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昼下がりっぽい決闘
●闖入と来訪
「だりい‥‥」
昼下がり。腹も膨れ、のんびりと紫煙を吹きながら、草間武彦は呟いた。
仕事は特にない‥‥こともない。しかし、彼にとってはこの時間こそが貴重にして重要な時間なのだ。そのことを誰が責められよう。
「貴様が草間か」
ばん。勢い良く興信所の扉が開く。すぐに何かが飛んで来た。すんでで煙草を避けたそれは、草間の顔に当たり落ちた。まだらな手袋だ。
「決闘だ。麗香をかけて決闘しろ」
どうやら、厄介ごとの神様は責めたかったらしい。
「ごめん。どうにもこう、ね」
碇麗香が草間零の出したお茶をすすりながら苦笑する。
「彼女は井上。私の‥‥」「花婿にして花嫁だ」
すかさず麗香の隣の女が胸を張る。
「‥‥幼稚園のときからの知り合いなの」
「その知り合いが‥‥あ、こら!」
応接セットの麗香の向いに座る男が、草間の煙草を取った。
「ええやん。話を戻すと、この馬鹿があんたの存在を知ってやなあ」
「麗香を麗香と呼んでいいのは麗香の親類と私だけだ」
「てな訳。で、立会人は不肖この五色が務めようか、と」
くわえた煙草に火をつけ、へらりと男が笑う。
「あ、『私のために馬鹿なことはやめて』とか言うべきかしら?」
「棒読みやなかったらOKっす。どうぞ♪」
「お前ら‥‥遊びたいなら他所でやれ!」
●ため息
夕闇に空が染まっていく。
そんな空の下、麗香は一つ息をはいた。
「ちょっと自信をなくすかもね」
抱える犬所長を見る。
「当然のことかもしれないけど」
●ばたばた
「決闘ですか? 草間さんが?」
目を丸くする海原みなも。
「らしいよ。なんか修羅場ったみたい」
犬所長を抱えた榊船亜真知が、のんびりと答えた。その隣に座る高屋敷任那も書きものをしながらこくこくと頷く。
「でも、あの、草間さんが」「そう。あの、草間さんが」
「こらこら。そこでのんびりと雑談すんなって」
噴き出したみなもと亜真知を、突然現れた五色が祭団扇ではたく。
「そこは受付なんやからな。何人?」
聞きながら、任那の手元を覗き込む。任那は少し肩をすくめ、手元の紙のむきを変えた。
「十八人。うち五人が精神的ダメージで、さらに五人が前哨戦で、それぞれリタイア」
「種目は?」「りんごの皮むき」
開いている興信所の窓から飛び出したりんごが道に転がる。
「‥‥死人が出んことを祈ろう」
「あの‥‥受付って?」
遠い目をしながら宗教ごちゃまぜの祈りを始める五色に、みなもはおずおずと尋ねた。
「町内会後援、第一回編集長争奪戦の。ついでやから夏祭りの一環にと、町内会に持ちかけたら二つ返事でな。現在、参加者募集中‥‥なんやったら受付のバイトでもするか?」
「どこがどうついでなんだか」
受付テントにやって来た浴衣姿の麗香が呆れた顔で、足元のいくつかのりんごを拾う。
「もっとも参加者が集まるほうが不思議だけど」
そのりんごを亜真知と任那の前に置き、代わりに参加者リストを取る。
「ところで‥‥」
にんまりと笑う亜真知が麗香の帯を引っ張った。
「おもてになりますよね。どちらの男性が本命なんですか? まさか両方‥‥痛っ!」
と、そこで怪訝な顔をする麗香に気付くと同時に額を団扇の柄でこづかれた。
「誰が決闘なんざするかっちゅうねん! 言い出しっぺはうちの代表で、話を広げたんは家事手伝いの姉ちゃんや!」
「冗談なのにぃ」
「代表って言うと井上さんですよね。でも‥‥家事手伝いって?」
話は草間が吠えた直後まで遡る。
「何か、楽しそうねえ? 武彦さ〜ん?」
その声に、ぎしりと機械じみた音が聞こえるような動きで草間が振り返る。台所に通じる扉の所にシュライン・エマが立っていた。
「ところで、お仕事、はどうなったのかしら」
ちなみに『お仕事』の部分を表記するならば四倍角ぐらいが妥当だろうか。
「‥‥い、今はそれどころじゃな」「私とのことは遊びだったのね〜ん?」
