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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


デンジャラス・フルーツ
●お弁当持参で、いざ山へ
 そこは、街からだいぶ離れた山の中だった。右を見ても左を見ても、うっそうとした森。ねじくれた枝を持つ木ばかりが目立つ中、バスは参加者をつれ、いつもの通り山道を登っていた。
「あのー、ここはいつもこんな感じなのですか?」
 がたごとと揺れるバスの中で、みそのは通路の向こう側に座っていた、いかにも傭兵然とした年配の男性にそう聞いた。
「ああ。ここはいつもそうだ」
 ゴーグルの向こうの表情は、偏光グラスに隠れて、まったく読めない。だが、その男性は、見るからに年若い少女と言った風情のみそのに、こう言ってくれた。
「初めてかい? なら、忠告しておく。ここじゃ、生半端な覚悟じゃ、生き残れないぜ‥‥」
 見回せば、彼のチームメイトと思しき者達は、皆、ごつい装備に身を包んでいる。
「そうなんですか? 陸の果物狩りって、過激ですね」
「いや、普通の果物狩りは、ここまでにはならないと思いますけど‥‥」
 隣の席では、柚多香が、少し引きつったような表情で、そう答えている。だが、海神の巫女は、あまり気にしてはいないようだ。
「ところで、みそのさん。その衣装は?」
「あ、これですか? ほら、妹達にも、色々な山の幸を、お土産に持って帰れると良いと思って」
 今日の彼女の衣装は、普段着ている黒い異質な巫女装束ではなく、ごくごく普通の少女と言った服装だ。夏向けなのかシースルータイプの黒いワンピースが、車内を流れる人工の風に、ひらひらと揺れている。その足元には、やはり漆黒に塗られた果物籠が置いてあった。
「そんな余裕はないと思うぜ。何しろここは、魔の山‥‥だからな」
「そうですか? 大丈夫ですよ。ほら、汚れないように長手袋にしましたし」
 みそのが、そう言って腕を見せる。ノースリーブを補う為に、肘まである長い手袋を買ってきたようだ。
「お外を歩き回りますから、日よけも必要ですしね」
 彼女は続けて、バスのフックに引っ掛けておいた麦わら帽子を取って見せた。履いてきた靴は、底の低いサンダルだ。全てご丁寧に黒く塗られてはいるが、この辺りは彼女のポリシーと言う奴であろう。
「いや、嬢ちゃん。そうじゃねぇんだが‥‥」
「皆さんと楽しくお話しながら、果物を食べられるように、籠も持ってきたんですよ。ほら」
 そう言って、彼女は漆黒の果物籠にかけられた、やはり黒いハンカチのかけられたその中に入っていたのは、黒い重箱。
「あ、弁当入ってる」
「ええ。妹達にお茶も用意してもらいましたの。今の時期ですと、何が採れるんですか?」
 挙句の果てには、ポットまで全て漆黒に染まっている。顔と露出したにの腕、わずかに覗く足先以外は、全て真っ黒と言う、夏場にはいささか暑いだろうと思える格好で、彼女はそう尋ねた。
「そうだな‥‥メロンにスイカ‥‥。あとは柑橘類か‥‥」
「今の時期は、酸が強化されてる筈だ。金属類には、コーティングをかけておいた方がいい‥‥」
 通路を挟んだ向こう側では、念入りにスプレータイプのコーティング剤を、自前のコンバットナイフに塗布している者や、地図を片手になにやら書き込んでいる者など、いかにもこれから戦場に向かうと言った、重い空気が流れている。
「なるほど。夏ですから、さっぱりした風味に仕上がっているのですね。勉強になります」
「大丈夫かなぁ‥‥」
