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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【時の代価】神様がくれた時間

■OPENING

 この日。
 依頼内容を伝える草間の顔は優れなかった。
 どうしたんだ、と訊ねてみれば、
「実は──…」
 そう言って、草間はゆっくりとした口調で話し始める。

 時は遡り3日前のことである。
 いつものように草間が咥え煙草をしながら報告書の整理をしていると、ふと人の気配を感じて振り返った。
 てっきり零が買い物から帰ってきたのかと思ったが、そこに居たのは25、6歳の男性。黒いコートを身に纏い、涼しげな銀の瞳がこちらに向けられていた。
「誰だ…」
 人ではない、と感じた草間がそう問い掛ければ、男はクスリと小さく笑みを漏らし「なるほど」と呟く。
「私は『時の守人』。貴方に是非お願いしたいことがあって参りました」
 懐から1枚の写真と紙切れを差し出し、男は黒い髪をかきあげた。
 草間がそれに視線を落とすと、そこには一人の少女と、何やら住所が書かれている。
「これは?」
「河下まりえ。年は16歳。○×病院の心臓外科に6年入院しています」
「それがなんだって言うんだ?」

「彼女の相手をして頂きたい。時間はジャスト6時間。何、海に誘って下さればいいんですよ。そう命と引き換えにした貴重な6時間の……ね」
 男はそう言って、薄笑いを浮かべる。

「どういう意味だ……」
 尋常ではない。
 そう草間は感じて、少々声を低くして問い掛けた。
「余命幾許もない少女の願い。それは一度でいいから思い切り走り、そして遊ぶこと。少女はそれを私に願った。だから実現させてあげるまで」
「命と引き換え…にか?」
「等価交換したまでです。しかし命と引き換えにするのは、あまりに不憫だというのなら、少女の思いを説得して止めてあげればいいこと──それは貴方達の自由です」

 そして男は三日後を指定して、スゥーとその場から消えてしまったのだと言う。

 話し終えた草間は咥えていた煙草を、苛立たしそうにもみ消した。
「まりえは次に発作を起こせば確実に死んでしまう。しかも心臓は着実に弱まり、いつ発作を起こしてもおかしくない状況だそうだ」
 そのまま一呼吸置くと、その目はいつも以上に真剣なものになる。
「彼女が欲した時間。恋も将来も捨てて、ただ遊びたいという夢。俺はどうしたらいいのか判らん。選択した答えは、お前たちに任せる」
 そう言って草間は、新しい煙草を咥えた。

■SET UP/鷹科碧・瀬田芽依子

 車椅子に座った少女が、こちらを見て微笑んだ。
 黒く長い髪を纏め上げ、新調された淡いピンクのワンピースを着ている。薄化粧をしているのは紫外線対策だろうか。

「本当にいいのか?」
 鷹科碧は視線をまりえに合わせ、そう問うた。
 いくら人によって大切なもの、大事なものが違うからといって、こうも簡単に命を引き換えにしてもいいのか、と思ったからだ。
 碧にも大切なものがある。今の生活…大事な夫(?)に可愛い娘…そしてほっておけない兄…。
 どれも失いたくないと思う存在であり、自分の命より大事なものである。
 だから出来れば思い留まって欲しいと思う。
 最終的に答えを出すのは、その価値を決めたまりえ本人だとしても──…
 碧は真剣な眼差しで、まりえを見つめた。
 しかしまりえはその問いに、首を縦に振ってにこりと微笑む。
「はい、それが私の望みですから」
「けど治らないって決まったわけじゃないんだろ?なら今無理して動くこともないんじゃないか?」
「手術して治るという保障があるのなら…私も願いはしませんでした。でも……」
 そこでまりえは言い澱んだ。
 まりえの心臓は治らないわけではなかった。碧の言う通り、手術をすれば運動することも出来るだろう。
 けれどそれを行うにはリスクが大きいと主治医は話してくれた。
 手術に耐えられる体力が、まりえにはないのだ。今も自力歩行が困難で、車椅子を使っている。そんな人間に何故外出が許されたのか。
 主治医は外出許可を出す上で、彼女に…そしてその両親に思い留まらせようと、説明を何回もしたらしい。

