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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


Black hero 

ことのおこりは、一通の分厚い封筒と一緒に送られた手紙。
書き出しはこんな言葉で始まっていた。

「僕は、恐ろしいものを生み出してしまいました。」

僕は、ごく普通の中学生です。
スポーツも得意でなく、頭も特に良くありません。
ただ、文章を書くのが大好きで、いろいろな空想や思いを
小説にしていました。小説の中でなら、僕はヒーローになれたから。
でも、現実の僕はいじめられっこで、毎日いろんないじめにあっていました。
そんなある日、僕は「彼ら」にいつものようにいじめられ、なぐられカバンの中の大事なフロッピーを壊されました。
その中には僕が書き溜めていた小説が入っていて…。

僕は、それが許せなかった。
だから、家で彼らを懲らしめるヒーローのお話を書きました。
いじめっ子を絶対に許さないという信念を持つ男。
夜の闇に潜む、絶対に逃げられない夜の戦士。
「ダークヒーロー ガイアス」

そしたら、翌日、彼らが誰かに襲われて重態だということを学校で聞いたんです。
僕は少し、うれしかった。でも、詳しく聞いて驚きました。
僕の書いた話とそっくり同じだったから。
おまけに犯人はこう名乗ったと言っていました。
「わが名はダークヒーロー ガイアス」

家に帰ってみたら、そのガイアスの話には、僕が書いていない続きが出来ていました。
「この世の中のいじめっ子という名の悪魔をすべて懲らしめるまで私の戦いは続く…。」

次の日の新聞にガイアスと名乗る男に闇討ちされた、僕の知らない少年たちが重症だといういう記事が載っていました。
次の日にも…、また次の日にも…。
そのたび、ガイアスの話は、僕の知らないところで作られていきます。
小説には、いじめられた少年達の苦悩や、ガイアスの思いも綴られていました。
「いじめる人間にはいじめられた相手の思いは解らない。」
それは、正に僕の気持ちです。ガイアスは僕の分身だと思いました。

でも、このままガイアスを放っておいたら、いつか、誰かを殺してしまうかもしれない。
例えいじめっこであろうとも、僕の書いたものが、僕の分身が誰かの命を…。
それが、僕はとても怖いのです。

どうか、僕の話を信じてください。
そして、ガイアスを止めてください。

「ねえ、どう思う?この手紙。嘘にしては出来すぎると私は思うの。
実際、少年狩りの事件が最近連続して起きているし、同封されてきた小説はそれと一致する。
彼がそれをモチーフに書いたとも考えられるけど、それにしては内容が詳しすぎるわ。
犯人自身しかしらないようなことも書かれている。
彼自身が犯人か、それとも…。」

碇編集長が逃がした言葉の意味を彼らは理解した。

「この文章はかなりなレベルだし、いじめに苦しむ少年の気持ちがよく表されている。
もし、可能ならこれを掲載してみたいくらい。だから、お願いするわ。」

この事件の調査を、そして解決を…。

資料を受け取り、立ち上がるのは誰だろうか…。


青白い顔、細い腕、ビン底のような眼鏡。どこにでもいそうな少年。
それが彼への第一印象だった。

待ち合わせの場所に現れた少年は、カバンを抱いて、おずおずと、小さくお辞儀をした。
「あの…、碇編集長さんという方からここに来るようにと言われたんですけど…。」
三人の顔を心細げに見つめる少年に、彼らは小さく頷き、中で唯一の女性が優しく笑いかける。
「始めまして。私は綾和泉汐耶と言います。こっちが鳴神時雨さんで、彼は雪ノ下正風さん。碇編集長に頼まれて、やってきたの。話を聞かせてもらえるかしら…。」
彼女の紹介に合わせて時雨は黙って会釈した。ふと、気付く。
少年は動こうとしない。硬直したように立ったままだ。
「どうしたの?」
汐耶が顔を覗き込むように声をかけた。少年の肩が小刻みに震えている。
「本当…だったんだ。本当に、来てくれるなんて。誰かが…僕の話を聞いてくれるなんて…。」
「キミ…」
「今まで、誰も僕の話を聞いてくれなかった…。誰も信じられなかった…。ごめんなさい。僕…」
瞳に大粒の涙を浮かべながら、少年は呟いた。それは、誰に向けられた言葉かは解らない。
彼らへか、周囲の大人たちへか、それとも自分自身へか…。
時雨は立ち上がると、少年の肩をポンと叩いた。
少年の顔が頭一つ以上違う彼の顔を見上げる形になり、雫が頬を滴り落ちる。
「その年で、人間不信になるには早すぎるぞ。」
感情の無い無表情な顔、声。だが、そこに秘められた不思議な、言葉の奥の何かに少年はこくりと頷く。黙って見守っていた汐耶と正風は肩をすくめて、小さく微笑んだ。

