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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


【東京妖怪探訪 序】番町・更屋敷の怪

○オープニング
 古いビルの階段を一段ずつ歩き、階上にある扉を見つけ、青年は小さく微笑んだ。
 それは、どこにでもいる普通の青年のように見えた。
 茶髪の柔らかそうな髪に白い肌、黒い瞳は大きく茶目っけすら感じるハンサムな二十代前半の青年……。
 Tシャツにジーンズという服装も今の若者のまま。けれど何故だろう。その場に彼が存在することに、何かひどく違和感を感じるのだ。
 彼は月刊アトラス編集部の扉を叩く。そして静かに扉を引いた。
 来訪の電話を先に受けていた、碇・麗香はすこし緊張したような面持ちで、椅子から立ち上がり、彼を迎えた。

 待合室に通された彼は、優しげな微笑をたたえながら、ソファに腰掛けた。名を「観月・雅」(みつき・みやび)と名乗った。
「それで、どういうご話なのですか?」
「いや、そんなに緊張することはないですよ。私がお願いしたいのは、更屋敷に住むお菊ちゃん、あの子を助けてあげて欲しいんです」
 丁寧な口調だが、江戸の訛りが残る舌。
「皿屋敷・・・?」
「へい」
 雅は頷く。
「最近、連絡がとれてないのですよ。あの可哀想な娘さん、今夜も人知れず泣いているに違いないんです。・・・・・・そして、放っておくと大変な悪さをしでかす・・・・・・」
「大変な悪さ・・・・・・」
 麗香はその言葉に軽く悪寒を思う。
 彼が語るのは江戸の妖怪。江戸の妖怪たちの保護者を名乗る青年の正体も、妖怪という。
 信じるか信じないかは人次第だろうが、麗香は信じることにした。
「とりあえず人をよこして調べさせてみますわ。・・・・・・面白い調査になるとよいのですが」
「あの子に会ったら宜しく伝えておくれ。いつでも浅草で待ってるからって」
 雅はにぃと微笑んだ。

●番町更屋敷の女

 「牛込御門の内。昔物語に云、下女あやまって皿を一つ井戸に落とす、そのトガにより殺害せられたり、その念此所の井に残り、夜ごとにかの女の声をして、一つより九つまで十をいはで泣き叫ぶ、声のみありてかたちなしと也、よって皿屋敷とよびつたえたり。」
 (江戸砂子)

 この話を記した一番古い書物は、江戸時代に書かれた「江戸砂子」だといわれる。
 けれど、この文中には「牛込御門」とあり、牛込の御門は現在のJR飯田橋の付近。すなわち新宿区にあたり、千代田区の番町とはまた別の土地である。
 しかし、この飯田橋の付近を昔は番町といったという話もある。
 この話をメジャーにしたのは、明治時代の文豪「岡本綺堂」であり、この人の書いた本はフィクションであり、史実を伝えているわけではない。
 だが、現在ではどうだろう。
 福岡に伝説あり、幡州姫路城に伝説あり、そして千代田区に伝説あり。
 それらは皆共通して「10枚組の皿の一つを割った女がその罪を責められ、井戸にて命を失った。その井戸から幽霊が現れるようになった」というものである。

 シュライン・エマは横浜の土地に立っていた。
 切れ長の瞳の美しい、スレンダーな美女である。軽く一つ結びにした長い黒髪が、横浜の風になびき、微かに揺れている。
 平塚駅近辺にある、紅谷町児童公園にお菊を埋葬したという墓地の所在を知っていたからだった。
 閑静な静かな公園の一角に、菊の花壇に囲まれてその塚はひっそりと存在していた。秋には色とりどりの菊が咲き乱れ、きっと美しいことだろう。
「……ここに眠る人と、東京にいるお菊さんは違うのかしら……。でも、妖怪だから……幽霊とは違うのかも」
 迷うように呟く彼女。
 碑にはこう書かれていた。
『伝説によると、 お菊は平塚宿役人真壁源右衛門の娘で、行儀作法見習のため江戸の旗本青山主膳方へ奉公中、主人が怨むことあって菊女を斬り殺したという。
 一説によると、旗本青山主膳の家来が菊女を見染めたが、菊女がいうことを聞かないので、その家来は憎しみの余り家宝の皿を隠し、主人に菊女が紛失したと告げたので、菊女は手討ちにされてしまったが、後日皿は発見されたという。 この事件は元文5年(1740)2月の出来事であったといい、のちに怪談「番町皿屋敷」の素材となっという。
 また他の話によると菊女はきりょうが良く小町と呼ばれていたが、24才のとき江戸で殺されたといわれている。死骸は長持詰めとなって馬入の渡場で父親に引き渡された。このとき父親真壁源右衛門は、「あるほどの花投げ入れよすみれ草」と言って絶句したという。源右衛門は刑死人の例にならい墓をつくらず、センダンの木を植えて墓標とした。
 戦前はこの付近が墓地で菊女の墓もここにあったが、昭和27年(1952)秋、戦災復興の区画整理移転により現在の立野町晴雲寺の真壁家墓地に納められている』
「なるほど……。彼女はここの土地で生まれたけれど、江戸に奉公に出たというわけなのね……」
 合点がゆき、シュラインは小さく微笑んだ。
「それじゃ……行ってみますか。番町に」

