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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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街には、排気ガスのにおいが混じった風が吹いている。ハタハタと血と埃で汚れたヒロトのシャツをはためかせ、髪を乱す。柵もなにもないビルのはずれにつま先だけで立ち、ヒロトは異質な瞳で自分を追い詰める者たちを見渡した。目ばかりがギョロギョロと動く様子は、地獄の餓鬼を連想させる。
「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それはそいつの運命だよ。俺に殺される運命だったんだよ」
居並ぶ者たちが不快そうな顔をするのを眺めて、ヒロトは愉快そうに鼻を鳴らした。
「寿命だろうが事故だろうが自殺だろうが、人間いつかは死ぬんだろ。俺が殺してやったって同じことだ。なんでほっといてくれないかなぁ。野次馬根性は日本人の悪い癖だよ。一々首を突っ込むなっての。お前らには関係ない事だろぉ?」
傷が痛むのか顔を顰めながらも、ヒロトはクツクツと耳障りな笑い声を立てる。真っ白だったヒロトのシャツは夕日に染まり、傷から滲む血の跡だけがインクを落としたように黒い。
「憎くてたまらないって顔してるぜ」
さもおかしそうに握った拳を口元に当て、ヒロトはへらへら口元を緩めた。
「腹が立ってたまらないってカオ。所詮はお前らも俺と大してかわんないんだよ。正義だなんだって言うなら警察連れてくりゃいいのさ。正規の手続きも取らないで力づくで俺を追い回して、正義感ぶってんじゃねえよ」
喋っていくうちに次第に口調は荒くなり、ヒロトは表情を歪ませた。シュラインに指紋をとられたことを思い出したのかもしれない。血走った目が、怒りを込めてシュラインを睨みすえる。
「ようは、お前ら、おんなじなんだよ。俺と、い・っ・しょ。俺が気に食わないから追い回して俺を追い詰めて、それで自分が正義の味方だとか思ってんなら大きな勘違いだ」
追い詰められて落ち着かない視線は、狂気と冷静の狭間を、波間に漂う小船のように行ったり来たりする。ヒロトの顔が歪み、左右に口を裂くようにして赤い舌が覗いた。
「同じ穴の狢だよ、俺も、お前らも。偉そうなこと言ったって、正義の味方ぶったって、所詮はアウトローなのさ!」
発作を起こしたように、甲高い声を上げて哄笑する。外聞を省みないその様子は、対峙する者たちに表現のつかないおぞましさをもたらしたようだった。自分に向けられていた視線が逸れるのを見て、ヒロトは声を上げて笑い続けている。
ヒロトの長広舌など、面白くもない茶番だった。時雨は人の波を軽く掌で押しのけて、ヒロトの前に対峙した。なんだよ?と奇妙に弾んだ、それでいてどこか不安定な声が時雨に向けられる。
「文句あんのか?それとも俺を殺してやろうっての?ははは、いいんだぜ!お前も俺の仲間入りだ!やってみろよ!」
愛用の刀を使うまでもなかった。時雨はヒロトの挑発に肩を竦めるだけで返す。
「ヒロトは……死にたいの?」
「……なに言ってんだよ」
勢いを削がれた形で、ヒロトが怪訝そうに聞き返した。
少しでも近づいたら死んでやると、嘲笑いながら言った台詞もろくに覚えてはいないようだ。それとも、初めからそんなつもりは毛頭なかったのかもしれない。どちらにしても、時雨には同じことだ。
「死にたいなら、……ボクが殺してあげる……」
ヒロトのような自衛目的の脅しなど、時雨には存在しない。口にするからには、本気だった。ヒロトが「はい」と言えば、いつでも躊躇うことなく彼の息の根など止めてみせる。だが、自ら楽を選んで命を絶つようなことをさせるつもりはなかった。
「一瞬で楽になるようなことは……させないから」
ヒロトの手に掛かって、一体どれだけの命が喪われたか。どれだけ楽にしてくれと思いながら、生きたまま切り刻まれていったのか。
「キミが……ただ死んだくらいじゃ、殺された人の苦しみなんて……わからない」
底知れぬ時雨の迫力に気圧されていたヒロトは、はっとそれに気づいて顎を引き、自分が怯えていたことにひどく不服そうな顔をする。
「つまり、なんだ?俺が殺したヤツラと同じように、俺のことも苦しめてから殺してやるってか?とんだ正義の味方だよ!俺よりタチが悪いんじゃないの!?」
怯懦した自分を誤魔化すように、ヒロトは余計に声を張り上げる。そんな虚勢も、時雨がじっとヒロトを見つめるうちに途端に落ち着きを失くした。
そこにあるのが本能的な怯えだということを、時雨は知っている。いくら強がってみせても、凶悪なことをしていようとも、ヒロトは「殺人犯」以上のものではなく、時雨は「殺し屋」以下の存在ではないのだ。
「同じ穴の狢…というなら、そうかもしれない」
しかしそれがどうしたというのか。殺し屋などを生業にしている時雨が、今更ヒロトと同類だと言われた所で何も腹を立てることなどはない。
確かに、ヒロトは両手の指の数ほど人を殺している。しかし時雨はそれ以上の数の人命を、背負った妖刀を使って切り落としてきたのだ。どれだけの人数の血をその刀に吸わせたか、考えるのは随分昔に諦めた。
「でも、いいんだ…。ボクは、正義感でヒロトを……捕まえるわけじゃないから」
殺人の狂喜に溺れた者に、反省の色など見えなくて当然。血に酔った者を直す薬など、どこにもありはしないのだ。
信じられない面持ちで時雨を見つめるヒロトの瞳が怯えを孕んで揺らいだ。時雨のきつい眼光に見つめられて、見る見るヒロトの身体が硬直していく。
「な、なんだよ…これ!」
「すぐに…声も出せなくなる」
時雨の眼光で威圧されたヒロトの身体は強張っていき、青年の顔が恐怖に歪んだ。時雨の瞳に射すくめられたことで、金縛りに掛かったのだ。命にこそ別状はないのだが、そこまで教えてやる義理もない。そもそもは、人を斬る時に役に立つ能力なのだ。
「運命がどうとか……言ってたね」
ヒロトが何かを言いかけたが、段々強く体中に回る痺れのせいで、くぐもった呻き声にしかならない。
ドサリとコンクリートに崩れたヒロトを冷静に見下ろして、時雨は続けた。
「それを語るなら…まず自分をみたらいい。……必要のない奴が死ぬのなら、今、まさに死のうとしている君は、世界に必要ないんだ?」
不本意にコンクリートに沈んだヒロトは、大きく目ばかりを剥き出しにして、せわしなく視線を動かした。どうしても時雨から目を離せないのは、視線を逸らした瞬間、殺されるかもしれないという恐怖のせいだ。
これ見よがしに、時雨は大刀をスラリと抜き放ち、ヒロトの頭上に振りかぶって見せた。
「……サヨナラ」
ブン!と空気を僅かに振動させて、刀がヒロトの頭上に振り下ろされた。



