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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「理都さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。おかえり!夕飯の支度出来てるよ!」
片道9時間の長旅から帰り、慣れたとはいえ完全には時差から抜け切らない身体を引きずって高橋理都(たかはし・りと)が自宅に帰ってくると、明るいといえば聞こえはいいが、実も蓋も無い言い方をすればこの世の春みたいな声に出迎えられた。ひょいと玄関に顔を覗かせたのは、数日前から理都のマンションで寝起きしている渋谷透という青年である。
おたま片手にエプロン姿の居候を見て、理都は一瞬、自分が新婚夫婦(しかも旦那役)になったような錯覚を覚える。
「風呂も沸いてるよ。お風呂先にする?ご飯先にする?」
それともあ・た・し?とでも言われたらもう笑いも取れない状況だったが、さすがにそこまでは言われなかった。言われても怖いので、勿論それで良いことにする。
理都が仕事帰りの旦那様で、透が夫の帰宅を待つ若奥様だとするのなら、さしずめ透の周りでふよふよしている人魂はかわいい子供たちだろうか。
彼女の想像を後押しするように、台所からは夕食の暖かい匂いが漂ってきている。夫婦円満家庭の出来上がりだ。
「ただいま。……じゃあ、お風呂に先に入らせていただきますね」
と理都が言うと、きっと食事を先にとっても同じ反応を返すだろうニコニコ顔で、「わかった。じゃあおかずを温めておくね」と透は台所に消えた。できた嫁(臨時雇い)である。

風呂に入って、長旅の疲れとジェット機特有のこもった匂いを洗い落として、ようやく理都はさっぱりした。九時間籠もった機内の空気のかわりに、彼女を取り巻くボディソープの匂いが心地よい。
濡れた髪をタオルで拭きながらバスルームを出ると、透は誰かと話している最中だった。
「え?何?あーそうそう、そうだよね〜〜」
誰かに相槌を打っているらしい透の明るい声だけが聞こえてくる。
電話でもしているのかな、と気軽に考えて理都は食卓に向かう。
何気なく玄関近くを振り返れば、コード付の電話はきちんとあるべきところに乗っかっている。受話器は勿論、外れていない。子機は理都の寝室にあるので、透は理都の電話を拝借しているわけではないようである。
そういえば透は携帯電話を持っていただろうかと、ふと疑問が頭を掠めた。国民の大半がケイタイを所持しているという昨今において、彼はケイタイどころか、家に電話も引いていなかったと言っていたような…。
「おばあちゃん、そろそろ帰らないと家の人が心配するよ」
(おばあちゃん?)
ていうかそろそろ帰らないとって、何?
電話越しというよりもそれはむしろ。
むしろ家を訪ねて来ている人に対して言う台詞ではないだろうか。
理都は思わず食卓を見た。悪い虫が知らせたのかもしれない。虫の知らせがいい知らせのはずもないので、彼女は直後に後悔した。
食卓には、ほかほかと湯気を立てて今晩のおかずが載っている。透もいる。彼は隣の椅子に正座した着物姿の人物に向かって、にこにこと話しかけている。
(一人多いです、透さん……!!!!)
「あ、理都さん。もう上がったんだ?待っててな。今ご飯つけるからさ〜〜」
知らないうちに上がりこんできたご老人に対するツッコミはなしなのか。いそいそと台所に行きかけた透を、理都はあわてて引きとめた。
「ちょっ…、ちょっ、透さん!その、そちらのおばあちゃまは……?!」
「えっ?ああ、トメさん?」
「トメさんって…」
「オレんちの近所に住んでるおばあちゃんでさ。ボケ始めちゃってるから、たまにオレんトコ来たりするんだよ」
どうして透さんがうちに居ることをご存知なんですか。
とか、
どうやって入ってきたんですか?
とか、ぐるぐる頭を回ったそれらの疑問はとりあえずどうでもいい。いや、それもかなり重要だが、理都が知りたいのはそんなことではなかった。それを補って余りある事実に、現在理都は直面しているのである。
(そちらのおばあちゃま、身体が透けてるんですけど!)
そうなのである。
トメさんは半透明だった。椅子に座っているというのに、トメさんの着物を透かして、向こう側に椅子の背が見えちゃったりしているのだ。
「あ、そうか」と透がようやく気がついたように呟いたので、「もしかしたら」と理都は考える。
もしかしたら透は霊能力者か何かで、霊と話せる宣保さんのような存在で、うっかりそのことを理都に言い忘れていただけかもしれない。
(きっと、そうですね)
だから平気で霊と話が出来るのだ。それなら混乱した心を、少しでも納得させることができる。
そうだ、きっと透は霊能力者なのだ。だから常夜灯よろしく周囲に人魂が飛んでいたり、こんなおばあちゃまが尋ねて来たりするわけだ。透には、トメさんが幽霊だということなど百も承知なのに違いない。
突飛な理論を持ち出して束の間ほっとした理都の耳に、透の声が被る。
「おばあちゃん、オレたちこれからメシの時間だからさ。家に帰らないとそろそろ家族の人も心配するだろ?」
(違う……!!)
透はトメさんが幽霊だという事実にまったく気づいていない。
心中で思わずツッコミをかました理都をよそに、透はトメさんの肩を抱いて玄関の方へと誘っていく。トメさんはモゴモゴ口の中で何かを喋りながらも、素直に透に付き添われて椅子を立った。
もうトメさんに足がなくても驚かないわよと思ったら、本当にトメさんには足がない。膝から下が、すぅっと霧に紛れたように消えていた。
もしょもしょ喋るトメさんが何を言おうとしているのか、ふと気になって理都は耳をそばだててみる。入れ歯がうまくはまっていないのか、彼女の言葉は聞き取りにくい。それでもかろうじて、単語の切れ端は理都の耳にも聞き取ることが出来る。
「…………狙われて…魂が…。…このままでは………危険……危ない………」
「おばあちゃん、あんまり夜遅くまで散歩してちゃダメだぜ?最近は物騒だからさぁ」
ただ一人きっと何一つ気づいていない透が、にこやかにトメさんを玄関に送り出していた。
じゃあね〜と平和な挨拶を残してドアが閉まる。
すぐにメシにするね、とハートを飛ばしながら透は台所へと戻っていき、理都も遅れて食卓へついた。よそったご飯を理都に渡してくれながら、心配そうに透はため息を吐く。
「おばあちゃんも一人で出歩いちゃ危ねェよな。夜の散歩っつったってさ、このところ色々物騒だからさぁ」
「……そうですねぇ」
生返事を返しながら、理都はこっそり不安になっていた。
彼女が心配なのはむしろ、霊たちに取り巻かれても気づきもしない、そんな透の鈍さである。


