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<東京怪談・PCゲームノベル>


殺虫衝動『影の擬態』


■序■

 御国将がメールを受け取ったのは、某月某日。
 そう言えば、昨日もワイドショーは殺人事件の報道に時間を割いていた。ここのところ立て続けに起きている殺人事件は、いよいよ世間の人々にとっても深刻な問題となりつつあるようだ。
 全く、世間は始動に時間がかかる。
 だが一度問題になってしまえば後はずるずると解決まで一直線だ。時事を動かすには、まず世論。
 将とコンタクトを取ろうとしているのは、件のメールの差出人だけではなかった。埼玉県警の嘉島刑事もだ。最近、よく電話をかけてくる。彼は知りたがっているだけの様子だった。

 ムシは、一体、何なのだ。

 将はあの日から影を恐れている。時折ちょろりと視界をかすめる蟲にも、いちいち飛び上がりそうだ。
 とりあえず、三下が一番危ないか。ムシを見せてはならない。いや、編集長もか。彼女もなかなかストレスを抱えていそうだ。
 びくびくしながら1日また1日と食い潰していく――それもまた、大きなストレスに繋がる。
 解決しなければ。自分のためにも、世間のためにも。
 ことの真相を知る者とともに。いや、その力にすがりたい。

 ムシを、殺せ。

 メールに記されていた待ち合わせ場所は、つい最近傷害事件があった現場のすぐ近くだった。


■桜餅の調べ■

 まだ、ササキビ・クミノは桜餅の魔力にとり憑かれていた。丁寧に葉を剥がし、ぱくりと桜色の塊を頬張る。
 目は、ディスプレイに向けられていた。そろそろ、HNウラガ――月刊アトラス編集部の御国将とビデオチャットが繋がるはずだ。すでに開かれているブラウザには、『ゴーストネットOFF』のBBSの、ムシ関連スレッドが表示されていた。
 ゴーストネットOFFとは違い、このネットカフェ・モナスは相変わらず鎮まりかえっている。しかし、メイドアンドロイド2体、自走自販機2台は問題なく稼動しており、クミノもまた健康そのもの。モナスは、平和だった。東京で連続して起きている通り魔事件や殺人事件が、まるで対岸の火事だと思えるほどだ。
 クミノが今現在追っている事件は、その対岸の火事に他ならなかったが。

 コール音。
 クミノは桜餅をごくんと飲み下した。少し噛み足りなかったようだ。胸の中央で餅がつっかえる不快感に、クミノは顔をしかめて、とんとんと胸を叩いた。
『ビデオチャットは初めてだ』
 挨拶も無しに、40歳の男はまずそう言い放った。初体験のわりにはつまらなさそうな顔だ。ともあれ、久し振りに顔を見、声を聞いた。御国将――少なくとも体調は悪そうではない。クミノは安堵したが、それを顔には出さなかった。
「それで、どんな人間がコンタクトを取ってきたの?」
 まるで目には目を、歯には歯を。クミノもまた挨拶もなしに、いきなり本題へ入った。ふん、と将は珍しく微笑んだ。
『ドライだな。その方が助かるが』
「世間話でもしたかった?」
『お前が面白いと思うようなネタは持ってない。――腕の具合はどうなんだ』
 クミノはようやくそこで微笑みを返した。ただし、少し呆れたような。
 将は一応、それを尋ねたかったのだろう。
「……奥さんや子供さんにもそんな話し方をするの?」
『……なに?』
「何でもないわ。腕は大丈夫。だいぶ前に完治してる」
『そうか』
 将は軽く咳払いをすると、また、つまらなさそうな顔に戻った。
 それから、本題に入った。


■たいら■

『「平」を知っているか』
「たいら――ええ。最近見るようになったわね」

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132:匿名:03/05/11 01:12
  平からメール来たんだが。

133:匿名:03/05/11 01:26
  どんな


134:132:03/05/11 01:30


  >差出人:平
  >件名:待っている

  >○○(俺のHN)君へ。
  >ムシに興味があるようだな。
  >いい仲間になれそうだ。本日21時、鳩見公園で会おう。

  こういうのだ。

132:匿名:03/05/11 01:38
  おれのとこにも来た〜

132:匿名:03/05/11 01:45
  で、行くの?

