが、ためらわずに轢こうとするりょうも、それを本だけで防ぐ『S』も普通じゃありえない。
「ーーーーーっ!」
「おっと!!」
 バイクがバランスを崩す前にりょうは体勢を立て直しながら前輪を着地させる。
 『S』がりょうを睨み付けた瞬間に二台目のバイクが横をすり抜け、みなもを抱え上げバイクを発車させた。
「ミラーさん!」
「動かないでください、バランスが崩れます」
 いたって冷静なミラーとは真逆に、りょうが思い切り怒鳴る。
「左目もえぐられたくなかったら、負け犬見てーにしっぽ振ってきゃんきゃん鳴いてろや!!」
「貴様ぁ!!」
 本を振りかざす直前に、ようやくペットボトルの蓋が開く。
「ナイス、思い切りかけてやれ」
「は、はい!」
 思わずその言葉に従って力を行使する。
 確かな意志を持ったその水は『S』の直前まで流れ出て派手な水しぶきを上げて弾けた。
 バシンッッ!!!
 凄くいたそうな音がして『S』が顔を押さえて仰け反る。
「ぐあ!!!」
 威力的には消防車の放水を浴びた程度だと言えばご理解いただけるだろうか。
「サイコー! わーははははは!!!」
 この笑い声を聞いて、『S』は絶対に追ってくるに違いないと思った。

 予定の廃ビル前でバイクを降り中へと駆け込む。
「助かったミラー、みなもを頼む」
 同じようにバイクで到着したりょうの後に続き、建物の中へと進んた。
 がらんとした内部は、コンクリートがむき出しになっていてそこそこの広さもある。
 この分なら多少暴れても問題ないという意味がよく解った、それに……ここならみなもの力も最大限に生かせる筈だ。
「解りました、計画は予定通りに進んでいるようですね」
「そっちは大丈夫か」
 満足そうに、新しいタバコに取り替え空へと紫煙を昇らせる。
「はい、すぐに」
 携帯電話を取りだし、連絡を入れる。
「無地に到着致しました、『S』も予定通りこちらへ向かって………! サカサキさん!!!」
 ミラーの忠告とドンという鈍い音は同時だった。
「ーーーーっ!」
 肩から腕にかけて深々と三本のナイフが突き立っていて、思わず駆け寄ろうとするみなもをりょうが拒んで立ち上がる。
「くるなっ! 狙われてるのは俺だ、だからミラーみなもを連れて中へ行け」
「はい」
 確かに中へ行かないとならないのは事実だ。
「ミラーさん! 盛岬さんも!」
「その命令はすでに受けています」
「へ?」
 立ち止まったりょうの手を取り、ミラーはみなもとりょうの二人を抱えたまま中へと走る。
「お、おい!」
 りょうが藻掻いたが、下ろす気配は全くない。
「固まって逃げたらあぶねぇだろうが!」
「怪我人を残していく方が危険です」
「そうですよ、格好付けも程々にしてください」
 ミラーが足を止める。
 桐伯がここにいると言う事は、目的の場所まで来れたようだ。
「大丈夫!?」
「はい、ですが盛岬さんがケガを」
 ミラーがりょうを下ろすが、相当血が流れているらしく床へと座り込む。
「酷いケガ、今治すから我慢して」


