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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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東京の街並みは薄暮に沈んでいた。埃っぽさの目立つ昼間のコンクリートの林は夕日に覆い隠され、夏風は生ぬるいなかにも涼気が混ざり始める。
風に髪を乱しながら、ヒロトは血の滲んだ脇腹を押さえようともせず、屋上に上り詰めた者たちを見つめていた。
「寿命だろうが事故だろうが、人に殺されようが関係ない。人の生死は運命だろ。不慮の事故に逢ったと思って、素直に諦めてくれればいいのによ」
バタバタと風に煽られてヒロトのシャツがはためく。白いシャツは埃に汚れて色あせ、今はそれが沈みかけた太陽のせいでほのかに赤く染まっている。風に乗って流れてくるヒロトの体臭は、汗と埃と血の匂いがした。
「弱いやつは強いヤツに殺されたって文句なんか言えないんだ。結局、生き残ったやつが正しい。勝ち抜いたヤツこそが正しいんだ。勝ち抜くことが出来ないで俺に殺された負け犬のために、なんで無関係なあんたらが首突っ込んでくんの?」

言うに事欠いて運命だ、負け犬だとはよくも言ったものだ。腹を立てると同時にあきれかえって、エリゴネは背中の毛並みを逆立てた。弱肉強食は確かに自然の理だが、ヒロトが解釈しているように、強い者がなにをしても許されるというものではない。
「運命って言葉を軽々しく使ってほしくないわね」
エリゴネの気持ちを代弁するように言い返したのは、腕を組んでヒロトの演説を聞き流していた慧である。
「人には予め決められた運命なんて無い。人生にそれに似たものがあるとすれば、人が生き歩んだ後に残る軌跡だけよ」
そして人の人生は、誰かの快楽行為の結果によって断たれていいはずもない。
ヒロトは強い者が勝ち弱い者は脱落していく、その過程は世の理だと言った。だが、それはヒロトの行為を正当化することにはならないのだ。
強い者が弱い者を殺め、それを糧とするのは、生きていく為の手段である。
(でも彼の場合は、単純に自分の欲求を満足させるための身勝手な行動……)
生き残る為ではなく、まるで退屈しのぎのように、人を殺めるのだ。
(貴方、獣以下ですわ)
心中で苦く呟くと、エリゴネは前傾姿勢を取ってヒロトの様子を探る。ここまでヒロトを追い詰めておきながら、みすみす彼を逃すような失敗は犯したくなかった。
刑務所がどうの、出所がどうのと嘯くヒロトに、自殺の意思があるとも思えない。かといって自殺するフリをして、瞬間移動で逃げられても厄介である。ヒロトに知られないように彼に近づいて、動きを封じる必要があると判断した。幸いというもの変な話だが、猫であるエリゴネは他の人間たちに比べてヒロトの視界に入りにくい。気づかれずに彼に近づくのも、そう難しいことではないように思われた。
慧の台詞に注意を奪われているヒロトは、みんなの足元で身体を縮めたエリゴネなど視界にすら入っていないようである。
タイミングを見計らって後ずさり、エリゴネはするすると立ち並ぶ仲間たちの足元をすり抜けた。
背後からは、気分を害したようなヒロトの舌打ちが聞こえてくる。
「うるさい女だなぁ。死んだら、それまでだ。もういなくなっちまったやつのことをとやかく言ったってしょうがないだろ?」
「その人たちを殺したのはあなたでしょう!」
するすると物陰に潜むように移動しながら、エリゴネは巧妙にヒロトの視界から逃れた。ヒロトの神経を逆撫でしておいて隙をつくつもりらしい慧の舌鋒は鋭い。ぴんとそばだてたエリゴネの耳には、ヒロトが驚いて息を呑む音も聞こえてきた。
「だったらなんだって言うんだよ。世の中は弱肉強食なんだろ?俺が弱い奴らを消して何が悪いっつうの。消されるほうに問題があっただけだろうが」
「どれだけバカなことを言えば気がすむの、あなた!」
ぴしゃりと慧が遮った。息巻いてしゃべり続けていたヒロトが思わず口を噤む語調である。
「特別な力があるからなんだというの?何も変わらないわよ。ちょっと人と違う力があるからと言って、偉そうに支配者気取り?勘違いも甚だしい!」
「俺のどこが間違ってるんだよ!弱いやつは死んで当然なんだ。それのどこが間違ってるんだか、言ってみろ!!お前らだって、どうせ同じことして生きてんだ。正義を気取って俺を追い詰めてさ。力を振りかざしているだけだろう。お前らと俺と、どこがどれだけ違うってんだよ!俺のなにが間違ってるっての!!」
激したヒロトは感情の高ぶりに舌を縺れさせながらも唾を飛ばした。その激昂ぶりには狂気の兆しが見えていたが、慧も引かずに言い返す。
「どこもかしこも間違ってるわよ」
呆れた慧のため息が聞こえる。
「どこが違うか分からない?お子様ねぇ」
「なんだと!?」
立場は最早逆転していた。ヒロトは怒り狂って冷静な判断が出来ていないし、慧は対照的に落ち着き払っている。近づいたら落ちて死んでやると、彼らを嘲っていたヒロトの余裕はどこにも残っていなかった。
「何故私に手玉にとられたか、考えてみなさい。結局、あなたは目先の欲にばかり目が眩んで、自分が何をしているのかも、どういうことをしているのかも考えられないお子様なのよ。私たちに振り回されたのだって、あなたの視野が狭いせいでしょう」
言葉の応酬は止まらない。エリゴネがそっと放置されたドラム缶の向こうから覗き見ると、血走った目をしたヒロトが、射殺すような視線で慧をにらみつけていた。その瞳からは、急速に知性の光が失われていく。
「所詮あなたは舞い上がってるだけのガキなのよ。人に愛されたことなんかないでしょ?このままではずっとそうなのよ。寂しい子よね」
「ぶっ殺してやる。このくそアマ……ぶっ殺してやる!!!」
それ以上は言葉にならない単語を喚いて、ヒロトは大きく腕を振りかぶって打ち下ろした。そこから空気を揺るがす波が生まれ、空を切り裂いて衝撃波が慧たちに襲い掛かる。
とっさに、エリゴネは物陰から飛び出していた。べこんと空洞を感じさせる音を立ててドラム缶が鳴り、それを足がかりにエリゴネの身体はヒロトめがけて飛び掛った。
慧たちに向けて発生した衝撃波でエリゴネの身体が揺らぐ。空中で体勢を立て直して接近してくるエリゴネに、気づいたヒロトが顔を上げた。「なんだよ…」と言いかけた時には、すでにエリゴネは眼前まで迫っている。
彼女は伸ばした爪でヒロトの頬を引っ掻いた。
妖猫であるエリゴネの爪には、人の身体すら痺れさせる効果がある。いくら特殊な能力を持っているとはいえ、ヒロトは人間だ。咄嗟にエリゴネを払おうとした手が、痺れて力なく落ちる。何が起こったのか、わからないままにヒロトの膝から力が抜けた。
バラバラと細かなコンクリートの破片を宙に飛ばして、ヒロトが繰り出した衝撃波が薄紫に染まった夕空へ駆け抜けていく。
バランスの崩れた身体をくるりと回転させて、見事にエリゴネは着地した。麻痺していく身体に抗うようにヒロトが呻いたが、憎憎しげにエリゴネを睨んだその瞳も次第に焦点がぼやけ、瞼が落ちていく。
目を伏せるとまだ子供っぽいヒロトの横顔を見つめながら、エリゴネは前脚を揃えて座った。
世話になっている老人ホームに、たまに見舞いにくる老人たちの孫の顔が、ヒロトのそれと重なる。
一体いつから歯車が狂ってしまったのだろう。
まだ幼さを残す青年には、歯車が狂い始めた時点で、それを留めてくれる者はいなかったのだろうか。
心の内で問いかけても答えは無く、屋上には、穏やかな風が吹いてエリゴネのヒゲを揺らすのみである。

