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その名は『S』と定義づける
「異能狩り……か」
草間 武彦はいくらかの書類を机に広げていく。
被害者、場所、時間どれも普通の警察から見れば共通点のない筈の物は、ここでは容易に一本の糸に繋ぐ事ができた。
全員、純粋な人ではないのである。
この町には、人以外の存在も数多く暮らしている。彼もしくは彼女らは、まれに問題を起こす物もいるが……大半は大人しく暮らしいてるのだ。
だから人に交ざっても気付かないし、人よりもっと上手くやれている場合もある。
つまり、犠牲者にはなんの罪もないのだ。
「ああ、刑務所から出て来やがったんだ。後から知り合いに聞かされた」
苦々しく呻く彼の名は盛岬りょう(さかさきりょう)。一昔前に異能事件に関わり、その主犯ナハト・S・ワーシュネーを自らを犠牲にして法の裁きにかけさせた人間だ。
「まあ、なんだ。盛岬が一番恨みを買っているだろうからな注意だけはしといてくれ、行動も挑発めいている」
「……そしたら、今度は決着でもなんでも付けてやるよ」
もう二度と哀しき犠牲者を出さないためにも。
【自宅】
パソコンのキー叩きながら、気になっていたのは最近の事件の事。
眉をひそめた光月羽澄(こうづき・はずみ)は呟く。
「多すぎる」
人ではない者を狙った事件。
それはネット社会でも目にしていたし、バイト先の胡弓堂ではよく耳にする話題でもあるのだ。
それに、よく知る人間の関わる事件とも言える。
ほんの少しずつ、軽口を叩くように話していた事ではあったが……こうして事件が起こり始めてから、調べるのを手伝って欲しいとかかってきた電話は違った。
別人かと思って驚いた程である。
調べた結果をメールで送信し、念のために電話を入れておく。
『羽澄か、もう出来たのか?』
「もちろん、メールで送ったから」
『サンキューな』
今は普通に感じられたが、それもあまり信用は出来そうになかった。
何か声をかけようと思ったが、それも違う気がして止める。
何かを口にするよりも、きっと少しでも早くこの事件を解決した方がいい気がしたのだ。
「沢山の人が襲われてるわね。5日しかたっていないのに、もう二桁よ」
「ああ……羽澄はどう思った」
不意にかけられた質問の意図が解りかねたが、すぐに事件の事だと解釈する。
「酷い事件、時間も場所もバラバラで……見かけ次第手を出してる気がする」
時間も場所も選んでいない、衝動的で酷く大胆な犯罪なのに、恐るべき慎重さも持ち合わせているらしく証拠は残っていないのだ。
この犯人自体も何らかの能力者と考えていいだろう。
そうでなければ、とっくに警察に捕まってていいはずだ。
「そう言う奴だからな」
僅かにノイズが混ざった。
まるで、強く受話器を握りしめたような音。
「りょう?」
『……捕まえたい、絶対に』
低い声には、深く考えなくても怒りを感じている事が解る。
「私もよ」
『………………』
受話器の向こうから、深呼吸する音が聞こえた。
『経過報告助かった、また頼むな』
その後の声は、もういつもと何も変わる事のない口調に戻っている。
だから羽澄も何も聞かずそれに逢わせた。
「解ったわ、また何か解ったら直ぐ連絡するから」
『じゃあまたな』
あっさりと切れた電話を充電器に戻し、再びキーボードに向かう。
怒っているのはりょうだけじゃない、こうして事件を調べている羽澄にとってもこれは許せない事件だった。
無抵抗な相手や、力のない者を狙うなんて絶対に許す事は出来ない。
再びパソコンと向き合い、今まで以上の早さでキーボードを叩き始める。
翌日。