「僕は、西尾勇太と言います。」
少年、勇太は涙を拭くと、改めて3人に頭を下げた。
そして、カバンの中からモバイルパソコンを取り出すと、電源を入れる。
中学生がなぜモバイルを。そんな目をしていた訳でもないだろうが、三人の顔を見て勇太は俯いた。
「僕の両親は会社を経営していて、とても忙しいんです。お金や物には不自由しないようにしてくれるけど、いつも僕は一人でした。パソコンと自分の書く小説のキャラクターだけが僕の友達でした。」
「現実の、友達はいないの…?」
汐耶の問いかけに勇太は頭を振る。その顔はどことなく寂しげだ。
「友達、と言える人物はいません。みんなライバルか、空気か…敵。そう思ってました。僕は小学校の頃からずっといじめられっ子だったんです。」
勇太はまだ何も映っていないディスプレイを見つめる。暗いそこにまるで辛い過去が映るような気がしてならなかった。
最初は大した理由は無かったと思う。
多分、外の子達より、ほんの少し整った服装をしていただけだったと。
最初に一本鉛筆が無くなった。やがて、消しゴムが、ノートがカバンから消える。でも、勇太はそれを誰にも言わなかった。何が消えても、勇太のカバンの中身はすぐに元へと戻る。ある日、一人の
少年のカバンから勇太のものと同じ消しゴムがこぼれ落ちた。勇太は黙って拾って少年へと返す。
赤くなる少年。今、思えばそれがいじめのスイッチが入った瞬間だったのかもしれない。
「僕だけ、プリントを貰えない、ノートにいたずら書きをされる、そんなことは日常茶飯事です。
給食をわざと膝にこぼされたり、腕に鉛筆を突き立てられたり、中学校に入ってからはクラスのみんなから無視されて、そのくせ、お金や物をたかられたりしています。お金を出せないと言うと、万引きしろ、盗んででも持ってこい。そう言うんです。」
「先生とか、親御さんには相談できないの?」
淡々と話していた勇太は、汐耶の質問に表情を変えた。
「先生?証拠が無いと言って話なんて聞いてくれませんよ!友達も助けてくれない。両親の顔なんてここ数ヶ月見てないくらいです!」
堰を切ったように話す彼の勢いは止まらない。
「だいたい、いじめっ子なんて甘いもんじゃない。暴行!恐喝!窃盗!それをいじめなんて言葉でくくるのはおかしいんです。
反抗しようとしても、1対多数。あっと言う間にボコボコにされて、さらにエスカレートする。もう、僕達のようないじめられっ子が逃れるためには転校するか、遺書を残して自殺するか、それしか無いんですよ。それをした子も少なくない。でも、そうしたら、また誰かが新しくいじめの的にされる。ずっとそれの繰り返し…。」
大人たちは、何も言わず、彼の独白を聞いていた。
抵抗する手は相手には届かない。自分の痛み、苦しみを、誰も気付いてくれない。
現在の「学校」の病理。その縮図がここにある。
「僕が犯罪に逃げず、自殺もせずにすんだのは、たった一つ心の支えがあったからです。」
彼の目を落とした先には、小さなモバイルパソコン。そして、その中に広がる異世界への扉。
「この中で、僕はヒーローになれました。異世界を旅できました。現実にできないことをできる世界を僕は知っていたから、我慢できたんです。でも…。」
ここからの事情は手紙にもあった。そう、ここからが本題なのだ。
「僕のたった一つの生きる世界を奪われて、僕は始めて怒りを叩きつけて小説を書きました。こうなればいい、僕の代わりに奴らをやっつけて…そんな気持ちで書いたのが、ガイアスだったんです。」
「ここに書いてある名前は実名なの?」
「はい、ガイアス以外は全部、僕の周りのことです。地名も、学校も相手も…実名です。」
僕が書いた部分も、新しく書かれた部分も…。勇太は俯いた。
ふと、今まで、黙って原稿を読んでいた正風が、顔を上げた。
「俺も同じ位の頃は髪の色とかお袋が魔女だとかでいじめられたからな。男女問わずいじめた奴ら殴りまくって、又いじめられて、また殴りまくっての繰り返しだったぜ。
今の方が陰険かもしれないが、昔っからそういうのは変わらねえんだ。」
バサバサッ。
正風が紙の束を勇太に向けて放った。
それが自分がアトラスに送ったガイアスの原稿であることに気付きかあっと顔を赤くする。彼にとって書くことは自分の世界に閉じこもること。人に読まれることは、今まで正直考えていなかったのだ。
「読ませてもらったぜ。確かに気持ちはわかるが明かに間違ってる!それを教えてやる。」
それだけ言うと、彼は立ち上がった。さっさと歩き始める正風を汐耶が、追う。
一人ゆっくりと立ち上がった時雨は、勇太の頭に手をやった。
「ガイアスを倒したいのなら、俺達にも出来る。だが、本当に止めたいのなら、おまえ自身が来ないと意味は無い。どうする?」
原稿を抱えて、勇太は何かを思った。ぎゅっと唇を噛み、立つ!
「行きます!」
カバンに原稿と、パソコンを入れなおし、準備をする勇太を時雨はポケットに手を入れて黙って待っていた。

