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尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ｂ 前編】
●オープニング【０】
都内某所に尾根崎川（おねざきがわ）という名前の川がある。都内西部に位置する尾根崎山（おねざきやま）の山中を源流とする川だ。
その尾根崎川で大学生と高校生のカップルの水死体が発見されたのは、関東地方が梅雨入りして間もなくのこと。朝から強く雨が降っていた日のことだった。尾根崎川に架かる皆家橋（みないえばし）のたもとに、その水死体が流れ着いていたのだ。
発見された時、大学生の青年の方が高校生の少女の身体をぎゅっと抱き締めていたという。そんな発見時の状況に加えて、２人の交際が互いの両親に反対されていたこともあり、警察は心中事件として処理を行った。
青年の名を油井徳平（ゆい・とくへい）、少女の名を小鳥遊初音（たかなし・はつね）といった。これが約１ヶ月ほど前の出来事である――。
「参ったわぁ……」
月刊アトラス編集部、編集長の碇麗香はそうつぶやいて大きく溜息を吐いた。何だかうんざりとした表情だ。
「尾根崎川の心中事件、調べろって上から言われたのよ」
こちらが聞きたい目をしていたのだろう。麗香が溜息の理由を話してくれた。
何でも徳平の父親・油井正明（ゆい・まさあき）が会社の社長で、月刊アトラスに広告を長く出しているのだそうだ。そこに心中事件が起こり、無理を言ってきたということらしい。
「『不可思議な事件を追ってる雑誌なんだから、この不可思議な心中事件の真実を暴け！ 息子はあの馬鹿小鳥遊の娘に騙されたんだ！』だなんて言ってきたそうよ？ 不可思議の意味合いが違うの、意味合いが」
眉をひそめる麗香。確かにまあ、ベクトルは違うか。
「でも断ると広告引き上げるって言うし……不況だから、そうされると困るのよ」
なるほど、引き受けざるを得ない状況な訳か。
「悪いけど……調べてくれないかしら？ 隠された真実があったなら、それでよし。そうでなくとも心中の確固たる証拠があったら、きっちり突き付けてやりましょ」
それはそうだ。真実は望む物だけとは限らないのだから。
さて、手分けして調べてみますか。
●お初・徳兵衛【１Ａ】
「女王、その会社は葬儀屋かィ？ アトラスに広告たァ」
一通り話を聞き終えた渡橋十三は、開口一番そう麗香に言ってのけた。次の瞬間、分厚いファイルが十三目掛けて飛んできたが、十三は首を竦め辛うじてファイルの餌食とならずに済んだ。
「輸入代理店よっ！ ほら深夜の通販番組でやってるでしょう。カーワックスの効能を見せるのに、わざわざ車のボンネットを燃やす奴とか。その手の品物を手広く扱ってるの」
「話は聞いたこたァあるな。んじゃ、馬鹿商品扱ってる会社だな？」
しれっと切り捨てる十三。麗香も否定はしなかった。まあ今まで会社が存続し、訴えられもしてないようだから、扱っている商品自体はそこそこの効果を持っているのであろう。
「……曽根崎は近松の文楽だッけかァ？」
十三は外出中の三下の机から、カステラの袋を取り上げて言った。尾根崎川という響きから、十三は近松門左衛門の『曽根崎心中』を思い浮かべたようだ。
「そうね、浄瑠璃だわ。もっともあの舞台は上方……大阪だけど」
麗香が素っ気無く答える。
「舞台が同じだったら、とっくに記事の１つや２つ書いてる所だわ」
どうやら『曽根崎心中』を思い浮かべたのは、麗香も同様のようである。
「俺らの世代なら美人と心中なンざ羨ましいと思うが……今の若い奴なら孕んで親を認めさすか、どッかに駆落ちすッだろ」
カステラを１口かじり、ニヤリと笑う十三。それは一理ある。何しろ『出来ちゃった結婚』という言葉が流行っている訳だから。それに、子供――孫が出来てしまえば、両親は一気に態度を軟化させることも多い。
「ああ、戦前だったか。シベリアの方だかに駆落ちした女優も居たッけなァ。男はスパイ容疑で処刑された……ンだな、確か」
駆落ちから思い出したことを口にする十三。つくづく、妙な雑学を持っている男だ。
「戦前の話はさておいて、反対されているのを認めさせるには既成事実を作るのが手っ取り早いのは確かだわ」
麗香も、十三の言うことを理解はしているようだった。
「でも、それでも心中を選んだんだから、よっぽど真面目だったのか……それとも弱かったのか？」
思案する麗香。その辺りのことは、調べているうちに浮かび上がってくるだろう。
