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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣の棲む街:死線
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バタバタと屋上を吹く風が、埃にまみれた服の裾をはためかせる。薄暮はじわじわと灰色に沈んだ東京の街を覆いつくそうとしており、夕闇のなかで、ヒロトの顔は背景に溶け込んでしまったかのようだ。夕暮れの街を背にしたヒロトの顔はニヤニヤと悪意に満ちて歪んでおり、屋上に集まったものたちの嫌悪を誘う。
「それもこれも運命だと思って、諦めてくれないかなぁ。どうせあんたたちには関係ないだろ?見ず知らずの人間が死んだってさ。あんたのお友達もこうして無事に助かったんだから、それでいいじゃないの。死んだ奴のことは忘れてさぁ、さっさとおうちに帰っちまえよ」
その口調に、罪悪感など微塵もない。屋上まで追い詰められたヒロトの顔に浮かんだのは、自分を追い詰める者に対する怒りと憎しみと、それから開き直りめいた嘲笑だけだった。実際に彼が開き直っていたのかどうかは分からない。状況を把握できていないだけのようでも、また恐怖心がないだけのようでもある。
「自分のしたことをよく考えてみろよ。違法なことして、俺のことを追い詰めてさ。そもそもお前らがアウトローじゃないか。正義の味方気取りなんて、笑っちゃうよな」
風に吹かれ、乾いてこびりついた血の流れを、しきりに引っかいてこそげ落とす。怒りと、嘲笑と、そして常に瞳に覗いている狂気にヒロトの顔面は彩られ、それが彼を異形に見せていた。
「違法行為だろ?器物破損に、家宅侵入……それに俺に大してやったことだって、十分に殺傷行為だと思うだろ?とんだ正義の味方がいたもんだよなぁ」
樹の眉に皺が寄ったのは、何も傷を治すために口に含んだ丸薬の苦さのせいだけではなかった。
ヒロトに捕らえられ、怪我を負わされたとはいえ、樹はそのこと自体は特に気にしていない。こうして無事に助けられたのだからそれでいいし、ヒロトに対して、そのことで感情的になるのも馬鹿馬鹿しい。
無論、このまま放っておくわけにも行かないのは確かだ。樹はポケットを探って、ヒロトに対して役に立ちそうな薬を探した。痛みを和らげる薬や、傷を治すための薬。風邪薬から幻覚作用のある薬まで、彼のポケットにはごっそりと妖しげなものがつまっている。その中で樹が選んだのは、粉末をしまった、小さな白い包み紙だった。
人を眠りに落とす作用がある薬である。原料をそのまま使ったのでは効果が強すぎるので、普段はこれを何十倍にも薄めて使うのだ。これならば、風上にさえ回れれば、風に乗せて薬を飛ばすことも可能である。
樹は自分の前に立っていた虎太郎の服の袖を軽く引っ張って、彼の注意を引いた。その手には刀が握られている。
「彼を、どうするつもりです?」
「死なれても、別に良心は痛まないですけどね」
あっさりした答えである。死なれても構わないが、かといって手を下す気もあまりないといったところか。納得して、樹は虎太郎に囁き返した。
「彼を風下に追い込むことは可能だろうか。そうすれば、薬を使って眠らせることが出来るかもしれない」
手の中に持った白い袋を示してみせる。
「何コソコソ話してんだよ!」
小声で言葉を交わしていた二人を見つけて、ヒロトが声を張り上げた。やってみよう、と虎太郎が了承したので、樹はそれに頷きで返して、ヒロトの方を向き直った。
「君が哀れだという話だよ」
冷ややかな樹の声にも、ヒロトは笑い続けている。
「人が死ぬのは運命だろぉ。俺も死ぬ、あんたらも死ぬ。あんたらさ、いちいち自分の家族が死んだって、これはあのせいだったこのせいだったなんて騒がないだろ?これが寿命だったんだ、運命だったんだって、言ったことがあるだろう?それとおんなじだよ。俺がしているのは、それと同じだ。誰かに運命をもたらした、それだけのことなんだよ」
「生きる者は常に死ぬ定めにある。確かに、それは運命だ」
生を受けた以上、いつかは死なないわけにはいかない。そして命が終わるその時期を、人は運命と言うのだ。哀しい心を納得させるため。やりきれない気持ちを封じ込めるため、そして死した者が少しでも穏やかでいられるように。
樹はヒロトに捕らえられ、半ばは自業自得で痛い目にあったが、特にヒロトを恨んでもいないし、憎んでもいない。それでも、ヒロトの言葉には見捨てて置けない何かを感じた。
「気に入らないな」
「何か言ったか?」
耳ざとくヒロトが聞きとがめて、樹に視線を向けた。人の感情を煽った時、どうやらヒロトは奇妙な優越感に浸るらしい。狂気を宿したその瞳を、樹は静かに見返した。
樹がヒロトの注意を逸らしている間に、虎太郎がそっと傍を離れた。半月形の弧を描くようにして、彼はヒロトに近づいていく。
「運命と定義づけて、自分の行動を尤もなものだと正当化する、その性根が気に食わない、と言ったんだ」
ヒロトの言うように、確かに人の生死は運命だろう。人生の半ばで斃れるものもいるし、長く生きて大往生を遂げる者もいる。どちらにしても、人は死ぬさだめにあるのだ。だから、死そのものは、あらかじめ定められた運命だと言える。
だが、
「人の人生がいつ終わるのか、それは人がどうこうして良いものじゃない。死なねばならないのは人の運命(さだめ)だ。だが、君が介入しなければ、君に殺された人たちはもっと長く生きて、彼ら自身の運命をもっと辿ることが出来たはずだ」
いつ死のうが、たとえそれが誰かの手に掛かって殺されたのであろうが、それは運命だ、と。
そう考え、それを当然のものと考えるヒロトは、樹にとってはむしろ憐れだった。
「人の事を好き勝手言いやがって……黙れ!」
足を踏み鳴らして、ヒロトは吐き捨てた。
「憐れだと!?俺が!ふざけるな!人が死ぬのがさだめなら、殺されたとしても、それだって運命だろうが!!!!!!!」
声を荒げたヒロトが、力強く片腕を振り上げ、振り下ろした。拳が空を切ったところから衝撃が生まれ、それが、樹たちより前に出ていた虎太郎目掛けて襲い掛かる。
一行の先頭に立っていた虎太郎の手が持っていた刀にかかる。目に見えない衝撃は、見る間に虎太郎に迫り来る。
シャキ、と刃鳴りを響かせ、虎太郎は刀を下から上へ、突き上げるように抜刀した。まるで水中で水を斬ったかのように、樹たちのいる空間の左右がゆらゆらと歪んだ。遅れて響いた音は、空を切った音だ。
バーン!と車のバックファイアーのように東京の空に響き渡る。
虎太郎は無傷だ。彼によって割られた衝撃波はその場に居合わせた誰一人として傷つけることはなく、その波が僅かにコンクリートの破片を飛ばしただけである。
岩すらも斬るといわれる虎太郎の腕前は、見事にヒロトの衝撃波も割って見せたのだ。
あまりのことに愕然と立ち尽くしているヒロトに、虎太郎は刀を揺らがせてみせる。
「超能力などなくても、どうにでもなる。あなたの力なんて、この程度のものなんですよ」
いいざま、刀を横に薙ぐ。今度は本気ではなかったが、ヒロトは慌てたように飛びずさり、ビルのはずれから移動した。
立ち位置が変わる。ヒロトは風を面に受け、虎太郎も、他の仲間たちも、今は風を背にしている。
樹はポケットに忍ばせてあった白い包み紙を取り出して手の中に持った。ヒロトに気づかれないように、また、間違って仲間に害が及ばないように、用心して風を読み、その粉末を空気に乗せる。
「……人を殺したり傷つけたりすることを何も思わない。それがどういう結果を呼ぶか、考えもしない。……言ってんだろう?お前は、俺と、おんなじだよ」
そこから先、ヒロトが何を続けようと思ったのかは分からない。唐突に、ヒロトの身体は膝から崩れた。
ドサリと、ヒロトはまるで電池が切れた人形のようにコンクリートに沈む。
暗くなりかけた東京の夜空の下、ヒロトの背中を撫でて、風だけがしきりに吹いていた。


