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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


夢見館にようこそ
□オープニング
 ゴーストネットに日々書き込まれる不思議の数々。
 真偽の程はともかくとして大量に書かれていく記事たち。
 日々量産されていく記事の中で目を引くそれに出会うのは果たして運命の導きなのだろうか?
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タイトル:避暑はいかがですか?  投稿者:占い師 MAIL
 そろそろ梅雨も明けそうですね。
 夏に小さな旅行などいかがでしょう?
 避暑地に夢見館と呼ばれる別荘があるのですが
 良ければ泊りがけの旅行などいかがですか?
 日程は二泊三日。一夜目は夢見館の慣例として
 ちょっとしたイベントがあります。
 二日目の夜はちょっとしたパーティをしたいと思っております。
 では、ご参加お待ちしております。

 準備するもの
 着替えなど(簡単なアメニティグッズ有り)
 パーティ用の持ち寄り品
 お好みの色

 (交通費食事代など、実費のみ必要です)
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 雫は最後まで目を通して不思議そうに呟いた。
「……色って何?」
 勿論パソコン画面に向かって呟いても答えは返らない。
「でも、面白そうだなあ。なんか安そうだし」
 しかし、母親が二泊の外泊を許してくれるかが謎だ。
「イベントの興味もあるしなあ……誰か行かない?」
 足をぶらぶらと振りながら雫は後ろを振り返ったのだった。


■その名は……?
 夕方になれば、窓から入ってくる風が心地良くなると九尾桐伯(きゅうび・とうはく)は思う。
(さて、メールの返事は仕事に出る前に届きますかね……)
 実を言うと占い師の誘いにのるのは初めてではない。思えば去年のハロウィンも奇妙な夜を過ごしたものだ。今度はどうなる事だろう。用心を怠るつもりはなかったが、同時に楽しみにもしていた。
 メールの着信音がなった。九尾はパソコンデスクの前に行くとメールを開いた。思った通り占い師からのものだった。
『車の件、了解いたしました。しかし車種に驚きました。私も是非乗ってみたいものです。ですが、一応念の為荷物を載せる為に普通の車で行って様子を見ましょう』
 車を出す人間が二人いて、両方とも多人数向けの車だというのは少し間抜けな光景だ。さらに行く先が電車で行くつもりだった場合も困る。そう思って九尾は占い師に連絡をしたのだった。ちなみに、同行者は占い師を入れて7人。確かに多人数向けに改良されているからと言っても荷物が多ければ微妙な所かもしれない。
 返信の様子からすると、どうやら彼は九尾が乗っていくつもりの車がどんな物か良く知っているらしい。自然と口元に笑みが浮んだ。返信を手早く書き終えると準備と手配の為に立ち上がった。
(やはりああいったものは雰囲気も重要ですしね)
 家庭用なら千円前後でもあるが、やはりここはそれらしく行きたいものだ。見かけも見栄えも重要なのだと飲食店を営む九尾は心得ている。そうするとやはりレンタルだろうか。
(まあ、夏限定でフラッペを出しても面白いかもしれませんが……、カクテル仕立ても面白いかもしれませんね)
 つい、頭がカクテルの方に回ってしまうのは職業病だろうか、と九尾は苦笑した。どうやら今回は成人の参加者が少ないようだが、必ずしもこちらからの参加者だけではあるまい。ならばそう言ったものの出番もあるだろう。
 カクテルのレピシ集の一つを手にとり、窓際の椅子に腰掛けると、ページを開く。
(フローズン系よりは、クラッシュアイスをそのまま使っているものを参考にした方が良いかもしれませんね)
 夕闇に染まり始めた街並みを見遣る。こういう時間は晧々と照る照明よりは少し暗い方がいい。彼は夕闇の雰囲気を壊さないように手元を照らすだけの小さなスタンドライトに手を伸ばした。仄かな明かりが灯る。その灯りを頼りに自作のレピシ集をめくりながら、彼はゆったりと、日が暮れるまでの時間を過ごした。