『皿屋敷か……聞けば聞くほど難儀な話よの……』
「あ゛?」
 朝食を食べようと立ち寄った喫茶店。
 スポーツ新聞を広げているのは忌引・弔爾。長く伸ばした茶髪に赤いバンダナを巻いた、どこか退廃的な雰囲気を持つ青年である。
 その彼が座る席にたてかけてある竹刀袋の中から、もう一つの声が響いていることには、まだ店内の誰も気づいてなかった。
「うっせぃぞ、あんまりしゃべるな」
 竹刀袋を軽く蹴飛ばし、文句を言うが、刀は機嫌を悪くしたのかあてつけのように話し続ける。
『男子たるもの難儀する婦女子を捨て置く訳にもいくまい。まして話を聞いてしまつたのならば尚更だな』
「まだ受けるって決めたわけじゃ……」
 ため息をつきながら弔爾はぼやく。
「そりゃ、自分が望まないのに殺されたり、おっ死んだわけだから、化けて出る気持ちもわからなくはないけどな……まともに相手になるってのも無茶な話のような気がするが……」
『弔爾!!』
 刀が怒鳴る。
 あわてて取り押さえる弔爾。喫茶店内の客も感づいてきたのか、ちらちらとこちらを見ているのがわかった。
「怒鳴るなよ……俺が恥かくんだぞ」
『ともかく、集合は市ヶ谷駅だな……向かうぞ』
「…………へいへい」
 ため息をつきながら、サンドイッチを口に押し込み、弔爾は面倒くさそうに頷いた。


 JR市谷駅で関係者達は、待ち合わせをしていた。
 やはり夜でなくては、幽霊も出づらいだろうということで、時刻は結構遅い時間ではあった。
 一人、どう見ても小学生のような中学生が混ざっていたが、彼らは幸運なことに、お互いに知らない者は少ないような状況であったので、その幼い子の姉も信用して任せて、遅い外出を許してくれた。 
「皆様、揃われましたわね。宜しくお願いいたしますわ」
 落ち着いた柄の清楚な和服を身につけた天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)が、一同を見回して目を細めた。
 それぞれ挨拶を交わした後、弔爾はくわえ煙草を手に持ちかえ、面倒くさそうに告げた。
「で、これから、どうするんだ? すぐ向かう?」
「歩いてそれほどの距離じゃないそうだからな。行ってみるか」
 苦笑の似合う金髪に髪を染めた、こちらもどこか退廃的な雰囲気のスーツの青年がそれに同意した。彼は真名神・慶吾(まながみ・けいご)という。
「それでは、話しながら参りましょうか」
 撫子が言うのに、「ええ、そうしましょう」と物静かそうな優しい顔立ちをした、背の高い長髪の男が同意する。九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)というバーの主人を営む青年だ。
 他の一行も同意してくれたので、彼らは…………総勢7人の一行は、靖国通りの方向に向かって、歩き出した。

