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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「あー…ちょうど人手がほしいと思っていたところだ」
草間興信所で、ホームステイ先を探している男がいると聞いて、まず香坂蓮(こうさか・れん)が考えたのは溜まりに溜まった仕事の山である。
幾つあっただろうか。ホームヘルパーとも言える一人暮らしの老人の介護に、犬の散歩。英語論文の代筆執筆に宝石店の警備。便利屋稼業を銘打つだけあってなんだってこなす。
うまいこと仕事の予定を入れたと思ったら、本業である音楽家としての仕事がパーフェクトだった予定表にねじ込まれた。お陰で蓮はてんてこまいである。
そんなわけだから、朝露に濡れない屋根の下を提供する代わりに仕事のひとつや二つを手伝ってくれれば、安上がりだし言うことなしだ。
改めて、ソファに腰掛けた青年を見る。名前は渋谷透というらしいが、それは蓮の記憶にはあまり深く刻まれなかった。
明らかに日本人とは違う顔立ちを見て、「これは使えるな」と思った程度である。
よし、英語論文はこいつに任せよう。
実のところ、渋谷透は外見こそ白人だが、実際には生まれてからこのかた、日本の地を出たことがない生粋の日本産である。牛でたとえるならばパッケージに張られたラベルはオーストラリア産のオージービーフでも、内実は国産牛である。狂牛病が騒がれるこのご時世で、つまり透は売れない肉なのだった。その上白人である透の親は英語圏外の出身なので、尚更英語とは縁遠い。神戸松坂生まれの和牛に対して、透の場合はワンランク落ちる無名の国産牛という感じだ。
それでも白人と見ると英語が出来ると思い込んでしまうのは、英語が国際化されつつある昨今では当然の傾向といえよう。
なにはともあれ、透は普通の人よりもさらに英語が出来ない。それを知らずに外見だけで透の語学力を判断してしまったのは、蓮の不幸である。
「じゃ、おまえ。俺についてこい。寝場所を提供してやるかわりに、色々とやってほしいことがある」
言って、蓮は透を手招いた。

草間興信所を出て、蓮と透は表通りに向かって歩いている。それにつられて、透に憑いている人魂もふよふよと後に続く。まるで糸がついていない風船のようだ。そう考えれば案外かわいいかもしれない。
なんにせよ害はないようなので、蓮はそれを気にしないことにした。害があると分かったら、分かった時点で対処策を考えればいい。とにかく今は、演奏会の前に仕事を片付けることが先決だった。
「掃除は、する方か?」
「うん、結構」
よし、と頷いて蓮は持っていたメモ帳にすらすらと住所を書き付ける。ぴりっとそれを破りとって、透に渡した。
「……誰の住所?」
「仕事先だ。その住所には、一人暮らしのご老人が住んでる。週に一度、お宅にお邪魔して掃除をするんだ」
「へえ、そうなんだ」
他人事だと思っているから、暢気な顔で透が返事を返した。
「お前がやるんだ」
「ええっ、オレが!?」
「世知辛い世の中、タダで誰かの家に泊まらせてもらおうなんて甘い!」
世の中は、働かざるもの食うべからず。動かざるもの泊まるべからず、である。
「そんな。日本人の任侠はどこへいったんだ!」
「俺はやくざじゃないから、そんなものはない」
「あ、そうか。でもワビサビってものがあるでしょう」
「ワサビなら晩飯にご馳走してやる。それより、掃除が終わったら、午後から犬の散歩だ。合間を見て、英語論文の代理執筆を頼む」
「え、英語……」
「おまえ、得意だろう?」
「と、とく、得意って……英語なんて」
なにを隠そう、透は英語の試験がある日には、学校を火事にしてくださいと神様にお願いしていたような男である。テストが帰ってくる日には、恐怖の大王に振ってきてほしいと本気で思った。そんな男に英語のセンスの欠片もあるわけがない。
しかし蓮は口ごもる透には目もくれない。
「サボるんじゃないぞ……おっと」
時計を見た。そろそろ9時半を回ろうというところである。
「それじゃあ、頼んだぞ。くれぐれも失礼を起こして俺の定評を落とさないように。クライエントを逃したら、おまえに損害賠償金を請求するからな」
せめて、せめて英語論文だけは堪忍してくれという透の叫びは蓮の耳には入らなかった。華奢な蓮の長身は、透が止める間もなく、大通りの人ごみにまぎれて消えかけている。後には、途方にくれた透と、哀愁漂う火の玉だけが、ぽつんと残されたのだった。