□街角には不似合いな
 待ち合わせの場所に一番初めについたのは海原みあお(うなばら・)だった。
「いっちばーん! 皆遅いねっ」
 階段の下から三段をひょいと飛び降りて両足を揃えてタイルを踏んだ海原は周りをくるりと見回して呟いた。
「みあおちゃーん!」
 駅の方から何度も聞いたことのある元気な声が彼女を呼んだ。振り向くと瀬名雫とそれに付き添うように天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)の姿がある。天薙は海原の姿に目を留めて会釈をした。綺麗なおじぎだな、と海原は思う。和服を着ているせいだろうか。
「ほらほら! 早くってば! もうっ、隼ァ、遅れちゃうじゃない!」
「いや、まだ10分前だろうが……」
 バス停の方から殊更騒がしく近付いてくるのは真っ白なワンピースの朧月桜夜(おぼろつき・さくや)と何故だか荷物をいくつも持った瀬水月隼(せみづき・はやぶさ)だった。海原は二人に向かって手を大きく振ってから、納得したように頷いた。
「桜夜も隼も相変わらずだよね」
「あらァ、そーんなコト無いわヨ? みあおちゃん久しぶりね」
「んで? これで全員か?」
「いえ、招待主の占い師さまと、もうお一方」
 瀬水月の言葉に天薙が首を振って答えると背後から声がかかった。
「全員揃っているようですね。おはようございます」
「あら……九尾さま。お久しゅうございます」
 しとやかに天薙が挨拶をする。軽く会釈した九尾は、一瞬落ちた沈黙にどうしましたかと声をかけた。瀬名がもっともな疑問を口にする。疑問は路上駐車された九尾の後ろの物体にあった。
「あれ、九尾さんの車?」
「……でっかーい!」
「うわ、ごっつゥ」
「おい、もしかして、アレで来たのか? つーか、あのデカさから言って、俺達が乗るのはアレか?」
 海原と朧月の端的でもっともな感想と、なんだか意外な物を見たように確認する瀬水月に九尾は頬を撫でて口元を隠してから、すまして答えた。
「ええ。メルセデスのウニモグですよ」
「メルセデスってアレ、ベンツなの!?」
 驚嘆して朧月が確認を取る。それも仕方ないだろう。ヤナセが販売しているこのウニモグはベンツというイメージからは大きく外れている。その車は無闇にごつかった。所謂RV系の四輪駆動車を一回り大きくして頑丈にしたようなそんな車だ。なんとなく見た目がRVというよりはトラックに近い気すらする。――アメリカ辺りで走ってそうなトラックであって、その辺の軽トラとは一線を画しているが、一応荷台もあるせいだろう。
 対して九尾はといえばゆるくウェーブする長い髪を簡単にまとめた夜の街の似合いそうな青年である。どことなくアンニュイで退廃的な青年とウニモグ。正反対というか、違和感がものすごい。言うなればあまりにも歴然とした間違いのある間違い探しパズルを見ているような気になってくる。海原は思わず車と青年を見比べて深く頷いた。
(人間って奥が深いんだね……)
 天薙はなんとなく困った表情を浮かべていた。高原の別荘とウニモグ。なんだか違う気がする。
「……なあ、もしかしてまさかと思うが、こんな車で行かなきゃならないほど辺境?」
 瀬水月が困ったように九尾に問い掛けた。電気が通ってない秘湯とかだったらどうしようと言う口調だ。まあ、湯治場でも別荘が無いとは言い切れない。何故そこで温泉なのかと言われれば、辺境に似合いそうだったからである。
「そういう訳ではありませんよ。……まあ、渋滞すれば車の上を乗り越えていくと言う手段もこの車なら可能ですが」
「いや、下敷きになった車が潰れるだろう、そりゃ」
「冗談ですよ。ああ、占い師も来たようですよ」
 ここで占い師が真っ赤なスポーツカーで現れたら、さらに不思議な光景になっただろう。しかし、彼が乗ってきたのは普及しているタイプの普通車だった。金髪の青年が青いジャケットを片手にこちらに向かって歩いてくると、笑顔を向けて会釈した。
「おはようございます。皆さんお早いですね。今日から三日間、楽しんでください」
 では、早速向かいましょうか、そういう占い師に全員が頷いた。