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 『平』と名乗る人物からのメールは、ムシ関連スレッドを出入りしている一部の人間に届いているらしい。このやり取りの少し前から話題にのぼっている。
 しかし気がかりなのは、そのメールを受け取り、平に会いに行くと書き込んでいたものが、その後ぱったりと書き込みをしていないことだった。
 『平』が何者なのかは不明だ。しかし、ムシ関連のスレッドに最近現れ始めた名前である。平自身は書き込みをしていない(と思われる)が、スレッド住人たちはその名を囁き続けていた。蟲と接触した人間に、平はメールを送りつけてくるらしい。たびたびそのメールアドレスは掲示板上に晒された。ころころアドレスを変えているようだったし、疑わしい都市伝説の域を出ないものであったが、将はそんなメールアドレスのひとつにメールを送りつけてみていたのである。クミノの薦めもあった。情報とは、掴むものだ。待っていても、流れついてくるのは使い回された古いものばかりである。
 クミノも勿論そのアドレスにメールを送ってみたが、返信はなかった。平は相手を選んで返信をしているということが明らかになったのである。

『昨日俺にメールをよこしてきた』
「貴方が蟲持ちだってことを知っている感じね。……誰かに言った?」
『……いや。まさか』
「そう」
 将はディスプレイの向こうで俯いていた。
 その顔に陰りが見えた。彼はそんな顔のまま、話しを続ける。
『ムシのことをほとんど個人的に調べてる人間が出てきた。埼玉県警の嘉島って刑事だ。さっき電話があってな。今日の夜8時に会えないかって言ってきた。もう、動いてるのは俺とお前だけじゃないな』
「何を迷ってるの?」
 クミノは半ばディスプレイの中の将を睨みつけ、そう言い放った。
 将は曇った表情のままだ。圧縮された映像でも、多くの負の感情に携わってきたクミノにはわかる。将はひどく恐れていた。真実を追い求める者にあるまじき表情だ。クミノは怒りこそ覚えなかったが、どういうわけか軽く落胆した。遠く離れなければならない間柄ではあるが、今この問題に共に関わっている以上は『相棒』ではないか。
「蟲を伝染すとでも思ってる? それは貴方の影なのよ。貴方が信じないで、誰が信じるの?」
 ただの影よ。
 黒い闇。
 貴方が動いた通りに従う――
 単なる影よ。
 それ以外に何が出来るの? その、影ごときに。
『……13歳の子供に説教されるなんてな』
 将は溜息をついた。彼はクミノがただの13歳ではないことはわかっているが、クミノの過去を(有り難いことに)未だに詮索してはいなかった。だから彼の中では、ササキビ・クミノはあくまで「頼りになる能力者だが、13歳」なのだ。
『わかった。刑事に会ってみる。ただ、もうひとつ問題があってな』
「……どんな?」
『平からのメールなんだが、何かの細工がしてあってそっちに転送できなかった。今日の夜9時に、鳩見公園で会おうと言ってきてる』
 鳩見公園。
 ここのところ、物騒になっている憩いの場だ。しかも、今朝惨殺死体が発見されている始末である。
「……私も行く」
『お前が動くのか』
「貴方は蟲のことを隠しているはずでしょう。でも、平は蟲持ちの貴方を選んでメールを返してる。何か知ってるはずだし、何かやっているはずよ。逃がせないわ」
『あまり派手な真似するなよ』
「貴方も。道端でムカデを放したりしないでね?」
 にやりとした笑みで、ふたりはチャットから落ちた。


■トラップ前■

 嘉島刑事は、将より若干年上らしい、中肉中背の男だった。ピーター・フォークのコロンボを思わせるいでたちであったが、コロンボと違い(或いは将に似て)、いささかぶっきらぼうな態度であった。将には何度も会いたいと願い出ていたらしい。クミノの一喝のおかげで、ようやく嘉島は将に会えたのだ。めでたいことなのかもしれない。
 場所は、鳩見公園の茂みが見える喫茶店だ。21時までという制限つきで、将とクミノは嘉島と会った。喫茶店には、桜餅がなかった。クミノは心中で悪態をついた。
「……娘さんかい?」
 仏頂面で窓の外を睨んでいる見やり、嘉島はそんなことを口走った。クミノは不動、慌てたようにかぶりを振ったのは将のみ。
「ちがう――いや、ちがいますよ。仕事をたまに手伝ってもらってるだけです」
 嘉島は東京の裏で息づく不幸な能力者のことも、蟲のことも(まだ)知らない。「ふうん」と言ったきりで、それ以上追求してはこなかった。
「最近、埼玉じゃ蒸発や殺しが多くなった。同僚はみんなバカにするが、おれはあんたの記事が気になってね」
「ムシですか?」
「消えた人間や死んだ人間は、大体パソコンを持ってて――インターネットをやってた。おれも最近勉強したもんでね、多少はネットのことがわかってるつもりだ。……共通項はお察しの通り、『ムシ』だよ」
 クミノと将はちかりと目を見合わせた。
 素人ではなかなか掴めない情報だが、さすがは警察か。
「そして、『平』だ」

