|
みのむしゴロゴロ飼育日記
〜 あやかし荘 〜
人畜有害無害の存在の宝庫。心躍るような異体験がわんさか起こる場所。
そして……月刊アトラス編集部編集長の奴隷、三下忠雄の下宿先でもある。
(編集部新人心得覚書 その108より抜粋)
■独り住まい…お見せしましょう。
「は?」
「だから……どんな生活したらああなるのかレポートして欲しいのよ」
編集長は苛々と机を指で突付きながら云った。
「『貴方も変身☆独身男性改造計画』って特集で使うのよ。それで『使用前・使用後』って感じで載せる訳」
云って彼女は溜め息を吐き、「うちの編集者使うなんて…」と、愚痴を零す。
「あいつ、そんなに酷いのかぁ?」
「真実は小説より奇なり…よ…」
「まぁ、そんだけ云うなら見てくっかあ」
暗灰色の髪に琥珀色の瞳の美少年は微笑んで、手をヒラヒラと振る。
その様子を見ると彼女は、はぁ…と溜め息を零して手に持ったカップを置いた。
「依神さん……あんまり軽く見ないほうがいいわよ」
「だ〜いじょうぶだって! それよかケーキごちそうさん」
それだけ云うと依神・隼瀬(えがみ・はやせ)は愛車の鍵を弄び、立ち上がって編集部を出て行こうと歩き始めた。
その後姿を見つめながら編集長は肩を竦る。
「後悔しても知らないわよ……」
その呟きが、ドアの向こうに消えた依神に届くことはなかった。
●レポートNO.001
「つーわけで、お宅拝見だ」
「ほえっ?」
玄関先でぼーっと立っている三下に依神はニヤ〜ッという笑いを向けた。
彼の背後では洗濯物が鯵の干物のようにぶら下がっているのを確認すると、うんうんとい頷いた。
これでなくては『みのさんの実生活密着取材レポート』を完成させることは出来ない。
まず、ダメ男ポイントに★一つ。
「んじゃ……そういうわけで」
「あ…ダメですッ! 掃除が……」
「うるさいっ!!」
三下の頭をぺしっと叩くと、彼を脇へと肩で退け、部屋へ入ろうと少しあいた襖を開け放った。
「なんじゃこりゃッ!!!」
「だから云ったんですよ〜」
情けなさ10倍と言った顔で、三下は依神を見上げるような仕草をしつつ云う。
そこには何日も放置されて油の固まった汁の上にアオカビの広がったラーメンの器が所狭しと置いてあった。
畳はラーメン汁に汚れて染みになり、そこにも黒いカビが生えていた。
それだけではない。
さっき見えた洗濯物もよく見れば埃を被っている。
依神は近付いてそれを見た。
「うっぎゃぁああああああああッ!!」
依神の絶叫が部屋中に響く。
埃と思っていたものは、実はカビであった。
十分に絞らないうちに干した物に、このところの気候も手伝ってカビが繁殖したのだろうか。何日…いや、下手をすると何週間も放置していたのだろう、埃も被って放置されている。
畳はもっと凄かった。
汁を零したものを吸い取ろうと思ったのだろうか、新聞が幾つも引いてあり、それは一体何の染みか分からぬ斑模様になっていて、依神は吐き気を覚えた。
ダメ男ポイントに★チェックを入れようとして、依神の手が震えて止まる。
―― あかん…これはアカン!!