 余り物事に動じていない‥‥いや、むしろ動じなさすぎのみそのの姿に、心配そうにため息をつく柚多香。
「そいつはいいが、武器は、持ってきてるのか?」
「武器、ですか? いいえ。私は運動音痴ですので、採るお手伝いは出来ないかと思います。ですから、こうしてござを敷いて、皆様方のお帰りをお待ちしつつ、お弁当の準備をしておきますわ」
 レジャーシートなら、たくさんありますのよ♪ よろしければいかがですか? と、さっくりとナンパするみその。
「あのなぁ! ここは、ピクニック会場じゃあねぇんだ! 行楽気分で来ているのなら、とっとと帰れ!」
「まぁまぁ。彼女はまだこう言う場所に慣れていないんですから。そんなに厳しく言う事はないと思いますよ」
 車内で怒鳴り声を上げる彼らに、柚多香がそう言って止めた。「慣れてないとかそう言うんじゃなくてなー‥‥」と呻いている彼らに、今度は焔が声をかける。
「おっさん達は、ここはそう言う気分じゃ、すぐやられちまうって言いたいんだろ」
「ああ、そう言う事だ」
 やっと話のわかりそうな者が、まとめに入ってくれたので、ほっとしたような表情を見せる彼ら。と、そう言って騒いでいる途中、バスは果樹園の入り口へと到達する。
「見ろよ」
「あれは‥‥」
 厳重に張り巡らされた有刺鉄線、オマケに高電圧なんぞで管理されたフェンスの向こう側では、早くも獲物を求めて、うねうねと動く桃の木が見える。
「普通の果物がりと違うみたいです‥‥」
「当たり前だろ。ここはデンジャラスな果樹園でな。メロンやグレープフルーツなんぞが、牙向いて襲ってきやがる。ルールは一つ。何でもいいから、奥にある白い建物の際奥にたどり着きゃ合格だ」
 ようやく理解した美桜の言葉に、焔がパンフレットを見ながらそう言った。
「果物さんが落ちて来るんですか‥‥。痛いのは困りますねぇ」
 と、そんな様子を見ていたみそのは、そう言って一歩前に進み出る。
「おいおい、何をするつもりだ?」
「防壁を作るんですよ」
 落ち着いた声でそう言って、彼女は片腕を中空に掲げ、呪を紡ぐ。
「風に宿りし清き流れよ。我を護りし壁となれ‥‥」
 木々を揺らしていた風が、ごぉっと渦を巻き、彼女たちの周囲に、風の結界を作り出す。淡い緑の障壁は、これから戦場に向かう者達の、休息の場所となる‥‥筈だった。
 ところが。
「これで大丈夫のはず‥‥」
「いや‥‥来たぞ!」
 結界を維持したまま、フェンスの中へと入り込んだ刹那、早速枝先を伸ばしてきた桃の木が、獲物を狙う。
「あ! 私のお弁当!」
「本人を狙えなかったンで、オプションの方を狙ってきやがったな」
 奪い取られたのは、みそのと同じく、お弁当持参で、翔の後ろを歩いていた美桜。しかも、そのお弁当の方だ。
「私のお弁当かえして下さい〜!」
「待って! 前に出ちゃ危ない!」
 腕を伸ばした彼女の腰を抱きかかえるようにして、結界の中へと戻そうとする翔。だが、わずかに外れた彼らの元へ、待ってましたとばかりに、木々のしなった枝が襲い掛かる。
「危ないッ!」
 飛びのいた先に待っていたのは、落ち葉の敷き詰められた柔らかい地面ではなく、ぽっかりと口を開けた崖。
「きゃあぁぁっ!」
 元々崩れやすかったのか、それとも少女2人分の重みに耐え切れなかったのか、ガラガラと崩れ落ちたそれに、結界の意地に集中していたみそのが、巻き込まれてしまうのだった。

●妖しいブランチ
 さて、その頃、崖下へと落下してしまった少女2人は、生い茂った木が、クッションの役割を果たしたのか、少しすりむいた程度で、谷底から上を見上げていた。
