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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「うちでよろしければどうですか?」
と、渋谷透に声をかけたのは、偶々草間興信所を訪れていた海原みなもだった。草間が受話器を取り上げかけていた手を止め、透も「え…」と言ったきり黙ってしまう。
「だが、君はまだ未成年だし、一人で暮らしているわけでもないだろう?」
言いながら、とりあえず草間は受話器を置く。海原家にやや特殊な事情があるのは、この探偵も承知の上だ。だからこそ、話を聞いてみようと思ったのだろう。
「うちではあたしが家事を取り仕切っているようなものですし、両親は滅多に家に帰ってこないので、部屋はあいてます」
「しかしなぁ」
と、探偵は気が乗らなそうだ。何しろ、両親がいないのなら、海原家は女性ばかりが三人の女所帯である。何か間違いがあってはいけない。
「それに、妹のおかげで、家にはたいていの悪霊が入ってこれないようになっていますから」
さらにみなもが言い募ると、草間は唸ってぼさぼさの頭に手をやった。
「じゃあ、こうしよう。君はきちんとご両親に連絡を取って、渋谷君を泊めてもいいか確認するんだ。それでオーケーが出たら、一日、二日ほど彼を泊めてもらいたい。数日中には、他を当たって彼の受け入れ先を探すから」
「ええ、そうしてください。さすがに長期間は無理ですから」
と、透の扱いはまるで厄介者である。まあ火の玉を全身に纏わせて歩いていたのでは、迷惑以外の何者でもないことは確かなのだが。
そんなわけで、透は一時、海原家に居候することが決まったのである。

「和風って感じだなぁ」
木造平屋の海原家をぽかんと見上げて、透はしみじみため息をついた。東京都内のお膝元できちんと庭を兼ね沿えた木造建築など、およそ透の生活水準からはほど遠かった。
「こんなの、極妻とかでしか見たことないよ」
言うに事欠いて極道と比べられたくはない。規模も違えば、住んでいる人間の種類も違う。かたや花札における捨て札893、一方こちらは人魚の一族である。だが、透の乏しいボキャブラリーではどうやらそれが限界らしかった。
「シシオドシなんかあったりしてね」
「それはないです。残念ですけれど」
「そっか。残念だなぁ」
ひょいと敷居をまたいで、透は海原家に足を踏み入れた。ふよふよとつかず離れず透を取り巻いている人魂たちも、ほわりと舞って後に続いた。妹の張る結界のおかげで、海原家に悪霊が入り込めないのは前述の通りである。
(渋谷さんに憑いているのは、どうやら悪い霊ではないみたいですね)
とすると、アパートの出火も、人魂のせいではないのだろうか。
太陽光を浴びて蜂蜜色に光る透のヒヨコ髪を眺めながら、みなもは首を傾げるのだった。

「セーラー服をっ……」
台所で、透が鼻歌を歌っている。脱がさないで〜と続く、あの名曲だ。
知る人ぞ知るおニャン子クラブ。いや、ある程度の年齢の人なら誰でも知っている有名なアイドルだが、いかんせんみなもは13歳。流行った頃には生まれているかいないかという年である。
歌手が誰かを知らなくても、はたまた歌そのものを知らなくても、透が歌っているのは日本語だから、勿論意味は理解できる。
「渋谷さん」
「今はダ〜メ〜よ」
「渋谷さんってば」
「我慢なさ……ん?うん?」
みなもは制服を着ている。セーラー服でこそないが、れっきとした制服である。
なんとなく居心地の悪いものを覚えたからといって、誰が文句を言えようか。
「歌……別のを歌ってくださいません?」
きょとんとした透は、おたまを片手にパリッとした顔を作ってにっこりした。
「人間ジュークボックスと呼んでくれ」
……彼と話していると、宇宙人と対話をしているような気分になるみなもだった。