「ねえ、更屋敷ってなあに? みあお、わからないんだけど……」
 歩き出してまもなく、海原・みあお(うなばら・−)は口に出して聞いてみることにした。
 一行の中でいちばん幼い、13歳。しかし、それだけでなく、彼女の見かけはまだほんの小学校低学年にしか見えない。
 おかっぱの銀色の髪と、白銀の瞳の愛らしい少女だ。大きなリュックを背負い、肩にはポシェットをつけている。
「全国に色々な説がありますが……、江戸のものが一番有名とは思いますが、姫路城にもお菊井戸と呼ばれるものもありますし」
 優しげな口調で、桐伯が説明を始めた。
「多分、こちらの史実に残るものが全国に広まり、また江戸に逆輸入されたのではないでしょうか。私はそう考えますが……」
「うん……」
 じっと聞くみあお。まだ本題には入ってない。
「怖い話……ですよね」
 瞳を輝かせて、みあおよりも興味津々な様子を見せたのは、銀髪に赤い瞳をしたお人形のような少女だった。
 今日は、朝顔の柄の藍色の浴衣を身に着け、髪も軽く結い上げてある。ヴィヴィアン・マッカランという、外国から来たという女性だ。
 黒々とした美しい髪は、本日のための染物らしい。
「そうですね……怪談です」
「怪談!」
 ヴィヴィアンが繰り返す。
「どんな怪談? 怖いのかな……」
 みあおが続けてたずねる。
 九尾はたっぷりと間をとってから話し始めた。
「昔、ここはお屋敷が立ち並ぶ場所でした。その中に旗本……屋敷の主人ですね、彼と腰元のお菊という女性が恋仲になったそうです。けれど、お菊は身分がけして高くないので、それが結婚の障害になってしまい、時間ばかりたつうちに、主膳は亡くなった両親が決めていた許婚とのことで悩み始めます。
 お菊は愛する主膳の気持ちを確かめようと、家宝である十枚組みの皿の一つをわざと割ってしまいました。
 するとそれを知った主膳は、自分が試されたことや、彼女が自分を信じなかったことに腹をたて、彼女を切り捨てて井戸に捨ててしまったのです」
「……可哀想」
 みあおが叫ぶように言った。
「ええ。皆がそう思いました。だからこそ幽霊が出るようになったのかもしれませんね。それからしばらくして、屋敷のお菊が捨てられた井戸から、毎晩幽霊が出るようになったのです。そして皿の数を「いちまい〜、にまい〜、さんまい〜」と数え初めて……」
「ひゃああ」
 ヴィヴィアンが顔を伏せた。
「そして9枚目まで数えると途端に泣き崩れてしまうのだそうです。それが……番町皿屋敷のお話ですね」
「それがお菊さんなんだね……」
 みあおは大きな瞳を瞬きして、たずねた。
「そうです。あとは江戸が舞台ではないですが、姫路城を舞台にした幡州皿屋敷では、青山はお城の乗っ取りをたくらんでいて、お菊は偶然その話を聞いてしまい、彼女を消すために、青山たちは彼女が殿様から預かっていた10枚組の皿のうちの1枚を割ってしまうのだそうです。そしてその罪を彼女になすりつけ、斬殺して、井戸に投げ込んだ。そしてお菊さんの幽霊が出るようになった、という話らしいですが」
「とても似てるお話ですね」
 黙って聞いていた撫子が感心したように、口を開いた。
「ええ、だから」
「怖い話の逆輸入か……」
 シュラインは腕を組み、一同の後ろの方から頷いた。
 どこか納得がいかないような気がして、しかし、どこに納得がいかないのかもわからない。
「あと、こんな話もあるようですわ」
 撫子がつけ加えていった。
「青山主膳とお菊の仲を怪しんで嫉妬した、主膳の妻が、お菊を憎むあまり、10枚あるうちの皿の1枚を隠し、それをお菊のせいにしたため、彼女は殺され井戸に投げ込まれた……と」
「どの話でも、お菊は10枚の皿のうちの1枚を割った(なくした)罪をかけられて殺されてしまうのですね」
 九尾が頷きながら呟き、撫子は声を潜める。
「まるで……都市伝説のようですわね」
「都市伝説って」
 言いえて妙だな、と慶吾は笑った。
 実際に起こったのか否かはっきりとは残らぬ話。それが風の噂のように流布して「井戸から出て皿を割るかわいそうな女の幽霊話」は全国に広まったのだろうか。
 そして、噂を楽しんだ人々により、その根拠とされた土地がいくつか生まれ、それぞれに伝説がつけられた。
 そうともいえる……ということだろうか。
 靖国通りを進み、靖国神社の方向に向かって行くと、最初に路地が出てくる場所に東京三菱銀行がある。
 その路地で曲がったところから見える一方通行の標識。その先が『帯坂』と名づけられた坂だった。

「……妖気か」
 大通りのネオン輝く場所から、閑静な住宅街に入り込み、辺りの雰囲気は一転する。
 そして7人の一行が帯坂へ足を踏み出そうとした時、全身に総毛だつような思いを一瞬感じたのだった。
 懐に入れた符にふと、意識を向け、慶吾は呟いていた。
「ここは……帯坂」
 九尾がそらんじるように、まるで歌いだすかのように、さらりと口にする。
「青山に追われ、髪を振り乱し、帯を引きずりながらお菊が逃げたといわれる坂です。この名の由来もそこからきているそうです……」
「ほう」
 慶吾は笑う。
「フィクションと聞いたが、どうして坂だけあるんだろうな……」
 この千代田区の番町に「青山主膳」という人物の屋敷の記録はない。
 それはすべてが「岡本綺堂」という作家のフィクションであったからだ。
「まあ難しい話はわからねえけど……」
 ため息をつきながら、弔爾が呟いた。
「早く、行こうぜ。泣いてる女を放っておくのは気持ちが悪いな」
「ふ」
 思わず慶吾が破顔する。
「何故笑うっっ!」
 むきになる弔爾。
「いや……らしくないな、と」
「知るかっ。……思うままに言っただけだ」
 僅かに赤面し、弔爾はズカズカと歩き出す。その手元の刀袋の中からも、笑い声が響いてるような気がするのは、悪い冗談といっていいだろう。
 帯坂は150メートルほどの緩やかな傾斜の坂である。
 あまり明るい道とはいえなかったが、しかし、そこを歩いていくにつれ、どんどん辺りが暗くなっているような気がするのだった。
 そして。
 やがて辺りの景色は、まるで闇に溶け込んだように見えなくなった。
 代わりに、ぽうと一つの明かりが、道の脇に浮かぶ。
 ちょうちんを持った和服姿の雅が、そこに立っていた。
「……よう。おいでなすったか。ありがとよ」
「……驚いたわ。雅さんですね」
 シュラインが軽く会釈をすると、雅は頷き、ちょうちんを坂の上に向けた。
「この坂の上だ……お菊ちゃんはいる」
 その声に一同は皆、坂の上を見上げたが、その先は闇に飲まれたままで、少しの先も見えなかった。
「あんた達なら大丈夫そうだな……。万が一、お菊ちゃんが暴れても……丈夫そうだ」
「お菊さんってあばれるの?」
 みあおがたずねた。みあおはよくわからないが、さっきの話では、井戸の中で皿を数えて泣き伏す幽霊という話だった。お皿でも投げつけてくるんだろうか。
「……まあ普通の状態なら、そんなことはねえんだけどな。俺の呼び声も届かなくなっちまってるようだし……」
 雅は頭をかいた。
「危険は承知の人が揃ってるっていうのが、あの編集長のお話だったしな」
「……そんな話聞いてないぞー」
 弔爾が刀袋を肩にかけながら苦笑する。緊張していく皆の顔を雅はくすくす笑いながら見回した。
「……悪いね。半分は冗談だよ」
「半分はって……?」
 ヴィヴィアンが尋ねた。
 雅はぎょっとしたようにヴィヴィアンを見上げた。
「あんたは……なんだい?」
「なんだいって……」
 ヴィヴイアンは頬を赤くした。
「人間だなんて嘘をついても無理だぜ?」
 雅が笑う。
「……バンシー」
 ヴィヴィアンが困ったように呟く。すると雅は腕を組み、うーむ、と考えはじめた。
「聞かないなぁ……。異国から来た者、そうだな」
 頷くヴィヴィアン。彼女の視界には、雅はただ落ち着きのある江戸口調の若者というだけでなく、その背後から広がるもう一つの何かが見えていた。
 小柄なその肉体に内包された世界の一部が垣間見えているのだ。彼女はそう感じた。
 彼が抱えるもう一つの世界。知らない町。
 その中に、仲間達はたくさんいる。
「そうだよ……ヴィヴィはアイルランドから来たの……。ねぇ、雅さん、それは何?」
「それ?」
 雅はヴィヴィが見ているものに気がついたのか、目を細めた。
「……妖怪天国だ。何か困ったことがあったらおいで」
「……」
 天国。
 なんだろう。ヴィヴィは聞きたがったが、雅は他の話を始めてしまった。
「……あんた達が歩きながら話してたお話聞かせてもらったよ……。面白い話だったが……、俺が知ってるのはまたちょっと違う。聞いてくれるかい?」
「違う?」
 桐伯が眉を寄せた。
 否定の声がないので、雅はしばらく待ってからゆっくりと話し出した。

