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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バッドなカンパニー


■序■

 その男は少佐と呼ばれていた。
 しかし、崎守勲(さきもり・いさお)という勇ましい名が表すとおり、彼は日本人だ。歳も今年で33。では、何ゆえ彼は、ネットやある種の世界で『少佐』と呼ばれているのか。
 彼は軍事ヲタク……もとい! 軍事ファンなのだ。それも熱狂的なファンだ。彼は愛のあまり自宅の壁を迷彩柄に塗装してしまっていた。近所のガキど……もとい! 子供たちからは『基地』という仇名をつけられ、親しまれている。恐れられているのではない、親しまれているのだ。……そのはずだ。
 しかし少佐は最近、ある現象に悩まされていた。
 色々な事情があって、泣く泣くミリタリー関係の模型やグッズを処分しなければならなくなったのである。それもまた悩みのひとつだったが――それよりも問題なのは、とある事情によってゆっくりと安眠できなくなってしまったことだった。
 少佐は「色々な事情」については話したがらなかった。
 ただ、行きつけのサイトで「グッズを処分しなければならない」「眠れやしない」とぼやいているばかり。
 だが――人と言うものは、噂好き。
 少佐の『基地』の噂が、ゴーストネットOFFにも飛び火してきた。というより最早流れ弾や誤射・誤爆というべきか。

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153:基地周辺の住民:03/07/20 20:34
  なんか、夜中に「基地」からすげー音がしてくるんだわ。
  少佐は眠れねーとか言ってるけど、オレも眠れないわけ。
  すげー迷惑。

154:匿名希望:03/7/20 22:09
  「基地」ってあのよく雑誌に載ってる家?
  戦争でも始める気なんじゃないの〜(笑)
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 ……そう考えているのは154の匿名希望さんだけではなかった。
 「基地」からは夜な夜な爆音や銃声のようなものが聞こえてくるらしい。少佐は本当に、この平和なニッポンで戦争でも始める気だろうか。
 雫はこれに興味を持ち、潜入工作員……もとい、調査員を集めた。――もし戦争になっても生き延びそうな者に、連絡を入れたのだった。


■参戦理由■

鳴神時雨(32歳・あやかし荘無償補修員)
「……いや、五月蝿いから……」

ミラー・F(1歳・某社長令息護衛兼サポート兼パシリ)
「騒音公害の原因は排除すべきものと判断しました」

海原みあお(13歳・小学生)
「んっとね、面白そうだからー!」

草壁さくら(年齢を聞いたらすげー怖い顔されました・「今日は」三等陸佐)
「この国で戦争とは、私に対する挑戦です」

武田一馬(20歳・大学生)
「戦争反対す! ……『イマジン』歌います! 天国なんてな」……以下略とさせて頂きます。


■ワンダバダバなムード■

「わ、わっ、わー! すっごぉい!」
 みあおがぴょんぴょん跳ねながら無邪気に喜んだ。一馬がその歓声の陰でひそかに「すげー」と感嘆。
 少佐の家が見えてきていた。『少佐の家らしき家』ではない。あの家が問題の少佐のものでないとしたら、一体どれが少佐の家なのだろうか。ブッシュとネットでばっちりカムフラージュされたその家は、迷彩柄の壁を持っていた。しかし――
「さくらさんの今日の服とおんなじ模様のカベだね!」
「ええ、でも……」
「……屋根が赤いままじゃないか……」
「格好の空爆対象ですね。極めて無意味なカムフラージュです」
「か、金なかったんじゃないですか?」
 はい、身体隠して頭隠さずな感じです。トタンの屋根は真っ赤なまま。一馬がフォローした通り、手が回らなかったのかはたまたこだわりなのか。とりあえず、何が起きているのか何で屋根が赤いままなのか、少佐に尋ねたら済むことだ。
「一個師団程度なら相手に出来るんだが、とりあえずこれを持ってきた」
 時雨がどこからともなく小型の何か変な兵器を出した(小型とは言っても子供くらいの大きさがあるのだが、本当にどこにしまっていたのだろうか)。戦車の砲塔だけを取っ払ったかのような形だ。キャタピラだけと言うのは乱暴か。
「なーに、これ?」
「ドイツ製の遠隔操縦車両『ゴリアテ』だ。俺が有線誘導式対戦車用自走地雷に改造した。これをここからあの『基地』に向けて走ら」
「「「「やめてください。」」」」
「うん」