 この暑い季節に外出することが、自殺行為であるということ。

 まりえの心臓がもつ確立があまりに低いこと。

 それでも彼女の意思は変わらない。
 もう6年も入院しているのだ。子供でも自身の体力の衰え、ふいに感じる死への恐怖を体験してきたに違いない。

「私はまりえさんの人生だから、できれば望むようにしてあげたいけど……もし家族を好きだと言うなら、最後まで頑張って欲しいと思う」
 瀬田芽依子が引き止めるように口を開いた。
 近い将来、彼女は逝ってしまうのかもしれない。
 けれどその時間はできるだけ長く、大切な家族と共有した方が良い。
 そんな思い上の発言だった。
「お父さんもお母さんも大好きです。でも……どうしても一度でいいから思いっきり遊んでみたいんです。私子供の頃から外で遊んだことがなくて……。お母さんも心配して、いつも一緒にいたし…」
 そう言って微笑むまりえは、どこか寂しそうに映る。きっと片時も母親が離れなかったのだろう。
 どんなに大好きな両親でも、息苦しさを拭い去ることは出来ない。
 だからこそ、こんな無謀なことをしたくなったのだろうか。
「もうその気持ちは変わらないんだな」
 最後の質問のように、碧が訊ねる。一緒に見つめる芽依子の目も真剣だ。
 けれどまりえの意思は固いのか、小さいけれどハッキリと「はい」と答えた。

「そうか。なら俺はもう止めねぇよ。……まぁ俺、あんまり病気ってしたことねぇからよく判んねぇけど……ずっと入院しっぱなしってのは、やっぱ辛いよなぁ。遊びたくだってなるだろうし…しょうがねぇのかな?」
「そうだね。でも……ご両親はいいのかな?本当にこれで納得したのかな」
 芽依子が両親という言葉を口にした時、まりえも傍に居た両親もピクリと体を震わせる。
 判っていることだろうが、この条件を飲むということは、必然的に両親との別離を意味しているのだ。
 それでもきっとこの人達は娘の望むことを止めはしないだろう、と芽依子は思う。
 大事に育て、ずっと不自由な生き方をさせてきた、という負い目を持っているのかもしれない。
 そして大切な娘だからこそ、願いを叶えてやりたいという気持ちが、今は勝っているに違いないのだ。
 それでも芽依子の頭に"別れの時に泣き続ける両親の姿"が思い浮かび、心がズキンッと痛みを訴えた。
「どうか娘を宜しくお願い致します。私達は此処で娘の帰りを待っていることにしましたので」
 案の定、そう言って父親が深々と頭を下げる。
「本当にいいんだよね?まりえちゃん」
 最終確認するように芽依子が言葉を掛けると、まりえは力強く頷いた。

 丁度その時、少し離れた位置に居た香坂蓮と椿茶々が、こちらに歩いてくるのが見える。

*****

「それじゃ行くとすっか」
 碧の声に、蓮がまりえの車椅子を押す。
 その後ろを芽依子と茶々が歩き、一向は海へと向かった。
 気温は30度を越して、今日は絶好の海日和というとこらしい。


 暫くして着いた場所は、既に暑さに負けた人達で賑わいを見せ、色とりどりの水着が波に揺れている。
「まりえちゃん、大丈夫?」
 車椅子に乗せ、日傘で日光を遮っているとはいえ、夏場の暑さはまりえの体力を削っていた。
 芽依子が心配して顔を覗き込むが、まりえの顔色は赤というより青くなっている。
「鷹科。どうにかせぃ」
「なんで俺だよ!つかまだあの契約みてぇのは有効じゃねぇのか?」
「どうだろうな。見る限り、有効になってはいないようだが」