□夢見館へ
 雑木林の間を細くうねるように道路が走っている。山の頂上へと続く道には灯り一つ無い。
「真夜中に通ったら怖いんだろうねえ」
「その分きっと星が綺麗に見えそうですわ」
 海原の言葉に天薙が答える。瀬名が海原の持ってきたお菓子のお相伴に預かりながら、楽しげに言った。
「流れ星! 流れ星見えるかな?」
「流星も天の川も見えると思いますよ。空気も綺麗そうですから星を見るのに良い環境でしょう」
「流れ星ねェ、三回願い事言ったら叶うかしらネ?」
「そんなの迷信だろ? 大体言う暇ねーだろが」
 瀬水月の言葉に女性陣からロマンが無いという非難の声があがる。とりなすように九尾が言った。
「まあ、確かに単語一つってところでしょうねぇ」
「単語一つ……、何が良いと思われます?」
「う〜ん、恋、恋、恋とか?」
 天薙が首を傾げていった言葉に瀬名が端的な願い事を例に挙げてみる。海原が笑いながら言った。
「それじゃ、別の物が来ちゃいそうだよ」
「アハハ、来い来い来い! なワケね。雫ちゃんなら、恋より違う事なンじゃないの?」
「怖い話、怖い話、怖い話? みあお舌噛んじゃいそう」
「では、オカルト、オカルト、オカルト? こちらも早口言葉ですわね」
「ひっどーい、皆して!」
 笑い声が唱和する。連れの朧月に置いていかれてしまった感のある瀬水月は運転席に座る九尾に声をかける。
「後どれくらいなんだ?」
「この山の頂上のようですよ」
 思わず山の天辺と思わしき辺りを瀬水月は透かし見る。
「電線なさそうだな、電気通ってんのか?」
「自家発電という可能性もありますよ」
「だな。お。アレか?」
「え!? ドレ!?」
 窓の外を見ていた瀬水月の首にヘッドロックをかける勢いで朧月が窓に張り付く。窓に注目したのは海原と瀬名、天薙も同じだ。
「あ! あれだよ! 白い建物!」
「見えた見えたっ、なんか綺麗っぽい」
「瀟洒な洋館という感じですわね」
 日本の山の風景の先にアールデコ洋式を意識した造りのちょっとした屋敷がある。別荘と言う言葉には相応しいが、日本の山奥に噴水やプールがありそうな別荘というのも奇妙な感じだ。庭も屋敷もよく手入れされているらしく荒れた感じがしない。
 車が吸い込まれるように屋敷の前で停まる。
 車から降りると九尾は大きく伸びをした。運転というのは存外疲れるものだ。瀬水月もやはり肩やら背中やらを伸ばしている。女性陣はといえば疲れも見せずに屋敷の前で早速記念撮影の準備をしている。
「ほらほら! 九尾さんも、隼も! 並んで!」
「みあお様は階段の上に立った方がよろしゅうございますわね」
「うーんと、この辺?」
「あれ? このカメラどうやって撮るの?」
 大騒ぎの女性陣を見遣ると二人の男性はやれやれと視線を交わし合うと並んでいる彼女達の方へと歩き出した。
「私が写真を撮りますよ。皆さんで並んでください」
 占い師が瀬名の手からカメラを貰って言うと早速全員で並んで一枚写真を撮った。占い師はカメラを返すと全員に向かって言った。
「夢見館へようこそ。どうぞごゆるりとおくつろぐください」


