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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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屋上には風が吹き抜けていた。柵があるわけでもなく、むき出しのコンクリートからは東京の街が一望できる。
遮るものなどなにもない屋上のふちに立って、ヒロトは自分を追い詰める者たちを見渡した。つま先だけで身体を支えたヒロトは、今にもまっさかさまに墜落しそうな位置でゆらゆら身体を揺らす。
「変な動きをしやがったら、どうなるかわからないぜ。びっくりして足を踏み外して落ちちまうかもなあ。容疑者を自殺に追い込んだなんて、無様な記事を新聞に書かれたくないだろ?あんただってさ」
目だけを狂気にぎらぎら光らせて、ヒロトは歪んだ笑みを見せる。
「なあ、おまえら正義感ぶるのもほどほどにしろよ。俺が人を殺したからなんだっていうんだよ。俺を同じ目に合わせるか?俺を同じ目に合わせようとするやつが、俺とどう違うっていうんだよ。それとも、俺をとっ捕まえて、正義の味方ぶって警察に突き出してみるか?」
歌でも歌うように、ヒロトは喋り続ける。
「精神に問題ありって判断されるんじゃないかな。そうすりゃ刑務所なんかに入らないで済む。有罪判決になったところで、無期懲役がいいとこじゃないの?模範囚で居れば、ジジイになる前に出てこれるさ」
勝ち誇ったように、ヒロトは笑う。まるで血に狂った獣のように、その表情は歪んでいる。
「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それは運命ってやつだよ。俺に殺される運命だったんだよ。早死にするヤツは、この世に必要ないから死んでいくんだ。俺はその運命に少し手を貸してやっただけだよ。なのに俺を憎むのは逆恨みってやつだろう?俺の邪魔をするな。俺がガキだの女だのを殺したからなんだっていうんだよ。その俺を恨むお前らだって、同じ穴のムジナだろ。俺が憎いんだろ。殺したいんだろ?そんなお前らに、偉そうに俺を糾弾する権利があるっていうのか!?」
気が違ったようにヒロトは喋り続け、おかしそうに笑い続けている。その顔に罪悪感は見られなかった。

