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<東京怪談・PCゲームノベル>


味見と言うより毒見 in 月刊アトラス編集部

■オープニング〜三下さんが来る前に■

「相変わらず忙しそうですね皆さん」
 来客用ソファに陣取りのんびり緑茶など啜っている男がひとり。来月分コラムの原稿を置きに来て、ついでに茶を飲んで行くと言うのは彼の場合いつもの事。
「今に始まった事じゃないわよ。それより空五倍子(うつぶし)、お茶飲んでる、って事はあんたは『それ』に手を付ける気な訳?」
「いやあ、迷ってるんですよ。皆さんの警戒っぷり見せつけられちゃあね」
「そりゃあ碧摩蓮から渡されたと聞けばね。ひょっとすると何か良いネタになるかもしれないから、私としては三下が帰るまで待ちたいのよ。ちょうど今外に出してるから、もう少し待ってくれない?」
「…毒見役ですか」
「三下なら惜しくないもの」
「可哀想ですよその言い方は。三下さんだって日々頑張ってらっしゃるんですから」
「結果が伴うなら考慮するわよ。ただ三下の場合はろくな結果が出た事が一度足りと無いの」
「手厳しい」
「当然でしょ」
 即答。
 相変わらず過ぎる碇麗香女史の答えに空五倍子は小さく肩を竦めた。
 と。
「…実は前にもあったのよね。『これ』の持ち込み。雫ちゃんたちのところでね。そう…。蓮さんまた持ち込んだの…」
 ふぅ、と遠い目をしつつ、たまたま居合わせたシュライン・エマがぽつりと口を挟む。
 しみじみと言いながら、先程煎れた緑茶をひとくち。
 …少し温くなっている…。
「で、今回もまた置いて逃げて行ったのね…」
「まぁ、そんな感じでした。あの態度は…」
 直に手渡された当人である大学生兼似非陰陽師兼ライターは、シュライン同様に温い茶を啜りつつ、肯定。
「丁香紫(てぃんしぁんつー)さんもあのまま戻って来ないしね…」
「…丁…って師伯にお会いしたんですか? エマさん」
「…って空五倍子くんの師匠って仙人?」
 師伯と言えば…つまり「師匠の兄」だか「兄貴分」だかになる。
「ええまあ一応。なので『これ』が何かも知ってはいます。…オリジナルなら、と注釈は付きますが」
「…そうなの…。あのね、前に『これ』の持ち込みあった時に丁香紫さん、居たのよ。で、『これ』の実る樹の持ち主にでも確認してもらおうと思って送り出したら、そのまんまで」
「…帰って来なかった」
「…ええ」
「…あのひと人間に厳しいですが…結構誠実なひとの筈なんですがねぇ…」
 うーん、と悩むように首を傾げる空五倍子。
「…そうなの?」
 疑わしげに、シュライン。
 別人の事を言われているような気がするくらい当て嵌まらない形容ばかり並べ立てられていないか。
 そんなシュラインをちら、と見て、空五倍子は言い切る。
「…少なくとも俺の師父よりは格段に誠実なひとだとは思います」
 ドきっぱり。
 …何やら碇麗香もうんうんと思い切り頷いている。何か覚えでもあったのか。
 ふたりの様子を見、シュラインは諦めたように溜め息を吐いた。
「…じゃあ連絡取ってみましょうか。一応」
「では、はいどうぞ」
 言って自分の携帯電話を引っ張り出し、ぴぽぱぽいじくってからシュラインに差し出す空五倍子。
 画面には鬼(くい)丁香紫の名前と携帯電話らしい番号表示。
「…師伯の携帯番号御存知無いでしょ」
「…持ってるのね」
 そもそも携帯電話持ってるんですか今時の仙人。
「取り敢えずそっちは空五倍子くんが掛けてみた方が良いと思うけど。私は蓮さんの方に話訊いてみるわ――って、捕まらないだろうけどね」
 八割方、と言うより十割に近いくらい諦めつつも、礼儀として(?)掛けてみようと、シュラインは自分の携帯電話を取り出した。