「へっ……ちょいト探り入れてくっか」
十三は頭をボリボリと掻いた。
●馴染みの刑事【３Ｃ】
「お、どうした？ 珍しく身なりを整えて」
小綺麗なジャケットとズボンに身を包んだ十三を一目見てそう言ったのは、尾根崎警察署に勤める藤岡という大柄な部長刑事だった。十三馴染みの刑事だ。
「へへ……旦那、ちょいと野暮用で」
とだけ言って、十三は藤岡の真向かいに座った。場所は言うまでもない、尾根崎警察署である。
確かに野暮用だった。徳平の通う大学へ行き、友人たちからあれこれ聞き歩いてきたのだから。十三ははっきりと名乗らなかったのだが、相手はどうやら十三を保険会社の調査員か何かと認識した様子だった。それもそのはず、徳平の金遣いやら何やらと聞いていたのだから。
しかし、結果として徳平は浪費家でも色事師でも何でもなく、友人関係も良好な真面目な青年であった。十三からすれば、面白みに欠ける奴に見えたかもしれないが。何にせよ、本家『曾根崎心中』みたく金や友人が原因ではなさそうだ。
「今日はどうした？ 何かネタ持ってきたのか」
「いやいやいや、今日はちィッとネタをいただきに……へっ」
十三は藤岡に勧められた煙草に手を伸ばすと、箱ごと受け取った。相変わらずだと笑う藤岡。
「ほう。何のネタだ？」
「先月、尾根崎川で見付かった若ェホトケさんのことで」
「ああ、あれか。あれはなあ……若いのに心中とはなあ」
藤岡がしみじみと言った。そこで十三が遺体の様子を尋ねると、藤岡は自分の知っていることをあれこれと話してくれた。
「紐なんかで括られてはなかったんだ。ただ抱き締めてるだけで、よく半日近くも一緒に居られたもんだ」
死亡推定時刻が前夜の午後９時から１１時の間、そして発見されたのは翌朝。藤岡の言うように、半日近くは皆家橋のたもとに留まってたことになる訳だ。
「旦那、着衣の乱れなンぞはなかったんで？ 他に表情が妙だったとか……」
「そんな、誰かに乱暴されたとかそういうのはなかった。入水した拍子に裾が捲れたとか……その程度だな。表情はなあ、気のせいか驚いているようにも見えたが……ま、本当に気のせいだろ」
「旦那。第三者に突き落とされた、てな可能性なンぞないんですかねェ？」
「ない。朝からの雨で少々手こずったが、現場には争った形跡や滑り落ちたような形跡は見当たらなかった。だから心中と断定したんだよ。どちらも父親に交際を反対されていたと聞いているからね」
「ほゥ……よく現場が特定出来たもンで」
「小鳥遊初音のブローチが落ちていたんだ。そこに足跡もあったんでね、辛うじて」
なるほど、そうやって入水現場を特定した訳か。
「他には何かないンですかねェ。妙なもンがくっついてやがったとか」
「……妙な物か」
藤岡の声のトーンが変わった。何かあるに違いない。
「旦那、ここまで言っちまッたら言ったも同然ですぜ」
ニヤッと笑みを浮かべる十三。藤岡は苦笑いを浮かべると、こんなことを教えてくれた。
「これはブンヤには話してないんだが……２人の肺からバクテリアが見付かったんだ。未知のバクテリアが」
「へ？」
「バクテリアの種類が分からないのはもちろんとして、尾根崎川から採取した複数の川の水のサンプルに、そのバクテリアが含まれていないんだ。それ以外の成分は、一致しているんだが」
ここまで話すと、藤岡がニカッと笑ってみせた。
「ま、事件に関係はなかろう。生物学会は大騒ぎになるかもしれんがね」
●釣り人来らず【６Ｄ】
「お、女王。しけた顔してやがンなァ……どうしたい、また三ちゃんがドジ踏んだかァ？」
編集部に戻ってきた十三は、麗香の顔を見るなりそう言い放った。十三は何故か、ライフジャケットを身につけていた。
いつもならここで麗香の反撃が来るはずなのだが、不思議なことに麗香は深い溜息を吐いていた。
「……三下くんがドジ踏んだ方がまだましかもね」
「はン？」
「後で言うわよ。ところで何の用？」
「ちょいト……一服ッてな。ハイキングの次は大物釣りが待ってンでなァ」
十三はそう言って、藤岡からもらった煙草に火をつけた。
「どこ行ってきたのよ？」
「尾根崎山で登山……たァ思ってたンだがなァ。降りてきた奇妙な連中に話を聞いたら、一通り終わッちまった。聞いてくれや、女王。そいつらどこぞの大学でＵＦＯ探してンだけどな、ＵＦＯ墜落の証拠を見付けたってはしゃいでてよォ。ま、ここにネタ持ち込んできたら、茶の１杯でも出してやンな」
ニヤニヤと麗香に話して聞かせる十三。
「……光る物体？」