 持っていたハンカチで傷口を押さえながらナイフを引き抜き、羽澄がその歌声で治癒をかけ始めた。
「出来るだけ早くお願いします」
 桐伯とミラーにこの場は任せりょうの治癒に専念する。
「大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかね」
 血は止まったが、流れすすぎている事は真っ赤に染まった服がこれ以上ないぐらいに証明している。
「ーーーーっ!」
 ぞわりと、嫌な気配。
 みれば『S』が黒い聖書を掲げ、その表紙から黒い翼が羽ばたき周囲の空間を歪ませ宙へと舞い上がった所だった。
「飛んだ!?」
「聞いてませんよ、あんな事ができるなんて」
「俺も始めて見た」
「私に任せて!」
 羽澄の歌声がビリビリと周囲の空気すら振動させ、翼を大きくひしゃげさせた。
「くっ……肉を裂き骨を砕くかぎ爪を求める」
 落下の速度そのままに、手にしたかぎ爪を振り下ろすが……桐伯に届く前にミラーの蹴りが背中に叩き込まれ壁へと打ち付けられる。
 叩き付けられた壁にひびが入るほどの威力をあたえたのに、『S』がまだ動こうとする。
 鋼糸で腕を束縛するが、首だけは本で守っていた。
「動くと腕が落ちますよ」
 本気である事は、括られている『S』がよく解っているはずなのに、ニィと笑う。
「そいつはやばい!」
 りょうが忠告する声と、腕が千切れるのも構わずに前へ進んだのは同時だった。
 桐伯が後ろに飛び、ミラーがみなもを庇い、りょうが羽澄を庇うように障壁を張る。
「腕が!」
「信じられない………」
 ボタボタと大量の血をまき散らしながら薄い笑みを浮かべ、回りを見渡す。
「歌え羽澄! みなもを頼む」
「!!」
 ミラーの代わりに護衛を務めながら、みなもを庇う様に前に立つ。
「もう少し耐えて、みなもちゃん。後でとびっきりのを期待してるから」
「はい!」
 何があるか解らないから、むやみには近づけない。
「二人がかりで焼き払うってのは駄目か?」
 桐伯もりょうも火を生み出し操るすべを持つが、あの厄介な本にはそれを防ぐすべがあるかも知れない。
 だが……。
「やってみる価値はあるかも知れませんね」
「よし!!」
 ゴウッと、両腕に火炎を出現させるりょうの目を盗みミラーに耳打ちする。
「私が目くらましをしますから、そしたら盛岬さんを『S』に向かって投げてください」
「……いいのですか? 近寄るのは……」
「お願いします」
 鋼糸を回りに放ち、それらすべてにくまなく火を灯していく。
「火の眷属をうち砕き……」
 火炎使いだと悟り、その対抗するすべを使う『S』の周囲を舐めるように炎が渦巻く。
「ミラー? っておい!」
 その間にりょうの元に駆けつけ、桐伯が言ったとおりに『S』を目掛けて軽々と持ち上げる。
「申し訳ありません」
 謝るミラーに続き、桐伯がニコリと笑う。
「骨は拾ってあげますから」
「ーーーーっ!?」
 思い切り投げつけられ、鋼糸は避けていたが炎は突き抜けている。
 まあ火を操る能力はあるから大丈夫だろう。
「くそっ!」
 意を決して方向転換し、殴りかかる事に決めたようだがまだ甘い。
 りょうが振り下ろした拳を本で受け止めなぎ払うが、そこに頭上高く飛び上がっていたミラーが飛びかかる。
 ドッ!
 千切れた腕の死角を突いたいい攻撃だ。
 ふらついた『S』に畳みかけるようにりょうが足を払い、今度こそ桐伯の鋼糸が首へと絡みつき締め上げる。
「よしっ!!!」
 これで身動き一つとる事はおろか、ひと言を発する事は不可能だ。
 だが……泡を吹きかけた口元がまだ醜くく歪む。
「二人とも離れて!!!」
 ミラーとりょうがその言葉に従うよりも早く、滴り落ちていた血液がぞわりと波打ち血煙を立ち上らせる。
「ーーーっ!」
 間近にいた二人が膝を付き、桐伯も酷い息苦しさに集中が途切れ緩んだ鋼糸を『S』が体から引きはがした。
「この体に流れる血は猛毒だ、何度呼吸した? 時間が立つたびに……テメェらの体を破壊していってんだ……ははっ、ははははは!!!」
「くそっ!」
 『S』の足にしがみついたりょうを蹴り飛ばし、全員動けないのを確認してから、真っ直ぐに羽澄とみなものほうへと向かう。
「無力さを悟れ!」
「に、にげ……ごほっ」
 うずくまったみなもに伸ばしかけた手を、羽澄が払いのけた。
「なに!?」
「お待たせ、みなもちゃん」
「はい!」
 今までで一番ハッキリとした声で頷き『S』を見据える。

 ドンッッッ!!!