 武家・旗本の屋敷が立ち並ぶ番町の付近は、昔から怪異のよく起こる場所として知られていた。
 番町七不思議という言葉もあったほどである。
 その中に「更屋敷」と呼ばれる空き家があった。それは長らく更地とされていたからそう呼ばれていたとも言われる。
 そこには過去「吉田屋敷」という屋敷が作られていて、とある高貴な女性の住処であった。
 女性は寂しさのあまり、たくさんの男との荒淫をしたが、屋敷の表役を努める男性と恋に落ち、彼を深く愛した。
 けれどある日、女性は、その男が侍女と戯れている姿を目撃してしまう。嫉妬の余り激昂した彼女は、侍女の額に焼け火鉢を当て、それだけでは飽きたらず、斬殺して井戸に放り込んだ。さらには、自分を裏切った男も殺し、同じく井戸に投げ込んだ。
 以来、その井戸からは夜な夜な二人の亡霊が現れたという。
 女性の没後、その屋敷は取り壊しとなったが、井戸からの亡霊は相変わらず出るので、誰も買い手がつかず、更屋敷となっていたらしい。
 そして長い時が過ぎ、その噂も曖昧なものとなった頃、火付盗賊改、青山主膳という人物がその土地を買い上げることになった。
 江戸に出る盗賊達を捕らえ、詮議し、懲罰を与えるのが彼の仕事で、あるとき磔刑に処した盗賊の娘で16歳の「お菊」を彼は侍女として雇いいれた。
 お菊が18歳になったとき、この屋敷の家宝である10枚組のうちの皿の1枚をうっかり彼女は割ってしまった。
 青山とその妻は、寒風吹きすさぶ庭に、裸にして引き据え、さんざん折檻したあげく、彼女の指を一本切り落とした。10本のうちの一つを……というわけである。
 さらに物置に15日も、食事も与えられないまま閉じ込められ放置されたお菊は、もはやこれまでと、なんとか物置から逃げ出したお菊は庭の井戸へと身を投げた。
 先の二人の男女が投げ込まれた井戸は「吉田屋敷」が立て壊された時に共に、けして後がわからないように埋められてしまっていたという。
 青山が掘った井戸は違う井戸であると思われるが、もしかすると偶然同じ場所に掘ってしまったのかもしれない。
 果たして、夜な夜な井戸に現れ、皿の数を数える娘の幽霊の噂が広まるようになった。
 時を待たずして、青山の家はみるみる没落し、屋敷は再び「更の土地」更屋敷に戻った。