□ステンドグラスの部屋
 凝った細工の施されたドアを開くと、柔らかい絨毯が敷き詰められたホールがある。二階までの吹き抜けになっていて入ってきた入口の上に設置されていたステンドグラスが綺麗な影を落としている。
 海原がステンドグラスから落ちた光とその窓を見比べながらため息をついた。
「うわぁ……綺麗……」
「でも、人の気配がしないわね」
「でも、手入れが行き届いていて人が住んでるようにも思えますわ」
「管理人の方でもいらっしゃるんですか?」
 九尾の言葉に占い師は笑いながら答えた。
「秘密ですよ。皆さんのお部屋は二階です。すぐ、誰がどの部屋だか判ってもらえると思いますよ」
 先に立って階段を上がり始めた占い師を追うようにして上がった一同は確かにすぐに意味を悟る事になる。
「成程。好きな色とはこういう意味でしたか」
 九尾が納得したように頷いた。海原は早速自分の色――透き通った綺麗な青――を捜しに駆け出した。朧月が自分の部屋を見つけて中を覗き込もうとする。
「あ、中見えないわネ。安心、安心」
 上機嫌の声に天薙も同じ事を考えていたようで頷く。
「不思議ですわね。ステンドグラスのように見えますのに」
「マジックミラーみたいだね。あ、これは藤の花の図柄だ! みあおのは空と鳥の図案だよ」
 それぞれのドアには丸く飾り窓がついており、それぞれが希望した色をモチーフにしたステンドグラスが飾られていた。九尾が夏の山をイメージした図案、瀬水月は海と星空の図案、朧月は幾重ものレースを纏った貴婦人の図案、そして瀬名は淡いピンク色のドレスを着た少女の図案だった。
「ところでアンタの部屋は?」
「一階にあるカードの図案の部屋ですよ」
 瀬水月の問いかけに占い師が答える。その時ドアを開く音とほぼ同時に少女達の歓声が上がった。
 開かれたのは朧月の部屋だった。白と一口に言っても生成りの白から純白まで様々な取り合わせの白が部屋を彩っている。レースのカーテン、天蓋付きの大きなベッド、洒落たインテリア。そのどれもが、少女達の期待を裏切らない雰囲気を作り出していた。
「ステキ! うわぁ、こういう部屋って憧れよねェ」
 朧月が窓を開いて涼しい空気を大きく吸い込んで言う。いつもはどちらかと言えば家主の趣味に従って割合シンプルなデザインの部屋だ。こういういかにもな部屋というのもたまにはいいではないか。天薙が嬉しそうに同意の頷きを返す。彼女は普段は和室なので、やはり別荘と言う響きに相応しいとも思えるこの部屋に多少の憧憬を抱かずにはいられなかった。
「ええ、素敵ですわね。わたくしの部屋もこうなのかしら? だったら……」
「みあおの隣だよね、確かめに行こう!」
「私も! 寝るのが楽しみだよね! ……うわぁ!」
 みあおに手を引かれて、天薙が歩き出す。瀬名は早速朧月の隣の部屋をあけて歓声をあげていた。
 そして、逆に不安になってドアを開きに行った者もいる。瀬水月だ。まさか自分も天蓋付きのベッドで寝るのだろうかと不安に思いながら開いてみると、大きくため息をついた。
「ベッドは普通、と。しかし、凝ってるな」
 藍色をベースにした配色の部屋は居心地が悪くない程度に装飾されていた。よく見るとその装飾は洗練されたフォルムで見ていて飽きが来ない。遮光率の高いカーテンと電気がつく事を確認して瀬水月はホッと息をついた。
「しかし、これだけの部屋、準備するのが大変ではありませんでしたか?」
 シックな色彩で落ち着いた雰囲気の部屋に荷物を置いてから九尾は占い師に問い掛ける。実際、絨毯まで色を合わせるのは並大抵の事ではない。
「さあ? どうですかね。ここの人達がそれだけ皆さんを歓迎していると言う事ですよ」
「その住民の方は?」
「そうだな、世話になるのに挨拶くらいしねーと」
「後で挨拶に来られると思いますよ。今お茶の用意をされているみたいですから」
「……見てねーのに、何でわかるんだよ、あんた」
 不審そうな瀬水月の言葉に占い師は笑う。九尾は少し眉を潜めたが口を開かなかった。彼には人の気配が感じられなかったのだが、それを追求するのは後にしようと思ったからだった。


