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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真夏の海と水着ギャル

 ジリジリと暑さを増しつつある、夏のある日のこと。
 唐突に、探偵は言った。

「海に行くぞ!」

 たまたま遊びに来ていた藍川は、ちょうど入れ違いで依頼人が帰っていったことを思い出す。
 まだ青年と言っても差し支えない程の若い男だったが、背中に影を背負っていたように思える。
「新しい依頼?」
 尋ねると、草間武彦は深々と頷き、一枚の写真を差し出す。
 そこには、派手な柄のビキニを身につけたグラマラスな美女が写っていた。 
「彼女はな、千葉のとある海水浴場にいる詐欺師なんだそうだ」  
 話によれば、『写真とって貰えますか?』と近づいてきて、話し込んでいると、そのうちに海の家でいろいろな物を大量に奢らされるのだという。そして最後は素性も明かさずに帰っていく―― 
 それってただ単にカモられてるだけなんじゃ、と思う藍川だったが、やたらと気合いの入っている草間にそんなことは言えず、黙って話に耳を傾ける。
「この女を捜して、渡して欲しい物がある――というのが今度の依頼だ」
「それだけ?」
「ああ。簡単だろ?だからついでに海水浴でも楽しんでこようかと思ってな。どうだ、お前も行くか?」
 
 手がかりは一枚の写真と、出没する海水浴場の場所だけ。
 さて、どうしたものか――?
 あなたは肩をすくめ、水着ギャルの豊かなバストに、ぼんやりと目をやった。 
「ウワーイ☆ないすばでーなお姉さん!でも草間さん、女運ないって話だしね……裏とかあったらやだなぁ」
「誰から聞いたんだ……それより、行くのか、行かないのか?」
 半眼で訊ねてくる草間に、すぐさま藍川はニッコリと微笑んだ。
「もちろん行くよ♪楽しみじゃない、海水浴」



 ――8月某日。
 今まで出番がなかった分を一気に放出するような熱線に照らされながら、草間興信所の一行を乗せたミニバスは国道を走り、千葉県南部は天津小湊に辿り着いた。
 メジャーすぎず、かといってマイナーすぎもしない海水浴場である。
 総勢10名の探偵助手たちは、浜辺にだだっぴろいスペースを陣取ると、思い思いに行動を開始した。



 橘姫貫太(きつき・かんた)は、とくに泳ぎたいとは思わなかったので、一行から離れて釣場にやってきた。
 遠くに潮騒を聞きながら、のんびりと釣り糸を垂らす。
 風通しの良いポロシャツにハーフパンツという軽装だが、やはり真夏の日差しは強かった。  
「せめて、帽子でもかぶってくれば良かったな」
 眉間にしわを寄せて、ひとりごちる。
 それでも此処に留まっているのは、こうしていれば、もしかしたら例の女詐欺師が声をかけてくるかも知れないという思惑があるからだ。
 それと、上手くいけば明日【黒猫の寄り道】――貫太が住み込みで働くイタリア料理店で出せるような食材が手に入るかも知れないというのも、ある。
 そうすれば、日頃世話になっている店主の貴耶への土産になる。
 ――と。
「やっほー、お兄さん♪ご一緒してもいい?」
 陽気に声をかけてきたのは、待ち人――ではなく、草間興信所一行のひとり、理生芽藍川(ことおめ・あいかわ)だった。
 サラサラの黒髪と、透き通るような白い肌の美少年。だがその正体は、悠久の時を生きる雨の精霊の一種――藍川自身は『雨男』と称している。
 有名ブランドのロゴが入ったトランクスタイプの水着に、てるてる坊主のイラストのシュールなTシャツ姿の藍川は、貫太の答えが返るより早く腰を下ろした。
「どう?釣れてる?」
「いや、まだ全然だよ。君のほうこそ――楽しんでる?」
 微笑を浮かべて尋ねる貫太に、藍川は白い歯を見せてニッと笑った。
「もっちろん!大勢で海に来るのって、それだけでも楽しいよね♪」
 貫太の竿にようやく当たりがきて、一匹目が釣り上げられる。
 小振りの魚で、とてもではないが食べられない。すぐに海に返した。
 キャッチ・アンド・リリースだねっ、と笑う藍川は、ふと真面目な顔つきになって貫太に尋ねる。
「ねぇ、お兄さん。ちょっとだけ俺、水の中に足を入れたいんだけど。いいかな?」
「ああ、構わないけど……」
 何を突然と戸惑いつつも、貫太は快諾する。
 貫太が見守る中、ビーチサンダルを脱いだ藍川は、岩場の間の浅い水面に両足を浸した。
 そのまましばらく両目をつぶり、集中する藍川だが――ややあって、深々とため息をつき、貫太を振り返った。
「やっぱり駄目みたいだー」
「一体、何をしていたんだい?」
 首を捻る貫太に、藍川は不思議な笑みを浮かべた。
 曰く、藍川は雨男の能力を使って、自分の身体の一部を水と同化させることが出来るのだという。
 もしその女詐欺師が水中にいれば、感知することも可能だった――と、あまり残念そうには見えないが、彼なりに残念がっていたようだ。
「じゃあ俺、今度は浜辺のほう探してみるね♪」
 ぶんぶんと手を振って、はしゃぎながら去っていく藍川に、貫太は思わず笑みをこぼした。
 再び釣り糸を垂らし、さてどうしたものかと思案をめぐらせる。