「という話」
 雅は笑った。
「これも作り話だけどよ。同じ場所で、次々と悲劇が起こる。その前の住人の残した咎が、次の住人にも因縁を引き起こし、おきてはならん悲劇を呼ぶ。他にもこういう話は聞いたことがあるだろう」
「……そうですわね」
 撫子が眉をひそめて言う。
「それでお菊さまはどのお菊さまなんですか?」
「……さあな。多種多様なお菊さんがいたとして、お菊ちゃんの姿自体はどの話もそれほど変わりないからね」
 撫子にそう告げ、雅は「おしゃべりがすぎたね」と皆に謝った。
「……さて、それじゃおまえさん方の出番だ。頼むぜ、お菊ちゃんを元気づけてやってくれ……」
 ちょうちんの火が揺れる。
 気づくと、そのちょうちんを持っていたのは、先頭を歩いていた慶吾だった。
 雅の姿はいつの間にか消えて、辺りはやはり暗いまま。
 道の先、坂の上の方をちょうちんで照らすと、思わせぶりな柳の木が揺れ、その下に古びた井戸がある。
「……あれかしら……」
 シュラインが口にする。
「ちょっと……怖いかも」
 みあおはヴィヴィアンの腕にくっついた。
「やっと会えるのか……さあ、いくぞ」
「そうだな……」
 待ちくたびれた弔爾と慶吾は、先頭にたちながらゆっくりと歩き出した。他のものも、後を追うようにゆっくりと進む。
「おっと」
 雅の声が突然、全員の背後から響いた。
 振り返ると雅がにぃと笑いながらたっている。
「一つ言い忘れた。お菊ちゃんに浅草に来るように伝えてくれ。……土地に縛られてるんじゃないよってね」
 そして再び、すぅと消えた。

●お菊井戸
 コツコツコツ。
 闇の中、一緒に道を行く仲間達の足音だけが響いている。
 先を照らす慶吾の持つ提灯の後を、無言で黙って追いながら、歩き続け、ようやく坂を上り終えたとき。
 シュラインはふと、背後を振り返った。
「……えっ」
「どうした?」
 慶吾が提灯の灯りごと振り返る。
 そのぼぅとした灯りに照らし出されたのは桐伯と撫子。シュラインはやや青ざめた表情を皆に見せ、もう一度、後ろを振り返った。
「いないの……」
「誰が……?」
 桐伯は言いかけて、はっと息を飲んだ。
 シュラインの後ろを歩いていたはずのみあおとヴィヴィアン、それに弔爾が姿を消していたのだ。
 何の物音もたてず。彼らの姿はこの空間の中に無かった。
「どういうことでしょう……三人はどこへ」
「道に迷うような場所じゃないわよ」
 桐伯の困惑した声。シュラインは少し苛立つかのように坂の下に下りようとするが、分岐のあるような道でないのは確かである。
「……入れなかったか……もしくは、違う次元に落ちたか……」
 慶吾は提灯を片手に持ちながら、顎に指をやり、唸った。
「どういう意味ですか?」
 撫子が問う。
 慶吾は返事の変わりに、胸元のポケットから符を取り出し、指で呪をかけ、十二神将と呼ばれる式神達を召還した。
「散れ…………っ! この空間の維持に死守せよ」
 その命を受け、式神達は彼が立つ場所を中央として十二の区域に飛び去った。
 すくっとその一つは、彼らが今上ってきたその坂の上に動きをとめた。
「ここは結界の中だ。現実の世界じゃない……」
 慶吾の言葉に、ようやく納得したように撫子が頷く。
「なるほど……。お菊様かどなたか知りませんが、たいした霊力でございますね」
「まったくだ」
「どういうこと?」
 シュラインは二人に問う。
 桐伯が首をひねりながら、尋ねるように告げた。
「ここは、霊力で作り出された結界の中。……選ばれた者しか入ることのならない場所ということですね……」
「ああ」
 慶吾は頷いた。
「波長のあうものしか入れない。消えた三人は別の結界に呼ばれているか、もしくはどこにも入れずに元の世界に戻っているかもな……」
「ふぅん……」
 シュラインは頷き、 改めて周囲を眺めまわした。
 闇にぼうっと浮かび上がるように存在している古井戸。それに寄り添うかのような細い柳の木。
 それ以外には、仲間達しか見えないのだったが、だんだん闇に眼が慣れてきて、その奥にぼうっと浮かび上がる古い屋敷の存在にも気がついた。
 今にも崩れ落ちそうな大きな屋敷。
 
「あれは……っ」
 撫子が指を指した。
 その古い屋敷の母屋の脇から、赤い着物をつけた十五、六くらいの日本髪の少女が走り出た。
 髪は乱れ、着物も乱れっぱなしである。自らの格好になど心のゆとりを裂くこともできぬのだろう。
 少女はまるで取り付かれたかのような目つきで、腕を高くあげながら、庭を駆けていく。
 その後ろから刀を握り締めた侍風の男が現れ、彼女のあとを追い続ける。

 ……何故だ。
 慶吾は胸のうちに湧き上がる疑念に眉をしかめた。
 目の前で起こっていることに対して、「とめねばならない」という思考が無い。
 それはまさしく今起こっていることなのだが、ずっと昔の記憶でもある。
 そして動こうとしても体がまったく動けず、縛られていることにも気がついた。
「……見ろということか」
 小さく嘆息する慶吾。
 
