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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


熱帯日

 その日、東京は記録的な暑さに見舞われていた。

●灼熱の塔にて
「パソコンを暴走させるな!」
「それ以前に僕らがくたばりますって!」
 白王社月刊アトラス編集部。ここもその例外ではなかった。
「最悪な状況‥‥ね」
 ペーパーフォルダー片手に碇麗香がぐったりと机につっぷす。当然、このビルに冷房機器がないわけではない。だが、それらはまっさきに旅立たれた。お陰で他の編集部も壊滅の危機に瀕しているらしい。
「もう今日は休‥‥」 「却下!」
 編集部員のぼやきを即座に斬る。
「でも仕事になんないっす。編集長もそうっしょ?」
「う‥‥。仕方がない」
 麗香はさらに不快指数を募らせながら、電話の受話器を取った。
「余り頼りたくはないけれど‥‥」

「どないした? なんか、ご機嫌みたいやが」
「む? いや、まさか奴が私を頼るとは、とな」
 黒電話の受話器を戻す、天王谷特殊工学研究所代表、井上が手を振りながらにやりと笑う。
「熱かったみたやな‥‥んで?」
「涼しくなるモノとのことだ。今日中に取りに来るらしい」
「やっぱしなあ」
 五色が北側の窓の外を眺めた。陽炎が揺らぐ中、太陽が輝いている。
「しっかし、ここまで来れるんか?」
「配達は業務外だ」
 ぐったりと床に伏せる犬の側、そのカナダライには井上の足。

●灼熱な編集部にて
 古来より『熱があるときには体温をはかるな』という言葉がある。
 それによって、具体的な数値がでてしまうと、精神的にも肉体的にもその状況を現実として受け入れるから‥‥だろうか。要はこういうことだ。
「温度計は封印しなさい! あと、ラジオやテレビを絶対につけないこと。ネットも今日の出来事なんてのは絶対厳禁!」
 麗香の声に、のろのろと屍っぽい編集員が対応する。だからと言って、そう簡単に『暑すぎる』という状況から好転するはずもない。
「大変そうだねえ」「ですね」
 これは麗香の机の周りに椅子を並べる榊船亜真知と海原みそののコメント。のろのろとした一団とは比べるまでもなく二人とも涼しい顔だったりする。
「呑気な話だこと」
 その二人へ、小さく、ほんの小さく口の端を歪ませるのはステラ・ミラ。先月のアトラスを片手に何やらメモをとっている最中だ。
「どういう意味?」「さあて、ね?」
 低い声になった亜真知にステラはそう答えただけだった。が、その目は二人の服装に向いている。
 みそのは新作だと言う黒いサリー。今日はお披露目に来たらしいが、誰も感想を話していられる状態ではなかったので少し残念に思っていた。
 亜真知は黒地の振袖。純和風、日本人形ないでたちだったが、これまた誰もがそれどころではなく‥‥。
「だから、かしら?」
「違うわ‥‥実際、ここの誰も取りに行けないのは見てたら分かるでしょ」
 ステラの問いに、机につっぷしながら麗香が答えた。他の編集員も軒並み似たような状態で机にへばりついている床にへばりついている窓に壁に(余談だが、部屋のほぼ中央には本人とほぼ同じ大きさのうちわを抱えた男が一人ぶっ倒れている)。
「碇様もですか?」
「業務中だから。じゃなきゃとっくに家に帰ってる」
 その『帰る』に反応したらしい。一番近くの上体がむくりと起きたものの眩んですぐにまた沈むと隣がそれに反応して以下同文以下同文。
つまり、机の列を基本ににウェーブのように、ばたばたと上体が起きては沈み、沈んでは起き‥‥。
「ふ‥‥はっ」
 いきなりその流れに加わるステラ。で、二週目突入。すでに思考能力はないようだ。
「なぜ混ざるかなあ」「こういうのは参加してこそ、よ」「‥‥どうなんでしょう?」
 ふたたびタイミングを計っているステラに、亜真知は呆れ、みそのは首を傾げる。
「混ざるな混ざるな」
 そのやり取りに投げやりな麗香のツッコミ。
「それよりも‥‥って、話を聞け!」
 波が来たすかさず麗香が吠えた。と、同時に電話が鳴った。
「‥‥はい‥‥はあ? ちょっと待ちなさい」
 傍から見ていても不快指数が上昇しているのがありありと見て取れる。
「『それよりも』。なんだったのでしょうね?」「ふふふ、もろい‥‥さあね?」
 波は止まっていた。原因は暑さによる体力切れ。のちにこの一件は『編集部大波事件』として闇に葬られ‥‥。
「待てって言ってるでしょう! なんなんで、そんな条件がつくのよ! それは分かってるって‥‥だから! あ! ちょっと待ちなさい!」
 そしていまいましげな顔の麗香が、力いっぱい受話器を叩きつけた。
「‥‥予定変更。私も行くことになったわ」
「それでは今の電話のお相手は」
「そ。例の研究所の人間‥‥まったく何様のつもりよ!」
 今度は机を叩く。床にぶっ倒れていた男がびくんと動いたのは、さておき。ちょうどその時、岐阜橋矢文がやって来た。
「‥‥碇編集長」
「あら。岐阜橋君。どうかしたの?」
「いや、その‥‥現場が休みで、な」
「丁度、良かったわ」
 ややそっぽを向きながらの矢文の言葉に、麗香が喜色満面で答えた。
「今から荷物を取りに行くんだけど、付き添いを頼めるかしら。力仕事になるかもしれないの」
「え〜? 私たちは?」
 その申し出に亜真知は膨れっ面を作る。隣のステラはじっと上目遣い見ている、みそのは胸の前で指を組んでいる。
「分かってるって。来てもらうわ。ステラさんもみそのさんも」
「‥‥ところで」
 ぼそりと矢文が口を挟んだ。
「何かしら?」
「バイト代、出るか?」
「勿論。実際、暑さで編集部壊滅なんてそんなこと許されないもの」
「‥‥暑さ? となると荷物は‥‥」
「涼しくなるモノですよ」
 瞬時に走り出す矢文。瞬時に捕獲する亜真知。瞬時に捕獲するステラ。瞬時に椅子から転げ落ちるみその。

