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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


黒い仔


 その『詞』は、風に乗る。
 南長植物園は無人になっていた。もとより従業員の少ない、小さな植物園ではあった。しかし園長以下すべての関係者は、この数日のうちに姿を消していた。ある者は当直の際に。またある者は、暗雲立ち込める薄暗い夕刻に。
 最後に消えたのは、園長である南長豊であった。
 几帳面な彼は、日記を遺している――
 えも言われぬ恐怖に苛まれ、震える字で最期の日々を書き綴り、老人は消えた。



○7月11日
 角田くんが消えた。木はまた動いている。
 そして、大きくなっているようだ。
 あれの成長を止めることは出来るだろうか。
 ガソリンのタンクがひとつ減っていたところをみると、
 角田くんは木を燃やそうとしたらしい……

○7月12日
 木が動いている。ついにここまでやって来た。
 燃えず、切り倒すことも出来ないのならば、
 どうしたらいいのだろうか。
 あの木を買うべきではなかった。すべては後の祭である。
 呪文のようなものが聞こえてくるのだが、
 英語ではないらしい。
 正確に書きとめることは出来ない。
 ただ、「しゅぶ・にが」という単語が繰り返し出てきている。

○7月13日
 目の前に木が



「……園長は先週、イギリスから珍しい木を取り寄せたそうです。腕に自信のある方は……南長植物園へ急行していただきたい。これ以上木が動くのを止めなくてはなりません」
 7月13日で終わった日記を閉じて、リチャード・レイは目を伏せる。
 これが大事であり、また危機であることを、彼はあえて口にはしなかった。
 これが大事でありまた危機であることを理解できる人間だけ、集めたつもりであったから。


■人間たちの決意■

「イア! シュブ=ニグラス! 千の仔を孕みし大いなる森の黒山羊よ! ……と言ったところですか、ね」
 九尾桐伯の皮肉じみた呟きに、「ふむ」とレイは相槌を打った。
「幸いにして、『女神』そのものが来たわけではありませんが」
「『幸い』? 正気で言ってるのか?」
 再び、皮肉じみた言葉。武神一樹のものだった。言葉のわりには、彼は苦笑を浮かべていたが。『正気』という言葉を耳にして、レイがかすかな笑みを口元に浮かべた。彼が笑うのはめずらしい。
「『木』の入手元は?」
 空気が動いた。長い黒髪が揺れ、ローブじみた衣服も揺れている。ステラ・ミラだ。白狼を従えていた。いつの間に現れ、いつ話を聞いたのだろうか――少なくとも、つい1秒前には居なかったはずだが。
 それに「うわお?!」と驚いているのは武田一馬のみ。彼はごく普通の大学生であり、最近こういった怪奇事件に関わるようになったため、ステラのような人物にはまだ完全な免疫が出来ていなかった。
「不明です」
 レイはステラの問いに簡潔に答えた。
「調べた方がいいかと思います」
「同感だ。黒い仔山羊に、シュブ=ニグラス……大概あいつらには物騒な教団や組織が絡んでいるからな」
「多くの場合ドルイド教団ですが」
「お前、一応イギリス人だろう。何か知らないのか?」
「今のところは、残念ながら……。では、こうしましょう」
 リチャードは応接間に集まった5人を順繰りに見た。
「すでに、ホシマさんが調査に向かっています」
「……また、彼ですか」
「……また、あいつか」
「植物園に向かって『木』を始末する班と、調査にまわる班とに別れましょうか」
 異論はなかった。
 一樹は伴ってきた草壁さくらに目配せをした。
「わたくしは、植物園へ」
「あっ、オレもそっち行きます!」
 慌てたように手を上げた一馬に、一行の視線が集まった。一部、『大丈夫なのか』と言いたげな節もあった(特にレイの視線であった)。無理もない。誰も一馬の能力の程を知らないのだ。そんな空気を読めないほど一馬は鈍くはない。心持ちむっとした顔で、一馬は場の空気そのものに反論した。
「オレは大丈夫すよ! それに……その、園長さんの日記読んだら、後に引けません」
 7月13日で途切れた日記を、一馬は指した。彼の視線は、一息で厳しいものになり――哀しみや怒りや使命感で、瞳の中が渦巻いていた。
「最期まで逃げなかったなんて……きっと、最期まで頑張っていたかったんだ。護りたかったんじゃないすか? 花とか、木とか。だから……誰かがそれに応えてあげないと!」
 誰もが言葉を失ったかのように立ち尽くした。
 誰もが思い、考えていることだった――いつも通りの使命だと考えていたから、誰もわざわざ口にはしなかったのである。だが、一馬は経験が浅いが故にそれを口にした。自分たちが、なぜ向こう側の世界から訪れる恐怖を退けようと思うのか……一馬の言葉にすべてがあった。
「……その通りです。今は私たちが、応えなければ。応えられる人間が限られているからこそです。武田さん、私も植物園へ向かいます。頑張りましょう」
 桐伯が微笑み、手を差し出した。
 一馬は言ってしまってから赤面していたが、ぺこぺこと頭を下げながら桐伯の手を握り返す。ふたりの結ばれた手に、さくらが遅れて手を乗せた。
「わたくしも忘れないで下さいね?」
「よ、よろしく……」
 さくらの柔らかい微笑に、一馬はばりばりとうなじを掻きながら、相変らず真っ赤な顔で俯いた。
 一樹が何とも微妙な面持ちで、レイはどこか眩しそうに、その光景を見つめていた。レイはテーブルに広がっていた資料をばさばさとまとめ、トランクに詰め込む。
 そして、ステラ・ミラが――静かに、黙って、まるで幻灯でも見ているかのような視線で――この光景を見守っていたのであった。その瞳には、どこか安堵しているような色さえあった。彼女は傍らで佇む白狼オーロラの頭を撫ぜた。
 何故、胸が逸るのか。何故、少し嬉しいような気がするのか。……彼女はいま、その答えを探そうとしていた。