ヒロトが息が切れるほどに笑い続け、むせて言葉を途切れさせた間を縫って、シェラン・ギリアムは肩を竦めた。
「成程……もっともですね」
ギョロリと、ヒロトの瞳がシェランに向けられる。大きく白目を剥いた眼球は、今にもころりと転げて落ちてしまいそうですらあった。ヒロトを華奢に見せている撫で肩が、笑いの余韻で激しく上下している。ハッ、ハッ、と動物のような息遣い。
その姿は人間からかけ離れたものをシェランに連想させ、互いの間には十分な距離があるにも関わらず、ヒロトの吐息が生臭く感じる。
その想像はますますシェランの不快を煽り、我知らず眉間にも皺が刻まれた。
18の時に人から追われる身となって以来、シェランは自ら正義を語れる立場にいるとは思ってはいない。かといって人道に悖り、自らの生き方に顔向けできないようなことも、していないつもりである。
道を踏み違えることなく生きている人々に非難されるのは仕方がないことだ。が、ヒロトのような輩に同類扱いされる謂れもなかった。
心の底で暗い灯りがちらつくのを感じながら、シェランは堪えきれずに笑みを浮かべる。優しげなその微笑とこの状況のあまりのそぐわなさが、むしろ悪魔めいていると頭のどこかで皮肉な考えが浮かんだ。
「立派な最期を遂げてください」
気がつくと、舌は自分の頭が考えるよりもすべらかに動いて、言葉を紡ぎだしている。
「勿論、躊躇うことなく其処から落ちて死んでくれるんでしょう?」
言葉にするよりも強烈に、「落ちて死ね」と仄めかす。
荒い息を落ち着かせながら、ヒロトはそこで初めて、白目ばかりが目立った瞳をシェランに向けて焦点をあわせた。シェランの台詞を耳にした刹那、電撃のように顔面を駆け抜けた感情は、一足先にビルの屋上から滑り落ちてしまったようだ。その感情の名残りに意識を伸ばしても、無気力なへらへら笑いにぶつかるばかりである。
「私には貴方が本当に飛び降りる気があるかどうか解らない。飛び降りるなら早くして下さい」
芝居がかった仕草で、ヒロトは眉を上げた。フラフラと危なっかしく、遮るもののないビルの外れで体を揺らす。落ちろと促された誘いに従うつもりはないらしく、舐めた態度でシェランの冷たい視線を受け流した。
「…貴方は怖いんだ。自身の犯した罪を悔いている。そしてそれを止めてくれる人間を待ってた…そうじゃないんですか?」
語尾を遮るようにヒロトは哄笑した。
「そんなわけねーだろ。ばァ――か」
「ならどうして今すぐ飛び降りて見せない?怖いからじゃないんですか」
払ったように表情を落として、ヒロトはピンポン玉のような目でシェランを見ている。
「死が、貴方の望みなら手を貸しますよ?」
シェランが言った直後、キンと糸を張ったように二人を包む空間が張り詰めた。見えない壁に包まれたかのようにビルの周りの空気がゆらぐ。その手ごたえで、ヒロトに気づかれぬよう少しずつ張り巡らせていた結界が完成したのを感じ取り、シェランの唇に薄い笑みが浮かんだ。
異変を感じてヒロトは振り返るが、心なし色が落ちた気がするだけで、夕暮れ前のビル街は相変わらず人の気配をさせずに静まり返っている。それでも違和感は拭えない。心のどこかに引っかかるヒロトの不審を感じ取って、シェランは声を掛けた。
「何処かへ逃げようとしても無駄です。このビルを囲む形で魔法円の結界を張っておきました」
言い終わらぬうちに、やや慌てたようにふつりとヒロトの姿が掻き消えた。直後、バシン!とどこかで何かが弾かれる音がする。シュラインが余裕を持って見ている前で、ヒロトはさっきと同じ場所に姿をあらわし、バランスを崩してあわやのところで落ちかけた。異空間を跳ぼうとして、シェランの張った結界に弾き飛ばされたのだ。
「無駄だと言ったでしょう」
「畜生!」
足を踏み鳴らしてヒロトは悔しがり、ひとしきりシェランに汚い言葉を振りまいた。取り立てて目立つところのない顔の下で隠れていた本性が垣間見えて、ヒロトの顔を醜く見せる。シェランはそれを冷ややかに見守った。
コンクリートを踏みつけて悪態を吐き続けて気が済むと、ヒロトは再び静けさを取り戻しつつあった。感情の起伏が激しく、シェランと対面している短期間の間にもヒロトの態度は二転三転する。再び得体の知れない表情を浮かべたヒロトは、ビルの縁でゆらりと顔を上げた。
「これから、私の呪術で貴方の精神を冥界に引き込みます」
機械仕掛けの人形のように、ヒロトは首を曲げてシェランを見た。二つの瞳は確かにシェランを映しているというのに、その目の中にはガラス玉のように何もない。
二人とも何も言わず、にらみ合う時間が過ぎた。
唇の片側だけを引き攣らせて、ヒロトはエナメル質の白い歯を覗かせた。
「やってみろよ」
大仰に手を広げる。
「俺を殺すなり、冥界に連れて行くなり、やってみろ。そんなことをしても死んだ人間は生き返らないし、俺は反省なんかしやしねえよ。そしてお前は俺と同じ、ただの人殺しの仲間入りさ」
これ見よがしにビルのはずれでゆらゆらと、ヒロトは謳うようにしきりに喋った。
「お前と俺と、どう違う?俺が『殺した奴の分まで生きてやろう』って反省したら、それで人は許されるわけか。その程度で認められるわけか。なら言ってやるよ」
唾を飛ばして一気に言い切り、芝居じみた態度で拳を握り、ヒロトはシェランを見据えた。口元を左右に歪ませ、明らかに挑発する態度でシェランを掬い見る。
「『俺の手にかかって死んでいったザコどもの分も、俺は幸せに暮らしていきます』」
