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尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ａ 前編】
●オープニング【０】
都内某所に尾根崎川（おねざきがわ）という名前の川がある。都内西部に位置する尾根崎山（おねざきやま）の山中を源流とする川だ。
その尾根崎川で大学生と高校生のカップルの水死体が発見されたのは、関東地方が梅雨入りして間もなくのこと。朝から強く雨が降っていた日のことだった。尾根崎川に架かる皆家橋（みないえばし）のたもとに、その水死体が流れ着いていたのだ。
発見された時、大学生の青年の方が高校生の少女の身体をぎゅっと抱き締めていたという。そんな発見時の状況に加えて、２人の交際が互いの両親に反対されていたこともあり、警察は心中事件として処理を行った。
青年の名を油井徳平（ゆい・とくへい）、少女の名を小鳥遊初音（たかなし・はつね）といった。これが約１ヶ月ほど前の出来事である――。
「娘は殺されたんだっ！！」
草間興信所に男の声が響き渡った。
「いや……だから落ち着いてもらえますか」
草間武彦は目の前の依頼者、小鳥遊弘（たかなし・ひろむ）をなだめ落ち着かせようとした。したのだが……。
「娘を殺されて、落ち着いていられると思うのか！ 警察の馬鹿は心中などと言っておるが、初音に限ってそんなことはない！ 馬鹿油井の馬鹿息子が、無理矢理初音を道連れにしたに決まっとるんだっ！！」
ますます激高してしまう小鳥遊。それからしばらくして、散々わめき散らした小鳥遊は前金をテーブルに叩き付けるように置いて帰ってしまった。
小鳥遊の依頼はこうだ。娘の初音が、徳平に道連れにされたことを証明してくれと。父親にしてみれば、自分の娘が自分の意思で死を選んだとは思いたくないのだろう。
「……無理にとは言わないが、誰か調べてくれるか？」
草間が深い溜息を吐いてつぶやいた。
仕方ない、手分けして調べてみますか？
●地域に伝わること【１Ｃ】
冷房の効いた図書館に、利用者の姿はまばらだった。平日なのだから当然とも言うべき光景なのだが、夏休みに入ればこの状況も一変することだろう。
そんな図書館のあるテーブルに、熱心に書物に目を通している銀髪の女性の姿があった。大学生の藤河小春である。
小春が読んでいたのは、尾根崎山や尾根崎川に関することが触れられた書物である。言い換えれば、その地方の風土記という物か。
「これ……なのかな？」
本のページを捲っていた小春の手が、ふと止まった。そこに記されていたのは、尾根崎川に架かる皆家橋についての歴史であった。
そもそも皆家橋が架けられたのは、江戸時代まで遡るという。それで大雨で流されたり老朽化のために何度か架け替えられ、現在に至るということだった。
そんな皆家橋で特筆すべき事柄は、身投げした親子を救ったという言い伝えだ。江戸時代、ある親子が尾根崎川に身を投げた。しかし流された親子は皆家橋に引っかかり、死に至ることはなかったのだという。しかもその１度のみならず、他にも何度か同じことが起きたというから驚きだ。
それ以降、尾根崎川で身投げする者は現れなかったという話である。
「へえ……」
感嘆する小春。やはり何でも調べてみるものだと思っていた。
（何となく思ってた通りの橋かも。人の情や想いを込めた橋で……だから身投げした人も救ったのかな。昔の人ってすごい情深かったって『満お父さん』も言っているから……）
小春は、父親のように思っている江戸崎満の言葉を思い出していた。が、同時に妙な違和感を感じていた。
「……あれ？」
もう１度本文に目を通す小春。そして首を傾げる。
「今回の事件は身投げなんじゃあ？」
確かに、事件を扱った新聞記事によると死因は２人とも水死だとあった。けれども皆家橋の言い伝えを見ると、身投げした者たちは死に至ることがなかったという。
言い伝えが本当に事実なら、今回の２人も死に至ることはなかったのではないだろうか。そんな疑問が小春の中に浮かんでいた。
（多少誇張があったのかな）
そういう考え方も出来るだろう。だが、死に至っていたとはいえ、２人の遺体が皆家橋に引っかかるような形になっていたことは事実である。