 5人がアトラス編集部応接室に集まった、その1時間ほど前に遡る。
 レイは呼びつけた記憶がなかったが、星間信人が姿を見せた。あの世界のものが絡むともれなくこの男もついてくる。
 信人は「やっぱり居たか」と言わんばかりの笑みを浮かべて、眼鏡を直した。
「これは、レイさん。こんにちは、お久し振りです」
「……ええ、まあ」
 レイは思わず言葉を濁した。
「黒い仔山羊……出所を調べねばなりませんね。そう……『危険』なのでしょう?」
「危険だということもご存知なのであれば、植物園へ向かっていただきたいのですがね」
「あなたのことです、すでに声をかけていらっしゃるのでしょう? その方々に任せますよ。仔山羊に手を出すなど、とんでもない」
 自分の力など遥かに及ばないから、『とんでもない』と言っているわけではないだろう。
 動く木は、どの『神』に仕えていようとも、神聖な存在であるからだ。しかし彼のオブラートの包み具合の巧みさには恐れ入る。しかしながら、植物園で木の駆除の妨害をされるよりはましだろうか。
「……では、調査をお願いします。わたしも調べを進めますが」
「お任せ下さい」
 信人は今一度含み笑いをすると、くるりと背を向けた。
 が、ドアノブに手をかけようとしたところで、またくるりとレイに向き直った。
「そう言えば、レイさん。先日、座礁船で見つけたものはどうしましたか?」
「あれは、保管してあります。……安全とは言いきれない処に、ですが」
「よろしければ、僕達が引き取りましょうか」
「……考えておきます」
 レイの答えに、信人は笑みを返し――今度こそノブを回して応接室を出ていった。
 別れ際に見せた笑みは、禍々しい狂気の笑みだった。



■生きている森■

 木々は、ざわめいていた。
 人間が来た、人間が来た、人間が来た。
 風による枝ずれの音とは何かが違うざわめきだった。
 南長植物園はこの辺りでは住民の癒しの場であるらしかった。少なくとも、動く木が来る前までは。『公園』と呼ぶのが相応しいほどの広さではあったが、遊歩道は小奇麗であり、木々や花々の手入れも丁寧だった。主を失ってしまったこれからは、誰かが後を継がない限り、荒廃の一途を辿るのだろうか。惜しいものだ。
 しかし先の心配をするよりも、まずはこの不安と狂気を誘う空気を何とかせねばならない。
 草木の囁きに、一馬は思わずぞくりと肩をすくめた。
「こんなところに、ひとりで残ってたなんて……」
「それに、この臭い――」
 さくらが顔をしかめた。
 彼女の鼻は、植物が作り出す爽やかな空気に混じる歪みを嗅ぎ取っていた。今は臭いすら巧みに姿を隠している。一馬と桐伯には感じ取れないが、さくらの鼻を誤魔化すことは出来なかったようだ。
「どのような臭いですか? 私にはわかりませんが」
「棺桶の中のような臭いです。何て嫌な臭い……」
「管理センターはこっちみたいです」
 遊歩道に、木目を生かした洒落た案内表示版が立っていた。最近作ったものかもしれない。3人は管理センターへと続く砂利の道を見つめ、しばらく案内表示板の前に佇んでいた。

