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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


デンジャラス・フルーツ
●自爆するスイカ
 その他の参加者と共に、頂上を目指していたケーナズと焔はと言うと。
「どわぁぁぁっ!」
「怯むな! たかが爆発物だ! 慎重に抜けろぉっ!」
 同じ様に頂上を目指していた他のチームは、次々と玉砕して行く。その様子を眺めていた焔は、呆れた様にこう言った。
「おいおい。こんな戦闘があって良いのかよ?」
「良いも悪いも、現実として襲われているんですから、相手をせざるを得ないでしょう」
 あまり良い気分ではないのは、ケーナズも同じらしい。野戦服を着こなしながらも、やる気なさそうに、ふらふらと回避と防御に専念している。
「隊長ーーーー!」
「わかってるって。あ、また1チーム落ちたなー」
 そうこう言っているうちに、また犠牲者が増えた。
『キシャァァァッ!!』
「こっちにも向かってきましたよ」
 獲物が少なくなってきた分、彼らへの攻撃が増えたらしい。敵の数は減っていないのだから、当然と言えば当然だが。
「仕方ねぇ。俺は俺なりに戦ってみるか」
 そう言って、彼は瞳を隠していたサングラスを、地面に投げ捨てる。
『ブシャァァァッ!!』
「メロンにスイカにグレープフルーツ、オマケに桃まで襲ってきやがるってか! 上等だ!」
 その向こうに隠れていた黄金色の瞳が、力を解放して、光を放つ。
『ギヒャアァァァ!!』
 人相手ならば、彼の持つ龍の瞳が、その動きを止めさせる。だが、いかに動物のように襲ってくる果物達とは言え、所詮は植物。
「植物に精神があるわけないでしょうがー!!」
「悪ぃ悪ぃ」
 精神などない。むろん、それに作用する幻術も、なんら効果を表さない。
『キシャァァァッ!』
「元気になっちゃいましたよ」
 逆に刺激されてしまったのか、動きの良くなる植物達。
「まったく。メロンや生ハムに、ここまでする価値があるのかよ」
『ギィィィ‥‥』
 懐から呪符を取り出し、数枚を扇のように広げる焔。
「大人しく‥‥焼きメロンになりやがれえぇっ!」
『ギィヤァァァァッ!』
 牙を向いて飛び込んできたメロンに、呪符を投げつける焔。風邪をきって飛んで行ったそれは、メロンに張り付くなり燃え上がる。しかし、それは近くを跳ね回っていたメロンにも飛び火し、盛大な火柱を吹き上げていた。
「今ので、2チームくらい吹き飛びましたよ‥‥」
「はむかう奴には、徹底的に叩きのめせって言うだろ」
 引火したメロン達に巻き込まれて、2チームほど吹っ飛ばされていたが、焔自身は気にも留めていない。
「でも、このままだと、他の木にまで引火しますが」
「こんな森なんか、燃やしちまえば良いじゃん」
 炎に照らされながら、凄惨な言葉を口にする焔。と、その時だった。炎に照らされていたスイカが、にぃっと真っ赤な口をゆがませながら、こう言う。
「キャ・ヘ・ゲ‥‥」
「今、何つった?」
 聞き返した刹那、自ら弾け飛ぶそれ。
『ゲヒャヒャヒャヒャーーー!!』
 笑い声と共に、種が周囲の地面へぐさぐさと突き刺さり、極小サイズのクレーターを量産して行った。
「じ、自爆って言ったみたいですね‥‥」
「ったく‥‥。趣味悪いぞ! ここのオーナー!」
 文句をつけた焔は、一気に吹っ飛ばすつもりなのか、呪符の数を一桁増やした。
「何をするつもりなんですか」
「こうなったら、まとめて処分してやる」
 目の前にいるスイカは一匹だけではない。いや、むしろ『畑』と言って良いだろう。整然と並んだそれは、まるでトラップゾーンだ。
「冗談でしょ!? 引火したら、山ごと吹っ飛びますよ!」
「その方が手間がかからねーよ。このまま一気に燃やしちまおうぜ」
 へらっとした表情で、凶悪な事を言い出す焔。
「山の中には、はぐれた他の人も居るんです。その人はどうするんですか」
「尊い犠牲って事で」
 どうやら巻き込まれるのは、気に留めていないらしい。何かあったなとは直感しつつ、ケーナズはぴしゃりとこう言った。
