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<東京怪談ノベル(シングル)>


SFXな猫(1)


 バイトをすることになった。
 それも、三日で十万というお仕事――人材派遣会社から電話でそう言われて、あたしは戸惑った。
(随分報酬が良いけど……)
 話を聞くと、メイクのモデルのお仕事らしい。肌が強そうな点で、あたしが選ばれたとのこと。
(それなら、大丈夫かな?)
 やります、と返事をした。
(迷わないといいけど……)
 勤務地で待ち合わせかと思っていると、駅から割りと歩くと言うので、相手側が駅まで迎えに来てくれるらしい。妙に親切だ。


 バイト初日。
 自動改札機を出たところで、あたしは立ち止まった。
 視界にはたくさんの人。
 確か、待ち合わせ場所はここで良い筈なんだけど……。
 あたしは腕時計を見る。
 ――遅刻はしていない。ただ、学校を終えた後すぐに来たから、制服のままだけど。
 学校が終わった後――と言っても今はまだ午前。普段は学校を終えた後では夕方になってしまうけど、今日は期末試験の最終日で、一科目だけ試験をしてすぐに帰れたのだ。
「みなもちゃん?」
 どうやら相手が見つけてくれたみたい。
 目の前に現れたのは、肩までの髪を後ろで束ねている女性。
 その人は持っていた写真をあたしに見せた。そこには制服姿のあたしが写っている。
「みなもちゃん……よね?」
「はい。そうです」
 あたしは頭を下げた。
「今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく」
 彼女は、あたしをゆっくりと眺めてから満足気に、にっこりと笑った。


 案内された場所は、専門学校。
(あれ?)
「もしかして、生徒さんの実習ですか?」
「ええ、そうよ」
 彼女は椅子を置いた。
「みなもちゃんはここに座っていればいいだけよ。簡単でしょ? ――でも、動いちゃ駄目ね」
「はい。――頑張ります」
 あたしは椅子に腰掛けた。
(メイクならそんなにくすぐったくないよね。大丈夫――)
 数人の生徒さん達が、道具を持って現れた。
「じゃあ始めようか」
 彼女は生徒さんにそう言うと、あたしに優しく声を掛けた。
「最初に、型を取らせてね」
 ――型?
 ――型???
「あの、メイクですよね?」
「ええ。特殊メイクのね」
(え!?)
「そうだったんですか……」
(だから肌の強さを気にしてたのね)
 言われてみれば、周りにも特殊メイクっぽい小道具や完成品がちらほらと置いてある。
「嫌?」
 彼女が心配そうに訊く。
(あたしがここで投げ出したら、生徒さんに迷惑がかかるよね……)
「いえ、やります」
 あたしははっきりと言った。
「でも、何の特殊メイクですか?」
「猫よ」
「わかりました」
「じゃあ始めましょうね」
 彼女はそう言いながら、あたしの制服のボタンに触れ――
「きゃあ!」
 あたしは反射的に胸を押さえて、彼女の手を払った。
「何するんですか!?」
「え、だって、猫のメイク引き受けてくれるっていうから……まずは服を脱いでもらわないと。後になってから脱ぐのは大変でしょ」
「ど……どうして服を脱ぐんですか?」
「だって、猫のメイクって、全身にしてもらうのよ」
(――全身!?)
 頭がくらくらしてきた。
(全身ってことは、全身ってことは……)
「全部、脱ぐんですか……?」
「勿論よ」
(全部……)
 あたしはもう涙目だ。
「そうしないと駄目ですか?」
「勿論よ」
(どうしよう)
 辺りには、数人の生徒さんがいる。全員女性ではあるけど――。
(会ったばかりの人達の前で、そんなこと)
「ねぇ、お願い。みなもちゃんが手伝ってくれないと、みんな困っちゃうのよ」
 あたしは涙目のまま、彼女を見た。
 ――あたしがここで投げ出したら、生徒さんに迷惑がかかるんだ。
(それは判っているけど)
 ――それに、一度引き受けたお仕事なのだ。
(それも判っているけど)
 ――承諾したからには、責任感を持たないと。
(…………………………)
「どうする?」
 彼女が覗き込んできた。
「あの、」
 自分でも聞き取れない程の小声。
「後ろを向いていてもらえますか。自分で脱ぎますので……」
 ――その後はもう、何が何だか……。


 メイクには、驚く程時間を要し、顔だけで相当な時間を使った。
 型取りはまだよかったけれど、辛いのは植毛。生徒さんが数人がかりでやることもあって、くすぐったくてたまらない。
(笑っちゃ駄目)
 笑うのを必死にこらえながら身をよじっては、生徒さんに押さえつけられた。
 身体を動かすたびに押さえつけられるから、くすぐったいのか痛いのかわからない。嫌がっているのか楽しんでいるのかも。
 その感覚が顔面から始まり、耳、首、更に下へおりていく。
 声を抑えても、耐え切れず逃げだそうとしては連れ戻され――だんだんと身体も思考も疲れてきて、抵抗する気も失せてきた。
 身体の方も、慣れてきたのか、反射的に身をよじることもない。
 いざなわれるまま、まどろんだ。
 途中、一度声を掛けられ、鏡を前に出された。
 そこには、猫耳、ひげをつけ、鈴のついた赤い首輪をつけたあたしがいた。
 作業は胸の所まで出来ていて、これからウエスト部分に取り掛かるところみたい。
 作業を進めやすくするために、椅子をどけて床に寝転んだ。
 生徒さんは、素早く作業を進めていく。
 腿の時がくすぐったかったのを覗けば、優しく撫でられるような心地よさが勝っていた。
 肉球を再現して、尻尾をとりつけて――作業は深夜にまで及んで、完成した。
「なかなかの出来でしょ?」
 彼女は嬉しそうに言う。
「はい」
 服の代わりのようなものが出来てホッとしている気持ちと、まだ残っている羞恥心と――両方を混ぜた表情で、あたしは笑った。
 そしてまたまどろんで――あたしは小さな寝息を立て始めた。


終。