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<東京怪談ノベル(シングル)>


光と闇の構図(光)

「では、この者をよろしくお願いします」
「……ああ、わかったよ」
 と、目の前で交わされる短い言葉を聞いて、男は両者をみつめ、尋ねた。
「あの……話が見えないのですが……」
 180cmを超える長身に、線の細い女性のような顔立ちをしたハンサムだ。
 街を歩かせれば、さぞや女性やスカウトその他が寄ってくるだろう。たやすくそう思わせる。
 が……感の鋭い者が見れば、あるいはこう思うかもしれなかった。
 ……美しすぎる。
 神の造形物とされる人間では、決して醸し出せない容姿を彼は持っていた。いや、今は持たされていたというべきか……
 普段はこの姿ではないのだが、今は主の術により、人間の形を取っている。
 その正体は……説明すると長くなるので、ここでは割愛しよう。
 いかにも好人物そうな顔に現在浮かんでいるのは、多少の困惑の混じった微笑であった。
「あなたはしばらく、このお店で働くのです」
 彼の前にいた女性が振り返り、静かな声でそう告げた。
 わずかな仕草に、腰にまでかかる漆黒の髪がふわりと揺れる。
 じっと彼へと注がれた瞳もまた、夜の闇の色をしていた。
 対照的に、肌の色は大理石を思わせる程に白く、そして整っている。
 全てはまさしく絶世の美女と表現できる造形なのだが……困った事に恐ろしいまでに表情の変化がない。てこでも動かない無表情なのだ。
 彼女の名はステラ・ミラ。彼の主にして、謎多き永遠の探求者である。
「ま、そういうことさね」
 ステラの隣で、もう1人の女性が微笑んでいた。
 こちらは碧摩蓮──アンティークショップレンの美しき店主だ。3人が今いるのも、この店内であった。
「……つまり、アルバイト、という事ですか?」
「そうです」
「私が……ですか?」
「その通りです」
 迷いなく縦に振られる主の首に、思わず目をぱちくりさせる従者。
「……何ゆえですか?」
 さすがに、そう尋ねた。彼は理由も何も告げられず、いきなり人の姿にされてここに連れて来られたのだ。
「3日前の話です。たまたま入った立ち食いそばのお店で、蓮様と隣り合わせました」
「はあ……」
「そこで意気投合した私達は、色々と話し合ったのですが……なにやら蓮様のお店が人手不足で困っているとの事。そこでこれは何とかしなければと思ったのです。袖擦り合うも多少の縁と申しますし」
「……そうですか」
 人手不足と資金不足という点では、当方の『極光』も十分張り合えそうな気がしたが……それはあえて口にしなかった。そんな事を引き合いに出しても空しいだけだ。
「もちろんアルバイト代も出すよ、あたしも助かるしね」
「いえ、そのようなお心遣いは無用です。あの時に奢って頂いた月見てんぷらそばの代金だけで満足ですので、遠慮なくこの者を使ってやって下さい。ひと通りの事はできますが、もし至らぬ事がありましたら、煮るなり焼くなりお好きになさって結構です」
「そうかい、そりゃ嬉しいねえ」
「…………」
 和やかに語られる女性達の会話に、思わず頭痛を感じる彼だ。
 ……どうやら自分は、月見てんぷらそば1杯分の価値しかないらしい。デフレにも程がある。
「では、きちんとお勤めを果たすのですよ」
 最後にそう言うと、さっさとステラが店の出口へと歩き出す。
「……ステラ様は、帰るのですか?」
「いえ、これから少々野暮用があって出かけます。あなたと同じく、2、3日程で戻ると思われますので」
「そうですか、で、どちらへ行かれるのです?」
「……秘密です」
 振り返りもせずに短くこたえると……黒衣の麗人はそのまま本当に去っていってしまった。
「ふふ……さて」
 隣で、小さな微笑み。
 気がつくとすぐそこに蓮がいて、じっと従者の顔を見上げている。
「じゃあ、早速働いてもらおうかね」
 ふっと紫煙を吐きながら、彼の鼻先へと長キセルを突きつける蓮。
「……よ、よろしくお願いします」
 なんとなく嫌な予感を感じずにはいられない彼であった……