「やかましい!」
気味の悪い裏声で乱入した五色に、草間が躊躇なく煙草の箱を投げつけた。
「ほんと、楽しそう、ね?」 「い、いや。だから‥‥」
また四倍角のシュラインの言葉にわたわたする草間。
「ほう。このような嫁がいながら私の麗香に手を出したのか」
「え?」「はあ?」
井上の呟きに思わず顔を見合わせる。草間は半眼、シュラインはやや赤面。
「‥‥コホン。ともかく、話は聞かせて貰ったわ。あまり相手を縛り付ける伴侶は良くないし、景品のように扱うのも問題だとは思うけど‥‥」
ベチン。草間の顔に本日二回目のヒット。今度はピンクのゴム手袋だったこともあって、それなりに痛かったようだ。
「麗香さんの呼名は各自の自由にってことで、参戦させて貰おうかしら。それと‥‥武彦さん。あとで聞きたいことがあるから」
「ぬう、負けんぞ。草間嫁!」
●迷走
「では、編集長争奪戦開催役員緊急会議を始めます」
「バイト代は出ますか?」
受付役の亜真知と任那ともにテントの奥に呼ばれたみなもの質問。
「緊急時ですので、善処します‥‥実際、しゃれにならん状態なんや」
「誰か死んだの?」
しれっと言い放たれた亜真知の言葉に、五色が無言で空を見上げる。待機室の窓から飛来するりんごは止んでいる。
「大丈夫‥‥ですよね? 零さんもいるし」
「ホウキの嬢ちゃんか。いや、逆に危険かもしれん」
言うなり、雑巾が宙を舞う。
「前哨戦第二ラウンド開始、と。これも勝敗に混ぜるか」
「検討材料にしといてくれ。ともかく問題が発覚した‥‥そう。種目を決めてなかった」
蝉時雨。
「根本的な話よねえ」
緊急収集された控え室の一同を代表しシュライン。
「普通、決闘って言ったら無差別異種格闘な殴り合いじゃないの?」
「いい提案だ。ふっ、我が研究所の底力、存分に見せ付けてくれるわ」
亜真知の提案に、井上が不気味な笑みを浮かべた。
「一般人がおらんかったら、それでOKなんやがな」
「待て! 俺をキワモノに混ぜるな!」
腕組みの五色のぼやきを聞きつけた草間が吠えた。
「プールで、ではどうでしょうか?」
が、一同無視。そんな中でみなもが挙手。
「種目としては競泳、潜水、スイカ割りの三本勝負。見物のかたも面白いと思いますし」
「さらに暑いし、か。確かに蹴りたいのがおるもんな」「誰のことかなあ?」
表面上はにこやかに笑いあう、黒スーツの五色と黒地の振袖の亜真知。
「やはり男たるもの溺れている女性を助けるくらいの‥‥あれ?」
そこで井上とシュラインの存在を思い出したらしい。しばし虚空を見上げ。
「ともかく‥‥そんな甲斐性があるかたがいいかなあ、と」
「微妙ね」「そのようだな」「だよね」「なるほど」
甲斐性に反応した人々(含む一般参加者)が、一様にある人物を見た。
「お前ら‥‥いい度胸だ」
「夏やしええ意見かもな。ただ今から都合のつく水場って言うと‥‥あるなあ、どでかいのが」
「東京湾? さすがに競泳は無理でしょ」「潜水ならともかくね」
苦笑の麗香をこれまた苦笑のシュラインが混ぜ返す。やはり草間は無視だったり。
「‥‥違法投棄は違法やから違法投棄なんやぞ」「意味不明なことを」
そこで大きくため息をついた任那が一同を見回した。
「なら、こういうのはいかがかと」
●近くて遠くて
「納得いかないわ」
亜真知と二人、のんびりと通りを歩くシュラインがごちる。
「私のどこが危険人物だっていうのよ」
任那の提案は、街のどこかに移動した麗香をノーヒントで見つける、『変則のかくれんぼ』だった。期限は日が暮れるまでの約四時間。
それに先立ち、井上にはみなも、草間には零、シュラインには亜真知と、お目付け役がそれぞれ割り振られている。
「ん〜? 案外、間違ってないかもしれないよ」「何か、言った、かしら?」
途中で買ったアイス片手の亜真知を睨む。そんなときだった。
「ふっふっふっ、見つけたぞ! 草間よめえええええっ!」
「だからダメですってば、井上さん!」