また幾つか増えた事件を逢わせて考えていると……僅かだが解った事があった。
流石に一度事件を起こした場所では行っていないし、それに目にする人を端から狙っているなら逆に考えればターゲットを見つけやすい場所や時間とかもあるはず。
例えば……今のような買い物時や、学校からかえる時間帯。
「大変!」
今までの事件現場から、遠すぎず離れすぎない場所で次に事件が起こりそうな場所を予測する。
「もうこんな時間!?」
現在4時15分。
急いで知らせないとまた犠牲者が増える事になってしまう、それ以上にもう誰かが襲われているかも知れないのだ。
携帯電話を取り出し電話をかける。
「もしもし」
『はい……』
「急いで、次に狙われるのは……」
『それなら保護した』
「え?」
一瞬驚きはしたが、すぐに気を取り直す。
「どういう事?」
『探偵事務所に情報関係が強い奴がいて、そいつに資料を見せたら予測したんだ。危ない所で……運良く保護できてな』
「もっと早く教えてよね」
僅かな時差とは言え、こういう場合に情報の欠如は命取りになりかねない。
今のようにそれほど重要な話題なら尚更だ。
『悪い、とにかく詳しく説明するから草間探偵事務所に来てくれ』
「解った、後でちゃんと説明して貰うから」
出かける支度を整えながら、電話を切る。
忙しいのは、これからだ。
急いで草間興信所へ駆けつけ、すでにりょうが言っていた人物は揃っていた。
ミラー・Fに九尾桐伯(きゅうび・とうはく)それに……海原みなも(うなばら・みなも)だ。
「みなもちゃんが狙われたの!?」
「そうだ、なんとか間に合って……」
りょうを押しのけ、みなものほうへと駆け寄る。
「大丈夫、みなもちゃん?」
「はい、九尾さんに危ない所を助けていただきましたから」
「たまたま通りかかったからよかったのですが、危ない所でしたね」
確かに、あの場に桐伯が通らなかったら……彼女も犠牲者の中に名前を連ねていたに違いない。
「そろそろ説明をしていただいてよろしいですか、サカサキさん?」
「あたしもどうして襲われたのか知りたいです」
「そうね、まだ解ってない事も多すぎるし」
自然と視線がりょうに集まり、説明されるのを待つ。
「そうだな、まずは……いま異能狩りと言って、人以外の特殊な能力を持った者が次々と狩られてる事件が起きてるんだ。その犯人がさっきあった奴だな」
「……話したら止めてくれませんでしょうか?」
「出来ると思うか?」
みなもは首を左右に振る。
まだ姿を確認していないから何もいえないが、これまでの犯罪の躊躇の無さから考えても説得は無理だろう。
「どうしていままで捕まらなかったんですか?」
「一度は捕まったけどな、刑務所から出てきて……早速あれだ。9年前から全然変わってない」
苛ただし気な口調。
「先ほどから思っていたのですが、知り合いのようですね」
桐伯の言葉に、思い出したようにりょうが付け加える。
「言ってなかったな、あいつ……ナハト・S・ワーシュネー、通称『S』は昔にも似たような事件を起こしてるんだ」
「それがこの書類ですか?」
ミラーが出した資料をりょうが受け取る。
「ああ、その時狙ってたのは俺の恋人だったんだ」
あっさりした口調からは信じられないような内容だった、話は聞いていたがこうもあっさり話すとは羽澄も思わなかった。
確かに時間がないと焦る気持ちは解るが……。
「りょう……」
眉をひそめるが構わずりょうが続けた。
「羽澄は調べて貰う時にも話したから知ってるだろうけど、もう一回話しとく。聞いてない人のほうが多いからな『S』の事を知って……それからどうするかを決めてほしい」
全員がうなずいたのを確認してから、古くなって変色した小さなメモを指でトンと叩く。