「…冥府で、あなたが殺した者たちの苦しみを味わいなさい!」
シェランの指先が、慣れた仕草で虚空に印を結んでいく。流れるようなその仕草に、ヒロトはシェランが本気だと悟ったのだろう。
その顔面を、さっと純粋な死への恐怖が掠めた。その表情はすぐに苦々しいしかめ面に変わり、次いで下品な笑いへと変貌する。開き直りとも取れる態度だった。
「人間なんて、どうせその程度だよ。自分の感情にまかせて、感情を正当化して、誰のためだの、彼のためだのって言いながら生きてやがる。それで自分に感謝しろって言い出すんだから強欲にも程があるよな」
言ったヒロトの言葉には今までの激しさはなく、口調は独白にも近かった。
「冗談じゃねーっつうの。世の中その程度なんだよ。人間なんてその程度なんだよ。……えらそうな顔は止せ。偽善者め。俺が誰かに止めて欲しがってるって?冗談じゃない。止まって、何が残るって言うんだよ」
シェランの描く方陣が完成した。何もない空間から方陣という扉をくぐって、ヒロトを冥界へと引き込もうとする悪鬼悪霊たちが襲い掛かる。
ポケットに手を突っ込み、ヒロトはもはや恐れる様子もなく、ひょいとバックステップを踏んで後ろへと跳んだ。なんの支えもないビルのはずれに立っていた青年の身体は、一瞬空中に留まるかに見えた。
「この身体が死んだらそれで俺は終わりでいい。……おまえは、俺の死を背負って死ぬまで苦しめ」
ヒロトがシェランを見て哂う。重力に逆らうこともなく、その身体はあっさりとビルの谷間に消えた。
落ちていくヒロトを追いかけて、呼び出された悪鬼悪霊たちが怒涛のようにその後を追いかけていく。
息をつくことも出来ない数秒間があった。
やがて、ドーン!と激しく何かが叩きつけられる音がビルの下で沸き起こった。人が落ちたとは思えない、重く激しい音である。シェランは我知らず目を伏せた。
人が一人減った屋上は、嵐が去った後のように突然に静まり返った。音は大きかった。いずれ、騒ぎを聞きつけて近隣の住人が顔を出すに違いない。
シェランはその場から動くことが出来ずに立ち尽くし、かわりにビルのはずれに立って下を覗き込んだのは、一部始終を眺めていた太巻である。
「……魂のほうは、冥府に連れていかれちまったのか?」
「恐らくは」
太巻は、まるで自分には罪がないという顔で足元を見下ろしている。ゆっくりとポケットに手を突っ込んでタバコを取り出し、新しい一本を口に咥えた。
火をつけながら再び太巻はビルの谷間を覗き込み、
「お前は、このことをずっと気にしながら生きていくか?」
と聞いた。問いかけにシェランは苦笑する。
「それくらいなら、彼の魂を冥府へ誘うような真似もしませんよ」
確かにヒロトが自殺を図るとは思わなかったが、彼がどうなってもいいと思ったからこそ、ヒロトの魂を冥府へと引き込んだのだ。そうして決めたことだから、後悔など出来るはずもない。
そうだろうなあと太巻は言い、首を回して骨を鳴らした。
「どっちにしろおれたちは、奴の死を重く見ない自分ってモンを抱えて生きてかねえといけねェんだな」
ヒロトに殺された者たちの死を理不尽だと言うのなら、シェランや太巻によって引き起こされたヒロトの死も、果たして理不尽と言うべきだったのか。
「お前は俺と同じ、ただの人殺しの仲間入りさ」
ヒロトの声が蘇る。狂人の戯言だと思っていたその台詞も、こうして考え直すと微妙にシェランの心を締め付けた。苦い思いがこみ上げる。
「俺もお前も、心の中に獣を飼ってる」
飼ってるんだよ、とアスファルトに赤黒い染みをつくったであろうヒロトの死体を見下ろしながら、太巻は呟いてタバコを燻らせた。
こいつは死んでもいいんだと思ったり、こんなやつはいなければいいのにと強く願ったり。
そんな時、心に飼っている悪意という冷たい獣が牙を剥く。
近隣に響いたであろう大きな音を聞きつけて近づいてきた人々が、「人が死んでる!」と騒ぎ出すのを見ながら、太巻はこれでまた警察に煩く言われるぞと嘯いた。
その声をどこか遠くに聞きながら、シェランはゆっくりとビルのふちに歩み寄って、下を覗いた。救急車だ、警察も呼べと、誰かが声を張り上げている。
高みから見ると、彼らの姿はひどく小さくちっぽけに見えた。
こうして集まり始めた人々の中に、心に獣を飼っていない人は一体どれだけいるのだろうか。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して息を潜めていた。
「だからね、あなた。お義母さんいつまで生きてるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ。あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、身動きするのも必死に我慢した。
「ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
子どもながらに、祖母の死には両親が関わっているのだと思い悩んだこともあり、母親の「あなたのためなのよ」という言葉に戦慄を覚えたこともある。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
少年の心の中には、いつまでもいつまでも、父と母の言葉が反響している。
「可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
死ぬことで役に立ってくれないと、と。