□夜のイベント
 夢見館の住人だという家族が用意してくれた夕食は美味しい物だった。北欧の血を引くという婦人のバイキング方式の夕食に舌鼓を打つと、ついいつもより大目の量を食べてしまっていたようで、食後のデザートと飲み物を平らげた頃には全員すっかり満足していた。
「んで、この後その慣例っていうイベントなんだよな?」
「みあお、しばらく動きたくないよぉ、おなか一杯!」
 瀬水月の言葉に海原が両手を上げて降参のポーズをしてみせた。くすくすと笑って天薙が同意する。
「わたくしも……。でも食後の運動が必要かもしれませんね」
「夏のイベントの相場って言えば肝試し?」
 ぴんと人差し指を一本立てて朧月が言う。九尾が頷いて外を眺めた。
「成程、確かに星明りの下、懐中電灯だけで庭の向こうの木立を歩くとそれだけでスリル万点かもしれませんね」
「おばけくらいじゃ、みあお驚かないもん」
「わたくしもそうですわね」
「……まあ、驚くかどうかはともかく涼しげだし歩く分には良いかもな」
 それはそうだろう。ここにいるのはそういう事が専門かどうかはさておき、それぞれが余り普通ではない事件に関わってきた面々だ。霊感の類がなくても一度くらいはそういうものに出くわしている。余程の事がなければ、瀬水月の言う通り夜の散策程度になってしまうだろう。
「つまらなかったら、訴えるぞ〜」
 朧月が笑いながら言った言葉に、全員からくすくすと笑いが漏れる。九尾が澄まして彼女に問い掛けた。
「この場合訴えられるのは幽霊ですか?」
「それじゃあ、訴えても得にはならなさそうだな」
「そうですわね。で、実際はどんなイベントなんですの?」
 彼らのやり取りをただ笑って見ていた占い師に天薙が問い掛けた。
「大した事じゃありませんよ。眠っていただくだけです」
 え、と全員の視線が占い師に集中する。別に寝るのはやぶさかではないが、イベントがそれとはどういう事だろう。
「普通に寝るのですか?」
 そういう事もないだろうと確信ありげな口調で九尾が問い掛ける。占い師が曖昧な笑みを浮かべたまま、そっと小さな小瓶を差し出した。
「これを枕元に置いてです」
「これ、なぁに?」
「なんだか良い匂いがする。ハーブ?」
 海原と瀬名が早速手に取る。朧月は小瓶の匂いを確かめて首を傾げた。
「あ、コレもステンドグラスと同じ色なのね。んー、アタシ、ハーブは専門じゃないのよねェ」
「わたくしもですわ」
 天薙が頷いて同意する。陰陽師と巫女、いずれもハーブには縁がないようだ。瀬水月は単刀直入に疑問を口にする。
「んで? コレを枕元に置いて寝たらどうなるんだ?」
「さあ? それは皆さんで確かめてください。夢見館の夜がどんなものかも」
「ふむ。体験してみないと教えない、と言う事ですか?」
 九尾の言葉に占い師は笑って頷いた。


■薄衣
 九尾はバルコニーに椅子を引き出すと、ワインのミニボトルを空けた。サントリーニという大衆向けのワインの味を楽しみながらゆっくりと空を見上げて過ごす。
 寝酒、というほどの事も無い。普段の飲酒量から比べれば微々たる物だろう。満天の星空の下飲むという機会はあまりない。夜が更ける前に寝るのも彼にとっては珍しい事だ。
「まあ、こんな静かな夜も悪くはありませんね」
 降るような星空も、天の川もあまり東京では見る事のないものだ。それを楽しむのも悪くない。
 ワインをあけると、九尾はベッドに身を横たえた。心地良い睡魔が訪れたのはそのすぐ後のことだ。
 ――小瓶が仄かな光を宿したのはその頃の事だ。
 太陽が鋭く照り付けていた。夏の空は濃い青をしていると、九尾は思う。濃い青に負けないくらいの強さの白い雲。何よりも空の主役は太陽だろう。その太陽の輝きを存分に浴びて、深く強い緑が山を覆う。
(夏は強い色が良く似合いますね)
 空は一言に青といっても、季節によって実に様々な色に変化する。忘れかけていたその事実を思い出し、桐伯は木の根元に腰掛け空を振り仰いでいた。
「暑い……」
 木陰にいて座っているだけでもじんわりと汗が滲む。ひどく蒸し暑い。
「坂東太郎がいるせいですかね……これは一雨きそうだ」
 坂東太郎――入道雲は大きく勢力を増していた。おそらく一雨来るだろう。
 予想通り、稲妻が轟く。勢いよく雨が降りだした。
 ぱたぱた。
 薄物を額づいて裾をからげて走ってくる影がある。どうやら雨宿りするつもりのようだ。
 互いに何を言うでもなく雨上がりを待つ。
 それは程なく訪れた。空に虹がかかる。
 大きな二重の虹。しばし見惚れて、ふと振り返るとそこには誰もおらず、ただ薄物だけが木にかけられていた。
 何気なく手に取るとそれは薄くて軽かった。昔はこんな薄物で暑い夏を乗り切ったのだろうか。ふと古い夏の呼び名が浮んだ。
「蝉の羽月、ですね」
 それに答えるかのように、蝉の鳴き声が響いていた。
 涼やかな風を感じて、九尾は目を開いた。身を起こすと左手に薄物を握っている事に気が付いた。見る間にそれは青と緑の混じる小さな珠になった。
「夢見館……ですか」
 誰に言うとも無く納得の言葉を九尾は呟いた。


