コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
-----------------------------------
「確か部屋が空いていると言っていたよな」と自分を呼びつけた草間と、その隣に立っている青年を見比べて、ケーナズ・ルクセンブルクは顎に手を当てて笑みを浮かべた。
「草間君、私はむしろキミにホームステイしてもらいたいのだが」
「……まあそういうわけだから、渋谷君。彼がこれからお前さんの世話を焼いてくれるケーナズ君だ」
挨拶代わりの軽口は、草間によっていっそ清清しいほどに無視された。無視をするのが一番無難なのだということを、経験から学んだのかもしれない。どちらにせよ、毎回草間の反応が楽しみで手と口を出すケーナズとしては、今ひとつ面白みに欠ける話である。
(まあ、いい)
気を取り直して、ケーナズは草間の隣でぼーっとしている青年に視線を移した。西洋の血が混じっているのがすぐにわかる、整った顔の持ち主だった。彼の周りでは何かがふよふよ舞っている。これが噂に聞く水子の霊だろうかと考えたが、暢気そうな相手の顔を見ているうちにその考えはすぐに消えた。彼は、人を騙すより騙されるタイプに違いない。
「じゃ、透君。とりあえず私のマンションに来ればいい。日本の情緒は楽しめないだろうが、部屋なら丁度、空いているからな」

