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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


口裂け女からのお願い

●オープニング
「へぇー。何だか凄いというか、面白そうというか、本当かな、という微妙な書き込みだねっ♪」
 いつものように、雫が掲示板をチェックしていると、興味を惹かれた書き込みがあった。
『私は口裂け女です。毎年、この時期になると人を驚かしているのですが、ここ数年スランプです。
 誰も驚いてくれないのです。
 最近はもっと怖い話があったりして、怖さに対する耐性が普通の人にできたのかも‥‥。
 それとも、もしかして、私、舐められてるΣ( ̄□ ̄;)!?
 そんなこんなで、再び人に驚かれるよう、誰か私の仕事を手伝って頂けないでしょうか?』
「口裂け女って、マスクしていて、『私、きれい?』と聞く妖怪だよね‥‥」
 まぁ、最近では滅多に聞かない話だ。
 ゴーストネットでも、余りにも古すぎて誰にも相手にされない。
「誰か手伝ってくれないかな? 何だか可哀想‥‥」
 雫は、その場にいた知人達にお願いしたのであった。

●合コンする口裂け女
「はじめまして、口裂け女の紺夕真(コン・ユウマ)です」
 そう挨拶して冴木紫と、花房翠の前に現れた女性は、普通のような普通でない挨拶をした。
 場所は新宿の駅前。
 この季節、赤いコートに口元を覆う大きなマスクは目立つ。噂に聞いた『口裂け女』の格好ではあるが、このままでは些か。
 まぁ、本人は走ってきたせいか、腰まで届く乱れた長い黒髪を、撫で付けて気にしていない様子だ。
「さて、あなたのことなんだけど‥‥。人に驚かれたいのよね?」
 紫は「ちょっと、失礼するわね」と、一言断ってから、煙草に火をつける。煙を深く吸い込み、薄く開けた紅の妖艶な色の唇から紫煙を吐き出す。
「驚かす相手、選びなさいよ。世の中には一人歩きしてる最中に、後ろから足音がするような気がするっていうくらいの怖がりだっているんだから、そーゆーヤツ狙ってけばチョロいってば絶対」
「そ、そうですか?」
 きぱっ、と言う、紫の言葉に、口裂け女はたじろだ。紫は頷くと、人差し指を夕真に向けて、はっきりと更に言う。
「何をするにも計画とか策略とか陰謀とか、そういったのって重要よー?」
「重要じゃなくて、それは単にあんたがそういうのが好きなんじゃねぇか?」
 翠が横から茶々を入れた。紫は睨むが、気にせず翠は笑う。
 まったく、この男は。
 似た、フリーライターとフリージャーナリスト。二人は三流オカルト雑誌の特集の打ち合わせで顔を何度かあわせた事があった。
「金金金」
 と、いつも言っているように金にならない事を嫌い、そしてシビアに仕事する彼女の雰囲気に誰もが近寄り難いのだが、この男はまったく物怖じしない。それどころか、今のように、からかいさえもする。
 煙草を吸い終わり、吸殻を携帯灰皿に放り込むと、紫は夕真の瞳を真っ直ぐに見た。
「それでも駄目ならさ、いっそ、もうそろそろ卒業したら?」
 夕真の瞳が大きく見開かれる。更に、顔に縦線が何本もひかれたかのように見えた。
「‥‥そんなっ! 私は今まで『口裂け女』として生活してたのですよ! 今更転職しても、再就職できるかどうか」
「ちょっと待ちなさい」
 いじいじと、地面に『の』の字を書き始めた夕真に、紫は絶対零度の声音で声をかけた。
 口裂け女は職業なのか? それに、そんなので生活できるのか?
 様々な疑問が生じるが、妖怪の世界なんか知りたくもない。ちょっとだけ、どれだけの収入が入るのか、気になりはしたが。――いや、かなりだ。
「‥‥まぁ、いいわ。だいたいアンタの噂が持ちきりだった頃なんて、アタシがガキンチョの頃でしょ」
 あの頃はその噂のせいで、学校が早く終わったりとかして、恩恵を受けた方が記憶に残っている。
 その過去――どれだけの過去かは、数字的に出さないように努めた。‥‥って、まて。すると、この女はその頃から二十代の外見のままと言う事か。
 ま、妖怪だし。と、すぐさま割り切って、更に言葉を投げかける。
「輝かしい過去の記憶とともにキレイに卒業っていうのも悪くはないと思うけど。男でも捕まえて一緒になるとか、いろいろあるでしょ、選択肢」
「男といってもー、ぬらりひょんとかぁー、子泣き爺とかー、年寄りしか周りにいないわけー。みたいなー?」
 いきなり口調をコギャル風に変え、やけっぱちになったかのように夕真は煙草を吸い始めた。
 この現代に対応する為、文化や技術を様々取り入れているようだが、それでも古い。何だか無性に腹が立って、紫は夕真を蹴飛ばした。
「若い男は自分で捕獲するものなの! 例えば、この目の前に典型的な若者がいるじゃないっ」
「ごめんなさい、趣味じゃないです」
「はぇっ!」
 自分が断るよりも先に、光速の速さで口裂け女に遠慮されて、ちょっとブルーになる、翠。
「なら‥‥やる事は一つ」
 ニヤリと、何か企むように紫は笑った。

