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真夏の海と水着ギャル
ジリジリと暑さを増しつつある、夏のある日のこと。
唐突に、探偵は言った。
「海に行くぞ!」
たまたま遊びに来ていた貫太は、ちょうど入れ違いで依頼人が帰っていったことを思い出す。
まだ青年と言っても差し支えない程の若い男だったが、背中に影を背負っていたように思える。
「新しい依頼?」
尋ねると、草間武彦は深々と頷き、一枚の写真を差し出す。
そこには、派手な柄のビキニを身につけたグラマラスな美女が写っていた。
「彼女はな、千葉のとある海水浴場にいる詐欺師なんだそうだ」
話によれば、『写真とって貰えますか?』と近づいてきて、話し込んでいると、そのうちに海の家でいろいろな物を大量に奢らされるのだという。そして最後は素性も明かさずに帰っていく――
「それって詐欺師というより――」
男がほだされているだけなんじゃ、と思う貫太だったが、やたらと気合いの入っている草間に最後までは言えず、黙って話に耳を傾ける。
「この女を捜して、渡して欲しい物がある――というのが今度の依頼だ」
「それだけ?」
「ああ。簡単だろ?だからついでに海水浴でも楽しんでこようかと思ってな。どうだ、お前も行くか?」
手がかりは一枚の写真と、出没する海水浴場の場所だけ。
さて、どうしたものか――?
あなたは肩をすくめ、水着ギャルの豊かなバストに、ぼんやりと目をやった。
(綺麗な人だけど、美由姫さんには負けるよな……)
微苦笑して、貫太は頷いた。
「行きましょう。いろいろ気になるところもありますから」
◇
――8月某日。
今まで出番がなかった分を一気に放出するような熱線に照らされながら、草間興信所の一行を乗せたミニバスは国道を走り、千葉県南部は天津小湊に辿り着いた。
メジャーすぎず、かといってマイナーすぎもしない海水浴場である。
総勢10名の探偵助手たちは、浜辺にだだっぴろいスペースを陣取ると、思い思いに行動を開始した。
◇
橘姫貫太(きつき・かんた)は、とくに泳ぎたいとは思わなかったので、一行から離れて釣場にやってきた。
遠くに潮騒を聞きながら、のんびりと釣り糸を垂らす。
風通しの良いポロシャツにハーフパンツという軽装だが、やはり真夏の日差しは強かった。
「せめて、帽子でもかぶってくれば良かったな」
眉間にしわを寄せて、ひとりごちる。
それでも此処に留まっているのは、こうしていれば、もしかしたら例の女詐欺師が声をかけてくるかも知れないという思惑があるからだ。
それと、上手くいけば明日【黒猫の寄り道】――貫太が住み込みで働くイタリア料理店で出せるような食材が手に入るかも知れないというのも、ある。
そうすれば、日頃世話になっている店主の貴耶への土産になる。
――と。
「やっほー、お兄さん♪ご一緒してもいい?」
陽気に声をかけてきたのは、待ち人――ではなく、草間興信所一行のひとり、理生芽藍川(ことおめ・あいかわ)だった。
サラサラの黒髪と、透き通るような白い肌の美少年。だがその正体は、悠久の時を生きる雨の精霊の一種――藍川自身は『雨男』と称している。
有名ブランドのロゴが入ったトランクスタイプの水着に、てるてる坊主のイラストのシュールなTシャツ姿の藍川は、貫太の答えが返るより早く腰を下ろした。
「どう?釣れてる?」
「いや、まだ全然だよ。君のほうこそ――楽しんでる?」
微笑を浮かべて尋ねる貫太に、藍川は白い歯を見せてニッと笑った。
「もっちろん!大勢で海に来るのって、それだけでも楽しいよね♪」
貫太の竿にようやく当たりがきて、一匹目が釣り上げられる。
小振りの魚で、とてもではないが食べられない。すぐに海に返した。
キャッチ・アンド・リリースだねっ、と笑う藍川は、ふと真面目な顔つきになって貫太に尋ねる。
「ねぇ、お兄さん。ちょっとだけ俺、水の中に足を入れたいんだけど。いいかな?」
「ああ、構わないけど……」
何を突然と戸惑いつつも、貫太は快諾する。
貫太が見守る中、ビーチサンダルを脱いだ藍川は、岩場の間の浅い水面に両足を浸した。
そのまましばらく両目をつぶり、集中する藍川だが――ややあって、深々とため息をつき、貫太を振り返った。
「やっぱり駄目みたいだー」
「一体、何をしていたんだい?」
首を捻る貫太に、藍川は不思議な笑みを浮かべた。
曰く、藍川は雨男の能力を使って、自分の身体の一部を水と同化させることが出来るのだという。
もしその女詐欺師が水中にいれば、感知することも可能だった――と、あまり残念そうには見えないが、彼なりに残念がっていたようだ。
「じゃあ俺、今度は浜辺のほう探してみるね♪」
ぶんぶんと手を振って、はしゃぎながら去っていく藍川に、貫太は思わず笑みをこぼした。
再び釣り糸を垂らし、さてどうしたものかと思案をめぐらせる。
◇
真名神慶悟(まながみ・けいご)と橘姫貫太(きつき・かんた)――草間興信所の調査員ふたりは、昼下がりの誰もいない釣場で顔を合わせていた。