「犠牲になるのは、貴方だけにしなさい」
「それじゃ、下手に呪符も使えねーじゃねーか。こりゃあ、ワイヤーで一つづつ潰すしかないな‥‥」
 しぶしぶと言った表情で、焔は呪符をしまいこみ、腰からワイヤーを引っ張り出す。聖水に浸していたそれは、水滴を零して、凶悪な光を映し出した。
「面白そうじゃないですか。受けて立ちましょう。向こうもやる気のようですし。私も、勝負事は嫌いじゃないのでね」
『シャゲェェェェッ!』
 同じく腰に下げていたサバイバルナイフを、ぺろりとひとなめして、そう言うケーナズ。
「大人しく、伐られなさいッ!」
『ギシャァァァッ!』
 だが、そのナイフが、手近にあったグレープフルーツと思しき柑橘類を叩き切った刹那、その表面は、まるで硫酸に浸されたかの様に、しゅうしゅうと嫌な匂いの煙を上げていた。
「ナイフが!」
「気をつけろ! あのグレープフルーツと夏みかん、強力な酸を抱えてやがる」
 普通なら、すっきり爽やかと言った表現が適切な柑橘類も、ここへ植えられているのは、硫酸並みの酸性度を誇っているらしい。もはやみかんの親戚と言うには、あまりにもかけ離れたものばかりだ。
『ゲヒャヒャ!』
「今度は桃か!」
 さらに、そればかりではなく、桃までもが牙を向き始める。
「同じ桃なら、女性の方が良いんですけどねっ!」
 堅いだけの桃ならば、ナイフが溶ける心配はない。金属並みの強度を誇る硬質のそれも、ケーナズの手にかかれば、あっという間にぼとぼとと地面の上を転がって行った。
「下品な事言ってんじゃねぇよ! オヤジ」
「失敬な。これでも貴方より年下ですよ!」
 そんなやりとりがあったものの、相手の数は多い。
「このままではラチがあきませんね」
「何をするつもりだよ」
 ナイフをしまい、手ぶらの状態になったケーナズへ、焔が問う。
「私がただの研究者だと思ったら、大間違いなんですよ」
 にぃっと笑って、両腕を高々と掲げるケーナズ。ぱしんと弾く様に掌を打ち鳴らした直後、四方八方から襲い掛かってきた果物達が、まとめて吹き飛ばされた。
「PKバリアか!」
「大当たり‥‥。これは‥‥お返しですっ!」
 遠隔操作で、落ちた果物達が宙に舞う。それは、果物そのものを生み出した木に、そのまま返された。
『ゲヒャーーーーッ!!』
「ひょぉ」
 やるじゃん、と言った表情で、感心する焔。と、弾けた果物の残骸の向こうに、人影が見えた。
「ふむ。やはり雑魚では役に立たんか」
 現れた青年は、まだぴくぴくと動いている果物を踏み潰しつつ、そう言う。
「お前が親玉か」
「いかにも。この果樹園の主。屋敷の者は『御方様』と呼ぶよ」
 優雅に一礼を帰す姿に、焔は挑戦的な一言でもって、こう返した。
「親玉自ら相手しようって言うのか? 相手が人間なら、容赦しねぇぜ」
 精神があるのなら、龍の眼は、過ぎるほどの力を発揮する。
「はたして、そう上手く行くかな」
「何ッ!?」
 ぱちんと指を鳴らせば、絡みつくのは、毒々しい色の蔦。
「龍の瞳を持つ者か。捕えれば、さぞかし豊かな養分となる事だろう‥‥」
 手足から入り込む毒は、焔の身体を甘美な痺れで満たそうとする。
「くそ。取れねぇ!」
「いい眺めですねぇ」
 決して露出度が高いとは言えなかった彼の衣装を、蔦が次第に引き剥がして行くと言う、ある意味耽美な光景を、そのままスルーしようとするケーナズ。
「ケーナズ! 見てないで何とかしろ!」
「されては困る。君はこの子と遊んでいてくれたまえ」
 言葉を遮って、主催はまるで召使を呼び寄せるかのように、手を鳴らした。と、即座に現れたのは、桃の肌を持つ、異形の女性達。
『ニョヒャヒャヒャヒャ』
 ただし、人ではない。その証に、人の言葉ではない言葉を発しながら、ケーナズへその爪を躍らせていた。
「せめて人の言葉を話す妖しなら、可愛がってあげたものを‥‥」
 言葉こそ軽いが、額には大粒の汗が浮かんでいる。
「向こうはお姉ちゃんの相手で、手いっぱい‥‥。こっちで何とかするしかなさそうだ‥‥」
 それを見て、余裕がないと判断した焔は、自分一人で対処する事を決めた。
「言っておくが、中途半端な呪符では焼けないよ。私の果樹達は、強力なのでね」