『──どうやら私をお呼びのようですね』

 唐突に聞こえる声に、全員の視線が海とは反対側へと向けられた。
 そこに居たのは草間の話しに出てきた黒コートの男。
 まりえに6時間の猶予を与えた張本人だ。
 しかしこの暑さにも関わらず、長い黒のコートは如何なものだろうか。
 見るものを不快にするには充分な服装である。
 銀の髪を潮風に揺らし、男はまりえの前に歩み寄るとニコリと微笑んだ。
『お約束を果たしに来ましたよ、お嬢さん』
「はい……宜しく…お願い……しま…す」
 呼吸を荒くするまりえに、男は再度薄笑いを浮かべ、今度は視線を他の者たちへと向ける。
『此処まで来たということは、承諾したということでいいのですね?』
「その前に一つ聞きたいことがある」
 頷くでも返答をするでもなく、蓮が口を開いたのは疑問だった。
『なんでしょう』
「控えめに遊んだとしても、この時間は変わらないのか。少しでも伸ばすことは可能なのか?」
 だが男は笑みを浮かべたまま、軽く首を振る。
『残念ながら6時間という時間に変更はありませんよ。私は"健康な体を6時間与える"ことを"彼女の命"と交換したに過ぎませんからね』
 もう言うことはないですね、と確認した男は静かにまりえの額に掌を翳し、何かを施した瞬間、まりえの体が淡く光に包まれた。
 それは一瞬の出来事ですぐに元に戻ってしまったが、男が何かをしたのは明白。さっきまで青い顔をしていたまりえの顔色が、今では健康的な肌色になっているのだ。

──…タイムリミットは夕方6時です。では御機嫌よう

「おい、待っ──」
 碧が引き止めようとしたのだが、そこに男の姿は既にない。
 居たことすら幻だったのではないか、と思わせるくらい、周囲もこちらを気にしているような素振りは見せていなかった。
「何者かのぉ…あやつは」
「さぁ。でもこれで……」
 芽依子は続きを言わなかった。いや言えなかった。
「皆さん。少しの時間ですが、よろしくお願いします♪」
 車椅子から立ち上がるまりえの表情が、とても晴れやかだったから。
 そう芽依子は結論付ける。
「まずはパラソルとかだな」
 蓮の呟きに、碧がブツブツ言いながら海の家へと掛けて行った。


 少女にとっても貴重で短い時間は始まった──

■PLAY HOURS

「まりえとやら、妾と一緒に酒盛りでもどうじゃ♪美味しい鯛焼きと冷酒を……」
 パラソルの下では、早速茶々が何処に隠し持っていたのか一升瓶を取り出すが、スゥーと後ろから伸びてきた手に奪い取られてしまう。
 ムッとした表情で茶々が振り向くと、そこで仁王立ちしていたのは──芽依子だった。
「コラ!なんで取り上げるんじゃ!!妾の酒を返すのじゃ〜〜!!」
「返すのじゃ…じゃないでしょう。子供がお酒なんか飲んだらいけません。これは没収〜」
 ポスッと砂の上に置かれた一升瓶に、茶々が取り返そうと奮闘するも、芽依子のブロック攻撃に手も足もでない。
 右に行こうとすればサッと体で邪魔され、左に抜けようとすれば、自分よりも長い手に行く手を阻まれる。
「おい、そもそも酒を飲ませるのはまずいだろ。今日は遊びに来たんじゃなかったのか?」
 蓮はサングラスを少しずらして二人…というより、主に茶々へ向けて言った。
「遊ぶとな?先に言うてくれたら、ちゃんと考えたぞ♪」
 何故か自信満々というか偉そうに答える茶々。
 それに落胆の色を隠せない一同。
 依頼内容をキチンと把握していたのかよ、とツッコむ人は此処にはいなかった。
 いやツッコまなくても、表情で突っ込んでいたのかもしれない。
 それを見ていたまりえが、クスクスと笑みを漏らしたのがいい証拠だ。
「つーことで、これは俺が貰って帰る」
「な、何をするんじゃ!!妾の酒〜〜!!」
 隙を付いて碧が手土産〜♪と一升瓶を手にすると、茶々が血相を変えて碧を追い掛ける。
 炎天下だというのに、元気な二人だ。
「元気ですね」
 そう思ったのか、その姿を目で追いながらまりえは笑った。
 健康的な肌色とは言っても、元々日の光をあまり浴びていなかった所為だろう。肌は人よりも白く、砂で照り返された日光がストロボの役割をして更に白さを浮き立たせている。
 そんな少女はパラソルの下で眩しそうに目元を手で覆いながらどこか楽しそうだ。
「あら、まりえちゃんだって、あぁやって走れるんじゃないの?」
 芽依子は海の家で調達してきたジュースで咽を潤しながら訊ねる。
「そうですよね……なんだかまだ信じられなくって」
「そんなんでどうするんだ。貴重な時間を無駄にする気か?」
「そうだよ。後で波打ち際で遊ばない?」
 にこりと笑う芽依子に釣られるように、まりえもにこりと微笑んだ。
「しかし海で遊ぶと言っても、泳ぐ他に何があったか…」
「言われてみれば、何があったかな?」
「ですねぇ……」
 海に行くということは決めたのだが、すっかり何で遊ぶのかを決めていなかった三人は、場に不釣合いな唸り声を出す。
 芽依子は止めるつもりで来たので、勿論のこと水着の用意はしてきていない。
 蓮は……元々泳ぐつもりはなかったので、持って来ているわけもない。
 まりえは鞄の中にしっかりセパレーツの水着を持って来ていたのだが、なんとなく出しそびれていた。
 男性の前で水着姿を披露するなんて、まりえには出来ないことらしい。
 では願い通り走り回るか、と誰の頭にも浮かんだが、三人は首を振ってそれを却下した。
 この熱い砂の上を走り回ったら、いくら健康な人でも日射病になってしまうだろう。