 逃げる女。
 追う男。
 女は屋敷から出て、坂道を下ろうとする。
 男もその後を追う。けれど刀はしまう。
 坂の途中で女を捕らえ、髪をつかみ体を抱え、屋敷に戻る。
 暴れる女を取り押さえながら屋敷の敷地内についたところで、男の腕から女はのがれた。再び逃げようとする女。
 男はまた追う。
 そして井戸の近くで女を切り伏せた。
「そなたが悪いのだ」
 そう叫んで。
「旦那様っ、私はっ」
 女は叫び、朱に染まった肉体でじりじりとまだ逃げようとする。
「もう許してください……もう……」
「わざとやったことはわかっているのだ」
「そんなことはありません」
 地を這う女。まだも追う男。再び刀が空を斬る。 
 女の悲鳴が辺りに響く。
 けれどまだ女は死んでいなかった。ずるずるとその肉体を引きずると、のろいの言葉を口にしつつ、やがてたどり着いた井戸の中に身を躍らせた。
 
 水音が響く。
 
 静寂が戻った。
 ようやく自由になった体に気づき、4人はほっと胸をなでおろした。
「今のは何だったのでしょう?」
 桐伯が苦笑しながら笑う。
「多分……井戸の主が何か見せたがってる……そういうことなのでしょうか」
 撫子はそう呟くように言うと、井戸の方向へ歩き出した。

 その時だ。
 井戸にかかっていたつるべが、突然動き出した。
 風を切る音。そして井戸の底で水音が響く。
『ここへ近づいてはなりません……』
 井戸の中から女の声がした。
『どうぞもう行かれてくださいまし……』
「どこかに行って欲しいって本当に思うなら、あんな映像を見せたりはしないと思うわよ」
 シュラインが胸を張って文句を言った。
「……貴方とお話したくて来たのよ。……浅草の雅さんから頼まれてるの」
『……』
 井戸は黙った。
「そうです……私も貴方に見せたいものがあるんですよ」
 桐伯は優しく誘いかけるように井戸に告げた。
「よろしければ、こちらに姿を見せてもらえませんか……?」

『……』
 つるべが再び巻き上がり始める。
 もう片方の桶が激しく井戸の底で鳴った。
 それと同時に、すぅっと井戸の奥から浮かび上がってくる女。胸には大切そうに九つの皿を抱いている。
『……いち、まい……にまい……さん、まい…………』
 虚ろな瞳で、皿の数を数えるお菊。毎夜、毎夜、彼女は皿の数を数え、終わらない自らの罪を責め続けているのだろうか。
「あの……お菊さん……? 少しお話よかったかしら?」
 シュラインはお菊に話しかけた。お菊はちらりと上目使いで彼女を見、寂しそうに嘆息した。
『お帰りなせぇ……皆様。ここに長居は無用。旦那様は酷いお方。生きた人間が近づけば、御身の命を奪いにやってきます……』
「旦那様?」
「青山主膳……?かな」 
 桐伯が屋敷を眺めながらいう。それを聞き、それだけで引き下がるような彼らではない。
「大丈夫だ。手出しはさせん」
 慶吾が腕を組みながら小さく笑う。十二神将が屋敷の方で動きがあればすぐに動くように見張らせてある。
 撫子は両手に抱えて持ってきていた風呂敷包みを、地面に下ろし、広げ始めた。そこには簡単な野点のセットが入っている。
 地面に赤い布を広げ、抹茶と器を取り出し、茶をたて始める。
「お菊さま、もしよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
『…………』
「貴方を元気づけに来たの、わかるかしら?」
 シュラインはお菊に笑った。
 不安そうに、不審そうに、表情を戸惑わせるお菊。
 その頬に一筋の涙がこぼれた。
『私のような咎人に……お優しくするのは間違っております……』
「咎人って……。この写真を見てもらえるかしら?」
 シュラインはハンドバッグから写真を数枚取り出し、お菊に示した。
「この風景がわかりますか?これは……横浜にある貴方のお墓といわれる場所よ。いつもお花がたむけられて、たくさんの人があなたを偲んでいるの」
『私の墓……?』
 不思議そうにお菊は写真の景色に食い入った。
「貴方は供養されているのよ。とても大切に」
 シュラインは優しく笑った。まだ信じられないといったお菊の表情。けれどそれは先程までの絶望に沈む彼女とは大分違った。
「そのお皿、唐三彩ですわね」
 野点の用意を整え終わり、撫子が迎え出ながら微笑んだ。
 お菊の抱えている鮮やかな色の皿を覗き込み、目を細める。
「ああ、とても美しいお皿ですわ。確かに10枚で一組なのでしょうけど、1枚失われたからといって、皿の美しさがかわるわけでもないでしょうに……」
『旦那様はこの皿をとても愛しておられました……』
「私も似たようなお皿をお持ちしたのですが、色合いが少しは似ているかと」
 布で包んだ美しい色彩の唐三彩の器を、撫子は手のひらの上に乗せて、お菊に見せた。
『……ああ』
 お菊は嘆息した。
 自分の皿とは違う。けれど確かに似ている皿だった。
『美しい皿でございます……』
「あなたが作ってみるというのも、一つの手ではないですか?」
 桐伯が持ってきたのは、浅草近辺の陶芸教室のパンフレットだった。
「あなたの持つその美しい皿を、あなたが自らこしらえる……なんてどうでしょう。あせることはありません、何年たってもいいのですし。きっと上達しますよ……?」
『……陶芸教室』
 きょとんとしながら繰り返し、お菊は少し破顔した。
「いい笑顔です」
 桐伯は満足そうに頷く。
 器量よしで知られたお菊。乱れ髪と、顔色の悪さは気になるが、やはり微笑む彼女は美しく見えた。
「いかがでしょうか? ご一緒にお茶でも……」
 撫子がもう一度誘うと、お菊は今度は笑顔を浮かべて彼女を見上げた。
『はい……頂戴したいです』
「井戸からは出られないのかな?」
 シュラインが確認すると、お菊は自分の足元を見つめた。
『……昔は出られたんですが……今、出ると……』
「出ると?」
『……出られません……』
 お菊は何度もかぶりを振った。
 そしてそのまま再び泣きじゃくり始めてしまった。