「この野郎! 離しやがれ! それとも、山ごと焦がされてぇか!?」
 開いた掌で、ようやく符を出し、そう叫ぶ焔。
「やれるものならやって見るといい」
「上等だ。なら‥‥食らいやがれ!」
 点火さえしてしまえば、あとは符に込められた魔力が、勝手に燃え上がる‥‥筈だった。
 しかし、燃え上がった魔力は、完全に炎となる前に、小さくなり、やがて消えて行く。
「打ち消された!?」
 何らかの呪力か、もしくは結界によって、彼の符の効果が、現れなくなっているらしい。何枚やって見ても、結果は同じだった。
「気はすんだかい? さぁ、VIPルームへご案内だ」
「ぐ‥‥ッ」
 絡み付く蔦の数が増えた。それは、文句を言おうとした焔の口にさえまとわり付き、呼吸を奪ってしまう。
「待てっ!」
『ニョヒャヒャヒャヒャ』
 ケーナズの前には、立ちはだかる桃少女達の姿。
「後で取りに来るといい。もっとも、生命の保証はしかねるがね」
 気を失った焔が、青年に抱えられ、森の向こうへ姿を消したのは、それから間もなくの事だ。
「あまりのんびりやってられないようですね‥‥」
 残ったケーナズは、そう呟く。
『ニョヒャアッ!』
 そこへ、桃少女が数体、一斉に蹴りを入れてきた。
「させるかっ」
 軽くバク転しながら、その場から飛びのくケーナズ。体勢を崩した桃少女達が、再び攻撃態勢に移る前に、肩のホルスターに隠し持っていた銃を抜く。
「食らいなさい。私を本気にさせた罰です!」
『ギニャァァァァ!』
 響き渡る数発に貫かれ、元の果実へと戻る桃少女。
「さすがに銀の弾丸は効きますね‥‥。さて、焔は‥‥」
 しかし、時は既に遅い。見回しても、陰も形もない彼。
(もう姿を消したか‥‥。だが‥‥気配を辿れば‥‥)
 PK能力は、攻撃に使うばかりではない。目を閉じて、ソナーの様に反動を確かめれば、姿を消したものの所在も、容易につかめると言うもの。
「あそこか‥‥。私を差し置いてお楽しみとは‥‥。少し思い知らせてやらないといけないな」
 彼らが目指しているのは、白亜の別荘。無論、そこまでたどり着くまでに、何も仕掛けていないはずはあるまい。
「久々の獲物‥‥。楽しみだ」
 その事を思い、舌なめずりをするケーナズの姿は、まるで、悪の黒幕のような印象を与えるのだった。

●増殖する御方様
「ソニックブームッ!」
 衝撃波が、派手に壁を砕いていた。煽られて、青年も吹き飛ばされる。
「‥‥無粋な」
「まったくだ」
 差し込んだ地上の光に、青年ばかりではなく、焔までが文句をつけた。
「わざわざ助けに来たって言うのに、それはないでしょうが。焔さん」
「どうせ遅いなら、とりあえず一通りお楽しみの後にしてもらいたかったもんでね」
 焔の頬は、少し赤い。しかし、ケーナズは、蔦をナイフで切り落としながら、こう言った。
「ここを探すのに手間取ってしまいましてね。ですが、そこまでにしてもらいましょうか」
「水を注すつもりかよ」
 ぶっすーとした表情の焔に、ケーナズは見下した様な視線で告げた。
「あなた、植物相手に愛を語るつもりですか」
「何?」
 怪訝そうな表情をする焔の前で、彼は壁に打ちつけたまま、動かない青年を指差した。
「御覧なさい」
「げっ!」
 壁に後頭部をしたたか打ち付けたらしい青年は、既に人型である事をやめ、背中からうごめく触手や枝やらを、露出させている。
「人の食事ヲ邪魔をするナ‥‥」
「餌になるのは、もうごめんです。焔、さっさと上着を羽織りなさい」
 自分の上着を貸し、今しがた開けたばかりの穴を、出口と言い張るケーナズ。
「逃げんのか?」
「分身相手に、全力出すこともないでしょう! 本体叩きに行きますよ」
「お、おう!」
 少し残念そうな表情をした焔は、ケーナズと共に、広い屋敷の中を、張り巡らせた枝を頼りに、『本体』を捜す。
「本体なんて、どこに在るんだよ」
「蔦も枝も、だんだん太くなってます。この辺りに居るのは、間違いないんですが‥‥」
 壁で脈動する枝は、次第に太くなっていく。と、その枝の向こう側で、何かが動いた。
「そこかぁ!」
「きゃあっ」
 だが、聞こえたのは、間違いなく人の悲鳴。
「美桜さんっ」