○7月13日
 目の前に木が

 園長の日記は唐突に終わっていた。日記は管理人室から見つかったらしい。ということは――問題の『木』は、管理センターの前に居るということになる。


 人間だ、人間だ、人間だ――
 え う
 人間が来た――
 しゅぶ にが
 人間が来たぞ――
 す んが りら
 また来た、また来た、喰われに来たんだ――
 ねぶ しょごす


 木々と花々のざわめきに、陰気な『音』が混じり始めた。声ではなかったが、言葉を紡いでいた。
  え う しゅぶ にが す んが りら ねぶ しょごす
  いあ む うが なぐる とな ろ・ろ よらな しら
「……居る!」

 木々と花々が黙りこむ。
 陰鬱な沈黙の中、管理センター前にあった木が動いた。同時に、さくらが比喩した通りの悪臭が立ちこめた。一馬は思わず口と鼻を覆った。みどり色の空気はその邪悪な空気にかき消され、殺されて、死んでいく。
 その木はまるでロープを束ねたかのような異様な姿を持っていた。漆黒で、まるで風を受けているかのように、緩やかに揺れていた。その揺れはしかし、
   え う しゅぶ にが す んが りら ねぶ しょごす
 その祈祷じみた囁きと同調しているのだ。
 木が立ち上がった。そうとしか表現できなかった。木の根には、山羊のような蹄があったのである。その蹄が
   え う しゅぶ にが す んが りら ねぶ しょごす
 砂利を踏みしめて、黄昏時の藍の空の下、イギリスからやって来た木は
   いあ む うが なぐる とな ろ・ろ よらな しら
 歩いた。
 幹と呼べそうな部位には、無数の口があった。口というよりも、牙のついた胃袋だろうか。胸がむかつく臭いの涎は緑色だった。

 桐伯は懐から糸を取り出した。師に頼みこんで法力を込めてある。しかも、神鉄だ。龍をも殺せる糸だった。
「九尾さん! 空からも何か来る!」
 藍の空を横切った異様な影に、一馬は気がついた。だが、遅すぎた。
 耳を塞ぎたくなるほどのやかましい声を上げて、異形が降りてきたのである。蝙蝠の翼を持った蜂のような――ゲタゲタと嗤う、邪悪な心が形になったかのような存在だ。
 風が吹き起こり、桐伯は顔を歪めて後ずさる。
 やかましい叫び声は遠のいていった。
「大丈夫すか?! どうしたんすか!」
「糸を……盗られました」
 桐伯の腕からは血が滴っていた。手に持っていたはずの神糸はなくなっている。
「い、今の一体――」
「ビヤーキーです。風を信じているもの……参りましたね……こんなかたちで妨害してくるとは……」
 桐伯は歯噛みした。
 一馬は、空から地上へと目を戻す。
 動く木は、祈りながら近づいてきていた。胃袋が口を開け、涎と――骨とを、だらだらと吐き出す。ヒトの大腿骨と思しき骨が、砂利の上に転がった。
「くそッ!」
 一馬の中の恐怖を、怒りが打ち砕いた。
 木が枝を伸ばしてくる。ロープのようにくねるその枝で、餌を捕る心づもりか。
 一馬の両手に、音もなく、ぼろぼろのチェーンソーが現れた。桐伯は目を疑った。一馬が丸腰であったことは確かだったし、周辺にはチェーンソーどころかノコギリすら落ちてはいなかったはずだ。植物たちを不安にさせるものは何ひとつなかった。
 一見すると電源すら入りそうにはないチェーンソーだ。ジェイソンも使おうとは思うまい。
「この野郎! お前が木でたまるかよ! お前は木なんかじゃない! 木はそんなことしねえッ!!」
 チェーンソーは、『13日の金曜日』或いは『死霊のはらわた』の如くに、咆哮を上げた。伸びてきた枝が、ばさりと切断された。
  おお! しゅぶにが! ははよ!
 黒い木は確かに驚きの声を上げて、ずしんと後ずさった。一馬はチェーンソーに負けじと叫び声を上げて、巨大な木に走り寄り、振りかぶって、振り下ろした。緑色の液体が飛び散った。開いた傷口から、ぼろぼろと人骨がこぼれ落ちる。
「畜生! みんな、みんな喰いやがってッ!!」