□―――夕暮れ(回想)
父と母がぼそぼそと話をしている。まだ小さかった彼は廊下に突っ立って、子どもながらに両親が真剣な話をしているのだと理解して、台所に入っていきかねていた。いつも彼を竦ませる母の鋭い声が聞こえる。
「だからね、あなた。お義母さんいつになったら死んでくれるの?」
「さあな」
「さあなじゃないわよ!あたしたちにいくらも財産を残してくれないっていうのに、このまま生きられたんじゃ金食い虫よ」

そして、沈黙が忍び寄ってくる夕闇のように家に満ちた。それが少年が大好きだったおばあちゃんに関することだと分かったので、彼はじっと息を詰めて立ち尽くしていた。少年の祖母は、このところぼうっとしてばかりいるようになった。少年が声をかけても、上の空でどこか遠くを見つめている。
少し前は少年の手を引いて散歩に出かけて、駄菓子屋でお菓子を買ってくれたりしたものだ。祖母がそうして買ってくれる、小さな容器に入った白い粉末や、イカの干物が、少年は大好きだった。
そういうことを、気がつけばもう長いことしてもらっていない。祖母は宛がわれた和室に万年布団を敷いて、そこに寝たきりになって久しい。少年は中に入れてもらえず、たまに母の鋭く祖母を罵る声を遠くから聞くだけだ。そのたびに、怖くなって少年は必死で祖母の無事を祈った。幼い少年で感じ取れるほど、母は祖母を嫌っていたのだ。