■■■

 お察しの通り空しい呼び出し音の連続で、碧摩蓮への通話は通じない。
 鬼(くい)丁香紫への通話は――掛けた瞬間、「お掛けになった電話番号は、現在電波の届かない――以下略」とのアナウンスが無情にも流れる。
 やっぱり通じない。
 通話を切ったシュラインと空五倍子はほぼ同時に溜め息を吐いた。
「…なぁんか厄介事っぽいっすよね」
「前の時は…まぁ、何も無いと言えば何も無かったような…気はするけど。今回の『これ』は何だか見た目からして違うのよね。以前とは」
「…そうなのか?」
 シュラインの科白に、恐る恐る口を挟む何やら派手な銀灰色の髪に赤い瞳、白い肌の青年一匹。持ち合わせた色はそれ――少なくとも染めたようではなく天然だ――だが取り敢えず日本人風の顔形。故にか余計目立つ気がする。
「まぁね。えっ…と、陵(みささぎ)くんだったわよね、前の時は『これ』――この仮称『人参果』はね、一応アジア系人種の――つまり中国人とか日本人、の赤ん坊に見えたのよ。一応ね」
 ――黒髪黒瞳の。
「…これは、違うな?」
「…だから躊躇ってる、ってのもあるんですけど。俺も」
 空五倍子が言う。
 …実は今回持ち込まれたこの『人参果』は、色白だ。そう、ちょうど今口を挟んできた陵青年――陵彬(あきら)の髪色の如き産毛?の色。銀灰色。肌のような表皮の色も、以前と比べ――地の色は雪のようだが、頬に当たる部分の色などは赤みが強い。
 これは、強いて言うなら北欧系人種の赤ん坊に見えるような気がする。
「俺が思いますに…食えって持って来られてる以上…取り敢えず…人参果だとは思うんですが、どうも『ただの』人参果とも思えませんし…って元々珍しい仙樹になる果物捕まえて『ただの』ってのもないですが…」
 悩みながら箱の中身を観察する空五倍子。
 と、そこで。
「こんにちは。綾和泉(あやいずみ)です。
 碇編集長、頼まれていた伝承関係の本のコピー持って――」
 クールな声が編集部のドアの辺りから響き渡ったが、途中で不自然に停止した。
 編集長・碇麗香を見付け、更に来客用ソファの前に置かれたテーブル上に『何処かで見たよな菓子折り箱』を見付けるに至り――彼女のその視線がふい、と逸らされ踵を返そうと足が動く。
 が。
「…ちょっと待ってもらえないかしら汐耶(せきや)さん?」
 同じくクールな声がその後ろ姿――綾和泉汐耶を引き止めた。
「………………シュラインさん」
「…ずるいわよ?」
「…見なかった事にしたいんですけど…やっぱり駄目ですか」
「…もうこれは因縁なんじゃないかしら?」
「…あんまり持ちたくない因縁ですね」
 ふぅ、と溜め息を吐きつつ、汐耶。
 それを見て麗香は声を掛ける。
「ひょっとして、綾和泉さんも?」
「…ええ。以前の時に。不本意ながら」
「…そりゃまた」
 空五倍子は肩を竦めた。
 と。
 居合わせた一同がそんな話をしている中、ちょうどそこで見慣れた忠犬がよろよろと編集部に戻ってきた。碇麗香女王様に命令された辛い辛い取材からの漸くの帰還(生還?)だ。
 そんな焦燥っぷりが激しい三下に。
「お帰り。三下。待っていたわ」
「…え?」
 信じられないくらい優しい声と艶やかな笑みで、麗香は部下の帰還を歓迎した。
 常にあらぬ上司のその態度に、言い知れぬ恐ろしい予感に怯える三下を…誰も責める事などできまい。


