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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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路頭に迷っている男を一人預かってくれと、いつも怪奇な仕事ばかりこなしている探偵が草壁鞍馬(くさかべ・くらま)に電話をかけてきた。探偵家業とはかけ離れているとしか思えない、ボランティアみたいな話である。
本来ハードボイルドを目指しているはずの男が、何が楽しくてホームステイ先の紹介業になど手を出したのか。内心で首を捻りながら、鞍馬は草間興信所にやってきた次第であった。
草間の隣には、日本人離れした顔立ちの青年が座っている。鞍馬より幾つか年は上のようだが、どこかぼーっとした奴だ。明らかに外人っぽいのに、名乗った名前は渋谷透(しぶや・とおる)。太郎とか次郎とか五右衛門とかいう名前よりはしっくりくるが、この場合トムとかジョンとか呼んだほうが似合っている気もする。
それはともかく、こうしてはじめて透と顔をあわせてみて、鞍馬はなんとなく納得した。やはり草間は怪奇探偵である。本人が何を主張しようと希望しようと、やはり怪奇と草間は同列に語られるべき存在だった。
「蚊よりはいいよな。刺されたりしないから」
透の周りを取り巻くようにふわりふわりと円を描いている拳サイズの光を眺めて、鞍馬はしみじみと呟いた。人魂である。白い光は草間興信所の雑然とした室内に、所狭しと漂っているのだ。
薄い光は若い女性の顔になったり、老婆の顔に見えたりしたが、それさえ気にしなければ幻想的と言えなくもない。万事に対して鷹揚というか神経が太い鞍馬は、その程度の感想を抱いただけで、すぐに人魂から興味を逸らした。
「仕事ってことなら、ちゃんと金はもらえるんでしょうね?」
「いや……身体で払ってもらうということで」
「労働力は、俺間に合ってるんですけどねー」
何せ鞍馬は、人気が出てきたとはいえ、事務所に所属せずに働くインディーズバンドのボーカルである。事務所に所属していないということは生活の保障もないわけで。
つまり金は出るところから出してもらわなくては割に合わない。
「まさか、タダ働きさせるために俺をここまで呼びつけたわけじゃないっスよね?」
ぐい、とばかりに手のひらを上に向けて、草間の前に突き出した。
何も乗っていない手のひらをじっと見つめていた草間は、やがて諦めたようにため息を吐く。
「元々金がないから俺のところまで流れてきたんだ。そんなには出せないからな」

草間の財布から雀の涙の報酬を受け取って、鞍馬は透を自宅に連れて帰った。自作のパソコンだの、ギターだのが壁に立てかけられて並んでいる部屋である。ハードとファンを新調したパソコンは、フローリングの床で静かな音を立てていた。その傍らには、古くなって放置されたメモリーカードにサウンドカード。そこはさすがミュージシャンとでも言うべきか、床に置かれたスピーカーが合計8台、部屋にちりばめられてクオリティの高い音を提供するのだ。
「あ、お前適当に座っとけよ。酒飲むか?」
冷蔵庫を開ければ、6本ひとまとめに買ったコーラとビール。あとはお情け程度の食材がだだっ広い冷蔵庫を占拠している。冷蔵庫の中の食材は、一人で立てこもりを続けるテロリスト犯罪者の趣だ。
鞍馬の問いにうなづいて、透は冷蔵庫の側までやってきた。鞍馬が差し出した缶ビールのプルタブをすかさず空けて、一人で乾杯して缶に口をつける。
口についた泡をぬぐいながら、透は冷蔵庫を覗き込んだ。
「手伝うよ。晩飯は?」
「あー腹減ったな、そういえば」
オレが作るよと気軽に応じて、透は機嫌よく台所に立った。立った瞬間歌い出した。
「あらこんなところに牛肉が!タマネーギタマネギあったわね」
「いやァおまえそれ古いよ」
10年以上前のコマーシャルである。ハッシュ・ド・ビーフ。しかも鞍馬の家に牛肉はない。タマネギもない。
あるのは芽の生えかけたジャガイモだけである。
「ハッシュドビーフっ、こんなにおいしくできちゃった」
「できてねえ。つーか材料見つけて5秒と経ってないだろ!」
鞍馬のツッコミはどこ吹く風で、透はフライパンに油を満たした。
「透ちゃんの〜〜〜、お料理クッキング〜〜〜〜〜〜」
「しないでいいっつの!」
キッチンドランカーよろしく、二人でワイワイやりながら作ったのはフライドポテトである。まあジャガイモしかないのだからハッシュドビーフは作れない。具をジャガイモだけにするとしても、デミグラスソースがない。ハッシュドビーフがなかろうが、フライドポテトは酒のつまみにはちょうどいいので、鞍馬も透も細かいことは気にしなかった。
ビール片手に揚げたてのフライドポテトを取り巻いて、まあ男二人だからいい雰囲気になるわけもない。かわりに打ち解けた雰囲気になると、ビールの空き缶はどんどん増えた。
「いいかぁ、渋谷。俺の生まれた村ではな…」
「村!村なの。田舎だ」
「ちゅーか、遠い異国の地で生まれ育ったお前こそ、郷里(さと)に帰れば究極のイナカッペ大将じゃねえか!」
「うん。納豆にな、ネギを入れて食べると美味いんよ」
「話を逸らすな。ネギは風邪を引いた時に首に巻くといいんだぞ」
酔っ払っている二人の会話は噛み合っていないというか成立していない気もするが、それも酔っていれば許されるのである。
時間が経つごとに増えていくビールの空き缶に取り囲まれて、二人の夜は更けていく…。

