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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


東京怪談・月刊アトラス編集部「見えない狂気と凶器」

■オープニング
 警視庁は@@日夜、東京都@@区@@、少年A(15)を殺人の疑いで逮捕した。被害者は少年の母親のB子さん(39)。凶器は発見されておらず、その行方についても捜査が進められている。警察の取調べに対し少年Aは「邪魔だったから」「不愉快だったから」「(母親がおらずとも)何でも出来る気になった」等と供述している。
 近所の住民は「円満な家庭」「とてもそんな事件をおこす様には見えない」等、事件の兆候は見られなかった模様。
 警察当局では更に少年Aへの事情聴取を行うと同時に、関係者への聞き込みを進めている。
 また――

「ふん」
 麗香はバサリと新聞をデスクへ投げ出した。
「また――中高生の母親殺害事件は頻発しており、「なんでも出来る気になった」という述懐も繰り返されている、ねえ」
「……大変ですねえ、怖いですね」
 三下のはさんだ何気ない相槌に、麗香は間髪入れずに鉄拳を放った。
「へへへへ、へんしゅうちょおおおおおお〜〜〜〜????」
「どうしてそう無能なの三下くん」
「なんでそうなるんですかああああああ」
 泣き叫ぶ三下の鼻先に、麗香は数日分の新聞のスクラップを突きつけた。
「これで七件目、全部が全部似たような文面よ。共通項は東京。円満な家庭。「なんでも出来る気になった」それから――」
 麗香は眉根を寄せた。
「――凶器が揃いも揃って発見されてない事よ」
 絞殺、転落死、撲殺――凶器の必要のない犯行ならば凶器の行方を探すなどと言う事が在り得るだろうか?
 報道が出来ないだけで情報はいくらでも取れる。麗香は実名の記されたリストを三下の鼻先に突きつけた。
「きな臭いわ。この子達の周辺を洗って頂戴」

 何故、彼らは何でも出来る気になった?
 何故、凶器は発見されていない?

 そこになにがあるのだろう?



■本編

 理由なんかきっと誰も知らない。



「成る程」
 新聞のスクラップとファイルを投げ出したシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、眉間に皺を寄せ、テーブルの上の資料を睨みつけた。アトラス編集部の来客用のソファーに腰掛けたシュラインは背もたれに体を預け、投げ出すように硝子テーブルの下で脚を組み合わせている。
 心ここにあらず。考え込んでいるのがありありと分かる有様だ。
「どしたの?」
 ひょこんとソファーの後ろからシュラインの顔を覗き込み、冴木・紫(さえき・ゆかり)が問い掛ける。
 シュラインは渋い顔のまま紫を見返した。
「分かってるのに効く訳あんたは?」
「……あーまー……そりゃねー」
 投げやりに答えた紫はソファーを飛び越えでどすんとシュラインの横に腰を下ろす。言われるまでもなくなんとなくではあるがシュラインの言いたい事はわかった。
「何と言うか、とても実験的よね」
「実験馬鹿がいたわよねーどっかに。多分今もでかい顔してどっかに」
 事件の感触、というものがあるとするなら、この事件のそれは嘗て経験したいくつかの事件にとても酷似している。いっそ同じといってもいいかも知れぬほどに。
「まーほら決め付けるのもアレだし。とりあえず行かない?」
「何処へ?」
 シュラインの問いかけに、紫は元気よく立ち上がりながら答える。
「一応詳細だのなんだの調べて現場。推理モノの基本でしょ」
 務めて明るく。
 そこにある現実逃避と気遣いに気付かない訳ではなかったが、シュラインはそうねとだけ答えて自らもまた立ち上がった。