さて、三つの仕事を透に任せた蓮だが、彼とてサボろうというわけではない。その証拠に、蓮は長身を濃紺の制服に包み、○○警備保障と腕章なぞつけて、都内高級デパートの催し物会場を見回っている。
広い会場にところせましと並べられたガラスケースの向こうには、彩りも鮮やかな大小の宝石が煌いていた。光の加減で虹色に輝くオパール、アレキサンドライト、真珠にルビー、金にサファイア。世界各国の一級品を集めただけあって、その姿は圧巻である。
(これをひとつでも盗んで売れば、都合何年分の生活費になるかな)
などと不穏当なことを考えながら、蓮は警報装置の作動を確認し、不審な人物がいないか目を光らせた。がやがやと人の気配が充満した会場は、いたって平和である。金の掛かった服に身を包んだご婦人・紳士の間に、とりわけ挙動不審な人物がいるわけでもない。
さて、と思い立って、蓮は透に電話をしてみる気になった。突き放してはみたものの、本当に客を失うわけにはいかないのだ。透は携帯電話を持っていないらしいので、老人宅に電話をしてみる。
「はぁい、もしもし、磯野でございまァ〜す」
サザエさん口調で誰かが出た。誰かって、他に誰あろう透である。
「……おい、お前」
「はっ…!!」
まさか蓮が電話をかけてくるとは思わなかったのか、電話の向こうで透が息を呑んだ。そのまた向こうで、カッカッカっと、鳥が鳴くような音を立てて誰かが笑っている。磯野家のジィさんだ。
「余程愉しい時間をすごしているらしいな」
「あっ、あっ。……いやぁ、うん。古今亭志ん朝と志ん生について語ってた」
「落語かよ。それで?犬の散歩は済んだのか」
「ああっ!」
まだらしい。さっさと行け、と電話の向こうを脅しつけた。
老人の飼い犬であるドーベルマンのプチ(プチといえども巨大である)は、大変人見知りが激しいのである。ついでに年を重ねて段々頑固になってきた。時間どおりに散歩に連れていってやらないと、拗ねるわ喚くわで大変なのである。
(まあ、俺が被害を受けるわけじゃないからかまわないんだが)
「あーお前。4時になったら合流だぞ。俺は演奏会があるからな。それまで死なずに頑張ったら、演奏会に招いてやる」
「死ぬの?オレはここで死ぬんですか!」
「運が悪けりゃな。犬に噛み殺されないように気をつけろよ」
すげなく言うと、ええー。でもまあとにかくじゃあ行ってきます!と声を残して、透は電話を切った。案外図太い性格である。

夕方の四時。夏の日は長く、見上げた空はまだまだ薄い青色をしていた。遠くビルに隠れた空の向こうだけが、薄桃色に染まっている。
あろうことか、人通りの激しいこの街中に、透はプチを引き連れてやってきた。元々ほつれが目立ったシャツは、見事に引き裂かれてさんさんたる有様である。
「どうした、暴漢にでも襲われたか」
「いや、暴漢にも痴漢にもあわなかったけど、敢えて言うならプチに押し倒されて」
ついでに土手を転げ落ちたらしい。言われてみれば、破けた服には芝生や泥まで付着している。
「それにしても、ずいぶん長い散歩だな」
磯野家に電話を入れてから、2、3時間は経過しているのではないだろうか。プチが帰りたがらなくてさ、と透は頭を掻いた。いいように犬に振り回されているようだ。
ふと足元を見ると、プチは相変わらずの凶悪な顔で、透の脇に座っていた。さすがに疲れたのか、今は透を困らせることもなく、大人しくしている。蓮にさえ、大人しくしているところを中々見せない犬である。珍しいこともあるものだと、しばし感心した。
「ウゥ―ッ」
プチが鋭い歯をむき出しにして唸ったのは、そんな時だった。
「どうした……?」
プチは大人しい犬ではないが、今のように突然唸り出すようなこともなかった。透が落ち着かせるようにプチの首筋を撫でているが、相変わらず、プチは威嚇するように喉を鳴らすのを止めない。
その目は、蓮の背後、どこか一点を見つめている。
「一体なんだというんだ……」
プチの視線を追って背後に目をやった蓮は、そこに静止していた赤いものと目があって凍りついた。
人が行きかう大通り。その向こうに控える、ビルとビルの狭い谷間だ。
そこに、赤い光が覗いている。白目もなにもない、ただ真っ赤で、暗闇に輝く目だ。それが目だということは、僅かに楕円形にカーブしたその形で想像できた。
瞬きもせず、一対の瞳はじっと透の方を見つめている。
とうとう、プチが吠え出した。改めて透を見れば、その周りでは今までふわふわと透の後をついてくるだけだった人魂が狂ったように飛び回っている。
プチは激しく吠え立てている。道行く人たちがなんだなんだと顔を向け、プチの凶悪な顔を見てはぎょっとしたように足早に通り過ぎていく。
赤い瞳が、ぱちりとゆっくり瞬きした。
ゆっくりと赤い色が狭くなっていき、もう一度カッと見開かれた。
ビルの隙間で、闇が動く。
ガン!と何かを蹴散らす音をさせて、赤い瞳はビルの谷間を去っていった。
後にはなにも残らない。
ゴロン、ゴロンと、ビルの谷間のずっと遠くで何かが倒れる音だけが、長い間響いていた。