 建物全体を揺るがす衝撃を伴い、下から突き上げた水が『S』の体をなぎ払い壁へと叩き付けた。
 これを狙うために、廃ビルの中でも地下水脈が流れている場所を選んだのだ。
「っがぁぁぁ!!!」
 全身を圧迫されながら、なお黒い聖書を見据えた瞬間。
 パシン!
 羽澄の放ったしなやかで細い鞭が本をはじき飛ばした。
「残念だったわね、これで終わりよ」
 飛んできた本を受け取り、鮮やかに笑う。
「な、なぜ……」
 呻く『S』にあっさりと立ち上がった桐伯が続ける。
「あなたの血が何かある事ぐらいお見通しですよ、そうでなければ腕をちぎる必要はない」
「………元々毒が効きにくい体質ですから」
 あっさりと立ち上がったミラーがりょうを支え起こし、羽澄のほうへ向かう。
「私たちも大丈夫だけど……」
 羽澄が歌う事でしっかりとガードしていたのだ。
 もっとも、何もしてないりょうはそうはいかないだろう。
「大丈夫ですか!?」
 みなもが心配そうにのぞき込むが、渋い顔をして顔を縦に振る。
「……俺凄い効いたんだけど」
「それは一人ぐらい本当にそうなった人が居た方がいいでしょう」
 恨みがましいりょうの視線に、桐伯がサラリと答えた。
「ほら、しっかりして」
「うう、無理……」
「盛岬さん、しっかりしてください」
 ふらつくりょうに羽澄が治癒を掛け始めながら、そろそろ頃合いだと顔を上げる。
「そろそろ警察が来るわ」
 ここに来る前に、事前に連絡をして置いたのだ。それにこれだけ大きな音を立てれば、ほおって置いたって警察も飛んでくるだろう。
 今度こそ動けないようにしっかりと鋼糸で締め上げておく。
「後はこのまま引き渡せば一段落です」
 それが、まるで確かめるような口調なのは……座り込んだままのりょうが品定めでもするかのような視線で、『S』を真っ直ぐに見ていたからだった。
「いいぜえ、殺せよ!!! 前に俺の目をえぐったみてーに殺せばいい! ぎゃはハハハはハハハは!」
 嘲笑う『S』の不愉快な言葉に、りょうがふらりと立ち上がり一歩を踏み出す。
 もしかしたら………そんな事を考えてしまう表情だった。
「ここは日本よ。例え憎くても法がある以上守らなくてはならない」
「俺は………」
 強く強く握った拳を、みなもが上から抑えて止める。
「駄目ですよ、盛岬さん」
「………私だって、殺したい人はいるわ」
 『S』から視線をそらし、上を見上げた。
「やらねぇよ……俺は……」
 そしてそのまま崩れ落ち、ミラーに受け止められる。
「流石に無理をさせましたか、どうですか?」
「毒も受けていますし、腕の骨もひびが入っているようですから、病院に運んだ方がいいかと思われます」
「でももう少し耐えて貰いましょ、警察に現行犯で逮捕して貰うためにもね」
「まあそれなら盛岬さんも本望でしょう」
 そんな薄ら寒い会話があったおかげで、りょうが病院に運ばれたのはもう少し先の話だ。



    【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1632 / ミラー・F / 男性 / 1 / AI 】

オリジナルNPC
【盛岬・りょう / 男性 / 27 / 過去起きた異能狩り事件の関係者 】
【ナハト・S・ワーシュネー / 男性 / 異能狩りと呼ばれる事件の犯人 】


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■         ライター通信          ■
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ご参加下さり、まことにありがとうございます。
シリアスで進行しましたが、如何でしたでしょうか?

他の方の作品も合わせて読むと話の全容が見えてくると思いますので、
よろしければそちらも読んでいただければ幸いです。