「大体想像は付いてるだろうけど、彼女は『S』に殺されてる。だから………俺があいつを捕まえたいのは私怨だ」
うつむいて、手にしたメモを強く握りしめる。
「『S』は……9年前と無全然変わって無いどころか、挑発めいて事件を起こしてる!」
数秒黙り込むが、それでもどうにか深呼吸をしてから話を元に戻そうとする。
今すぐにかけるよりも、落ち着くまでまった方がいいと思ったのだ。
「わるい、ええと……」
「一つよろしいですか?」
桐伯の言葉に、りょうが顔を上げる。
「『S』は、どうして人を殺したにもかかわらずそんな短い時間出ててこれたんです?」
「ああ、それは……彼女が人じゃないからだ」
「そんな……」
みなもの言葉に、慌ててりょうが付け加える。
「法律じゃ死体がない殺人事件は認められないんだ。それに人の世界に来たばかりで戸籍もなかったからな。」
「警察ではどうにもならなかったのよね……本当に厄介、法律って」
理由は解ったが、気になったのはりょうのほうだ。
「あの……」
「どうし……? 言い方が悪かったか? 気を悪くさせたら済まなかった」
「いえ、そうじゃなくて……」
ためらいがちにみなもが言葉を濁していたが、何かを決意したように後を続ける。
「なんだか盛岬さんはとても無理をしているように感じられます」
それは、誰もが感じていた事でもあった。
「そうですね、今のあなたは誰が見たって動揺してる事ぐらいは解ります」
「気持ちは解るけど……私もそう思う」
核心を付いていただろう指摘にりょうが眉を寄せるが、大きく溜息を付く。
「………こっちは必死だってのに、だいたい俺一人の感情に構ってる時間なんか無いだろ?」
「いいえ。その心理状態では『S』に遭遇した場合動揺して危険が及ぶ確率が高くなります」
冷静すぎるミラーに、りょうがハッキリと解るぐらい肩を落とす。
「人がせっかく真面目に話をしてるのに……」
「あっ……ごめんなさい」
素直に謝るみなもに………。
「それは無理なような気がするわ」
「らしくない事をすると疲れますよ」
「もう少し肩の力を抜かないと、全力を出す事は不可能なのでは?」
三人からはまさに総突っ込み。
「人をなんだと思ってるんだ……?」
その疑問には、ハッキリと答えようがなかった事だけは言っておく。
とりあえず仕切り直しをして、りょうが話を元に戻す。
「それでだな、あー……」
さっきと変わらない口調だが、大分落ち着いているようには見えるからもう平気だろう。
「どうやって『S』を捕まえたのですか?」
ミラーの問いに、それが本題だというようにはっきりと顔を上げた。
「そう、それだ」
バサリと握りつぶしかけていたメモをテーブルの上に広げる。
「知り合いとかの手も借りて必死に追っかけたんだ、もちろん復讐するつもりでな」
「じゃあ、あの傷は……」
「傷? ああ、目か……まだ残ってたんだな」
「あの場にあなたが来る直前に『S』は目を押さえていました」
「確か、サカサキさんも目が痛んだようでしたが」
「やはり関係があるんですね」
桐伯の指摘に、りょうはニッと笑う。
「関係は大ありだろうな、奴の目を盗ってやった時に俺も目を怪我して……それが何の因果か、治して貰った時にあいつの目が入ってんだ」
「……それは、大変ですね」
「その状況で移植が成功する話など聞いた事かありません」
一度切り離された目をもう一度繋ぎ治す、しかも他人の目を入れるなんて聞いた事がない。
「それがな、知り合いにパーツさえあればなんでも『復元』出来るやつがいて……馬鹿げてるよな」
溜息を付くりょうに、羽澄と桐伯が続ける。
「彼の事ね……」
「それでお互いが解るなんて、因果な事ですね」