□楽しくパーティを
 夏の夕は長い。陽が沈んでも、尚暗くならない空の下。ささやかなパーティが始まろうとしていた。
「はーい、お・ま・た・せ!」
 朧月が瀬水月を引き連れてトレー一杯にデザート皿を乗せて庭にやってきた。白いワンピースがひらりと風に揺れた。フリルとレースをふんだんに使ったそれは少女に良く似合っていた。少年の方はと言えば普段とあまり変わらない格好だ。
「桜夜ちゃん手作りの特製プリンをつかったプリン・ア・ラ・モードでぇっす」
「うわぁ、美味しそう!」
 海原がはしゃいだ声をあげる。海原はペールブルーのオーガンジーをふんだんに使ったドレスに身を包んでいた。彼女は既にテーブルに持ってきたクッキーとなにやら青いものを並べていた。
「みあおちゃん、それはなぁに?」
「青い羽根と珊瑚を使って作ったの、皆にどうぞって」
 笑っていう少女の手にはブックマーカーやネックレス、チョーカー、イヤリング等様々な物がある。
「まあ、とても綺麗ですわ」
 スイカを手にして現れたのは天薙だ。冷蔵庫で冷やすよりは美味しさが増すからと近くの小川で冷やしたスイカは大きくて重そうだ。それを軽々と持っているように見えるのが可憐な朝顔の柄の浴衣を自然に着こなした女性だというのがなんとも不思議に見える。
「包丁もってきたよー!」
 特製のアイスティーを片手に包丁を振り回すという危なげな事をしながら瀬名が駆け寄る。
 それらの様子を一番最初からスタンバイしてみていたのは九尾だ。彼の前には大きな機械と氷がある。
「すっごーい、コレ、家にあるヤツと全然違うわ!」
「うんうん、縁日の屋台みたいだよ!」
「勿論、味も屋台より美味しいですよ?」
 しげしげと機械を眺める朧月と海原に笑って彼は片目をつぶった。瀬水月がひどく納得した顔で言う。
「だからあの車出したんだな」
「これは手荷物には出来ませんものねぇ」
 こちらもやはり納得した口調で天薙が頷く。ふと周りを見渡して、思いついたように占い師はと聞く。
「すいません、遅くなりまして」
 屋敷の家族と一緒に色々と運んで来た占い師が詫びの言葉をかける。夕飯用の様々なおかずと一緒にパイが一つ。
「サプライズパイですよ。陶器の人形が入っています」
「引き当てると幸運が訪れそうですね」
「間違って飲み込んだら一大事だケドね!」
「まあ、齧った方が一大事でしょう、口の中を切ってしまいますから」
「用心してりゃイイだろ」
 なんだか怖そうな話になってしまった朧月と九尾の言葉に半眼になった瀬水月がつっこみを入れる。その様子に天薙と瀬名がくすくすと笑った。
「ねえ、みあおがお願いしてたのは?」
「ええ、勿論準備が出来ていますよ」
「え? 何?」
 瀬名が海原と占い師の会話を聞きつけて疑問を口にする。海原はにっこりと笑った。
「あのね、みあお踊ろうと思うんだ。だから音楽を頼んだの」
「では、招待主から皆様に感謝を込めての音楽を」
 占い師が開け放たれたドアの向こうのピアノの前に座ると、海原が一段高くなった場所でぺこりとお辞儀をする。皆から歓声が上がった。
 陽気なピアノの曲に合わせて海原が大きく跳んだ、ひらりと回って、更に逆に一回転。オーガンジーの裾が少女の動きを一拍遅れて追う。
 手の動きや、一時も休む事のないステップが海原の銀の髪を青い影の中に隠していく。
 くるりくるりと舞うその動きに紛れて青い羽根が舞う。
 幸せをもたらすという青い鳥の羽根、しかし、今幸せをもたらしているのは青い鳥ではなく、小さな少女の舞であった。音楽さえも霞んで声もなく一同は見入る。
 最後の動きが終わり、息を弾ませて少女が礼をすると惜しみない拍手が贈られる。海原は満面の笑みで皆に頭をもう一度下げた。
「ありがとうっ!」
「とても綺麗でしたわ」
「ウン! やるじゃない! 凄かったわ」
 天薙が笑顔で海原の汗を拭い、朧月が軽く労いを込めて少女を抱きしめる。男達は少し取り残されながら惜しみない賞賛の拍手を送っていた。
 瀬名が皆に飲み物を配ると改めてパーティが始まった。