「…保険金が」
ボソリと父親の低い声がする。
「母さんが死ねば、保険金が下りる」
また、しんと静まり返った。体重が移動して廊下が音を立てないように、彼は身動きするのも必死に我慢した。言い訳めいた母の声が、そのときばかりはさすがに少し後ろめたそうに聞こえる。
「だって、ねえ。ヒロトの学費だってあるし」
「…そうだな。可愛い孫のためなら、あの人も本望だろう」
「そりゃそうよ。年を取って何の役にも立たないんだから、それくらいしてもらわないと」
お互いが互いを奮い立たせるように、両親は声を潜めてそんな言葉を交し合っていた。

その会話が持つ意味を、まだ小さかった少年は知らなかった。
それから間もなく祖母が死に、少年を撫でてくれる暖かい手も、飴をくれる優しい眼差しも、ふっつりと途切れてしまった。
父も母も、祖母が逝去してからは酷く晴れ晴れとした顔をしていた。新しい家も買い、まるで人が変わったように生活習慣がかわり、服装が変わった。学校も、通いなれた公立校から、電車を乗り継いでいかなくてはいけない私立の学校へと変わってしまった。
それ以降の母の口癖は、「あなたのためなんだから」というものである。少年は何年もそれを聞かされて育ち、知らぬうちに、その言葉を祖母の死の間際に両親が交わしたあの恐ろしい会話へと結び付けていった。
けれどやがてはそれも内に含んだ狂気のなかに消えていった。
岡部ヒロトは、そうして大人になった。


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岡部ヒロトという青年が一連の猟奇殺人事件の犯人だと報じられ、たちまちマスコミは賑わった。
警察は岡部ヒロトの実家から一組の男女の死体を発見し、すぐにそれを、岡部ヒロトの両親のものだったと断定する。マスコミでは両親殺害の原因について、コメンテイターや心理学者がもっともらしく幼年期のトラウマだ、内包していた鬱憤だと講釈を垂れている。
ヒロトは何も語らない。
彼は、あれからずっと眠り続けているのだ。
罪を償う能力が欠如しているとして、裁判すらも行われていない。被害者の遺族と警察、裁判所の三つ巴で、岡部ヒロトの扱いは今も討議の的となっていた。
そのことも、マスコミが賑わった理由の一つである。
残された遺族はどうしたらいいのか。眠っているとはいえ、ひとたびは凶悪な犯罪者だった青年に対して、処罰は下されないのか、と。
今日も忸怩たる思いを抱えながら、多くの人間が東京の街の片隅で胸を痛めているのかもしれない。

ヒロトが抱えていた闇も、体験してきた過去も、今となっては誰も知らない。
大して名も無い雑誌の中の小さなコラムで、やはり名を知られていない編集者が語る。

『人は誰でも、心の闇に巣食う獣を飼っている。それは年齢を経ることに人の暗い部分を糧に成長し、静かに、確かに息づいている。普段は理性と道徳という名の鎖につながれているその獣は、ふとした瞬間、心に兆した悪意を見逃さず、人に対して牙を剥くのを待っているのだ』

と。

獣の棲む街. END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師
・1511 / 神谷・虎太郎(かみや・こたろう)/ 男 / 27 / 骨董品屋
・1411 / 大曽根・つばさ(おおそね・つばさ)/ 女 / 13 / 中学生・退魔師
・1614 / 黒崎・狼(くろさき・らん)/ 男 / 16 / 逸品堂の居候
・0545 / 久喜坂・咲(くきざか・さき)/ 女 / 18 / 女子高生陰陽師
・0565 / 朏・棗(みかづき・なつめ)/ 男 / 797/ 鬼


NPC 
 ・岡部ヒロト/男/連続猟奇殺人事件の犯人。

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!というかなんというか、あの、途中参加していただいてありがとうございました(今更)
ハナっから痛い目に合わせてしまったというのに、後編も付き合っていただけるなんて、なんと心の広い方でしょう!頭が上がりません!足向けて寝れません!
ところで今回、あんまり敬語使用しなかったんですが、どっちが良かったんでしょうか。イメージと違うよ!と思われたらすいません(殴)!
今回の樹さんは毒舌というよりカッチリ決めてて、個人的に「おお!」と思ってみてました(いや書きなさいよ)
書いていて楽しかったです!

はっ、後日談ですが、二週間後以降くらいに…(すげェあやふや)。す、すいません。今回ほど計画性の無さを実感したことはなかったです!(殴)
ちょっと間が空いてしまうかもしれませんが、予定としてはそんな具合で……あわわ、もう付き合ってやんねーよ!という方は無視しちゃって全然オッケーですので!

そんなわけで、本当に楽しませていただいて、そして付き合っていただいてありがとうございました。
またどこかで気が向いたら、しょうがねえなあと遊んでやっていただければ大喜びです。
ではでは!

在原飛鳥