「聞いていたよりも静かですが、本当にここで戦争が起きるのでしょうか?」
 さくらが首を傾げて言った通り、『基地』はしんと鎮まりかえっていた。『基地』は閑静な住宅街の中にあった。かすかに学校のチャイムが聞こえてくる。
 さくらの今日の出で立ちは非常に勇ましく、そんな平和な周辺とは一線を画していた。陸上自衛隊の戦闘服一式……のレプリカと、マルイの電動ガスガン(六四式小銃・限定モデル)を肩に掛けていた。純和風といえば純和風なのだろうか。物騒な大和撫子だ。その他の4人は普段着とそう変わらない。だが一馬のTシャツにプリントされた『LOVE&PEACE』がどこか空しい。
 一方、ミラーは謎の物体を抱えていた。それに気づいた一馬が思わず一歩退く。
「……ミラーさん、まさかそれも爆弾とか地雷じゃ……」
「これは竹炭枕です」
「はい?!」
「マイナスイオンを発生させ、安眠を促す枕なのだそうです。マスターが推薦していました」
「いやあの……何で?」
「少佐はネット上で眠れないと訴えておられましたから」
「……」
 行きましょう。


■少佐出撃■

 最初に『基地』敷地内に足を踏み入れたのは、なぜか一馬であった。彼は戦争反対をマジで訴えるためにやって来たのだ。その意気込みがそうさせたのだろうか。
「おい、セラミック反応があるぞ」
 気をつけろ、時雨はそう警告しようとした。
 遅かった。

 ぱん。

「いてー!!」
「きゃー?! だいじょうぶ?!」
「危険です。離れて」
 足を抱えて一馬は倒れた。駆け寄ろうとしたみあおのリュックを、ミラーががっしと掴む。お菓子とお弁当の匂いがリュックから飛び出した。
「被弾した! 怪我した! 負傷した!」
 一馬は匍匐全身で玄関前から歩道に脱出した。しかしながら一馬が騒いでいるよりも、足の状態はさほど悪くはなかった。
「……BB弾だな」
 玄関前の地面が軽く炸裂している。ぱらぱらと辺りに散らばったオレンジ色の小さな球を拾い上げて、時雨が呟いた。
「地雷が仕掛けられていたようです」
「……可愛い地雷ですこと」
「俺が先に行こう。どうも、予想通りの結果が待っているような気がする」
「予想?」
「まあ、俺の後ろに――と、ミラー、貴様も先頭に立って盾になれ。貴様は強化セラミック製だろう。BB弾でも生身に当たると結構痛いからな」
「了解しました」
 ミラーが素直に時雨の横に立ち、ふたりは『基地』敷地内に入った。さくらとみあおもそれに続き、一馬は片足を抱えてぴょんぴょん跳ねながらしんがりを務めた。

『そこで止まれ!! ここより戦闘区域である! 怪我したくなかったらとっとと出てけこの野郎!』
『軍曹、言葉遣いに注意して下さい!』
『黙れ歩兵その3! ということなんだ、我々の戦いに首を突っ込まないでくれ!』