さて、歩き出したものの、彼らはどこで、何をするべきかしばし考える必要に迫られた。
ガイアスの出現場所は都内ではあるが、完全にランダム。どこに、どういう基準で出るのか。
それが解らない。小さな公園で、彼らは頭を捻らせた。
「私に一つ、案があるんだけど…」
汐耶がそう言い掛けた時である。
「お〜〜〜ほほほほっ!!!!」
周囲の空気が揺れたように感じて彼らは顔を上げた。
どこからともなく現れたスモークと共に、突然女王様とお呼び!とでも続きそうな甲高い笑い声が響き渡る。
「だ、誰だ!!」
時雨と、正風が、勇太と汐耶を背に庇うように立ちふさがる。
「誰だ!と聞かれたら、答えてあげるが、世の情けですわ。(ちょっと違う…。)」
そう言うと煙の中から、ゆっくりと一人の少女が姿を表した。黒いマント、甲冑をとボンデージを足して二で割ったような妖艶な衣装。まるでどこかの戦隊ヒーローに「悪の女幹部」と言った出で立ちだ。
「私は、麗しの巫女、みその。あなたの、そうあなたの本性を抉り出すためにやってきたのですわ!!」
いきなり勇太に向けてみそのはビッ!と指を指す。
「ぼ、僕ですか!!」
突然向けられた矛先が向けらた矛先に勇太は、戸惑うように首を振る。
正風は勇太に向けて飛び出そうとするが、それを時雨の固い手が制した。汐耶も動かない。
勇太とみそのは1対1で向かい合うこととなった。
「あなたは、どうしてガイアス様を消し去ろうとするのです!!ガイアス様のしていることは
あなたの望みなのではないのですか!!」
「!」
言葉を返すことができないでいる勇太においうちをかけるようにみそのはうっとりした言葉で続ける。
「あなたの望む通り、ガイアス様はいじめを行う犯罪者たちを懲らしめた。あなたや弱いもの達はもういじめを受けることが無い。すばらしいことではありませんか。普通の人間には、いえ、黙っていれば誰にもあなた関係しているなどとは解らない。またいじめられる事を考えれば
このままの方がずっと世のため、人のため。どれが解りませんの?」
ぐさり、みそのの言葉、一言一言が勇太の心に文字通り突き刺さる。そして、それにあわせるように周囲のスモークが勇太を取り巻いていく。足を、手を縛るように…。
沈黙を続ける勇太にみそののとどめの言葉が飛んだ。
「本当に止めたいのでしたら、その"ふろっぴー"を壊せばいいのではないのですか? 本心ではこのまま"ひーろー"が殺してくれるのを待っている理由に誰かを頼ったのではないのですか!!」
「違う!!僕は、そんなこと望んじゃいない!!」
勇太の悲鳴にも似た叫びに、みそのは小さく身体を引いた。勇太は顔を上げて真っ直ぐにみそのを見る。
「確かに、僕はいじめっこなんかいなくなればいいと思った。今だってそう思ってる。
でも…あいつらは解らないかもしれないけど、人を叩くのは、叩かれるよりももっと痛いんだ…。」
身体に小さな震えが走るが、視線は揺れていない。勇太はまっすぐにみそのを見つめた。
「ガイアスが、他人を傷つけたときに解った。例え、誰が知らなくとも僕が知っている。僕が
他人を傷つけたことを。ガイアスは、僕の強さと、弱さ、そのもの…。だから、止めたいんだ!」
「それは、良心とかいうどうでもいい理由かしら。」
ふっと笑みと共に浮かべたのは嘲笑か、それとも…。
「きっと…違うと思う。さっきまでは、正直結論は出せなかった。フロッピーも消せなかった。怖いけど、ガイアス以外、パソコン以外、僕を助けてくれる人なんて、いないと思ってたから。でも、僕を信じてくれる人がいるって、解ったとき、僕は思ったんだ。自分と同じ思いを人にさせたくないって。それは、多分、自分の、自己満足のため。それじゃあ、ダメなのかな。」
「ダメじゃ無いさ。それでいい。お前は、強いな…」
ポン、後ろから時雨がまた勇太の肩を叩いた。
「もういいだろう。こいつは、ちゃんと答えを出したぞ。」
声に答えるかのように、スモークは一瞬で喪失し、その中からみそのが静かに彼らのほうに歩み寄ってきた。
「私のこと、ご存知でしたの?」
見上げるように自分を見つめたみそのに、時雨は首を振る。
「いや、だが、編集長は四人に依頼すると言ってたから四人目かな?と思ってな…。」
それに答えず、みそのは正風、汐耶、そして勇太に優雅にお辞儀をした。
「海原みそのです。面白い答えを頂きました。微力ながらお手伝いさせて頂きますわ。」
「勇太。今ので答えは出ただろう。ガイアスに頼る必要はお前にはない。お前は自分の意思で道を決められるんだからな。」
時雨の言葉に、勇太は目を見開いた。時雨が、汐耶が、正風が、そしてみそのが微笑んでいる。
自分は、一人じゃないんだ。
「…はい。」
流れる涙を服の袖でぬぐって、勇太は小さく頷いた。

