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妖精たちの宝物
●飛びこんできた者、飛んでいった物
夏の最中のある日のことだった。
その日は涼しい風が吹いていて、草間武彦は窓を開け放ち、入ってくる穏やかな風の中で仕事を進めていた。
「ねねねねねねねっ!」
「お願いなの、お願いなの。聞いてなの〜〜っ!」
突然降ってわいた甲高い声のその直後。
何かが突進してきて、武彦に体当たりをかました。
「なんだあっ!?」
勢いに押されて椅子から転げ落ちそうになったのをかろうじて持ち堪え、飛び込んできたモノに目をやるとそこには透明な薄い羽根を持った二人の小さな少女がいた。
「・・・・・・・・・・・妖精?」
外見から見る限り、そうとしか思えない。
「はいでーすっ♪」
「ワタシたち、妖精なの〜☆」
くるりと空中で回転して、少女たちは可愛らしい笑みを見せた。
「で、何の用なんだ?」
女の子特有の黄色い声に軽い頭痛を覚えて、武彦はこめかみに手を当てた。
少女たちがぱっと空中で静止する。
そして、
「大事なの、探してほしいの」
「びゅびゅ〜って、飛んでっちゃったの!」
なんとなく、言いたいことはわかるが・・・・もう少しわかりやすく話せないのだろうか?
「・・・・・・・・・・・・つまり、君たちの大事な物が行方不明になったから探して欲しい、ということだな?」
酷くなっていくような気がする頭痛を辛うじて押さえ込みつつ、大きな溜息をついた。
「そうなの、そうなの。お願いなの〜っ」
「聞いてくれなきゃイタズラしちゃうの〜♪」
途端、部屋の中を強い突風が吹き荒れた。
「ちゃんと聞くから、それを止めろっ!」
慌てて叫ぶと同時に、風はぴたりと止んだ。
少女たちはにっこりと笑って、深々とお辞儀をした。
「ありがとなの〜♪」
ピタリと同じタイミングで言われて、武彦は疲れた息を吐いたのだった。
●貴方の名前はなんでしょう?
きゃぴきゃぴと笑う妖精たち。その様子を微笑ましく思う者あり、頭を抱える者あり、苦笑する者あり。
だが全員の共通した感想は一つ――全然深刻さがない!
「とりあえずさ、名前、教えてよ。”妖精さんたち”じゃ不便しさ。あ、俺は葛妃曜。よろしく」
曜の自己紹介を皮切りに、集まった面子がそれぞれ名乗りあった。
「えーっとお。曜にー、エマにー、みなもにー、慶悟にー、裕介!」
「覚えた〜。覚えた〜♪ お宝探し、よろしくなの〜」
妖精たちはくるくると宙を踊り、それぞれ指差しながらたった今教えられたばかりの名前を確認していく。
「で、あんたたちのことはなんて呼べば良い?」
曜に聞かれて、妖精たちはきょとんっとした表情で動きを止めた。
腕を組んで考えこむ。
全員の視線が注目する中、妖精たちはにぱっと笑って自分を指差した。
「あたしはあたし」
それから、もう一人の妖精を指差して、
「で、ワタシがワタシ」
にこにこと可愛らしい笑みを崩さない妖精たち。
一行は、しばし沈黙した。
「それ、名前なの・・・・・・・・?」
どうやら彼女たちは固有名詞を持っていないらしいと確信しつつも、エマは思わず呟いていた。
「”妖精さんたち”でも困らないといえば困らないんですけど・・・・・・」
確かにみなもの言う通り。二人の妖精はワンセットで動いているし、名前がなくともたいして困らないかもしれない。
けどそれもなんだか味気ないと思ってしまうのは曜だけではなかった。
何か名前をと考え始めたみなもと曜に、もともとせっかちな妖精たちはパッと天井近くまで舞い上がった。
「それより、お宝〜っ」
「探しに行こうなのっ!」
言うが早いか、妖精たちはヒュッと窓から外へと飛び出していった。
「あ、ちょっと待ってよっ」
慌てて窓の外に目をやると、妖精たちはビッと一箇所を指し示し、そしてその先に見える小さな公園へと姿を消した。
●宝物はどんなモノ?