■三下さんはやっぱり不幸〜そして暴走するバイト青年一匹■

「えええええええぇぇええっ!!!」
 そしてやっぱり抗議の声。
 碇麗香女王様…もとい編集長の命令は――『この人参果らしき謎の物体を食せ』。
「どうして出来ないのかしら? 折角良いネタになるかもしれない、って言うのに…」
 はぁ、とこれ見よがしに溜め息を吐く麗香。
「だだだだってっ…これってあの――」
「えーと。
 ――『人参果』。これは「西遊記」に出てくる、万寿山福地・五荘観洞天にある霊木になる果物――つか宝物で、三千年に一度花が咲き、また三千年に一度実を結ぶ。更にまた三千年たってやっと熟して食べられるもので、それもたった三十しか実がならない。縁あってその匂いを嗅ぐ事が出来れば三百六十歳まで生きられ、一個でも食べる事が出来れば四万五千年長生きすると言う。で、思いっきり抵抗感抱いてしまう程赤ん坊そっくりの見た目で、すぐに硬くなって食べられなくなるらしい。ついでに五行を忌むそうだ。…と。
 こんなもんで良いかな?」
 何処からともなく分厚いメモ帳を引っ張り出し、ぺらぺら捲ると彬は三下の科白を遮るように突如読み上げ始めた。
「…御見事」
 ぱちぱちぱちと手を叩く空五倍子。
「…何、そのメモ」
 ぽつりとシュライン。
「…ま、気にしないで」
 突付かれた彬はさりげなく流し誤魔化す。まさか話のタネになりそうな事は逐一書き記しているなどとは言えない。…彬にしてみればこれはネタ帳、秘密の小箱である。
 シュラインも結局のところあまり突付かず(既に何のメモだか察したのかも知れない)、再び『人参果』に目を向けた。
「まぁ、基本的にはそれで良い筈なんだけど、今ここにあるこれに限っては…」
「そうとも言い切れ無いんですよね…」
 後に続いた汐耶は、はぁ、と再び溜め息を吐く。
 …何やら先程から溜め息ばかりだ。
 と。
 そこにとてとてと銀色の頭が走り込んでくる。その後ろにはすーっと付いて歩いて――と言うより背の中程まである長い黒髪とびらびらな白いネグリジェの裾を靡かせ飛んでいる女の子の幽霊一匹。
「なーにしてるのー?」
 ひょっこりと一同の隙間から顔を出したのは銀髪銀瞳・青い鳥娘の海原(うなばら)みあお。ちなみに後ろに付いて回っていたのはここ編集部の常駐幽霊、お手伝いもしている幻美都(まほろば・みと)である。
 実はみあおは編集部に遊びに来たついでに、物理的には手伝えない美都の「物理的な手」の役割として珍しく本当に役に立つお手伝いをしていたのだった。
 けれどやっぱり彼女の場合、好奇心の方が先に立つ。
 …だから結局、何やら面白げな騒ぎの元に来た。
 三下の叫び声が恰好の合図である。
 が。
「絶対食えと言われてはね…。だったら、取り敢えず編集長サイドと三下サイドに分かれて、編集長サイドは三下サイドにこれ食わせる事を目的に、三下サイドは編集長サイドから逃げ切る事を目的に――何とかしてこれを処分しよう、ってのはどうだ?」
 そのタイミングで彬が提案する。
 が。
「…それは勘弁」
 げっそりと額を押さえるシュライン。
「私も嫌かな…」
 心底嫌そうな顔でシュラインに同意する汐耶。
「碇チームと三下チームに分かれて追いかけっこか! それも面白そ。…でもでもみあおはやっぱりまたこれ食べてみたーい♪ 絶対! 前のあれと同じものか? 色は形は? なぁんて考えるよりここの給湯室…ってやろうと思えば料理とか出来たよね? 借りて料理作ってみようよ! ねえねえ! みあお食べるからっ♪」
 嬉々として宣言するみあお。
「…え゛」
 瞬間的に引く彬。
 …進んで食べたいひとがいるのではこの案、成り立たない…。
 そんな彬を見てシュラインと汐耶は、慰めるように、ぽん、と彼の両側からそれぞれ肩を叩いた。
「…そんな事もあるのよ」
「…落ち込まないでね」
『…みあおちゃんは好奇心旺盛なんです』
 ふわふわ浮かんだ状態で空中に座り込み、彼の斜め前から苦笑しつつも美都が追い打ち。
 …そして東京の恐ろしさをまたひとつ知った気がする山奥の村出身の大学生。
 と、その時。
 いつも見かける眼鏡の日系ロシア人な関西系高校生がひょっこりと編集部に顔を出し入ってきた。
「編集長ー。毎度〜、エディーです〜…って、またかいな」
 が、他の何を話すでも無く、『人参果』と思しき物体を取り囲む一同を見るなり開口一番「またかいな」。
 彼もまた、以前に「この件」に遭遇していた面子のひとり。淡兎(あわと)エディヒソイこと、愛称・エディー。
 三下は不安そうな顔でエディーを見上げた。
「またって? 何なんです??」
「や、前に雫ちゃんのトコでも蓮さん持ち込みの人参果があったさかい…。そん時は料理したんやけど。何とも無かったで?? そー言や、あん時の仙人。帰って来んかっ…」
「それじゃ、コレも贋物ですよね?? わぁーい!」
 エディーの科白を皆まで聞かず喜ぶ三下。
 が。
 エディーはそんな三下にびしっ、と待ったを掛けた。
 こうなれば独壇場である(?)
「いや! あの蓮姐さんの事やで? 幾つもの場所にばら撒いて、ひとつだけ『当り』があるかもしれへん」
 きらーんと光る瞳。
「――さ、三下さん! 食い!! アンタは生贄や!!」
 そしてエディーは、何と三下の口に箱ごと人参果を押し込もうと!
「…いやちょっと淡兎くん――じゃなくエディーくん、幾ら何でも箱ごとは無茶なんじゃ」
 口の上では止めつつも実際に止める行動には出ない薄情な空五倍子。
 ぎゃああああとこの世の終わりの如き悲鳴を上げる三下。
「無駄な抵抗せんとはよ大人しゅう、堪忍したったりぃやっ!!」
 三下の悲鳴とエディーの声が編集部内に響き渡る。
 と。
 そこに。
「こんにちわっ! 仕事下さいっ!」
 元気な声と共に、ばん、と壊されるんじゃないかと言う勢いでドアが開かれた。
 開かれたドア即ち、三下の背後から現れたのは――とにかく威勢の良い大学生一匹。
 彼のその勢いに三下はあっさりと前に突き飛ばされ――ついでに件の実が口の中に。
「んがっ!? ぐぅ!?」
 げほげほげごぐと変な声で咳込む三下。
 それを微塵も気にせず、元気印の茶髪青年こと時司椿(ときつかさ・つばき)は…きょろきょろと辺りを見回し――三下の前に佇むエディーの手の中にあった菓子折りの箱に目を止める。
「そんな…俺の来訪の為にこんな物を用意していてくれたなんて…」
 キラキラと瞳を輝かせ、感極まったように胸の前で両手を祈るような形に握り合わせる。
 そして、次には、そ、とエディーの持つ箱の中に手を伸ばし、三下の口に入らなかった部分を丁重に頂いて――迷いも無く、ぱくりと。
「あ」
 誰かの間抜けな声が響いた時には、椿は仮称『人参果』をもくもくと咀嚼していた。