「後は、ガイアスをなんとかするだけだな。」
正風が顔を上げた。あとはガイアスと直接対決すればいい。
一番心配だった勇太の心が変わったのであれば、ガイアスが二度と暴れることは無いだろう。
「それについて、私からの提案があるの。」
さっき、言葉を切った汐耶が話を持ち出す。
「ガイアスの続きを勇太君が書いたらどうかしら、例えばここにガイアスが現れるって。」
「!」
「勝手に動いているのなら、素直に消えてはくれないでしょうけど、対決することができれば…」
「ああ、なんとかできるかもしれない。」
目の前に敵が現れれば、なんとかできる自信はある。時雨の言葉に探偵たちは頷いた。
汐耶は勇太の顔を心配そうに覗き込む。
「どう、勇太君。できる?」
カバンからディスクを取り出し、勇太はそれを見つめた。自分の手から離れてしまったようで怖かった小説。でも…。
自分の周りを見る。腕組みをした時雨、正風、みその、汐耶。自分は一人じゃない。
「僕が、やらないといけないんですよね。やります!!」
もう一度カバンからモバイルを取り出し、電源を入れ、ディスクを挿入した。
呼び出された画面にガイアスのストーリーが広がっていく。
大きく深呼吸すると、その最後の行に向かって勇太は新たな文章を打ち込んだ。
「ガイアスは、今、僕らの前に、その姿を表した…。」
グオ〜〜〜ッ。
雄叫びのような、低く、深い声が木々を揺らし、響きわたる。膝のモバイルを抱きかかえる勇太と、彼らの前に立つ四人の前に、ブラックホールのような深淵の闇の奥から黒い人影がゆっくりと姿を表した。
漆黒の甲冑、黒いマント。そして、兜の奥に輝く漆黒の闇。
「わが名はガイアス。この世に存在するいじめと言う卑劣極まりない犯罪を裁き断罪するもの。」
感情の篭らない声に、場数を踏んできた探偵たちも背筋に軽い何かが走るのを止めることができなかった。
「何故にそなた達は我の前に立ちはだかる。我は間違ってはおらぬ。何故…」
「いや!間違っている。お前はな。」
最初に動きを見せたのは正風だった。一歩前に立ちガイアスに向かってビッと指を指す。
「相手がいじめっ子だからっててめーより弱い奴ボコったらてめー自身もいじめっ子なんだよ。確かに、いじめっ子には痛みを知らせてやらなきゃならねえ、と思うときもある。だが、それは
人間同士でやらなきゃ、意味がねえ。人間を甘やかすヒーローはいらねえんだよ!」
「我は…、我は…。」
ガイアスは戸惑ったように、頭を抱え、うめく。本来なら無敵のガイアス。だが、彼の能力は限定されていた。
「いじめっこへの断罪」創造主勇太がかけた鎖。
探偵たちはいじめっこでは無いので攻撃できないのだ。
さらに、存在意義を否定されたガイアスは、すでに何も出来ないと同じ。動きを止めていた。。
「消え去れ、地龍咆!そして鬼哭破裏拳!!」
「ぐあああっ!!」
正風は、地面に気を流し軽い地震を起こしてから奥義を放った。
とどめに、時雨がブレイカーアームの破砕拳を喰らわせる。
ガイアスは、それを避けることも逃げることもせず、全身でそれを身に受け倒れた。
「終わったか…!?」
ガイアスは、よろよろと立ち上がると、勇太の方に一歩、一歩と近づいた。
「勇太君。」
「勇太…。」
時雨と、汐耶が促す声に、頷くと勇太もガイアスのほうへゆっくりと近づいていく。
「主よ。我が努めは終わったのか…。」
「ごめんよ。僕が間違っていたんだ。君は悪くない。でも、ここにいてもいけないんだ。大丈夫。僕は、僕らは大丈夫だから。戻ってきておくれ。」
「ああ。我がいるべき世界へ戻ろう。」
ガイアスがパソコンにそっと手を触れると、黒い光がぱあっと舞い上がった。そして、身体はまるで溶けるように崩れていき、塵となり、吸い込まれていった。パソコンと勇太の中へと…。
(僕のヒーロー)
ぎゅっとパソコンを抱きしめた勇太の頬にまた雫が光る。。
「書き直してあげましょう。懲らしめて終わらせるのではなく、思いやりを持つ本当のヒーローに…。」
そっと勇太の肩に汐耶は手を置いた。暖かい手、思い。
「はい。」
勇太は小さく、でもはっきりと返事をした。