飛び出していった妖精を追って、一行は彼女らの住処であるらしい小さな公園にやってきた。
遊具といえば滑り台と砂場、それからブランコが二つ。公園を囲むようにたくさんの木が植えられていて、夏はセミの鳴き声がさぞや煩いことだろうと想像できた。
ぐるりと見渡してみても、公園には自分たち以外の姿はない。
「まったく、探して欲しいんじゃなかったのか?」
溜息と共に慶悟が呟いた瞬間。
「はいでーすっ」
「みんな、遅いの〜っ」
ぷくっと頬を膨らませて、何もない空間から突如二人の妖精の姿が現われた。
「とりあえず・・・きみたちの宝物がどんなものか教えてくれませんか?」
あまりにもなマイペースに精神的な疲れを感じた裕介は、少しばかり刺のある声で告げた。
「そうねえ。何を探すのかがわからなくちゃ、探しようがないものね」
「宝ってどんな物なんだ?」
エマの言葉を受けて、ワクワクとした表情の曜が尋ねた。
妖精たちはパッと宙に舞い、忙しなく動きながら口を開く。
「可愛いの!」
「もらったの♪」
「あたしとワタシに一個ずつ」
交互に答えて、最後はピタリと二人同じタイミング。
「どなたに頂いたんですか?」
みなもの問いに、妖精たちはきょとんと顔を見合わせた。
「どこかの誰かっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・覚えてないのか」
にこにこと邪気のない笑顔で言われて、慶悟は再度溜息をついた。
「とにかく、彼女らに物を聞くには、よほど具体的に聞かないとだめですね」
言って、裕介は腕を組んだ。
最低限必要なのはその物の大きさ、形状、色、どの方向に飛ばされたのか。せめてこのくらいはわからねば聞き込みもできない。
「どっちの方角に飛んでいったのかわかりますか?」
問われた言葉に、妖精たちは思いきり首を傾げた。しばらく固まったままだった妖精たちは、突如ぱっと顔を上げて。
「雨は飛びにくいからキラーイ!」
「止むまでずぅっとずぅっと寝てたの〜」
「起きたらなかったの!」
「風がとっても強い日だったの」
「きっと風が持って行ったんだと思うのっ!」
またも二人はタイミングよく交互に答え、最後は二人で顔を見合わせて頷いた。
「じゃあどの方向に飛んでいったかはわからないんですね」
「そもそもそれって、飛んでいったかどうかもわからないんじゃあ・・・」
返ってきた答えにみなもが呟いて考え込み、曜は呆れたような声をあげた。
彼女らの物言いからてっきり風に飛ばされてなくなったものだと思っていた一行だったが・・・・・・。寝ている間になくなったのならば、妖精たちはなくなった瞬間を見ていないということになる。
・・・つまり、彼女らの言う通り風に飛ばされたとは限らない。さらに捜索が困難になったということだ。
「ならば、その物の大きさはわかるか?」
どうも要領を得にくい答えにくじけそうになりつつも、慶悟は気を取りなおして口を開いた。
妖精たちはきょとんとした顔を見せたあと、
「わかんなーいっ」
至極呑気に言ってきゃぴきゃぴとテンション高く笑った。
その後延々と質問を繰り返すこと数十分。
結局わかったことといえば、宝は妖精たちが寝ている間になくなってしまったらしいということだけ。
形も色も大きさも。妖精たちはわからないと言うばかりで、まったく具体的な手掛かりは得られなかったのだ。
「どうしましょう・・・?」
どこかのんびりとした様子で、みなもが一行に問いかけた。
「と、言われても・・・・・・・・・」
何を聞いても「わからない」ばかりでは探しようもなく、裕介は力なく呟いた。
「そうねえ・・・、手掛かりなしじゃあ、どこから手をつければいいんだかもわからないし」
エマも困った様子で腕を組んで考え込んだ。
「できればもう少し範囲を絞り込んでから使いたかったが・・・手はある」
「ホント?」
ほとんど間を置かずに問い返してきた曜に、慶悟は小さな式神を創って見せた。
「妖精たちの持ち物ならば、その気を覚えさせた式神を放って探ればなんらかの手がかりが見つかるかもしれない」
言いながら、慶悟は数体の式神を空に向かって解き放った。
●お宝、発見・・・?