「うーん困ったわね……」
 シュラインは泣き伏すお菊を見下ろして、小さく息をつく。
 涙もろいのがこの女性の個性なんだろうか。とにかくよく泣く。
「これじゃ浅草どころか、すぐ先のお茶の一席すら近づけないわね」
「そうですわね」
 撫子も頬をなで、困ったように息を吐いた。
『……浅草でございますか』
 涙顔で見上げ、お菊はシュラインを見た。
『どうしてでしょう……以前は伺ったことがある……そんな気がします』
「浅草に住む雅さんって人が、あなたを元気づけて欲しいって依頼だったの」 
 シュラインがいうと、お菊は思い当たることがあるのか目を見開いた。
『雅さま! ……まあ、そんな……そんな、どうしよう……』
 また、ほろほろと新しい涙をこぼし、お菊は顔を伏せた。
 困り果てた皆の中から、慶吾が進み出た。
 彼は井戸の淵に腰掛け、お菊の頭を優しくなでる。
「幾年経ても女は女。……見目麗しい貌を涙で濡らすのを、男としては黙っている訳にもいかないな」
『!』
 お菊は顔を上げ、慶吾を見つめた。慶吾はその目元の涙を指ですくうと、小さく微笑する。
「詳しい事情は当時の者でもないし、当事者でもない俺達には測り知れないものがある……。しかし、こんな辺鄙な地でずっと泣いていたお前さんのことを聞いたら、黙って見過ごす訳にもいかないじゃないか……なぁ?」
『…………』
 黙って聞き入るお菊。
「もしよかったら、その胸にためてる思い、口にすることで晴れるものもあるだろう。幸い今日は時間もあるし、面子も揃ってる。……とりあえずお前自身が楽になるのが一番だ」
『……ありがとうございます……私、皆様にお会いできて、今宵は本当に嬉しいのです……でも』
「でも?」
『ここから動いたら旦那様が……』
 お菊はそう言って、屋敷の方を見つめた。
 続けてそちらに視線をよこすと、先程までは無かった場所にぼうっと青い人魂が浮かんでいるのが見えた。
『ほら……旦那様が見てらっしゃる……私……怖いっ』
 お菊は慶吾の腕にしがみついた。
 慶吾は眉を寄せ、十二神将を人魂のもとにいくつか呼び寄せる。そして、お菊に小さく告げた。
「大丈夫だ、菊。……俺がついてる。井戸から出てみないか?……必ず守る」
『……なりません!』
「いいから……信じて」
 そういいながら、慶吾は周りの仲間に目くばせを送った。
 それぞれ屋敷の方に警戒しつつ、慶吾はお菊のわき腹に両手を入れ、そして抱き上げた。お菊はあまり抵抗せず、ただ小さく震えていた。
 刹那。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 強烈な地鳴りと地震が彼らを襲った。
 とても立っていられないほどの突き上げるような衝動。
 柳の木にしがみつきながら、慶吾とシュラインはお菊をかばっていた。
「見ろ」
 慶吾が叫ぶ。
 撫子と桐伯は互いにゆれる地面の上に、バランスをとって身を低くし、そこから見上げた。
 屋敷の方向。人魂のあった場所が青く燃えるように光り輝いている。  
 そしてその燃えるような影の中に、侍のようなシルエットが浮かんでいる。
 それはゆっくりと井戸の方へと歩いてくるようだった。
『旦那様です!!』 
 お菊は泣きじゃくって叫んだ。
 しかし。
 シュラインも気づいていた。侍と同じ青色の光が、お菊の体からも発せられている。
「待ってろ……」
 慶吾は符を手にすると、シュラインにお菊を頼み、柳から離れた。
 桐伯と撫子も動く。
 十二神将が侍を囲み、その動きを封じる。
 撫子の霊糸が空をキラキラと舞い、侍の体をさらにがんじがらめにした。
 同じく糸を使う桐伯の糸も絡みつき、さらに続けて彼は炎の玉を投げつけた。
 倒れ伏す侍。
 ごうごうと大地で燃え、やがて跡形もなく消えた。
『旦那様っっ!!』
 お菊が叫んだ。
 刹那、彼女の体も力を失い、突然くたりと倒れこんでしまう。
 同時に、大地の衝動も止まった。
 静寂が戻った空間に、撫子の声が響いた。
「お菊様っ」
 駆け寄る彼女。しかし、他の者は冷静だった。
「……今の……彼女の思念でしたか……?」
 桐伯が問う。慶吾はそうだろうな、と呟いた。
「でもこれで解放されたわ、きっと」
 倒れたお菊を支えながら、シュラインが微笑んだ。
「そんな気がするの……」