「逃げられませんわよ。」
感動のシーンの少し横で、今にも逃げようとしている黒い影。その前にみそのは立ちはだかった。
背後には時雨、横には正風。影が、影たちにもし顔があれば、ぎょっとした怯えた表情を見せたことだろう。
口々に彼らは訴えた。影に幼さを残す少年少女の顔が浮かんでは消える。
(僕たちは、助けて欲しかっただけなんだ。)
(苦しかったの。辛かったの。)
苦いものを口に噛み締め、でも正風はきっぱりと言った。
「お前達の気持ちも解る。だが、自分の命を、運命を投げ捨てちまった奴にはもう俺たちは何もしてやれないんだ。」
(生きる世界を失った悲しい奴ら…。)
時雨も何かを思って、彼らを見つめる。それは、どこか行き場を無くした自分自身にも似て…。
「せめて…眠れ…!!」
正風の地龍咆と、時雨の重力制御で影たちは一種の力場に封印される。それにみそのが静かに近づくと符を胸元から取り出した。流れる影たちの気を読み取って力を発する。
(僕たちも、あなたたちのような人と出会いたかった…。)
彼らが消えていった瞬間、勇太は顔を上げた。
誰かの声が聞こえたような、そんな気がして…。

「なるほど、あの少年。勇太君だっけ。ガイアスは彼が生み出した心のヒーローに霊たちが取り付いたものだった、という訳ね。」
碇編集長は報告書を読み終えて顔を上げた。腕組みをしたまま時雨は頷く。
「ああ、自殺したいじめられっ子たちの霊に利用されていたんだろうな。勇太自身が、架空のヒーローに頼らず前を向いて歩く決心をしたことでガイアスの存在する意味は無くなった。それによって媒介を失った霊たちは行き場を失い…。」
「こうなったのですわ。」
吸引符をヒラつかせてみそのは笑う。今は、いつもの黒い巫女装束だ。
珍しく、時雨が茶々を入れる。
「あの服の方が似合っていたんじゃないか?」
「うるさい!ですわ。」
漫才のようにかけあう二人から編集長は符を受け取ると灰皿の上でボッと火をつけた。
「哀れなものね…。」
炎は符に駆け上り、ゆっくり、静かに消えていく。封じられた霊たちの力と共に…。
(死しても安らぎを得られない悲しいものたち。いつか彼らに安らぎのあらんことを…)
顔を上げた彼女は二人に笑いかける。
「お二人ともお疲れ様でした。で、正風さんと汐耶さんは?」
「ああ、彼らなら…。」

「いいか、自分の運命は自分で切り開け!」
「はい!!」
道場で、正風は勇太に言い放つ。それを受け止めて勇太も真っ直ぐな答えを彼に返した。
戦いのあと、正風は勇太と約束したのだ。発剄の技を教えてやる。と。
以後、勇太は正風の押しかけ弟子のような形で彼の元で学ぶようになった。
自分と同じ、悩み苦しみを乗り越えてきた者だけに勇太は彼を素直に尊敬しているようだ。
そんな二人を汐耶は笑いながら見ている。
彼女は文章指導担当。勇太に豊富な知識で文章の書き方のコツを教える約束だ。
「傷の痛みを知っているからこそ、あなたは、それを伝えることができるはずよ。」
汐耶のことばに勇太はまっすぐな瞳で頷いた。