みなもを引きずる井上が現れた。
「だいたい、そんな危険物どこにしまってたんですか! エマさん、榊船さん、逃げてください! 早く、すぐに!」
必死で叫ぶみなもだが、どうにも伝わっていないらしい。きょとんと見ているだけ。
「‥‥前哨戦では苦杯を舐めさせられたが」
「ほうなの?」
「家事関係は全滅みたい」
「今度はそうはいかん! この某昆虫型連鎖自壊式っぽい爆弾の餌食にしてくれる!」
アイスを咥える亜真知と肩をすくめるシュラインへ、井上は黒いソレを突きつけた。
しばらくして。悲鳴が上がる。
「当然のことかもしれないけど」
「微弱に、ってとこやな」
かけられた声に振り返る。屋上の入り口に、へらりと笑う五色とぺこりと頭を下げる任那がいた。
「遅かったわね?」
「よう考えたら、俺ら立会人にもノーヒントでどないすんねん‥‥ま、犬の嗅覚をなめたらあかんってことで」
すかさず任那が五色をグーで殴った。
「‥‥まだ誰も?」
聞きながら、殴った手を振る。ダメージはお互いだったようだ。
「ええ、誰も来てないわ。もうすぐ日が暮れるのに、ね」
麗香は、街を見下ろした。所々で黒い煙が昇っている。
「誰か来るかなって期待していたんだけど」
静かに風が流れる。
「では、私の案は失敗でしたね」
「でもないわ。色々考えることが出来たし」
一つ伸びをした麗香がぽんと任那の肩を叩いた。
「‥‥ちょっと煮詰まってたから、いい気分転換になったもの。感謝してる」
「それならいいのですが‥‥む? 誰か、来る?」
耳を動かす。開け放たれた扉の向こうから、ぱたぱたと階段を駆け上がってくる足音が響いてくる。
そして。
「すいません。草間さんが『煙草返せ』って」
決闘の結果は、『負傷者多数により、没収試合』で収まった‥‥いや、一部収まっていない者もいないではなかったが、それはそれである。
つまり。
「草間! また麗香と食事に行ったそうだな!」「二度と来るなって言っただろうが!」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 年齢 / 性別 / 職業 】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 26 女 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1252 海原・みなも (うなばら・みなも) 13 女 中学生
1593 榊船・亜真知 (さかきぶね・あまち) 999 女 超高位次元生命体:アマチ・・・神さま!?
1735 高屋敷・任那 (たかやしき・みまな) 18 女 退魔剣士(大学生)
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■ ライター通信 ■
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どうも、平林です。このたびは参加いただき、ありがとうございました。
さて。うちの周りでは蝉が元気です。だからって、夜中一時から鈴虫との共演は勘弁して欲しいのですが。
エマ様 :こちらこそ。相関図データの存在を忘れていたので、青くなったりならなかったり。やれやれです。
海原様 :なぜプールでスイカ? バイトにこだわる必要はないのかもしれませんが、つい。すいません。
榊船様 :犬所長を出す予定は無かったんですけど‥‥優雅に、となるとアイスを食べながら歩くのはまずかったでしょうか。
高屋敷様:口調で悩みました。『クールな侍』を想定してこうなりましたが、いかがでしょう?
では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、またお会いできれば幸いです。
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