「まあ、今みたいな時は便利だけどな」
あくまでも軽い口調で続けるが、その時はもうさっきのような追い詰められた様子は感じられなかった。
「話を元に戻すけど。返り討ちにあって俺のほうが重症だったからな、それで傷害やらなにやら色んな罪状をくっつけて刑務所に入れられたんだ」
メモには当時あっただろう事件が、小さな三面記事にコピーされている。
殺人未遂に家宅侵入。
器物破損に窃盗罪。
更には公務執行妨害まで付いている。
確かにつけれる罪状はなんでも付けたという感じだ。
「まあ出所後は全員知っての通りだな」
一通り話してから、手元にあったコーヒーをグッと煽ってから全員を見渡す。
つまり、どうするかを待っているのだろう。
それぞれがホッと息をしたり紅茶を飲んだりして、自分の思考をまとめる。
答えはもう決まっていた。
「次に何処で動くかを考えましょうか?」
「お手伝い致します」
資料を調べ始める羽澄をミラーがサポートする。
「こっちから探すのはどうでしょう。どこか行動の拠点にしている場所とかあるかも知れませんし、食事もしてるはずだと思います」
「そうね! それも当たってみるわ」
「こちらからおびき出すという手もありますよ、せっかくここに盛岬さんがいる事ですし」
めまぐるしい勢いで進めていく話に、りょうが黙り込む。
ちなみに桐伯の言葉でが原因ではないようなのであしからず。
「どうしたんですか?」
「いや……行動的だなあと思っただけだ」
頭を押さえるりょうに全員が顔を見合わせる。
私怨だなんだと言っていた事から一人でも追いかける気だったのかも知れないが、『S』の事を知ってしまった以上今さらだろう。
誰だって、犯罪を許せない気持ちは同じだ。
「行動的って言うけど、どうするつもりだったの」
「………は、走る?」
何も考えていない事がハッキリと解る言葉だ。
「論外ですね」
「サカサキさん、一人では捜索範囲が広すぎるので不可能では無いかと思います」
「あのっ、でも大丈夫ですよ。みんなで探せばすぐに見つかります」
みなもになぐさめられ、なんだか更に落ち込んだような気がするりょうはさておき『S』をどうやって探すかを話し合う事になった。
「おびき出すって言うのはいい手よね」
「サカサキさんは『S』が近くにいれば解るようですし」
「要するにおとりになれって事か、まあいいけど……」
「他に誰か協力者とかがいる可能性はないのでしょうか?」
みなもの意見ももっともだ。
あれだけの回数を重ねているのだから、そう考えてもおかしくはない。
「それは平気だと思いますよ」
桐伯の口調は自信はありそうではあったが、まだその理由が解らない。
「それは何故ですか?」
「私がみなもさんを助けた時に、他に誰かがいたら出てきていてもおかしくない筈ですからね」
「それもそうね……じゃありょうを囮に立てる事で決定するけど、見張りの私たちがいるだろう事は絶対にばれると思うから、何か決め手が必要よね」
「……決定?」
ぼそと呟くりょうに間髪入れずに桐伯がニコリと微笑む。
「今さらなんですか?」
「…………なんでもない」
それはさておき、まだ何かが足りない気がするのは確かだ。
「あのっ、あたしにもお手伝いさせてください!」
「え?」
みなもの言葉に流石に驚きの声を上げる。
「あたしも一緒にいればきっと狙う確率は上がると思うんです、だから………」
「そんな危険な事させる訳に行くかよ」
りょうが止める気持ちは解らないではない、だが……それは有効な手だ。
「お願いします、足手まといにはなりませんから」
「そうじゃなくて……」
「あたしが今できる事をしたいんです」
真剣なみなもの言葉に、りょうが黙り込む。