「当たりだね」
 ぽっ、と闇に光が照らされるように、そこに茶髪な小柄の青年が浮かび上がった。
 雅である。
「ありがとうよ。ようやく、俺もこの世界に入れるようになった」
 彼はにぃと笑い、お菊の側に行くと、その頭を優しくなでた。
「昔から責任感と思い込みの強い子でよぉ、時には外の空気を吸わなきゃ、土地に縛られた悪霊になっちまう。この辺りはただでさえ陰の気が強いしな」
 雅は立ち上がり、皆をぐるりと見回すと、丁寧に頭を下げた。
「本当に、本当にありがとよ……」

○エピローグ
 撫子が用意した野点を雅はとても気に入り、お茶をたらふくご馳走になった後、彼は浅草へと戻っていった。
 気を取り戻したお菊を共にして。
 妖怪の歩く道は電車がまたぐ場所を避けるのだと雅は笑い、特別な道を行くのだという。
 四人にも一緒に来ないか、と彼は誘ったが、はぐれた三人のことを思い出し、今回ばかりは断った。
 
「……さて、帰りますか」
 雅とお菊が二人で頭を下げながら去っていくのを見届けた後で、シュラインが小さく言う。
 別れの時、お菊はとても幸せそうだった。
 四人にとても感謝して、陶芸教室のパンフレットと、横浜のお墓の写真を大事そうに着物の襟にはさんで、何度も何度も振り返っては手を振っていた。
「浅草に来てください、またお会いしましょう」
 ふたりの姿は帯坂を下りきったところでふっと消えてしまった。
 そこから先は妖怪の道に移動したのだろうか。
「終わりましたのね」
 撫子がほうと柔らかいため息をつきながら微笑んだ。
「そうだな……。いい笑顔でしたね。なんというか、人助けをしたって気分です」
 桐伯も微笑む。
「ここを出て、はぐれた三人と合流できるといいんだが」
 式神達を回収しつつ、慶吾も苦笑いを浮かべる。
 最後に別れたお菊の笑顔がとても幸せそうだったからか、達成感のような喜びがあり、また一夜をかけて付き合わされたけだるい疲れも体にまとっている。
 それぞれに思いを抱きながら、帯坂を下り続けると、ふっと突然皮膚にピリッと電気のようなものが走った。
 狭いさびしい雰囲気の通りが、ビル街に囲まれた単に鬱陶しい道へと変化する。
 そして、聞きなれた声が戻ってきた。
「あ、あれぇ、みんないるっ」
 みあおの声。
「どうしてたんですか? 今まで」
 ヴィヴィアンは浴衣の袖を振り、首をかしげた。
 それはこちらも聞きたい台詞であったのだけれど。

 肌にさすような初夏の朝日を浴びながら、彼らは疲れた体を引きずり、市谷駅から始発の電車に乗り込み別れていった。

 都会の森の中、今日も人に知られず暮らす存在たちがある。
 そして彼らは、人が想像する以上に、人間と遭遇する機会を楽しみにしてるものだという。
 いつか、また、どこかで……。
 
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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 シュライン・エマ 女性 26 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0328 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ) 女性 18 大学生(巫女)
 0332 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく) 男性 27 バーテンダー
 0389 真名神・慶吾(まながみ・けいご) 男性 20 陰陽師
 0845 忌引・弔爾(きびき・ちょうじ) 男性 25 無職
 1402 ヴィヴィアン・マッカラン 女性 120 留学生
 1415 海原・みあお(うなばら・−) 女性 13 小学生
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■              ライター通信               ■
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 こんにちわ。ライターの鈴猫です。
 【東京妖怪探訪 序】番町・更屋敷の怪 をお届けします。
 あー……難産なお話でした。またお待たせしてしまい、本当に申し訳ありません。
 この依頼を発表してすぐに、パソコンがクラッシュして、仕方なく新機種を購入したのですが、そのキーボードが指にあわなくて、指の痛さに悲鳴を上げながら、その時の納品物を上げていました。
 今でもまだなれずに、指先はサロンパスだらけです。……うーむ、こんなにキーボードと相性が悪いのは初めて。
 そのうち慣れるだろうと思ったのですが、やはり買い換えるべきかも……。
 それとも、やっぱり四大怪談はまずかったのかしら……。これが呪いなのかしら?(汗) とちょっと悩んでみたりです。
 
 さて、今回の依頼ですが、いろんな思い入れが入っています。
 皆様のプレイングもどれも面白く拝見いたしました。
 横浜にお菊さんのお墓があったというのもシュラインさんのプレイングで知りましたし、せっかくだから他にも調べてみようとおもったら、想像以上にいっぱい出てきて驚いてみたりです。
 ただ今回は江戸にまつわる妖怪話というのがテーマでしたので、「更屋敷」の方向で行かせてもらいました。
 
 次は「振袖」というタイトルで序の2をお送りする予定です。
 もしご興味がありましたら、ご参加いただけると本当に嬉しく思います。
 それではまた。

                                 鈴猫 拝