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<東京怪談・PCゲームノベル>


殺虫衝動『孵化』


■序■

 かさこそ。
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804:  :03/04/11 01:23
  おいおまえら、漏れムシを見たましたよ。
805:匿名:03/04/11 01:26
  おちけつ。日本語が崩壊してるぞ。
  どこで見たって?
806:匿名:03/04/11 01:30
  どうした?
807:匿名:03/04/11 01:38
  おーい
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 かさこそ
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13:  :03/4/13 0:06
  ムシ見た
14:  :03/4/13 0:08
  マジで
15:匿名:03/4/13 0:09
  詳細キボンヌ
16:  :03/4/13 0:13
  13来ないな。ムシにあぼーんされたか。
17:匿名:03/4/13 0:15
  >>16
冗談にゃきついぞ
  やめれ
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かさこそ……


■記憶■

 賈花霞の姿は可愛らしい少女であったが、それは今でこその話であり、彼女の本当の姿を知る者は少なかった。本当の名前を知る者も、このご時世、この国ではなかなかいまい。しかしながら、彼女はそれを気に病むこともなく、小学生として生きている。
 生きているのだ。
 誰が何と言おうとも。
 かりそめの命でありながら、彼女は自分が生きているということを、いつでも誰にでも主張してみせる心づもりだ。
 花霞は最早、殺すためだけに居るのではない。


「マキちゃん! まって!」
 いつも一緒に下校している友達だった。
 しかし、マキは花霞に見向きもせず、帰りの会が終わると同時に教室を飛び出していった。……そう言えば、今日のマキは元気がなかったような気がする。
 月曜の昼下がりだった。金曜の昼下がりに一緒に帰った。そのとき、マキはいつも通りに明るくて、花霞と楽しくおしゃべりをしていたはずだ。花霞は、何でも覚えている。
「まってよ! ねえ、何かあったの? マキちゃん!」
 花霞の声は聞こえているようだった。逃げるようにしてマキが走り出す。マキはクラスの女子の中で、いちばん足が速い。
 花霞が思った通り、何かあったようだ。マキは泣きながら走っている様子だった。
 マキは随分走ったつもりだったかもしれないが、小学生の体力だ。マキは自宅の手前で力尽き、足を止めて、泣きながら咳こんだ。
「どうしたの? ねえ、花霞に話してよ。花霞にはおっきい哥々いるし、おとなの友達もいるし、マキちゃんを助けられるかもしれないから」
 花霞の息はまったく乱れていなかった。
 だが、マキが気づくこともないだろう。そもそも花霞は息などしていないということには。
「おにい、ちゃんが」
 マキはしゃくりあげながら、やっと話した。
「おに、いちゃんが、いな、くなっちゃっ、た……」

 マキには、歳の離れた兄がいた。花霞は会ったことがない。聞けば今年の春に就職したのだという。
 マキの家の中の空気は重く沈んでいた。マキの母の憔悴ぶりは目も当てられないほどであった。花霞への挨拶もそこそこだ。もしかすると、ほとんど意識していなかったかもしれない。いつもは、ハキハキした良いおばさんだ。マキの母が、同級生の母親よりも若干老けて見えていたのは、花霞の思い違いではなかったようだ。
 花霞はマキとともに二階に上がった。マキは何も言わず、一瞬ためらい、それから思い切ったようにひとつのドアを開けた。
 花霞はその部屋の中を見て驚いた。
「おにいちゃんの部屋……」
 荒れ果てていた。空き巣が荒らしたあととは違う散らかり様だ。明らかに誰かがこの部屋の中で暴れ回った、その爪痕が残っていた。
 画面を割られたモニタが机の上にある。その隣のパソコン本体は完膚なきまでに叩きのめされていた。いやそれよりも見るべきものは――
 ムシ
 ムシ
 ムシ
 虫
 ムシ
 虫
 白い壁紙に殴り書きされている、「ムシ」「虫」という言葉。
「……」
 花霞は、黙ってその文字を睨みつけた。
 彼女は人間の心を何よりも深く知っている。部屋に沁みついた暗い黒い思い、焦り、怒り、苛立ちが、彼女の肌をつついてくる。壁に書きこまれた叫び声が脳裏で蠢く。虫、ムシ、蟲、虫。
「ね、ムシって――マキちゃんの哥々は虫がきらいだったの?」
「ううん。いっしょにセミ取りしたし、カブトムシ飼ったこともあるよ」
「そうなんだ。……でも、何だか関係ありそう。しらべてみるね」
「……ありがと、花霞ちゃん」
「お礼は、マキちゃんの哥々が見つかってからでいいよ」
 花霞は微笑んだ。
 しかし頭の中では、次に向かうべきところを探していた。