「……やはりな」
 時雨が呟き、
「わぁ……みあおよりちっちゃい兵隊さんだ」
 みあおですら見下ろし、
「予測範囲外の事象です」
 ミラーのプログラムは軽くエラーを起こし、
「小さな戦争ですわね」
 どこかホットしたような表情のさくら、
「うわ、かっけー!」
 『LOVE&PEACE』もどこへやらな一馬。
 5人に銃口をつきつけているのは、12インチのミリタリー・アクションフィギュアに他ならなかった。そんな兵士よりも小さいプラモデルの戦車が後ろに控えている。
 時雨が一歩踏み出し、ずいとその顔を近づけると、兵士たちはものも言わずに後ずさった。戦車隊までもが、キュラキュラと後退する。
「……小さい一個師団だな……」
 確かに、ゴリアテの出番も無さそうだ。下手すりゃ時雨のアームの出番もだ。
 家の中は、外観と違い、いたって普通に近かった。ただ、壁やドアや廊下は穴が開いていたり煤けていたり壊れていたりしていた。確かにこの家の中では戦争が起きているのらしい。
「時雨様、『やはり』ということは?」
 六四式小銃の銃口を一応模型たちに向けながら、さくらが時雨に尋ねる。時雨はそっと微笑んだ。
「いやなに、大方処分されることになった模型たちが意思でも持って叛乱を始めたんじゃないかと思ってな。どうやらその通りだったようじゃないか?」
「そうですね……。強い『想い』を感じますわ」
「熱源反応はありません。動力源は一体……?」
 ミラーは好奇心旺盛だ。生まれたばかりの人口知能なのだから。
 フィギュアたちの動きに機械的なところはなく、むしろミラーの方がずっと無機質な動作で、彼は手を伸ばした。圧倒的な大きさの違いから逃走もかなわず、あっさりフィギュアの一体がミラーの手に捕らえられた。
『わーっ、軍曹が!』
『俺のことは構うな、撃て撃て撃て撃てGOGOGOGO!!』
 ぱらららららら、
 ぱん・ぱん・ぱん。
「いてー!」
「何で前に出てるんですか、一馬様!」
「せ、戦車がカッコよかったんで、つい……」
「あー、ミラー、みあおにも見せて見せて!」
 ミラーは怒涛のように撃ち出されるBB弾からみあおをかばうようにして、手の中でもがいているフィギュアを見せた。ミラーが判別したところによると、このフィギュアのモデルはGSG-9。ドイツ国境警備隊だ。釈迦に捕らえられた孫悟空のごとく悪態をついているが、温もりはなく、本体材質はソフトビニール。
『離せ! 下ろせ! ぐあー何をする、脱がすなー! 俺はノンケなんだ!』
「やはり、電池の類は入っていませんか……」
「付喪神のようなものですよ」
 首を傾げるミラーに、さくらが微笑みかける。
「少佐の『みりたりー』に対する想いが、命を吹き込んだのですわ」
「そのようなことが――」
「あるのさ。世の中、何もかもがロジックだけで説明できるようじゃつまらない」
 じっくりと国境警備隊を観察しながら(その顔にはぱちぱちとBB弾が命中しているのだが)、時雨がどこか呑気にそう言った。
「しかし凄いな、この警備隊のバラクラバと防弾ベストは自作だぞ」
「すげー、マジ欲し……いてててて!」
『こちら玄関警備隊! 敵と交戦中! 応援を要請する! 軍曹が捕まっちまったんだよチクショー!』
「ですが、この程度の音は騒音公害に入らないのでは?」
「確かに」
「伏せろ君たち!!」
 ずばばばばばば!
「きゃー!」
『ぐわー!』
 伏せろと言われてから伏せる間もなく、炸裂音にも似た電動ガスガンの掃射。弾丸はBB弾ではなく、パチンコ弾だった。危険なので真似しないでください。一馬もさすがに顔を出さず、時雨の背後で小さくなった。
 戦車隊が木っ端微塵になり、あわれフィギュア4体はバラバラになった。
「……この音が続くようであれば、確かに騒音です」
「……『ぴー51』の機銃掃射を思い出しますわ……」
 呆然とする5人の前に、さくらよりも完璧な装備(レプリカ)を身につけた男が立っていた。顔には無意味な迷彩ペインティング。
「負傷者はないか?!」
「元気だよー!」
「あなたのせいで怪我するところでしたが?」
「無事で何よりだ! 援軍であれば喜んで受け入れる!」
「……人の話を聞いているのか?」
 少佐は銃を下ろしてからからと笑った。『少佐らしき人間』ではない。この人物が噂の少佐でなければ、一体誰が――以下略。


