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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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夜の訪れが近い。灰色のコンクリートのビルの林は薄暮に沈み、足元では気の早い明かりがちかちかと瞬いている。
橘穂乃香が、ビルの屋上に立つ人影を見つけたのは、そんな時分のことだった。柵すらもない、かなり高いビルの屋上である。踵が半分、宙に浮いているというのに、青年は恐れもしない。
あのまま落ちて死ぬつもりなのではないかと、穂乃香は思わず立ち止まった。青年の立っているビルは、建設中の青いシートがかけられている。人の暮らしているビルではないのだ。
立ち入り禁止の札を無視することには抵抗があったが、穂乃香は青いビニールシートを捲ってビルに侵入した。
穂乃香が目指したビルの屋上こそ、黒崎狼たちが連続猟奇殺人事件の犯人、岡部ヒロトを追い詰めたところであったなど、今の穂乃香には知る由も無い。


「ツイてないやつが早死にするのは運命だろ?もっと生きられたかもしれないなんて思うのはバカげてる。そこでそいつの人生が終わるなら、それはそいつの運命だよ。俺に殺される運命だったんだよ」
男にしてはやや高い、ヒステリックな声が聞こえる。息巻くようにしてヒロトは喋り続け、誰も、穂乃香が屋上にやってきたことには気がつかないようだ。
「飛び降りたきゃ勝手に飛び降りろよ……そもそも、俺お前なんかに興味ないし、ここだってお前が勝手に連れてきたんだ」
(狼君……?)
予想もしていなかった人の声を聞いて、穂乃香は驚いて、ヒロトに対峙している人を見直した。たしかに、集まった人の中には狼の姿も見える。穂乃香が散歩一つするのにも、心配してついてくると聞かない友人だ。
「興味がないっていうのなら、こんなところまで俺を追ってこないで帰ったらどうだ?俺はお前らに追い掛け回されるのはウンザリ、お前は俺のことはどうでもいいんだろ。商談成立じゃないか」
揚げ足を取るようなヒロトの返事に、狼は頭に手をやってみせる。
その表情からは、本気でヒロトを殺す気がないのがわかったが、狼は考えた末に言葉を続けた。
「こんな事件起こさなきゃ誰にも相手にしてもらえないガキの遊びに付き合わされて、こっちは迷惑してんだよ。お前が生きてても他人に迷惑撒き散らすだけだし、ここで死んでくれたほうが後腐れがなくていいかもな」
いくら本心ではない言葉とはいえ、言い放たれた台詞は冷たい。ヒロトはその言葉を受け止める間口を閉ざし、狼が喋り終わると、気分を吹き飛ばすように鼻で笑った。
「無責任な話だよな」
僅かに憤りを含んだ口調である。苛々しているのは、ヒロトの落ち着きがなくなった態度でもすぐにわかった。
「マトモな人間を気取ってる奴が、自分の言葉の重みにも気づかないんだとしたら、無責任な話だよ」
言って指を狼に突きつける。
「どうせ言ってもわからないんだろう。それとも、どうせ悪い奴の戯言だとでも思って無視するか?勝手にしたらいいさ。でも、これだけは言っておくぜ。大勢の人間が、俺のしたことに腹を立てたり、悲しむふりをしてる。だけど、見ず知らずの他人のために、実際に悲しんで心を痛めるようなヤツラが一体どれだけいるっていうんだ?」
体重をビルの外側へと移動させて、ヒロトはへらへらと奇妙な笑いを浮かべている。
「みんな、お前と同じ程度にしか考えてねえんだよ。賭けてもいい。所詮は対岸の火事なのさ。悲しむフリや、怒るフリをして、かろうじていい人の体裁を保ってる、それだけだ。どうでもいいと思ってるんだろ?お前らは、俺と変わんねえよ」
トン、と、まるで後ろに足場があるかのような気軽さで、ヒロトはビルから飛び降りた。
穂乃香は、物陰から飛び出して、一瞬空中に静止したヒロトの身体に体当たりをするように抱きつく。
「なんだ……っ!?」
「ほ、穂乃香!!」
狼の慌てた声が聞こえた。
「命を粗末にしてはだめです」
「何言ってやがんだ、こいつ…」
人でも植物でも、生きとし生けるものには皆、終わりの時はくる。だが、季節が巡るように、人の命もまた巡るのだ。冬に枯れた木が春になれば芽を吹き、夏になれば再び青く葉を広げるように。だから、命は粗末に扱ってはいけないのだ。
「自己満足だって言われても……わたくしは貴方が死んだら悲しいの」
「離せよ!!」
振りほどこうとするヒロトの身体が、空中でバランスを崩す。穂乃香はさらに強く、ヒロトの身体に抱きついた。他の人と変わらない、暖かい体温を感じる。
すぐに、穂乃香の身体は浮遊感に見舞われ、急速に身体が落ちていく感覚があった。
ぐんぐん、アスファルトの地面が近づいてくる。
「穂乃香!この、バカ!!」
狼の声だ。
思ったと同時に、ぐいと腕を掴んで、ヒロトから引き離された。
目を見開いたヒロトの表情が、遠ざかっていく。
地面に衝突する……!
その瞬間、ヒロトは薄く笑ったようだった。
ふつり、とその姿が、まるで幻であったかのように掻き消える。