□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。


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都内を騒がせた猟奇殺人事件の犯人が捕まり、また彼が十年以上暮らしていた東京郊外の自宅からは白骨化した一組の男女の死体が発見されてマスコミをにぎわせた。
ヒロトが両親を殺害した原因については、どこのテレビでもたいした証拠もなしに憶測だけが飛び交っている状態だ。
事件後草間興信所で居合わせた太巻は膝の上にエリゴネを乗せ、ヒロトの「犯罪者としての少年期」を語るテレビのレポーターの言葉を、右から左へと聞き流している。
太巻が片耳に嵌めたイヤホンからは、競馬の実況中継をする元気な声が途切れ途切れに漏れてくる。
「ヒロトさんには、彼の行動を止めてくれる人はいらっしゃらなかったんでしょうか」
多くの凄惨な事件を引き起こしたヒロトの横顔は、歳月を重ねて生きているエリゴネが見ればまだ十分に子供で、幼いものだった。どこかで間違えた人生の航路を修正してくれるものがいたら、ヒロトの未来も、彼に殺された被害者たちの未来も変わっていたかもしれない。
難しい顔で競馬新聞をガサガサ言わせ、太巻は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
「人生は選択の連続だからな。その中には、人間のままでいられるか、獣みてぇに本能のままに生きちまうかの分かれ道になるような瞬間もある」
一度はどうにかやり過ごせても、二度も三度も分かれ道があったら、どこかで何かが狂ってしまうこともあるだろう。
人に恵まれて道を踏み外さずに済むものもいれば、運悪くそういう者にめぐり合えないものもいる。
人はみな心に獣の部分を持っているのだ。その獣は人が隙を見せた瞬間に襲い掛かって人の心を喰らい尽くしてしまおうと、深く暗い闇の底で息を潜めている。


獣の棲む街:END




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職
・0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
・1549 / 南條・慧 / 女 / 26 / 保健医
・0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
・1564 / 五降臨・時雨 / 男 / 25 / 殺し屋


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NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  いるけど出番なし。
 ・岡部ヒロト/瞬間移動の能力を封印され、逃げることが出来ずに判決を待っている。

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■         ライター通信          ■
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お疲れ様でした!!というか三部作、まるっとまとめて付き合っていただいてありがとうございます!
愛とか送っときます(大迷惑)。
なんだかんだとへこたれつつもどうにかたどり着きましたよここまで!長いし暗いのに!(すいません!)
それもこれも、やさしく遊んでくださったみなさまのお陰です。
三部作の続編は……自業自得で怖いことになっている予定に目処がたったらということになりそうです。
計画性の無さがすでに人外の様相を呈していますすいません!さ、再来週以降とか、そんなお約束しかできず…。ひー。(人間失格)

き、気を取り直して、長くて暗い三部作、遊んでくださってありがとうございました。
暗いですが、長いですが、ちょっとでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではでは、また気が向いたら、遊んでやってください!

在原飛鳥