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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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昨日、咲から久しぶりに電話が掛かってきた。相変わらずハキハキした声で、「ヤッホー、元気?」なんて会話から始まって、それから「明日、ちょっと出てこれる?」という話になった。
聞けば、探偵の草間武彦から興味深い依頼が入ったのだという。マンションを焼け出されて宿なしになった青年がいるのだが、彼には大勢のおまけがついているらしいのだ。それは、両手の指では余る量の、大量の人魂である。
「大事件ってわけじゃないと思うんだけど、雛ちゃんがいると彼に憑いてるのが、いい霊か、悪い霊か、わかるでしょ?」
勿論、忙しかったらいいのよと言った咲に、雛はそんなことないよ、とすぐに答えた。咲が自分を頼りにしてくれるなら、極力それには応えてあげたい。それに、仕事だ部活だと忙しくて、咲に会うのは久しぶりだったのだ。
そんな事情から、学校帰りの雛は電車を乗りついて草間興信所へと足を向けている。
「咲はいいけどな。お前は、もうちょっと用心してだな…」
「咲ちゃんはいいって何、夜刀」
鞄のポケットに差し込んだ鏡で、さっきから夜刀はぶつぶつ言っている。雛のお守り役を自認する彼は、今回雛に持ち込まれた話が気に入らないのだ。
「咲は、あいつは暴漢に襲われたとしても逆に相手を叩きのめしそうだけど」
「咲ちゃんだって女の子よ。そういうことを言っちゃダメでしょ」
少し強い口調でたしなめると、ふてくされたように鏡は沈黙した。目指す草間興信所は、目と鼻の先である。
「だって、その方は大変な目にあったのよ?おうちも焼かれちゃって、住む場所なくて。夜刀は私にそれを放っておきなさいっていうの?」
「それは、まあ、そうだけどな……だけど、お前女の子なんだから」
「もうっ、夜刀の意地っぱり」
「だって相手、男なんだろ?」
「咲ちゃんのお手伝いするだけよ。だいじょうぶ」
夜刀は大げさなのだ。確かに雛は見かけは頼りないかもしれないが、彼女だって立派に18歳である。そこまで子供扱いしなくたって…と、夜刀の心配を有難く思いつつも、思うことがあるのだ。
もっとも、夜刀の大仰なまでの心配性は、彼女を子供扱いしているからというよりもむしろ、悪い虫がつくことを恐れているからなのだが……雛は全く気づいていない。
報われない恋である。


夜刀となんとなく言い争いながら、雛は草間興信所と看板を下げた扉の前に立つ。立て付けの悪いドアをがちゃがちゃ音をたてて開くと、ソファに座っているお嬢様然とした少女の姿が目に入った。
「あ、咲ちゃん。久しぶり!元気だった?」
咲に手を振ってぴょんと飛び込んだはいいが、前方不注意だった雛は、床の雑誌の山に足を引っ掛けてバランスを崩した。身体が空中に浮かぶ。
「きゃっ!」
「わっ……っと」
宙に浮いた雛の身体に手を伸ばして、彼女が転ぶのを留めたのは見知らぬ青年だ。倒れそうになる雛を、片腕で掬い上げたので、お腹のあたりにぐぅっと力が掛かった。
青年の腕に支えられながら、雛は彼の背中から、まるで蛍が一斉に飛び立つように人魂が浮かび上がったのを見る。
歩くお守りとも言える雛が近づいて、簡単に離れていったのだ。咲が予想していたように、あまり強力な霊ではないのだろう。
「す、すみませんっ!!」
「いいよいいよ。えへへ、雛ちゃんって言うんだ〜〜」
細い体を片腕に抱えられる形になって、ドアの傍で雛がわたわたと慌てる。「ヒ〜〜〜〜ナ〜〜〜」と鏡の中に封じられた鬼が不機嫌極まりない声を出すので、彼女は余計にあせった。何度か床をすべりながら、雛はどうにか一人で立ち上がることに成功した。
「オレ、渋谷透っていうんだ。よろしくね」
雛の片手を取ったまま、にこやかに透は挨拶した。色素の薄い髪の毛に、ブラウン色の綺麗な目をしている。なんとなく人の緊張を和らげる表情をした人である。
ようやく気を取り直した雛は、ああ!とようやく気づいて丁寧に手をそろえ、透に頭を下げた。咲が昨日、電話で話していた「霊をいっぱい背負っている人」だ。
「透さんですね。はじめまして。お話は伺いました。うちでよければ、お部屋ならいくらでもお貸しします」
「こちらこそはじめまして。じゃあお世話になりま……って、えええっ。雛ちゃんのうちにお泊り!?」
聞かされた透のほうが、突然の申し入れに驚いた。喜びながら慌てて、挙動不審気味におたおたしはじめた。
それよりももっと驚愕したのが、雛の鞄からはみ出た鏡である。
「な、なんだって!?雛!お前正気か?そいつ男だぞ。よく知りもしない男を気軽に家に上げるな!」