■■■

 その後。
 椿と三下は。
 …腹を抱えて倒れていた。
 どうやら三下はあのまま飲み込んでしまっていたらしい。
「うううううううぅ…痛いですぅぅぅうううぅ…!」
 涙目で床と御友達になっている三下。
 一方の椿も同様、床に。
 が。
 …彼の方が三下より意気は良し。
「うう…父さん、母さん…先立つ不幸をお許し下さい。ああ…本当は時乃さんの胸――いや、もしくは膝だよな!――の上の予定が…と言う訳で代わりに麗香サンでも可!」
 言って麗香によじ登ろうとする椿。
 と。

 げし

 秒速で麗香の拳が炸裂した。
「う…ぐぅうぅ…つれないっスね…麗香サン…いや? ああ! こちらにも美しいお姉サンがふたりも…」
 麗香の拳の直撃を食らった直後、ふらふらとシュラインと汐耶を見付ける椿。
「もし宜しければ時乃さんの代わ…」
 今度は皆まで言わぬ内に音速で拳ふたつ。
 …今度こそ、撃沈。
 結果、床に伸びる芋虫二匹。
「…取り敢えず…これは毒と考えた方が…良いんでしょうかね」
 ふたりを観察しつつ、ぼそりと空五倍子。
「いや、三下はそれほど酷くは無さそうだ。こっちの元気印な兄さんは――どうやら今食らった三発で伸びてるだけだしな」
 同様に観察しつつ、彬。そして何やら先程のメモにさらさらと書き込んでいる。
 一方、彬の科白を聞いたシュラインは、ソファから立ち、三下の傍らに座り込んだ。
「…ねえ三下くん」
「ぐぅ………は…はぃ?」
「何か匂いはした? 味はあった?」
「…えー、と、匂いは特に…。で、味の方はほんのり甘味が…」
「あったのね?」
「…はい…ってそれが何か…って、っ…助けて下さあああああいぃぃいいっ!!」
 聞くだけ聞いて元居た来客用ソファに戻るシュラインに向け、三下は絶叫。
 と。
「あ」
 みあおが無遠慮に椿の頭を指差す。
 そこには。
 にゅ、と小さな新芽が生えていた。
 見る見る間に伸び育ち、蕾まで付けている。
「何ですかそれぇェええええェッ!!!???」
 意識の無い椿のその姿を見た三下は、パニックに陥った。
 そして叫ぶ側から、三下の頭にも――。
「ヒィィイイイイィイイッ!!!!!」
 …いや、それはいきなり自分の頭から芽が出て膨らんで花が咲いちゃったりしたらパニクるだろう。
 だが汐耶は冷静にそれを観察して。
 ふむ、と頷いた。
「取り敢えず…命に別状は無いみたいね…三下さんの様子を見てると…いつも通りだし」
 三下の瞳からは滂沱の涙。
 僕どうなっちゃうんですかああああぁああぁぁああッ、と泣き叫ぶ声だけを聞き態度だけを見れば…確かに普段と変わらないと言える。
「安心して、三下さん。もし万が一それ以上何かあったとしても…ぎりぎりまでデータを取ったところで封印してあげますから」
「うううう…何でもいいですから早くどおにかしてくださあああああぁああああぃいいいっ!!!」
 うわあああああん、と恥も外聞も無く助けを請う三下。
「…でもこの状況を考えると…今回のはちょっと食べられそうにないわね?」
 苦笑しながらみあおに振る汐耶。
「…う〜ん。今回のはお腹が痛くなって頭に花が咲くのか」
 むー、と難しい顔をしながら、じろっと『人参果』を睨むみあお。
 と、そこに。
「なァに騒いでるのー、皆さん♪」
 何やらお軽い声が響き渡った。
 振り返り、見た声の源は――デタラメな美貌の男。
「…何しに来たんですか師父」
 その姿をちら、と見るなり、さくっと冷たく言い放ったのは空五倍子だった。