そんなわけで、六本木の一角にある高級マンションの一室で、透は台所に立っている。ステンレスに顔が映るほど磨き上げられたキッチンに、久しぶりの包丁の音がこだまする。
大層機嫌よく透が鳴らす鼻歌も流れてきていた。調理しながら、透は歌い続けているのである。
「リンリンリリンリンリンリリンリン」
「…………」
何故にフィンガー5だと、思わず聞き返したくなるのをぐっと堪えた。さっきまでスケバン刑事の主題歌を歌っていた男である。聞くだけ無駄というものだ。
「透君、キミちょっとこっちへ来たまえ」
セクシーあなたはセクシー、とまた歌が変わったので、とうとう堪えかねてケーナズは透を手招いた。世の中はあややだのあゆあゆだのと言っているのに、いつまでもフィンガー5はどうか。斉藤由貴はどうか。ピンクレディーもどうなのか。残念ながら、歌手名を言い当てられるほどには、ケーナズの日本文化への造詣は深くない。
「歌はもういいから、ビールを持ってきてここに座りなさい」
と声をかけると、作ったばかりの酒のつまみと一緒に冷蔵庫に冷やしてあったビールを持って、透はひょこひょこやってきた。ケーナズが空のジョッキを持ち上げると、心得たようにビールを注ぐ。
つまみはハーブ入りのソーセージにポテトのグラタンと、手軽ながら中々美味い。褒めてやると自慢げな顔をして、「喫茶店でバイトしてたこともあるんだ」と言った。
「キミは、大学生だったか。アルバイトで学費を稼ぐなんて泣かせる話じゃないか。我が妹にキミの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
手酌でビールを飲んでいた透は、妹がいるんだぁ、とそっちの方に反応した。
「顔立ち似てる?」
「まあ、兄妹だからな」
「お義兄さんって呼んでいいですか?」
「お断りだ」
両親は小さい頃に事故で亡くしているんだとか、妹がいるんだとかいう話は、ビールを注ぎ足す合間に話題に上った程度である。話はすぐに切り替わってケーナズの国籍の話になり、ドイツ語ならオレの彼女が専攻してるんだと透は言った。
「エアヴステ、ニヒツふぉんであ。えくすぃすてんつ、いーれす、りーぷはーばす。彼女がいるの?って聞かれたらこう答えろって言われてんだよね、ミナミちゃんに」
「……。Er wusste nicht vonder existenz ihres liebhabers?」
「きっと『すごくかわいい彼女がいる』とかいう意味なんじゃねぇかなー」
一人で夢見ている男が少しだけ憐れになって、ケーナズは黙って酒を飲んだ。
「…で、キミは彼女と付き合ってるのか?」
「小悪魔的美女ってかんじのカワイー子でよ」
「本当に悪魔のような彼女だね」
じっさいそれは世に言う悪女というやつじゃないか?とケーナズは思った。
透が口にしたドイツ語の和訳は簡単だ。「彼は彼女に愛人がいることを全然気がついてない」という意味なのである。
「…ウッソー」
「本当だ」
懇切丁寧に和訳を教えてやると、夢を無残に打ち砕かれた透はめそめそ泣き出した。酒も入っているので悲嘆にも拍車がかかる。
ついでに夜も暮れて来たせいか、ラップ音までし始めた。透の泣き声と相まって、耳障りなことこの上ない。害はないし透は気がついていないので、ケーナズはそれを無視することにする。
「ミナミちゃん、男友達はいっぱい居るけど、好きなのは貴方だけよって言ってくれたのに〜〜〜」
「それはきっと全員が同じ言葉を聞かされているだろうな」
「……ミナミちゃん。オレのミナミちゃん」
「まあ、透君。そう人生悲嘆したものではないよ」
傷口をナイフで広げてさらに塩を塗りこむようなマネをしておきながら、ケーナズは膝を抱えてダンゴ虫のようになった透の肩を抱き寄せた。潤滑な人間関係には飴と鞭が必要不可欠である。
「人生出会いもあれば別れもある。生きていれば悲しい別れもあるとも」
「うーうー…」
「私に身を任せてみないかね?キミの心の傷を癒してやろう」
「……ちょっと」
なぜか女性の声が割って入った。ラップの次は女かと、ケーナズは内心で舌打ちする。人が男を口説こうという時に無粋なこと甚だしい。
べそべそ泣いている透が気づいていないのだけが救いといえば救いだが、さすがにちょっと鈍いのではないかと心配にもなった。まあ気づいていないのだから、わざわざ気づかせてやる必要も無論ない。
「ミナミちゃん〜〜ミナミちゃん〜〜……」
「かわいそうにな、透君。一夜でその女のことを忘れさせてあげよう」
「うん。…ん?……ん?」
顎を取られた透は、間近に迫っているケーナズの顔を見てさすがに怪訝そうな顔をする。
「ちょっと、ってば」
「取り込み中だ。少し黙っていてくれたまえ。……透君、心配せずに私のものになりなさい。優しくしてあげるよ」
小煩い妨害は視線も上げずに一言で切り捨てて、ケーナズは透を床に縫い付けた。そのあたりは百戦錬磨、経験値も体格も違うので透が敵うはずもなかった。
「……えっ?ちょっ、ちょっと、…ナニ?」
「観念して大人しくしなさい」
優しくすると言った舌の根も乾かぬうちに、台詞は悪役そのものである。透はショッカーに掴まった放送第一話の仮面ライダーのように無力だった。
「ちょっと!」
遮る女性の声を無視してケーナズの手が透の襟首に掛かる。アワアワと透が声にならない悲鳴を上げた。その声が聞こえたかどうかは不明だが…

「…ちょっと聞けッつってんでしょ、このスットコドッコイ!!!!」

怒声とともに、うなりをあげてフライパンが飛んできた。
台所にあった新品同様のフライパンである。テフロン加工だろうがフッ素加工だろうが、フライパンは重いし当たれば痛い。フライパンが勝手に浮かんでいるのを用心深く視界の隅に入れていたケーナズはもちろん避けた。
ケーナズが避けた後、フライパンの軌道に残るのは透である。
「へぶっ…!」
カァン!といい音がしてフライパンが透の顔面に激突した。ゴジラ松井がホームランを打った時のような音がする。顔面をフライパンが直撃して、ドサリと透は床に伸びた。
「可哀想に……」
自分で避けておきながら、同情を示してケーナズが呟く。
「本当、昔から要領が悪かったのよね、このコ」
その隣でフライパンを投げつけた女の幽霊がしみじみとため息をついていた。外人なので、姿は半透明だが足はある。出るところは出たスリムなボディ、スーツを着込んだ肩に艶のある髪の毛が細い滝を作っている。ふと彼女とケーナズの目があった。
「アラ、近くで見るとずいぶんイイ男。ごめんなさいね、見苦しいところをお見せして…オホホホ」
フライパンを投げつけたことに関しては、まったく悪びれもしない様子である。目を回して床に伸びた透を挟んで、ケーナズと彼女は向かい合った。
「どうも妙な奴がこのコを狙ってるみたいなのよ」
何もない空中に足を組みながら腰掛けて、彼女は細い指で透を指差した。
「何度も知らせてあげようとしてるんだけど、何しろこのとおりの大ボケでしょう?」
気づかないのよこれがまた。ここまでバカだと頭が下がるわ。と、彼女は笑った。