雛の学生鞄から覗く鏡が、「このろくでなし!雛に触るな!」と敵意も剥きだしに透に文句を言っている。過保護というか、兄バカというか…相変わらず良き兄としての立場から脱却していないんだわ、というのは様子を見ていた咲の弁だ。
「離れろ。雛ッ!お前いつまで手握ってんだっ…!!」
「あっ、わっ、すいません!」
謝らなくていいんだようと鼻の下を伸ばした透に、鏡が…いや、夜刀が警戒の唸り声を漏らしている。
「…ん?鏡?」
「鏡じゃなくて夜刀って名前があるんだよ。おいお前、雛から離れろ!」
目を瞬かせて喋る鏡を見つめた透は、真っ赤になった雛の手をそっと離すと、腰を屈めて鞄からはみ出した鏡を覗き込んだ。変なところで動じない人ねぇ、と咲が感心するほど落ち着いている。
「喋るんだ、この鏡?」
「あっ、は、はいっ、それはっ、夜刀と言って…」
「さすが雛ちゃん!化粧をしながら使える携帯電話を開発するなんて、斬新なアイデアですな〜〜!!」
「はい!ありがとうござ……え?」
「透さんにはそれがケイタイに見えるんだ……?へぇ…」
「……お前、アホだろ」
呆れた咲と夜刀の声を背中に聞きながら、透は全身に幸せオーラを漂わせている。
通話口はどこ?どこにバッテリー表示があるの?とか、そもそも番号をプッシュするボタンがないよ、という初歩的な疑問は、すべて透の頭をスルーしていったようである。


興信所で燻っていても原因はわからないということで、彼らは街へ繰り出すことにした。
もちろん透に憑いた霊魂もふわふわとついてくる。
「アパートの騒霊はいつから?」
透が買ったファストフードのポテトを齧りながら、咲は透に聞いてみる。
「そうれい?」
「騒音とか」
「それは引っ越してきた時からずっとだよ。ぼろアパートだからさ、いろんな音が聞こえるし。うらめしや〜とかいっちゃってさ。夏だから怪談でもしてるんじゃないかなぁ。たまに知らない人がうらめしそうな顔して枕元に立ってたりするけど」
鍵壊れてんだよね、誰でも入ってこれちゃうんだと透は平気な顔をしている。盗まれるものもないからいいんだと言うが、まあ確かに幽霊が強盗を働いたという話は聞いたことがない。
「……咲ちゃん」
なんともいえない顔をして雛が小さく名前を呼んだ。
「雛……何も言わなくていいのよ。何を言いたいのかよくわかってるから」
夢枕かもしれないが、ただの霊かもしれないが、とにかく人はそれを霊現象と呼ぶのである。
「本当に気づいていないんですね」
「そうらしいわね。そもそも……あれっ?」
言いかけた咲が、ふと口を噤んだ。大体ああいう軽い男は信用できない、あんなやつを側に置いておくなんてもってのほかだと、ぶつぶつ文句をつけていた夜刀も、何かを感じたのか、いつの間にかじっと鏡の中で口を噤んでいる。肌で感じ取れる微妙な緊張感に、思わず雛は身体を竦めた。
「咲ちゃん」
「わかってる」
答える咲の、凛とした声が心強い。
…空気が、変わった。
何、と説明できるものではないが、いうなれば肌に触れる風が、濃度を増したような。生ぬるい風に肌を撫でられたような、奇妙な感覚が咲と雛を襲う。
ピシッ!と空気が凍るような音がして、彼らが歩いていた通りのショーウィンドウに亀裂が入った。
ビシ……ピシピシピシピシピ、キキキキ…!
乾いた音がガラスを走り、亀裂はどんどん伸びていく。何かを言うより早く、透の手が咲と雛の腕を掴んで、彼女らをショーウィンドウから遠ざけた。
同じように歩いていた女子高生がきゃっと声を上げ「何これ〜〜」と言っている声すら遠くに聞こえる。
「やだ……人魂さんたち、突然どうしたの?」
見上げれば、透を取り巻いていた人魂たちが、蜂の巣をつついたような勢いで飛び回っていた。
「今までずっと静かにしてくれてたのに…」
静かにしててね、と出掛けに告げた雛の言葉を理解したかは定かではないが、今の今まで、人魂たちはふよふよと透の側を漂っていただけだったのだ。それが、今は空中で小さな楕円を描いて、狂ったように飛び交っている。
「おい……何かいるぞ」
低く、夜刀が警告した。
咲の肌はさっきから、静電気に触れたようにピリピリしていた。咄嗟に、口の中で呪文を唱える。透の手首に巻かれたリボンを媒体に、結界を発生させるのだ。
ピシピシピシ、とガラスに白く走った亀裂は亀裂を呼び、みるみるうちに全体に広がっていく。
「きゃっ!」
バァン!と大きな音を立てて一斉にガラスが砕け散った。
思わず腕で顔を庇い、飛んでくるガラスの破片を思って身を硬くする。タイルが敷き詰められた歩道の上を、細かいガラスが雹のように振りそそいでパラパラと音を立てる。
「雛っ、大丈夫!?」
いつの間にか肩を寄せ合うようにしていた雛を振り返る。
「わ、私は平気」
透の腕に仲間顔を埋めるようにして、どうにか雛が返事を返した。
よかった…怪我はない。
