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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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夜の訪れが近い。灰色のコンクリートのビルの林は薄暮に沈み、足元では気の早い明かりがちかちかと瞬いている。
夕暮れ時の街は落日に照らされてどこか寂しげだ。血走った白目ばかりが目立つヒロトの顔は、街明かりを背にしてどこか異形に見える。
これ以上近づいたらビルから飛び降りてやると宣言したヒロトは、ビルの外れでつま先だけで立ち、あぶなっかしく身体をふらふらさせていた。余裕を残したその態度に、本当に飛び降りる気はないのではないかと思わされるが、実際のところはわからない。「まさか」と言うようなことをやりかねない、そんな危うさを含んでいた。
埃にまみれた髪を風になびかせて、ヒロトは居並んだ人を、顎を持ち上げて見下した。ヒロトの目には、色々な表情をした人の顔が映っていることだろう。それは怒りであったり、悲しみであったり、時には嫌悪だったりする。ヒロトは満足げな表情を浮かべた。
「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それはそいつの運命だよ。俺に殺される運命だったんだよ」
男にしてはやや高い、ヒステリックな声で、ヒロトは抑揚をつけて口を開いた。運命がどうのと自己弁護をするというよりは、ヒロトの言葉が引き起こす反応を楽しんでいるような態度である。
ヒロトが言葉を区切ったのを見計らって、狼は口を開いた。
「飛び降りたきゃ勝手に飛び降りろよ……そもそも、俺お前なんかに興味ないし、ここだってお前が勝手に連れてきたんだ」
ああそうだ、そういえば穂乃香を探しにいかないといけない。そもそも狼は、迷子になった彼女を探してほっつき歩いていたのである。無論、勝手に飛び降りろなどと、本気で思っているわけではない。まさかの時はヒロトが死ぬことがないように、助けるつもりではいるのだ。が、ヒロトの長広舌に付き合って時間を潰す気は、狼にはなかった。
鼻を鳴らして、ヒロトが狼に言い返す。
「興味がないっていうのなら、こんなところまで俺を追ってこないで帰ったらどうだ?俺はお前らに追い掛け回されるのはウンザリ、お前は俺のことはどうでもいいんだろ。商談成立じゃないか」
揚げ足を取るようなヒロトの返事に、狼は頭に手をやった。
「こんな事件起こさなきゃ誰にも相手にしてもらえないガキの遊びに付き合わされて、こっちは迷惑してんだよ。お前が生きてても他人に迷惑撒き散らすだけだし、ここで死んでくれたほうが後腐れがなくていいかもな」
いくら本心ではない言葉とはいえ、言い放たれた台詞は冷たい。ヒロトはその言葉を受け止める間口を閉ざし、狼が喋り終わると、不安を煽られた気分を吹き飛ばすように鼻で笑った。
「無責任な話だよな」
僅かに憤りを含んだ口調である。苛々しているのは、ヒロトの落ち着きがなくなった態度でもすぐにわかった。
「マトモな人間を気取ってる奴が、自分の言葉の重みにも気づかないんだとしたら、無責任な話だよ」
言って指を狼に突きつける。
「どうせ言ってもわからないんだろう。それとも、どうせ悪い奴の戯言だとでも思って無視するか?勝手にしたらいいさ。でも、これだけは言っておくぜ。大勢の人間が、俺のしたことに腹を立てたり、悲しむふりをしてる。だけど、見ず知らずの他人のために、実際に悲しんで心を痛めるようなヤツラが一体どれだけいるっていうんだ?」
体重をビルの外側へと移動させて、ヒロトはへらへらと奇妙な笑いを浮かべている。
「みんな、お前と同じ程度にしか考えてねえんだよ。賭けてもいい。所詮は対岸の火事なのさ。悲しむフリや、怒るフリをして、かろうじていい人の体裁を保ってる、それだけだ。どうでもいいと思ってるんだろ?お前らは、俺と変わんねえよ」
トン、と、まるで後ろに足場があるかのような気軽さで、ヒロトはビルから飛び降りた。
「ったく…世話の焼ける……」
半ばそれを予想していた狼が、ヒロトを助けるべく足を踏み出した、瞬間である。狼がそこへたどり着くよりも早く、物陰から飛び出してヒロトの身体に抱きついた人物がいる。
「なんだ……っ!?」
「ほ、穂乃香!!」
雪のように白い肌に、銀色の髪、小柄で華奢な体つき。間違えろと言う方が無理である。それは、狼が探していた、迷子の女の子だった。
「命を粗末にしてはだめです。自己満足だって言われても……わたくしは貴方が死んだら悲しいの」
「離せよ!!」
振りほどこうとするヒロトの身体が、空中でバランスを崩す。穂乃香はさらに強く、ヒロトの身体に抱きついた。
すぐに重力は中空に浮いた二人をひきつけようとし、みるみるうちに縺れ合い、眼下の地面に向けて落下していく。
「穂乃香!この、バカ!!」
考えるまでもなく狼は飛び出し、二人を追いかけてビルのふちを蹴った。空を飛ぶ狼を誰かが見たら、そこに黒い羽が見えていることだろう。だからといって、そんなことに構っている暇は無い。バサリと巨大な羽を広げ、狼は一直線に落ちていくヒロトと穂乃香を追いかけた。
腕を伸ばす。穂乃香の細い二の腕を掴んで、ヒロトから引き剥がした。穂乃香を抱いた狼は空中でどうにかスピードを落とし、それとは逆に、ヒロトはどんどん落ちていく。
目を見開いたヒロトの表情が、遠ざかっていく。
地面に衝突する……!
その瞬間、ヒロトは薄く笑ったようだった。
ふつり、とその姿が、まるで幻であったかのように掻き消える。