少年は、そうして大人になった。


・・・・・・・・・
後日、ビルの屋上から飛び降りて自殺したと思われる青年の身元が判明し、また彼が一連の猟奇殺人事件の犯人だと分かったことが、マスコミを派手に賑わせた。
また彼の両親は去年の夏…今回の事件が始まる約一年ほど前に行方不明になっていたことが判明する。十数年前に岡部ヒロトの両親が買い求めた一軒家は庭を広く取った贅沢なつくりで、土地柄不規則な時間に出入りする住民が多く、近所付き合いもあまりなかった。岡部ヒロトの両親と思われる一組の男女の死体は、後日仏壇が飾られている和室の床下に無造作に投げ捨てられているのが見つかった。死亡してから、一年は経過しているものと思われる。

「小さい頃は、おばあちゃんっこでねぇ」
小さい頃のヒロトを良く知る老婆が、リポーターに向けられたマイクにむかってもごもご喋る。
「いい子だったんですよ。おばあちゃんとよくくっついて歩いてね。なくなった人を悪くいうのもあれだけど、ご両親と違ってきちんと挨拶も出来てね、『おばちゃん、こんにちは』って。かわいい子でした」
と。


<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1366 / シェラン・ギリアム / 男 / 25 / 放浪の魔術師

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  

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■         ライター通信          ■
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始めまして!始めましてがこんな後味の悪そうな話ですいませ・・・・(殴)
議論の余地なく間違っている男、というのが岡部ヒロトです。作者が思っていた以上に恨まれているので、ある意味作家冥利に尽きるというヤツです。本気で岡部ヒロトにご気分を悪くされた方、いらっしゃいましたらすいません!「著しく人の機嫌を損なう場合があります」とか貼り付けておくべきでしょうか。
とにかく一人で楽しく書かせていただきました。自分ばかり楽しんでもなんなので、消費税分くらいでも、楽しんで読んでいただけたら幸いです。
機会があれば是非、今度こそ後味の悪くないストーリーでご一緒させていただきたいと思っています。
ではでは、どうもありがとうございました!

在原飛鳥


あと、三部作+後日談ということで、後日談は、きっと……思い出した頃に…受注窓口が開くかと……(這いつくばる)。あやふやで申し訳ありません!スケジュールとか予定表とか、どこかに置き忘れて生まれてきたようです(人間失格)
なんというか後味の悪さを払拭するための後日談みたいな…そんな話を考えていたりするんですが。
もう付き合ってらんねえよ!と思ったらさっぱり無視を決め込んでいただいて結構ですので!
興味がある方は、メールいただければ受注開始時にお知らせとか、喜んでさせていただきます(いるんだろうか…)