 ── 現在走り回っている約2名は論外として ──

「もしかして…やることない、とか?」
 芽依子が恐る恐る声に出す。
「……ないというより、案が思い浮かばないだけだ」
 苦しい言い訳だがそれに皆も納得した時、論外だった一人、碧が汗を流して戻ってきた。
「だ〜〜熱ぃ!蓮、なんか飲み物取って」
「酒はどうしたんだ?」
「死守したぜ。ほれ」
 見せるは、先ほど茶々から強奪した一升瓶。これを持ってこの炎天下を走り回っていたのかと思うと、蓮の眉間に皺が寄る。
(やはりコイツとあのちっこいのは論外だ)
 そう決め込む蓮であった。
「それで茶々ちゃんはどうしたの?」
「知らねぇ。撒いて来た」

((撒いてくるなよ!!!))

 勝手にジュースを選んで咽を潤している碧に、一同は小さな同行者を思い浮かべた。
「茶々ちゃんって…なんかすごい厚着してたような……」
「あれは十二単っぽかったな」
「大丈夫なんでしょうか?」
 パラソルから頭をずらし天を仰げば、太陽の光はジリジリと照り付けている。
「「「………」」」
 黙り込む三人に、一気飲みをして咽を潤し終えた碧が、
「大丈夫じゃねぇか?アレ、座敷童子だし」
 と背伸びをした。

 一方、茶々は──…

「鷹科〜〜、何処に行ったのじゃ〜〜〜」
 フラフラとしながら砂浜を歩いていた茶々は、探しに来た芽依子に発見される。
 座敷童子といえど、夏の太陽の下はかなり堪えたようだった。

*****

「まりえちゃんは左ね♪」
「はい♪」
 女の子二人の元気な声が、パラソルから少し離れた場所から聞こえてくる。一体何が左で右なのか…と思って蓮がそちらに視線を向ければ、そこには砂に埋められた碧の姿が。
 戻ってきた茶々の命により、碧砂埋め地獄の刑が行われてるらしい。
 そういや埋めるのを手伝ったな、と数分前のことを思い出し、蓮は関わるのはやめておくか、とそっと視線を戻した。
「ところで…そっちは大丈夫か」
 現在パラソルの下で横になっている茶々に、蓮はついでとばかりに言葉を掛ける。
「──次は鷹科の頭目掛けてスイカ割りなのじゃ……」
「それは駄目だな。後々面倒だ」
 うわ言のような言葉が蓮の言葉で計画倒れになると、茶々は頭上にある日本酒へとそ〜っと手を伸ばす。
「フラフラしているヤツが飲むな。馬鹿者」
「う〜〜〜〜〜〜む……」
 が、あと少しといところで蓮の平手をもらい、難しい顔をする茶々だった。