■皆さん、この時期、ナマモノには気を付けましょう■

「…ってお、仙人の兄ちゃんやないけ。ちょうどイイところに。おひとつどうでっか?」
「あ、エディーくんだ☆ お久しぶり☆ 取り敢えず生は遠慮しとくよその草還丹☆」
 現れた男はにこにこと笑いながら皆の集まる来客用ソファ――ポットの存在故か、休憩所と化しているそこに回り込み、当然のように空五倍子の隣にちょこんと座り込む。そして横から空五倍子の飲んでいた湯呑みをこれまた当然のように掻っ攫い、中身を飲み干した。
「…温い」
「…て言うか自分で煎れて飲んで下さい」
「ま、気にしない気にしない。で、こちらの二名様は犠牲者って事なのね♪」
 椿と三下、そしてエディーの手にある菓子折りの中身を見遣って、空五倍子の師匠である仙人らしい男――鬼湖藍灰(ふーらんほい)は納得したように頷く。
「…どうしてそこで納得してるのかしら?」
 抜け目なくシュライン。
「いやこれ多分生ヤバいから」
「何?」
「確かこれ、生だと腐り易いからね〜。それに、生で食べると次の世代に託しちゃうんだよね。それで実が付き花が付き、と、そこの体力勝負っぽい青年と三下くんみたいに苗床にされちゃうの」
「ちょっと待って、具体的に『これ』が何だか知ってるの!?」
 はた、と気が付き、現れた湖藍灰に問うシュライン。
 湖藍灰は平然と頷いた。
「挿し木で殖えた草還丹――コレ人参果の別名ね――の亜種でしょ?」
「…本当だったのその噂」
「あ、知ってるんだ。さすが月刊アトラス編集部に居るだけある☆」
 ぱちりと片目を閉じ愛想を振り撒く湖藍灰。
 …ちなみに挿し木で殖やしたと言う噂は、以前に持ち込みがあった際に丁香紫が言っていた話。
 その時は…かなり眉唾な話として丁香紫も言っていたと思ったのだが…。
「コレ、草還丹は草還丹の流れを組んでるらしいんだけど五行も忌まないし、長生き効能ゼロだから全然万寿じゃないし、むしろ人界にある普通の果物より頻繁に実がなるし、採ってからすぐ食べないと硬くなるとかもないし――って、オリジナルとは形以外見事に違っちゃってるらしいんだけど、食べられない事も無いって話だよん。火を通せば♪」
 そこでまた、きらーん、とエディーの目が光った。
「つーと、また料理しろ、て事か!?」
「…嬉々として言わないでエディー」
 やはり、げっそりとシュライン。
「…となると…以前みあおちゃんが言い出して…料理したって事は…計らずも…幸運だったと」
 湖藍灰の科白を聞き、汐耶がちらりとみあおを見下ろす。
 にっ、と自慢げにみあおは笑い返した。
 …さすが、無意識であっても『幸運の青い鳥』である。
 そんな遣り取りを余所に、空五倍子がじろっ、と湖藍灰を見た。
「…そう仰る以上、もし料理した方の奴を食べて何かあったら――ちゃーんと責任取って下さいね、師父」
 事が事なので取り敢えず釘を刺しておきたい。

■■■

 …そして給湯室。
 取り敢えず近所のスーパーに買い出しに行ったり必要そうなものを持参して後、前回料理を作る組だった三人――シュラインにエディー、汐耶がまたもそこに居た。
「五行は忌まない、って言っていたわよね?」
「それに…三下さん曰く匂いも無い、ゆーてましたな」
「調理前にひと欠片貰って良い? …その筋の知り合いに成分調査頼んでみるから。って、あ、その前に取り敢えず写真に収めて良いかしら? また別のところに持ち込むとも限らないし。比較対象にね」
「せやな。どーもこれで終わるとは思えへん」