 草間興信所一行のベース地からいちばん近い海の家は、この海水浴場に何軒かあるなかでも、いちばん規模の大きいものらしい。

 理生芽藍川(ことおめ・あいかわ)――『雨男』こと雨の精霊は、テーブルに両肘をついて足をブラブラさせていた。
 アイスキャンデーを口にくわえ、にこにこ笑顔を保ったまま、周囲をそれとなく観察している。
 彼の視線の先には、シュライン・エマの姿があった。
 草間興信所の事務員兼、調査員。彼女は、女詐欺師の写真を海の家のスタッフに見せて、聞き込みをしていた。
「おーい、シュラインのお姉さん!こっちこっち!」
 ここに来るまでの車の中で、簡単な自己紹介は済ませている。
 藍川が手を振ると、シュラインは視線で『ちょっと待って』というように訴えてきた。
(ん?もしかして、何か情報をゲットできそうなのかな?)
 とはいっても藍川は、依頼のことより――どちらかといえば、楽しく海水浴できればいいなという思いのほうが強かったりもする。
 しばらく待っていると、シュラインが笑顔でやって来た。
「理生芽くん、成果はどう?」
「うーん、イマイチかな。それより、俺のことは『藍川』でいいよ♪」
「オッケー、藍川くん」
 日除けに使用していた帽子をテーブルの上に置いて、シュラインは頷く。
 ここの海の家は、ファミレスのように席までスタッフがオーダーをとりにくる形式のもので、シュラインはアイスティーを注文した。
 藍川も、かき氷を追加で注文する。
「ところで、シュラインさんこそ成果はどうなの?なにかめぼしい情報はあった?」 
「それがね――……」
 声のトーンを落とし、顔を近づけてシュラインが囁く。
 ――と、視界の隅に良く知る人物を見つけて、一旦顔をあげた。
 声をかけるか否か逡巡して――やはり、声をかける。

「榎真くん、みかねちゃん!」
 よく知る声に呼ばれて、直弘榎真(なおひろ・かざね)と志神みかね(しがみ・みかね)のカップルは、キョロキョロと辺りを見回した。
 海の家はほどよく賑わっており、パッと見ただけでは知り合いがいても気付きにくい。
「……あ。シュラインさんだ。それと、理生芽」
 榎真が指さした方向に、シュラインと藍川の姿が見えて、みかねは笑顔を浮かべた。
 藍川とは今日が初対面だが、行きの車の中で少し話をした。気さくな好青年だったので、榎真もみかねも好印象を持っている。 
 ふたりはシュラインたちと同じテーブルにつき、かき氷を頼んだ。
「どう?楽しくデートしてる?」
 揶揄するようなシュラインの言葉に、榎真もみかねも顔を赤くする。
「もう、シュラインさんまで……でも、楽しいです。来て良かったなぁって。ね、榎真さん?」
「うん。……ところで、忘れてたわけじゃないけど、依頼のほうはどうなってるの?」
 ゴホンと咳払いして榎真は――実は忘れかけていた依頼の話を振った。
 そこで、シュラインと藍川の頼んでいたアイスティーとかき氷が届き、会話は一時中断する。さっそくシャクシャクと氷の山を崩しながら、藍川は肩をそびやかした。
「俺は成果なしだけど、シュラインさんは何かあるみたいだよ」
「そうなのよ。さっきも言いかけたんだけど……」
 と、再び声をひそめるシュライン。
 だが、またしても会話は中断せざるをえなくなった。店の中で、ちょっとした騒動が起きたからだ。