「いたたた‥‥。大丈夫ですか? みそのさん」
「ええ、平気ですけど‥‥。皆さんとはぐれちゃったみたいですね」
 美桜の問いに、そう答えるみその。つけていた長手袋が、鋭く尖った枝から、肌を守ってくれたらしい。だが、その代わり、手袋はぼろぼろになってしまっていたが。
「あーあ、これじゃ行かざるを得ないです」
 木々に囲まれて、今落ちてきた場所は見えない。上るのは不可能だと結論つけたみそのは、見上げるのを止めて、周囲を見回した。
「どうですか?」
「こっちに、小さな小屋みたいなのがあるみたいです」
 風の流れから、現在の状況を把握したみそのは、進行方向からやや離れた先をさして、こう言う。彼女が感知した小屋には、人の姿が在るようだ。即座に、そちらへ歩いていく美桜。と、みそのの言った通り、少し開けた場所に出て、そこには白く塗られたオープンテラス調の建物と、そこでティーカップを傾ける青年の姿があった。
「おや。お客様かな? ようこそ、私の庭へ」
 彼は、少女2人に気付くと、にっこりと笑いながら、そう言う。
「あ、あなたは‥‥?」
「この果樹園の主を務める者です」
 軽く自己紹介を済ませた彼は、優雅に一礼しながら、こう言って少女達を誘った。
「どうかな? 良かったら、お茶でも。たくさん歩いて、喉が渇いただろう?」
「そう言えば、何も飲んでませんものね。美桜さん、お相伴に預かりましょうか」
 お弁当と共に、水筒も奪われて久しい。木陰とは言え、屋外を休憩無しで歩いてきたのだ。2人の喉は、すでに救助を訴えていた。
「あのー‥‥。ここの果樹園の方って言う事は、もしかして、植物が奪ってきたお弁当とか‥‥」
「うちの庭の子達が、また悪さをしたようだね。それも仕方のないことだとは思うけど。申し訳ないが、お弁当なら、今頃は庭の子が栄養分にしてしまったと思うよ」
 彼が食べてしまったのだろうか。だが、そう問うた美桜に、彼はくすくすと笑いながら、答えている。
「せっかく作って貰ったのに‥‥」
「まぁ、気を悪くしないでくれたまえ。そうだな‥‥、せっかくだから、美味しい菓子パイでもご馳走しよう。ここの庭の木達は、見た目は少し毒々しいが、味は保障付だ」
 がっくりと肩を落とす美桜に、彼はそう言いながら手を鳴らした。と、すぐさまテラスの奥の方から、女性が数人現れ、テーブルの上に、何やら真っ赤なピーチパイをはじめ、数個のパイが、そのクロスの上を彩った。
「ありがとうございます。本当は、私もお弁当持ってきて、一緒に食べようと思ってたんです。お相伴させていただきます」
「では、こちらのレディ達に、最高のティーを用意してくれたまえ」
 パイを持って来た女性達に、青年はそう言う。程なくして、琥珀色の液体が、彼女達の前に用意された。
「美味しそう‥‥」
「良いにおいがしますね」
 パイの他にも、クッキーやサンドイッチなど、奪われた弁当の代わりに、それ以上の豪奢な料理が並ぶ。それを口に運びながら、美桜はこう尋ねていた。
「あの‥‥。一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
 穏やかに答える主催。と、彼女はその彼に、疑問に思っていたことを続ける。
「どうして‥‥。こんな危ない果物狩りを開催したんです?」
「その方が、果物達が美味しくなるからだよ。動物を育てる時も、運動させた方が味がよくなると、聞いた事はないかな?」
 確かに、地鶏の養鶏場等では、放し飼いに近い状態で、肉質を良くすると言った手法が、とられている場合もある。だが、植物にもそれが通用すると言うのだろうか?