「そうね、お願いしてもいい? みなもちゃん」
「羽澄ッ!?」
動揺するりょうをどう説得しようかと思ったが……。
「そんなに心配なら盛岬さんが全力で守ればいいんじゃないですか?」
「………なっ!!?」
「サカサキさん、俺も命令さえいただければ全力でサポート致します」
単純に多数決で言うならこの作戦は可決だろうが、全員の意見が一致してないと危険だ。
「大丈夫です、あたし頑張りますから」
追い打ちとしか言いようのないみなものひと言に、りょうが頷いたのは当然の事だろう。
二人が来るまでの間、色々建物の中の位置を確認して置いたり建物内でのトラップもかねて桐伯が鋼糸を張り巡らせていた。
その横で羽澄が細かい最終的な打ち合わせをしている。
『解った、動いたら連絡頂戴』
『はい』
『それとみなもちゃんは当然だけど、りょうも守ってね』
『はい』
パチンと携帯を閉じ、いつでも取り出せる位置に片づける。
「もうすぐ来るみたい」
「私は大丈夫です、羽澄さんはどうですか?」
「何時でもいいわ、『S』ってどんな様子だった?」
「まだ見てないんですよね、そう言えば」
少し考え、言葉を選んで後を続けた。
「神父の服を着て、右目が無い男ですが印象に残ったのは無事だった左目のほうですね……あまり目を合わせない方がいい」
「そう……」
うつむき加減に答えるが、すぐに顔を上げ今やるべき事に集中する。
携帯電話の振動音。
「はい」
『無地に到着致しました、『S』も予定通りこちらへ向かって………! サカサキさん!!!』
「早い!」
走る桐伯の後に続きながら、羽澄は必死で状況を確認する。
「どうしたの、何があったの!?」
だが会話にならない、急いだ方がいいと羽澄も走る事に専念しながら持ってきていた鞭を手に取り前を見据えた。
すぐに原因が解る。
桐伯が予定した地点で足を止めたすぐ後に、ミラーがみなもとりょうを抱えて走ってきた。
「固まって逃げたらあぶねぇだろうが!」
「怪我人を残していく方が危険です」
「そうですよ、格好付けも程々にしてください盛岬さん」
桐伯の声に、ミラーが足を止める。
不意を付かれケガをしたらしい。
「大丈夫!?」
「はい、私は大丈夫ですが盛岬さんがケガを」
ミラーがりょうを下ろすが、相当血が流れているらしく床へと座り込む。
腕に刺さったナイフは、想像以上に深い。
「酷いケガ、今治すから我慢して」
持っていたハンカチで傷口を押さえながらナイフを引き抜き、羽澄がその歌声で治癒をかけ始めた。
「出来るだけ早くお願いします」
桐伯とミラーにこの場は任せりょうの治癒に専念する。
「大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかね」
血は止まったが、流れすすぎている事は真っ赤に染まった服がこれ以上ないぐらいに証明している。
「ーーーーっ!」
ぞわりと、嫌な気配。
始めて、『S』と呼ばれる男の姿を目にした。
鈍い背中まで伸ばした金の髪を背中でひとまとめにした、神父の格好をした男。
確かに右目があるはずの部分には何かにえぐり取られたような傷痕だけで、真っ暗な穴が開いている。
「飛んだ!?」
みれば『S』が黒い聖書を掲げ、その表紙から黒い翼が羽ばたき周囲の空間を歪ませ宙へと舞い上がった所だった。
「聞いてませんよ、あんな事ができるなんて」
「俺も始めて見た」
「私に任せて!」
羽澄の歌声がビリビリと周囲の空気すら振動させ、翼を大きくひしゃげさせた。
「くっ……肉を裂き骨を砕くかぎ爪を求める」
落下の速度そのままに、手にしたかぎ爪を振り下ろすが……桐伯に届く前にミラーの蹴りが背中に叩き込まれ壁へと打ち付けられる。