翌朝―――……
ケーナズが彼をベッドに運んでやらず、また起こしてもやらずに一人で寝室に行ってしまったため、朝まで床に転がっていた透は、ケーナズに起こされて寝ぼけ眼のまま台所へと引っ込んでいった。
なぜか食卓には納豆が置いてある。
純洋風の高級マンションで、見るからに日本人らしからぬ風貌の二人しかいないというのに、朝ごはんに納豆とはどんなものか。ご飯などないと言ったら、じゃあパンで食べるからいいと言って、透はコーヒーを沸かしている。
料理に関しては主婦並の透の手際を眺めながら、ふとケーナズは床に視線を落とした。
黒い水溜りのようなものがある。
(血か……?)
どす黒いそれは紅が混じっていて、血液特有の粘着性を持って床を汚していた。透が朝まで転がっていたあたりである。よく見れば、それは何かの足跡のようだ。人のものとするには大きすぎる。五本の指から伸びた爪まで、くっきりと痕が残っていた。
床を侵食し始めた朝日に触れた足跡は、ケーナズがみている間に、風に砂が吹かれたように消滅していく。
「ふむ……」
どうやら、招かれざる客は本当にいるらしい。
ケーナズは台所に入って透の背後に立った。何も言わずに透のシャツを捲り上げる。
「ギャ―――――――!!!!」
ゴトンと音を立ててシンクに透の握っていた包丁が落下した。
シンクだったからいいようなものの、床だったら突き立っていたに違いない。足の上だったらもっと酷いことになっていたこと請け合いである。
「なんという声を出しているんだ、君は」
「だって、きっきっきっ、昨日の今日だぞ!!」
「嫌がっているのかね?その割に顔が赤いようだが」
からかいながら、シャツを掴みあげていた手を離す。
「どうせならもう少し色っぽい声を出したまえよ」
透は真っ赤になって文句を言っている。言っているのだが、混乱しているせいかあまり意味をなしていない。
それを右から左へ聞き流しながら、ケーナズは台所を後にした。
確かめた透の背中には、怪我らしい怪我も、また床の上に残されていた禍々しい足跡も残されていない。
そのことにやや安堵しながら、ケーナズは新聞を取りに玄関へと向かうのだった。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 / 製薬会社研究員(諜報員)


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
  霊感ゼロ男。
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お待たせしました…!(ホントにな)
フィンガー5とかピンクレディとか、知らなかったらどうしようと今から戦々恐々です。
そしていただいたプレイングをきっちり活かせているのかどうか…。全然イメージ違うよ!とか思われていたらすいません(怖)
あぁあ…ちなみにドイツ語は、本当にドイツ語喋れる人から見たら鼻で哂われるレベルかもしれません…スペルミスとか、あったとしてもわからないので……アホですいません!というか、日常に便利なドイツ語の本で、「彼は彼女に愛人がいるのに気づいていない」なんて会話を載せるのはアリなんでしょうか。活用させてもらったので文句は言えませんが!
いやはや、色っぽいケーナズ君に対して色気どころか味気もなさそうな男が相手ですいません…それでも少しでも笑っていただけたら幸いです。
書くのはとても楽しかったですよ〜〜。またどこかで見かけたら、しょうがねえなと思って構ってやってください。喜びます!
ではでは、遊んでいただいてどうもありがとうございました!!


在原飛鳥