 ……彼が任された仕事とは、カウンターの中に立ち、じっと訪れる客を待つという……要するに店番である。
 店主である蓮はというと、その場を彼に預けたまま、店の奥に早々に篭ってしまっていた。
 あたしも色々とやる事があるからね……と言って微笑んだ連に、具体的な仕事の内容などを尋ねると、
「なに、簡単さ。やってくる客が欲しがるものを与えりゃいい。それだけだよ」
 とだけ、彼女は言ったものだ。
「……」
 そして今、彼は1人、薄暗い店内に立っている。
 アンティークショップというだけあって、商品はいかにも雰囲気のあるものばかりだ。
 古めかしい絹のドレスや、古そうな壷、皿、絵画、刀剣等……
 少々変わったところでは、危ないから決して座るなと蓮に言われた木製の椅子や、絶対に針を見るなと言われた大きな古時計……などというものもあった。無論、言いつけを破るつもりはないし、変な好奇心も起きない。
 そんな中……店で一番のスペースを取っているのが、カウンターも兼ねる巨大なショーケースだ。
 中にはどうやら何らかのカードが陳列されているらしいのだが……薄暗いせいか、あるいはガラスになんらかの仕掛けがしてあるのか、目を凝らしても表面の絵や模様などが一切見えず、ぼんやりと輪郭が確認できるだけだった。
 部屋中の陳列物はもちろんだったが、その札達からは特に強く、なにやら得体の知れない気配、視線、感覚……といったものを感じる。
 通常の者なら、まともに受けただけで発狂しそうな程に危険な空気を放つものすら含まれていたのだが……
 ……我が主の店と、いい勝負ですね、この品揃えは……
 胸の内でそう呟いて、苦笑しただけである。
 彼もまた、一般の尺度で測れるような存在ではありえなかった。
「ググ……ジャマ……スル……ゾ」
 くぐもった声と共に、最初の客が現れる。
 こちらの腰の高さ程しかない、小柄な人物であった。
 全身をすっぽりと黒い修道服のような衣装で包み、目深にフードまで被っている。顔は影になっており、見る事ができない。
「はい、いらっしゃいませ。何をご入用でしょうか?」
 にこやかに微笑みかける彼に、客は、
「……クレ」
 とだけ言って、指を突きつけた。
 手は緑色で、まんべんなく鱗に覆われ、先には凶悪な鍵爪まで生えている。
「はあ……」
 が、彼は平然と、その示された先に目を向けた。自分の背後の棚に。
 そこに……商品があった。
 老人のものと思しい、巨大サイズの生首である。
 が、しかし、確かに一瞬前まではそんなものなどそこにはなかったはずだ。
 どうやら、客の要望に応じて、勝手にどこからか商品が沸いてくるらしい。
 ……便利ですね。
 などと感心しながら、それを手に取る。
「こちらは知恵の巨人、ミーミルの首です。異界の神であるヴァン神族によって切られた首に、北欧神話の主神オーディンが魔法をかけ、口がきけるようにしたものですね。あらゆる知識を語ると言われています」
 解説を加えつつ、どすんとカウンターの上に置いた。どうやら彼も知っている物だったようだ。
「クワ……シイナ……オ……マエ……」
「いえ、そんな事もありませんが」
「オ……マエモ……ココ……ノ……ショウヒン……カ?」
「…………は?」
「ウマ……ソウナ……カオ……ダ」
「……」
 じゅるりと嫌な音が客の口元のあたりでして、紫色の長い舌がフードから覗いて見えた。
「……またご冗談を」
「ジョウダン……デハナイ」
「……」
「……」
 バイトを始めてわずか30分少々で、早くも命の危機に直面する彼なのだった。