「植物って、動かないんじゃないんですか?」
「ははは。ここの植物達は、少し特殊でね。自ら動くんだ」
 根っこを足代わりにして、あちこち動き回ることがよくあるのでね。把握するのが大変だ。と、彼は笑い飛ばしている。
「それは、植物とは言わないのでは‥‥?」
「きちんと光合成も行っているし、植物としての機能はあるよ。ただ、少し元気が良過ぎるだけ」
 それはすでに、植物とも動物とも言わず、化け物の類なのではないだろうか? そう思ったみそのは、彼に向かって、その正体を問うた。
「そんな危険な植物を扱う貴方は、一体‥‥? ここで生計を立てていらっしゃる割には、その割には日に焼けてませんが‥‥」
「人の世には、キミ達の様に、人在らざる者もいるだろう? それと同じさ」
 彼もまた、みそのや柚多香と同じ様に、妖しや神族の仲間なのだろうか。
「ふふ‥‥。私は、ただの果樹園のオーナーさ。ただの‥‥ね」
 妖しく微笑む主催の青年。と、一瞬訪れかけた思い雰囲気を吹き飛ばすかのように、彼はこう続ける。
「もっとも、実際に木の世話をしているのは、私の優秀な部下達でね。私は収穫されたそれを、得意先へ卸したり、こうして、美味しいパイにしたりしているんだけれど。ささ、紅茶が冷めてしまうよ」
「あ、いただきます」
 垣間見せた妖しい気配を消した後に訪れたのは、楽しいブランチタイムだった。

●人参果
 三人がブランチタイムをしていると、駆けつけてきた青年達がいた。
「大丈夫でしたか? みそのさん」
「心配してくださったんですね? ありがとうございます。竜神殿」
 みそのにしてみれば、ごくごく普通に礼を述べたつもりだったのだが、人の世で密やかに生きている竜神様は、あまりお気に召さなかったようだ。
「みそのさぁぁんっ。ここではその事は内緒にしてくださいっ」
「あ、すみません。ついうっかり‥‥」
 次から気をつけますね。と、『ごめんなさい』するみその。と、その会話に割って入るように、放り出されていた約1名が、こう言った。
「感動の再会はけっこうだが、もう一人、久しい逢瀬を楽しみたい者が、ここに居るんだけどね。柚多香くん」
「やっぱりあなたでしたか‥‥」
 その姿を見て、ため息をつく柚多香。
「ご存知なのですか?」
 みそのの問いに、主催の青年は、わざわざ柚多香の手の甲に、キスをしながら、こんな事を言う。
「うん、良く知った間柄だよ。ねえ?」
「近づかないで下さい」
 その手を振り洗って、珍しく冷ややかな視線を向ける彼。と、主催の青年は、軽く笑い飛ばしながら、こう訪ねて来た。
「フラれたねぇ。まぁいい。お迎えの時間には、早いようだが、もうリタイアかい?」
「そうじゃなくてっ! なんでここに、貴方が居るんですか」
 違いますよっ! と、思いっきり否定しておいてから、尋ね返す柚多香。と、主催の青年は、さらりとこんな事を言った。
「ここは、私の仕事場だよ。今は、お客人をもてなして居る所だけど。ルールに『途中でお茶をしていはいけない』などとは、書いていなかっただろう?」
「違いますよ。あなた、さっきは人の体液がどうこう言ってませんでしたか?」
 カマをかけて見る翔。だが、主催は怪訝そうな表情で答える。
「何の話だ? 私はずっと、こちらのレディ達と、お喋りを楽しんでいたのだが」
 確かに、テーブルの上には、ティーカップが三つ。茶葉の入った透明なポットは、既に空だ。
「本当ですか? 美桜さん」
 翔が確かめると、彼女はこくんと頷いて、みそのと共に、小一時間ほど話し込んでいた事を告げた。
「って事は、さっきのあれは‥‥」
「だから言ったでしょう。ニセモノだって。信じてなかったんですか?」
 柚多香が、そう答えている。しかし、これだけ売り二つの存在だ。疑わしく思ってしまっても、仕方がないと言うものだろう。
 と、話を聞いていた彼は、少し厳しい表情を浮かべながら、こう訪ねて来た。
「私にそっくりなニセモノ‥‥。柚多香くん、どこでそれを目撃したんだい?」