 こうして、即席の輸送チームが成立した。

●灼熱な街にて
 白王社社屋を出たところにそれは居た。
「待たせたわね、オーロラ」
 ステラは嬉嬉としてそれの一部である犬の頭を撫でた。 それは犬ぞりだった。
 通常、人や物を運ぶ場合、犬の疲労も考え多頭引きの形が取られるが、これは一頭引きだ。しかも中型犬(狼だが)がひっぱている。
「寒冷地の乗り物のほうが涼しい感じがするかと‥‥ほおら、こんなに炎天下」
 誰かが口にする前に語られたステラの言葉通り、街は‥‥白かった。
「私はこの子で行くつもりよ」
「じゃあ、わたくしたちも‥‥乗れないかな?」
「自転車に十何人かで乗っているの見たことありませんか? あの要領でいけば‥‥」
「‥‥俺も、か?」
 矢文はうめいた。女性四人だけでもどうかと思うが、加えてがっしりとした体型の矢文までとなると、どこにどう乗せればおさまると言うのか。
「挑戦こそが歴史を造るのよ♪」
「‥‥どこの歴史だ。俺たちは歩こう。何にでも対処ができる」
「却下。あ、ナイスタイミング♪」
 揺らめく道路に一台のタクシーが通りかかった。すかさず亜真知はそれを止めた。
「いや‥‥俺は‥‥」
 再び、逃げ腰になる矢文。が、それまでしゃがんでいた麗香がその退路を絶った。
「歩くのもいいけど、この天気じゃね。大丈夫、代金は私が出すから」
「そうでなく‥‥俺は冷房が‥‥」
 車内に引き込まれる矢文。最後に見た空も白かった。

「ほう。急ぎですか」
 人のいい笑顔で運転手。空調は使われていない。かと言って車内は蒸すわけでもない。
「うん。だからできるだけ急いでください」
 後部座席から顔を出し亜真知は頷いた。後部座席には矢文と麗香。みそのは助手席。ステラは、犬ぞりにこだわったので車内にはいない。
「急ぎ、ですか」
 キラリ。一瞬の目の輝き。が、止めるよりも先に運転手は動いていた。
「きゃ」
 みそのが軽い悲鳴を上げる。車が少し沈んだせいだ。感覚としては上げてあったOAチェアをいきなり下げられたような感じ。
 続いてハンドルを外し、座席の下から別のハンドルを出す。その根元のボタンを操作。ボンネットが変形する。
「急ぐのですね。急ぎですよね」「‥‥急ぐが‥‥」「できれば、安全を‥‥を?」
 最後に豪快なホイルスピン。その後、車は弾かれたように加速した。
「すごいスピードで、でででで?」
 すぐのコーナーでドリフト。反対車線まで大幅に飛び出す。シートベルトをしているというのにみそのも大幅に振り回される。
「‥‥あいつは‥‥」「だ、大丈夫‥‥みたい、だよ」
 そして、そんな状況の中で、手摺にしがみつく亜真知と中央でふんばる矢文は見た。窓の外、無茶と言うしかないような走りを見せるタクシーに、ぴたりと並走する一台の犬ぞりと平然とそりに乗るステラを。