咲は、ガラスが降り注がないように自分たちを庇ってくれた青年を振り仰いだ。
「透さん?」
「……ちょ、ちょっとチクチクするけど」
と答えは咲の斜め上方から返ってくる。透は両腕に二人を抱きこんだまま、頭を振った。ガラスの破片が日差しを反射してキラキラ飛んだ。
「透さん、ありが……」
「ああぁ…オレ、右手も左手もふさがっちゃって、かなり幸せかも」
この場に及んで能天気な声が聞こえてしまったので、言いかけた言葉は飲み込んだ。
「なんだったの、一体」
さりげなく透の腕から雛と自分を引き剥がしながら、咲はため息を吐き出す。
まだ、心臓がドキドキいっている。結界では、悪霊は防げても物理的な事故は防げないのだ。ガラスなんかで顔を怪我したら、笑うに笑えない。親にもらった大事な顔である。
「まだだ、雛、咲っ。油断すんな」
半ば緊張を解きかけた咲に、鏡の中から夜刀が鋭く注意を促す。条件反射で緊張を取り戻した咲は、見た。
透の肩越しに、黒い大きな影が走る。ひゅっと視界を掠めて、それはビルとビルの狭間に身を隠す。
2メートルはゆうに超える大きさなのに、その素早さはかろうじて目で終えるばかりだ。驚くほどにすばやい。
「何……あれ!?」
咲は息を呑んだ。前に垂れた蓬髪のせいで顔が見えず、目ばかりが爛々と光っている。咲が見ている前で、それは跳躍した。
太く無骨な手足ががしっとビルの角を掴み、一瞬そこで静止する。
「透さ……!!」
注意を促す喉がひくりと凍りつく。化け物は、張り付いたビルを足がかりに、こちらに飛び掛らんとコンクリートを蹴った。
巨体が、信じられないスピードで宙を舞い、背中を向けている透に襲い掛かろうと近づいてくる。
大きく開いた口から、血の色のような舌が覗いた。なんともいえない異臭が鼻を掠める。
黄色く濁った鋭い牙が覗き、透の首筋を目指して迫る。
ギィン!と金属同士が触れるような音を立てて、空間が揺れた。化け物が咲の張った結界に触れたのだ。
ビリビリと空気を揺らし、普段は目に見えない境界がぼんやりと半球に浮かび上がる。
「なんて力なの…!」
喉の奥で唸り声を上げて、化け物は結界を噛み砕こうとするかのように、歯を剥き出しにした。強力な力が拮抗する。
永遠とも思われるような一瞬だった。
ひときわ強く空気が揺れて、咲は肌に衝撃を感じる。
(結界は……!?)
破られたか、と肝を冷やしたが、そうではなかった。かなりその威力は弱くなっているものの、辛うじて彼女らを守る「場」は保たれている。
透の肩ごしに、黒い影はビルを飛び越えて逃げてゆくところだった。
―――口惜しや……。
呪詛の籠もった低い唸り声が聞こえる。
―――口惜しや…いま少し………いま少しで喰ろうていたものを
真っ黒な影の中で、一対のまんまるの赤い目玉だけが鈍い光を湛えて咲たちを見つめている。
心臓を鷲掴みにされたように、息が止まった。
赤く光る瞳、黄ばんだ歯。浅黒い肌。
そして、その額にあったのは……角、だった。
(……鬼…)
より人に近い姿をしている夜刀とは、あまりにも違いすぎる。
古来から人を恐怖させてやまない、異形の存在。
鬼の姿が完全に見えなくなってからも、血のように紅い二つの目がどこまでも見ている気がして、身震いした。
もう危険は去ったのだと思っても、うそ寒い雰囲気は消えない。

―――口惜しや…。口惜しや。やつらさえおらねば。
低く暗い声が、今も頭の中を反響している。
―――やつらさえおらねば、喰らえたものを。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・0436 / 篁・雛(たかむら・ひな) / 女 / 18 / 高校生(拝み屋修行中)
 ・0904 / 久喜坂・咲(くきざか・さき) / 女 / 18 / 女子高生陰陽師
NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 男 / 不詳 / 紹介屋
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました!というかとうとう八月に突入ですね。祭囃子とか風鈴とか、昼になると鳴り出す終戦記念日のサイレンの音とか、風流な時期です。あ、花火とか!
夏には祭りネタとか祭りネタとか(お祭り好きめ)、やりたかったのにそんな暇なく夏が終わりそうです。とりあえず夏のもう一つの風物詩、うすら寒い怪談話に……なっていればいいんですが。
夜刀君との掛け合いとか、楽しく書かせていただきました。なんだか報われない観がひしひしと……気のせいですか!
はわわ、何はともあれ、雛ちゃん参加ありがとうございました。
今度いつか、薙刀を持って凛とした彼女とか、書かせていただきたいです是非!
ではでは、夏真っ盛りですが、クーラー病なぞお気をつけ下さい。


在原飛鳥