■■■

 …調理中。
「中身は今度はどうかしら…と。前より弾力があるかな?」
「色は…特に変わりませんね」
「でも基本的には似た形やな。同じ野菜の別の品種みたいな…程度の違いか? じゃがいもで例えれば男爵とメークインの違いみたいなもんか?」
「…その例えは何かが違う気がするけど」
「そか?」
「ま、取り敢えず今回は、香辛料ふんだんに使ったスパイシーな料理にしてみない?」
「前回の事もありますしね。そうしましょうか?」

■■■

 …そして待っている編集部の面子。
「つまり前回は、エディーくんの作った料理以外、何をしても味が無かったと」
 ふむ、とみあおの説明を聞きつつ、空五倍子が確認。
「そーなのそーなの。美味しくなかったんだよっ!」
「…そりゃ味が無ければ美味いも不味いも無いからねえ」
『あの、その後、お腹壊したりとかは…無かったですか?』
 大丈夫だった? と心配げにみあおの顔を覗き込む美都。
「ん。そこんトコはへーき♪ 大丈夫だったよ!」
『…となると三下さんに時司さんは…』
 美都は腕組みをして考え込む。
「運が悪かった、って事なんじゃないですか? …さすが三下さん。貧乏籤は引き慣れているんですね」
 苦笑しつつ、空五倍子。
「いや、三下の事はいーよ。いつもの事だし。…でね、前そうだったからさ、調理にも霊気なりの付与が要るんじゃないかなーって思うんだ。味のあるなしは愛情のあるなしにしては変だったし、霊気なりの力の付与による質によって味がついたり変わったりするんじゃないかなー、ってね。蓮もそうやって最高に調理できる人を探しているんじゃないかなぁ? だって、関係者全員、何か『力』持ってるし!」
「…霊力の付与ねえ」
 ふむ、と考え込む麗香。
 物が人参果の亜種と言われては、有り得ないとも言い切れない。…そもそもそんなネタ聞いた事無いし。
 だがエディーの料理だけ味があったと言われては…確かにあの男の料理は…何か特殊な『力』が込められているようなところはある。普通にやっていてどうしてああなるのか不思議なところが…。
「ん。あんまりそういう発想には行かなかったねぇ。俺も。やってみる価値あるかもよ♪」
 無責任に湖藍灰がぽろりと。
「…その事、参考までにエマさんたちに伝えておきましょうか?」
 ――あくまで参考に、ですが。
 改めて釘を刺すように言うと空五倍子はソファから立ち上がり、給湯室に向かう。
 みあおは自前の箸に涎掛けをちゃき、と引っ張り出し、完全装備で来客用ソファに座って待っているまま。


■そう言う事は早く言え■

 で。
 結局、『夏野菜と人参果のカレー』やら『エビチリもどき』やら『麻婆茄子もどき』、そしてやっぱり『正体不明の怪奇物体――薄ら赤い、皿に乗った…時々気泡の如く紫の煙をぷしゅー、と吐き出すどろどろの代物――』等々がテーブル上に広げられていた。
 今度は美味しい☆ とみあおも御満悦の様子。
 …そう、今度こそは普通に味があったらしい。
 以前は料理に使用した調味料の味さえ何故か全然しなかったのだが。
「そう言えば丁がまた人界で草還丹の持ち込みあったら教えろって言ってたなー」
 気持ち良いくらいの食べっぷりを晒すみあおに、恐る恐る出された料理を口に運ぶ彬、ただ黙々といかにも試食、のような態度できちんとエディーの作も避けずに食べている(!)空五倍子をのほほんと眺めつつ、湖藍灰は突然爆弾発言。
 聞き捨てならんとエディーが咎めた。
「…なんやて?」
「…今何て言った? 湖藍灰さん」
 シュラインもそれに続く。
「人界で草還丹――つまり人参果の持ち込みあったら教えろ?」
「そう。だけどその前も重要」
「丁?」
「…って、ひょっとして丁香紫さんの事?」
 汐耶もまた、それに続いた。
「そう」
 即答。
 …それは前に言った通り、以前あったゴーストネットでの人参果の持ち込みの際、実の樹の持ち主に確認に行った筈の、偶然居合わせた仙人の名。しかも確認に行ったそのまま帰って来なかった。
 その仙人が、そんな事を言っていた?
 …て言うかいつ会った!?
 もくもくと平和そうに料理された人参果を食べているみあおを除き、以前もその件に遭遇していた三人ははたと顔を見合わせる。
 本当であるならかなり有力な情報源になる。
 シュライン、エディー、汐耶の三人は湖藍灰に詰め寄った。
「それ本当!?」
「うん」
「何処で会ったんや!? あの兄ちゃんだか姉ちゃんだかようわからん仙人に!?」
「丁の洞府」
「ってつまりは仙界にある丁香紫さんの自宅って事!?」
「…何大声出してるの御三方」
 きょとんとした顔のまま、いつの間にやらみあおや彬、空五倍子と共にもぐもぐと人参果料理に手を付けている湖藍灰。
 あ、美味しい、とか何とか、のほほんと感想を言っている。
 その姿に俄かに殺気が起きた。
「「「…そう言う事は来た時にすぐ言えッ」」」
 どさくさに紛れて込められていたシュラインの能力も相俟っての、三名分の破壊的な大音量が編集部内に木霊した。


