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<東京怪談ノベル(シングル)>


耐火ノ痕

 かつては緊張が必要でした。
 あの方と、そして自分以外との交わり。融合。
 意識を侵食される感覚は、酷いおぞましさだけ。
(それでも、今は)
 それすらも快楽と思えるほど。
 わたくしはくり返しました。
 すべては、あの方のために。



 修行をすることは、わたくしたち巫女にとって当然のことでした。それを怠っては巫女としての能力は伸びず、またあの方と枕を共にすることもできないのです。
(ただ――)
 普通に自らの力だけで修行をしていても、限界というものがあります。どんなに修行をつもうとも、この身に最初から内包されている能力以上のものは引き出せないからです。
 それにもう1つ。
(現実の時間が惜しい)
 夢の中での修行はもちろんのこと、現実での修行も必要なのでした。それなのに限界があるのですから、これは非効率に他なりません。
 そこでわたくしたち巫女は、古のものたちや眷属、古来怪物と呼ばれたものたちとの融合を行い、心身ともに強化をはかるということをしておりました。
(けれど初めての時)
 わたくしはあまりの恐怖と身体中の違和感に、泣き出してしまったことを憶えています。
(あれは融合というよりも)
 ただひたすらに削られてゆく感覚。
 もちろん身体だけではありません。心の中までも犯(侵)されるのです。
(それは当然のことだと)
 わたくしは初めてのあとで聞きました。
 この融合の目的は肉体的な能力強化よりむしろ、精神の変質強化なのだそうです。
(あの方と)
 魂のより深いところで、添い遂げるために。
 そして実はそれは、最初から知っていたことでした。
 けれどわたくし自身、心のどこかで分けて考えていたことに気づいたのです。
(わたくしが修行で融合するものたちは)
 決してあの方ではありません。
 それが嫌だと、感じておりました。
 でもそれこそが、間違いだったのです。
(その果てにあるのは何?)
 わたくしは何のために、それをするの?
 改めて自分に答えを問いただした時、わたくしは確信しました。
(すべてあの方へと通ずる)
 わたくしの行為はすべて、あの方のために行われているのです。
(この命、存在)
 最初から、あの方のためだけに。
(だからもう、怖くない)
 それからのわたくしは、慣れるために何度もくり返しました。意志の強い竜などを相手にしても、決して屈しないように。
 そしてやがてそこに生まれたものは。
(禁忌にも似た快楽)
 痛いとわかっていても触れたくなる美しい薔薇のごとく。
 毒とわかっていても口にしたくなる甘い果実のごとく。
 わたくし自身が変質する感覚は、危ういバランスをもってわたくしを誘うのです。
(こちらへおいで)
 すべてを忘れて。
 1つになろうと。
 けれどどんなに素晴らしい快楽をもたらす存在であっても、あの方との夜には到底敵いません。それにその誘いに堕ちてしまったら、わたくしはもう"自分"には戻れないのです。
(それでは意味がない)
 わたくしは二度と、忘れるわけにはいきませんでした。
(わたくしがあなたと交わるのは)
 すべてあの方のため。
 どんな誘いにも乗りません。
 そう強く、わたくしの意志を奪おうとするものたちに語りかけました。
 わたくしが享受するものは、あくまで誘惑されることへの快楽だけです。
(あなたがどんなに心を尽くしても)
 わたくしの意志を奪おうとしても。
 わたくしには快楽と、として心身の強化にしかならないのだと。
 それでもひたすらにわたくしを快楽に導き、堕とそうとするものたちとの融合をくり返すことで、わたくしのすべてはさらに強化されてゆきました。
(あの方への想いも)
 あの方との夜も。
 日に日に深くなってゆきました。
 そんなわたくしですから、今ではその融合の修行すら、楽しめるようになったのです。
(踏み越えることのない境界)
 わざと近づいてみたり。フリをしてみたり。
(過程にすぎない)
 快楽を楽しんでみる。
 くり返す。
(それは誰のため?)
 くり返す。
(もちろん)
 あの方のために――。







(了)