依神は三下を見つめた。
ダメとかどうとか、もう既にそう云う域を越えている気がする。
…というよりも、あまりにも汚くて許し難い。
指をびしっぃ!と突き出して依神は宣言した。
「貴様を叩き直すッッ!!!」
「え〜っ、何でですかぁ〜}
三下は眉尻を下げ、怒られた犬のように萎れた。
「馬っ鹿野郎……ココは人間様の部屋に見えねぇ。人間らしく真っ当になるまで、俺がお前を監督してやるッ」
「酷いーっ」
スポコン根性丸出しで睨み据えて三下を黙らせる。
押入れの肥やしになっていた掃除機を探し出し、おまけにはたきと箒を取り出した。
「掃除の基本ははたきと箒だ! 雑巾は何処にある!?」
「…はひぃッ! な……無い…です…」
「無い? じゃぁ、どうやって掃除すんだ?」
「あ…え…。その…前に使って…汚くって使えなかったから捨てて……」
そこまで云ったところで依神の睨み据える視線とぶつかり、ヒイッと情けない声を上げて三下は後ずさった。
「馬鹿野郎、買って来い! ここ出て大通りの角から三軒目に一枚98円で売ってる」
「はっ…ひえっ・…。…い、行って来ます」
依神が檄を飛ばすと、その場から逃げ出すように三下は部屋から飛び出していった。
それを見て溜め息を吐き、手に持ったメモ帖を開く。
「○月▼□日 AM10:46 三下に掃除教育。買い物から始める…」
依神は呟いて、それに書き込んだ。
●レポートNO.002
掃除が終わるとピカピカになった畳に三下はへたり込んだ。
依神の手腕は見事なもので、短時間のうちに徹底的な掃除とカビ駆除を仕上げてしまった。二時間掛からなかったところは、正に神業と云えよう。
巫女はまず身を清めることから始めるもので、当然、掃除なんかは慣れたものである。
掃除が終わるとすかさず洗濯を始めた。汚くて洗っても使えないような下着は箸で摘んでゴミ箱に捨てる。
そんな依神の姿を三下は、じと〜っという目で見つめた。
それもそのはず、マスクをして箸で自分の下着を摘まれれば誰だって悲しくもなろう。
三下の視線感じて顔を上げると依神は無言で「文句あっかこの野郎」的な瞳で見つめ返し、すごすごと三下は引き下がった。その様子を鼻先であしらって洗濯を続ける。
不意にコンコンとドアを叩く音が聞こえて二人はそちらを向いた。
「はーい…」
三下はドアを開けて外を覗いた。
「毎々新聞ですけどぉ〜。一ヶ月無料キャンペーンやってまして、お邪魔させていただきました。新聞はお読みになりますぅ?」
「えっとぉ……」
ドアの前でおろおろする三下を見るなり、依神はマスクを付けたまま箸を握り締めて飛んでくる。
新聞勧誘のおねーちゃんをキッと睨み据え、箸を突きつけて一気に捲くし立てた。
「何を言うか! 一ヶ月タダの後は何時まで経っても解約させてくれずに料金だけ取って、貰って嬉しくも無いお安い遊園地のタダ券よこすだけだろうに」
「でもねぇ……」
「いらん! それに、こいつが新聞読んでも意味が無い」
箸で三下を指して云い、有無を言わさずおねーちゃんをドアの向こうに押しやって、バタムッ!とドアを閉めてしまった。
呆気に取られて三下は見つめる。
「勧誘はこーやって断る!」
依神に怒鳴られ、しょぼんと三下はうな垂れた。
はぁ……と溜め息を吐いてメモ帖を出す。
「○月▼□日 PM00:57 三下に勧誘撃退教育。まずは言い包める事から…」
依神は呟いて、それに書き込んだ。
●レポートNO.???
『生活改造ビフォア・アフター』と化した依神の実生活教育は進み、一日中、三下に張り付いて詳細に書き留め始めた。
まず、「食事はバランス良く!」から始まり、仕事場にも乗り込んでアポ取りや仕事のノウハウまで教える始末。
「礼を失しない程度に強引にやれって云っただろうに! 聞いてんのかッ」
「聞いてますぅ〜(泣)
「泣いて仕事ができるか! 遠慮してたら負けるぞ!」
「はひぃ〜……」
のんびりとそのやり取りを眺め、その形相に青くなった社員たちは自分の仕事に集中し始めた。
やや離れた場所で依神の叱責の声が容赦無く三下に降り注ぐ。
向こうで「仕事の基本は【ほうれんそう】、報告・連絡・相談だってーのにッ! 聞けよ、馬鹿!!」と依神が怒鳴っている姿を一同、皆でちらりと見遣った。
再び原稿に視線を戻し、我が身に降りかかった不幸でない事に皆は感謝する。
三下の頭をペしっと叩くと、依神は纏めたレポートを手にして立ち上がり、ずんずんと編集長の机の方に歩いてゆく。そして、その上にレポートを置いた。
そして、三下の方へ戻ると指を指して云う。
「これで俺の仕事は終りだ、帰るからな! あの部屋、また汚くなってたらただじゃおかん。覚えとけ!」
ご丁寧に指示書を突き付けて、その場を去って行った。
■後日談……
「まったく……」
それは誰に云ってるのやら。
編集長は置かれたレポートを摘み上げてヒラヒラさせる。
そこには当初の目的と違ったレポートが置いてあったそうな☆
■END■
|
|
|