以前、新宿のホテルの事件を一緒に調査したことはあるが、そのときはゆっくり話す間もなかった。
「……釣れるか?」
ふらりと姿を見せた慶悟の問いに、釣り竿を持った貫太はかぶりを振った。その口元には、自嘲気味な微笑が浮かんでいる。
「残念ながら。魚も待ち人も、全くかかりませんよ」
「そうか」
苦笑して、慶悟は煙草に火を付けた。乾いた岩の上に腰を下ろし、煙を吐く。
「こっちも、今のところめぼしい情報は皆無だ」
「まぁ、気長にいきましょう。焦っても、どうにもならないですし」
「道理だな」
頂上をすぎた太陽は、それでもなお強い日差しを浴びせかけてくる。目を細めて、慶悟は灰を落とした。
どうやら、互いに女のほうから声をかけてもらおうという目論見で、単独行動をとっていたようだった。
それならば分かれた方が効率は良い――と、慶悟が立ち上がると。
「――橘姫くんだったか。あれを見てくれ……」
やや離れたところ、ギリギリ表情が読みとれるくらいの距離の所に、薄いブルーのワンピースを着た女が佇んでいた。
よく見えないが、顔の感じが写真の女によく似ている。
慶悟が指さすと、貫太もすぐにそちらを確認し、息を飲んだ。
「写真の――『女詐欺師』みたいですね。でも、どうしたんだろう……」
手早く竿をしまい、貫太も立ち上がる。
女の様子がおかしいのは、遠くから見てもわかった。
まるで普通の――というより、どう見ても元気がなさそうで、とてもではないが男に声をかけておごらせたりするようには見えないのである。
外見で判断すべきではないが、第一印象も捨てたものではない。
「行ってみるか」
「そうですね」
遠くから推測するよりは、声をかけたほうが早い。
ふたりは、女の所へ駆けた。
女の名は、エリカと言った。やはり、件の『女詐欺師』で間違いないようである。
慶悟と貫太がやんわりと事情を説明すると、逆にエリカのほうが驚いていた。
「そんな……詐欺だなんて。私はただ、夏の思い出が作りたくて、写真を撮らないかって声をかけられた人には断らないでOKしたし、おごって頂けるって言うから、悪いなとは思いつつお食事をご一緒しただけで……」
要するに。
男たちのほうが粉をかけたのだ。あわよくば……という気持ちで近づいたのだが、エリカにそんな気がなく断られたため、悔し紛れに『あの女は詐欺師だ』と吹聴して回った。真相は、そのあたりだろう。
(なら、この人はストレスで過食症になっているワケじゃないんだな……)
飲食店勤務の貫太は、実はその辺りを心配していたのだが、これなら心配はいらなそうだ。
だが、それにしてはエリカのこの暗さが気にかかる。
「実は、貴女に渡してほしいと預かっているものがある。申し訳ないが、少し付き合ってもらえないだろうか?」
慶悟の申し出に、エリカは頷いた。
「お。見つかったか……さすがは真名神に橘姫」
ベースに戻ると、ごろりと寝そべった草間のお出迎えがあった。
「ああ。例の預かり物を渡してやってくれ」
草間に軽く蹴りを放ちながら、慶悟はエリカを指さす。
カバンの中から出てきた預かり物を、草間から貫太が受け取り、エリカに手渡した。
「手紙……だな」
そう――それは、よく売っている茶封筒に入った『手紙』だった。はじめは不思議そうにそれを眺めていたエリカだったが、やがて内容を読んだその瞳から、大粒の涙がこぼれる。
表情も、先程に比べてずいぶん明るい。
「電話でもしてやってくれ。たぶん、番号が書いてあるはずだから」
「はい!あの……わざわざありがとうございました」
すちゃと手をあげる草間に、エリカは深々とお辞儀をすると、スキップしそうな勢いで去っていく。
「いいんですか?」
「ああ。もともとアレを渡せばいいって依頼だしな」
拍子抜けしてしまった貫太に、草間はクックッと謎の笑みを浮かべる。
それを見た慶悟は、ずいと草間に詰め寄った。
「旦那。あんた、なにか俺たちに言わなかった情報があるな……?」
「まぁまぁ。解決編は全員揃ってから、バーベキューでもしながらにしよう」
そう言って笑う草間の視線の先には、ほうぼうに散っていた草間興信所の面々の姿があった。
気がつけばもう夕方だ。
永いようで、短かった1日が終わろうとしている。
◇
鉄板の上で、野菜やシーフード、肉などが香ばしい匂いを醸しながら焼けている。
草間を含む11名で鉄板を囲んで、わいわいと『解決編』が行われることになった。
「要するにな。依頼人は、その『女詐欺師』に惚れちまったわけだ。で、預かりものはラブレターってわけ」
缶ビール片手に、すでに出来上がりつつある草間が言うと、何人かはすぐに合点した。だいたい、そんなところではないかという予感はしていたのだ。
「でも、それにしては依頼人、あんまり暗すぎじゃなかった?」
食べ物を小皿に取り分け配りながら、シュライン・エマが尋ねる。仮にも依頼人の姿を見たわけだから――当然の疑問ともいえる。
「そうだね。何か思い詰めた感じだったし――って、事情はそれぞれだから、俺はあんまり気にしないけどねっ」
そのシュラインから小皿を受け取った理生芽藍川(ことおめ・あいかわ)は、小首を傾げて微笑んだ。