■消えた十数人目■

「……三下くん、この子は?」
「はい、えーっと、じあ・ほあしあちゃん、ですね」
「名前を聞いてるんじゃないの! 何でここに居るのか――」
「『ムシ』のこと訊きにきたんです」
 じっと黙って立っているよりも、自分から用件を言ったほうが早そうだ――花霞は冷静に判断した。その考えは正しかった。月刊アトラス編集長、碇麗香はわずかに身を乗り出したのである。
「あなた、『ムシ』に興味があるの?」
 問われて、花霞はかいつまんで説明した。
 友達の、年の離れた兄が行方をくらませたこと。どうやら消える直前に錯乱して暴れ回り、壁に『ムシ』という走り書きをしていたこと。花霞の兄が、近頃ネットで流行っている『ムシ』の書きこみの話をしてくれたことも。月刊アトラスで、先月から『ムシ』が取り上げられていることも知った。
 小学生にしては、筋道の通った話の組み立て方をする――麗香はそこまで気がついたようだったが、今回はあえてそれには触れなかった。代わりに彼女は、子供にではなく、ひとりの調査員に対する態度でもって花霞に接してきた。
「『ムシ』のことについて訊きたいのなら、私よりも御国くんの方がいいわ」
「どこにいますか、ミクニさん」
「それが、一昨日から居ないのよ」
 その言葉の意味することに気がついて、花霞はぞっとした。
 麗香と三下の視線を追うと、誰も座っていないデスクが視界に飛びこんできた。
 かさこそ、
 えも言われぬ恐怖と不安が胸を鷲掴む。
 ネットにはびこる『ムシ』を追っている記者は、御国将という。その彼が、姿を消した。マキの兄と同じように――。
「えと、ミクニさんは、あばれたりしてましたか?」
「そ、そんな人じゃないよ。最近頭が痛いとかぼやいてたような気がするけど……」
「行きそうなところってどこですか?」
「うーん、僕、あんまり話したことなくて……」
 三下は助けを求めるかのような視線を麗香に送った。麗香は肩をすくめることでもって返事をする。
「パソコンつけてみていいですか?」
「いいわよ」
 麗香から許可をもらって、花霞は御国将のデスクに近づいた。
 かさこそかさこそかさこそ……
 纏わりついてくる『気』を振り払い、花霞はパソコンの電源を入れた。OSが立ち上がり、海を走る船舶の画像が壁紙として表示された。
「船だ。かっこいい」
「あ、そう言えば、よく『丸』読んでたな」
「『まる』?」
「こういう船の写真がたくさん載ってる雑誌だよ」
「じゃ、船が好きなんだね」
「かもね。こ、こんなことになるなら、普段から話しとけばよかったかな。先輩なのに、僕、全然御国さんのこと知らないや……」
「でも、ミクニさんがいなくなることなんてだれにもわかんなかったんだよね? だったら、後悔するのって、へんだよ」
「そ……そうかな?」
「そうだよ。ミクニさんとか、マキちゃんの哥々とか、みんなで探してぜったい見つける。そいでね、みんなで喜ぶの。それでいいんだよ」
 花霞は三下と話している間(何故か彼に敬語を使おうとは思わなかった。何故だろうか)、じっと将のパソコンの壁紙を見ていた。
 船。波。
 ……海だ。