狼の腕に抱えられ、穂乃香は怪我もなく、どうにか地面に着地することが出来た。
「ばっ、ばっ、ばっ……!!」
混乱してものも言えない狼の隣で、穂乃香はあたりを見回す。
「なんてことしてくれんだ!俺はともかく、お前は落ちたら怪我すんだぞ!?下手したら死ぬかもしれなかったんだぞ…!!」
「先ほどの男性の方は……?」
狼の文句など聞き流すように言われて、狼も一度は文句を飲み込んで首を巡らせた。
……居た。
ヒロトは、二人から少し離れたところで、壁に凭れるようにして立っている。
かなり辛そうなのは、落下する時にどこかを打ったからだろうか。
肩で荒い息をつきながら、ヒロトは口を歪ませて笑った。
「………自己満足だよ」
まるで、何かを言い聞かせるように。ヒロトの言葉は穂乃香に向けられている。
「たった一つの自己満足で、お前は多くの人間を後悔させるかもしれないんだぜ」
嘲笑ったヒロトの姿は、ふつりと夕闇の中に掻き消えた。
後には、涼気を帯び始めた夏風が、ふわりと狼と穂乃香の髪を揺らしていくだけである。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。

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都内を騒がせ、震撼させた連続猟奇殺人事件は、その日を境にふつりと途絶えた。同時に、ヒロトの姿も、残された者たちがいくら探しても見つけることは出来なかった。
警察は今でも必死の努力で犯人の捜索を続けているが、未だに解決の糸口すらつかめない状況だ。
残された被害者の遺族たちは、寄り添うようにして小さな集まりを発足させ、警察が犯人を捕まえてくれる日を、ひっそりと待ち続けている。
しかし常に刺激を求めるマスコミは、夏の終わりには連続猟奇殺人事件のことなど忘れ、また新しい記事へ飛びつくことだろう。
遺族たちはそんな時代の流れの中、置き去りにされ、多くの人に振り返られることもない。
どんな人の心にでも、獣は潜んでいる。
いくら凄惨な事件でも、いずれは忘れて、思い出すこともない。どこで誰が殺されても、自分とはかかわりがないのだと、深く考えたりもしない。
獣はそうした日常の裏側にひっそりと存在し、いずれは、人間に牙を剥くのを待っているのだ。


獣の棲む街 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0405 / 橘・穂乃香(たちばな・ほのか) / 女 / 10 /「常花の館」の主人 
・1411 / 大曽根・つばさ(おおそね・つばさ)/ 女 / 13 / 中学生・退魔師
・1614 / 黒崎・狼(くろさき・らん)/ 男 / 16 / 逸品堂の居候
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師
・0565 / 朏・棗(みかづき・なつめ)/ 男 / 797/ 鬼
・1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)/ 男 / 27 / 骨董品屋

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 /
 ・岡部ヒロト(おかべ・ひろと) / ビルの屋上から逃げおおせて以来、行方知れず。

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■         ライター通信          ■
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お疲れ様でした!後編からの参加ありがとうございます!ある意味きっと色々分かりにくかったかと思うんですがすいません!!
しかも暗いのに…参加していただけて、もうもう頭があがりません。草木のかわりに狼君が助けてくれたんですが、ていうかビルの周りはアスファルトで、草木が…草木がなく!狼君大変だったんじゃないかと……(お疲れ様でした…)
何はともあれ、どうにかこうにか三部作終了です。
一部から付き合ってくださった優しいお方も、二部以降で興味を持ってくださったステキな方も、みんなまとめてありがとうございます!
後日談ですが、に、二週間後…くらいに……アップかと(おぼろげ)
あやふやですいません!自分の計画性の無さは人間失格レベルだと思います。梅雨が明けて夏も盛りになるまでには、きっと……(殴)
勿論、後日談は本編とは直接の関係がないので、「そんなことするくらいなら市営プールいったるわ!」とか思っている方は無視してしまってノープロブレムです。

ではでは、本当にどうもありがとうございました!
また何処かで遊んでいただけたら幸いです。

在原飛鳥