 ただ、それを与えてもらったから。



「あら?」
「まあ……」
「あ」
「……よお」
「みゃあ」
 唱和した声は五つ。
 シュラインは見知った顔のいくつかに微笑した。
「寄寓ね」
「奇遇も何も。狙いは同じだろう?」
 真名神・慶悟(まながみ・けいご)の声に、海原・みその(うなばら・みその)が頷いた。
「こちらが一番新しい現場と窺いましたもので」
 みそのはその腕の中にグレイの毛並みの猫を抱いている。藤田・エリゴネ(ふじた・えりごね)は人の手を嫌がる事無く大人しくしているが、みそのの指し示す家を見上げている。興味津々の風情だ。
「つまりそういう事?」
 慶悟を見上げ、紫が問う。慶悟は紫に頷きを返した。
 普段は顔を合わせるなり角を突き合わせている二人だが、状況が状況だけに今はその年中行事はなりを潜めている。
「とは言えまあ予想は出来てた事だけど」
 少し離れた場所にある家を見上げ、シュラインは溜息を吐いた。
 極一般的民家は、現在極一般的と言う様子からは一線を隔してしまっている。
 報道陣こそひいては居るのものの、家の周囲には物々しくロープが張られその内側には国家権力でございという制服が幾人か見張りに立っている。
「全くご苦労なことですわねぇ」
 のんびりというみそのに、紫は眉根を寄せて唇を尖らせた。
「まーったくよね! 税金の無駄遣いしてないで私に少しは還元すりゃーいいのよ」
「……あんた税金払えるほど収入あったのか?」
「そこ! 余計なこといわない!」
 紫はビシリと慶悟を指さし、ついでのようにその足をヒールの爪先で蹴飛ばす。あまり力は入っていない辺りが救いだが、慶悟は思わず顔を顰めた。
「あんたな……」
「みゃあ!」
 すわ舌戦という絶妙のタイミングでエリゴネが鳴声をあげる。それに状況を思い出したか、慶悟と紫ははたと沈黙した。
「ま、そういう場合じゃないわね。あの辺りを何とかしないことには中には入れないわ」
 シュラインが溜息と共に吐き出す。誤魔化すように紫がピッと手を上げて言った。
「えーとじゃーそれぞれにしつもーん。アレをどうにかする手は?」
 まず視線を向けられたのはみその。
「……強行突破しか、ないとは思うのですけれど。行き成りというのもなんですわね」
 続いてシュライン。
「説得、は、まあまず無理よね」
 そして慶悟。
「眠らせるだけなら造作もないが?」
 最後にエリゴネ。
「みゃあ」
「……ゴメン私が悪かった」
 みそのの腕の中から真顔で鳴くエリゴネの頭を撫でた紫はうーんと唸った。みそのがやれやれと言うように肩を竦める。
「……まあ強硬手段ならいくらでも手はありますし……まずお伺いを立ててみてからでもよろしいのではありません?」
 結局この意見が通り、ダメ元でロープの内側の制服組みの説得を試みることと相成った。



 勿論そんな説得が通じるはずがない。
 居丈高な態度で煩そうに手を振る警官二人は、あっさりと慶悟の術で金縛りにされた。眠らせなかったのは自分達が撤収した後の警備の事を考えてである。中々どうして気を使っている。
 家の中はしんと静まり返っていた。やや埃っぽく感じるのはやはり現場保存の為に掃除がされていないからだろう。
「――って言うか掃除してた人が殺されたんだっけ」
「ああ」
 しみじみと呟いた紫に、慶悟が苦い顔で頷く。
 この家で死んだのは専業主婦。いや、この事件で殺された尽くが専業主婦だった。
「しっかし馬鹿よねぇ、母親殺したって出来ないことは出来ないし、出来ることは母親の存在とは関係なく出来んのよ」
「家族に対する反発はあんたも覚えがあること何じゃないのか?」
 何処かからかうように言われ、紫はジロリと慶悟を睨み据える。実際紫には溺愛してくる天敵とも言える家族がいる。
「覚えもあるし出来れば殺っときたいけど今も」
 間違いなく本気である。
 みそのが会話に割って入る。
「……それでも普通はやりませんわよね。殺害することでの不利益のほうを計算してしまうものですし」
「……そこで情とかそういう風には考えないのね」
 シュラインが額を押えた。そして廊下の先にあった階段の上り口を指差す。
 赤黒く変色してしまった血液が、べったりと床に染み付いている。周囲には人の形にテープが巡らされている。
 殺害現場だ。血液は勢い良く噴出した風情で、床から壁までをべっとりと汚している。
 みそのは乾いた血に指を這わせて溜息を吐く。
「……頚動脈、ですかしら?」
「この勢いなら間違いなくそうね。だけど……具体的にどんな殺人方法だったのかしら?」
「切った、んだろうなこれは」
 シュラインの言葉に、慶悟は眉を顰めた。
「でもそれって凶器が見つからないって言うのいよいよおかしくない?」
 紫が唸る。一同に否やはなかった。
 素手ではこんな鋭利に人を切り裂くことなどできない。生半な刃物でも無理だ。鋭利な研ぎ澄まされた刃物が必要になる。
 そしてこれだけの出血量ならその血に塗れた刃物が発見されないというのは明らかにおかしい。
 一同が沈黙したその時、
「みゃあああああ!」
 エリゴネの鳴声が一同の鼓膜を強かに打った。



 瞬間。何でも出来ると、そう思った。



「っつ!」
 紫は腕を押えて後ずさった。
 エリゴネの泣いた先は玄関のドアの前。真っ先に駆け寄った紫が真っ先に被害にあった。
 スーツの腕が裂かれ、そこから覗く肌に薄く傷口が浮いている。
「紫!」
 傷の付いていないほうの腕を引き、慶悟は迷わず紫を廊下へと引き戻した。
 玄関先に即座に戻ったみそのと慶悟が、そのままシュラインと紫を背の後ろに庇いこむ。
 紫は血の滲んだ腕を押え叫んだ。
「スーツ!!!!」
「他にないのかあんたは!」×2
 途端にシュラインと慶悟の叱責が飛ぶ。しかし極貧ライターは黙らない。
「だって私のスーツ! こんなパックリいかれたんじゃお直しも出来ないじゃないのよ!」
 慶悟達の対峙する相手を指さし、紫は更に叫ぶ。みそのが首を捻った。
「ぱっくり?」
 そこに立っているの先ほどの警官二人だ。ふーっと毛を逆立てるエリゴネに威嚇宜しく侮蔑的な笑みを浮かべている。しかしその手に凶器らしき凶器はない。
「どういうことですの?」
「こういうことだ!」
 一人の警官の叫びと共にしゅっと、風が鳴った。
「みゃあ!」
 鳴声をあげてエリゴネが跳び退る。それまでエリゴネの居た位置の玄関の敷石に皹が入る。
「……風……なの?」
 呆然とシュラインが呟く。それが母親を殺害した武器だというのなら確かに合点がいく。いくら探したとて凶器など出るわけがない。
「しかし何故……」
 いいかけた慶悟の注意を喚起するかのように、エリゴネがふーっと威嚇音を立てる。
「何故かは、後回しにするべきですわね」
 みそのの声に、慶悟はちっと舌打ちして符を構えた。
 確かに、躊躇う余裕はないようだった。



