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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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バタバタと屋上を吹く風が、埃にまみれた服の裾をはためかせる。薄暮はじわじわと灰色に沈んだ東京の街を覆いつくそうとしており、夕闇のなかで、ヒロトの顔は背景に溶け込んでしまったかのようだ。夕暮れの街を背にしたヒロトの顔はニヤニヤと悪意に満ちて歪んでおり、屋上に集まったものたちの嫌悪を誘う。
「それもこれも運命だと思って、諦めてくれないかなぁ。どうせあんたたちには関係ないだろ?見ず知らずの人間が死んだってさ。あんたのお友達もこうして無事に助かったんだから、それでいいじゃないの。死んだ奴のことは忘れてさぁ、さっさとおうちに帰っちまえよ」
その口調に、罪悪感など微塵もない。屋上まで追い詰められたヒロトの顔に浮かんだのは、自分を追い詰める者に対する怒りと憎しみと、それから開き直りめいた嘲笑だけだった。実際に彼が開き直っていたのかどうかは分からない。状況を把握できていないだけのようでも、また恐怖心がないだけのようでもある。
「自分のしたことをよく考えてみろよ。違法なことして、俺のことを追い詰めてさ。そもそもお前らがアウトローじゃないか。正義の味方気取りなんて、笑っちゃうよな」
風に吹かれ、乾いてこびりついた血の流れを、しきりに引っかいてこそげ落とす。怒りと、嘲笑と、そして常に瞳に覗いている狂気にヒロトの顔面は彩られ、それが彼を異形に見せていた。
「違法行為だろ?器物破損に、家宅侵入……それに俺に大してやったことだって、十分に殺傷行為だと思うだろ?とんだ正義の味方がいたもんだよなぁ」
「……岡部さん、演説お疲れさまでした」
ヒロトの男にしては甲高い声を聞いていると、それだけで神経が逆撫でされる。手にした刀の柄を持ち直しながら、虎太郎は冷めた声でヒロトの口上を遮った。
「続きは刑務所なり病院なり、あるいは墓の中なりで好きなだけどうぞ」
ヒロトに対しては、説得の意思など消え失せていた。そもそもが、同居人の安否を気遣って乗りかけた船である。あっさりと掴まってしまっていた間抜けな同居人はこうして助け出すことが出来、だとすれば虎太郎がここに居るのは、もののはずみというか、事の成り行き以外のなにものでもない。
芝居じみたヒロトの演説などに興味はなかった。
「私は何でも屋なんてことをしてましてね。こういう職業をしていると、岡部さんみたいな小物とも、嫌ってほど付き合わないといけないんですよ」
小物よばわりされたヒロトの頬が不快そうにピクリと動いたが、虎太郎は気にも留めなかった。小物と言われて腹を立てては、自分でそれを証明しているようなものだ。
そういうところも、ますますヒロトは見飽きた雑魚どもによく似ている。
「小物、ね。小物!」
明らかに気分を害した様子で、ヒロトは吐き捨てた。
「そういうあんたも、ろくでもないってことだよな。そんな奴とばっかり付き合ってるんだからさ。自分は分かっていてやってるからいいんだなんて言い訳ならよせよ。それは詭弁だ。結局あんただってそういう小物の一人で、自分でそれを認めたくないってだけなんだからな!」
人にはそれぞれに事情というものがある。まあヒロトの言うことも一理あるだろうと肩を竦めた虎太郎の服の裾を、背後から誰かが軽く引いた。
「彼を、どうするつもりです?」
振り返ると、そこに居るのは虎太郎の同居人、狼とともに捕らえられていた白衣の青年である。名前は……樹と言っただろうか。
「死なれても、別に良心は痛まないですけどね」
死んでくれるのならば後々面倒にならなくていいとは思うが、わざわざ殺すつもりもない。ヒロトは同類だ、似たもの同士だと言いたい放題に言ってくれるが、そもそも虎太郎には、ヒロトのように殺人によって快楽を得る趣味などないのである。言外にそんな意味を含めて答えると、樹は了解したというように頷いた。
「彼を風下に追い込むことは可能だろうか。そうすれば、薬を使って眠らせることが出来るかもしれない」
「何コソコソ話してんだよ!」
小声で言葉を交わしていた二人を見つけて、ヒロトが声を張り上げた。やってみよう、と虎太郎が了承すると、樹はそれに頷きで返して、ヒロトの方を向き直った。
「君が哀れだという話だよ」
「俺が?ハッ!バカじゃねえの?哀れむ相手が違うだろ。こういう時は、被害者を思って泣いて見せてこそ、正義の味方じゃないのかよ」
「私たちは、悪者を退治しにきた正義の味方とは違いますよ」
虎太郎はそう切り返した。ヒロトの中では、自分は悪者役で、それに敵対するものは正義の味方だと、自然に解釈されているのだろうか、と思えば笑みも沸く。ヒロトは不機嫌そうに顔を歪めた。肩を竦めて、樹も虎太郎に同意を示す。
「運命と定義づけて、自身の行動を尤もなものと正当化する、君のその性根が気に入らないだけだ」
樹の言葉を聞きながら、虎太郎は一振りの刀を片手に足を踏み出す。ヒロトの周りを、大きく弧を描いて回って、少しずつ距離を狭めた。
「正直、岡部君の主張はもう聞き飽きました。ですが、乗りかかった船。殺すなり気絶させるなり、それくらいの手間はかけてあげますよ」
「口だけだろうが……!」
声を荒げたヒロトが、力強く片腕を振り上げ、振り下ろした。拳が空を切ったところから衝撃が生まれ、それが虎太郎を目掛けて襲い掛かる。
虎太郎の手が持っていた刀にかかる。目に見えない衝撃は、見る間に虎太郎に迫り来る。
シャキ、と心強く刃鳴りを響かせ、虎太郎は刀を下から上へ、突き上げるように抜刀した。見えない「何か」を斬った感覚がある。刀を持つ手に重みがかかり、それは数瞬堪えると突然ふつりと重力を無くす。遅れて響いた音は、空を切った音だ。
バーン!と車のバックファイアーのように東京の空に響き渡る。
虎太郎は無傷だ。彼によって割られた衝撃波はその場に居合わせた誰一人として傷つけることはなく、その波が僅かにコンクリートの破片を飛ばしただけである。
岩すらも斬るといわれる虎太郎の腕前は、見事にヒロトの衝撃波も割って見せたのだ。
あまりのことに愕然と立ち尽くしているヒロトに、虎太郎は刀を揺らがせてみせる。
「超能力などなくても、どうにでもなる。あなたの力なんて、この程度のものなんですよ」
いいざま、刀を横に薙ぐ。今度は本気ではなかったが、ヒロトは慌てたように飛びずさり、ビルのはずれから移動した。
立ち位置が変わる。ヒロトは風を面に受け、虎太郎も、他の仲間たちも、今は風を背にしている。
樹が白衣のポケットから何かを取り出したのが、虎太郎の視界の隅で見えた。
「……人を殺したり傷つけたりすることを何も思わない。それがどういう結果を呼ぶか、考えもしない。……言ってんだろう?お前は、俺と、おんなじだよ」
そこから先、ヒロトが何を続けようと思ったのかは分からない。唐突に、ヒロトの身体は膝から崩れた。
ドサリと、ヒロトはまるで電池が切れた人形のようにコンクリートに沈む。
暗くなりかけた東京の夜空の下、ヒロトの背中を撫でて、風だけがしきりに吹いていた。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。