「この崖の上です。そこから少し入ったところですけど‥‥」
 方向を指し示されると、彼はさらに難しい表情をしている。
「まずいな‥‥」
「何か起こっているんですか?」
 美桜が事情を聞くと、彼はこう説明してくれた。
「ああ。うちの果樹園には、珍しい果物も多くてね。どうやら、人在らざるもの達が集まってきてしまったがゆえに、暴走してしまったようだ」
「それが、どうしてニセモノが出回るハメに?」
 と、彼はみそのに尋ねた。
「人参果と言うものを知っているかな?」
「ええ。聞いた事はあります。正しくは万寿草還丹(まんじゅそうかんたん)といい、実の形は生まれたばかりの赤ん坊にそっくりです。人参果の匂いをかげば三百六十歳まで生きる事ができ、一つ食べれば四万七千年生きる事ができます」
 古い伝承には詳しい彼女が、さらりとその知識でもって、解説する。
「これの亜種を、ある人のつてで、何本か手に入れてね。栽培していたのだが、どうやら暴走して、本来は赤ん坊である筈の実が、成人にまで成長してしまったようだ。ま、飼い主に似てしまったのは、いささかご愛嬌と言う奴かな」
 妖しい雰囲気を持っているのは、本物もニセモノも変わらないらしい。
「笑い事じゃないでしょう!」
「そうだね。確かにまずい事象ではあるかもしれない。影響を受けて、本来シーズンではない果実まで、暴走してしまうかもしれないしね」
 柚多香が文句をつけると、彼はそう言って、遠くを見た。
『キシャァァァッ!!』
「りんごにぶどう!? 今はまだ夏でしょう?」
 とたん、季節外れの果物達が、めいめいの枝先を伸ばして、ティータイムを邪魔しにくる。
「どうやら、間違いないようだな」
 しかも、主すら区別がつかなくなっているらしく、主催者の方にも枝先を伸ばしてきた。テーブルがひっくり返り、高価そうなカップが、音を立てて砕け散る。
「美桜さん、今度こそ離れないで下さいよっ!」
「はいっ」
 翔が、美桜を後ろに庇った。今はぐれたら、今度こそただではすまない。
「みそのさん。貴女はこちらへ。障壁、手伝っていただけますか?」
「竜神様のお頼みとあらば、仕方がありませんね」
 みそのと共に、彼らの攻撃から身を守るべく、水のヴェールめいた障壁を張り巡らせる柚多香。
「それぞれナイトが居るようだ。ならば、放っておいても平気か。これも狩りの一興。頑張って切り抜けてくれたまえ」
 と、主催は同じ様に障壁を張って、枝先の攻撃を受け流しつつ、一行から離れて行く。
「あ! どこへ行くんです!?」
「少し、ルールを変更しようか。君達のチームにのみ適用されるものだが。頑張って、暴走した人参果を倒してくれたまえ。そうしたら、安全に麓まで降りれる道を案内しよう。ああ、一つ忠告しておけば、奴は人の体液を求めるからね。特に若くて健康な男子のものを」
 そう言ってのけた彼の視線は、明らかに柚多香と翔だけに向いていた。
「ちょっと! 待って下さい!」
『きしゃぁぁぁっ!』
 追いかけようとした柚多香の前に立ちはだかるリンゴの木。
「もう一度会うにしても、コイツら倒さないと、どうしようもありませんよ!」
「ああもう! どーして果物相手に本気で戦わなきゃいけないんでしょうねぇ‥‥。はたから見ていると、遊んでいるよーにしか見えませんよ、これ」
 まだ青い果実と、必死になって戦う姿は、どう見たって、お笑いにしか見えない。
「そう言うツッコミは、してはいけませんよ。竜神様」
「わかってますよぉ!」
 だが、傍から見ればコメディに見えても、気を抜けば、こちらがデザートにされてしまう。その為、必死で己の能力を駆使せざるを得ない彼らだった。

●増殖する御方様
屋敷の中で、ようやく合流した六人の前に出て来たのは。
「噂をすれば何とやら。お出ましのようですね」
「でもこいつら、人間でも本体でもねぇんだろ! 遠慮なく潰していこうじゃねぇか!」
 ゾロゾロと現れる、同じ顔の青年。いずれもが、同じ様に妖艶な笑みを浮かべ、廊下に溢れ始める‥‥。
