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尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ｂ 前編】
●オープニング【０】
都内某所に尾根崎川（おねざきがわ）という名前の川がある。都内西部に位置する尾根崎山（おねざきやま）の山中を源流とする川だ。
その尾根崎川で大学生と高校生のカップルの水死体が発見されたのは、関東地方が梅雨入りして間もなくのこと。朝から強く雨が降っていた日のことだった。尾根崎川に架かる皆家橋（みないえばし）のたもとに、その水死体が流れ着いていたのだ。
発見された時、大学生の青年の方が高校生の少女の身体をぎゅっと抱き締めていたという。そんな発見時の状況に加えて、２人の交際が互いの両親に反対されていたこともあり、警察は心中事件として処理を行った。
青年の名を油井徳平（ゆい・とくへい）、少女の名を小鳥遊初音（たかなし・はつね）といった。これが約１ヶ月ほど前の出来事である――。
「参ったわぁ……」
月刊アトラス編集部、編集長の碇麗香はそうつぶやいて大きく溜息を吐いた。何だかうんざりとした表情だ。
「尾根崎川の心中事件、調べろって上から言われたのよ」
こちらが聞きたい目をしていたのだろう。麗香が溜息の理由を話してくれた。
何でも徳平の父親・油井正明（ゆい・まさあき）が会社の社長で、月刊アトラスに広告を長く出しているのだそうだ。そこに心中事件が起こり、無理を言ってきたということらしい。
「『不可思議な事件を追ってる雑誌なんだから、この不可思議な心中事件の真実を暴け！ 息子はあの馬鹿小鳥遊の娘に騙されたんだ！』だなんて言ってきたそうよ？ 不可思議の意味合いが違うの、意味合いが」
眉をひそめる麗香。確かにまあ、ベクトルは違うか。
「でも断ると広告引き上げるって言うし……不況だから、そうされると困るのよ」
なるほど、引き受けざるを得ない状況な訳か。
「悪いけど……調べてくれないかしら？ 隠された真実があったなら、それでよし。そうでなくとも心中の確固たる証拠があったら、きっちり突き付けてやりましょ」
それはそうだ。真実は望む物だけとは限らないのだから。
さて、手分けして調べてみますか。
●今日は楽しいハイキング【２Ｄ】
すっきりとしない梅雨の曇り空。そんな空模様の中、尾根崎山で単身登山していた少年が居た。登山と言っても、尾根崎山はハイキングに適する山なので、標高があったり特別険しいということはないのだが。
「……ここまで別に何もなかったよな……」
少年――守崎啓斗は首を傾げつつ、山中に分け入っていた。今回の事件の調査を始めた啓斗は、２人が流れ着いた場所から陸路を遡ってこの尾根崎山までやってきたのだ。
陸路では何も見付からなかった。いや……何もなさ過ぎたと言うべきなのだろうか。
２人が流れ着いた橋のたもと、それと入水したと思しき場所で啓斗は霊を呼んで話を聞こうとした。
だがしかし、さっぱり霊が来なかったのだ。２人の霊のみならず、その他の霊までも。
（じめじめした場所には霊が居やすいはずなんだがなあ？）
反応が皆無だったことが、啓斗には奇妙に感じられた。数１０年前の話でなく、ほんの１ヶ月前に死者が出ているのだ。なのに霊が来ない……奇妙を越えて、下手すれば無気味にも思える。
「引っ越しでもした……のか？」
つい馬鹿な考えが口から出てきてしまう。けれども、そう考えたくもなる有り様ではあった。
と――そんな啓斗の耳に、複数の者による会話が聞こえてきた。
「リーダー！ 木が折れてます！」
「何ぃっ！ 今行くぞ！」
「リーダー！ こっちには何か這いずったような跡が！！」
「おおうっ！？ 待ってろ、次に行く！！」
「リーダー！ 焦げてます！！」
「ぬおぉうっ！ 調べることは山積みじゃないかぁっ！！」
声の主は若い男女であるようだ。会話を聞く限りでは、何やら調べにやってきた一団に思える。
「……何調べてんだ？」
啓斗は声の聞こえる方にこっそりと忍び寄ってゆき、そっと覗いてみた。するとそこには、折れた木々をしげしげと見つめている者たちや、何かが這いずったような跡を調べている者たち、それから焦げた木々や地面を見ている者たちの姿があった。いずれの男女も２０歳前後といった所か。
「おーい」
危険な相手ではなさそうだと判断した啓斗は、姿を見せて男たちに話しかけた。
「む？ 我々に何か用かね」