 そして砂に埋められている碧は……。
「ちょっと待て!何をしてんだ??」
「あら、砂に埋められた人にすることなんて……ねぇ♪」
 にっこり微笑む芽依子の顔が、逆光で見えなくて良かったと碧は思う。
 きっと見たら暴れて、どうにかして逃げ出していたことだろう。
 いや既に逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「大きさはこれくらいでいいんでしょうか」
「まりえちゃんのサイズは?」
「えっと……これくらいでしょうか?」
「あっ、結構大きいね♪私はねぇ……」
(ってなんの会話をしてんだ!?)
 胸部に感じる重さと会話に、碧の脳裏には嫌がおうにも"想像"というものを作り上げていく。
 『なんの』とは、あえて明言は避けておこう。
(ごめん。別にそういう感情はないからな…男としての本能だ)
 誰かに謝る碧であった──。
 そして胸を作り上げていく芽依子は、彼女の手が止まっているのに気付き首を傾げる。
「疲れちゃった?」
「あ、いえ。ただ……こういうことって、普通は皆が経験することなのかな、と思って」
 言ってまりえは、再び手を動かし始めながら苦笑した。
「う〜ん、碧みたいに砂に埋められた挙句、ナイスバディな女体を作られるか、と問われれば、早々経験しないわよ」
 芽依子は仕上げを施し、手についた砂を払い落としながら言う。
 そしてパラソルの下に居た二人に完成したことを報告して、自身は暑い〜とジュースを取った。

「見事だな、鷹科」
 覗きに来た蓮は、呆れた様子で碧を伺い見てから、そこらへんにあったコンブを碧の頭に乗せる。
「………どかせ」
「見事なんだがな」
「………見事でもどかせ」
「あら可愛いわよ、碧ちゃん♪」
 ジュースをまりえに差し出しながら言った芽依子の言葉に、碧が砂から勢い良く抜け出した。
「やれば出来るんだな。てっきり出れないのかと思っていたが」
「出れるに決まってんだろ!お前ら〜〜」
「やばっ!まりえちゃん、逃げるわよ!!」
「え?」
「待ちやがれ!!」
 言葉と同時に砂浜を駆け回る姿に気付き、漸く元気を回復していた茶々は首を傾げる。
「鷹科はいつの間に髪を長くしたんじゃ?」
「ついさっきだ」
「!!!……香坂、お主も走りに行ったんじゃないのかえ?」
「俺がそんなことをすると思うか?」
「う〜む、お主はせんじゃろなぁ」
「そういうことだ」
 元気に走り回るまりえの姿は実に楽しそうだった。

 そして日が西に傾いていく中、彼女の時間も刻一刻と終わりを迎えようとしていた。

■TIME LIMIT

 砂浜には人影が疎らになっていた。
 近くの宿に帰る者、渋滞を避けるように車を発信させる者と人それぞれだが、海に居る人達も帰り支度を始めている。
 まりえは波打ち際に立つと、打ち寄せる波から逃げてはまた近づき、近づいてはまた遠退くといった遊びを繰り返していた。
「そろそろだな」
 腕時計を見やり、蓮がポツリと口を開く。
 約束の時間まで5分を切っていた。
 どんな風に彼女はその時を迎えるのだろう。
 いきなりなのか、それともジワジワなのか、その方法までは誰も知らない。
 判っているのは、彼女の命があと5分もしないで、終焉を迎えるということだけだ。
「判っていても、やりきれないよね」
「静かに見送るのじゃ。それもこの依頼に参加した者の務めじゃしな」
 遊んでいる時は気付かなかった。
 今まりえは確かに生きていて、こちらに手を振って笑っている。
 だからこんなにも時間が短いなんて、思いもしなかった。