「何するんですか。私達ですよ」
 だが、ワイヤーで砕かれた枝の向こうに居たのは、はぐれた筈の美桜、翔、みその、柚多香の4名。
「てめぇら!」
「そんな風に言うものじゃないですよ。すみませんね。気が立ってたものですから」
 紛らわしい登場の仕方をするんじゃねぇ! と、わめきだそうとする焔を、ケーナズが止めた。
「今までどこへ行ってたんだよ!」
「主催様とお茶してましたの」
 みそのが、焔の問いにそう答えた。
「は? 何言ってんだ。あの野郎、人の貞操狙いやがって‥‥」
 いや、彼ならば、つい今しがた襲われたばかりである。
「貞操って‥‥?」
「美桜さん。気にしちゃいけませんよ」
 翔が、そう言ってそれ以上の詮索をシャットアウトした。と、柚多香がこう申し出る。
「それはおかしいですね。彼なら、ずっと彼女達と一緒だったようですけど‥‥」
「私も、美桜さんを探していたら、あの人と会いましたけど、ごく普通の方でしたよ?」
 翔もそう言った。どうも話がかみ合わない。
「いったいどうなってやがるんだよ」
「私だって知りませんよ」
 訳が判らないと言った表情の焔に対して、事情を聞いていた柚多香は、ぽんと掌を叩いた。
「そうか。そう言うことですか」
「何が『そう言うこと』なんです?」
 ケーナズが問うと、彼はこう解説する。
「さっき、御方様が言ってたんですけど、どうやら、園のある特殊な果物が、暴走して、悪さをしているみたいなんです。多分、お2人を襲ったのは、その増殖した分身達じゃないかと思います」
 思い当たる節は、いくつもあった。ケーナズを『誘った』青年と、焔をさらった青年は、同じ顔をしていても、別の固体と言う事か。
 と、その時だった。
「噂をすれば何とやら。お出ましのようですね」
「でもこいつら、人間でも本体でもねぇんだろ! 遠慮なく潰していこうじゃねぇか!」
 ゾロゾロと現れる、同じ顔の青年。いずれもが、同じ様に妖艶な笑みを浮かべ、廊下に溢れ始める‥‥。
「いったい何匹居るんだよ!」
「私だって知りませんよ!」
 引きつる皆の表情。いかに綺麗な顔立ちとはいえ、これだけ同じ顔がたくさん居ると、恐怖すら感じる。だが、これだけ出てくると言う事は、本体が近いと言うことだろう。
「くそ、きりがねぇ!」
「対処療法的に潰しても、湧いて出てくるだけですね。ならば、一気に潰してしまいますか」
 数十体のニセモノを、どうやって片付けようと言うのか。「どうやって」と、その事を問うた焔に、ケーナズは悪戯っぽく笑って、こう言った。
「焔さん。龍眼の力、貸していただきますよ」
「へ?」
 予告前触れなしに、キス。
「あら」
 少女達が、目を丸くする中、龍のエネルギーを補給したケーナズの手が、キスした状態のまま、ゆるりと上がる。
「風なき真空よ。切り裂け‥‥ッ!!」
「ひょぉ」
 それから生み出された衝撃波は、彼らをまとめてなぎ払っていた。
「貸しは高ぇぞ」
「あとで一晩付き合ってあげますよ」
 公開ラブシーンに持っていかれた焔は、少し機嫌が悪い。
「見事に全部切り刻んだなー。で、奥に居るアレが‥‥」
「親玉のようですね」
 だが、おかげで、奥に居た本体が、その巨体を見せていた。
『我ガ養分トナレ。人間ドモヨ‥‥。土カラ生マレシ者ハ、土ニ還る定メナリ‥‥』
 低く響く声で、本体はそう誘う。だが、柚多香はのほほんとこう言った。
「あいにくと、土から生まれておりませんので」
「私も、人間ではありませんわねぇ」
 彼もみそのも、人在らざる者の一端だ。人の定めには従えないと言ったところか。
「私も、まだ土に還るほど、年取っちゃいませんよ」
「俺もそうだなぁ」
 もっとも、人の定めを持つ者も、本体の要望に従うつもりは、なさそうだ。
『土ニ還る定メナリ‥‥。我ガ養分トナレ‥‥』
 しゅるしゅると伸びてくる枝。
「問答無用ですか。焔さん、今までの返礼です。盛大に燃やしちゃってください」
「良いんですか?」
 翔が、咎める様にそう言った。
「いざとなったら、消火すればいいんですよ」
「それに、このまま育ったら、その方が、他の人にご迷惑がかかってしまいます」
 消火役には、柚多香を指定しているらしい。と、彼もそう言って頷いた。既に、本体の樹上は、屋敷を突き破らん勢いだ。