■トラトラトラな状況■

 5人の援軍(少佐が一方的にそう認識した)はとりあえず玄関で座り、少佐から一通りの説明を受けた。
 ネットでボヤいていた通り、少佐は集めていた模型やフィギュアを全て処分しなければならなくなり、とりあえず古いものから順に燃えないゴミ専用ゴミ箱に突っ込んでいったのだそうだ。泣きながら。
 模型たちが動き始めたのは5日前からで、少佐が武器を取ったのは一昨日だった。捨てようとしてもフィギュアはもがいて逃げ出そうとするし、戦車や戦闘機はBB弾を撃ってくる。少佐はそんな改造をした覚えはなかったが、確かに模型たちはバリバリ反撃してくるのだという。
「あれ、でも……」
 一馬は、下駄箱の上に置かれているコブラとタイガーIIの師団に目をやった。
「あれは動いてないすよね?」
「ああ、上司からの貰い物なんだ。あれはさすがに捨てられないから残しておくつもりでね。……そう言えば、貰い物は動かないし、反撃もしてこないな。この特製M4も貰い物なんだ。モデルガンまでもが私に反抗するんだよ」
「あなたの想いが動かしているからですよ」
 少佐はさくらの言葉に目をぱちくりした。ごもっともな反応だ。
「想い入れが強すぎるんだ。どうしてそれを捨てる?」
「そうだよ、かわいそうだよう」
「ああ、いや、ハハハ」
 笑ってごまかすつもりではあるまいな。
 5人のそんな視線を浴びて、少佐は小さくなった。どうやら戦闘に入らない限りは善良で気のいいオッサンらしい。
「……女房が子供連れて出てっちゃって……」
 さもありなん。
『自分の都合だけで俺たちを捨てるのか!』
 ミラーの手の中で、GSG‐9の軍曹が怒鳴った。剥がされた服はミラーがちゃんと元の状態に戻している。じっと大人しくしていた軍曹だったが、どうやら彼はアツい性格らしい。レスピレーターの奥の目は燃えている……ように見える。
『貴様にとって、「趣味」とはそんなものか! その程度の想いだったのか?! 女房と子供が何だッ、戦いに魅入られたのならば死ぬまで戦え!』
「と、主張しておりますが」
「うーん……でも子供は可愛いから……」
 先ほど5人を救出したときの威勢はどこへやら、少佐はもじもじと爪をいじった。ええい、と唸り、軍曹はミラーの手の中でじたばたと暴れ出す。
『離せ青二才! 奴のあの煮えきらん根性を叩き直してくれる!』
「拒否します。貴方の武器は比較的危険だと判断しました」
 もがく軍曹を横目で見て、一馬はぐるりと玄関を見渡した。
 バラバラになったフィギュアや戦車の模型が散らばっている中、無傷で佇む貰い物のヘリと戦車。戦争は反対だが、ああいった兵器や武器をカッコイイと思ってしまうのはオトコのコの性である。
「でも、勿体無いなあ」
 一馬はそう言って嘆息した。
「全部捨てちゃう気持ちは変わんないんですか、少佐?」
 思わず知らず、少佐を『少佐』と呼んでいた。
「女房が居ないと何にも出来ない男でね。戻ってくるなら捨てる覚悟だ」
 少佐は泣きそうな顔だったけれども、きっぱりとそう言い切った。
 そのとき、
 時雨がぴくりと顔を上げ、みあおとさくらが声を上げた。
「あ」