偶然だと片付けるのは簡単なことだ。しかし、本当に偶然の一言で片付けてもいい物なのだろうか？
小春はテーブルに頬杖をつき、しばし思案顔を浮かべていた――。
●友人の目【２Ｃ】
「初音は自殺するような娘じゃないわ」
きっぱりとそう言い切ったのは、初音と同じ高校の友人である少女の１人だった。この場に居るのは女性ばかり６人。３人ずつ２組に分かれ向かい合っていた。
「どうして……どうしてそう言い切れるの？」
澱むことなく言い切った少女に対し、藤河小春が確認するように尋ねた。その両隣には海原みなもと天薙撫子、両名の姿もあった。３人とも、初音の友人から事情を聞こうとして鉢合わせしたのである。
「だって、父親が納得してくれるまで根気よく説得するって、何度もあたしたちに言っていたもの」
「そうそう。冗談で１度、駆落ちして子供作っちゃえばなんて言ったこともあるけど、あの時は初音怒ったよね。『そんなことしたら、いつになってもパパは認めてくれない！』って言ってさ」
「うん。そんな娘だから、心中したって聞いて私たち信じられなくって……。でも、無理心中にも思えないし」
「それはどうしてなんですか？」
みなもが少女たちに尋ねた。
「初音からそんなに相手のこと根掘り葉掘りは聞いてないんだけど、真面目に付き合ってたみたい。初音の考えにも共感してたって聞いてるし」
「確か出会ったのが、初音の落とし物を彼が拾って追いかけてくれたのがきっかけよね？」
「うんうん。お互いの家のことが分かったのは、何度か会ってからって言ってた。私、２人が街中でデートしてるのちらっと見たことあるけど、楽しそうに見えたなあ」
口々に話し出す少女たち。撫子がすっと３人の会話に割り込んだ。
「そうすると、事件前の初音さんに妙な様子は見られなかった訳ですね？ 交際の反対の件は別として」
「あ、はい。反対されて悩んでたとは思うけど、どこか仕方ないかなっていう雰囲気もあったし……深刻ってほどじゃなかったよね？」
少女の１人がそう言うと、残りの２人もこくこくと頷いた。
「人の恨みを買うような娘でもないし……。どうしてこんなことになっちゃったんだろ」
「単なる事故だったら、まだ私たちも納得は出来たと思う……悲しさは変わらないけど」
戸惑いを隠せない少女たち。心中だろうが、事故だろうが、仲のよい友人を１人失ってしまったことは今さら変えることの出来ない事実であるのだから。
小春、みなも、そして撫子の視線が交錯した。少女たちの話を聞く限り、２人が心中へと至る決定的な要因は見出せない。だのに何故、心中事件が起きてしまったのだろうか……？
●奇妙な話【３Ｄ】
「妙なお話でしたね」
「うん……不思議なお話」
みなもの言葉に、小春がこくっと頷いた。初音の友人に話を聞いて以降、２人はせっかくだからと一緒に動いていたのである。
２人は尾根崎川の周辺で、初音たちを目撃した者が居ないか聞き込んでいたのだ。しかし努力の甲斐も虚しく、目撃者は見付からない。
ところが、だ。その代わりと言っていいかは定かではないが、奇妙な話を２人は聞き込んでいた。
まず、件の心中事件以降に野良猫の姿が減ったような気がするという話。これは猫好きで、よく野良猫に餌をやっているおばさんから聞いた話だ。
そしてもう１つ。目撃された日時はやはり心中事件以降ということ以外バラバラなのだが、尾根崎川で幽霊だか幻だかを見た者が数人居たということだ。それは青年だったり、少女だったり、あるいは犬猫だったりとばらけているのだが、１度は青年と少女が同時に目撃されたこともあるという。
「幽霊なんでしょうか」
ぼそっとみなもがつぶやいた。それを受け、小春が口を開いた。
「まだ……何か言いたいことがあるのかな」
不意に立ち止まり、梅雨空を見上げる小春。
「親に赦して欲しい。その気持ちが２人を動かしたのかも……」
初音は心中をするような人間ではない、そう友人たちは言っていた。けれども衝動的に行動に出る可能性はゼロではない。それが……人間だから。
「悲しいな……」
大きく息を吐き出した小春の目が、少し潤んでいるように見えた。そして小春は再び歩き出した。慌ててみなもが後を追う。
やがて皆家橋が見えてきた時に、小春が小声でつぶやいた。