「これが、たった一つの『やる事』なんですか!」
 悲鳴に近い声を出して、夕真は隣の紫に言った。
 場所は変わって、新宿の居酒屋。十人近い人数で集まって飲んでいる。その中で女性は、紫と夕真の二人だけ。
 紫は、夕真が言ってる事を気にせず、先程から酒を飲んでいる。
「聞いてるんですか!」
「夕真さ〜ん、お酒飲めないからそのマスク外しましょうよ〜」
 ちょっと、特殊な世界に住んでいる方々が、夕真に声をかける。
「あぁ、言ってるんだから、外せば?」
「そんな! それにしても酷すぎます! 『合コン』というから、カッコいい人が来るかと思えば‥‥」
「仕方ないじゃない。私の仕事の知り合いって、三流オカルト雑誌がメインなんだから。そんなところで働いている人で、フリーなのって、ヲタクぐらいしかいないのよ」
 ずばっ、と言い切る、紫。
「そんなーっ!」
 宴席はまだまだ続きそうであった。

●雑誌に載る口裂け女
 とりあえず、飲めるだけ飲めたら(勿論、酒代は男もち)満足したのか、紫は夕真の事はどうでもよくなったようだ。
 居酒屋を出て、ムーンバックスというカフェで一旦酔い覚ましをする。
「うっ‥‥うぅっ」
「まぁまぁ」
 翠は慰めるが、夕真はちっとも泣き止まない。一見、三角関係のもつれのように見えるので、翠は居心地が悪い。
「いい男‥‥いい男」
「こら」
 念仏のように唱える、夕真の頭を軽く叩く。
「大体、当初の目的を忘れてないか?」
「目的‥‥? 背が高くて、足が長くて、収入も学歴も高くて‥‥そんなカッコいい男を見つけて――」
 もう一回、叩く事にした。
「冗談ですってば。昔のように、人々を恐怖に陥れ、一人で出歩けなくなるような世の中にするのが、私の目的――」
 トレイで連打する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 涙目で謝る夕真に溜息をつく。
(「面白そうだな。口さけ女をいぢめて‥‥いや、協力してやるか。後でオカルト雑誌にでも記事売り込めるし☆」)
 などと思っていたのだが、何だかリズムを崩されたような気がする。
「いいか、あんた、怖がられたいんだろう? 口裂け女として。マスク姿で定番のスタイルだから怖くないんじゃないか?」
「そーですかー?」
 勿論、根拠などないが、自信たっぷりに翠は頷いた。
「最新の流行を取り入れた服装にしてさ、逆に男が興味を持って近づいてくるように仕向けるとか」
 きょとんとした顔つきの夕真に、苦笑する。
「服装は大事だぜ。昔のスタイルのままだと地味で皆通過しちまうんじゃないか?」
「でも、これが私の『口裂け女』としての、制服なのですよ」
 ――もう少しで、コーヒーを零しそうになってしまった。
 妖怪に制服なんぞあるのか、あるのかっ、と叫びたくなる衝動を懸命に抑える、翠。
「それにこだわってしまってるから、うまくいかないんじゃないか?」
 うっ、と言葉につまる、夕真。
「っつーわけでだ。24時間ディスカウントショップでコレを買ってきた」
 一着の服を夕真に手渡すと、翠はニヤニヤと笑った。

