コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>



襲撃隣の晩ご飯

 一枚の求人広告の記事は、まさに自分のための物だと確信した。
「賄い……つまり飯を作れっちゅー事やな!」
 年齢も経験も性別すらも不問なのである。
 17才で、男で………それに今までの事を考えたらエディーがそう思ってしまうのも無理はないだろう。
 かくして料理が好きな淡兎・エディヒソイは、一瞬にしてやる気と熱意に燃え上がった事は言うまでもない。
 意気揚々と今回の犠牲者、もとい依頼人の門屋・将太郎のもとへと連絡を取り事務所へ向かう。
「先日電話した淡兎・エディヒソイです」
「おお、飯……じゃなくて賄いさん、よく来てくれた!」
「エディーって呼んだってください」
 手渡された履歴書を見て、何かが引っかかる。
「ん、淡兎……?」
 どこかで聞いた名前だ、何かが引っかかったがそれ以上に飯が食べられる事の喜びのほうが勝り家へと招き入れた。
「わいが来たからにはもう心配いらへんで、もうええってぐらい上手いモン食わせたるからな」
 自信たっぷりな表情に、これなら大丈夫だと安心し同時に期待もする。
「そりゃ楽しみだ。まあ採用試験と言う事で今から何か作ってもらってもいいか?」
「任せとき! 腕によりをかけて作ったる」
 ドンと胸を叩くエディーによっぽど自信があるのだろうと、将太郎は相談所の奥にある台所へと案内して、簡単に鍋やフライパンの位置を教えておく。
「狭苦しいとこだけど、一応調理できるようになってるんで」
「じゃ、さっそく!」
 腕まくりをして料理に取りかかるエディーにここは任せて、将太郎は仕事に戻る事にした。

 調理開始15分。
「なかなか手強いなぁ……けど負けへんでぇ!!!」
 それはもう色々な意味で形容しがたい事態に陥るには、十分な時間だった。
「あっ、逃げるな言うてるやろ!」
 鍋から出てくる緑のゲル状の半液体、ペッとりとした動きがやけに愛らしい。
「あんたもや!」
 フライパンからごろごろと転がってくる黒い球体を掴んでは戻す。
『イターイ!』
 喋った。
 まるで、腹話術の人形な声である。
「熱ッ!」
 手を緩めた瞬間に、黒い物体はスーパーボールのように台所の中をはね回った。
「なんの!」
 カンカン!!!
 エディーを狙った何かを皿で防ぎ、流れるような動きで撃ち落とす。
 まさに彼はプロであった。
 こうして食材を食べ物では無い物にしてしまう……やる気や熱意がいくらあるからと言っても、必ずしもそれがよい方向に伴う訳ではないのである。
 まあ違う視点から見れば凄いのだろうが、いまはそれは別問題だ。
 だが、相手も一筋縄ではいかないらしい。
 飛び回っていた一つが、電球を壊し明かりを奪う。
「しもたっ!?」

 白熱した戦いが繰り広げられている台所。
 そこから聞こえる会話。
 そう、会話だ。
 一人の筈なのにエディーは何かと言い争っているのである。
「熱い言うてるやろ! 大人しくせぇ!!!」
 ついでに鉄さびをかじったような匂いまでしてきた。
 流石に様子がおかしいと様子を見に行って、将太郎は絶句する。

「!?」

 暗闇の中で、熱い戦いを繰り広げられているエディー。
 そこを飛び回るボール。
 鍋から這い出す緑のゲル状物体。
 あれはいったい何なのだ。
「エ、エディー……?」
「あっ、門屋さん! もうちょっとまっててや、活きがようてなぁ!!!」
 四方八方から迫り来る何かを次々と皿で叩き落とし、さいばしで掴んでフライパンに戻している。
 確かに活きはいいかも知れない……。
 だがそれは生ものにのみ対応される言葉ではなかったか?
 いや、そう問題ではない。
「……それはなんだ?」
「よう聞いてくれた! 淡兎スペシャル料理……」
 ハッキリと聞けたのはそこまでたった。
『ビュィィィ』
 汽笛のような大きな音に、強制的に話を中断させられる。
「なっ!?」
 鍋からのぞく、緑色をしたゲル状の半液体生物。自分の目が信じられなくてまじまじとそれを見つめるが………。
 突然もの凄く濃い顔で将太郎にガンを飛ばす。
『なに見てんじゃワレェ!』
 極道顔負けの凶悪な顔だ。
 声も野太い。
「もどれ言うてるやろ! もうちょっとで出来るから、楽しみにしといてなぁ?」
『やる気かおどれぇぇ!?』
 片手で応戦しながら緑の生き物を掴んで鍋に戻すが、つるりと抜け落ちたそれは鍋から落ちるなり将太郎の元へと這い寄ってくる。
「…………!!!」
 ペッタリ。
 ぺったり。
 ペッタリ。
 暗い台所で見るには、いささか心臓に悪すぎる光景だ。
 子供がこの場にいたのなら一生のトラウマになったに違いない。
 心臓の弱い人はお引き取りした方がいいだろう。
 ハッキリ言って怖すぎる。
「なんや、ポカンとして……?」
 状況に付いていけないのは、将太郎の所為ではない事は確実だろう。
「……どうやったらこうなる」
「どうって、料理してるのに決まってるやろ。あっ味見するか?」
「……………いい」
 ここには普通の材料しかなかったはずなのだ。
 なのに何故、何故ゲームに出てくるようなモンスターが作れるのか?
『イターイ!』
「遠慮せんでもええのに……あっ! くそ、噛みよったこいつ、痛いのはこっちや!!!」
 手を振り、噛まれた指先をフーと吹くその横でさらなる異変が起こっていた。
 ペニョリ。
 ペニョリ。
 ガリガリガリ。
 緑の生き物がまな板の上に転がっていた普通の食材を取り込み、巨大化している。
「エディーー!!!」
 将太郎が引きつるように指さした方向に、エディーは振り返り様にフライ返しを構える。
「そうくるとは! けどなぁ、わいかて料理人の意地があんねん! 食材に負ける訳にはいかへんでぇ!!!」
「だっ、誰かぁ!!!」
 飛びかかってきた黒いボールを避け、電話をかけに走った。
 疑問も言いたい事も山ほどある。
 だが今優先すべき事は『自分の身を守る事』なのだ。
 逆に食べられましたなんてシャレにもならない。
「アカン、そっち行きよった!!!」
「止めろよ、絶対に止めろ!!!」
 人材派遣会社だろうが、警察だろうがなんだっていい。
 この状況を何とかしてくれ。
 将太郎も受話器を握りしめながら、箒で応戦しつつ切実にそう願った。
「来るなぁぁぁぁ!!!」

 彼らが夕飯を食べられるのは、まだまだ先の話である。



    【終わり】