「……２人の霊を呼び出して話を聞いてみれば、真実は解ると思うけれど」
「えっ。そんなこと、出来るんですか？」
小春のつぶやきを聞き逃さなかったみなもが反応した。小春は無言で、静かに微笑んでみせた。
さて、２人が皆家橋までやってきた時だ。上流――徳平と初音が入水したと思しき辺りに、何やら多くのパトカーと野次馬が集まっていた。
気になった２人が野次馬に混じると、中では警察官たちが所狭しと動き回っていた。そしてそこには何故か、みなもの姉である海原みそのの姿もあった。
「みそのお姉様っ！？」
驚きの声を発するみなも。その時、小春はある物を目の当たりにしていた。みなものそばには、担架に乗せられ白い布で覆われた物体があったのだ。ちょうど人間１人分の膨らみもあって。
そう、尾根崎川で新しい水死体が発見されたのだ――。
●協力態勢【４】
「そっちでも調べてたとはな」
「お互い様でしょ」
夜遅く――草間と月刊アトラスの碇麗香は電話で会話をしていた。互いに同じ事件を調べていたことが判明したからだ。
「ニュースは見たか」
「当然でしょ。青年の奴１体だけかと思ったら、警察の調査でもう１体……１０歳くらいの女の子のが見付かったんでしょ、水死体。２人とも、昨日だかに捜索願が出てたって言うじゃない」
「らしいな。しかしこれで、この１ヶ月に見付かった尾根崎川の水死体は４体か……」
受話器越し、麗香には草間の溜息が聞こえていた。またややこしい事件になったとでも思っているのだろう。
「こうなると、単なる偶然とは思えないわね。……どう。協力しない？」
「それは構わないが……」
「あら、何？ 奥歯に物が挟まったような言い方ね」
「俺は怪奇探偵じゃないからな」
次の瞬間、麗香は受話器を置いていた――。
【尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ａ 前編】 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ（しゅらいん・えま）
／ 女 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
【 ０３２８ ／ 天薙・撫子（あまなぎ・なでしこ）
／ 女 ／ １８ ／ 大学生（巫女） 】
【 ０３８９ ／ 真名神・慶悟（まながみ・けいご）
／ 男 ／ ２０ ／ 陰陽師 】
【 ０５７９ ／ 十桐・朔羅（つづぎり・さくら）
／ 男 ／ ２３ ／ 言霊使い 】
【 ０７３３ ／ 沙倉・唯為（さくら・ゆい）
／ 男 ／ ２７ ／ 妖狩り 】
【 １２５２ ／ 海原・みなも（うなばら・みなも）
／ 女 ／ １３ ／ 中学生 】
【 １５１１ ／ 神谷・虎太郎（かみや・こたろう）
／ 男 ／ ２７ ／ 骨董品屋 】
【 １６９１ ／ 藤河・小春（ふじかわ・こはる）
／ 女 ／ ２０ ／ 大学生 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全１４場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、ノベルの完成を皆様に大変お待たせしてしまったことを深くお詫びいたします。現実世界では関東地方の梅雨も明けてしまいましたが、この中では未だ明けておりません。どうぞご了承ください。
・今回のお話は、『月刊アトラス』での高原の同名の依頼と連動しております。ですので、文中には『月刊アトラス』の方で参加されている方が登場している場合がありますし、重要なヒントが『月刊アトラス』の方で出ている可能性もあります。どうぞご注意ください。
・ちなみに後編では、もう一方に移動してもそれは構いません。協力態勢は引かれておりますので。
・藤河小春さん、初めましてですね。高原はこんな風に場面を分けて、ノベルを書いていたりします。皆家橋の考察、なかなか面白いと思いましたよ。それから、ＯＭＣイラストをイメージの参考にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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