狼の腕に抱えられ、穂乃香は怪我もなく、どうにか地面に着地することが出来た。それでも心配そうにあたりをきょろきょろ見回している。
「ばっ、ばっ、ばっ……!!」
このバカ!と言いたいのだが、言葉にならない。
(心臓が止まるかと思ったんだぞ!!!)
そんな狼の心中をよそに、穂乃香は不安そうに狼を振り仰ぐ。
「先ほどの男性の方は……?」
言われて、狼も一度は文句を飲み込んで首を巡らせた。
……居た。
ヒロトは、二人から少し離れたところで、壁に凭れるようにして立っている。
かなり辛そうなのは、落下する時にどこかを打ったからだろうか。
肩で荒い息をつきながら、ヒロトは口を歪ませて笑った。
「………自己満足だよ」
まるで、何かを言い聞かせるように。ヒロトの言葉は穂乃香に向けられている。
「たった一つの自己満足で、お前は多くの人間を後悔させるかもしれないんだぜ」
嘲笑ったヒロトの姿は、ふつりと夕闇の中に掻き消えた。
後には、涼気を帯び始めた夏風が、ふわりと狼と穂乃香の髪を揺らしていくだけである。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。

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都内を騒がせ、震撼させた連続猟奇殺人事件は、その日を境にふつりと途絶えた。同時に、ヒロトの姿も、残された者たちがいくら探しても見つけることは出来なかった。
警察は今でも必死の努力で犯人の捜索を続けているが、未だに解決の糸口すらつかめない状況だ。
残された被害者の遺族たちは、寄り添うようにして小さな集まりを発足させ、警察が犯人を捕まえてくれる日を、ひっそりと待ち続けている。
しかし常に刺激を求めるマスコミは、夏の終わりには連続猟奇殺人事件のことなど忘れ、また新しい記事へ飛びつくことだろう。
遺族たちはそんな時代の流れの中、置き去りにされ、多くの人に振り返られることもない。
どんな人の心にでも、獣は潜んでいる。
いくら凄惨な事件でも、いずれは忘れて、思い出すこともない。どこで誰が殺されても、自分とはかかわりがないのだと、深く考えたりもしない。
獣はそうした日常の裏側にひっそりと存在し、いずれは、人間に牙を剥くのを待っているのだ。


獣の棲む街 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1614 / 黒崎・狼(くろさき・らん)/ 男 / 16 / 逸品堂の居候
・0405 / 橘・穂乃香(たちばな・ほのか) / 女 / 10 /「常花の館」の主人 
・1411 / 大曽根・つばさ(おおそね・つばさ)/ 女 / 13 / 中学生・退魔師
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師
・0565 / 朏・棗(みかづき・なつめ)/ 男 / 797/ 鬼
・1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)/ 男 / 27 / 骨董品屋

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 /

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■         ライター通信          ■
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あーわーわー。お疲れ様でした!狼君には、中編・前編と微妙に時間がズレて申し訳ない思いをさせてしまったんですが!
参加ありがとうございます。そして暗くてダークで救いようもあまりない話ですいませ…(殴)
シナリオを考えていた頃は、長いし暗いしいいとこなしなので、まさか最後まで付き合って下さる方がこんなにいらっしゃるとは思いませんでした!(爽やかに)本当にありがとうございます。書いている身の上としては、どういう形にしろ、読んで下さる方が楽しめるのが何よりの励みです。
夜が近い東京に、黒羽の天使というイメージは、なんだか絵になっていてカッコいいな〜と思ってました。その上腕の中にはお姫様ですよ!
なにはともあれ、遊んでいただいてどうもありがとうございました。
シナリオの説明にあった後日談ですが、えーとえと、…に、二週間後くらいには……どうにか窓口オープンできるのではないかと…。あまりに時間が空いてしまいそうなので、先手を打って謝っておきます!すいません!!
行き当たりばったりという言葉がやけに似合う自分を発見した今日この頃です。

ではでは、夏ばてなんぞにはお気をつけて、迫り繰る梅雨明けを楽しくお過ごし下さい〜!

在原飛鳥