■衝撃の事実その一■

 で、なしくずしに湖藍灰に丁香紫との繋ぎを頼み(そのまま逃亡及び洒落にならない悪戯をされないようお目付け役として弟子の空五倍子が湖藍灰に付けられた)、暫し後。
 開かれたまま床に置かれていた巻き絵物――これは湖藍灰が持ち歩いている携帯用の仙界出入り口らしい――から、ぴょんと小さな影が飛び出した。
 年齢不相応な幼い姿。一見、小学校高学年から中学校入りたてくらいに見える性別不明の――これでも仙人。
 丁香紫である。
「あ、今度はこっちにあったんだ」
 きょろきょろと辺りを見回しそこが月刊アトラス編集部だと確認すると、開口一番、そんな科白。
 じろりとエディーが睨め付けた。
「来たな仙人。あれっきり音沙汰無し、どぉこ行っとったんや!? かっちり説明付けてもらおか!?」
 が。
 丁香紫は涼しい顔で悪びれず謝罪する。
「ごめんねー。時間掛かっちゃって。いや、いくつも確認してたらもうどうしようもなくなっちゃって♪ しょうがないから人界によく行ってる身内連中に伝言触れまわるだけ触れまわっといて――いや、向こうってこっちとは次元ズレてるし当然ながら携帯も通じないから、向こうとこっちにいる状態で直に連絡取るのは案外面倒なんだよねー。あ、今度仙界〜人界直通OKな電話の宝貝作りに挑戦してみよっかな? …じゃなくって、ボクはボクで…向こうで一応調べてたんだけど」
「…調べる? いくつも確認?」
 なんだそれは。
「挿し木で殖やしてるって噂がある、って言ったよね、前の時。でね、その噂が本当だったらしいんだわ」
「…それは湖藍灰さんから聞いたわ」
「そ。じゃあこれは聞いた? その挿し木した先の樹に、色々違う実が付き始めちゃったって話は。やっぱり元は妙なる霊木、単純に挿し木しただけじゃ根付かないって事でやっぱり丹薬使っていじったんだって。そしたら…一本の樹から色々違う実が付き始めて。…それも、どれもこれも見た目だけじゃなく特性や効能が違うって言う、ワケわからない状態になっちゃってるんだって。で…取り敢えず実を付けたら何でも良いから取り敢えずもいで片っ端から試して見ているらしいんだ。…ちなみに毒見させられた奴で、瀕死になっちゃってる奴も居るんだってさ。なんかずーっと笑いっぱなしになってる奴が居たりとか、丹薬としての薬効ゼロに等しいけど極上の食材になるようなのもあるって話だし。もう滅茶苦茶なんだって。
 と、ゆーわけで、とにかく気を付けてね? …特に普通に食べちゃってるみあおちゃんなんかは」
 にこっ、と明るく忠告する丁香紫。
 対して(現在正気でいる)一同は、げ、と声を上げた。
「…それって…」
「また何処かに持ち込まれる可能性は果てしなく高いんじゃ…」
「て言うか蓮の姐ちゃん…ンなもん何処で伝手付けて入手してきとるんや…」
「幾ら何を取り扱っているかわからないようなアンティークショップの主でも限度ってものは…」
「じゃー、また違うの食べられるのかなあ!」
 ぐったりする一同の中、ひとりきらきらと瞳を輝かせみあおは嬉しそうに言う。
 その姿に他の(マトモな意識のある)皆は何とも言えない表情を浮かべ、お互いにまた顔を見合わせた。

■■■

「で、ちょっと気になるんだが、この…三下と…時司とやらの方はどうにかなるのか?」
 もう勘弁してくれとでも言いたいのか早々にナフキンで口許を拭きながら、彬は恥も外聞も何も無くただただ泣き叫んでいる三下に、頭から花を咲かせて昏倒している椿のふたりを指す。
 反射的に丁香紫は沈黙した。
 けれどどうにか立ち直ると、はぁと盛大に溜め息を吐いた。
「…治しましょう。放って置いたら面倒臭そうだから。美都ちゃんも困るだろうし」
『有難う御座います丁さん』
 ぱむ、と美都に拝まれた丁香紫は、はいはい、とばかりに苦笑した。