「母ちゃん、かき氷買って〜」
「な、なによこの子!アタシはまだ『母ちゃん』なんて歳じゃないわよ!」
 一房だけ銀色の髪をした少年の隣に立っていたグラマラスな女性が、激昂したように叫んだ。
 一瞬、海の家の中が静かになり、店中の注目がふたりに集まる。
 女性はとてもではないがこの場にいられなくなったらしく、そそくさと出ていった。が、少年のほうはペロッと舌をだして笑っている。
「光夜〜……あんまり恥ずかしいコトするなよ」
 少し離れたところにいた連れ、守崎北斗(もりさき・ほくと)が頭を掻きながら、光夜――御崎光夜(みさき・こうや)の後ろ髪をキュッと引っ張った。
「だったら北斗が何か買ってくれよー」
「馬鹿、あとで兄貴に怒られるだろ」
 ――と、そこで彼らは近くのテーブルに知った顔が集まっているのに気付いて、手をあげる。
「よぉ、シュラインさんたちじゃん。そっちに行ってもいいか?」
「ええ――……」
 そうして、幾分疲れたような表情の4人のテーブルに、北斗と光夜も合流した。
 それから肩で息をひとつして、シュラインは三度きりだす。
「写真を見せて聞き込みをした結果なんだけど、やっぱり『女詐欺師』はこのあたりに現れてたみたいよ」
「現れ……てた?」
 なぜ過去形なのかと、榎真は問う。
 なんでも話によれば、ここ数日その女は姿を見せていないのだそうだ。美人でグラマーな女のことを、スタッフはよく覚えていた。
「ここ数日……依頼人の人が興信所にきたのって、たしか数日前だよねぇ?」
 藍川が、かき氷を口に運びながら、のんびりと発言する。
 この符号は一体、なにを意味しているのか?
「でもさ。それだったら、もうその女の人はいないかもってことだよな?」
「だな。じゃなきゃ、近辺のホテルとかペンションまで当たってみねーと駄目かも」
 光夜と北斗が、いつの間に頼んだのか焼きそばをつつきながら頷きあった。
「そうですね……詐欺師さん、もういらっしゃらないのかも……」
 みかねの言葉に、シュラインもため息をつく。
 そう――これだけ探しても見つからないとなると、依頼を完遂することは難しいかもしれない。というより――日帰りの予定で来ているが、それでは無理だ。
 一旦、作戦を練り直す必要があるだろう。
「ちょっと武彦さんに相談してみるわ。もうしばらく自由にしていて良いから、あとでみんな集合して頂戴」
 シュラインがそう言うと、榎真とみかねはかき氷を手に再び浜辺へ戻っていった。
 北斗と光夜は、岩場のほうにいるという彼らの兄を迎えに行くという。
 残ったシュラインと藍川は、ひとまず草間のところに戻ることに決めた。

 だが、そのころすでに他のメンバーの手によって、事件は解決していた。
 のちほどベースに戻った面々は、拍子抜けしたような安心したように微妙な気持ちで、夕方のバーベキューの開始を待つこととなる――。