 抑圧。そして反発。恐らくはただ、それだけ。



 戦い済んで日が暮れて。戻った一同は月刊アトラスに集っていた。
「それで?」
 麗香の問いかけに、上品そうな夫人が頷いて答えた。今は人化しているエリゴネである。
「ドアですねえ」
「ドア?」
 更なる問いかけに、みそのがその後を続ける。
「細工がされていたのはドアです。あの後気の流れを探ってみましたのですけれど、他には考えられませんでした」
「ドアって……どう言うことなの?」
「ドアにどんな理屈かは知らんが細工がしてあった。あのドアを開けることによって恐らくはガキどもは力と、暗示を受けていたんだ」
 それぞれがそれぞれに霊査を行った結果がそうだった。明らかに怪しげな波動を放っていたのはドアのみだったのである。
 しかし麗香は懐疑的に首をひねる。
「あける事って、あんた達も開けたんでしょ?」
 それにしては正気ではないかと、麗香は問い掛ける。それにシュラインは渋い顔で答えた。
「弱い暗示らしいの。何かの条件下でなければ発動しないような、ほんの微弱な暗示」
「条件下?」
「予測にしかなんないんだけどねー」
 紫がファイルを投げ出しながらやはり投げやりに答える。その腕には痛々しくも包帯が巻かれている。
「このファイル見たんだけど、どの父親も一流企業。朝出てって、夜中まで帰ってこないような連中。母親は大概近所じゃ評判のいい専業主婦」
「分からないわね?」
「仮説、なんですが」
 みそのが人事のように言った。
「一定の間を置いて、ドアを開ける事が必要なのだと思います。そしてその順番も関わるのではないかと」
 内側からドアを開け、外側からもドアを開ける。その間にある程度の間を置いて。
「皆して考えたんだけど他にないんじゃないかってことで満場一致。暗示の内容は『なんでも出来る気になる』分かる碇さん?」
 うんざりと紫が言う。
 イマジネーション。
 外へ出かけて戻る。戻って暗示を与えられる。
 その時真っ先に『なんでも出来る己に拘束を与えるもの』とは。
「……明らかに母親殺しをさせるための仕掛けだ、あれは」
 慶悟が吐き捨てるように言った。



 理由なんかない。理由になどしたくない。



 編集部を出た一同は三々五々散って行った。
 今は猫の本性に戻ったエリゴネを肩に乗せ、みそのを伴って駅への道を歩みながらシュラインはポツリと呟く。
「……実験的ね」
「はい」
 とみそのが頷く。
「なぜこのようなことになったのかを知りたいと思っておりました。人の心にある闇を顕現させるなにかかと。おそらくはそれ自体には罪はない、哀しい存在かとも思っておりましたが……」
 違う、これは明らかに故意だ。
 誰にだって覚えがある。父親や母親――己を庇護するものへの反発。
 確かに本気で感じる圧迫感。
 しかしその殺意は、本気でありながら本気ではない。
 そんなことが出来るはずがないと分かっているからこその本気であり、心の真底の狂気。
「魔が差すって状況を無理矢理作られた、そういう事件なのよね」
 シュラインの声に怒気が宿る。それを気遣うように鳴いたエリゴネはそのまま額をすりすりとシュラインの頬に擦りつけた。
 エリゴネもまた重い気分を振り払いたいとでも言うかのように。
 それに、みそのもシュラインもただ、笑った。



 狂気の自覚と凶器の存在。符合さえしなければ何も起らなかったはずの、それは作られた事件だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【1388 / 海原・みその / 女 / 13 / 深淵の巫女】
【1493 / 藤田・エリゴネ / 女 / 73 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の発注ありがとうございました。

 いやーな感じの心理的な事件のお話でした。
 実際親に反発するってのは誰にでもあることで、大喧嘩の末にこいつどうしてくれようとか思った時期があったりするわけで。
 因みにそういう時期を経て私の両親は生きてたりするわけですから、どうしてくれる試しってのは滅多にないわけで。
 あってたまるかってもんなんですけどね。

 今回は大変お待たせして申し訳ありませんでした。
 また機会がありましたら、宜しくお願いいたします。