 ビヤーキーは、管理センターの屋根の上に降り立った。折角来たのだからと、女神の仔を見ていこうという気になったのだ。星間信人から言いつけられた仕事は終わった。この忌々しい糸がなければ、仔を封じることは不可能であるはずだ。チェーンソーなどという道具であの木が倒れるはずはない。
 ゲタゲタと嘲笑いながら、ビヤーキーは高見の見物を決めこんでいた。
『……それをお渡しなさいな』
 ビヤーキーは、振り返った。
 いつの間に現れたのだろうか?
 白い狐が、屋根に上がってきていた。ビヤーキーは全く気づかぬうちに背後を取られていたのである。
『聞こえなかったのですか? 言葉はわかるはずですよね。糸をお渡しなさい』
 ビヤーキーの答えは、フーンと呼ばれる器官の起動。
 ビヤーキーは神糸を抱えたまま、ふわりと飛び上がった――
『お待ちなさい!』
 白い狐の翠の目が、紅く光り輝いた。
 ぎゃあッ、と断末魔の悲鳴。
 ビヤーキーの身体が燃え上がった。その腕から、神糸が落ちる。ビヤーキーの身体が燃え尽きる様を確かめもせず、白い狐は神糸を咥えた。
『う、』
 これは――なかなか強力に清められている。口の中が灼けるようだ。ビヤーキーは持っていても平気でいたが、それは属性の違いとでもいうべきか。だとすると、この糸だけでは、あの木を封じることなど出来ないのではないか――
 妖狐はそれ以上不吉なことを考えるのはやめにして、屋根から飛び下りると、木と人との戦場に向かって走った。


 切っても抉っても、木の傷はたちまち塞がった。枝も新しく伸びてくる。辺りには、人骨と緑色の粘液が飛び散っていた。一馬のチェーンソーの切れ味が鈍ることはなかったが、一馬の体力は限界に達しようとしていた。
 木は、無傷でいる。相変わらず口から涎を垂れ流していた。相当腹を空かせているらしい。
 このままでは――
 そのとき、桐伯の足元に何かが落ちてきた。
「!」
 神糸だ。ビヤーキーに奪われたはずのもの。ビヤーキーが落としていくはずもないのだが、桐伯は思わず空を見た。
 その間に、白い狐が背後を駆けていった。狐が草むらに飛びこんだその音を、桐伯は聞いた。
「……ともかく、これで助かりましたよ」
 詮索するのはあとだ。彼はぴゅるりと糸を繰り出した。
「武田さん! 下がってください!」
 返事もせずに、一馬が退いた。
 桐伯の糸が旧い五芒星を描く。
 そしてそれは、唐突に燃え上がった。それは桐伯の計画には無かった出来事だったが、有り難い。旧神の印は、燃え上がっているべきものだ!

  おおおお!! しゅぶにが!!

 仔はそのとき、母に助けを求めていた。
 燃え上がる五芒星は、木に絡みついた。
 木は叫び声を上げて悶えたが、やがてその脚がずしんと地面にめり込み――

 木は、木となった。

 枝は天に向かって伸びるばかりとなり、そよ風に揺れることもなく佇んでいた。緑色のねばつく液体は、どろどろと地面に沁みこんで、それきり消えた。悪臭も囁きと祈りも、木々の息吹の中に溶けていった。
 管理センター前の遊歩道の真ん中に、見たこともない木が生えている――それが、南長植物園の中の新しい光景だ。木は、針金のようなものでがんじがらめにされていた。