「しばらく時間がかかりそうねえ」
式神に集中している慶悟にちらりと目をやって、エマは呑気な妖精たちへと目を戻した。
「その間に、他に聞けそうなことを聞いておきましょう」
おっとりと笑ったみなもに曜がうんうんと大きく頷いた。
「あ、そうだ。宝物って可愛いんだよな?」
形も色も大きさもわからないと言ったわりに、はっきり”可愛い”と言っていたのを思い出して、曜はぽんと手を打った。
可愛いと言われたことが嬉しいのか、妖精たちはきゃぴきゃぴと楽しげに浮かれて宙を踊る。
「どこが可愛いんですか? 形が可愛いとか、色が可愛いとか・・・・?」
一口に可愛いと言ってもその種類は千差万別。今更ながら思い出した取っ掛かりに淡い期待を寄せた裕介の質問に、妖精は迷うことなくビシリと即答した。
「響きが可愛いのっ!」
「響き・・・・・・?」
予想外の答えに、四人は首を傾げた。
「響き・・・音が出る物なのかしら?」
音、という言葉に妖精たちが突然表情を輝かせた。
「呼ぶの♪」
「呼んでくれるの♪」
「でもなくしちゃったから今はわかんないのっ!」
まるで謎かけそのものの答えに四人はますます首を傾げた。
ちょうどその時、式神に集中していた慶悟が戻ってきた。渋い表情を見るに、あまり良い結果は得られなかったようだ。
「彼女らの気の痕跡が残っている場所が多すぎる。まあ、ひとつひとつ当たって行くしかないな」
「場所がわかっただけ良いじゃないですか」
裕介は穏やかに言ったが、湧いてきた疑問に妖精たちを見た。
どうしてそんなにもあちこちに妖精の痕跡が残っているかと聞いてみれば、妖精たちは宝探しのためにここ最近周辺をうろちょろしていたとのこと。
「つまり、大半が外れなのね・・・・・・・・」
疲れたような声でエマが言う。
「可愛い響きで、妖精たちを呼ぶ物で呼んでくれる物って・・・なんだと思う?」
数名の溜息を余所に、ぽんっと呑気な声音で曜の質問が投げかけられた。
「それが、宝物なのか?」
さっきの妖精たちとの話を聞いていなかった慶悟がオウム返しに聞き返してくる。
四人は一斉に頷いて、そして五人は一斉に考え込んだ。
「あら、でもおかしくありませんか?」
ふいに、みなもがそんな事を言い出した。
不思議そうな顔をする一行に、みなもは続けて口を開く。
「だって、どうやって彼女たちを呼ぶんですか?」
妖精たちには固有名詞がない。一人に一つずつと言うならば、おそらく宝物はそれぞれの専用のものなのだろう。だが個人を示す名前がないのに、どうやって一人だけを呼べるのだろう?
「ねえ、なんて呼ばれていたのか教えてくれる?」
エマの問いに、妖精たちはぷくっと頬を膨らませた。
「なくしちゃったの、わかんないのっ!」
「だから探して欲しいのっ」
「・・・・・・・・・・・それってさあ、もしかして自分の名前を忘れたってこと?」
いくらアッチきゃぴきゃぴコッチふらふらのきまぐれ妖精気質と言ってもほどがある。
それに、それなら最初に名前を聞いた時にそう言ってくれればよかったものを・・・・・・。
あの時は「なんて呼べばよいのか?」と聞いたから、彼女らはそれを答えたんだろうけれど。
「つまり、お二人の名前を探せば良いんですね」
ようやっと見つかった『宝物』に、一行は疲れた様子で苦笑した。
確かにそれならば形も大きさも色もわからなくて当然だ。・・・・・・忘れたのを飛ばされたと表現するのもどうかと思うが。
――結局。
もともと二人の間でしか使われていなかったうえに、誰が名付けたのかもわからない名前が見つかるはずはなく。
だがしかし、代わりにと新しい名前を提案すると、妖精たちは宝物が戻ってきたと大喜びで帰って行ったのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号|PC名 |性別|年齢|職業
【0086|シュライン・エマ|女 |26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
【1252|海原みなも |女 |13|中学生
【0888|葛妃曜 |女 |16|女子高生
【0389|真名神慶悟 |男 |20|陰陽師
【1098|田中裕介 |男 |18|高校生兼何でも屋
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、日向 葵です。
今回は皆様見事に同じような行動を宣言してくださったので、全共通文章となりました。
・・・楽しんでいただければ良いのですが・・・・(滝汗)
飛ばされたと聞いてやはり「風」を連想した方が多かったのですが、答えはこんなもの。
思いきりフェイントというか、はずしているというか・・・。
名前を聞いてくださってありがとうございました♪
最後のオチがオチだけに、嬉しかったです(笑)
では、またお会いする機会があることを祈りつつ・・・・。
今回はどうもありがとうございました♪
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