するとリーダー格らしき男が、くるりと啓斗の方に振り向いた。
「ここで何やってんだよ？ いや、その前にあんたたち何者だ？」
怪訝そうな口調で尋ねる啓斗。男はよくぞ聞いてくれたとばかりに、胸を張って質問に答えた。
「我々は、東多摩大学のＵＦＯ研究会のメンバーである！ 今は、ＵＦＯ墜落の調査を行っている所だ！！」
「は？」
思わず啓斗は聞き返していた。冗談かとも思ったが、男の目は真剣そのものだった。
「君は覚えていないかね？ 約１ヶ月前、梅雨入りした頃に尾根崎山に光る物体が落下したというニュースを」
「……あったようななかったような」
何となく聞き覚えはあるのだが、はっきり覚えていないということは、啓斗の興味の範疇になかったのだろう。
「我々はそのニュースを聞き、即座に確信したのだ。ＵＦＯが墜落したのだと！」
こぶしをぐっと握り、力説してみせる男。啓斗は黙って聞いていた。
「本当ならすぐにでも調査に来たかった所だが、会を預かる私としてはメンバーの安全を確保する必要がある。それゆえ調査が今になってしまったのだ！」
「……で、何が分かったって？」
半ば呆れながら聞く啓斗。
「うむ、ならば教えてやろう。この状況から、私はこう推理する。墜落したＵＦＯは不幸にも燃え尽きてしまった。だがしかし、宇宙人の１人は生き残り、這いずってこの場を離れていったのだ！」
「…………」
啓斗は男から視線を外すと、何かが這いずった跡を目で追った。方角を見ると、尾根崎川の源流に向かっているようにも見えた。
（ＵＦＯうんぬんは眉唾だが、何かが這っていったことは本当っぽいよな……）
「おおっ！ 尾根崎山での調査を終えたら、次は尾根崎川での調査を行うぞ！ 宇宙人を探すのだ！！」
啓斗の思案を他所に、男は１人で盛り上がって叫んでいた……。
●水路に潜む恐怖【３Ｂ】
尾根崎山での調査を終えた啓斗は、今度は水路で皆家橋まで向かうことにした。先に陸路を調べたのは、尾根崎川の流れを利用するためであった。流れを利用すれば、それだけ啓斗の身体にかかる負担が減るのだから。
水路はもちろん忍者らしく水蜘蛛の術。増水し、流れも早くはなっているが、今日くらいの流れであれば啓斗にとっては別段問題なかった。
かくして尾根崎川を単身下ってゆく啓斗。陸路より遥かに水路の方が速かった。
「橋に着いたら、月斗来てっかな。連絡は取ったが……」
啓斗は御崎月斗に尾根崎川を調べていると連絡していたが、月斗の返事は時間があったら顔を出すというものだった。声の調子から判断するに、来るか来ないか五分五分といった所か。
啓斗は尾根崎川を下りながら、あれこれと考えていた。尾根崎山で見た物はもちろん、今回の事件の経緯や、麗香も大変だなだとか、本当に色々と。
（しかし……恋をすると、皆そんなに死にたくなるものなのか？ 何故？ 理解不能だ）
首を捻る啓斗。さすが恋愛音痴の朴念仁、この想いが理解出来るようになるにはこれから何年、いや何１０年を必要とするのだろう。……まあ、死ぬまで理解出来ない可能性も否定は出来ないのだけれども。
そうこうしているうちに、次第に川幅は広がってゆき、皆家橋までの距離はどんどんと縮まってゆく。
「……水路も何もないな……」
つい欠伸をしてしまう啓斗。本当にここまで平穏そのもの、何か奇妙な物があったりということもなかった。このままだと、単なるレクリエーションを楽しんだだけで終わってしまいそうだった。
そんな緊張の糸が緩んだ一瞬だった。啓斗の足首に、何かにつかまれたような感触があった。そして――。
「えっ……うわぁぁっ！！」
確認する間もなく、何と啓斗は水中に引きずり込まれてしまったのである！
（何事だ！？）
ともかく相手の姿を確認しようと試みる啓斗。しかし、目の前には何の姿も見当たらなかったのだ。
（居ないっ……？）
逃げられたのかと思った。けれどもそうではなかった。啓斗に対し、襲いかかってくる気配が確かにそこに存在していたのだ！
啓斗は何かに身体全体を包み込まれたような気がした。次の瞬間、啓斗は懐から取り出した手裏剣で、反射的に目の前を思いきり切り付けた。一撃、二撃、三撃……と何度となく。
するとどうしたことか、身体全体を包み込んでいた気配が緩み、脱出口が開けたのである。
（今だ！）
この機を逃してはならないと本能的に察知した啓斗は、そちらへ逃げ出すと一心不乱に流れが急な川を岸に向かって泳ぎ出した。
気配が追ってくる様子はない。流れで下流に流されつつも、啓斗は何とか川岸へ辿り着き、水中より這い出た。