「それで、お前これ、どうするんだよ」
寸止めした時雨の妖刀はヒロトの命を奪うことはなかったが、恐怖で意識を奪ってしまったらしい。失神してしまったヒロトの傍らにしゃがみこんで、太巻は不良のような格好でタバコを燻らせている。
物事に動じないというか、異常事態に対して愚鈍な男である。口の端に泡を吹いているヒロトを同情するでもなく見下ろして、旨そうに煙を吐き出した。
「私に預けて欲しい」
額に皺を作って、太巻は時雨を見上げた。
「逮捕…されたところで、反省なんか、しないと思うから」
正論とか、道徳とか、そういうことはきっと無駄なのだ。それは例えば獣に向かって、道義や道徳を説くのに似ている。獣を調教するには、力づくでなければ効果がない。死の恐怖を徹底的に叩き込んで、自分がどんなことをしたのか、どれだけ酷い行いをしてきたのか、ヒロトに分からせるのがよいのだ。
否定も肯定もせず、もう一度太巻はタバコを吹かした。言わなくとも、時雨の言わんとしていることは通じたのだろうか。
「もし、そうするなら……二ヶ月。二ヶ月したら、こいつは死なさずサツに突き出せよ」
二ヶ月は好きにすればいいと、なんとも非常識なことを太巻は言った。
「コイツに殺された奴らの遺族も、裁判って形でコイツが裁かれるのを見たいだろうさ」
「……いいのか?」
二ヶ月だ。二ヶ月は、長い。その間、警察は無駄な努力を続けて犯人を探し出し、遺族は一刻も早く犯人が捕まってくれればいいと、昼に夜に祈るのだろう。
「知らねェよ」
まるで優しさのない獣のような顔をして、無関心に太巻はヒロトを見下ろし、やはり同じようにどこか茫洋と、時雨はヒロトと太巻を眺めていた。風が涼気を帯びてきた。夕焼けの空も、すぐに薄い夜の帳に包まれる。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。


「獣の棲む街」:END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1564 / 五降臨・時雨 / 男 / 25 / 殺し屋
・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生
・0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
・1549 / 南條・慧 / 女 / 26 / 保健医
・0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
・1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職


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NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!長いこと付き合っていただいてありがとうございます!気分は大往生です(まだ死なないように)
楽しんで書かせていただきました〜。そういえば、時雨さんの口調「私」ってなってた部分があったんですが、うっかりカッチョ良かったのでそのまま使わせていただきました…良かったんでしょうか(事後承諾)

なんだか色んなところでスローテンポな奴ですいません…。そして後日談の予定が立たず、余計にさらにすいません!我ながら計画性の無さを振り返ってみると人間失格の雰囲気濃厚です。ひー。
さ来週以降のいつか…という恐ろしく顰蹙モノの予定しかお伝えできず…すみません!あっ、「もう興味ねーよばーか」とか思っていたらさっぱり無視してしまって結構ですので!

なにはともあれ、本当に三部作、長いのに暗いのに!付き合っていただいてありがとうございました。書いていてとても楽しかったです。
少しでもそんな気分をお届けできたらいいなと思いつつ、どうもお疲れ様でした!
またどこかでアホなことやってる奴を見かけたら、気まぐれに遊んでいってやってください。どこかで遊んでいただけるのを楽しみにしています。
では!

在原飛鳥