夜になると、伊達に年季を積んでいない海原家は普通の家よりも闇に包まれる率が高い。つまり明かりが隅々まで行き渡ることがなく、どこかに暗がりが存在していたりするわけだ。光源が少ないので、室内の温度もあまり上がらない。その上平屋で風が吹き抜けるので、クーラーも滅多に必要なかった。
「みなもちゃん、お風呂掃除終わったよ。ついでにお湯が沸いてるから、入ってきたら?」
ジーパンの裾を巻くし上げ、透が居間にやってきた。「たまには家事を休んで勉強したらいいよ。家事はオレが引き受けるからさ」と請合った透は、言葉どおりに料理をし、掃除をし、切れかけた電球まで交換した。その手際の良さはプロ並だ。
以前住んでいたアパートで、大家の老人に馬車馬のようにコキ使われた名残であった。散々いいように利用された透は、今やテレビの修理から水道配管の故障まで、なんでも面倒が見れるオールマイティな男である。できないのは勉強だけというわけだ。
「お風呂から上がったらデザートあるからね」
「ありがとうございます」
至れり尽くせりとはこのことだ。果たして自分に兄が居たらこんな感じなのだろうかと思ってみたが、どうしても自分が家事をしているイメージしか浮かばない。
デザートは杏仁豆腐だよという声に見送られて、みなもはお風呂場へ向かうのだった。
とたとたと、みなもは廊下を歩く。ぐるりと家を取り巻くように渡った廊下は、昔ながらのつくりである。電気をつければオレンジ色の明かりが足元を照らしてくれるが、慣れている家の中なので、みなもは素足で床を鳴らして歩いていた。
肌を涼しい空気に撫でられた気がしたのは、そんな時である。ふわっと、まるで見えない布が掠ったような感覚だった。そのうそ寒さに、思わずびくっと立ち止まる。
「何……?」
とたとた、足音が聞こえる。
みなもの足音ではない。彼女はさっきの涼しい空気に驚いて、足を止めてしまっていた。
とたとたとた、と軽い足音。それは角を曲がって、この廊下へと近づいてくる。
とた、とたとた。
角を曲がって、足音の主が近づいてきた。
とたとたとたとた。
小さい人影だ。みなもの腰ほどの背丈しかない。そして、身体に比べて異様に頭が大きかった。
つるつるの頭。
「きゃっ…!」
ぼんやりと暗がりに光るその顔を見て、みなもは思わず息を呑んだ。
近づいてきたのは、赤ん坊の顔をした老人だった。生まれたばかりのふくふくの赤ん坊なのに、顔じゅうが皺だらけである。細めた目から覗く瞳は、赤子そのものだったが、顔じゅうをとりかこむ皺とのミスマッチのせいで、気味が悪く感じられる。
とたとたとた、
両手を広げて左右にゆれる頭を支え、前のめりになりながら「それ」はみなもに向かってかけてくる。
何もいえないみなもの前で、「それ」はぴたりと立ち止まった。
小さな口が、ほあんと開いて笑みのようなものを作る。
「あ ぶ  な  い  よ」
高い子供の声だった。
その姿は、みなもが見ている前で突然掻き消えた。
「渋谷さん?」
そのまま風呂に入る気にもなれず、みなもは廊下を引き返して居間へと戻った。
また「あれ」が出てくるのではないかと思うと、見知った廊下でもつい早足になってしまう。
オレンジ色の明かりが漏れる居間にたどり着いた時には、我知らず胸を撫で下ろしていた。
「渋谷さん?」
「こっちだよ。どうしたの?」
平和な声がみなもに答える。台所だ。
「いえ、あの……大丈夫ですか?」
かける言葉が見当たらずにとりあえずみなもが確認すると、透は怪訝そうな顔をする。
「デザートの用意ならもう出来てるし、心配しないでも勝手に食べ始めたりしないよ〜〜」
「いやそうじゃなくて…」
首を振りながら、安心した。透に別状はないのだ。
そしてふと、顔を上げた時。みなもの視界に赤いものが過ぎった。
「え……!?」
紅色の、まんまるのもの、だ。
それが、窓の外に浮かんでいる。
一瞬後に、これは目だ、と思った。とても禍々しい感じのする、一対の瞳。
それは透の背中を見つめている。その背中に半分以上隠れている、みなもを見つめている。
それと、目があった。
ガサッと窓の外で草むらを掻き分ける音がした。
何か重いものが地面に落ちる音がして、ガサガサとそれは遠ざかっていく。
「今のは……!?」
「え?狸かなんかじゃないの?」
大丈夫、怖くないよと、太平楽に透は請け合った。
きっと、紅い目をした「あれ」は、家の中には侵入できなかったのだろう。だから、何もせずに、みなもに見られるとすぐに去っていったのだ。
けれどみなもはその瞳の紅さを忘れることができなかった。
夕日よりももっと紅い、どこか不吉なものを感じさせる、あのまんまるの目を。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋
  年齢不詳。
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです!前回の暗く重く長い某シナリオからやや時間が空きましたがお元気ですか。
再び遊んでいただいてありがとうございます!しかもいまいち主旨が分からないよとお叱りを受けそうなシナリオで……す、す、すいません。
なんだかご自宅にご招待ということで、気合いれて掃除してみました。いいお嫁さんになれそうです(専業主夫めいて)。
築ウン十年ということだったので、終戦直後に建てられた平屋を想像したんですが、一体それで正しかったんでしょうか。勝手にマイホーム構想うち立ててすいません!
いつも参加いただいてありがとうございます。
現実世界では、困っている人を泊めてあげると、翌朝には家具と貴重品ごと居なくなっているケースとかあるらしいんで、気をつけてくださいね(怖)
ではでは、夏は暑いですが(当然)、身体には気をつけてお過ごしください。

在原飛鳥