「まー、何と言うか犯罪に近いものがあるような気がするけど、この際無視しましょうか」
 煙草をくわえながら、紫は着替え終わった夕真の姿を見て、率直な感想を漏らした。
「よしっ。じゃぁ、行こうか」
 翠に連れられて到着した場所は、歌舞伎町。
「一人だけなら驚かすの楽だろ? ‥‥どうせ脅かす練習すんなら、一般のヤツじゃなくて悪人相手の方が世の為人の為になるぜ」
 うんうん、と一人頷く。
「悪人って言っても路上にポイ捨てする人間とかな」
 そう言って夕真に注意すると、翠は口裂け女を放った。
 途方に暮れる夕真であったが、こそこそと路地裏に隠れる。このような人気の少ない場所が、口裂け女としてのテリトリーなのだ。
 やがて、泥酔した男がふらふらと線路沿いに駅に向かっているのが見えた。人の気配は感じないし、翠が言ったように、吸っていた煙草を道に捨てている。
 高まる動悸を抑え、真摯な瞳を見せると、夕真は男の前に姿を現した。
「私、きれい?」
「ん‥‥? ねーちゃん、いくら‥‥うわぁっ!」
 どっちかと言うと、マスクよりもその奇異な姿な驚いてるようだ。その事を知ってか、知らずか、夕真は更に男に迫る。
「私、きれい?」
「あ、あぁっ‥‥」
 掠れた声で、男は頷く。その言葉を聞いて夕真は微笑むと、マスクを外した。
「こんなのでも‥‥?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 一気に男は逃げ去ってしまった。
 その様子に感動したみたいで、夕真は涙目で身体を震わせて立ち尽くす。
「やればできるじゃないか」
「おめでとー」
 隠れ場所から翠と紫が現れ、『口裂け女』としての再スタートを祝う。
「‥‥やった。‥‥やったわ、私!」
 まだ感動醒めぬか、空のお星様に向けて歓声を上げる、口裂け女。
 その隙に、こっそりと翠は夕真のマスクを手に取る。
 サイコメトリー。
 手に触れた物質が経験した記憶を読み取る能力。
 ――結果、見るんじゃなかった、と、後悔してしまった。
 最近の事象では、車に撥ねられたり、高いところから落ちて血塗れになった口裂け女。ホラー映画を見て、絶叫する口裂け女。改造されて目からフラッシュ機能や、殺人超音波機能という名の音痴。警察に追われる口裂け女。
 情けない。
 ただ、その一言が感想であった。
「どうしたの?」
 がくりとうな垂れる翠の様子に紫は尋ねるが、答える力もなく、溜息が絶え間なく吐かれるだけであった。

●口裂け女の卒業
「本当にありがとうございました」
 夜明けの公園で、口裂け女は二人に深々とお礼をした。
 やっと自信がついたので、故郷に戻ってそこで口裂け女として活動を続けていくつもりだと言う。
「男も早く見つけるのよー」
 夕真の後姿に紫は声をかけると、微笑んで手を振ってくれた。
 これ、記事になるのだろうかと、一抹の不安があったが、一応記事にしてみよう。翠はそう思いながら、見送った。
 後日、三流オカルト雑誌のギャグ特集に採用され、期待していたパソとバイクのパーツ代とする事ができたのは余談。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0523 / 花房・翠 / 男 / 20 / フリージャーナリスト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】

【0381 / 村上・涼 / 女 / 22 / 学生】
【1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生】
【1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【1415 / 海原・みあお / 女 / 13 / 小学生】


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■         ライター通信          ■
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 この、『口裂け女からのお願い』は、時系列3シーンに分かれています。
 花房様、冴木様のお二人は、その最後の3シーン目となっております。
 ようやく、自信をつけ、故郷に帰った口裂け女。彼女はちゃんとやっていける事でしょう。

 それでは、またの皆様のご参加、お待ちしております。