「いったい何匹居るんだよ!」
「私だって知りませんよ!」
 引きつる皆の表情。いかに綺麗な顔立ちとはいえ、これだけ同じ顔がたくさん居ると、恐怖すら感じる。だが、これだけ出てくると言う事は、本体が近いと言うことだろう。
「くそ、きりがねぇ!」
「対処療法的に潰しても、湧いて出てくるだけですね。ならば、一気に潰してしまいますか」
 数十体のニセモノを、どうやって片付けようと言うのか。「どうやって」と、その事を問うた焔に、ケーナズは悪戯っぽく笑って、こう言った。
「焔さん。龍眼の力、貸していただきますよ」
「へ?」
 予告前触れなしに、キス。
「あら」
 少女達が、目を丸くする中、龍のエネルギーを補給したケーナズの手が、キスした状態のまま、ゆるりと上がる。
「風なき真空よ。切り裂け‥‥ッ!!」
「ひょぉ」
 それから生み出された衝撃波は、彼らをまとめてなぎ払っていた。
「貸しは高ぇぞ」
「あとで一晩付き合ってあげますよ」
 公開ラブシーンに持っていかれた焔は、少し機嫌が悪い。
「見事に全部切り刻んだなー。で、奥に居るアレが‥‥」
「親玉のようですね」
 だが、おかげで、奥に居た本体が、その巨体を見せていた。
『我ガ養分トナレ。人間ドモヨ‥‥。土カラ生マレシ者ハ、土ニ還る定メナリ‥‥』
 低く響く声で、本体はそう誘う。だが、柚多香はのほほんとこう言った。
「あいにくと、土から生まれておりませんので」
「私も、人間ではありませんわねぇ」
 彼もみそのも、人在らざる者の一端だ。人の定めには従えないと言ったところか。
「私も、まだ土に還るほど、年取っちゃいませんよ」
「俺もそうだなぁ」
 もっとも、人の定めを持つ者も、本体の要望に従うつもりは、なさそうだ。
『土ニ還る定メナリ‥‥。我ガ養分トナレ‥‥』
 しゅるしゅると伸びてくる枝。
「問答無用ですか。焔さん、今までの返礼です。盛大に燃やしちゃってください」
「良いんですか?」
 翔が、咎める様にそう言った。
「いざとなったら、消火すればいいんですよ」
「それに、このまま育ったら、その方が、他の人にご迷惑がかかってしまいます」
 消火役には、柚多香を指定しているらしい。と、彼もそう言って頷いた。既に、本体の樹上は、屋敷を突き破らん勢いだ。
「そう言うことなら。灰も残らず消してやるぜ!」
 不発に終っていた取って置きの呪符が、宙に舞う。
『‥‥還レ‥‥』
「還るのは、貴方のほうです。古き樹よ、あるべき場所へと還れ!」
 炎に包まれた木は、低い断末魔の声を上げた。
『オォォォォン‥‥』
「崩れていく‥‥」
 そのまま、ぼろぼろと崩壊して行く木。屋敷中を覆っていた枝も、今だ動いていた偽者の青年も。
「どうやら、上手く行ったようですね」
 次第に元の姿を取り戻して行く白亜の建物に、誰かがそう言うのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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#1481/ケーナズ・ルクセンブルグ/諜報員
#0599/黒月・焔/龍眼のバーマスター
#0416/桜井・翔/元気なぼんぼん
#0196/冷泉院・柚多香/竜神
#1388/海原・みその/海神の巫女
#0413/神崎美桜/天然自然派歌姫

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■         ライター通信          ■
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名もなき海の神に仕える者と言う事で、巫女さん扱いにしてみました。
古代の知識に詳しいと言う事で、ちょっと解説役です。
冷静な割には、いささか天然入ってますが、その辺はまぁ『陸の常識には詳しくない』の範疇と解釈して下さいね。