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岡部ヒロトという青年が一連の猟奇殺人事件の犯人だと報じられ、たちまちマスコミは賑わった。
警察は岡部ヒロトの実家から一組の男女の死体を発見し、すぐにそれを、岡部ヒロトの両親のものだったと断定する。マスコミでは両親殺害の原因について、コメンテイターや心理学者がもっともらしく幼年期のトラウマだ、内包していた鬱憤だと講釈を垂れている。
ヒロトは何も語らない。
彼は、あれからずっと眠り続けているのだ。
罪を償う能力が欠如しているとして、裁判すらも行われていない。被害者の遺族と警察、裁判所の三つ巴で、岡部ヒロトの扱いは今も討議の的となっていた。
そのことも、マスコミが賑わった理由の一つである。
残された遺族はどうしたらいいのか。眠っているとはいえ、ひとたびは凶悪な犯罪者だった青年に対して、処罰は下されないのか、と。
今日も忸怩たる思いを抱えながら、多くの人間が東京の街の片隅で胸を痛めているのかもしれない。

ヒロトが抱えていた闇も、体験してきた過去も、今となっては誰も知らない。
大して名も無い雑誌の中の小さなコラムで、やはり名を知られていない編集者が語る。

『人は誰でも、心の闇に巣食う獣を飼っている。それは年齢を経ることに人の暗い部分を糧に成長し、静かに、確かに息づいている。普段は理性と道徳という名の鎖につながれているその獣は、ふとした瞬間、心に兆した悪意を見逃さず、人に対して牙を剥くのを待っているのだ』

と。


獣の棲む街. END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)/ 男 / 27 / 骨董品屋
・1411 / 大曽根・つばさ(おおそね・つばさ)/ 女 / 13 / 中学生・退魔師
・1614 / 黒崎・狼(くろさき・らん)/ 男 / 16 / 逸品堂の居候
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師
・0565 / 朏・棗(みかづき・なつめ)/ 男 / 797/ 鬼


NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋 
 ・岡部ヒロト/男/連続猟奇殺人事件の犯人。

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!そしてお付き合いありがとうございます〜!
設定部分の読書傾向。きっと「ヤクザ=ヤクザの飴と鞭」(うろ覚えタイトル)とかも読んでるんじゃないでしょうか。胸キュンですね!(キュンてしないように)
暗いのに、長いのに、付き合っていただいて本当にありがとうございます!!感謝の言葉もありません。
暗い・長い・腹が立つの三拍子で、こりゃ遊んでくれる人がいんのかよ!と思っていただけに、付き合って頂けて嬉しかったです。
話そのものが暗いので、楽しむというと語弊がありそうですが、読み物として少しでも満足していただけるお話になっていたら幸いです。

はっ、後日談ですが、二週間後以降くらいに…(すげェあやふや)。す、すいません。今回ほど計画性の無さを実感したことはなかったです!(殴)
ちょっと間が空いてしまうかもしれませんが、予定としてはそんな具合で……あわわ、もう付き合ってやんねーよ!という方は無視しちゃって全然オッケーですので!

そんなわけで、長々と本当にありがとうございました。
またどこかで気が向いたら、しょうがねえなあと遊んでやっていただければ大喜びです。
では〜

在原飛鳥