ぼそっと麗香がつぶやいたが、十三には聞こえていなかったようだ。
「連中、源流の辺りを虱潰しに調べてたようでよォ、俺が遺書や靴がなかったかって言うと、ないときっぱり言い切りやがッた。倒れた木や這いずる跡はあったなンて言ってたけどな。俺ァ、そのままＵターンよ。へへっ、連中のおかげで無駄な体力使わずに済んだぜ。その分、今からの釣りに注ぐけどな！」
十三は２人の遺体が流れ着いた場所より下流を、釣り人を装い大網を使って川底を浚おうと考えていた。そのためのライフジャケットである。
ところが――麗香はその十三の言葉を聞いて苦笑いを浮かべ、こう言ったのである。
「残念ね、夜釣りは中止よ。だって……尾根崎川でまた新たに水死体が見付かったんですもの。さっき、そう連絡があったのよ」
「なッ……！！」
意外な麗香の言葉に、十三は言葉を失った。
●協力態勢【７】
「そっちでも調べてたとはな」
「お互い様でしょ」
夜遅く――草間興信所の草間武彦と麗香は電話で会話をしていた。互いに同じ事件を調べていたことが判明したからだ。
「ニュースは見たか」
「当然でしょ。青年の奴１体だけかと思ったら、警察の調査でもう１体……１０歳くらいの女の子のが見付かったんでしょ、水死体。２人とも、昨日だかに捜索願が出てたって言うじゃない」
「らしいな。しかしこれで、この１ヶ月に見付かった尾根崎川の水死体は４体か……」
受話器越し、麗香には草間の溜息が聞こえていた。またややこしい事件になったとでも思っているのだろう。
「こうなると、単なる偶然とは思えないわね。……どう。協力しない？」
「それは構わないが……」
「あら、何？ 奥歯に物が挟まったような言い方ね」
「俺は怪奇探偵じゃないからな」
次の瞬間、麗香は受話器を置いていた――。
【尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ｂ 前編】 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００６０ ／ 渡橋・十三（とばし・じゅうぞう）
／ 男 ／ ５９ ／ ホームレス（兼情報屋） 】
【 ０４１３ ／ 神崎・美桜（かんざき・みお）
／ 女 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０４１６ ／ 桜井・翔（さくらい・しょう）
／ 男 ／ １９ ／ 医大生＆時々草間興信所へ手伝いにくる。 】
【 ０４６１ ／ 宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師） 】
【 ０５５４ ／ 守崎・啓斗（もりさき・けいと）
／ 男 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０６４５ ／ 戸隠・ソネ子（とがくし・そねこ）
／ 女 ／ １５ ／ 見た目は都内の女子高生 】
【 ０７７８ ／ 御崎・月斗（みさき・つきと）
／ 男 ／ １２ ／ 陰陽師 】
【 １３８８ ／ 海原・みその（うなばら・みその）
／ 女 ／ １３ ／ 深淵の巫女 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全１９場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、ノベルの完成を皆様に大変お待たせしてしまったことを深くお詫びいたします。現実世界では関東地方の梅雨も明けてしまいましたが、この中では未だ明けておりません。どうぞご了承ください。
・今回のお話は、『草間興信所』での高原の同名の依頼と連動しております。ですので、文中には『草間興信所』の方で参加されている方が登場している場合がありますし、重要なヒントが『草間興信所』の方で出ている可能性もあります。どうぞご注意ください。
・ちなみに後編では、もう一方に移動してもそれは構いません。協力態勢は引かれておりますので。
・渡橋十三さん、２６度目のご参加ありがとうございます。アクティブですねえ……。ということで、情報が少々ダイジェスト気味になっていますが、いいプレイングだったと思います。ええ、行動の順番も……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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