叩き付けられた壁にひびが入るほどの威力をあたえたのに、『S』がまだ動こうとする。
鋼糸で腕を束縛するが、首だけは本で守っていた。
「動くと腕が落ちますよ」
本気である事は、括られている『S』がよく解っているはずなのに、ニィと笑う。
「そいつはやばい!」
りょうが忠告する声と、腕が千切れるのも構わずに前へ進んだのは同時だった。
桐伯が後ろに飛び、ミラーがみなもを庇い、りょうが羽澄を庇うように障壁を張る。
「腕が!」
「信じられない………」
ボタボタと大量の血をまき散らしながら薄い笑みを浮かべ、回りを見渡す。
「歌え羽澄! みなもを頼む」
「!!」
ミラーの代わりに護衛を務めながら、みなもを庇う様に前に立つ。
「もう少し耐えて、みなもちゃん。後でとびっきりのを期待してるから」
「はい!」
何があるか解らないから、むやみには近づけない。
「二人がかりで焼き払うってのは駄目か?」
桐伯もりょうも火を生み出し操るすべを持つが、あの厄介な本にはそれを防ぐすべがあるかも知れない。
だが……。
「やってみる価値はあるかも知れませんね」
「よし!!」
ゴウッと、両腕に火炎を出現させるりょうの目を盗みミラーに耳打ちする。
「私が目くらましをしますから、そしたら盛岬さんを『S』に向かって投げてください」
「……いいのですか? 近寄るのは……」
「お願いします」
鋼糸を回りに放ち、それらすべてにくまなく火を灯していく。
「火の眷属をうち砕き……」
火炎使いだと悟り、その対抗するすべを使う『S』の周囲を舐めるように炎が渦巻く。
「ミラー? っておい!」
その間にりょうの元に駆けつけ、桐伯が言ったとおりに『S』を目掛けて軽々と持ち上げる。
「申し訳ありません」
謝るミラーに続き、桐伯がニコリと笑う。
「骨は拾ってあげますから」
「ーーーーっ!?」
思い切り投げつけられ、鋼糸は避けていたが炎は突き抜けている。
まあ火を操る能力はあるから大丈夫だろう。
「くそっ!」
意を決して方向転換し、殴りかかる事に決めたようだがまだ甘い。
りょうが振り下ろした拳を本で受け止めなぎ払うが、そこに頭上高く飛び上がっていたミラーが飛びかかる。
ドッ!
千切れた腕の死角を突いたいい攻撃だ。
ふらついた『S』に畳みかけるようにりょうが足を払い、今度こそ桐伯の鋼糸が首へと絡みつき締め上げる。
「よしっ!!!」
これで身動き一つとる事はおろか、ひと言を発する事は不可能だ。
だが……泡を吹きかけた口元がまだ醜くく歪む。
「二人とも離れて!!!」
ミラーとりょうがその言葉に従うよりも早く、滴り落ちていた血液がぞわりと波打ち血煙を立ち上らせる。
「ーーーっ!」
間近にいた二人が膝を付き、桐伯も酷い息苦しさに集中が途切れ緩んだ鋼糸を『S』が体から引きはがした。
「この体に流れる血は猛毒だ、何度呼吸した? 時間が立つたびに……テメェらの体を破壊していってんだ……ははっ、ははははは!!!」
「くそっ!」
『S』の足にしがみついたりょうを蹴り飛ばし、全員動けないのを確認してから、真っ直ぐに羽澄とみなものほうへと向かう。
「無力さを悟れ!」
「に、にげ……ごほっ」
うずくまったみなもに伸ばしかけた手を、羽澄が払いのけた。
「なに!?」
「お待たせ、みなもちゃん」
「はい!」
今までで一番ハッキリとした声で頷き『S』を見据える。
ドンッッッ!!!
建物全体を揺るがす衝撃を伴い、下から突き上げた水が『S』の体をなぎ払い壁へと叩き付けた。
「っがぁぁぁ!!!」
これを狙うために、廃ビルの中でも地下水脈が流れている場所を選んだのだ。
全身を圧迫されながら、なお黒い聖書を見据えた瞬間。
パシン!