依頼さえきちんとこなせれば、余計な詮索はしなくても良い――それが、彼のスタンス。
実際、女詐欺師と遭遇した橘姫貫太(きつき・かんた)が、新たに鉄板の上に焼きそばを投入しながら言葉を継いだ。
「そうですね。でも、草間さんは何かご存じなんでしょう?」
「それを俺たちに隠してたというのは、気に入らないな……」
もぐもぐと口を動かしながら、守崎啓斗(もりさき・けいと)も頷き、肯定する。
データをきっちり調査員に報告して、それで調査に当たるように指示をするのが、リーダーの役目のはずなのだ。
「いや……隠していたというか。俺もどちらかと言えば、海水浴を楽しむ方が目的だったからな。どうせなら大勢引っ張ってきた方が楽しいだろ?詳細を全部伝えてたら、この中で何人かは確実にパスしてただろうしな」
そう言って笑う草間に、確かに何人かは否定できない気持ちだった。
「ま、おかげで俺はよりどりみどりの水着ギャルを観察でき……ぐはっ」
「た・け・ひ・こ・さ〜ん……?」
草間の鳩尾にシュラインの肘鉄がクリーンヒットする。それを見て、全員が爆笑した。
しばらくしてすっかり日が落ちると、バチバチと色とりどりの火花が舞う。
「こら光夜、花火振り回したら危ないだろ」
「大丈夫だって!こうしたほうが綺麗だしさ、月兄ぃもやってみなよ!」
御崎月斗(みさき。つきと)、光夜(こうや)の兄弟が、普段は見せない無邪気な様子で花火に興じていた。
その少し向こうでは、直弘榎真(なおひろ・かざねと)と志神みかね(しがみ・みかね)が線香花火に挑戦している。
すっかりふたりの世界で、誰も入り込む余地はない。
「そういやさ。なんで依頼人は、あんなに暗かったわけ?」
ビール片手の草間の横で、ノンアルコールの炭酸飲料とつまみを堪能している守崎北斗(もりさき・ほくと)が尋ねた。
草間に付き合っている真名神慶悟(まながみ・けいご)も、
「女のほうも、手紙を読むまでは暗い感じだったな。どういうわけなんだ?」
「つまり、両方『恋患い』だったってわけさ」
草間が言うには――男のほうは、女が詐欺師だという噂を聞いて泣く泣く帰ったものの、やはり諦めきれず。女のほうも、一目惚れした男のことが忘れられず。
「まぁ…夏を満喫できただけでも儲けものか。巡る四季を楽しまないのは…やはり勿体無い話だしな」
溜め息混じりに、慶悟は苦笑した。
こうして、真夏の海と水着ギャルの事件は幕を閉じた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0231/直弘・榎真/(なおひろ・かざね)/男/18歳/高校生】
【0249/志神・みかね(しがみ・みかね)/女/15歳/学生】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/男/20歳/陰陽師】
【0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと)/男/17歳/高校生】
【0568/守崎・北斗/(もりさき・ほくと)/男/17歳/高校生】
【0720/橘姫・貫太(きつき・かんた)/男/19歳/『黒猫の寄り道』ウェイター兼・裏法術師】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【1270/御崎・光夜(みさき・こうや)/男/12歳/小学生(陰陽師)】
【1746/理生芽・藍川/(ことおめ・あいかわ)/男/999歳/雨男・ところにより時々高校生】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせいたしました。
担当ライターの多摩仙太です。
お盆休みをはさんでしまったこともあり、お届けが遅れてしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
今回のノベルは、オープニングを含め15の場面で構成されています。
全部で10名にご参加いただきましたが、ほとんど顔を合わせていないキャラクター同士もいますね……そのぶん個別や、お友達との場面が増えているとは思うのですが、もう少し絡められたら良かったかなぁなんて思います。
きちんと説明されていない箇所もいくつかあると思いますが、そのあたりは自由に想像して楽しんで下さい。
自分がどの行動をしている間に、他の人がどうなっていたか――そんなことを照らし合わせてみても良いかも知れないです。
それでは、今回は個別のメッセーシを書けなくて大変申し訳ないのですが、これにて失礼いたします。
年内はぽつぽつ窓口を開けていると思うので、また見かけたらよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、今回は発注どうもありがとうございました。また出逢えることを祈って。
2003.08 多摩仙太
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