メラ、と空気を揺らす音を聞いた気がして、鞍馬の意識は眠りの浅瀬から浮上した。なんだ今の音は?と鞍馬は少しずつ引いてゆく眠りを名残惜しく追いかけながら考える。
鞍馬の目は閉じたままだ。部屋の電気は消えているから、瞼の向こうは真っ暗だ。窓から差し込む街明かりが、僅かに部屋を照らしているだけである。
ボッ、と微かな音がまた聞こえた。
ああ、火が点る音だと、ようやく眠っていた鞍馬の頭は考える。
暗闇の中に火がうかぶ。まぶたの向こうも、心なし明るくなったような気がした。
「……火!?」
一気に意識が覚醒した鞍馬は、かっと目を見開いて飛び起きた。酒を飲みながら眠ってしまったのだろう。少し離れたところでは、透が転がってかーかー寝息を立てている。
部屋の中は相変わらず薄暗かった。予想していたような赤い色はない。ひたすらに青白く、インテリアがぼうっと照らし出されている。
街明かりが照らし出すにしては、部屋の中は青白く明るい。鞍馬はぐるりと首を回した。
青い光に照らされたコンピューター、ギター。散乱したビールの空き缶。
そして、カーテンへと視線を投げる。
そこに、火があった。
ぽつりと灯った火である。それが、まるで熱のない炎のように、カーテンのところどころに燻っていた。青というより、その中心は紫に近い。
「火事だ!!」
思わず叫んだ。ボッ、ボッと鞍馬が見ている前で、つぎつぎと紫の炎は飛び火していく。
ようやく気がつけば、今まで透の周りをゆらゆら漂うだけだった人魂が、天井で狂ったようにぐるぐると踊っていた。
ダンと床を踏みしめて、鞍馬は壁に並べられている機械とギターに駆け寄った。
火が移ってはたまらない。燃えそうなものは、床に投げ捨てるようにして機械の側から取り除いた。
「おい、渋谷!起きろよ。火事だ!!」
今や鞍馬の部屋は、紫がかった青い光に、はっきりと家具の輪郭が見てとれるほどに明るい。
「おいって。俺の大事なパソコンが!ギターが!!運び出すの手伝え!!」
この際客はどうでもいいのである。年月かけて大事にしてきたギターやアップグレードしたばかりのパソコンのほうが、鞍馬にとっては大事だった。
「うーん……」
寝ぼけ声で透が唸る。その肩を容赦なく蹴りつけて、いい加減に起きろ!と怒鳴った。
カーテンに水でもかけなくては…ともう一度窓を振り返り、鞍馬は思わず動きを止めた。
「……なんだ、ありゃ」
窓の外。
鬼火に照らされて、無骨な凹凸が闇の中でじっとしていた。
人の形をしている。だが、人とは思えないほど大柄だ。ざんばらで艶のない髪、泥でもかぶったように灰色の肌。
赤い、一対の眼がこちらを見つめていた。
部屋の中が明るいせいで、窓の外にいるその影は余計に暗く見える。
その中で、二つの赤い円だけが、爛々と光っていた。
「何……どしたの?」
傍らで透が起き上がる。
紅い目が、体ごと揺らいだ。と思ったら、「それ」は大きな体に似合わないほどの俊敏さでベランダの外へと飛び上がった。
―――喰らウ。
声を発したというよりは、頭の中に直接響くように、「それ」が喋った。
―――次こそは。次こそは、頭から、バリバリ。ボリボリ。……喰ろうてやる。
ひゅっと吸い込まれるように、その巨体がベランダの向こうに消えた。
「待ちやがれ……!」
縺れる足を前に押し出して、鞍馬は窓に駆け寄ってしがみつくようにそれを開けた。夏の夜の涼気を帯びた風がわずかに吹いている。
ベランダから乗り出して、階下を見た。
「……誰もいねえ」
眼下には、暗く重たい闇が立ち込めた路地が伸びているだけである。
振り返れば紫色の炎は最早跡形もなく、鞍馬が散らかした雑誌を、先ほどよりはスピードを落として天井を回る人魂がくるくると回って照らし出していた。
火の手が上がっていた名残など、どこにもない。
ただ赤い一対の円だけが、いつまでもいつまでも、フラッシュを焚いた時のように目に焼きついて離れなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1717 / 草壁鞍馬(くさかべ・くらま) / 男 / 20 / インディーズバンドのボーカリスト


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NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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こんばんは!とうとう八月突入です。いかがお過ごしですか。
はっ、それはさておきまずは依頼を受けていただいてありがとうございます。
報酬が雀の涙ですいません!かわりに少しでも楽しんでいただけたら良いのですが。
そして草壁君が家事もばっちりなさる人だったらすいません…。じゃがいもとコーラとビールしかない冷蔵庫なんて!
ところでこの時期、コーラよりビールよりもチュウチュウキャンディーが常備です。凍らせといて、パキッと半分に割って味つき水を吸うアレです。あれとアイスコーヒーとアイスクリームでコーヒーフロートさえ作れれば、夏はなんとかしのげそうです(凌がないように)
枝道横道に話が逸れてしまいましたが、遊んでいただいて本当にありがとうございました。
暑いですが、体調など崩されないようにお過ごし下さい。
では〜。またどこかで見かけたら声でもかけてやってください!


在原飛鳥