「そう言うことなら。灰も残らず消してやるぜ!」
 不発に終っていた取って置きの呪符が、宙に舞う。
『‥‥還レ‥‥』
「還るのは、貴方のほうです。古き樹よ、あるべき場所へと還れ!」
 炎に包まれた木は、低い断末魔の声を上げた。
『オォォォォン‥‥』
「崩れていく‥‥」
 そのまま、ぼろぼろと崩壊して行く木。屋敷中を覆っていた枝も、今だ動いていた偽者の青年も。
「どうやら、上手く行ったようですね」
 次第に元の姿を取り戻して行く白亜の建物に、誰かがそう言うのだった。

●お近づきの証に
 部屋を出て来た彼らを出迎えたのは、パチパチと拍手をしている『本物の』主催だった。
「あなたは‥‥」
「ご苦労様、上手く行ったようだね」
 同じ様に笑みを浮かべている彼だったが、その身にまとう雰囲気は、全くの別ものだ。
「貴方が本物ですか。なるほど、確かに分身よりは綺麗な顔をしていらっしゃる」
「ほめられても何も出ないよ」
 さらりと答える口調は、確かに先ほどたぶらかそうとしてきたものではない。
「ほほぅ。ここまでさせておいて、タダで帰すおつもりですか」
 代償を貰わなければ、納得以下ない表情のケーナズ。と、青年はその誘いをやんわりと断りながら、こう言った。
「タダで帰れるんだ。ありがたいと思うがな」
「私はタダで帰るつもりはありませんよ」
 意地でも、何か貰って帰ろうとするケーナズと、そのまま帰そうとする主催の、すれ違いのやり取りを眺めながら、焔がからかう様に言った。
「あ、ナンパしてやがる。ケーナズ、そんなのが好みだったのか?」
「せっかくですから、お近づきになろうと思いましてね」
 さらりと答えるケーナズ。主催は、どうしたものか悩んでおられるご様子だ。
「俺はどっちかって言うと、もうちょっとこーガタイの良いのがいいんだけど」
 その言葉を聞いて、みそのが「それってケーナズさんの事じゃ‥‥」と言いかけるが、それは柚多香に、「言わない方が身のためです」と、止められてしまう。
「残念だが、今日はそう言う気分ではないんだよ。まぁ、食事をご馳走するくらいなら、構わないが」
「なら、構いませんね」
 2人きりの時間さえ奪えれば、後はこっちのものだ。と、そうほくそえむケーナズ。
「お2人でお食事ですか? 私もお供したいんですけど‥‥」
「だ、だめですよ! 美桜さん!」
 何も知らない美桜が、お相伴に預かろうとする。それを慌てて止める翔。
「どうしてですの? 私もお近づきになりたいんですけど」
「ダメったらダメです!」
 その必死さに、みそのは不思議そうな表情で、柚多香に聞いた。
「翔さん、何故あんなにあわてていらっしゃるんですか?」
「あ、あの人達は、特殊な趣味をしていらっしゃいますから‥‥」
 あはははははと、表情を引きつらせる柚多香。
「ま、お子ちゃまは聞かない方が身の為だな」
 わたわたしているお子様組みを見て、焔は腹が引きつるほど大爆笑しながら、そう答えるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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#1481/ケーナズ・ルクセンブルグ/諜報員
#0599/黒月・焔/龍眼のバーマスター
#0416/桜井・翔/元気なぼんぼん
#0196/冷泉院・柚多香/竜神
#1388/海原・みその/海神の巫女
#0413/神崎美桜/天然自然派歌姫

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■         ライター通信          ■
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はい。まともに書いたつもりなのですが、めでたく長くなりました。
この後ケーナズが、ナニをやらかしたかは、ご想像にお任せします。まぁ、この果樹園、何か騒動の起こりやすい土地柄であるようなので、そのうち、ここの『悪い子』さんたちは、また一騒動を起こすかも知れませんね。