■消滅■

「お、どうした、さくら?!」
 無事アトラスに戻ってきたさくらの口を見て、一樹が驚いた。
 さくらは慌てたように、着物の袖で口元を隠す。赴き深い仕草ではあったが、彼女の唇は真っ赤に爛れていた。
「な、何でもありませんの」
「きつね蕎麦でも慌てて食ったか?」
「……」
 一樹の軽口に、さくらは凄まじい形相になった。それはそれは恐ろしい顔で、ずっと彼女の口を心配していた桐伯も思わずたじろぐほどであった。
「……私の店にいらっしゃいませんか。冷たいものを用意しますので」
「まあ、有難うございます。お言葉に甘えますわ。ねえ、一樹様」
「そんな怖い顔で誘う奴がいるか!」


 一方、一馬はレイに数枚の写真を手渡していた。スピード現像サービスでつい先ほど上がった、『木』の写真である。一馬はカメラマンである叔父からカメラを掠め取り、密かに封印済みの『木』を撮影していたのだった。
「何か、今後役に立つかなーって」
「助かりますよ。有難うございます」
「……え?! これ……」
「取っておいて下さい」
 レイは手早く写真をファイルに収め、何事もなかったかのように資料をまとめ出した。一馬の手には、300ポンドがあった。
「……ラッキー……なのかな……」
 人命が絡んでいるとなると、素直には喜べないものがあるが。
 しかし一馬は、300ポンドが約56000円であることを知らなかった。


 本来の音と空気を取り戻した南長植物園は、しかし、ひっそりとしていた。主を失ったという『現在』は変わらないからだ。
 白狼を従えた黒髪の女が、神糸と印で戒められた木の前に居た。
「あなたに罪はあるのかしら? あなたは祈り、食べていた。人間と同じことをしていた……」
 ステラ・ミラと名乗る女の手は、動かない木に触れた。
「けれど、郷に入りては郷に従えとも言いますものね。あなたは母のもとへお帰りなさい。彼女があなたを心配しているとは思えないけれど、あなたは彼女を慕っている。送り届けてあげましょう。ゆっくりそこでお眠りなさい」
 ステラの言葉が終わると同時に、木はかき消えた。
 鋼鉄の糸が、ばらりと遊歩道に落ちた。


■王国の目覚め■

 イア、シュブ=ニグラス、大いなる森の黒山羊よ。
 千の仔を孕みし黒山羊よ。
 ザリアトナトミクス、ヤンナ、エティナムス、
 ハイラス、ファベレロン、フベントロンテイ、
 ブラゾ、タブラソル・ニサ。
 ウアルフ=シュブ=ニグラス! ダボツ・メムブロト!

 そして、ぐるりぐるりと渦巻き、膿爛れた雲が――
 時間の彼方からやって来る。

 わらわの仔を戒め、泣かせたのは、誰ぞ?

 大して哀しみも怒りもしていないというのに、女神は開口一番にそう言った。


(了)

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0134/草壁・さくら/女/999/骨董屋『櫻月堂』店員】
【0173/武神・一樹/男/30/骨董屋『櫻月堂』店長】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】
【0377/星間・信人/男/32/私立第三須賀杜爾区大学の図書館司書】
【1057/ステラ・ミラ/女/999/古本屋店主】
【1559/武田・一馬/男/20/大学生】

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               ライター通信
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 モロクっちです。『黒い仔』をお届けします。楽しんでいただけたら幸いです。
 今回も初めての方はいらっしゃいませんでしたね。いつも有難うございます!
 しかし、今回はプレイングで「イア! シュブ=ニグラス! 千の(以下略)」の嘆願を書かれている方が多く、思わず笑いました(笑)。さすが女神様、知名度は目を見張るものがあります。クトゥルフ作品で実際に姿を現すことはほとんどないはずなのですが。
 さて、今回の依頼は2本に分かれていますが、調査編にて黒幕の存在が明らかとなっております。7月末に月刊アトラスで受注予定の『女神の祈り』への布石となっておりますので、2本合わせてお読みになると面白いかもしれません。『女神の祈り』はクトゥルフ大イベント(笑)第2弾となり、定員も多めです。ご都合がよろしければ、是非ご参加くださいませ。
 それでは、この辺で失礼いたします。