赤い瞳は、今でもまだ蓮の脳裏に焼き付けられている。そこには怒りも憎悪も、感情らしいものはうまく読み取れなかった。ただまん丸に近い赤い円が、黒い闇に浮かんでいただけである。
なのにそれはひどく不吉で、まがまがしい感じがした。動物ではなかった、と感覚が伝えている。
闇の中で動いたそれは、確かに二本足で動き、だが人の数倍はあろうかという巨大な体躯を持っていた。
「鬼……なんて」
赤鬼青鬼なら聞いたことはあるが、赤い目の鬼なんていただろうか。
おとぎ話と照らし合わせるのも滑稽な気がしたが、自分の記憶に「赤い目の鬼」が居ないのを確かめて、ほっとする。
「……まさか、な」
東京の、あんな人目のつく街中だ。
見間違いだと無理に自分を納得させて、蓮は透をせっついた。
泥だらけになった彼にシャワーを浴びさせて、着替えさせて、そうすればすぐに演奏会が始まる時間だ。

□―――REQUIEM Op.48
照明が落ちると、ざわついていた人々が水を打ったように静かになった。
細く続いていた人の話し声が途切れた瞬間、絶妙のタイミングでオルガンが鳴り始める。
透明感のある音楽が会場を流れ、満たしてゆく。ヴァイオリンを構えた蓮は瞼を閉じ、その音の豊かな奔流に身を任せた。薄暗い室内の効果も手伝って、静かな教会に居るような気分にさせられる。
レクイエムを知らない者でも、紡ぎ合う音で荘厳な気分を味わうことが出来るのだ。
永遠の平安を死者へ与えてください、と音楽は謳う。モーツァルトの重厚な音とは異なり、蓮が奏でるフォーレのレクイエムは柔かい。静かな会場を、さざなみのように賛歌で満たした。
つつがなく演奏は進み、舞台だけが照明に照らされた会場は世界から隔絶された特別な空間を作り上げる。人が聞き入っているのを、空気で感じた。染み入るように、音楽は人の心へ、空間の隅々まで満ちていく。
聖なる都イエルサレムに導いてくださいと、音楽を奏でることで人は祈る。
幸いは主の中にあると、穏やかに、柔らかに讃えるのだ。
デクレッセントで曲が終わり、会場は途端に賑やかな拍手に見舞われた。
それすらも、まるでレクイエムの続きのように、どこか優しく静かに響いてくる。
舞台から見た観客席の片隅で、透は膝を抱えてじっとしていた。 その身体から、ふわり、ふわりと蛍が飛び立つように、柔らかな光が天へと上っていく。暗闇で表情までは見えなかったが、透は時折、指で目を拭っていた。
「泣いちゃうんだよね」と、彼は後で照れくさそうに笑った。
「幸せだけど寂しくで、オレはいっつも泣いちゃうんだ」

余談だが、透が書いた英語論文はあっさりと蓮に却下を喰らった。
「English Noble Familyについて書けと言われているのに、マーブルチョコのなんたるかを書いてどうする」
と、蓮は情け容赦なく透の頭をすっ叩いた。
無論、文法、熟語スペリングにいたるまで、ことごとく間違いだらけだったのは言うまでもない。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 ・1532 / 香坂蓮 / 男 / 24 / ヴァイオリニスト(兼、便利屋)

NPC
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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始めまして〜!そして遊んでいただいてありがとうございます。
とんでもなく話は飛びますが、賛美歌は良いですな〜。一時期グレコリアンチャントなんて流行りましたね、そういえば。癒し系の走りだったような気がします。なんというか、歴史に乗って脈々と流れる感じが大好きです。
ところで、あまり詳しくない俄か勉強の知識だったので、「やべえすげぇ勘違いしてるよこいつ」とか思われたらすいません。きっとお察しの通り何も分かっていないので…!
あまりにこれは目に余ると思ったら、苦情でも非難でも気軽に送りつけてやってください。教養つけて出直してきますので!
ではでは、書いていてとっても楽しかったです。
参加していただいてどうもありがとうございました!!

在原飛鳥