 時刻は、午後8時30分。
 クミノは鳩見公園を見ていた。

「御国さん、私、先に公園に行ってる」
 クミノは立ち上がり、返事も待たずに喫茶店を出た。


 立ち去るクミノの背中を見て、嘉島が首を傾げる。
「変わったお嬢さんだな」
「ええ、まあ」
 将は肩をすくめ、話を続けることにした。これ以上クミノとの関係を突っ込まれると面倒なことになる。
「……実はこれから、平と会うことになっています」
「なに?」
「俺に話があるとか」
「やめといた方がいいと思うんだがなあ」
 嘉島はばりばりとうなじを掻いた。
「何故ですか?」
「勘だよ」
「……ああ、『刑事の勘』というものですか」
「そう思うのは自由だ。ともかく、おれは反対する」
 将は渋面で――いや、もとよりそういう顔なのだが――反論した。先程クミノに絞られた、その受け売りではあった。
「黙っていては、事態は良い方向に動きませんから」


■虫潰し■

 人気の無い鳩見公園、午後9時。
 住宅地とはまだ離れているここは、喫茶店やブティックが集まった閑静な商店街だった。午後8時にもなると店は閉まり始め、静けさを帯びてくる。9時にはすっかり静まりかえるのが常だった。おまけに今朝方死体が出たばかりだ。クミノは昼間の鳩見公園を知らないが、おそらく今日は昼間も人通りがほとんどなかったのではないだろうか。今このときのように。
 鎮まりかえった公園の茂みで、クミノは息と気配を殺していた。この公園はなかなかの広さを持っているが、待ち合わせをするならば――噴水のある広場が適当だろう。クミノが身を隠す茂みからは、広場がよく見える。
 しかし、午後8時半すぎからクミノは身を潜めているが、目立った気配も感じ取れずにいた。この公園が物騒であることは世間にも広まっているせいか、通り抜けようとする人も現れていない。皆遠回りをしてでも、明るい歩道を通っている様子だ。
 平らしき人物も、将もまだ現れなかった。
 ――そろそろ、約束の時間だけれど……。
 トラップを仕掛けている時間と隙がなかったのが痛い。
 そのときようやく、将に渡してあった小型マイクから連絡が入った。
『どこに居るんだ』
「……広場が見えるところよ。でも、来ないで」
『わかってる。……平は?』
「気配もな――待って」
 念の為に仕掛けてあった高性能センサに反応。スパイ映画のマネゴトだけれど、と自嘲していたが――役に立った。
「私の横よ!」
 役に立った、のだろうか。


 茂みを切り裂いて、1匹の蟲が飛び出してきた。66対の脚を持つ蜂だ。尻から飛び出した針は、ささくれ立っている。蜘蛛のような顎と、9つの複眼。血管が飛び出した翅は、かさこそと音を立てていた。
「くっ!」
 蜂がクミノの身体に組みついた。ぞわぞわと脚が蠢き、クミノの身体を戒め、ぎちぎちと針を動かす。
 茂みの中で、ただひたすらに呪詛を絞り出す男が居る。かさこそという薄気味の悪い音とともに。
「くそっ……くそっ、来てほしくなかった」
「……『平』なの?」
「――来やがった何で来たんだ来なければいいと思ってたのに何で来たんだ何であいつの言う通りになったんだ来ちまいやがってああ、ああ、ああ、来やがったな!」
「ササキビ!」
 将の声が、いやに遠くから聞こえる。
 まだ蜂は攻撃を加えてこない。攻撃がない限り、クミノの『反撃』の力は発揮されない。かと言って、忌まわしい致死の『障壁』の力を借りるには、この蜂とめくるめく24時間を過ごさねばならない。
 ――まったく、前と同じね。痛い目に遭わなきゃならない運命かしら?
 ささくれだった針は、クミノの喉に狙いを定めた。
「おまえ……ちがう……ちがうじゃないか!」
 茂みの奥の声は、張り詰めた。
「違うのに、何で来た!!」