 ザザーー…──

   ザザーー…──


 波が寄せては還す音が辺りに響き渡ったその時、カチッと蓮の腕時計が6時丁度を指し示す。
 刹那──
 波打ち際で遊んでいたまりえの体が崩れ落ちるのを誰もが目撃した。
 それはまるでスローモーションのように、ゆっくりゆっくり砂浜へと倒れ込む。
「まりえちゃん!?」
 慌てて駆け寄る四人に、まりえは荒い息遣いでこちらを見上げた。膝を折り抱き抱える碧に、少女は力なく「すみません…」と言う。

 遂に"その時"がきたのだ。

「何かご両親に伝言はあるか」
 同じように肩膝を付いた蓮がそっと訊ねた。
 けれど少女は首を振り、ただ微笑む。
「──それが伝言なんだな。判った……伝えておこう」
 少女の微笑みが、この限られた時間を楽しんだのだと解釈した。
 無茶をした自分は、それでも楽しかったのだ、と映った。
 蓮は短い生を閉じゆく少女の為に、持って来ていたヴァイオリンで美しい旋律を奏でる。
(どうか安らかに天へ昇るように…)
 蓮の奏でる鎮魂歌は、そんな風に聴いてとれた。
「皆さん……あり…が…う…ご……ざ…し…た……」
 必死に振り絞る言葉はもう全てを聞き取ることは出来ない。
 荒い息遣いは更に苦しそうに胸を上下させる。

 そして──

『アナタに与えた時間は終わりです。さぁ、その命頂きましょう』

 またしても突如聞こえた声に、一同はそちらへと振り向く。
 黒いコートの男は、表情一つ変えることなく、少女へと視線を落とした。
 それに少女は苦しい胸をギュッと握り締め、男へ向けてにこりとする。
「神様……ありがとう……」
 そう言って一筋の涙を流し、少女の腕がパタリと砂の上へと落とされた。

■LATER

 まりえの葬儀はしめやかに執り行われたらしい、と草間から聞かされる。

 まりえを病院へと送り届けた際、両親は気丈に振る舞い涙を見せることはなかった。
 蓮からの伝言を聞いた時も、「まりえの願いに付き合って下さり、ありがとうございました」とお礼の言葉を口にする。
 一同は何も言わずその場を後にした。
 少女の願いは実現し、そして天へと昇っていったのだ。

「まりえちゃんにとっては、神様だったのかなぁ…あの男」
 草間興信所に来ていた芽依子がそんなことを漏らす。
「さぁな。俺には判らねぇよ」
「最期は笑っておったがのぉ」
 茶々が出された鯛焼きを頬張りつつ、思い出すように言葉を紡いだ。
「相手が誰であろうと、彼女にとっては神だったのかもしれないな」

 そう。
 例え死神だったとしても、思い一つで神であったかもしれない。
 それは願うものの心持次第なのだろう。


 こうして長い黒髪を潮風になびかせ、16年という短い生涯を閉じた少女の姿は、各々の心に刻まれたのだった。



【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0293/瀬田・茅依子(せた・めいこ)
 →女/18/エクソシスト(普段は高校生)
0454/鷹科・碧(たかしな・みどり)
 →男/16/高校生
1532/香坂・蓮(こうさか・れん)
 →男/24/ヴァイオリニスト(兼、便利屋)
1745/椿・茶々(つばき・ちゃちゃ)
 →女/950/座敷童子

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■         ライター通信          ■
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東京怪談調査依頼『【時の代価】神様がくれた時間』にご参加下さり、
ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰(さわ・みほ)と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?

って相変わらず納品がギリギリで…申し訳ありません。

『SET UP』は二組に別れています。
瀬田さん、鷹科さんは「説得」をする。
香坂さん、椿さんは「少女の意思を尊重」をするということだったので、
そのようになっています。

<<瀬田・芽依子さま>>
初めてのご参加ありがとうございました。
明るいコ、というイメージと気遣いも忘れないという印象があったので、
そのような場面も書かせて頂きました。
唯一の女性参加者ということで、なるべくまりえと近い位置にいるように
描写しております。
説得をする、というプレイング内の文章は、依頼を出した私自身
胸に残る言葉がありました。

宜しければ今回の依頼に参加しての感想などを頂けると嬉しいです。
では。
この度はありがとうございました。
またお会いする時があれば、宜しくお願い致します。

佐和拝