●冷涼な研究所にて(空間溶接)
「死ぬ。絶対に死ぬ」
 それがタクシーから降りた亜真知の第一声だった。
「‥‥確かに‥‥これは、きつい」
 さしもの矢文にもきつかったらしい。ボンネットに手をつき深呼吸。麗香はまだ死んでいて車内にいる。
「しかし‥‥」「言わないで」
 にこにことしているみそのを確認し二人してため息。
「なぜ、眠れる?」「言わないでってば」
 みそのは振り回されながら寝ていた。実際、到着してからもしばらく寝息を立てていた。
「‥‥人それぞれ、か」
 犬ぞりの前でオーロラに握手を求める運転手を眺めぽつり。

「二つあるわね」「二つあるね」「‥‥二つだな」
 呟いてみる。研究所は二つあった。その二つが重なったり離れたりしている。
「前は一つだったんだけどなあ」
 亜真知は門についている呼び鈴を押した。途端にぶれが収まり、建物が一つに収束する。
「変な感じですね」
 みそのは表情を引き締めた。
「なんと言うか‥‥世界がぶれている感じがしていたのですが」
「そうね。どちらかと言うと、そんな感じ」
 オーロラを従えたステラも頷く。
「あるいは、移動直後の違和‥‥」「‥‥興味深い意見だな」
 その言葉を遮るように、入り口のドアが開いた。
「来たわよ」「うむ。待っていたぞ」
 苦々しい顔の麗香と鉄面皮の井上と。
「ところで、犬所長は?」
 そこに割り込む亜真知に、井上がわずかな苦笑を浮かべ上を指した。
「二階だ。おそらく‥‥」「あの部屋だね? うん、分かってるから大丈夫」
 亜真知はあっと言う間に駆け込んだ。すぐにステラとオーロラが続く。
「せっかちだな。まあ‥‥苦労するのは奴だから構わんが」

 通された部屋は、外の状況が嘘のように涼しかった。
 だから矢文は部屋の入り口で足を止めた。ただ嫌悪が過ぎ逃げ出すほどではない。それよりも‥‥。
「どういう、ことだ?」
 一番奥の大振りな机に着いた井上に問い掛ける。
「わざわざ来ていただいた御仁を灼熱の中で出迎えることはあるまい?」
「違う。この部屋の‥‥雰囲気が、だ」
「そう言われると、この部屋はなんと言うか‥‥」
 ソファーに座るみそのは周囲の風の流れを探るべく、意識を集中した。風は壁から流れ出、壁へと吸い込まれていく。その向こうは木々と青く済んだ空。
「この部屋の壁と人里離れた山をつないだ。つまりこの部屋は部屋でありながらも山の中ということだ」
 こともなげに井上。が、その言葉に矢文は頷いた。
「それでか‥‥妙に懐かしい気がするのは」
「これをこのままと言うわけにはいかんが、類するモノを持ち帰ってもらおう」
 窓の外に目をやる。木々が揺らめいている。
「かねてから実験をしていたのだが、ようやく空間溶接が成功しそうだ」
「ああ、だから揺らいでいたんですね」
 みそのは最初に研究所の前に立ったときのことを思い出した。
「おそらく、な。まだ完全ではないので、因果がそのように発現したのだろう‥‥他にも影響が出た可能性もあるな」
「まさか‥‥まさかとは思うけど」
 それまでくつろいでいた麗香が身を起こし眉をひそめた。
「ここまで暑い原因ってことは‥‥ないわよね?」
 全員が黙り込む。しばらくして井上が呟いた。
「‥‥ふっ、いい意見だ。さすがは 我が花嫁‥‥いや、花婿だったか?」
「花嫁‥‥花婿‥‥だ?」「結婚してらしたんですか?」
 目を丸くする矢文。ぱっと顔を上げるみその。
「い、いい加減にその話は忘れてよ!」
 その空気に耐え切れず、途端に麗香が叫んだ。
「大体、幼稚園の頃の話を今更‥‥」
「もしこの姿が気にいらないのであれば、幼少時代の姿に戻ってもいいぞ?」
 井上が悠然と微笑む。
「‥‥絶対いらない」

 なお、件の『涼しくなるモノ』だが、その後無事に編集部に届けられ取り付けられた。そして、その日一日分の仕事の処理のため、ただひたすらに働く編集員たちの姿が見受けられたという。
 もっとも。翌日、東京は記録的な豪雪に見舞われた、とか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
1057/ステラ・ミラ(ステラ・ミラ)/999/女/古本屋の店主
1388/海原・みその(うなばら・みその)/13/女/深淵の巫女
1571/岐阜橋・矢文(ぎふばし・やぶみ)/103/男/日雇労働者
1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)/999/女/超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
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■         ライター通信          ■
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 どうも、平林です。この度は参加いただきありがとうございました。それにしても世間はすっかり夏ですよ。ヒグラシとか鳴いてますし‥‥夏、なのか?

海原様 :すみません、ボケ属性強化で書いてます。服飾系には疎いため、『サリーにベールは必要か?』と悩んだりしつつ。
岐阜橋様:襲撃は『やる人いるかな』と思っていたのですが‥‥やんないですよね。はっはっはっ‥‥はあ。

 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。