コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
-----------------------------------
東京の街には、夕暮れ前の涼気を含んだ風が吹いている。
遠くに望む東京湾にともり始めた明かりは、場違いなほどに綺麗だった。
夕暮れに沈んだほのかな街灯りは、ビルの屋上に集まった者たちの面を不可思議な色に照らし出す。逢魔が刻だ。ヒロトは人外の世界から飛び出した異形のように、夕闇の中でへらへら笑っている。
そんなヒロトを視界の片隅に入れながら、皇騎は女性を庇うように前に進み出た。同時に、手にした紙片に指先を滑らせて印を描く。呪を与えられた紙は、一度強く皇騎の描いた模様を浮き上がらせたかと思うと、たちまち変じて小ぶりの刀に姿を変えた。鬼の腕をも切ったといわれる名刀、「髭切」である。
皇騎の手にした刀を目にして、ヒロトは笑い声を止め、薄く口を結んで相手を見返した。
「偉そうなことを言ったって、最後には力づくだよ。本当にそのとおりだ。正義が勝つなんてのは妄想だ。いくら正しいことを論じても、結局は力づくで言うことをきかせるしかない。…今のお前みたいにね」
「正義を論じるつもりは、私にはないのでね」
鞘に収めたままの刀を慎重に構えて、皇騎は目を細める。皇騎の動向にばかり注意を向けているヒロトは、その周囲に少しずつ張り巡らされていく結界には気づいていない。隙間をふさぐカーテンのように張り巡らされた結界は、ヒロトが「跳ぶ」空間を遮断するものだ。
ヒロトとは、この場で決着をつける。彼を逃すつもりは、もとより皇騎にはなかった。
運命だ、同類だとヒロトがいくら言ったところで、ヒロトの行動が正当化されるわけではない。それが人の未来を奪っていい理由になるはずがないのだ。
「あなたの犯した罪も運命だと片付けられるのなら、こうして私たちがそれを阻止し、あなたが糺されるのもまた運命だろう」
正義感や、憎しみとは違う。確かにそういった感情が存在することは否まないが、それにもましてまず、未来という名の可能性を奪われた人々の哀しみを癒せればいいと思う。
たとえそれが、最早彼らにどんな喜びを与えることができなくても。
罪悪感など微塵も感じさせないヒロトの顔を見て、質問が思わず口をついて出た。
「人を殺めて、何を得た?」
奪っただけのものを、この男は何か手に入れたのだろうか。
相変わらず、屋上に集まった皇騎の仲間たちと向かい合い、ビルの外れてゆらゆらと揺れているヒロトに視線を向ける。
人を殺めるというのは、悲しいことだ。どんな事情でも、どんな状況でも、それが哀しさを孕むことに変わりはない。
「何かをほしいから殺すんじゃない」
両腕をだらりと身体の左右に下げて、ヒロトはニヤニヤと笑っている。
「言ったろ、生きている意味がないから殺されるんだ。これは自然淘汰だよ」
「自然淘汰だ、運命だと……」
心の底から込み上げた感情を、歯を噛み締めて押し留めた。言いたいことは、一度飲み下して消化しないとうまく言葉にならない。
「あなたは、逃げているだけだ」
「なんだと」
「人を殺めることで、あなたは命を奪うだけではなく、その人の過去も未来も、人生そのものを奪ったんだ。他人の人生の重みを、罪を背負う覚悟もないくせに、あなたの言動は責任から逃れるための口実に過ぎない!」
「ごちゃごちゃと…うるさいんだよ!!!」
怒りで顔を歪ませて、ヒロトの左腕が宙を薙いだ。そこからグワッと空間が奇妙な形に捩れ、半月型の空気の波となって皇騎たちに襲い掛かる。
皇騎は刀を腰に引き付け、抜刀の姿勢を取った。見えない攻撃が、肌を震わせる獰猛な存在感を伴って押し寄せてくる。
その巨大な空気の波が津波のように皇騎を押しつぶし、奪い去ろうとした瞬間……、
皇騎の持つ小太刀が鞘走った。
キラリと白刃が縦に光の軌跡を生み、そこを突破口にして衝撃波が左右に割れる。皇騎の背後で音を立ててコンクリートの壁がバラバラと剥がれて落ちた。二つに割れた衝撃波は、見事に皇騎と、その後ろの仲間たちを逸れて無機質な灰色のビルばかりを傷つけた。
「くそっ!」
足を踏み鳴らし、ヒロトの顔の筋肉がピクピクと震える。皇騎が抜き身の刀の切っ先をぴたりとヒロトに据えると、初めて怯むような態度を見せた。
「こんなことしていいのかよ!俺を殺したらあんた、人殺しだぜ。犯罪者の仲間入りなんだぞ!!」
張り上げるその声にも、今までになかった怯えが見え隠れしている。先ほどから、ヒロトは何度も伸び上がるような奇妙な仕草を繰り返していた。その顔が、目に見えて青ざめていく。瞬間移動ができないのだ。結界を張り巡らせた皇騎だけが、それを正確に察知している。
「空間移動をしようとしているのなら無駄だ。周囲には、封鎖呪界が張り巡らせてある」
血の気が引く音すら聞こえるほどに、ヒロトの面が蒼白になった。
「……俺を殺す気かよ!!?」
ヒロトの声は裏返り、皇騎は逃げる手立てを失ったヒロトに向けて、少しずつ近づいていく。
「人としてのルールを外れるのであれば、こちらも人としてではなく、ただの獣として対応するくらいの覚悟はある」
「寄るな!それ以上ちかよるな!!」
皇騎の迫力に気圧されるように、ヒロトは靴の底を摺ってビルの端を後退した。飛び降りてやると豪語していた時の態度は見事に崩れて、剥がれた余裕の下からは落ち着かなげに視線が動く。
「ここでお前の人生が終わるのなら、それも運命……なんだろう?」
うわあっと、言葉にならないわめき声を上げて、ヒロトの周りの空気が揺らいだ。目は血走り、今にもぽろりと落ちてしまいそうなほど丸く見開かれている。
「ふざけるな!!ふざけるなよ!なんで俺が死ななくちゃいけないんだ!お前らに何の関係があるんだよ!俺が……」
暴走してヒロトの周囲から波紋を描いた衝撃波は、しかし皇騎たちのところまでは及ばない。彼を覆う見えない膜に吸収され、複雑に絡み合った空間を伝わっていく。恐怖とも絶望ともつかない表情に、ヒロトの顔が歪んだ。
「俺が、何をしたっていうんだよ…!?」
「それこそが、あなたが殺めた人たちの正直な気持ちだったんだろうさ」
皇騎が手を下すまでもなかった。ヒロトの衝撃波を包み込み、その威力を吸収した結界は、やがては本人の下へとその力を跳ね返す。ヒロトの周りの空気が揺らぎ、それは皇騎を襲った時と同じ激しさで主に襲い掛かった。