■わらしべ■

 マキの兄を探し出さねばならない。それが、最終目標だ。そのために、まずは御国将を見つけ出す。少なくとも彼は、自分よりも『ムシ』のことを知っているはずだ――花霞はそう導き出した。彼女は、小学生ではなかった。
 焦らず、確実に駒を進めていくのだ。
 特にこの件は、どうにもあまり思わしくない気配が絡んでいる。
 花霞がよく知っている感情に似ていた。怒りや、殺気や、哀しみや、野望に似ているのだ。しかし似ているだけだった。かさこそと囁くあの感情は、花霞があまり触れたことがないものだった。
 花霞は御国将の休日の足取りや、自宅の位置などを調べてもらった。
 彼女が睨んだ通り、将は海が好きだったようだ。休日は模型店に行くか、模型を作っているか、港へ船を見に行っているか――そうして、過ごしていたらしい。
 花霞は港前公園に向かっていった。ここのところ、この公園では物騒な事件が起きているという。血生臭い事件だった。三下は何がこの公園で起きたのか掴んでいたようだったが、彼は小学生である花霞に詳細を話すのをためらっていた。
 ――まさか、ミクニさんが? そうだったら、どうしよう……
 後悔するのは、おかしな話だ。自分は御国将という人間を、今日まで知りもしなかったではないか。それでも、
 ――もう少しはやく、知り合ってたらよかったんだ!
 花霞は後悔せずにはいられない。
 日はすでに沈んでいる。だが、「帰らなければ」という気持ちはどこにもなかった。


 潮の匂いが鼻をくすぐる。
 だが東京の潮の匂いは、くすんでいる気がした。
 空は藍色に変わろうとしている。港前公園に人気はなく、汽笛も聞こえない。ただ、じゃぶじゃぶと寄せては返す波の呟きだけが聞こえる。静かだった。
 花霞が歩くと、かさこそと足元を虫が走り回り、逃げていく。錆びたコンテナやボートの陰にたちまち逃げこみ、もう姿を現すことはない。
「ミクニさん!」
 花霞はとりあえず、呼んでみた。
「ミクニさーん!」
 波の音に負けないように声を張り上げるも、返事はない。
 歩き続けるうちに、花霞は見慣れないものに出くわした。広場の一角に張り巡らされた、黄色のテープだ。それが意味することを察して、花霞は眉をひそめ、足を止めた。
 かさこそ……
 人の輪郭をなぞったマーキングがまだ残っている。
 ここで、人が死んだのだ――否、殺されたのだ。
「こんなところで、何してるんだ――もう、家に帰る時間だろう」
 突然声をかけられて、花霞は振り向いた。
 くたびれた格好の男が、ぐったりとした様子で立ち尽くしている。
「……ミクニさん?」
「……驚いたな。俺の名前を知ってるのか……」
 男は、御国将だ。
 彼はぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。苦痛に顔を歪めていた。頭が、痛いらしい。
 灯かりが花霞と将を照らしだし、地面に影を落とす。
 影――
「ミクニさん、影!」
 花霞は、将の影を指差した。将の影は、不自然な揺らめきを見せていた。まるで自分の意思を持っているかのようだ――将のものではないかのようだ。
「わ、わかってる……くそっ……頭が、痛い……! 早く、家に帰れ! 逃げろ!」
 将の影が、わらっとささくれた。べりべりとコンクリートのつめたい地面から剥がれて、膨らみ始める。
 蟲だ。花霞が知らない異形の生物。だが大抵の人間は花霞同様その蟲を知らないにちがいない。ただ、例えるべき不快害虫を知っている――ムカデ、ヤスデ、ゲジゲジだ。
 かさこそ、
 それは脚と脚がぶつかりあいながら地面を這いずる音だった。多足の蟲は将の影そのもの。公園の明かりが照らしているというのに、将の下から影が消え失せていた。
「……こいつが消えてくれない……ムシだ……まさか、俺がこいつを……見ることになっただなんて……」
 花霞は、蟲を睨みつけた。
 蟲も花霞を睨み返してきた。そして、その大口を開けた。この世の虫のあぎとではなかった。口の中にはびっしりと牙が植わっていた。卵塊を思わせる整然さだった。吐き気をもよおすほどの統一性だ。
「ミクニさん、動かないで。花霞が何とかしてあげる」
「よせ、……無茶だ」
「あきらめちゃだめだよ! みんな心配してるんだよ! ミクニさんが帰ってくるの、待ってるんだから!」
 ぎしゃあ、うしゃあと不愉快な鳴き声。
 蟲は花霞に牙を剥いた。その身体が鞭のように動き、びっしりと並んだ牙は、花霞の左腕に咬みついた。
「……!」

 ああ今日も残業だこのパソコン処理遅いなムシだまた信号赤だよ朝から晩までまたネットかああ海行きたいなああの店品揃えが悪くなった編集長もまた厳しいもんだ三下よりはまともな扱いしてくれるけどムシだくそフリーズしたムシだまずいラーメン食っちまったうわ戦艦『あかつき』の壁紙だけないじゃないかムシだヤバい服に接着剤ついたムシだムシだムシだ!