羽澄の放ったしなやかで細い鞭が本をはじき飛ばした。
「残念だったわね、これで終わりよ」
飛んできた本を受け取り、鮮やかに笑う。
「な、なぜ……」
呻く『S』にあっさりと立ち上がった桐伯が続ける。
「あなたの血が何かある事ぐらいお見通しですよ、そうでなければ腕をちぎる必要はない」
「………元々毒が効きにくい体質ですから」
あっさりと立ち上がったミラーがりょうを支え起こし、羽澄のほうへ向かう。
「私たちも大丈夫だけど……」
歌う事でしっかりとガードしていた。
もっとも、何もしてないりょうはそうはいかないだろう。
「大丈夫ですか!?」
みなもが心配そうにのぞき込むが、渋い顔をして顔を縦に振る。
「……俺凄い効いたんだけど」
「それは一人ぐらい本当にそうなった人が居た方がいいでしょう」
恨みがましいりょうの視線に、桐伯がサラリと答えた。
「ほら、しっかりして」
「うう、無理……」
「盛岬さん、しっかりしてください」
ふらつくりょうに羽澄が治癒を掛け始めながら、そろそろ頃合いだと顔を上げる。
「そろそろ警察が来るわ」
ここに来る前に、事前に連絡をして置いたのだ。それにこれだけ大きな音を立てれば、ほうって置いたって警察も飛んでくるだろう。
今度こそ動けないようにしっかりと鋼糸で締め上げておく。
「後はこのまま引き渡せば一段落です」
それが、まるで確かめるような口調なのは……座り込んだままのりょうが品定めでもするかのような視線で、『S』を真っ直ぐに見ていたからだった。
「いいぜえ、殺せよ!!! 前に俺の目をえぐったみてーに殺せばいい! ぎゃはハハハはハハハは!」
嘲笑う『S』の不愉快な言葉に、りょうがふらりと立ち上がり一歩を踏み出す。
もしかしたら………そんな事を考えてしまう表情だった。
「ここは日本よ。例え憎くても法がある以上守らなくてはならない」
「俺は………」
強く強く握った拳を、みなもが上から抑えて止める。
「駄目ですよ、盛岬さん」
「………私だって、殺したい人はいるわ」
『S』から視線をそらし、上を見上げた。
「やらねぇよ……俺は……」
そしてそのまま崩れ落ち、ミラーに受け止められる。
「流石に無理をさせましたか、どうですか?」
「毒も受けていますし、腕の骨もひびが入っているようですから、病院に運んだ方がいいかと思われます」
「でももう少し耐えて貰いましょ、警察に現行犯で逮捕して貰うためにもね」
「まあそれなら盛岬さんも本望でしょう」
そんな薄ら寒い会話があったおかげで、りょうが病院に運ばれたのはもう少し先の話だ。
翌日。
『S』の逮捕という名目上のために、入院しているりょうを見舞うついでに聞いてみた。
「あの時……?」
「あの時?」
オウム返しに聞き返しながら、右目に光が入るのがいやなのか適当にあったハンカチを目に当てている。
なんとなく、引っかかたのだ。
気を失う直前に、おそらく羽澄だけが耳にしただろう言葉。
『俺は………同じだから』とそう聞こえた。
誰と、なのだろう。
私となのだろうか……それとも……。
「やっぱりいい」
「言いかけて止めるな」
「さっさと治療して、事故処理手伝ってよね。大変なんだから」
それを聞くなり、りょうはそそくさとベットに寝直す。
「ちょっと……」
「ああ、なんかいきなり目が見えなくなった。俺はもう駄目だ」
「さっきまで見えてたでしょ、嘘付かないで」
「事情聴取も裁判ももうイヤだ!!!」
「まったく……」
どうやら本当に落ち着いた日常が戻ってくるのは、もう少し先の話になりそうな事は確かである。
【終わり】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー 】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13 / 中学生 】
【1282 / 光月・羽澄 / 女性 / 18 / 高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【1632 / ミラー・F / 男性 / 1 / AI 】
オリジナルNPC
【盛岬・りょう / 男性 / 27 / 過去起きた異能狩り事件の関係者 】
【ナハト・S・ワーシュネー / 男性 / 異能狩りと呼ばれる事件の犯人 】
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■ ライター通信 ■
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ご参加下さり、まことにありがとうございます。
シリアスで進行しましたが、如何でしたでしょうか?
他の方の作品も合わせて読むと話の全容が見えてくると思いますので、
よろしければそちらも読んでいただければ幸いです。
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