「ウラガ!! ササキビを助けろ!!」

 倒れているクミノの横に、影が現れた。影は鎌首をもたげ、がぶりと蜂に咬みつく。しかし負けじと蜂のささくれ立った針が、ずぶりと影を貫いた。う、という低い声と共に、少し離れたところで誰かが倒れた。
 クミノは素早く立ち上がり、右手を打ち振った。
 フロックコートの袖からデリンジャーが飛び出す。
 蜂がクミノを睨むのと、クミノが引鉄を引いたのは、同時だった。
 蜂は奇妙な鳴き声を上げて地面に落ちた。
 そのとき、クミノはようやく気がついたのだ――自分を助けた黒い長い影は、百足の姿をした蟲だった。百足はぐったりと倒れていたが、己のそばに蜂が落ちてきたのをみとめ、力を振り絞るかのように――或いは反射的に起き上がり、ぐわッとあぎとを開いて瀕死の蜂に咬みついた。そのままばりばりとすべてを咬み砕いた。破片がばらばらと草むらに落ち――蜂は影になり――音もなく、茂みの中へと帰っていった。


■始まりのメール■

 茂みの中では、ぶつぶつと囁きながら震えているTシャツの男がうずくまっていた。
「来やがった何で来たんだ来なければいいと思ってたのに何で来たんだ何であいつの言う通りになったんだ来ちまいやがって」
 どうも、話は聞けそうにない。
 クミノは振り向いた。御国将が、呻きながら立ち上がっているところだった。彼の足元に影はなく、代わりに、傍らに巨大な百足が寄り添っていた。
「ウラガ?」
 クミノは、苦笑を浮かべながら首を傾げた。
 将は口元をぐいと拭った。その手の甲に、血がついていた。蜂の一撃が利いたらしい。
「こいつの名前だ」
 将はべしりと百足の頭を叩いた。
「またでかくなりやがったな。さっさと戻れ、ホラ」
 ぐいぐいと頭を押し、地面になすりつけると――百足はざぶりと地面に潜りこみ、将の影になった。
「貴方が付けそうな名前ね。巡視船……だったかしら?」
「当たりだ」
「ハンドルも確かウラガじゃなかった?」
「付き合いが長くなりそうだから、愛着のある名前を、ってな」
 将が踏みつけている影は、大人しかった。
 名前をつけたことで、将は支配することに成功したのだろうか。確かに名前は、大きな力だ。クミノはそれを知っているから、普段は本名を隠している。彼女自身が忘れそうなほど奥深くに。
「――有難う、助かったわ」
 ようやく、彼女は礼を言った。
「良かったな。今日は無傷ですんだじゃないか」
 血の滲んだ唇で、将は微笑んだ。

 21時まで待ったが、平と思しき人間は現れなかった。




 あの夜以来、鳩見公園での物騒な事件はぱったりと止んだ。ただし、鳩見公園に限っての話だ。血生臭い事件は後を立たず、平の噂も消えることはない。
 将からクミノのもとにメールが届いたのは、夜間に鳩見公園を通る人が現れ始めた頃のことだった。


  差出人:ウラガ
  件名:世話になった

  ササキビへ。
  この間は世話になった。有難う。
  昨日なんだが、平からこんなメールが届いた。
  例によって転送できないから貼りつける。

  >差出人:平
  >件名:ようこそ

  >ウラガ君へ。
  >きみのムシを見た。それと、娘さんも。
>面白い娘さんをお持ちのようだな。
  >だがとにかく、我々はきみを受け入れる準備を終え、
  >きみは我々と目的をともにする権利を勝ち取った。
  >おめでとう。『殺虫倶楽部』にようこそ。

  向こうは高みの見物を決め込んでいたようだな。
  俺は変わらず取材を続けるつもりだ。
  そうだ、俺に接触してきた埼玉県警の刑事も消えちまった。
  俺は疫病神かもな。


 クミノは桜餅の葉を、じっくりと味わってから飲みこみ――
 『返信』をクリックした。

 とりあえず、平に言ってやりたい。
 あのぶっきらぼうな蟲持ち男は私の父親ではない、と。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1166/ササキビ・クミノ/女/13/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】

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               ライター通信
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 モロクっちです。お待たせ致しました。
 ササキビさま、続編へのご参加有難うございます! 『殺虫衝動』第2話をお届けします。今回は、『平』との接触、そして将との再会でした。第1話から少し間が空きましたね。実は続編には参加して下さらないのかな……と諦めていたところでした。
 それと、桜餅の件は失礼しました(笑)。ササキビ様が甘いものがダメということでしたので、本体を食べるシーンは避けていました。今回はちゃんと食べてます。
 第3回の受注をそろそろ始める予定です。ご都合がよろしければどうぞ。
 またお会いできることを願っております。