 牙から注ぎ込まれてくるのは、毒ではなく、感情だった。
 それは――花霞が知らないのも無理はない感情だ。人間だからこそ抱えてしまうものだった。謎は解けた。
「ぜんぜん痛くないよ!」
 花霞は、咬まれている左腕を構わず振った。
 じゃリん!
 粘つく血液を吐きながら、蟲は悲鳴を上げて地面に倒れこんだ。蟲の背後で、将が口を押さえて膝をついた。
 蟲の顎は、斬り裂かれていた。花霞の左腕は左腕の形をしていたが、刃そのものだった。彼女はのたうつ蟲を軽やかに跳び越えて、将の前で屈みこむ。
「ミクニさん、花霞を使って!」
「なに?!」
 将の唇が切れていた。血を吐きながら、彼は訊き返してくる。
「あのムシね、ミクニさんなの! ミクニさんが何かをイヤだって思ってる『心』だよ! イヤなものの形になって出てきたものなの! だから、ミクニさんが自分でこらしめなくっちゃ! 自分の心は自分のものだよね?! それを自分に言い聞かせなくっちゃだめ!」
 花霞は、将の手を握った。
「花霞で、あのムシをやっつけて!」

 次の瞬間、少女の姿はかき消えて、将は見たこともない武器を手にしていた。
 それは、『手蘭』という武器だった。奇妙な形だが、どこか計算し尽くされたような。『手蘭』という名前も歴史も知らない将だったが、その形状や装飾から、おそらく中華が発祥のものであろうことは容易に察しがついた。
 かさこそ、
 あぎとからだらだらと血を流しながら、蟲が身体を起こす。
「そんな……あれが……」
 将は痛む唇を噛んだ。
「俺の……ストレスだって言うのか……?!」
 自分の心の姿なのだ、
 あの、
 うじゃうじゃと脚を動かしているムカデじみた蟲が!

 自分を威嚇してくる自分に向かって、将は『賈花霞』を突き立てた。
 蟲の身体はばちんと弾けて、黒い破片になり――地面に落ちると同時に、影になった。ばらばらになった影は、するすると大人しく将の足元に戻っていく。
 10秒と経たないうちに、将の足元には影が戻っていた。

 花霞は少女の姿に化けると、将の手を握ったまま、すとんと地面に降り立った。
「やったね! 信じてよかった!」
「……」
 将は疲れた顔でありながら、狐につままれたような顔もしていた。だが、不愉快そうな色はどこにもない。むしろ、すっきりとしているようだ。
「まだ、頭いたい?」
「……いや。……すっきりした。何日ぶりだろうな……」
 彼は深く息を吸いこみ、ゆっくりと吐いた。
「よかった! えっとね、賈花霞っていうの。ミクニさんにたくさん訊きたいことあるんだ。今日でなくてもいいから、『ムシ』のこと教えて!」
「嬢ちゃんも、『ムシ』を調べてるのか……?」
「友だちの哥々を探してるの。――だいじょうぶ、花霞はムシなんか持ってないから!」
 ムシを追うものはムシに喰われるのかもしれない――
 ふたりとも、そう考えていた。
 だが、確かに、花霞ならば何の問題もない。花霞の心はかりそめのもの。
 彼女はそれが喜ばしくないことを理解できるほどに、人間に近い存在だった。だが、あんな蟲など欲しくもない。見るのも斬るのも共に生きるのもおぞましい。
「そうか。……じゃ、俺も手伝おう。助けてくれた礼だ」
「がんばろ!」
 花霞は将の手を引いて走り出した。
 将をアトラス編集部まで将を連れて行き、とりあえずひとつの事件を解決させるために。この結果を、礎とするために。

 街灯に照らし出された将の影は、ゆらりと不吉に揺れていた。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1651/賈・花霞/女/600/小学生】

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               ライター通信
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 モロクっちです。『殺虫衝動・孵化』をお届けします。花霞様、はじめまして! ご参加有難うございます! いかがでしたでしょうか。
 花霞様がムシ事件に関わる動機となったマキちゃんの兄ですが、今回は発見できずに終わっております。将との信頼関係は確かなものになりました。第2話以降に参加していただけるのであれば、この関係を自由に利用して結構です。
 すでに第2話の受注は始まっておりますが、ちょくちょく開けたり閉めたりしていますので、たまに覗いてみて下さいね。

 それでは、またご縁があればお会い致しましょう!