・・・・・・・・・・・
「彼は?」
「まあ……死んではいないでしょうが」
四方八方から自らが放った衝撃波の猛攻を受けたヒロトは、今は意識を失ってコンクリートにぐったりと倒れている。ヒロトの周りを取り囲んだ皇騎たちは、お互いに手を出しかねて顔を見合わせた。
「どうするの?」
問いかけたシュラインに、皇騎はさあ、と苦笑する。
ヒロトにこそ容赦ない台詞を吐いたが、こんなところでこれからの長い人生を棒に振るつもりは毛頭ない。何よりも、人として彼を罰しなくては意味がないのだ。
ヒロトと、自分たちと、どこがどれだけ違うのか。その境界は曖昧だ。
一つだけ言えることは、自分たちは彼の同類ではないということである。
ヒロトと、自分たちとの間には決定的な差があった。
結局、力づくで彼の行動を阻止するしかなかったとしても。
人間ならば誰でもが、ひと時の激しい感情に囚われ、心が揺れることがある。そんな時、後悔し、後悔するからと自分を留めることが出来るのが、人という生き物なのだ。
下るのは、甘すぎる判決かもしれない。軽すぎる罪かもしれない。たとえそうだったとしても、
「彼にはあくまでも、人として裁きを受けさせるべきだと思っていますよ」
目を閉じて無防備な横顔を晒している青年を見下ろして、皇騎は呟いた。
人が人でいられるために、出来うる限り公正な判断を下せるように、人の世には法律があり、道徳があるのだから。

・・・・・・・・・・・・・・・
岡部ヒロトの指紋は都内連続猟奇殺人事件の犯人のものと一致し、事件は急速に解決をみた。
警察が家宅捜索を行った岡部ヒロトの自宅からは、一組の男女の死体が見つかっている。遺体は半ば白骨化しており、歯型による鑑定で、警察はそれを岡部ヒロトの両親のものだと断定した。
岡部ヒロトの両親は、十数年前に事故死したヒロトの祖母の保険金で東京郊外に家を購入した。近隣は家と家との距離が広く、また土地柄不規則な生活をしている者が多かったために、ヒロトの両親の不在を誰も怪しまなかったのだという。ヒロトは殺した両親の死体を祖母の位牌が安置されていた和室の床下に捨て、その後警察に捕まるまでの数年間を、その部屋で寝起きして過ごしたという。
テレビでは十数年前の岡部家の老女の死亡を保険金目当ての詐欺の疑いがあったと伝えているところもあったが、当人たちが死亡してしまった以上、真実は闇の中である。



□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年ですら感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。
しかしそれも、もはや誰も知ることのない物語である。



「獣の棲む街」:END



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
・1549 / 南條・慧 / 女 / 26 / 保健医
・0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
・1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職
・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
・1564 / 五降臨・時雨 / 男 / 25 / 殺し屋

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  いるけど出番なし。
 ・岡部ヒロト/瞬間移動の能力を封印され、逃げることが出来ずに判決を待っている。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お、お疲れ様でした…!(開口一番)
三部作という長いストーリーをまるっとお付き合いいただき、しかも痛い思いをしてまで遊んでいただいて本当にありがとうございます。楽しかったし、嬉しかったです。
北辰一刀流とか髭切とか、調べるのも楽しかったんですが、他の人との会話が少なかったのだけが申し訳ないような心残りなような…すいません!人の気分を害する事に関してはかなり筋金入りの岡部とばかり会話させてしまいました。ひー。
何はともあれ、本当に楽しく書かせていただきました。痛い目にあわせてしまってもう、なんだか頭が上がらないんですが!少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
またどこかで見かけたら、気が向いた時に遊んでやってください。
ではでは、どうもありがとうございました!

追記:
三部作+後日談ということで、後日談は、きっと……思い出した頃に…受注窓口が開くかと……(這いつくばる)。あやふやで申し訳ありません!スケジュールとか予定表とか、どこかに置き忘れて生まれてきたようです(人間失格)
興味がある方は、どうしてくれるんじゃコラ!という方も含め、メールいただければ受注開始時にお知らせとか、喜んでさせていただきますので!(いるんだろうか…)
では、本当にこれにて!