■日本人は奇襲がお好き■

 天井から、ぱらりぱらりと黒い紐がぶら下がる。靴紐だった。
 それにつかまり、シュルシュルと滑り降りてくる12インチの影!
 青いスーツに黒いガスマスクとヘルメット。三体はすとすとと6人の眼前に降り立ち、一体は目測でも誤ったのか、一馬の頭上に降り立った。
「あた!」
「SASだ!」
 少佐がガスガンを構えた。一馬は「どわァ」と悲鳴を上げ、同時に手も上げていた。ガスガンを手にすると飛躍的に強気になる少佐のことだ、頭上のフィギュアを狙ってトリガーを引きかねん。しかしその直後、みあおが血相を変えて少佐の腕に組みついた。
「ねえ、ちょっと待って! 仲良くしようよ! やっぱりかわいそうだよ、命があるならきっと、痛いもん!」
「う、し、しかしだなァ……」
「おい、後ろを見てみろ」
 時雨が顎で廊下の先を指す。
 振り返ってみてみれば奴らがいる。
 戦車20台に、歩兵30名ばかり、バタバタとローター音高らかに、コブラとハインドDが飛来してきた。続いて音速のトムキャット4機とホーネット2機が突っ込んできたが、室内で飛ぶには早すぎたようだ。ミラーがひょいとかわすと、戦闘機2機は玄関ドアに激突して四散した。何のために来たのだろうか。それを見て、少佐が思わずといった風に悲鳴を上げた。
「ああ! 私の自信作が! 何で避けたーッ!」
 無茶言うな。

「そう言えば、応援を呼んでましたわね」
「救援に駆けつけたというわけか……。いよいよ五月蝿くなってきたな」
「……地雷は駄目ですよ」
「やっぱりか」
「俺の頭の上から降りろー!」
『動くな! 動けば撃つぞ!』
「総動員だな」
 押し寄せてきた軍隊を見て、少佐は歯噛みした。
 その言葉を、5人は聞き逃さない。
「じゃ、これで全部?」
「どうしても捨てるというなら、俺が片付けるが……」
 しかし時雨は、未だに少佐の腕にしがみついているみあおや、ミラーの手の中でじっと少佐を見つめている『軍曹』や、頭の上のSAS隊員に困りながらもヘリを見て目を輝かせている一馬を見て、黙りこんだ。
 黙ったまま、傍らのさくらと顔を見合わせた。
 押し寄せてきた軍隊も、6人の一歩手前で静止したきり、沈黙している。ヘリもその場でホバリング飛行をしたままだ。いつの間にかハリアー2機も来ていたが、その2機も何もせず空中で静止している。本来ならば、動くはずもなく、心も持たないはず――そんな彼らが、じっと固唾を飲んで6人の動向を見守っていた。
「攻撃してきませんね」
 ミラーが無表情で首を傾げた。
「――時雨様、これはひょっとして……」
「ああ」
 時雨は念の為準備していたアタッチメント・アームにセーフティをかけた。
「やつらは、『専守防衛』に徹しているだけなんだ」
「自衛隊と同じ、ですのね」

 自分たちには武器がある。或いは、武器そのものだ。
 自分たちにはかりそめといえども、命と心がある。
 それを護るためなら喜んで戦おう。
 少佐、貴方と共に在るために。
 貴方のための命なのだ。

「……ね、おじさん。聞こえるでしょ?」
 みあおが少佐を見上げた。
 少佐はかたかたと震え出し、ごしごしと目元を拭い始めた。気合の入ったペイントが落ちていく。
「悪かった」
 彼は、蚊の泣くような声で謝った。
「悪かったよ」
 矛盾しているが、彼らの心は真っ直ぐだ。それに気がついてしまった。
「お前たちのことを忘れはしない。ずっと一緒だ。私と共に生きていこう。お前たちは、私の――命だよ」
 少佐はどうやら涙もろい人間であるようだ。
 ぼろぼろ泣きながら、彼は言った。
 彼がそう言った途端に、ヘリとハリアーは廊下に墜落した。身構えていたフィギュアたちはどたどたと倒れる。ミラーの手の中の軍曹も、一馬の頭の上のSASも、くたりと力を失った。
 何故か一馬は頭の上に特殊部隊員を載せたまま感涙に咽んでいた。
 少佐が大きく息を吸いこみ、高らかに言い渡す。
「黙祷―――――ッ!!」
「……オイ」