□楽しい夜は更けて
 天薙はジュースとクッキーを食べながら話し込んでいたが、ふと気が付いたようにそろそろいいかしら、等と言って立ち上がった。
「なにがそろそろなの?」
 プリン・ア・ラ・モードを攻略するスプーンを置いて海原が問う。九尾の作った氷イチゴの練乳かけに舌鼓を打っていた朧月も隣の瀬水月が立ち上がったのを見て腕を引いた。
「隼、どこ行くの? まだ、スイカ食べかけじゃない」
「持ち寄り品、取って来る」
「ああ、アレ」
「あれ、ですか?」
 納得して頷いた少女に九尾が首を傾げた。
「あ、もしかして瀬水月様も同じ物を?」
「かもな。じゃ、取ってくる」
 瀬水月と天薙がそれぞれ立ち去ると唯一知っていそうな朧月に視線が集まる。瀬名がねだるように彼女に尋ねる。
「ねぇねぇ、何持ってきたの?」
「ホラ、夏の夜って言ったら定番のアレよ、ア・レ」
「ああ、もしかして」
「え? 桐伯、判ったの?」
 相手が自分の倍以上の年齢だというのに、こだわらない海原の呼びかけに九尾は鷹揚に頷く。
「夏になると無性にしたくなる物ですよ」
「なんだろー?」
 とは海原と瀬名の唱和した声である。程なく二人が返ってくるとその手荷物に視線が集中する。
「あーっ、花火だ! みあお、花火やりたい!」
「同じ物かと思ったんですけれど、若干違いましたわね。瀬水月様のは打ち上げですのよ、わたくしのは手に持って出来る物なのですが」
「打ち上げは私達でセットした方がいいでしょうね」
 天薙の言葉に九尾が瀬水月を見て提案する。頷いて男性二人は早速庭に花火をセットする。
「行くぞー!」
 五連打ち上げと書かれた花火に火をつけると瀬水月が退避する。
 ひゅーっ、……ぱぁんっ!
 赤い色の火花が、青い色の火花がはじけて消える。女性達はそれに歓声を上げた。
「ではこちらも」
 九尾が火をつけたのはその場で火花を高く噴出すタイプの物だ。海原がおおはしゃぎで綺麗と手を叩く。
 こうして花火大会が始まった。
 華やかな打ち上げ花火の後は手持ち花火に変わる。朧月が暗い所まで走っていって、二つの花火をくるくると回すと、光の残像が躍る。海原も真似して走り出した。広い庭でくるくると明るい輝きが増していく。
「やはり最後はこれで締めですわね」
 天薙がにっこりと微笑んで取り出したのは線香花火だ。火花を落とさないように慎重に火をつけると小さな火花が次々と違うはじけ方をする。ついつい、長く見ようと息を詰めて真剣に花火をする海原と天薙。どっちが長く持つか競争だと張り合う瀬水月と朧月。九尾はといえばその様子を笑って眺めながら実の所二人よりも長く火花を保っていた。
「これで、おしまい! 楽しかったァ!」
「みあおもすっごく、楽しかった!」
「わたくしもですわ。大勢でする花火って楽しいものですわね」
「まあ、あれだな。最初はちょっと煙かったケドな」
「それはやはり打ち上げ花火は煙が多いですしね。しかしやはり夏は花火ですね」
 最後をまとめた九尾の言葉に誰もが大きく頷いたのだった。