 それからも、彼に色目を使ってくるゴーゴンだの、円形脱毛症に悩むワーウルフだのと、かなり個性的な客ばかりが訪れ、四苦八苦したようだ。
 そんな感じで時が流れ、やがてもうじき店じまいの時間となった時……最後の客が訪れた。
「……」
 まだ若い、おそらくは高校生位の少女だ。
 脱色した髪に、化粧の施された顔、派手な服装、そして……暗い色を宿した瞳。
「お金……出してよ」
 どこか抜けた声と表情で、彼女は安っぽいナイフを突きつけてくる。
「嫌なら警察呼んでよ。あたしを捕まえなさいよ。もう……どうなったっていいんだから……」
「……何を……」
「いいから早くしなさいよ!!」
 声をかけると、とたんに少女は金切り声をあげた。
 刃物を持つ手は震え、目は血走り、涙さえ流している。
 ただの人間である事は、店に現れた時から分かっていた。
 そんな武器でこちらをどうこうするのは不可能だ。がしかし、同時に自分も、この場合どうすべきか、すぐには適切な判断が下せそうもない。
「……」
 とりあえずナイフを取り上げて、話でも聞いてみよう……と、思い始めたとき、
「……へえ、面白い客が来てるね」
 気配をまったく感じさせずに、蓮がその場に現れた。
「ひっ!」
 彼はともかく、怯えた表情になる少女に微笑みかけると、
「せっかく来てくれたんだ、お前さんにはサービスでこれをあげようかね」
 手にしたカードを2枚、すっとカウンターの上に並べてみせる。
「何よ……これ……」
「いいから選びなよ。これはね。お前さんの未来さ」
「未来……」
 突拍子もない言葉だったが、蓮の不思議な迫力を持った目にじっと見詰められると、少女は魅入られたみたいにカウンターに視線を落とす。
「……」
 彼もまた、無言でそれを見た。
「片方は、金だね。あんたの望むだけ手に入るよ。なんでもそれで買うといいさ」
 蓮の指が示した札には、説明の通り、無限とも思える札束が描かれている。
「そしてもうひとつ、こっちはあんたの──」
 残りの片方に指が向けられると、少女の目が大きく見開かれた。
「嘘……そんなの……信じられない……」
「ふふ、嘘なもんか。あたしは自分の商品には絶対の自信を持ってるんだ。なんだったら、この首かけてもいいよ。さあ、好きな方を選んでこの店から出てお行き。その瞬間から、あんたはそれに向かってまっすぐに進む事になるよ」
「………………」
 少女はしばし、食い入るように片方のカードに見入り……やがてそれを手に取ると、店から駆け出していった。
「……毎度あり」
 背中に向かって、煙と一緒に別れの言葉を告げる蓮。
 彼女の選んだカードには、両親と思しき者達の姿があり、蓮が『あんたの元の生活』と説明した物だった。
「……ときどき、あんな風に闇に迷った連中が来るんだよ。心の闇に、ね」
 独り言みたいな口調で、蓮が言う。
「そうですか……」
「人間てのは、迷い込んだ闇が深ければ深いほど、強く光を求めるもんだね。案外、神が創りたもうた光の子……なんてのは本当の事かもしれないよ。あんた、どう思う?」
「さあ……わかりませんね」
「なんだい、つまらない男だね」
「はい、よく言われます」
「ふん、そうかい」
 軽く言って、残ったカードをショーケースの中に適当に並べ、閉じた。
「やれやれ、また辛気臭いカードが増えちまったよ」
「人の闇の部分、ですか……」
「ああ、最近手に入るのはそんなのばっかりだよ。嫌になるね」
 とか言いつつも、ガラスを撫でる手は、どこか優しげだ。
 ……自分は、果たしてあの少女をあそこまで無難に帰す……いや、救う事ができたろうか? この女主人のように……
「……何気持ち悪い顔してあたしを見てるんだい」
「あ、いえ、なんでもありません」
 思わず微笑んでしまった顔を引き締め、軽く咳払いする。
「ついでだから、あんたもなんか1枚、カードを引いていくかい?」
「私が……ですか?」
 唐突に言われて、考えてみた。
 自分が求めるもの……あるいは自分の光の部分……
 それは、一体なんなのだろうか……?
 やはり、よく分からない。
 ただ、ふっとひとつの顔が心に浮かんだ。
 何があろうと変わらない、素晴らしき鉄面皮……
「……」
 苦笑しつつ、首を振る。
 自分は、まだまだ未熟なのだろう。
 蓮のように、たやすく1人の人間に道を示す事すらできなかった。
 だから、探す。自分の求めるべきもの、そのものを。
 ……主と、共に。
「いえ、結構です。何かを受け取る事は、主の言葉に逆らう事になりますので」
 結局、彼はそう言った。
「はは、それじゃあ本当にタダ働きでいいんだね」
「ええ、よろしくお願いします」
 律儀に頭を下げる従者なのだった。

 ……結局、彼はそれから3日間、本当に無料奉仕を行ったわけだが……それはそれはあらゆる意味で充実した仕事内容だったとの事である。

■ END ■