■結局捨てるのかよ■

 時雨は普段あやかし荘でやっている仕事と大差ない仕事をやるはめになり、いつもの仏頂面に拍車をかけつつも、素直に燃えないゴミ袋へ模型を突っ込んでいった。さくらとミラーも無言で手伝っている。みあおと一馬は「勿体無い」「かわいそー」を繰り返していた。
 が、全てを処分するわけではなかった。
 少佐は同じものを何体も揃えたりするタチだった。そのダブリのみを捨てることにしたのである。それだけで、コレクションの量は20%にまで減った。何事も限度と言うものがある。
 一通り片付いたところで、一馬が恐る恐る話を切り出した。
「あ、あのっ、少佐っ」
「ん?」
「コレ捨てるなら俺に下さい!」
 というかすでに貰う気満々だ。一馬はひしと戦車やヘリが入った袋に抱きついた。
「……全部か?」
「う、全部はさすがに無理ですけど」
「……モデルガンの類は俺が引き取るが」
 銃ばかりが入った袋を、時雨はひょいと抱え上げた。
「改造したら役に立つ」
「――何の?」
「フィギュアは俺が引き取ります。マスターも喜びますし、少し興味が沸きました。長い間所持していると動くかもしれないんですよね?」
「みあおも一人もらうー! さっきのぐんそーがいいー!」
 みあおが無邪気にミラーにねだり(いや、所有者は少佐では)、口が悪い軍曹を受け取った。ぎゅむ、と抱いても軍曹は無言。まあ、そうであるべきだ。
 少佐はふたつ返事でそれらの願いを聞き入れた。捨てるよりもずっとその方がいいだろう。それから彼は、黙ったままにこにこしているさくらに目を向けた。
 何か要るものは? 何も言わなかったが、彼はそう尋ねていた。
「私は、このお家に平和が訪れただけで充分ですわ。規模の大小は関係ありませんの。戦争は戦争です。どちらの『軍』も生き残ることが出来た、それだけで幸せですよ」
 彼女は目を細め、おどけて敬礼してみせた。

「あ。これをどうぞ、『少佐』」
 ミラーはよりにもよって別れ際、少佐に竹炭枕を手渡した。
「これは?」
「安眠枕です」
「いや、もう眠れると思うんだが」
「受け取って下さい。荷物になりますから」
「……」


(了)

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0134/草壁・さくら/女/999/骨董屋『櫻月堂』店員】
【1323/鳴神・時雨/男/32/あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【1415/海原・みあお/女/13/小学生】
【1559/武田・一馬/男/20/大学生】
【1632/ミラー・F/男/1/AI】

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               ライター通信
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 「一番欲しいスタンドは?」と聞かれて「バッド・カンパニー」と答え、友人たちから白い目で見られたモロクっちです。どうも(笑)。何で皆口を揃えて「ザ・ワールド」と言うのですか。でも、そんなにミリタリーに詳しいわけではありません。ただ好きなだけです(笑)。
 鳴神様、みあお様、はじめまして! 草壁様、武田様、ミラー様、いつも本当に有難うございます。今回のお話はモロクっちらしからぬさわりでしたが(自分で言うか……)、結局おとなしめなものになってしまいました。もっとハジけるには修行が必要なようです。
 さて、皆さん少佐から色々とアイテムを貰っていますが、捨てようとすると専守防衛を掲げて立ち向かってくるかもしれません(笑)。大事にしてあげて下さいね。

 それではまた、ご縁があればお会い致しましょう!