弱さを抱きしめ、強く、前を向いて歩く勇太。
彼をいじめる者は、いじめられる者はもう、誰もいない。

それからしばらく後、アトラスに新連載が掲載された。
「ダークヒーロー ガイアス」 西尾 勇太
碇編集長と正風、汐耶の指導の元、今回の事件を勇太がまとめたフィクションのようなノンフィクションである。
その年、ティーンエイジャーたちの話題を良しにつけ悪しきにつけ攫い、現実の事件といじめを取り上げた問題作と言われることになるその文章の冒頭はこう飾られていた。

「ガイアスが存在しなくてもいい世界を目指して…。
4人の恩人に心からの感謝を。」

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■   登場人物                  ■
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【0391 / 雪ノ下・正風 / 男 / 22歳 / オカルトライター】
【1323 / 鳴神・時雨  / 男 / 32歳 / あやかし荘無償補修員(野良改造人間) 】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13歳 / 深淵の巫女】
【1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 / 司書】

NPC 西尾 勇太 男 14歳 中学生

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■         ライター通信          ■
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ライターの夢村まどかです。

今回は、私の東京怪談 初仕事にご参加くださりありがとうございます。
3人でスタートの予定でしたが、最後にご参加くださった汐耶さんの「続きを書く」ということが重要なキーワードだったので、四人での作品となりました。
みそのさんの、コスプレでの脅迫?は勇太に自分と向き合うきっかけにさせて頂きました。期待に添える答えでしたでしょうか?
正風さんは、同じいじめの苦しみを知るものとして、勇太の支えになってくれたようです。感謝いたします。
時雨さんは、行動は地味ながらも、要所要所で大事な役目を持って頂いたと思っております。

勇太のいじめ体験などは、かなり実体験に近いものがあります。
そのため、かなり表現に感情や思いが入ってしまいました。
でも、勇太が皆さんに救われたように、誰かが一人でも助けてくれれば彼らもきっと前を向いて生きていける。そう信じています。

東京怪談ではティーンエイジャーを取り巻く環境や病理、学校の怪談など、学生周辺の話など主に書いていこうと思っています。

次の機会がありましたら、まだどうぞよろしくお願いいたします。
今回はご参加ありがとうございました。