□旅の終わりに
 翌日、また行きと同じだけの時間をかけて東京まで戻った一行は離れがたい気分でゴーストネットOFFまで戻ってきていた。
「あー、後もう一泊位したかった!」
 瀬名の言葉に皆が笑いながら頷く。そういえばと占い師が切り出した。
「皆さん、小さな珠を見つけたでしょう?」
「アレ、どういう事なんだ?」
「みあおも知りたい!」
「さあ? 種明かしはしません。でも、そう、あの珠はちょっとしたささやかな願いを叶えてくれますよ。たいした事は出来ませんが」
「ささやかな、願いですか?」
「ええ」
 それきりその件に関しては口をつぐんで占い師はいずれまたお会いしましょうと言い、一番初めに立ち上がった。帰る後姿を見送って天薙がちょっと躊躇いがちに口を開いた。
「そういえば、図書室には行かれました?」
「ああ、あの別荘のご家族の肖像画がある書斎ですね。古い良い本が揃っていましたね」
 九尾の言葉にえ、と首を傾げたのは天薙と朧月だ。
「わたくし、大きなカウチだけの絵を見ましたのよ。だから不思議な絵だなと思っておりましたの」
「えー!? 私が見た時チビちゃんとお母さんがいなかったわよ?」
「ちょっと待て、同じ絵か、ソレ?」
 瀬水月の言葉に口々に場所を言うがどれも確かに同じ場所にあった絵だと言う。
「どういう事だ、そりゃあ?」
「みあおね、その絵じゃないケド見たよ。お屋敷を探検してた時にね、女の子が部屋に入っていったの。追っかけていったら女の子はいなくて、その女の子の絵だけがあったんだ。あれってどういう事だったのかなぁ」
「……あそこは人の気配がしませんでしたね。もしかして絵から抜け出してきてもてなしてくれたのかもしれませんね……なんて、まさかですかね」
「でも、そうだとしても、わたくし、今度の旅行楽しゅうございましたわ。良い夢も見られましたし、美味しい物も皆さんといただけましたしね」
 海原の言葉に九尾が冗談めかして肩を竦めてみせた。天薙は首を傾げながらも笑顔をみせる。
「少なくともあそこに悪意や歪みは感じなかったンだケド……、そぉね、どっちにしても楽しかったし良いんじゃない?」
「そーかも知れねーがなぁ……ま、いっか」
 朧月の言葉に瀬水月が首を傾げながら最終的には同意する。全員、今一つ不思議な気分だったが、少なくとも楽しかった事だけは頷けるのだった。


fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
 0072/瀬水月・隼(せみづき・はやぶさ)
                /男性/15/高校生(陰でデジタルジャンク屋)
 0328/天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)/女性/18/大学生(巫女)
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
 1415/海原・みあお(うなばら・)/女性/13/小学生

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 えーっと、盆明けの納品になってしまいました。申し訳ありません。
 そしてやたらと長文になってしまい、更に申し訳ございません。
 お楽しみいただけましたら、幸いでございます。

 九尾さま、十回目のご参加ありがとうございます。とうとう二桁の大台です。いつもありがとうございます。
 今回はウニモグにやられました(笑)。調べて思わずびっくり。凄くごつい車ですね。あの車に九尾さまというミスマッチ加減に不思議な気分でした。
 そしてプロ仕様のかき氷セット、思わず食べてみたくなりました。アルコール入りのもこっそり作られてたんじゃないかな、等と思っております。
 そして、蝉の羽月、素敵な言葉ですね。情緒ある夏の風情を思い出しました。
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の九尾さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。