「……っ……ぁ……」
息も絶え絶えだった啓斗は、濡れた身体のまま土手に大の字に転がった。とにかく呼吸を整えないと、次の行動に移れそうにもなかったのだ。
「お、おい！？ 啓斗、何やってんだぁ？」
少ししてそんな月斗の声と、土手を駆け降りてくる足音が聞こえた。
「何だよ……水蜘蛛の術でも失敗したのかよ。だらしねぇなあ、忍者の癖に」
やや挑発気味な月斗の言葉。しかし、今の啓斗には言い返すだけの気力は残っていなかった。ただハアハアと息を呼吸を整えるので精一杯だった。
「……る……」
だが、それでも啓斗は絞り出すように声を発した。何とか今起きたことを伝えようとしていたのだ。月斗が耳を澄ませる。
「……居る……この川には……何か得体の知れない奴が居る……っ！！」
啓斗は忌々し気に言い放った。その手には何やら粘液らしき物が付着した手裏剣が、しっかりと握られていた……。
●協力態勢【７】
「そっちでも調べてたとはな」
「お互い様でしょ」
夜遅く――草間興信所の草間武彦と麗香は電話で会話をしていた。互いに同じ事件を調べていたことが判明したからだ。
「ニュースは見たか」
「当然でしょ。青年の奴１体だけかと思ったら、警察の調査でもう１体……１０歳くらいの女の子のが見付かったんでしょ、水死体。２人とも、昨日だかに捜索願が出てたって言うじゃない」
「らしいな。しかしこれで、この１ヶ月に見付かった尾根崎川の水死体は４体か……」
受話器越し、麗香には草間の溜息が聞こえていた。またややこしい事件になったとでも思っているのだろう。
「こうなると、単なる偶然とは思えないわね。……どう。協力しない？」
「それは構わないが……」
「あら、何？ 奥歯に物が挟まったような言い方ね」
「俺は怪奇探偵じゃないからな」
次の瞬間、麗香は受話器を置いていた――。
【尾根崎心中【ＳＩＤＥ：Ｂ 前編】 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００６０ ／ 渡橋・十三（とばし・じゅうぞう）
／ 男 ／ ５９ ／ ホームレス（兼情報屋） 】
【 ０４１３ ／ 神崎・美桜（かんざき・みお）
／ 女 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０４１６ ／ 桜井・翔（さくらい・しょう）
／ 男 ／ １９ ／ 医大生＆時々草間興信所へ手伝いにくる。 】
【 ０４６１ ／ 宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師） 】
【 ０５５４ ／ 守崎・啓斗（もりさき・けいと）
／ 男 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０６４５ ／ 戸隠・ソネ子（とがくし・そねこ）
／ 女 ／ １５ ／ 見た目は都内の女子高生 】
【 ０７７８ ／ 御崎・月斗（みさき・つきと）
／ 男 ／ １２ ／ 陰陽師 】
【 １３８８ ／ 海原・みその（うなばら・みその）
／ 女 ／ １３ ／ 深淵の巫女 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全１９場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・まず最初に、ノベルの完成を皆様に大変お待たせしてしまったことを深くお詫びいたします。現実世界では関東地方の梅雨も明けてしまいましたが、この中では未だ明けておりません。どうぞご了承ください。
・今回のお話は、『草間興信所』での高原の同名の依頼と連動しております。ですので、文中には『草間興信所』の方で参加されている方が登場している場合がありますし、重要なヒントが『草間興信所』の方で出ている可能性もあります。どうぞご注意ください。
・ちなみに後編では、もう一方に移動してもそれは構いません。協力態勢は引かれておりますので。
・守崎啓斗さん、７度目のご参加ありがとうございます。今回もっとも死に近かったですね……冗談でなく。辛うじて助かっていますが……気を付けてくださいね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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