【続】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 ■整理番号■PC名(よみがな)■
 性別/年齢/職業

 ■1415■海原・みあお(うなばら・みあお)■
 女/13歳/小学生

 ■0086■シュライン・エマ(しゅらいん・えま)■
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

 ■1207■淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)■
 男/17歳/高校生

 ■1449■綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)■
 女/23歳/司書

 ■1712■陵・彬(みささぎ・あきら)■
 男/19歳/大学生

 ■0314■時司・椿(ときつかさ・つばき)■
 男/21歳/大学生

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※オフィシャルメイン以外のNPC紹介

 ■レンから人参果を直接渡されたひと■空五倍子・唯継(うつぶし・ただつぐ)■
 男/20歳/大学生・マスコミメディア対応陰陽師・霊能ライター

 ■横から茶々入れている女の子■幻・美都(まほろば・みと)■
 女/(享年)11歳/月刊アトラス編集部の常駐幽霊でお手伝い

 ■何故か来た空五倍子の師匠■鬼・湖藍灰(くい・ふーらんほい)■
 男/576歳/虚無の境界所属の呪物使いでテロリスト(表向き)・仙人(本性)

 ■何処ぞから戻ってきたらしい仙人■鬼・丁香紫(くい・てぃんしぁんつー)■
 無/664歳/ネットカフェ(ゴーストネット)に良く居る変な仙人

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■         ライター通信          ■
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 さてさて。
 深海残月です。
 陵様、時司様、初めまして。このたびは御参加有難う御座いました。
 そして海原様、エマ様、淡兎様、綾和泉様、「ゴーストネット編」から引き続いての御参加、有難う御座います。本当にいつも御世話になっております。

 と言う訳でお待たせ致しました。
 各調査機関&あやかし荘+解決編の「味見と言うより毒見」シリーズ、第二段「アトラス編」をお届けします。
 第二段と言っても第一段の方と時系列が直接続いている訳では無いので、今回初めて御参加下さった方も問題は無い仕様になっております(その筈…です)
 今回は(も)全面的に皆様共通の文章になってます。個別部分がありません。
 終わり方が『続』なのがその理由(?)です。
 …内容としては見事に何の解決もしていません。いえ、予想外にあっさり丁香紫が帰ってきて衝撃の事実を告白したりもしておりますがそれはそれとして(汗)
 基本的にはやっぱり騒いだだけです(え)
『他の調査機関でも解決はしません』。…今回に続いて他の「草間」や「あやかし荘」に参加なさって下さった場合、むしろ謎が増える可能性があります(笑)
『解決する』のはあくまで『解決編』でです。
 ちなみに最短を考えるなら、今回+解決編だけで問題ありません。
 解決編以外は今回のひとつだけでも、引き続いての方は第一段+今回のふたつだけでも、更に残りふたつでも、お好きなだけの数、ご参加下さいませ。
 …参加者様のプレイングにより増える謎の質はころころ変わります(ってやっぱりライターの主体性が疑わしく)

 引き続いて御参加下さいました四名様、第一段から無闇に間が開いてしまい申し訳ありませんでしたm(_ _)m
 …ちょっと頭の中がこのシリーズを書ける状態に無かったもので…すみません(汗)
 第三段こそはライターが本作の納品を公式頁で確認したらすぐ、PCゲームノベルで窓口開かせて頂く予定です(オフィシャル通ってから…即ちお届けしてから更に半日から一日くらい後と言う事になるでしょうか)
 タイトルは「味見と言うより毒見 in あやかし荘」で。
 つまり舞台はあやかし荘に移ります――って第一段に続けて今回御参加下さった方には窓口に書いてあるオープニングがどんな内容だか読まれてしまいますな。今この時点で(笑)
 ちなみに人参果は人参果でもやっぱり『今回の物と同じ人参果』とは限りませんので御了承下さい。
 ライターが遅筆なのでノロノロ運転ですが、気に入って頂けましたなら、どうぞ宜しくお願い致します。

 淡兎様
 素敵に暴走してらっしゃいますねv(←?)
 いくつもの場所にバラ撒いて、は正解です。ただ…ひとつだけ当たりと言うか…当たりがひとつだけで済むのかどうかと言うのもあるんですが…(汗)
 ところで三下氏はやっぱりいじりやすいですか(笑)
 …そして結局またも料理する羽目になってます…この路線、どうやら…離れないようです…。

 ではまた、御縁がありましたら。

 深海残月 拝