 鉄板の上で、野菜やシーフード、肉などが香ばしい匂いを醸しながら焼けている。
 草間を含む11名で鉄板を囲んで、わいわいと『解決編』が行われることになった。
「要するにな。依頼人は、その『女詐欺師』に惚れちまったわけだ。で、預かりものはラブレターってわけ」
 缶ビール片手に、すでに出来上がりつつある草間が言うと、何人かはすぐに合点した。だいたい、そんなところではないかという予感はしていたのだ。
「でも、それにしては依頼人、あんまり暗すぎじゃなかった?」
 食べ物を小皿に取り分け配りながら、シュライン・エマが尋ねる。仮にも依頼人の姿を見たわけだから――当然の疑問ともいえる。
「そうだね。何か思い詰めた感じだったし――って、事情はそれぞれだから、俺はあんまり気にしないけどねっ」
 そのシュラインから小皿を受け取った理生芽藍川(ことおめ・あいかわ)は、小首を傾げて微笑んだ。
 依頼さえきちんとこなせれば、余計な詮索はしなくても良い――それが、彼のスタンス。
 実際、女詐欺師と遭遇した橘姫貫太(きつき・かんた)が、新たに鉄板の上に焼きそばを投入しながら言葉を継いだ。
「そうですね。でも、草間さんは何かご存じなんでしょう?」
「それを俺たちに隠してたというのは、気に入らないな……」
 もぐもぐと口を動かしながら、守崎啓斗(もりさき・けいと)も頷き、肯定する。 
 データをきっちり調査員に報告して、それで調査に当たるように指示をするのが、リーダーの役目のはずなのだ。
「いや……隠していたというか。俺もどちらかと言えば、海水浴を楽しむ方が目的だったからな。どうせなら大勢引っ張ってきた方が楽しいだろ?詳細を全部伝えてたら、この中で何人かは確実にパスしてただろうしな」
 そう言って笑う草間に、確かに何人かは否定できない気持ちだった。
「ま、おかげで俺はよりどりみどりの水着ギャルを観察でき……ぐはっ」
「た・け・ひ・こ・さ〜ん……?」
 草間の鳩尾にシュラインの肘鉄がクリーンヒットする。それを見て、全員が爆笑した。

 しばらくしてすっかり日が落ちると、バチバチと色とりどりの火花が舞う。
「こら光夜、花火振り回したら危ないだろ」
「大丈夫だって!こうしたほうが綺麗だしさ、月兄ぃもやってみなよ!」
 御崎月斗(みさき。つきと)、光夜(こうや)の兄弟が、普段は見せない無邪気な様子で花火に興じていた。
 その少し向こうでは、直弘榎真(なおひろ・かざねと)と志神みかね(しがみ・みかね)が線香花火に挑戦している。
 すっかりふたりの世界で、誰も入り込む余地はない。
「そういやさ。なんで依頼人は、あんなに暗かったわけ?」
 ビール片手の草間の横で、ノンアルコールの炭酸飲料とつまみを堪能している守崎北斗(もりさき・ほくと)が尋ねた。
 草間に付き合っている真名神慶悟(まながみ・けいご)も、
「女のほうも、手紙を読むまでは暗い感じだったな。どういうわけなんだ?」
「つまり、両方『恋患い』だったってわけさ」
 草間が言うには――男のほうは、女が詐欺師だという噂を聞いて泣く泣く帰ったものの、やはり諦めきれず。女のほうも、一目惚れした男のことが忘れられず。
「まぁ…夏を満喫できただけでも儲けものか。巡る四季を楽しまないのは…やはり勿体無い話だしな」
 溜め息混じりに、慶悟は苦笑した。

 こうして、真夏の海と水着ギャルの事件は幕を閉じた。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)      ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0231/直弘・榎真/(なおひろ・かざね)/男/18歳/高校生】
【0249/志神・みかね(しがみ・みかね)/女/15歳/学生】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男/20歳/陰陽師】
【0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと)/男/17歳/高校生】
【0568/守崎・北斗/(もりさき・ほくと)/男/17歳/高校生】
【0720/橘姫・貫太(きつき・かんた)/男/19歳/『黒猫の寄り道』ウェイター兼・裏法術師】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【1270/御崎・光夜(みさき・こうや)/男/12歳/小学生(陰陽師)】
【1746/理生芽・藍川/(ことおめ・あいかわ)/男/999歳/雨男・ところにより時々高校生】


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■               ライター通信               ■
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 大変お待たせいたしました。
 担当ライターの多摩仙太です。
 お盆休みをはさんでしまったこともあり、お届けが遅れてしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。

 今回のノベルは、オープニングを含め15の場面で構成されています。
 全部で10名にご参加いただきましたが、ほとんど顔を合わせていないキャラクター同士もいますね……そのぶん個別や、お友達との場面が増えているとは思うのですが、もう少し絡められたら良かったかなぁなんて思います。

 きちんと説明されていない箇所もいくつかあると思いますが、そのあたりは自由に想像して楽しんで下さい。
 自分がどの行動をしている間に、他の人がどうなっていたか――そんなことを照らし合わせてみても良いかも知れないです。

 それでは、今回は個別のメッセーシを書けなくて大変申し訳ないのですが、これにて失礼いたします。
 年内はぽつぽつ窓口を開けていると思うので、また見かけたらよろしくお願いいたします。
 最後になりましたが、今回は発注どうもありがとうございました。また出逢えることを祈って。

 2003.08 多摩仙太