台所のシンクも食器もきれいにピカピカに磨き上げて、理都の為に食後のハーブティーなども用意して、理都と透は顔を見合わせて「おやすみなさい」と言った。
理都は鍵のかかる自室で寝て、透は理都が一人で座るには大分大きいソファの上に、タオルを一枚ひっかけて眠るのだ。寝にくくないですか?と聞いたら、「うちの煎餅布団より全然やわらかだよ」と透は答える。
実際彼はよく眠れているようなので、理都は安心してベッドに入った。
夢を見たのは、その晩だ。
気がつくと彼女は真っ暗な空間を眺めている。はじめは部屋が暗いのかと思ったが、そうではない。そこはとにかく黒く塗りつぶされた空間だった。
――口惜しや……
背筋が凍るような声が、闇の中から轟いてくる。
――あと少しで喰らえたものを……
おどろおどろしい声はまた「ああぁ…口惜しや」と呻く。
ひた、ひた、ひたと、水に濡れた地面を裸足で歩くような音がする。
音は大きくなったり、遠のいたりする。同じ場所を往復しているのだ。時折、侵入を試みようとしているのか、足音が止まる。そしてまた始まる。
ひた、ひた、ひた、ぱしゃん。
「口惜しや、口惜しや」
何度も何度も、諦めきれぬように、呪詛の言葉のように、繰り返される。
ひた、ひた、ひた。
声も出せずに立ち尽くしている理都の傍から、足音は次第に遠ざかっていく。
口惜しや、と唱え続けていた声は、足音が消え去ってからも遠く、途切れ途切れに聞こえ続けていた。


はっと目を覚ますと、もう朝だった。白い日差しが、日中の暑さを予感させて部屋を明るく照らし出している。
部屋の外からは、コーヒーのいい匂いと、トントンと包丁を使う懐かしい音が響いてきていた。
「夢……」
日差しの差し込む部屋は、すでに大分暖まっている。パジャマの上から胸に手をやると、じんわりと冷たい汗を掻いていた。
「透さん?」
悪夢の後の嫌な感じを引きずりながら、理都はそっと台所を覗き込む。
「あ、理都さんオハヨ。朝ごはんもうすぐできるよ」
と、すぐに透の元気そうな返事が返ってきたので、理都はほっと胸を撫で下ろした。
「卵は、目玉焼き?ゆで卵?スクランブルエッグ?」
「パジャマ姿の理都さんもカワイ〜ねぇ」なんてウキウキしている透は、いつもどおりに平和そうだ。
「はは……ありがとうございます」
心配していた気持ちは、氷が解けるように消えていった。どうやら、透に異常はなかったらしい。
頭の中に春が来る、という言葉がある。
きっと、今触れてみても、出会ったときと同じように春色の心をまとっているのだろう。


次に部屋を出る時まで、きっと理都は気づかないはずだ。
彼女の家の前の廊下に、何度も扉の前を行き来したと思われる足跡が残っていることを。
その足跡は、人のものと思えないほどに大きく、動物を思わせてとがった爪を持っている。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・0366 / 高橋理都(たかはし・りと) / 女 / 24 / スチュワーデス

NPC
 ・渋谷透(しぶや・とおる) / 男 / 22歳 / 勤労大学生
  バカ。何かに命を狙われているらしいが、何度危ない目にあっても気づかない。ある意味幸せな性格である。
  食事から電球の取替え、部屋の掃除、布団干しに窓掃除と、思いつく限りの家事はしたらしい。
 ・太巻大介(うずまき・だいすけ)
  面倒と厄介を纏めて運ぶ紹介屋。霊感は皆無。渋谷といると昼夜を問わずに聞こえるポルターガイスト現象に、「煩くて寝れねェ!」と彼を追い出す決心をする(所要時間約一日)。

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせしました!
そしてそして、遊んでいただいてありがとうございます!嬉しいです。
理都さんの性格が出ているプレイング、とても書きやすかったですよ〜。
それにひきかえ、プレイングを書きにくいシナリオを提示したような気がしなくも…っていうかすごくします。すいません!(殴)
ちなみに、文中に混ぜ込むことが出来なかったんですが、草間興信所で握手をした時の透の色は春色でした。桜色でしょうか。女性と握手してもらえて頭にも春が来たようです(アホだから)
迷い犬よりも図体がでかくて邪魔っけそうなのを、預かっていただいてどうもありがとうございました!
書いていてとても楽しかったので、私が楽しんだ分の1/10でも、楽しんでいただけたら幸いです。
どこかで見かけた時に「しょうがないな。また遊んでやるか」という気になっていただけたら、声をかけてやってください。大喜びです!
ではでは、本当にどうもありがとうございました。楽しませていただきました。


在原飛鳥